西澤 晋 の 映画日記

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2010年 04月 01日

デンジャラス・ビューティー(2001) ☆☆

f0009381_2222630.jpg監督:ドナルド・ペトリ
脚本:マーク・ローレンス
    ケイティ・フォード
    カリン・ルーカス
撮影:ラズロ・コヴァックス
音楽:エド・シェアマー

出演:
サンドラ・ブロック (グレイシー・ハート)
マイケル・ケイン (ビクトール・メリング)
ベンジャミン・ブラット (エリック・マシューズ)
ウィリアム・シャトナー (スタン・フィールズ)
キャンディス・バーゲン (キャシー・モーニングサイド)

        *        *        *

ええええええええんど、ワールド・ピィーーーーース

なにも残らないが、みてて楽しい映画。FBI捜査官のグレイシー・ハート(サンドラ・ブロック)は男勝りで、皮肉屋で、女性らしいおしゃれにも全く関心がなく野暮ったい風貌の女性警官。本人はそう思ってないかもしれないが、孤独な独身生活を送っている。
事件は美人コンテスト宛てに連続爆弾魔から爆発予告からはじまる。警察は捜査員の1人ミス・アメリカ候補として送り込み、潜入捜査することになる。その役がグレイシーにまわってきた。何度も優勝者を生み出しているヴィクトール・メリング(マイケル・ケイン)率いる美容師チームか完全バックアップし、グレイシーは見事ミス・ニュージャージーに変身していく。
ちょっとひねりをきかした『マイ・フェア・レディ』だね。はなっから気品あるオードリー・ヘプバーンをこの役に持ってくるのはかなり無理があるような気がするけど、サンドラ・ブロックだと、意外とちょうどいい感じだったのかもしれない。

なにか得意なことは?ときかれて「逮捕術」と答え、実践するのがおかしい。ガラスのコップでキンコンカンはとっても良かった。

<あらすじ>
ミス・ニュージャージーとしてサンアントニオに到着したグレイシー(サンドラ・ブロック)は、各州のミスと徐々に仲良くなっていく。そして彼女達の情報から、意外な真犯人に気付く。今大会で司会のスタン・フィールズ(ウィリアム・シャトナー)と元ミスの大会委員長キャシー・モーニングサイド(キャンディス・バーゲン)が、大会の役職から降ろされることになるとか。グレイシーがキャシーを疑い始めた時、容疑者が逮捕されたと連絡が入り、FBIは引き上げることになる。グレイシーは、真犯人はキャシーだと訴えるが、誰も聞く耳をもたない。孤立無援になってしまったグレイシーだが、正義のため、そして仲良くなったミスたちを救うため、グレイシーは大会の最終日に挑む。
グレイシーの披露する芸は、水を入れたグラスで音楽を演奏することだったが、緊張してのどが渇いたミスたちにグラスの水を飲まれてしまう。そこで急遽マシューズを使って護身術を披露することにする。意外な芸と達者な話術で、会場は大うけ。そして計画通りにグレイシーはトップ5に選ばれ、そして計画には無かったが、グレイシーは準ミスに選ばれる。ミス・アメリカはロングアイランドからきたシェリルだった。
しかし、ミスが着けるティアラに爆弾が仕掛けられていることを知らされたグレイシーは、シェリルからティアラを奪いに行くが、周囲もシェリルもそれを理解しないために抵抗される。やっと奪ったティアラをグレイシーが空中に投げ出したとき、爆発が起こる。悪事を暴かれてキャシーは逮捕される。そしてグレイシーはミスたちから友人として受け入れられ、ミス・フレンドシップ賞を受ける。仕事、愛情、友情において成功を収めたグレイシーはシアワセ一杯で、鼻をブヒブヒならして笑うのだ。

by ssm2438 | 2010-04-01 22:02
2010年 04月 01日

くもとちゅうりっぷ(1942) ☆☆☆☆☆

f0009381_8551779.jpg演出:正岡憲三
脚色:正岡憲三
原作:横山美智子
動画:桑田良太郎/熊川正雄
撮影:政岡憲三
作曲:弘田龍太郎

        *        *        *

80年代のどこかで戦中のアニメがでてきたというのでニュースになり、それが一般ロードショーされた。それが『桃太郎 海の神兵』とこの『くもとちゅうりっぷ』だ。ほんとは『桃太郎 海の神兵』をみたさに劇場に足を運んだのだが感動されられたのはこっちのほうだった。

