西澤 晋 の 映画日記

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2010年 09月 21日

別れの曲 (1934) ☆☆☆☆

f0009381_21391158.jpg監督:ゲツァ・フォン・ボルヴァリー
脚本:エルンスト・マリシュカ
撮影:ウェルナー・ブランデス
音楽:アロイス・メリハル

出演:
ジャン・セルヴェ (フレデリック・ショパン)
ジャニーヌ・クリスパン (コンスタンティア)
リュシエンヌ・ルマルシャン (ジョルジュ・サンド)
ダニエル・ルクルトワ (フランツ・リスト)

       *        *        *

フランツ・リストとの連弾は燃える!

『未完成交響楽』1933)におくれること1年、音楽家ショパンの伝記映画もできあがりました。

ショパンがショパンたる理由は、自らも銃をもって祖国ポーランドの独立のために戦う決意をしていたという、その精神的な覚悟だろう。われわれからみれば、音楽家として才能があるのだがらそんな危ない部分にはクビを突っ込まないで、音楽家としての才能を発揮して欲しいと思うのだが、彼はどうではなkったようだ。この映画をみていていても、そんな彼は戦場に向かうことも辞さない態度をとるのが気がきではなかったものだ(苦笑)。

しかし、ショパンのもと彼女コンスタンティアはあまりに無下に扱われているのがかなり気になった。
これってもうちょっとなんとかならなかったものだろうか? こんな入れ方するのだったらドラマに登場させない方向性でつくれなかったものかと思ってしまった。
部分部分はすっごくいいのである。ただ、トータルな印象が・・・、「こいついい加減だなあ」って感じなのだ。それは前半で(上にも書いたが)、戦いも辞さず・・の決意があったにもかかわらず、最後はパリでのほほんとくらしてしまったし、ポーランド時代に彼をあれほど想っていたコンスタンティアをあっさりと忘れてしまってる流れといい、映画的にはもうすこし気持ちよくまとめてほしい気がした。

<ショパンをとりまく時代背景>
1810年、ショパンはポーランドのワルシャワで生まれる。当時のポーランドは隣国プロイセン、オーストリア、ロシアに国土は分割支配され、自国を持たなかった。ポーランドが自治を復活されるのは第一次世界大戦後の話である。
16歳でワルシャワ音楽院に入学、19歳でワルシャワ音楽院を首席で卒業後、彼はウィーンに向かう。しかしこの頃ポーランドのワルシャワ蜂起(ロシア帝国の支配に対する武装反乱)が起こる。ロシア帝国軍の陸軍士官学校に所属する若い下士官たちが、ピョトル・ヴィソツキに率いられて蜂起したことが発端となった。まもなく、蜂起にはポーランド社会の大部分が参加した。
しかしオーストリアは、ロシアとプロイセンとでポーランドを分割支配していたため、ウィーンでは反ポーランドの風潮が高まり、ショパンは十分な演奏の機会も得られなかった。そのためショパンは父の故郷フランスに移住する。ウィーンを去りパリへ向かう途上、ワルシャワ蜂起失敗の報に接し『革命のエチュード』を作曲したといわれる。

ショパンは、後半生は大部分をフランスで過ごしたが、望郷の思いは終生止むことがなく、死後心臓が遺言によりポーランドに持ち帰られ、ワルシャワの聖十字架教会に埋葬されたという。そんなわけで、彼の音楽には故郷ポーランドを支配する列強への反発心と不屈の精神が強くきざみこまれているのである。

