主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

<   2010年 09月 ( 40 )   > この月の画像一覧

f0009381_22373830.jpg監督:マイケル・ラドフォード
脚本:アンナ・パヴィニャーノ
    マイケル・ラドフォード
    フリオ・スカルペッリ
    ジャコモ・スカルペッリ
    マッシモ・トロイージ
撮影:フランコ・ディ・ジャコモ
音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ

出演:
マッシモ・トロイージ (マリオ)
フィリップ・ノワレ (詩人ネルーダ)

       *        *        *

いいんだけど、やっぱり生命力が弱い・・・

観終わるとなんとなる「いい映画をみたな」という気持ちにさせられる映画なのだけど、でも、なにかもう一つものたりないのも事実。
監督のマイケル・ラドフォード自身の人間力の弱さをもっており、それゆえに描ける緩やかで穏やかな時間の物語だと思う。ただ、その人間力の弱さをやっぱり感じてしまうので、どうんなんかなあ・・って思う。やっぱり人間は弱いと思ったら、強くなる努力をしないと・・・。その前向きさがあまり感じないというか・・だからマイケル・ラドフォードなんだけど・・・。
ただ・・、そんな雰囲気はあるのだけど、やっぱりこの映画はマイケル・ラドフォードでよかったのかな・・とは思う。

ちなみにこの物語にでてくるパブロ・ネルーダ(1904~73)は、チリに実在した詩人である。ただ、小説はあくまで小説で、この人をモデル書かれたものらしい。

<あらすじ>
チリ外交官のであり、偉大な詩人でもあるパブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)が祖国を追放されてイタリアに亡命し、ナポリ沖合の小さな小島に滞在することになった。青年マリオ(マッシモ・トロイージ)は、世界中から届くファンレターを配達するため、臨時の配達人として採用された。彼はネルーダの温かみのある人柄に引かれ、2人の間には、いつしか友情が生まれる。
そんなマリオは島の食堂で働く美しい娘、ベアトリーチェ(マリア・グラッツィア・クチノッタ)に心奪われていた。マリオはベアトリーチェに自分の想いを伝えるために、ネルーダが彼の妻に送った詩をそのまま使ってしまう。「娘を口説くのに、人の詩を代用するなんてけしからん!」とベアトリーチェの親代わり・ローザ叔母がネルーダの所に抗議にきたりもする。他人の詩を使うことは感心しないと言うネルーダだが、マリオは「詩は書いた人間のものではなく、必要としている人間のものだ」と語る。

・・・たぶんこれを言わせるあたりがマイケル・ラドフォードなんだろうなって思った。あるいは原作者の思想がそうなのかもしれないが、個人的にはまったく相容れない思想なので、このあたりで覚めたたかな。

やがて、マリオとベアトリーチェは結婚し、ネルーダも追放令が解除され祖国に帰国した。彼は、これこそ自分の書くべき詩だと自然の音を録音し、それを歌った詩を送ることにした。
数年後、ネルーダが再び島を訪れた時、そこにはベアトリーチェとマリオの息子の姿はあったがマリオは既に死亡していた。マリオは共産党の大会に参加し、ネルーダに捧げた詩を労働者の前で発表するために大衆の中かき分けて進んだ時、暴動が起きてその混乱の中で命を落としたのだった。
by ssm2438 | 2010-09-29 22:38

白い炎の女(1987) ☆

f0009381_21564549.jpg監督:マイケル・ラドフォード
脚本:マイケル・ラドフォード/ジョナサン・ジェムズ
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:ジョージ・フェントン

出演:グレタ・スカッキ (ダイアナ)

       *        *        *

グレタ・スカッキが一番熟れてるころの映画なのに・・・残念。

この映画は、単にグレタ・スカッキのオッパイが観たいというだけで観た映画だったのだが・・、まったくつまらんかった。おまけに彼女のよさがほとんどでないし・・。でも、かなりサービスはしてくれてた(苦笑)。