戦中につくられた映画だが、こちらは戦意高揚映画ではなく、普通の短編アニメーション映画。16分くらいである。内容は、童謡にあわせて絵をうごかしているだけ。
てんとう虫のお嬢ちゃんがクモに狙われ逃げていると、チューリップさんが花びらの中に入れて助けてくれる。しかしそのチューリップさんをクモさんはぐるぐるまきにしばってしまい、でられなくする。そうしていると風が強くなり、雨が降り始める。森の木々はなびき、折れるものもある。クモの巣も雨と風に半壊してしまい、クモさんもとばされてしまう。雨がやみ、太陽があらわれるとクモの巣についた水玉が美しくかがやいている。

前半ははっきりいってたるいのだけど、雨がふってきてからは怒涛の迫力。水面におちる雨の描写とか、風になびく枝、そしてそれが折れるところのリアルさ。今これだけのリアリティを描き出せる本物のアニメーターが何人いるのだろうか? 自然物を動かすのが好きな私としては、この後半はとりはだもので感動してしまいました。

by ssm2438 | 2010-04-01 08:55
2010年 04月 01日

桃太郎 海の神兵(1945) ☆☆

f0009381_810330.jpg演出:瀬尾光世
脚本:瀬尾光世
撮影:瀬尾光世
音楽:古関裕而

        *        *        *

日本の海軍省より国策アニメ映画製作の命を受け1944年に松竹動画研究所によって製作され、戦時下の1945年4月12日に公開された国産長編アニメ(白黒、74分)。映画はミュージカル仕立に構成されており、これは監督である瀬尾光世が、1940年にアメリカで公開されたディズニーの長編アニメーション映画『ファンタジア』を参考とし、たとえ戦意高揚が目的であっても、ファンタジアのように子供たちに夢や希望を与えるような作品にしようとしたからだという(ウィキペディアより抜粋)。

制作は松竹動画研究所。おおお!! 東映以外にもアニメ制作に携わるスタジオがあったのですね。てっきり東映動画が作ったものだとばかり思っていた。『ファンタジア』をもでるにしているだけあって、動画はフル・アニメーション。すごい!!!
映画の1秒は24コマで構成されており、ディズニーの映画やこの『桃太郎 海の神兵』はその24コマ総てを動いた絵でつらねてアニメーションにしてみせる手法。あまりに手間隙かかりすぎるで普段は使わない。原題でも劇場版のアニメでも2コマ撮りが普通で、テレビでは3コマ撮りが主流となっている。
ちなみに2コマ撮りというのは、1秒間を12枚の絵で動かし、それぞれの絵を2コマづつ撮影していくことで帳尻を合わせる方法。3コマ撮りは1秒間に8枚の絵で、それを3コマづつ撮影していう方法。この方法が開発され製作コストは格段に下がり、一般テレビアニメとして制作が可能になってきたという。それをはじめたのが手塚治虫だとか。いまでこそ当たり前になっているが、当時動くのがあたりまえだった絵を、3コマ同じ絵を撮影して1秒間の動きを8枚にしようと考え付くのはかなり斬新な考えだったと思う。

映画は戦意高揚であり、南方戦線のセレベス島・メナドへの日本海軍の奇襲作戦を題材に海軍陸戦隊落下傘部隊の活躍を描き、当時の日本政府の大義であった「アジア解放」を主題にした大作。桃太郎が鬼が島へ行き、そこで隷属されている動物たちを解放し、日本語の読み書きを教えていくと、森の熊さんや狸さんたちは幸せになるというもの。当時の国産アニメとしては74分という長編作品であり、当時の日本政府、海軍より270,000円という巨費と100名近い人員を投じて制作されたという。

by ssm2438 | 2010-04-01 08:11
2010年 04月 01日

インヴィンシブル/栄光へのタッチダウン(2006) ☆☆

f0009381_7433150.jpg監督:エリクソン・コア
脚本:ブラッド・ガン
撮影:エリクソン・コア
音楽:マーク・アイシャム

出演:
マーク・ウォールバーグ (ヴィンス・パパーリ)
エリザベス・バンクス (ジャネット・キャントリール)
グレッグ・キニア (ディック・ヴァーミル)
ペイジ・コーター (ディックの妻)