<あらすじ>
1830年、ポーランドの青年達はロシアの支配に反抗し祖国の独立運動を画策していたピアノに向って精進するフレデリック・ショパン(ジャン・セルヴェ)も祖国愛は火と燃えて、時到らば白い手に剣を取る決心も固められていた。ショパンの音楽教師エルスナーはショパンの芸術のためにこれを憂え何とかして彼を国外へ送ろうと考え、ショパンの恋人コンスタンティア(ジャニーヌ・クリスパン)を訪れて力を貸してくれる様たのんだ。ショパンが成功したらエルスナーは必ずコンスタンティアをパリへ連れて行くと約束した。ショパンが故郷を離れる日、コンスタンティアは涙でこれを見送った。
パリへ着いたショパンだが、故国の戦いを聞いた彼は一向に興が乗らない。彼の求めるのはもっと烈しい強い曲なのだ。ショパンは遂に彼の情熱をピアノに打ちまけた。血みどろの戦いのエチュードが場内に拡がる、場内は青ざめた、こんなむき出しな情熱を今までパリの人は聞いた事がなかったのだ。演奏が終わった時ある者は烈しく拍手し、ある者は呆然と顔を見合せた。
後にショパンの恋人となる女流作家ジョルジュ・サンド(リュシエンヌ・ルマルシャン)はショパンの天才を知り当時名声の高いフランツ・リスト(ダニエル・ルクルトワ)に彼の後援を頼んだ。
オルレアン侯爵婦人邸に於てリストの演奏会が催された夜、ショパンも招かれて出席した。ロウソク一本の薄暗の中に美しい音楽が流れ出した。こんなに美しくピアノを奏でられる人はパリにリスト一人しかない筈だ。しかし、サンドがかかげた灯にほのかに浮び上ったのはピアノに向ったショパンとその側に立って静かに聴き入っているリストの姿だった。パリはショパンを認めた。ショパンの成功を知ってパリへ出て来たコンスタンティアは彼がジョルジュ・サンドと恋仲であるのを知り、淋しく彼をあきらめて故郷へ帰った。

by ssm2438 | 2010-09-21 21:43
2010年 09月 20日

秋のソナタ(1978) ☆☆☆☆☆

f0009381_22162011.jpg監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:スヴェン・ニクヴィスト

出演:イングリッド・バーグマン
    リヴ・ウルマン

         *        *        *

イングマル・ベルイマンの映画は難解だといわれることもあるが、正確には「難解なものもある」が正しいような気がする。すくなくとも私にはすごく判り易い映画がおおい。そしてそのなかでももっとも判り易いのがこの『秋のソナタ』ではなかろうか。また彼の映画は女性を描いた映画が多く、本作のように母と娘、あるいは『沈黙』のように姉と妹のような精神的支配-被支配関係のものが多いが、これも実は、ベルイマンと彼の父との関係をそのままのシチュエーションで映像化するのがてれくさく、女性に置き換えたというだけのような気がする。そんなベルイマンだが、最後の『ファニーとアレクサンデル』では<支配的な牧師の父>と<その子供>という多分ベルイマン自身の一番コアのシチュエーションに帰化している。
『ファニーとアレクサンデル』のパンフレットを読むとやはりベルイマンとその厳格だったウプサラの大司教の父との関係に触れている箇所があったような・・。結局ベルイマンの映画は、高圧的な支配の中で、おし押し殺させそうな自我のサバイバルが行われていたのだろうと予想される。

そんなベルイマンの父と、ベルイマン本人の人間関係を母と娘に置き換えたのがこの『秋のソナタ』という映画の基本コンセプトであり、ほとんど総てのベルイマン映画の基本コンセプトだといっても過言ではない。
しかし、これがベルイマン自身におきた特有のイベントだったかといわれるとそうではない。子供の頃は支配される立場が多いだろうが、大人になるにつれて支配的な立場もおおくなる。誰もがどちらの立場をも経験することになる。そうなった時、支配されているときの不満を思い出すとともに、支配している側の欲望を抑えることも難しいことを知る。