しかし、この前後の彼女はとってもよかったのである。『コカコーラ・キッド』(1985)、『グッドモーニング・バビロン!』(1987)、『ア・マン・イン・ラブ』(1987)など・・、話は別として、映画の中の彼女はとっても輝いていた。なのにこの映画はどうしたことだ! もうちょっと彼女のよさを引き出してくれてもよさうなものなのにただのつまらん映画になってしまった。・・というか、この映画自体があまり彼女に合わなかったかな。彼女ってあんまりシリアスになりすぎるとつまんなくなるような気がする。

物語は、1940代の始めににおきた、英国領ケニア(当時)のハッピー・ヴァレーで起こった殺人事件を元に書かれたノンフィクション『White Mischief』をもとにしている。しかしこの映画は、そういったサスペンス性よりも、「ケニアの白い女王」とよばれたダイアナ・ブロートンの昼メロ・・・かな。
監督のマイケル・ラドフォードはこれ以前に『1984』、このあとに『イルポスティーノ』を撮るのだけど、結局のところ『イルポスティーノ』だけだったかもしれない。多分この人の本質なのだろう、精気がある映画は撮れないひとだね。本人の人間力が薄いのだろう。

当時の世界背景は、第二次世界大戦も真っ只中。ナチス・ドイツ軍によるロンドン空襲もひどくなる一方のロンドンから逃れるためにダイアナ・デラメアは当時イギリス領だったケニアの老貴族ジョク・デ・ブロートン卿と結婚、ヨーロッパを離れた。ナイロビには、『ハッピー・ヴァレー』と呼ばれる英国人の居留地があり、戦争の影響は皆無。自堕落で閉鎖的なヨーロッパ社交界が存在しており、英国貴族たちは夜ごとクラブに集っては、優雅なパーティを開いて遊び惚けていた。

<あらすじ>
第二次世界大戦のことなど全く感じさせない英国領ケニア。ダイアナ(グレタ・スカッキ)は、30歳も年のはなれたジョク・デ・ブロートン卿と結婚した。しかし実はブロートンは破産寸前だった。ナイロビのハッピーバレーでは小さなヨーロッパ貴族社会が存在しており、ダイアナは、ある日プレイボーイのエロルに誘惑され数日後週末の別荘で彼と結ばれるのだった。夫のジョグは女市長からそれを聞かされるが、表面的には威厳と平静を保ち、永年の友人としてエロルに抗議をほのめかすが、二人の密会は以前よりも増した。
ジョグは、破産によってダイアナが自分のもとを去るのではないかと恐れていた。そんなこともあり、エロルとダイアナの仲を認めたが、その夜エロルが何者かに銃殺されてしまう。彼の未亡人や愛人たちが殺人容疑者として調べられ、その結果ジョクが逮捕された。裁判にかけられるが無罪。しかしジョクとダイアナは社交界からつまはじきとなる。実は、ジョクが真犯人であり、それをしったダイアナは彼のもとを去る決意をするが、怒るジョクは絶望のあまり銃で自殺した。
by ssm2438 | 2010-09-29 21:57

テンタクルズ(1977) ☆

f0009381_1982370.jpg監督:オリヴァー・ヘルマン
脚本:ティト・カルピ
    ジェローム・マックス
    スティーヴン・カラバトソス
    ソニア・モルテーニ
撮影:ロベルト・デットーレ・ピアッツォーリ
音楽:ステルヴィオ・チプリアーニ

出演:
ジョン・ヒューストン (ネッド・ターナー)
シェリー・ウィンタース (ティリー・ターナー)
ボー・ホプキンス (海洋学者ウィル)
ヘンリー・フォンダ (トロージャン建設社長)

       *        *        *

いやあ、けっこう贅沢な役者陣つかってるのですが・・・、おい、タコが見えんぞ!