        *        *        *
1976年、フィラデルフィアでロッキーがアポロに挑戦していたころ、もう一つのドラマが始まっていた。

フィラデルフィア・イーグルスは、1962年から1975年にの間、勝ち越したのはわずか1回しかなかった弱小のアメリカン・フットボールのチーム。そして1976年、チームは大学リーグ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の監督に迎える。すると翌年の1978年には18年ぶりにポストシーズンゲーム出場を果たし、その後4シーズン連続でプレーオフに進出した。
そのときの監督がディック・ヴァーミールであり、その時30歳にしてトライアウトでデビューしたのがヴィンス・パパーリであった。これは実話をもとにした映画なのだ。

映画自体は特にヒロイックな盛り上げ方もせず、たんたんと進んでいく。どうやって強くなっていったのか・・というよりも、歴史的事実だけをたんたんとつみかさねて描いてるので、物語的な盛り上がりはない。しかしきわめて高水準の画面をつくっている。そして、かつて『ロッキー』で見たフィラデルフィアの閑散とした街が、再び再現されている。実に哀愁があっていい。

ヒロイン役のエリザベス・バンクスも悪くはないが、グレッグ・キニアの奥さんやくのペイジ・コーターがさりげなくいい感じ。ちなみに主演は、どっかで見た顔だなあって思ったら若いときのマーク・ウォールバーグだった。髪のばしてたから分らなかった。

<あらすじ>
1976年、フィラデルフィア。ここ数年負け越しがつづいているアメリカンフットボールのチーム、フィラデルフィア・イーグルスは、カリフォルニア大学のアメフトチーム監督ディック・ヴァーミール(グレッグ・キニア)を新監督として迎えた。彼は負け慣れしている体質を刺激するために一般募集でトライアウトを行った。全員没かとおもわれたそのトライアウトに一人目を引くプレーヤーがいた。彼の名前はヴィンス・パパーリ(マーク・ウォールバーグ)。かれは下町でバーテンダーをしていた30歳になる、女房に逃げられた男だった。高校でアメフトをやっていた彼は、まだその才能を秘めており、プレシーズンマッチのメンバーにも選ばれた。しかしイーグルスはプレシーズンマッチに全敗。開幕戦でも初戦をおとしてしまう。
本拠地でニューヨーク・ジャイアンツを迎える2戦目の前日、パパーリは、高校時代の連中と雨の中アメフトを楽しんだ。その帰り、「明日は俺たちのために勝て」と言い渡される。一方連敗続きのヴァーミール監督の進退もあぶなくなっていた。この試合で負ければクビではないかと新聞にも書かれ始める。
そして運命をかけた本拠地開幕戦。ヴァーミール監督は、「誰かのために戦え。地元のために戦え」と激をとばす。その試合でのパパーリの動きは見違えるようにさえ、タックルで相手をつぎつぎとつぶしていく。そして最後はパパーリの指示で作戦を変更、これが功を奏して大逆転のタッチダウンとなる。

by ssm2438 | 2010-04-01 07:43
2010年 04月 01日

影の軍隊(1969) ☆☆

f0009381_6583425.jpg監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
原作:ジョセフ・ケッセル
脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル
撮影:ピエール・ロム

出演:
リノ・ヴァンチュラ (フィリップ・ジェルビエ)
シモーヌ・シニョレ (女闘士マチルド)