動物として、もっとも基本的な親の欲求としては、「子供を自分のコピーにしたい」という決して否定できない本能的願望がある。しかし子は親の情報だけを吸収していきていくわけではなく、親が子供時代に経験しなかった要素まで経験しながら大きくなる。どんなに親がそう思っても子供の自我は親の願うものと同じものにはならない。
『秋のソナタ』のなかに描かれた高圧支配を強いた母と、その母の環境下で育った娘の関係は、特別なものではなく親と子の関係において根源的なものだと思う。この母親が良いとか(そんな意見はほとんどないだろうが)悪いとかいうのでなく、支配する側としこういう要素は誰もが持っているものだということを認識することがとても大事なのだ。「私はこうじゃない」って言えるならそれは嘘だ。

私がこの映画をすごいと思うのは、「私はこうじゃない!」って言えない自分を認識させる強制力をもっているところなのかな・・と思う。認めたくない自分のダークサイドを強制的にみさせるのがベルイマン映画のすごいところ。感情移入の極致の映画だ。

感情移入というのは早い話、メンタルの共有性を感じることだ。ベルイマンは、誰もがもっているメンタルの共有特性をとことんまで追求している人物だろう。それは一般人が「ああ、これわかる、わかる」のレベルではない。それを越えて、「判りたくない、認めたくない」という部分をぐりぐりえぐりだす。
この映画で描かれていることは、この映画のような人物の関係によってのみに表意面化することもかもしれないが、誰もがもっている人の心の深淵になる共有性なのだ。この誰もがもっている共有性、つまり人間の本質を追求しているのがイングマル・ベルイマンだと思う。
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by ssm2438 | 2010-09-20 21:43 | I ・ベルイマン(1918)
2010年 09月 20日

陽のあたる教室(1995) ☆☆☆

f0009381_1944714.jpg監督:スティーヴン・ヘレク
脚本:パトリック・シーン・ダンカン
撮影:オリヴァー・ウッド
音楽:マイケル・ケイメン

出演:
リチャード・ドレイファス (グレン・ホランド先生)
グレン・ヘドリー (妻のアイリス)

       *        *        *

この映画を最初に見た人はなかなか感動かもしれないが・・・

私としては、フランク・キャプラ『素晴らしき哉、人生』ジョン・フォード『長い灰色の線』を足して2で割って、それを音楽教師の人生にしたような作品という印象が非常に強かった。おかげで見ているときはマーティン・マーが頭にちらついて仕方がなかった。インパクトという意味では☆☆なのだが、もとネタが実に良く出来ていて、それをまるっきりコピーするのではなく、さりげなく新作として仕上げた手腕に☆ひとつおまけにした。

<あらすじ>
1965年、グレン・ホランド(リチャード・ドレイファス)はジョン・F・ケネディ高校の音楽教師になる。だが生徒にはまるで聞く気がない。彼はそんな生徒たちに音楽に興味を持たせるために孤軍奮闘していく。妻のアイリス(グレン・ヘドリー)は写真の仕事で家計を助けていた。67年に息子が生まれたが、彼は耳が聞こえなかった。息子を聾唖専門の学校に入れ、自分たちでも手話を習いだすが、アイリスの熱心さとは裏腹に、グレンは逃避するように仕事に没頭するのだった。
95年、教育予算の削減で芸術系の授業がカットされ、グレン・ホランドは辞職することになる。引退の当日、過去30年間の教え子たちが学校の講堂いっぱいに集まる。60歳のホランド先生は、自分が平凡な音楽教師でいるあいだにかけがえのない豊かな人材を世に送りだしていたことに気づく。

by ssm2438 | 2010-09-20 19:45
2010年 09月 20日

未完成交響楽 (1959) ☆

f0009381_19133127.jpg監督:エルンスト・マリシュカ
脚本:エルンスト・マリシュカ
撮影:ブルーノ・モンディ

出演:カール=ハインツ・ベーム

   *     *     *

おい、それはないだろう!?

あの『未完成交響楽』がスクリーンで見られると小躍りして恵比寿までいったら・・・、なんとあれじゃない『未完成交響楽』だった。劇場前のか看板がカラーだったので、看板だけカラーにしたのかな?といぶかぐりつつ、でもさして疑問ももたず入場。しかし、そのへんにころがってるパンフレットをみてもカラー。・・・・ん??? そして上映、カラーです!!!!!!!???

