西澤 晋 の 映画日記

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2010年 06月 17日

高校生ブルース(1970) ☆☆☆

f0009381_1174342.jpg監督:帯盛迪彦
原作:柴田成人『傷だらけの十六歳』
脚本:伊藤昌洋
撮影:喜多崎晃
音楽:伊部晴美

出演:
関根恵子 (北原美子)
内田喜郎 (加藤昇)
篠田三郎 (五十嵐)

       *        *        *

大映期待の新人関根恵子の記念すべき映画デビュー作。

っしかし、これがデビュー作なんて・・、スゴイなあ。大映はけっこうこの15歳の娘にかけてたのかもしれないなあ。いやいやスゴイスゴイ。しかし、大映はあえなく翌年1971年11月29日をもって倒産。

演出的にはかなりスタンダードな演出。音楽や効果音の使い方はじつにスタンダード。とっても勉強になる。関根恵子内田喜郎の体育館の準備室での初めての“H”シーンは、かべひとつへだてた体育館ではバスケットボールをやっている。キスしようとするととたんに外界のバスケットボールの音。それからムードがよくなってセックスにうつると、音楽だけで、抱き合う二人とバスケットボールの試合のシーンをカットバック。
妊娠してしまった処理をどうするか篠田三郎に相談にいった内田喜郎。篠田三郎が話すシーンではレコードをかける。そのレコードに録音されているのは蒸気機関車のおと。その蒸気機関車の音をバックに篠田三郎がお手伝いさんと“H”をして妊娠・中絶にいったった経過を話している。
・・・とにかく音のいれからはやたらと勉強になった映画だった。ただ、テーマ曲をやたらと流すのは簡便してほしい。もうちょっといい音響監督さんをつかってほしいものだ。選曲になんしてはこの頃の大映はあんまりよくないね。

物語はさわやかなセックスがらみの思春期者ではなく、ほろ苦い思春期もの。無防備に“H”をしてしまい、妊娠、そして中絶手術のための朝早起きしてアルバイトする内田喜郎にたいしてとにかく追い詰める関根恵子。
無責任な“H”をする内田喜郎も悪いが、そのころの男の子に、そのあとの責任能力を問うのはかなり無謀、おかげでおいつめられてる内田喜郎君。関根恵子の責めは正論かもしれないが、男の子にとってはつらいだろうな。
結局堕胎手術はせずに、思い出の体育館の準備室で、内田喜郎にお腹をふいつけさせて流産する関根恵子。このくだりはビレ・アグビスト『ツイスト&シャウト』でも見ていたが、やっぱり痛々しい。
そして硫酸。その前のシーンで「顔の綺麗さなんて・・」なんぞのくだりがあったから、てっきり顔にかけるのかと思ってどきどきしてみてたら・・・、そこまではしなかった。増村保造じゃなうってよかったなあ。増村保造は五寸釘で目をさすから・・(苦笑)。しかし、叔父にかいてもらった思い出の絵の自分の顔のところにその硫酸をかけ、金魚鉢にも硫酸たらすし、金魚はほんとに殺しちゃうし・・、いろんな意味で混沌としている青春時代の性欲がらみ映画だった。

しかし・・・関根恵子の映画は、男が情けない。

<あらすじ>
十六歳の美子(関根恵子)はクラスメイトの昇(内田喜郎)と、薄暗い体育倉庫で肉体関係を結ぶ。彼からなぜ自分を選んだのか?と聞かれた彼女は「一番愛されているようだったから」と答える。彼女自身も「彼を好き」という感情はなく、とりあえず誰もがするものだから・・というような流れでそうなることを受け入れた。しかし何度かのセックスの後彼女は妊娠してしまう。とたんに現実の世界が二人に押し寄せてくる。

「石橋を叩いたら渉れない」という有名なことわざ(私が言ってるだけなのかもしれないが)があるが、この映画は、叩いたら渉れないから叩かずにわたってみたら崩れて落ちて・・、そこからもう一度自分の生き方を再構築するという映画。

by ssm2438 | 2010-06-17 22:44
2010年 06月 15日

遊び(1971) ☆☆☆

f0009381_23333780.jpg監督:増村保造
原作:野坂昭如
脚本:今子正義/伊藤昌洋、潤色:増村保造
撮影:小林節雄
音楽:渡辺岳夫

出演:関根恵子/大門正明

       *        *        *

前半から中盤までを抜けると怒涛の感動が押し寄せる。しかしそれまでがしんどい。

前半はなんとも主役の男(大門正明)が嫌で嫌で、総てにおいて痛々しく、とっととやめようかと思ったが、物語は後半からは驚くほど輝き始める。仰々しい潔さ演出の増村保造の台詞回しが、この作品に関しては違和感があるが、後半はこの言い回しあっての感動なのだろうなあ。