        *        *        *

1942年、ドイツ占領下のフランスでは、有志によるドイツ支配に対する抵抗運動が水面下で行われていた。この映画は、ドイツの支配に対して戦うというよりも、レジンスタンス同士の裏切りと、その同士の抹殺を描いた作品。抵抗運動事態が、どういう利益を上げたのは、ほとんど描かれず、その内部の裏切り者を抹殺するところだけが描かれていくので、映画自体が生産的にみえない。その裏切り者というのもドイツ軍に捕らえられて拷問の結果、首謀者の名前を漏らしたといもの。ドイツ軍占領下で、フランス人がレジスタンスの組織をつくり、その組織のなかの掟により、同士を殺す・・という、はっきり言ってしまえば「おろか」にしか見えない。

<あらすじ>
独軍に逮捕されたフィリップ・ジェルビエ(L・バンチュラ)だが、ゲシュタポ本部へ連行される途中逃走し、フランスの抵抗運動に身を投じることになる。やがて仲間のひとりへフェリックスが逮捕される知らせが伝えられると、女闘士マチルド(S・シニョレ)は、ドイツ兵に化けて救出に向かうという。彼女はいつも娘の写真をもっていた。それをしったフィリップは、「危険だから持ち歩かないほうがいい」と忠告。「そうね」というマチルド。
救出活動は失敗に終わったが、ドイツ軍の兵舎でみかけたフィリップの手配写真をみたマチルドは、フィリップに国外に出るように勧める。しかしフィリップは活動をつづけた。そしてドイツ兵に捕まり処刑されそうになったところを、マチルドに救われる。
それからしばらくたった頃、隠れ家で休養をとっていたフィリップにマチルドの逮捕された知らせが届く。マチルドは娘の写真をもっており、それをネタに許される可能性があるというのだ。そしてマチルドは出所した。と、同時に二人の男が逮捕された。ある日、エトワール広場を一人歩く彼女弾丸をあびられて死んだ。

by ssm2438 | 2010-04-01 06:58
2010年 04月 01日

電話で抱きしめて(2000) ☆☆

f0009381_11471394.jpg監督:ダイアン・キートン
脚色:デリア・エフロン/ノーラ・エフロン
撮影:ハワード・アサートン
音楽:デヴィッド・ハーシュフェルダー

出演:
メグ・ライアン (次女・イヴァ)
ダイアン・キートン (長女・ジョージア)
リサ・クドロー (三女・マディ)
ウォルター・マッソー (ロウ・モーゼル)

        *        *        *

ウォルター・マッソー老けたなあ・・・

ノーラ・エフロンらしい会話劇だが、もうひとつ盛り上がりに掛けたかな。
やっぱり女性というのは世話をするのが好きな生き物だと思う。先ごろではドラマの中でやたらときびきび働く女性像もみかけるが、やっぱり歳をとってきたとき、女性というのはなにかにつけ、世話をしたがるようになる。世話をするものがなくなると、かなりさびしくなるのだろう。
もちろん、世話をしまくっている時は、けっこうまわりに被害者ぶってるものである。そうしとかないと、自分の価値を認めてもらえないからだ。この映画の主人公イヴは、まさにそんな感じの女性。

監督はダイアン・キートン。過去何回か監督をやっている。『ツインピークス』(TV)のなかでも監督をやった話がある。監督として特に個性があるわけではないが、彼女が付き合ってきた男がウディ・アレンとかウォーレン・ベイティとかなので、監督のやりかたというのは十分分っている人だと思う。

<あらすじ>
イヴ(メグ・ライアン)は3人姉妹の次女。テレビ・プロデューサーの夫ジョーと一人息子ジェシーの世話をやきつつ、イベントやパーティの企画をしながらロスで暮らしている。姉のジョージア(ダイアン・キートン)は女性誌の編集長を務めるバリバリのキャリアウーマン。妹のマディ(リサ・クードロー)はテレビの昼メロの女優。遠く離れて住む3人を結びつけているのは電話でのおしゃべりだけ。
イヴの父(ウォルター・マッソー)はボケが進行しつつある。昔は映画の脚本家としてならした父だが、母と離婚して以来アルコールに溺れ、世間からだんだんと嫌われるオヤジと化していた。しかしイヴの電話番号だけは忘れないらしく、こまったときはイヴを呼び出してなにかと世話をやかせる。
姉のジョージアは雑誌の5周年記念号で大忙しだし、マディは犬をおしつけて恋人と休暇旅行中で見舞いにさえ来ない。ショックとイライラで病室を出たイヴは、駐車場でイラン人の医師オマーのベンツに車をぶつけてしまう。父は病院を抜け出したあげく脳卒中を起こして倒れ、ボケがいっそう進んでいるらしい。
へとへとになって家に戻ってみると、マディから預かった犬は受話器をかじっている。受話器はよだれでべとべと。かかってきた電話はまたもやイベント関連のトラブルだ。電話なんてまるで拷問の道具! とうとうキレてしまったイヴは、家中の電話線を抜いてしまう。