えええええええええええええええええええええええええ!?
なんでえええええええええええええええええええええええ!??

もう冒頭からパニックでした。
確か私が知っている『未完成交響楽』は冒頭、シューベルトが大事にしていたバイオリンを質入するシーンだったはず。その手放すのが忍びないあのバイオリンへの愛、音楽への愛がこの映画のすべてだったのに・・・、それがない。

で、かえってきてから調べました。1959年にもこの映画つくられていたのですね。
・・・しかし、こちらの映画はいただけない。どちらかというとミュージカル的な教育映画的な雰囲気で、どうにもお行儀が良すぎてダメだった。おまけに最後のどんでん返しはまるでコメディ映画のよう。監督のセンスを疑う。

<あらすじ>
ウィーン。無名の作曲家シューベルト(カール・ハインツ・ベーム)の才能を認める彼の友人達は、シューベルトをなんとか世に知らしめようとあの手この手で努力している。その買いあって出版会の重鎮や宮廷歌手とも知り合うことが出来た。彼らはさらに画策する。シューベルトに恋の曲を書かせよう。しかし晩生なシューベルトは恋愛にうとい。そんなわけでハンネレル(ヨハンナ・マッツ)を紹介しすこしづつお近づきのシチュエーションをお膳立てしていく。そのかいあってハンネレルもシューベルトに好意を持つようになり、シューベルトにピアノの個人レッスンを申し込む。二人の心は徐々に近づきつつあった。一方シューベルトの友人の歌手ショーバー(ルドルフ・ショック)も実はハンネレルに想いを寄せていた。しかしシューベルトの友情を裏切れない彼は自分の思いを封印する。
シューベルトは彼女を想いはじめて恋愛の曲を書いた。そして彼女に聞かせるために、ショーバーに歌ってもらうことになる。しかし、ハンネレルの意中の人は実はそのショーバーであり、その愛の詩を聴かされて感極まってショーバーの胸のなかにとびこんでしまう。
あわれシューベルトは失恋。二人の結婚式の日、シューベルトは自作の“アべ・マリア"を演奏して二人をたたえるのだった。

by ssm2438 | 2010-09-20 19:14
2010年 09月 18日

ア・フュー・グッドメン(1992) ☆☆☆

f0009381_23122237.jpg監督:ロブ・ライナー
脚本:アーロン・ソーキン
撮影:ロバート・リチャードソン
音楽:マーク・シェイマン

出演:
トム・クルーズ (キャフィー中尉)
ジャック・ニコルソン (ジェセップ大佐)
デミ・ムーア (ギャロウェイ少佐)

       *        *        *

"I want the truth!"
"What the hell is the truth?"


事件の背景あるのがコードR(レッド)=《軍の規律を乱す者への暴力的制裁行為》だった。脚本は『ザ・ホワイトハウス』で一躍有名になったアーロン・ソーキン。彼の映画デビュー作がこれ。もともとこの映画の原作戯曲も書いている。

監督は『恋人たちの予感』『ミザリー』ロブ・ライナー。ウィットにとんだ人間味あふれる語り口が特徴だ。この映画も彼がやったからこそ、かなり親しみ易い映画になったと思う。偉大な父の影で負けることを恐れ、才能がありながらも、法廷でて戦うことをさけ、事前に検察側との交渉で結果を出してしまう軍の弁護士をトム・クルーズが演じている。どこかあまちゃんな部分と、それゆえに怖いもの知らずキャフィー中尉のおおらかさはロブ・ライナー演出のたまものだろう。