「全体が見えないものは、あえて部分しか見せない」というのは巨大生物もののセオリーなんですけど、それはあくまで前半のヒキの部分であって、全編とうして見せないってのはどうなん??って思ってしまいます。
確かにタイトルは『テンタクルズ(=吸盤)』であって「オクトパス」ではないのですが、タコの足だけでパニックモノやるのはちょっとむりあるんじゃないですか?? まあ、そうしたくてそうなったわけではなく、単にお金と技術力がなかっただけなのでしょうけど・・。

最後は、研究所で飼っていたシャチにお願いしてやっつけてもらうという『モスラ』的展開。でも、どうなってるのかまるで判らない。なんか映画がおわったからきっとシャチに食い散らかされちゃったんだろうなあって感じでかなり消化不良。これだと見ている側がかなり努力して補完してあげないと、なかなか愉しんでもらえないだろう。しかし、これを愉しむことが出来る人はかなり想像力のある、あるいみ、映像業界に入ったらもしかしたらブレイクするかもしれない才能を持った人かもしれない(苦笑)。

<あらすじ>
初夏のある日、カリフォルニアのサロナビーチで、乳母車に乗せてあった生後10ヵ月の赤ん坊が姿を消した。それをきっかっけに船で作業中だった男の腐乱死体で発見されたりと、つぎつぎに海辺で遭難事件がおきていく。真相究明にのりだしたベテラン記者ターナー(ジョン・ヒューストン)は、トロージャン・トンネル会社の海底作業に原因があるのではないかと考え、社長(ヘンリー・フォンダ)をたずねる。彼の依頼で海洋学者ウィル(ボー・ホプキンス)も調査にのりだした。
深海に潜ったウィルは、トロージャン社の電気振動装置のせいで魚が大量に死んでいるのを発見する。そしてこれによって、何物かが目覚めたのだと考えた。ヨットレース中、巨大なタコがあらわれ犠牲者がでる。やがて、妻をも失ったウィルは、飼育研究中のシャチを海に放つ。2匹のシャチが巨大ダコとの死闘を展開。巨大タコはあわれ、シャチにぼろぼろに食いちぎられてしまったとさ・・。
by ssm2438 | 2010-09-28 19:09
f0009381_18424238.jpg監督:ジェームズ・キャメロン
脚本:ジェームズ・キャメロン
撮影:ラッセル・カーペンター
音楽:ブラッド・フィーデル

出演:
アーノルド・シュワルツェネッガー (ハリー・タスカー)
ジェイミー・リー・カーティス (ヘレン・タスカー)

       *        *        *

肩のこらないエンタメものとしてはとっても面白い。

この映画、テレビでやってるとついつい見てしまう。なんというか、どこからみても良い映画なのです(苦笑)。ストーリーなんて真剣にみんでもいいので、途中から見ても全然腹も立たないし、途中でやめても全然悔しいとも思わない。そういう意味で、実にお手軽な映画といっていいでしょう。
しかし、スケール的には実際のハリアーつかったりしてかなりの大仕掛け、今となってはCGで出来そうなところもきちんと実物つかってとってたりするので、今みるとかなり好感がもてました。
実際、お話作りとしてはかなり幼稚な映画ではあるのだけど、それもひっくるめて一般に受け易い映画をつくったかな・・て感じ。

ジェイミー・リー・カーティス、いいからだしてますよね。実に色っぽい。個人的には『ブルースチール』のころ(当時31~32歳)が一番好きですが、さすがにこのくらいになるとちょっと歳を感じたかな。でも、充分いろっぽい。顔は面長のキリギリス顔なんですが、インパクトのある女優さんですね。