しかし、関根恵子は良い。これみると若尾文子だけじゃなくって、関根恵子でも増村保造作品もっと見たかったなあ。うむむむむむ、惜しい。実にもう少し時代がずれていたら・・って思えてならない。
とにかく二人でホテルに泊まるところからがとてもいい。はじめて好きな女とホテルに泊まった時のあまずっぱい思い出ふつふつと湧き上がってきてなんだかとても気恥ずかしくなってしまう。「風呂に一緒にはいるか?」といわれて断る関根恵子。そのあとひとりではいる風呂。そこでさりげなく隠しぎみに演出しているので、“ああ、こんなものか・・”って思ってたらそのあと寝床での怒涛の決意と覚悟表明、「あなたの好きにして、あなたのものにして」って、そのあとは彼女の肢体は全開、惜しげもなく披露してくれる。

たしかに前半から中盤にかけては痛い映画だったが、このホテルのシーンから最後までは傑作な映画だ。怒涛の増村保造演出と、関根恵子の素晴らしさを堪能させてもらった。70年代崩壊間近の大映にしてみれば傑作にはいるだろう。

<あらすじ>
ダンプの運転手をしていた父は、人身事故を起こして以来飲んだくれ、借金を残して死んでしまった。姉はカリエスで寝たっきり。母の内職だけでは借金の返済もままならず、中学を卒業した彼女(関根恵子)は町工場で働きはじめた。少ない給料を家に送り続けていたが、そんな娘に母はお金をたかりにくる。最後の手段とばかりにキャバレーのホステスになろうと決意し、元工員で今はホステスとして働いているヨシ子に電話を掛けようと電話帳をめくっているとチンピラっぽい男が声をかけてきた。

彼(大門正明)の父親は蒸発し、母親はおでんの屋台をひき、寂しくなると男をくわえこむ。彼も結局かたぎの仕事をやめてしまい、今ではヤクザの子分としてせいいっぱいいきがって生きていた。彼が「兄貴」と呼ぶ男は若い女を連れ込み宿に連れ込んでは犯し、写真をとり、それを売りさばき、逃げられないようにしてはキャバレーかホストで働かせていた。そしてその彼もその手伝いをびびりながらやらされていた。

彼女にとって彼は初めて喫茶店にいったり、映画をみにいったりした男だった。彼にとって彼女は初めて自分に好意をもってくれた女で、最初のスケコマシのターゲットだった。兄貴に指示されるままに、いつもの連れ込み宿に彼女を連れ込んだ彼だったが、彼女の初心さにいたたまれなくなり、見張りの宿のおやじを鉄びんでぶん殴り、彼女をを裏口から連れ出した。

二人は川辺の小さなホテルにたどりついた。兄貴から経費として預かっていたお金でそのホテルに泊まった二人は、生まれて初めて贅沢な食事と風呂を堪能した。彼女は、母のことも、カリエスの姉のことも貧しかった過去もみんな忘れて、彼のものになりたかった。彼は、明日からは一文無しで、ヤクザに追われることになろうとも、彼女だけは渡したくなかった。チキンハートなチンピラ男は彼女を抱くことで男になり、他人のためにしか生きてこなかった彼女は、その男のものになることで、女になった。

・・・・キラキラまぶじいぞ、この映画!

by ssm2438 | 2010-06-15 23:34 | 増村保造(1924)
2010年 06月 15日

次郎物語(1987) ☆☆☆☆

f0009381_0433863.jpg監督:森川時久
原作:下村湖人
脚本:井手雅人
撮影:山崎善弘
音楽:さだまさし/渡辺俊幸

出演:
加藤剛 (次郎の父)
高橋恵子 (次郎の母)
泉ピン子 (次郎の育ての親・お浜)
伊勢将人 (次郎)