そこにりりしきデミー・ムーアが絡んでくる。『きのうの夜は・・・』で彼女をみて燃え、『セント・エルモス・ファイヤー』でも良い味をだしていた彼女はこのあたりから他のブラッドパックの連中をぐぐと引き離していた。
しかし、ちょうどの心から胸もでかくなってきた。たぶんこの映画のまえあたりでインプラントを施したのだろう。『きのうの夜は・・・』で彼女のナチュラルな乳房を見たものとしては、インプラント乳房はちょっといただけないかな。そういう意味では悲しさの始まりでもあった。落ち目になったのは90年代のあたまからで、『絶叫屋敷に・・』はいただけなかった。それ以降はどれもこれもがハズレばかり。この『ア・フュー・グッドメン』がみられるほうだろう。

<あらすじ>
キューバのグアンタナモ米海軍基地で、海兵隊員ウィリアム・T・サンティアゴ一等兵が就寝中に襲われて死んだ。犯人は同部隊のダウニー一等兵とドーソン兵長だった。内部調査部のギャロウェイ少佐(デミ・ムーア)は、ハーバード出身キャフィー中尉(トム・クルーズ)を弁護士に立て事件を調査することになる。
二人の被告は上官のケンドリック中尉(キーファー・サザーランド)からコードRの命令を受けていた。サンティアゴは訓練に絶えかね、ドーソンによる不法発砲事件の情報提供と引き換えに、基地からの転籍を申し出ていた。それを知った最高指揮官ジェセップ大佐(ジャック・ニコルソン)は激怒しコードRを指示した。
事実を隠したいジェセップ大佐と、真実を暴きたいキャフィー中尉の熾烈な戦いが軍事法廷で展開される。

by ssm2438 | 2010-09-18 23:12
2010年 09月 18日

パーフェクト・ワールド(1993) ☆☆☆

f0009381_19465881.jpg 監督:クリント・イーストウッド
脚本:ジョン・リー・ハンコック
撮影:ジャック・N・グリーン
音楽:レニー・ニーハウス

出演:
ケヴィン・コスナー (ブッチ・ヘインズ)
クリント・イーストウッド (レッド・ガーネット警察署長)
ローラ・ダーン(犯罪心理学者・サリー)

       *        *        *

髪の毛も心配なこの頃のケヴィン・コスナーだが、お腹もかなり残念な感じ・・・

逃亡する囚人とつきあわされることになってしまった少年と、その逃亡犯との心の触れ合いを描いた映画。知能指数はべらぼうに高く、沈着冷静で冷酷な逃亡犯のブッチだが、幼年期に父親から虐待をうけていたらしく、そのあたり神経にさわると凶暴になる。その少年は、父がおらず、母親はエホバの証人で、抑圧された生活を余儀なくされていた。そんな二人がお互いに、「おれはこいつの気持ちがわかる」というシンパシーと「おれがいなければこいつはだめなんだ」という必要とされる幸せを抱いており、しばしの間逃亡を共にする。

イーストウッド監督作品のなかではけっこう好きなほう。あいかわらず撮ってつないだだけの芸のない演出ではあるが、おまけにあいかわらず絵作りも下手だし、でも、どちらに触れるかわからないお話がいいんだろうな。

しかし構成の下手さはかなり感じる。特に着になったのが主人公ブッチとクリント・イーストウッド演じる州警察署長のレッド・ガーネット。さらにへんな組み合わせでついてくるプロファイリングのローラ・ダーン。年代設定が1963年というあの時代にプロファイリングなんてのがあったのだろうか?? それ以上にきになるのが、物語の中ではレッドガーネット署長とブッチとの因縁があまりに絡まずに展開している。これってもっと上手く仕えないものなのだろうか? 