<あらすじ>
表の顔はただのセールスマンだが、裏の顔は政府の最高機密機関の諜報員ハリー・タスカー(アーノルド・シュワルツェネッガー)。しかし夫がスパイとは夢にも思わぬ妻のヘレン(ジェイミー・リー・カーティス)は、相手をしてくれない旦那に不満ぎみ。さらに14歳の娘デイル(エリザ・ダシュク) は不良少女になりかけている。
日夜お国のために任務に励むクかげで、妻のヘレンはサイモン(ビル・パクストン)という男と親しくなっていく。
妻の浮気を疑うハリーは、公私混同全然無視、組織の力を総動員して2人を追跡、へレンを軟禁して尋問に及んだところ、彼女は夫を愛していると答えた。とりあえず満足したところにテロリスト一味が乱入、ハリーは妻と一緒に捕らえられてしまう。夫が国の秘密諜報員としったヘレンは驚く。真実を知り、テロリストと一緒に戦うはめになったヘレンは、ハリーと再び興奮を味わう。最後はハリーがハリアー戦闘機を操縦して現場に急行。アジズとの死闘の末に、爆破予告は未然に防がれた。一年後、夫婦でスパイ活動に励むタスカー夫妻の姿があったとさ。
by ssm2438 | 2010-09-28 18:43

グリズリー(1976) ☆☆

f0009381_2174725.jpg監督:ウィリアム・ガードラー
脚本:ハーヴェイ・フラックスマン/デヴィッド・シェルドン
撮影:ウィリアム・アズマン
音楽:ロバート・O・ラグランド

出演:クリストファー・ジョージ (マイケル・ケリー)

       *        *        *

ポスターの画面が再現できたらほんとにかっこよかったのに・・、んだけど、実際問題そんな大きな熊はいないよなあ・・。

今でこそCGでつくれるかもしれないが、当時は本物の熊をつかって撮っていたので、熊があんまり大きくないのが今見るとちょっと残念。でも、当時はけっこう怖くて楽しめた。襲われるために森のなかでいちゃついてるカップルがレズだったり、へんなところで時代を反映してた(苦笑)。
しかしけっこう容赦なくばったばったとやってました。
レズのおネーちゃんがおそわれるところも、グリズリー・鉄の爪クラッシュを一閃するとおねーちゃんの腕なんかすこーんとちぎれちゃう。さらにもう一発。もうボクシング・ヘレナ状態です。
公園管理官のおネーちゃんが全裸で滝の後ろで水浴びしてくれるも、滝のおくから熊の手の形をした手袋をしたような手がのびてきて羽交い絞めに・・、あれはどうみても、どっかのレイプ魔が熊を装って殺したとしか思えなかったが、どうも熊の仕業らしい(苦笑)。そのあと滝つぼにながれだす赤い色した水がやたらとボリュウムがあった。どこにそんだけ血があったんだ??って思ってしまった(苦笑)。

なかなか楽しいこの映画だが、ほめたいのはきちんと子供をいためつけてくれたことだ。熊がいるのに危ないぞって時にそのはうちの外に出て行って飼っていたウサギをとり戻すために塀のそとにとびだしてしまいます。これが普通の映画だったら、心配した親が追いかけていって子供は助かるけど親が死ぬとかの温めの展開なのだけど、この映画では、グリズリー・鉄の爪クラッシュを一閃、きちんと子供の足をもぎちぎりました。ウィリアム・ガードラーえらい!

個人的にはかなり憎めない、愛すべき動物パニック映画なんだな、これが。
当時、『ジョーズ』のあとこの手の動物パニックものが反乱しました。『オルカ』では「スパック・ロマン」という造語まで生まれたがまったくはやらず消えてしまった。オルカのほかに巨大なタコも襲ってきたし、ネズミや蜂もおそってきましたね。どこかの島には巨大生物がいたり、恐竜もいたり、アメーバもおそってきたし、きわめつけは赤ちゃんも襲ってきましたね。なんだかんだと楽しい時代でした。