       *        *        *

さだまさしの「男は大きな河になれ」が泣ける。すっごく力を与えてくれた歌だった。

この映画が放映された年に私は東京から故郷の岡山県久米郡中央町(今の美咲町)まで歩いてかえったことがある。しかし最初の1週間は悲惨だった。さすがに歩きなれてないのに突然そんなことをはじめたものだがかかとは悲鳴をあげるが、足の裏は水ぶくれで血まみれ。ついに小田原で医者にかかった。そこで予定外に2日も休み、そこからなんとか歯を食いしばって熱海まで歩いたがもうそこでも2日休んだ。その熱海での二日目の午後、なんぞ時間でもつぶすことはないかと映画館にはいった。そこでみたのがこの『次郎物語』。泣けたね。映画も良かったが、さだまさしのモルダウを編曲した『男は大きな河になれ』の歌詞が実に沁み込んだ。

なぜこの映画があんなに良かったのだろうと考えた。さして特別な、映画的なイベントがあるわけでもない。でも良い。で、一つの答えが出た。それは・・登場人物一人一人が自分に誠実だからなのだ。人生の中には思い通りにいかないことも多い。でも、自分への誠実さをすててまで楽をしたいとは考えない。自分への誠実さを誰もが大事にしている。それがいいんだろうな。
     
<あらすじ>
次郎は、母親のお民(高橋恵子)が病弱だったためにお浜(泉ピン子)の家に預けられて幼少の時代をすごした。そんなお民がほぼ回復し、次郎を実家に引き取ることになったが、次郎の実家本田家は、古くから続いた由緒正しい家柄で、士族の格式を守り子供たちの躾も厳しかった。そんな本田家に合わない次郎はたびたびお浜のうちに逃げ帰っては連れ戻された。自分に懐いてくれない次郎がお浜に懐いているのがいたたまれないお民はお浜に辛らつにあったった。お浜、次郎がほんとの母ではなく自分に懐いていることに罪悪感をかんじていた。
10歳になった次郎(伊勢将人)は、ようやく本田家の毎日に馴染むようになったが、その頃から、悪いことが続くようになった。次郎を可愛がってくれた祖父、恭亮が死に、その看病疲れからお民も発病、そして本田家の破産。一家は町に移り慣れない商売を始めたが、次郎は正木一家でお民の看病をすることになった。同じ頃、お浜の一家も夜逃げ同然に故郷を離れ、消息が知れなくなっていた。お民の病は重かったが、一所懸命看病する次郎にお民もうちとけ、二人の間にはようやく母と子の愛情が通じ合うのだった。夏になり、浮立の踊りに参加する次郎の衣裳を縫いあげ送り出しすお民。そんなお民の様態の悪化をききつけたお浜がお民のもとに駈けつけたてきた。お浜にこれまでの非礼を詫びるお民。「男の子は、ただ愛してやればいいんやね」って言う言葉が泣ける。浮立連の中で踊っていた次郎だが、そのころお民の息をひきとった。


そして流れるエンディング。

男は大きな河になれ ~モルダウより~
作詞:さだまさし/作曲:スメタナ・補作曲:さだまさし

せつないことがあったなら 大きく叫んで雲を呼べ
それでも雲でおおえぬほどの 男は大きな宇宙(そら)になれ
嬉しい時は腹から笑え 笑えば嬉しい花が咲く
心の花でうすめてみせろ 女は優しい風になれ

苦しい時ほど意地をはれ 目をそらさずに雨を見ろ
泣かずに雨を集めてそして 男は大きな河になれ
寂しいのは一人だけじゃない 歩けば転ぶ怪我もする
そこで捨てたら負けになる 男は大きな夢になれ

喜びは人と分かち合え 悲しみは人に預けるな
許せる限り受け止めてやれ 女は大きな海になれ
寂しいのは一人だけじゃない 歩けば転ぶ怪我もする
泣かずに雨を集めてそして 男は大きな河になれ 男は大きな河になれ


この歌詞が、そのあと歩いている間どれだけ勇気をあたえてくれたことか・・。
ふと気付くとこの歌詞をくちづさんでいた。

苦しい時ほど意地をはれ 目をそらさずに雨を見ろ
泣かずに雨を集めてそして 男は大きな河になれ ・・・である。
だあああああああ、今思い出しても涙が出てくる。

by ssm2438 | 2010-06-15 00:45
2010年 06月 14日

おさな妻(1970) ☆☆

f0009381_2331271.jpg監督:臼坂礼次郎
脚本:白坂依志夫/安本莞二
撮影:上原明
音楽:北村和夫

出演:関根恵子(黛玲子)/新克利(吉川)

       *        *        *

「逃げちゃおっか」「うん」・・・・くあわいいぞ、関根恵子!