イブの所属する婦人団体がイベントをひらき、そのゲストに姉のジョージアを呼んで公演をしてもらうことになっていたが、ジョージアはそのスピーチのなかで、病気の父をかえりみず仕事をしてきたことを悔やむコメントを出して周囲を涙にさそう。あまりに現実とかけ離れたパフォーマンスについにイブが切れてがなりあいになっていたとき病院から電話。父が意識不明に陥ったらしい。
病院にかけつけると動かない父がベットでねている。

「悲しいのは、父を愛しているせいよ」という妹。
「あなたの寛大さにはいつも嫉妬してたわ」という姉。
いつも父に選ばれたのはイヴでだった。

by ssm2438 | 2010-04-01 04:22 | ノーラ・エフロン(1941)
2010年 04月 01日

キングダム/見えざる敵(2007) ☆☆☆

f0009381_4521950.jpg監督:ピーター・バーグ
脚本:マシュー・マイケル・カーナハン
撮影:マウロ・フィオーレ
音楽:ダニー・エルフマン

出演:
ジェイミー・フォックス (ロナルド・フルーリー)
クリス・クーパー (グラント・サイクス)
ジェニファー・ガーナー (ジャネット・メイズ)
ジェイソン・ベイトマン (アダム・レビット)
アシュラフ・バルフム (アル・ガージー大佐)

        *        *        *

怒涛の迫力のアクションシーンだが・・・手ぶれがうざい!

物語の政治的背景はディープなのだが、物語はエンタメ系のアクション映画的展開、そしてそれをリアルな銃撃戦として撮っている。クライマックス、拉致された仲間を救出するため敵の拠点に突入してからの銃撃戦の迫力がすごい。一言で言うと、エンタメ系アクション映画を、リアルは社会背景とリアルな描写で撮った映画・・ということになるだろう。
アクションシーンの手ブルはまだゆるせるのだが、日常シーンでもやたらとハンディカメラをつかって取るので画面がやたらと揺れる。『ボーン・スプレマシー』よりこのての撮り方がやたらと流行りだしたのだが、みていてうざい。手ぶれ=ドキュメンタリー的な思想はいい加減にしてほしいものだ。プロなら流行だけを追わないでほしいなあ。

話の持って生き方もかなり強引で、FBI捜査官が現地にいって爆破テロにかかわったホシを追うというもの。FBIというのはあくまでアメリカの国内の犯罪を扱う組織で、海をこえてFBIが出て行くとうのは違和感を感じる。CIAではダメだったのだろうか???
その起点になった事件は、一旦爆破テロを起こし、そこにあつまった警察官やアメリカ兵などもう一つ爆弾で抹殺するというもの。無差別テロではなく明らかに意図的にアルカイダが狙ってもの。
従来このての映画は、アルカイダとか中東のイスラム原理主義組織の名前は出しても、それ自体があくとしてあがかれるのではなく、別に悪党を設定していて、あくまでアルカイダ等のテロ組織は<環境>としてあがかれるものがほとんどだったが、今回はまともに描いている。