<あらすじ>
大自然を保存した国立公園で2人のレズ友達が、灰色熊に襲われる事件起きた。公園管理官のケリー(クリストファー・ジョージ)は森林関係のエキスパートを招き、巨大な殺し屋の追跡作戦を開始。さらに公園責任者に公園の閉鎖を要求するが、彼は逆にこれを宣伝する絶好の機会だと考え、TVや新聞、雑誌などマスコミに総動員をかけて取材を呼びかけた。国立公園は取材人とハンターの大群でごったがえした。
若い女性の公園管理官が全裸で滝にうたれようとしたところを襲われ、ついで母親と3歳の男の子が惨殺された。やっとこさ公園管理者は閉鎖を決定。ケリー&他2名とグリズリーの最終決戦の火蓋はきっておとされた。
by ssm2438 | 2010-09-27 21:12
f0009381_1816850.jpg監督:フォルカー・シュレンドルフ
原作:アーサー・ミラー
脚本:アーサー・ミラー
撮影:スヴェン・ニクヴィスト

出演:ダスティン・ホフマン (セールスマン)

       *        *        *

面子はすごいが・・・

世間の映画評論家の評論を読んで、良い映画か悪い映画を判断する人にはいいかもしれないが、基本的にアーサー・ミラーの映画で面白いものがあるとは思えない(苦笑)。この映画は当時ブロードウェイで大ヒットした彼の舞台劇を映画化したものだが、当時の舞台は恐ろしいまで大ヒットした。しかし・・・、個人的には今この舞台をやっても誰も喜ばないと思うのだけど・・・。

この映画は、1951年に一度つくられ、後に(私にみたやつ)1985年にTVMとして制作された。しかしこの映画、TVMとは思えないくらいの力の入れようで、原作者のアーサー・ミラーと主演の ダスティン・ホフマンがプロデュースをしている。そして抜擢した監督が『ブリキの太鼓』フォルカー・シュレンドルフ
この時点でもこの映画が面白く出来るわけがないことは予測できそうなものだが、出来上がったものはきまめてダークで夢も希望もないしがないセールスマンのぼろぼろ人生だった。本人に夢も希望もないのはまだしも、彼が貧乏生活の中で育て上げた子供らまで腐ってる。果たしてオレの人生はなんだったのかか??? まったく良いことがない人生、そんな晩年を舞台劇にしたものだった。

しかしスタッフはすごいのである。撮影も北欧の巨星スヴェン・ニクヴィストをつれてきている。この人は同郷のイングマル・ベルイマン作品の晩年を担当していたこと有名だが、地味ぃいいいいで彩度をおとした空間の色合いをベースに窓からの光などを荘厳にとるのが上手いという印象。しかしこの映画ではその地味ぃいいいいなばっちいいろの空間だけが印象深かった。

<あらすじ>
ウィリー・ローマン(ダスティン・ホフマン)は、自分を人並以上の人間だと思い込んでいたが、現実ではそれははかない妄想だった。する妄想の中だけに生きていた。以前はそれなりの成績をあげていたセールスマンだったが、63歳になるとそれまでひいきの客も死んでいったり、現役を退いたりして、彼のセールスの成績も振るわなかった。
妻は献身的な彼の家族をささえていたが、長男は定職にもつかぬ放浪者で、父の期待が重石となって自己崩壊していた。次男はチャランポランの無責任男だった。
長い放浪生活から帰ってきた長男は、弱り果てた父の姿をみてしまい、弟と一緒に事業を起こそうと融資先をさがすが断れる。ウィリィは妻にすすめられて、会社へ内勤を頼みに出かけたが、社の幹部は彼に解雇を申し渡した。
辛い現実から逃れるために過去に逃避するウィリーの頭の中には、自分がたくさんの注文をとることができた景気のいい時代であり、愛息子のビフがフットボール選手として華々しく活躍している時代であり、その息子が父を敬い、愛し、賞賛の言葉をかけてくれた時代だった。いつまでも息子がフットボールの花形選手だった当時の姿しか見ようとしないウィリーに、自分はもう何もとりえもない人間なのだということを何とか判らせようとする長男。
父子は、母を間にはさんで烈しい喧嘩をする。そしてウィリーはさとる。結局自分がずっと現実認識から逃避していたからこうなったのだ・・ということを。彼が愛したのは彼の妄想の世界だけだったのだ。
ウィリーは、深夜の街に車を駆った。今や彼の偉大さを証明するものは2万ドルの生命保険だけだった。葬式の日、ウィリィの墓に集まったのは、妻と2人の息子と、隣人のチャーリーだけであった。
by ssm2438 | 2010-09-27 18:16