いやいや、なかなか予想よりも面白かった。やっぱり関根恵子がいい。わかいい。ミニスカートも素敵。私が関根恵子をみたのは『DOOR』『次郎物語』、そして『動脈列島』くらい。吉永小百合的な面影があるが、それよりもどこかクールな感じの彼女。若い頃はいろいろ社会にいいように扱われ脱がされてしまった女優さんという印象で、ある種の哀れさを感じる女優さんだった。1977年、睡眠薬自殺未遂、1979年、河村季里との海外雲隠れ騒動などで再びマスコミを騒がせたりもした。そんな彼女が高橋伴明と結婚、その後『次郎物語』彼女を見たときは、ほっとした。やっと定住することができたね・・って感じ。

そんな彼女をいいように食い物にしたのが晩年の大映。その映画の一つがこの『おさな妻』。こういう映画を楽しんでみてしまうのは、当時の彼女の心情を考えるとやはり罪悪感を感じてしまう。でもやっぱりみておきたかった作品。

<あらすじ>
病気の母とふたりで暮らしていた黛玲子(関根恵子)だったが、その母も病死し、伯母静江の家に引き取られることになった。静江は優しく今まで通り高校に通わせてくれたが、静江の息子淳一は、玲子に欲望を感じていた。静江の留守中、淳一が学校から帰った玲子に乱暴しようとしたため、玲子はこの家を出る決心をする。静江の反対を押し切ってアパートでの一人暮しを始めた玲子は、再会した幼稚園時代の先生の紹介で通学のかたわら保育園で子供たちの面倒をみるアルバイトを始めた。そして吉川(新克利)との出会い。
男で一つで娘まゆみを育てている吉川退かれていく玲子。食事をしたり、買い物をしたりする、楽しい時間を持つようになった玲子は、まだ高校生だというのに吉川からプロポーズされてしまう。年齢の開きに躊躇しながらも結婚に合意する。幸せな結婚生活が始まったと思ったが、吉川が昔の女と切れず、ワイシャツに口紅をつけてかえってきてしまったことから家を飛び出す玲子。自暴自棄になって結婚を後悔し、家庭を棄てようとする玲子だが、吉川の強い愛情ををうけて再び彼の家庭へと戻っていくのであった。

話はいまひとつ抑揚のないものだったが、それもまた良し。ほほえましくなるような映画だった。
・・・しかし、結婚を決意する時は、旦那が浮気したらどうするか・・くらいのオプションは考えておくものだとおもうけど。浮気しないってことを前提に結婚するのは甘すぎる。

by ssm2438 | 2010-06-14 23:31
2010年 06月 14日

魅せられて(1996) ☆☆☆

f0009381_22473571.jpg監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:スーザン・マイノット
撮影:ダリウス・コンジ
音楽:リチャード・ハートレイ

出演:リヴ・タイラー (ルーシー)

       *        *        *

珍しくベルトルッチの映画のなかでは楽しめた(苦笑)。

しかし、脚本がいいわけでもなく、物語が言い訳でもなく、また南フランスの風景画美しいわけでもない。でも、リブ・タイラーの肢体が見られるからいいや・・ってくらいなもん。ベルトルッチの本格的な映画はどうにも苦手だが、こういうどうでもいいような映画ならまだそれなりに楽しめる。

登場人物にそれほど魅力がないのがこまったものだが、父親探しの対象とダミーキャラ、そして恋愛対象の本命とダミーキャラを配置し、結局どうなるのかな?的な興味を持続させて物語を進行させてくるので、興味は切れないようにできている。しかし、できるならもう少し父だった彫刻家にはなにか味をつけてほしかったかな。正直ふう~~~~んって感じでだからなに・・的な感想しかのこらなかった。

<あらすじ>
f0009381_22474950.jpg死んだ母の旧友たちが住むフランス・トスカーナ地方を訪れたルーシー(リヴ・タイラー)は、ひそかに自分父を探すという目的を胸に秘めていた。彼女は彫刻家イアン(ドナル・マッキャン)とその妻ダイアナの家に泊めてもらい、空いた時間にイアンのモデルを務めることになっていた。
近くには白血病で余命いくばくもない作家のアレックス(ジェレミー・アイアンズ)がいた。ルーシーはアレックスに親しみを感じ、自分がまだ処女であることなどを打ち明けるが、彼は実の父ではないようだ。
数日後、イアンとダイアナの息子クリトファー(ジョゼフ・ファインズ)とその親友ニコロ(ロベルト・ジッティ)がトルコ旅行から帰ってきた。ニコロはルーシーの初恋の人で、以前から手紙のやりとりをしていた。彼にはオスヴァルド(イグナッツィオ・オリヴァ)という弟がいるが、モデルとして人前で肌をさらすルーシーには批判的な目をむけていた。
アレックスの病状が急変し、皆に永遠の別れを告げて病院に運ばれる。イアンがルーシーをモデルに彫っていた作品が完成、彼女は実はイアンこそ父であったことを知る。
オスヴァルドがルーシーに5年前から彼女が好きだったこと、彼女がニコロからだとばかり思っていた恋文が実は自分のものだったことを明かす。大きな木の麓で、彼女は彼と初めての性を体験した。