まあ、クリント・行き当たりばったり演出・ウッドには無理な話だとは思うが・・。
イーストウッド演じるレッドガーネット署長というのが、小さい頃ブッチを少年刑務所にいれた人物。なにかと問題があったブッチだが、彼は父親からの虐待を受けていた。その実情をしったレッドガーネットは、ブッチを父親から遠ざけるために、少年刑務所に送ったという設定。しかし、そこでブッチは犯罪の常習犯となり今に至るというもの。そのときの判断が正しかったのかどうか、今だに過去に刺さったとげを持つ男・・というのがレッドガーネット署長。・・なのではあるが、これがまったく生かされていない。実にイーストウッドらしい構成のど下手なところだ。
おまけにちょっと出てくるローラ・ダーンは必要だったんだろうか?こんなおネーちゃん出すくらいなら、レッドガーネット署長とブッチとのやり取りをはさみこめなかったのだろうか? 犯罪者となったブッチは、大事に父親からのはがきを持っている。たとえ虐待をうけたからといって、彼にとってはやっぱり父親だったのだ。理性が考える<良き事>と感情が訴える<欲する事>とはちがうのである。せっかく美味しい物語設定をつくりながら、それを生かせなかったイーストウッドの無能さは困ったものだ。

しかし、話はよいのである。

<あらすじ>
1963年、テキサス州。アラバマ刑務所から二人の囚人が脱走した。一人はとてつもなく知能指数の高いブッチ・ヘインズ(ケヴィン・コスナー)、もう一人は同じ囚人仲間のテリー・ピュー。二人が逃走中におしいった家には8歳の少年フィリップがいた。テリーがフィリップに危害を加えようとすると容赦なくブッチはかれを射殺する。州警察署長のレッド・ガーネット(クリント・イーストウッド)が陣頭指揮にたち、犯罪心理学者のサリー(ローラ・ダーン)が同行する。
ブッチとフィリップは逃走する。めざすのはアラスカ。大昔父がブッチによこした絵葉書がアラスカからとどいたものだったからだ。車の中で眠っていた二人にマックという男が、一晩の宿を貸すことを提案する。彼の家に泊めてもらった二人は、マックの孫と戯れる時間を持つことが出来た。しかしラジオで脱獄囚のニュースを聞き、現状を憂慮したマックが孫を引きかなそうとして突き飛ばしてしまうのを見て、ブッチは逆上する。フィリップはそんな姿を見てたまらず、銃で彼を撃つ。
捜索隊が到着し、彼らを包囲した。ブッチはフィリップに別れを告げ、少年を引き渡そうとすが、誤認したFBI捜査官が容赦なくブッチ撃つ。

by ssm2438 | 2010-09-18 19:58
2010年 09月 18日

ガントレット(1977) ☆

f0009381_18251656.jpg監督:クリント・イーストウッド
脚本:マイケル・バトラー/デニス・シュリアック
撮影:レックスフォード・メッツ
音楽:ジェリー・フィールディング


出演:
クリント・イーストウッド (ベン・ショックリー)
ソンドラ・ロック (オーガスタ・マリー)

       *        *        *

そのシーンを作りたかったのは判るが、ドラマ的に必然性があったのだろうか・・・????

どうも、個人的にはクリント・イーストウッドが監督する作品はあまり好きになれない。どうもこの人の監督作品は、とっただけのフィルムをつなげて映画にしてるよう感じがあり、その前段階でどうすれば効果的にみせられる・・ってイメージ構築をしてないまま映画の撮影に入っているような気がする。フィルムメーカーとしての技術力を全然感じさせてくれないのだ。
世間でそこそこ評価されてきてる今日この頃だけど、私にはいつまでたってもかなり下手な監督さんって印象しかない。その印象をうえつけてくれたのがこのころの作品。・・というか、考えてみるといつも植えつけられているか(苦笑)。

クリント・イーストウッドといえば、60年代は西部劇、70年代は『ダーティハリー』という印象だが、ダーティ・ハじゃない刑事ドラマを撮ろうとして本人が監督しつつ撮ったのがこの映画。ただ、主人公の個性が乏しかったかな。あまりインパクトがないキャラなので総合的な構成的には成功してるとは思えなかった。当時彼がつきあっていたソンドラ・ロックをヒロインに据えたこの映画だが、彼女もそんなに趣味ではないし・・、最後の見せ場ののたのた通過するバスを銃弾散々ぶち込むシーンもそれがほんとに必要なのかどうなのか・・、その必要性を感じられないままみていたので、まるで映画を撮影しているシーンをみているような雰囲気だった。