スキャンダル(1976) ☆☆

f0009381_3282188.jpg監督:サルヴァトーレ・サンペリ
脚本:オッタヴィオ・ジェンマ/サルヴァトーレ・サンペリ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:リズ・オルトラーニ

出演:
フランコ・ネロ (雑用夫アルマン)
リザ・ガストーニ (薬局の女主人エリアーヌ)
クラウディア・マルサーニ (エリアーヌの娘)

       *        *        *

なんでも、情けない男が登場する映画ベスト1はイタリア映画だそうな・・。

この映画、大学教授を夫にもち、自らも薬局を切りも死してる大学教授夫人が、店の雑用夫とできてしまい、彼のサディスティックな性欲に溺れていく・・というもの。
しかし、どうもこの支配者になったほうの男のフランク・ネロがかなり情けない。勢いでそんなシチュエーションになったものの、イタリア男のどこかへたれな部分が顔を出し「おれそんな根性ないよ」というような具合、そこを女のほうが「私はあなたのモノなんだから、しっかり支配しなさいよ」的な抱擁力を発揮、そのなかで、男が支配している体裁をたもっている・・といった、二人の秘め事は男と女の共同作業なんだなっという感じが実にイタリアへたれ男の映画っぽくていいのだ。
そういう意味で、いわゆる陰湿は高圧的な支配とは全然次元が違った話になっている。

これはイタリア映画のある種の典型のような気がする。
ウェルトミューラー『流されて・・・』も、男性による支配に女らしさをとりもどす女の話だけど、女性の立場としては、自分を支配させることによって男を支配する・・そんなシチュエーションなのだ。ただ、娘をからませてからの展開は・・・どうだったのかなあ。いまひとつテーマがぼけてしまったようなきがするのだが・・・。

f0009381_3295375.jpg監督は『青い体験』サルヴァトーレ・サンペリ。そんなわけで、ともすれば陰湿になりそうな話題をかなり、さらりと描いている感じ。これはもうイタリア人のどくとくな感覚だろう。
役者的なところで注目点は、ルキノ・ヴィスコンティ『家族の肖像』にでていたクラウディア・マルサーニが15歳の少女役ででている。この人、ちょっと小生意気そうな、気品あるわがままさがとてもいいのである。

<あらすじ>
第二次世界大戦、ドイツがフランスに攻め込んでくる前の数ヶ月の話(みながイタリア語をしゃべるのでイタリアの話だとおもってたらどうも、フランスのはなしだそうな)。

夫が大学教授であり、街の名士でもあるエリアーヌ(リザ・ガストーニ)は自らも女j主人として薬局を経営してた。アルマン(フランコ・ネロ)はその店で雑用夫として住み込みで働いていた。彼は女店員ジュリエット(アンドレア・フェレオル)にアプローチをかけていたが、ある日暗がりで彼女にだきついてしまう。しかしそれはこともあろうに店の主人エリアーヌだった。怒りをあらわした彼女だったが、夫との性交渉のないエリアーヌは、久々に「求められること」に心が高ぶるのを感じた。それからというもの、二人は何気に意識するようになり、ある晩、店をしめたあと、アルマンは強引にエリアーヌを抱きしめてしまう。最初は抵抗していたエリアーヌだが、無理やり頭をおさえつけられ、ひざまずかされるとフェラチオをさせられてしまう。それ以来、ふたりの主従関係は逆転してしまう。
エリアーヌを支配したアルマンは、次に彼女の15歳の娘ジュスティーヌ(クラウディオ・マルサーニ)に感心をもちはじめる。ある日父の大事なコレクションをこわしてしまったジュスティーヌは叱られ、それを機にアルマンは彼女に近づいていく。やがてエリアーヌに娘を差し出すことを要求。エリアーヌに導かれながらジュスティーヌはアルマンに処女をささげる。絶望の底のエリアーヌは毒薬をあおり、アルマンとジュスティーヌは仲良くなってしまうのだった。
by ssm2438 | 2010-09-27 03:30
f0009381_17174617.jpg監督:キャメロン・グラント
脚本:キャメロン・グラント