by ssm2438 | 2010-06-14 22:50
2010年 06月 13日

1900年(1976) ☆

f0009381_23274331.jpg監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:フランコ・アルカッリ
    ジュゼッペ・ベルトルッチ
    ベルナルド・ベルトルッチ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:
ロバート・デ・ニーロ (アルフレード)
ジェラール・ドパルデュー (オルモ)
ドミニク・サンダ (アダ)
ドナルド・サザーランド (アッチラ)
アリダ・ヴァリ (ピオッピ夫人)
バート・ランカスター (アルフレード・ベルリンギエリ)

       *        *        *

長いだけでつまらない・・・。ドミニク・サンダが画面にいることだけが唯一見続けるモチベーションだった。

イタリア版の『カインとアベル』か。1900年の同じ日に生れた立場の違う二人(アルフレードは地主の息子、オルモは小作農頭の息子)の人生を交錯しながら描き、時代の変動のなかを生きたある地主とその小作農民たちを描いた映画。立場は違おうとも幼い頃はやっぱり仲のいい友達。それがだんだんと大きくなるにつれて社会の中の一部という立場になり、嘗ての友情が社会の軋轢にまけていく。まあ、世間の流れに勝てない男を描くいつものベルトルッチである。とりあえずエログロ系描写はかなりあるのでそこだけはついつい見てしまうが、生産性のない話なのでしんどい。良くこんな映画みたなあと自分に感心してしまう。

これは私の勝手な想像だが、ベルトルッチって実はホモで、でもそれを自他共に認められずにいた人なのではないかと思う。少なくともホモに傾倒する要素を実に数多く有している人であることは間違いない。
・・・しかし、ドナルド・サザーランドはいい感じで気狂いファシストを演じている。やっぱりこの味が出せるのは彼しかいないだろう。

あいかわらずヴィットリオ・ストラーロの色だけは良い。

<あらすじ>
f0009381_23424859.jpg1900年の夏ある日、大農場の地主であるアルフレード・ベルリンギエリ(バート・ランカスター)に孫が出来た。そして同じ日、小作人頭で大家族の長レオ・ダルコにも孫が生れた。二人はそれぞれアルフレードとオルモと名づけられた。成長したアルフレードとオルモは、喧嘩ばかりしているが深い友情で結ばれていた。
1918年秋。第一次大戦から復員するオルモ(ジェラール・ドパルデュー)は、土地の美しい女教師アニタ(ステファニア・サンドレッリ)に恋をする。一方アルフレード(ロバート・デ・ニーロ)は詩を書く自由な女アダ(ドミニク・サンダ)に会い心を奪われる。ダンス・パーティで友情を誓うオルモと彼の子を宿したアニタ、そしてアルフレードとアダの四人。しかし国内はファシストの抬頭で騒然としつつあった。
やがて当主となったアルフレード。アルフレードとアダの結婚式の日、ファシストのアッチラ(ドナルド・サザーランド)と彼の恋人レジーナ(ラウラ・ベッティ)が、その情事の場を見られたある地主の子を惨殺してしまう。その容疑をかけられたオルモ。しかし彼を助けられないアルフレード。アダは彼に失望する。オルモが村を去り、それを知ってアダも村を出る。
そして45年の終戦前日。農民たちは立ち上がった。アッチラとレジーナを捕え、アルフレードも捕えられ、人民裁判で地主ベルリンギエリの死滅を宣告された。オルモが帰り、アルフレードは生き証人として生かすと告げた。直後、終戦の知らせが村にとどくのだった。

by ssm2438 | 2010-06-13 23:30
2010年 06月 13日

暗殺の森(1970) ☆☆

f0009381_2240473.jpg監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:
ジャン=ルイ・トランティニャン(マルチェロ)
ドミニク・サンダ (カレド教授の婚約者・アンナ)