サウジに向かう4人のFBI捜査官のうちに一人に『エレクトラ』ジェニファー・ガーナーがいる。この人、きびきびしたアクションができていいなあ。

<あらすじ>
サウジアラビアにある石油会社の外国人居住区で自爆テロ事件が発生した。犠牲者のなかには、捜査に向かったFBI捜査官の同僚も2人いた。ワシントンのFBI事務所では、ロナルド・フルーリー(ジェイミー・フォックス)が鑑識チームに爆破事件の詳細を説明、爆破が巧妙かつ周到に計画されていたことから、フルーリーはサウジ基盤のアルカイダ・メンバー、アブ・ハムザの仕業だと推察。
フルーリーはワシントンポスト紙の記者を介して駐米サウジ大使に会い、サウジの大物によるテロ資金調達疑惑をちらつかせ、自分を含めた4人のFBIチームを現地捜査に派遣できるよう取り計らいを要求。大使は捜査期間を5日間、そして常にサウジ警察が同行するという条件で許可する。
砂漠の王国サウジアラビアに到着した彼らを待ち受けていたのは、アメリカの介入によって統治能力の弱さを露呈させたくないサウジ政府による拒絶と徹底した監視だった。「証拠に触らない」「サウジ警察の立会いなしに聞き込みをしない」「イスラム教徒の遺体に触れない」「自分の目の届く場所にいる」等の条件を言い渡され、捜査は始まった。しかし、同じ志を持つサウジ警察のアル・ガージー大佐(アシュラフ・バルフム)が捜査協力を申し出る。
爆発には盗まれた救急車が使われたこと、救急車があった病院には自爆犯の兄弟が勤めていることが明らかになる。フルーリーらは直ちに兄弟の居場所を特定して急襲、その場にいた全員を射殺する。部屋には英国、イタリア、日本などイラク戦争の有志同盟の大使館の写真があったが、首謀者は見つからない。その帰途、フルーリーらの車が襲撃され、仲間の一人が連れ去られてしまう。爆破の首謀者たちは捜査の停止を求めレビットを人質にしたのだ。
限定された時間のなかで、爆破事件の真犯人を見つけ出し、囚われた仲間を救出するミッションがおこなわれる。

by ssm2438 | 2010-04-01 03:52
2010年 04月 01日

読書する女(1988) ☆☆☆

f0009381_243382.jpg監督:ミシェル・ドヴィル
脚本:ロザリンド・ドヴィル/ミシェル・ドヴィル
撮影:ドミニク・ルリゴルール
音楽:ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

出演:ミュウ=ミュウ(コンスタンス/マリー)

        *        *        *

レイモン・ジャンの同名の小説をミシェル・ドヴィルが映画化。この監督さんの映画は見たことがなかったのだが、この映画はそこそこ気持ちよい。ミュウ=ミュウ演じる主人公は、大の読書好き。その日も朗読を商売をする女性の話を読んでいる。ヒロインが現実と本の中の主人公になりきり、現実と本の中の境界線が曖昧になっていく作りである。

本を読んでくれる人というのには、そのシチュエーションを思い描くだけでとても和やかなムードを感じる。特に私の場合は読書障害があり、本がなかなか読めない。他人によんでもらうほうがはるかに楽なのである。子供の衣、とにかく本を読むのは下手で、国語の授業で当てられて本を読ませられることに恐怖していた。でも、他の人が本を読むのを聞いているのはたのしい。それが授業の国語の教科書にのっているものでもだ。日本の教育システムは、読書障害の人のためのカリキュラムを作るべきだね。

<あらすじ>
読書好きのコンスタンス(ミュウ・ミュウ)は、その日も『読書する女』という本を読んでる。そしていつしか本のなかの主人公マリー(ミュウ・ミュウ=二役)に同化して物語はすすんでいく。

本のなかのマリーは、半身不随のまま思春期を迎る青年エリック(レジス・ロワイエ)にはモーパッサンの官能的な小説。自称100歳というデュメニル将軍の未亡人(マリア・カザレス)と彼女の女中にはトルストイの『戦争と平和』。離婚して一年以上たつ中年社長(パトリック・シェネ)のために、マリーはデュラスの『愛人』を読んでやる。彼の目的は彼女の肉体にあるらしく、マリーは彼に誘われるまま身体を許すが読書はそのまま続けている。
マリーの股間に顔をうずめてクンニをしてあげる彼が、ミュウ・ミュウの陰毛がくちにはいって喉にはりついたらしく突如、かああああああっ、かああああああっ、ぺっぺっってやりだす。いやいやあれは私も経験があるが、なかなか喉にはりついた陰毛というのはきもちわるいものだ。