出演:ジュリア・アン(Julia Ann)
    セレステ(Celeste)
    シェイラ・ラヴォー(Shayla LaVeaux)
    エイジア・カレラ(Asia Carrera)
    ティファニー・ミンクス(Tiffany mynx)
    ジェナ・ジェイムソン(Jenna Jameson)

       *        *        *

アメリカンポルノの金字塔!・・・だと思う。

でも、ハードコアでもないし、きちんとしたストーリーがあるわけでもない。いわゆるBGVである。しかしながら、BGVでありながら充分エロさも追求しているし、“H”ビデオでありながらBGVとしてのさわやかさを両立している。エロ目的で見る人にはもっとどぎついのはあるだろう。しかし美しい“H”を軽やかに愉しみたい方にはとってもビデオである。
さらにこのビデオ、音楽の使い方や、照明の使い方など、ビジュアル系の画面をつくる仕事に携わる人にはぜひとも見ておいて欲しい作品だ。内容の乏しい“H”ビデオは、照明とスロー映像で見せるしかないのが常套手段だが、そうとわかっていてもやっぱりこの演出は素敵だ。

このビデオの監督はキャメロン・グラント。さりげないSM感であじつけされた演出がなにげに心を刺激してくれる。内容的には『ナイト・トリップ』などで有名なアンドリュー・ブレイクのそれとよく似ているが(実は私も最初はこれもアンドリュー・ブレイクだと思っていた)、こちらのキャメロン・グラントのほうがややハードコア系で、お洒落な映像をつくってくれるという印象だ。

パッケージの写真のパターンはいくつかあるようだが、なぜか蛇とからんでるジュリア・アンの写真。本編中にはそんな蛇なんか出てきてないのだけど・・・。このイメージだけだと失敗かなって思える。
さらに、最近のパッケージでは主役のジュリアではなく、ジェナ・ジェイムソンを表紙にすえたバージョンもある。本作ではまだ人気のでてなかったころのジェナ・ジェイムソンがこそっとでているのだが、どうもこちらの表紙はいただけないなあ。これはあくまでジュリア・アンで売るべき作品だと思うし、このビデオが好きな人がジェナ・ジェイムソンだからという理由で見るとも思えない。

内容は、
ジュリア・アンとアーロン・コルトのカップルは最近ではパッションが冷めてしまい、つまらない日々をおくっていた。そんなジュリア・アンが衛星放送を受信することになり、よなよなチャンネルをあさっているとアダルト番組を放送するチャンネルに出くわす。
そのチャンネルに感化され、徐々に性的刺激を復活させていくジュリア・アン。アーロン・コルトとの間にもセックスが復活するようになる。中が修復されたかと思われた二人だったが、彼はシェイラ・ラヴォーと浮気をしていた。その現場をみてしまうジュリアは感情を爆発させるが、シェイラの罪悪感に満ち溢れたひとみを見ているとその怒りも静まり、3人で愛し合うことになる。夜にはジュリアのお楽しみの時間を3人とシェアし、幸せになるのだった。
by ssm2438 | 2010-09-25 17:28

愛の拘束(1993) ☆

f0009381_16272935.jpg監督:ジム・マクブライド
脚本:マイケル・トーマ
撮影:ジム・マクブライド
音楽:ロス・ロボス

出演:ロザンナ・アークエット (ミッシー・ミルズ)