       *        *        *

ドミニク・サンダ以外は見るところないぞ・・、実は・・・。

オリジナルタイトルの意味は『順応主義者』。70年代、世間出をは『ラストタンゴ・イン・パリ』が話題を提供してくれていた。80年代になってアニメーターになり嘗ての名作・話題作を徹底的にみつようにしていたが、ベルトルッチとはあまりはだが合わず、『ラストタンゴ・・』もしばらく放置プレー状態。しかしこれを近年みてみたら意外と良かった。・・・実に以外。でついでだからこちらも見てみようかと思ってみてみたら、こちらはやっぱりつまらなかった。
で、その違いはなんなのだろうと思ってみたが、たぶん大局的なことを語られるとなにかそのスタイルが嫌なのかもしれない。『ラストタンゴ・・・』や『魅せられて』などでゃ嫌いじゃないのだけど・・。でも、考えてみるとこれは個人の話だった。しかしこの映画や『1900年』などは、ある特殊な社会状況下で語られる個人の話しだった。不思議なものでこういう話になると私の感性にふれなくなる。

つまり、演出力としては認めているが、いき方の哲学としてはどうにも好きになれないということなのだともう。この映画のオリジナルは『順応主義者』である。他の映画も、たとえば『ラストレンペラー』にしても、やっぱり時代に翻弄された男の話である。『1900年』もそうだろう。多分私は時代に翻弄されない人間をみたいのだけど、ベルトルッチは翻弄される側の人間の魂を描くのである。そのあたりが根本的に私の好みと相容れない部分なのではないかと思ってしまう。

この映画は、子供の頃に暗い過去を持つジャン=ルイ・トランティニャンが、自分の生き方としてのよりどころをファシストにもとめ、そこに所属していることで安らぎをもとめる。多分この人にはそういう生き方しかできないのである。そのためにはオファーを受けた仕事はこなさなければならない。たとえそれが好きな女性をころすことになっても・・。その板挟み状態こそがいつもベルトルッチの描きたいことなのだろう。切実な心理描写は大切だが、ベルトルッチの描きたいことは、個人として乗り越えるべきことであって、ただその板ばさみ状態を描かれてもなんにも面白くないというのが実際のところだ。

あと、カメラはあんまり好きではないのは事実だ。ヴィットリオ・ストラーロの広角ぎみなのがどうもうざい。でも色は好きだ。

<あらすじ>
マルチェロ(J・L・トランティニャン)には十三歳のとき体験した忘れられない体験があった。友だちにいじめられているところ元牧師のリノ(P・クレマンチー)が助けられ彼の家に連れていかれた。しかしリノは少年に慾望を抱いた自分の性に罪の意識を感じ、マルチェロに拳銃を渡し、撃つように頼んだ。マルチェロは引金をひいてその場から逃げた。
大人になったマルチェロは、自分の中に殺人に傾倒する魂があるように感じファシストになっていった。そんな彼に彼の恩師であるカドリ教授(D・タラシオ)について調査せよとの命令が下った。彼は彼の婚約者のジュリア(S・サンドレッリ)との新婚旅行にかこつけてパリに亡命しているカドリ教授を訪ねた。命令は変更された。カドリから情報を得るだけでなく、彼の抹殺せよというものだった。
f0009381_22514680.jpgカドリの家へ招待されたマルチェロはカレドが婚約したアンナ(D・サンダ)という女性を紹介された。マルチェロはさりげなく彼女に恋をした。しかし、カレド教授暗殺の時、その車にはアンナも乗っていた。マルチェロの目の前で、アンナもカドリの道連れになって殺された。
数年後、マルチェロはジュリアと小さな娘の三人でローマのアパートで暮していた。ラジオはラジオがファシズムの崩壊を報じていた。その夜、大混乱の夜の町を歩いていたマルチェロは、嘗て自分が射殺した筈のリノを見た。すべてが虚構だった。

自分の行動原理を自分の以外にもとめる人間を描きたいベルトルッチ。たぶんベルトルッチ自身がそういう人なのだと思う。だからそれを自己批判として、しかしそのようにしか生きられない自分を描きたいのだろうが、私としては完全に場違いな生き方なので完全に相容れるところはない。これに感化される人は、きっと自分のなかにその要素がつよくある人で、若手いてもそういう風にしか生きられない人なのだろう。

by ssm2438 | 2010-06-13 22:40
2010年 06月 12日

TICKER(2001) ☆

f0009381_23354255.jpg監督:アルバート・ピュン
脚本:ポール・B・マーゴリス
撮影:フィリップ・アラン・ウォーターズ
音楽:サージ・コルバート