そんなこんだで、マリーを読書のために呼びつけるが、それはいいわけであり、ほんとはマリーと話してみたかったり、マリーとセックスがしてみたかったりと、相手の欲望はさまざまだった。そして最後は『読書しない女』としてさらに仕事(?)をつづけていく・・。

『読書する女』を読み終えて、コンスタンスは私も「読書する女」になろうとおもったりする。

by ssm2438 | 2010-04-01 02:04
2010年 04月 01日

最後通告(1998) ☆

f0009381_1122683.jpg監督:レディ・M・ムーラー
脚本:フレディ・M・ムーラー
撮影:ピオ・コラーディ
音楽:マリオ・ベレッタ

出演:
ハンスペーター・ミュラー (アナトール・ワッセー)
リロ・バウアー (イレーネ・エッシャー)
ベネディクト・フライターク (マックス・エッシャー)
マリーベレ・クーン (エミー・エッシャー)

        *        *        *

満月の夜、子供たちが消える 。

原題は『VOLLMOND』(『満月』のことらしい)。

お話は、ある日突然13人の子供たちが失踪する。その子供たちから「ぼくたちは地球の幸せを望む。しかし大人たちがそれを望まなければ地球はぼくらな帰らない」とメッセージが届く。結局この抽象的な概念では大人たちは何も出来ず、そのまま映画は終了という・・、段取りだけ描いてあとはそのまんまというかなりつまんない映画。メッセージ性のある映画と解釈してあげたいが、はなはな映画としてお粗末過ぎる。大学生の自主制作並の作者のひとりよがり映画であったとさ・・。

『山の焚火』でスーパーヒットをかましてくれたフレディ・M・ムーラーの久々の映画だということで、見に行きましたよ銀座まで・・。当時、いい映画はみんな銀座の単館どまりでなかなか山手線の西側に来ることはなかった。今はけっこうあっちこっちで単館系の映画も、もはや単館でもなく見られるようになってきたが、当時ムーラーの映画を見られるなんてのはなかなかない機会だった。
・・・・しかし、この映画に関してはちょっと・・・・・満足いく出来ではなかった。総てにおいて幼稚さが見えた。演出的にも、予算的にも、シナリオ的にも・・。やっぱりスイスの映画産業事態の弱さを感じずにはいられなかった。『山の焚火』のときはスイスの山奥を舞台だったから、オールロケで大丈夫だったのだろうけど、さすがにカメラは都会に降りてくるとそういうわけには行かない。

<あらすじ>
ある満月の日、イレーネ・エッシャー(リロ・バウアー)はの息子トニーは家をでたまま帰ってこなかった。6歳の娘エミ(マリーベレ・クーン)はトニーが黒人の少年と船にのっていたというが、だれにも取り合ってもらえない。その後、ジャーナリズムが誘拐事件としてセンセーションに報道合戦を繰り広げる。この事件の担当になった警部ヴァッサー(ハンスペーター・ミュラー)はコンピューターの行方不明者のデータから、同じ日に、スイス各地で10歳になる12人の子供たちが何の前触れもなく姿を消していたことをつきとめる。それらの家族の共通点は、彼らがすべて湖のそばに住んでいるということ。
その数後、子供たちから親立ちに手紙がとどく。

「ぼくたちは地球の幸せを望む。
 大人たちがそれを望まなければ地球はぼくらなしに回りつづけるでしょう。期限は次の満月まで」

私はこの時点でこの映画からさめたのを覚えている。現実をファンタジーで解決するドラマなど見たくもない。もし、この世界に問題があるのなら、それを具体的に現実の行いで解決していく姿勢の人々を見せて欲しいとおもうので、この手の映画は嫌いらしい。