       *        *        *

ロザナのオッパイ以外見るとこなし・・・。

ただ、十分に出してくれたことだけは感謝したい。でも、ここで彼女が演じているミッシーという女はあばずれ系なので、この女が脱いでもときめかない。女性のヌードというのはやはりそこにキャラクターとシチュエーションがあってはじめて燃えるのであり、こんな女はさくさくとヌードになられても「ふ~~ん」という感じ。スチール画の止めとしてみるならいいが、動画としてみるとかなり興ざめしてしまう。

<あらすじ>
メキシコ。ある男に財布を盗まれたアメリカ人船員アレックス(ケヴィン・アンダーソン)はその男の所在をつきとめ、財布を取り戻すために押しかける。しかしその男は死んでいた。彼は密輸業者の一人であり、それが原因でアレックスは殺人犯として警察におわれることになる。
行き場をなくした彼はシボレーに飛び乗るが、その持ち主は怪しい夫婦だった。奔放でセクシーな女ミッシー(ロザンナ・アークェット)と乱暴な自称弁護士フィリップ(ジョン・リスゴー)。南へ向かう2人に同行することになるアレックスの奇妙な逃避行がはじまる。実はこのフィリップこそ、密輸業者を殺した犯人だった。
by ssm2438 | 2010-09-25 16:28

ヒドゥン(1987) ☆☆☆

f0009381_18562581.jpg監督:ジャック・ショルダー
脚本:ボブ・ハント
撮影:ジャック・ヘイトキン
音楽:マイケル・コンヴァーティノ

出演:
カイル・マクラクラン (トム・ベック刑事)
マイケル・ヌーリー (宇宙人・ギャラガー)

       *        *        *

B級の王道作品。1988年のアボリアッツでグランプリ受賞!

地球に降り立って悪玉エイリアン。当時はやっていた『遊星からの物体X』のような擬態系エイリアンチックな展開だが、でもコンセプット的には『エイリアン』のほうが近いのかも。それを普通の刑事がおっかける。そしてその刑事の相棒になるのは、善玉エイリアンのカイル・マクラクラン。当時はやっていたエイリアンもののコンセプトを全部つぎこんで、それを庶民の代表娯楽ドラマ=刑事モノのコンセプトでやってしまった映画。
映画としては心底B級なので、前半はんかはかなりそのB級ぶりが出ててもうちょっとなんとかならんのか??っておもったけど、でも、お話がそれなりにあきさせないので最後までみせられた。

このころのカイル・マクラクランはとてもさわやか系二枚目で良かったのに、どこからあたりからくずれてきた。きっとデヴィット・リンチの作品にではじめたからだろう。『ショー・ガール』ではもう善玉キャラはほとんど影をひそめ怪しいキャラ全盛時代にはいっていた(苦笑)。
人間の刑事はマイケル・ルーニー。ほとんど『フラッシュダンス』でしか知らない(苦笑)。

<あらすじ>
それまでごくごく普通の人間だと想われていた男が突然にフェラーリを乗り逃げし、凶悪犯と化してしまった。ロサンゼルス市警の刑事トム・ベック(マイケル・ヌーリー)は、激しいカー・チェイスの末に彼をしとめた。そんなベックの前にFBI捜査官でロイド・ギャラガー(カイル・マクラクラン)と名乗る男が姿を現わした。ギャラガーは、自分はエイリアンで、自分の妻子を殺されたエイリアンを長年追い続けているのだと告白する。そしてその悪玉エイリアンが地球にきている。
その悪玉エイリアンは口から口へと移動し、のっとった体で犯罪を犯していく。最初の犯人の痛いが担ぎ込まれた病院で重態患者にのりうつり、そのあとストリッパーの女へ、そしてベックの上司の愛犬を通して彼の体へ、そしてベックの同僚へと体乗り換えていき、ついには次期大統領候捕ホルトへと乗り移ってゆくのだった。ベックはホルスの銃弾に倒れるが、ギャラガーがホルスを破壊するのだった。復讐を遂げたギャラガーは、死んだベックの体内に移り込みベックとしてこれからの人生を歩むのだった。
by ssm2438 | 2010-09-23 18:56