出演:
トム・サイズモア (レイ・ネトルズ捜査官)
スティーヴン・セィーガル (フランク・グラス)
デニス・ホッパー(爆弾犯アレックス・スワン)
ジェイミー・プレスリー (クレア・マンニング)

       *        *        *

悪名高きアルバート・ピュンのやっぱり悪名は健在だった作品(苦笑)。

強引に『沈黙のテトリスト』とするタイトルもあるが、スティーブン・セィーガルが主役ではない映画なので、そのタイトルはいかがなものかと思う。アメリカのインターネット・ムービー・データベース(IMDb)名前の順番はトム・サイズモアが一番上で、その下にデニス・ホッパー。3番目にスティーブン・セィーガルである。今回のセィーガルはどちらかというと師匠役として登場している。ま、こういう歳になってしまったのだな。ゆくゆくは『ライジング・サン』ショーン・コネリーみたいになるのかなあ(苦笑)。

しかし・・、この監督アルバート・ピュンの才能のなさは切実だね。映画マニアなのは理解できるが、演出のなにか効果的なのは全く判ってないC級ひとりよがり監督。どっかの映画でみたようなシーンを使っているが、見てる人にしてみれば「こいつら何やってるの?」、「これって何か意味があったの?」が実におおい。音楽の使い方も下手だし、音楽自体も悪い。

f0009381_23384975.jpg唯一のひっかかりといえば、犯人役の女性ジェイミー・プレスリーがなかなかエレガントで良いってくらい。

<あらすじ>
サンフランシスコ警察のレイ(トム・サイズモア)は、ある夜、相棒ファジーと麻薬捜査中に不審な集団と遭遇。逮捕しようとしたものの、反撃に遭い、相棒を失う。そのグループの男たちは逃げたが、クレア(ジェイミー・プレスリー)だけは逃がさなかった。しかし、クレアを解放しなければ町を爆破するという予告電話がサンフランシスコ警察にはいる。そして爆破は実行された。途方に暮れたレイは、爆弾処理班の指揮官グラス(スティーヴン・セガール)に助言をもとめる。かくして二人は協力し合い、爆弾犯を追うが・・・。

by ssm2438 | 2010-06-12 23:39
2010年 06月 12日

アイランド(2005) ☆☆

f0009381_8485098.jpg監督:マイケル・ベイ
製作:マイケル・ベイ他
脚本:カスピアン・トレッドウェル=オーウェン
    アレックス・カーツマン
    ロベルト・オーチー
撮影:マウロ・フィオーレ
音楽:スティーヴ・ジャブロンスキー

出演:
ユアン・マクレガー (リンカーン・6・エコー)
スカーレット・ヨハンソン (ジョーダン・2・デルタ)

       *        *        *

さすがマイケル・ベイ、きちんと作ればまともなSFになりそうだったこの映画をCM的アクションシーンでごまかしてしまった・・。

ジェリー・ブラッカイマーのイエスマン監督という印象がつよかったマイケル・ベイ。その彼が今回はブラッカイマーの支配下から抜け出し、自ら制作をつとめてつくったのがこの映画。なので正真正銘マイケル・ベイの実力が見られる映画。いやいやほんと、CM的なコンセプトの画面づくりは上手いし、今回の映画に関してはありそうな近未来のビジュアルをかなりきちんと描きこんできてて、美術スタッフの仕事は素晴らしいと感じる。

・・・が、所詮マイケル・ベイ。
CMだけつくってればこの人は才能あるひとだと思われたに違いないのだけど、どうしても映画(=話を語るための写真)の作り手としては実につまらない。
この人の最大の欠点は「観客に予測させる」という見せ方が出来ないことだ。マイケル・ベイの作る画面は、すべて説明の画面であり、それを姑息はCM的オシャレ演出で撮ってるだけ。だから見てる側としたら、ただただマイケル・ベイが提供してくれる画面を延々みせられるだけ・・という時間になる。

スカーレット・ヨハンソン、個人的にはデビュー当時のダークブラウン・ヘアのほうがシックでいいなあ。金髪にしてしまうとシャローな感じにみえてしまう。

<あらすじ>
21世紀の前半。クローン技術の発展により、ついに人間のクローンが製造できる環境にあった。一部の富裕層の人々は、自分の健康の保険としてクローンを制作、不具合のあった臓器をそこから移植することができるようになっていた。モラル的にはこのクローンの制作は法律で禁止されていたが、病に犯された富裕層の人々は、たとえ犯罪と判っていても生きる手段としての一つの選択だった。