業を煮やしたトニーの父はテレビに出演して犯人に直接呼びかけてしまう。おかげで極秘裏に進めてきた捜査が世間に知れ、結局次の満月がきてもなにも手をうてていなかった。結局親たちはテレビ出演して子供たちに直接語りかけることになった。本番中、どこからともなく黒い肌の少年がスタジオに入ってきて、手をこすり、片方の手で目を覆う。すると、行方不明の子供たちの姿がモニターに映し出される。ヴァッサーも試してみると、手で覆った眼前におびただしい数の子供たちが現われるのだった。

・・・しかし、結局子供たちはもどらないまま物語は終劇となる。

by ssm2438 | 2010-04-01 01:13
2010年 04月 01日

グース(1996) ☆☆☆

f0009381_592685.jpg監督:キャロル・バラード
脚本:ロバート・ロダット/ヴィンス・マッキュウィン
撮影:キャレブ・デシャネル
音楽:マーク・アイシャム

出演:
アンナ・パキン (エイミー・アルデン)
ジェフ・ダニエルズ (トーマス・アルデン)
ダナ・デラニー (スーザン・バーンズ)

        *        *        *

『ウインズ』『ワイルド・ブラック/少年の黒い馬』キャロル・バラードがてがけたファミリー向け映画。ストーリー的にどうなんかな?って思うところもあるが、映画としてはきちんとまとまっており、盟友キャレブ・デシャネルの画面もあいかわらず素晴らしい。
キャロルバラードは、あんまり本数はないのだけど、作っている映画はかなり良質である。といっても私も、これと、先に上げた2本しかみてないのだが・・、ファミリー向けながら、映画術は恐ろしくきちんとしており、最強のカメラマン、キャレブ・デシャネルの画面もあり常に上質の映画に仕上がっている。

どうも私は「もうオレは飛べない、しかしお前には未来がある、お前は私を残し、飛んでいけ」ストーリーに弱い。『さよなら銀河鉄道999』もそんなにいい話だとはおもわないが、冒頭の999号に乗るとこまではけっこう感動した。この映画では親子で雁たちをリードしながら、渡りをとおしえるという物語だが、途中父親ののる軽飛行機が墜落。しかし父親は、「お前なら一人でも飛べる」と背中をおしてやる。もおう、これだけで泣けるんだな。感動をもたらす一つのポイントとして「伝える」という要素がある。想いが伝わる、使命を引き継ぐ、命が継がれる・・など、何かが引き継がれた時には、なんだか無性に感動してしまうものだ。

<あらすじ>
自動車事故で母を失っ14歳の少女エイミー(アンナ・パキン)は、父親のトーマス(ジェフ・ダニエルズ)に引き取られ、カナダ・オンタリオ州の農場に移る。父親は奇妙な彫刻を作る芸術家で、趣味はグライダーで空を飛ぶこと。それにスーザン(ダナ・デラニー)という恋人もいて、エイミーは新しい暮らしになじめないでいた。
ある日、彼女は森で親を亡くした雁(グース)の卵を見つけ、それを育てることにする。やがて卵がかえり、16羽のヒナたちが顔を出した。うまれて最初にみたエイミーを“ママ"だと思い込んだ彼らは成長していく。残念ながらそのうちの1羽は不具合があるらしく他の雁たちが飛べるようになってもみんなについていけない。
やがて彼らが南に渡る季節が近づいた時、父娘はグースたちに飛ぶことを教え、越冬地まで連れていかなければならないことを知る。トーマスはエンジン付きグライダーを開発し、それを使ってグースを先頭にたてて、彼らを南に渡らせようと考える。エイミーもグライダーの操縦をおぼえなければならなかった。
父とエイミーの乗る2機のグライダーは成鳥になったグースたちを扇動して南にむかう。途中、空軍基地に緊急着陸したり、ハンターたちに狙われたりといったアクシデントを乗り切って旅を続けるうち、彼らはマスコミの報道を通じて全米の注目の的になっていく。だが、目的地を目の前にして“パパ・グース号"が故障し、墜落。負傷したトーマスは、残りの行程を独りで飛ぶようエイミーを勇気づける。やがて、エイミーは一羽も欠けることなく無事に送り届けるのだった。

さすがに相手が鳥なので、望遠の画面がおおいことはとてもうれしい。
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by ssm2438 | 2010-04-01 00:01