彼らはそのクローン牧場のなかで生かされていた。リンカーン(ユアン・マクレガー)とジョーダン(スカーレット・ヨハンソン)もそのなかの二人だ。人類は地球規模の環境破壊によって、すでに死に絶えてしまっているらしい。彼らは、外界からこの施設に救出され、もう3年になる。安全で快適だけれども、退屈な日々。彼らの夢は、地上最後の楽園“アイランド"へ行くことだった。その島は放射能汚染を逃れた地上唯一の楽園といわれていた。
そんなある日、リンカーンは換気口から入ってきた一匹のハエを発見して、ある疑問を抱く。外の空気は汚染されているはずではなかった・・? そして施設内を探索するうちに、恐るべき真実を目撃する。彼らは、保険契約を結んだクライアントに臓器を提供するためだけに生産された“クローン" であり、「アイランド行き」とは、すなわち臓器摘出の死刑宣告だったのだ。そして次の当選者に決まったのは、なんとジョーダンだった!リンカーンとジョーダンは、生きるための脱出を試みる。

物語の基本コンセプトはアーサー・C・クラーク『都市と星』あたりだろう。近未来の世界感や小物のデザインは実にセンスがよく、存在感を感じさせるものだった。せっかくのネタだったので、姑息なアクションでお茶を濁さず、きちんとしてドラマとして作ってほしかった。

by ssm2438 | 2010-06-12 08:49
2010年 06月 12日

コマンドー(1985) ☆☆

f0009381_832699.jpg監督:マーク・L・レスター
脚本:スティーヴン・E・デ・スーザ
撮影:マシュー・F・レオネッティ
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:
アーノルド・シュワルツェネッガー (ジョン・メイトリックス)
レイ・ドーン・チョン (シンディ)
アリッサ・ミラノ (メイトリックスの娘・ジェニー)

       *        *        *

気楽にみられるシュワちゃんのB級映画。

監督は、私が好きな『炎の少女チャーリー』をゆるいものに仕上げてくれたマーク・L・レスター。なのでそんなに高尚なものを期待することはない。ぼおおおおおおおっと見るにはちょうどいい映画だろう。・・・しかし、あいかわらず大雑把な演出だなあ、マーク・L・レスター。・・・というか、これは編集の仕事かもしれないが、最後のドンパチシーンなどをみると実に演出がゆるい。
最後のシーンは娘を誘拐されたシュワちゃんが、単身敵の味とに突入するのだが、とにかく敵の反応が鈍い。敵の弾が当たらない。たしかにアクション映画で主人公が弾に当たって死ぬことはほぼありえないのだが、たとえそうであっても、主人公に弾が当たらない理由(たとえば主人公の反応が速かったとか)、なんでもいいのだが、それをさりげなく画面から感じさせてほしいものだ。それが出来るか出来ないかが、上手い人と下手なひとの違いなのだろうなってきがする。しかしそれでも、編集でもう少しなんとか出来そうなものだけど・・。もうちょっときびきびしたカットつなぎは出来なかったものか・・・。

<あらすじ>
元陸軍特殊部隊隊長のジョン・メイトリックス(アーノルド・シュワルツェネッガー)は山荘にひき込もり、11歳の娘ジェニー(アリッサ・ミラノ)と静かな生活をおくっていた。しかしそのジェニー(アリッサ・ミラノ)をさらわれ、彼女の生命と引き換えに南米バル・ベルデの現大統領の暗殺を命じられた。ジェニーを誘拐したのは元大統領アリアス(ダン・ヘダヤ)だった。
メイトリックスはバル・ベルデ行きの飛行機に乗せられるが、用心棒の首をひねり、離陸直後の飛行機から飛びおりた。メイトリックスに与えられた時間は飛行機が現地につくまでの11時間。それまでに娘を救出しなければならない。黒人スチュワーデスのシンディ(レイ・ドーン・チョン)を無理やり協力させてジェニーを誘拐した犯人を追うメイトリックス。
軍用品放出店に侵入し武器を調達していて警察につかまるが、シンディのおかげで脱出に成功した。シンディ操縦の水上飛行機でサンタ・バーバラ近くの島へ飛んだメイトリックスは、嘗ての特殊部隊の装備を身にまとい単身で突入、無数の敵をなぎ倒し、娘を救出するのだった。

by ssm2438 | 2010-06-12 08:04