<あらすじ>
フェニックスの刑事ショックリー(クリント・イーストウッド)は、上司のブレイクロック警部補から依頼をうけて、ある事件の検察側の証人マリー(ソンドラ・ロック)をラスベガスまで護送することになる。彼女は「行けば殺される!」 と言い、ラスベガス行きを拒否する。強引につれていこうとするショックリーだが、待たせてあったレンタカーの爆発や、正体不明の車の追跡にあう。警察に応援を頼むが、あらわれたのは数十台のパトカーであり、二人がひとまず潜んでいた彼女の家を包囲し一斉射撃を始める。なんとか地下室より脱出2人の逃亡の旅が始まる。すべてはブレイロックの指示によるものだった。警察が彼女をなきものにしようとしているのである。
ショックリーはバスをジャックし、運転席を鉄板で囲むと、マリーと共にフェニックスへ向かった。バスはフェニックスの街に入るとそこには、銃をもった警官隊がまちうけていた。マリーという証人を連れて前進するのみのショックリー。道の両側に陣取った警官隊がそのバスめがけて無数の弾丸を叩き込む。

by ssm2438 | 2010-09-18 18:25
2010年 09月 17日

のるかそるか(1989) ☆☆

f0009381_21423664.jpg監督:ジョー・ピトカ
脚本:アーネスト・モートン
撮影:カーティス・ウェア
音楽:ジョルジオ・モロダー

出演:リチャード・ドレイファス

       *        *        *

この映画のよさ/悪さは、努力なんぞせずに、ひたすら運にかける情熱。

映画も姑息の情報手段とか駆け引きなんぞはおいておいて、最後は眼力で「こいつは来る!」と信じてその馬券をかってしまうという、なんといいましょうか、映画性、ドラマ性まったく関係ない、そこに根拠もなく、こいつは来ると信じてその馬にかける競馬ファン心理といいましょうか・・・、それが実にさわやかだった(苦笑)。
しかし・・・こんなんで勝たれたら、シナリオライターの立場はないなあ。勝つのになんの根拠もないんだから。
主人公を最後に勝利させるのは、とりあえず流れとして仕方がないのだろうと思うけど、そのにいたるまでのドラマ性をまったく意に介せずの展開は・・・潔いのかバカなのか・・。
・・・そうはいっても、やっぱり主人公に感情移入し、最後でその馬が来るとやっぱり盛り上がってしまうのは『シービスケット』でも同じ。やっぱり一番にゴールに飛び込んでくる馬は素晴らしい。

<あらすじ>
ギャンブル好きのタクシー運転手、トロッター(リチャード・ドレイファス)は同僚から、土曜日の競馬のレースで、チャリティーという馬が1着になるという話を聞く。妻(テリー・ガー)には、もう賭け事はしないと約束したトロッターは、最後のチャンスとチャリティーに50ドル賭ける。そんなトロッターを仲間たちは冷笑するがその馬が来てしまった。710ドルを獲得する。
そのうち700ドルを第3レースにつぎ込むとその馬も勝ち、2450ドルを手にするのだった。最後にその2400ドルをかけて一点買い。その馬も勝ちトロッターは、ついに6万9000ドルを手にする。家に帰ったトロッターは、怒って酔いつぶれたパムのそばにあるトランプをめくりとまだツキがあると感じる。そしてかれは全財産再び競馬場に向かう。
そして・・・・・トロッターは勝った。

競馬ファンなら陶酔するスーパーラッキー映画である。

by ssm2438 | 2010-09-17 21:55
2010年 09月 17日

エリックの青春(1975) ☆☆

f0009381_21224776.jpg監督:ジェームズ・ゴールドストーン
脚本:ナイジェル・マッキーンド
    キャロル・エバン・マッキード
撮影:テリー・ミード
音楽:デイヴ・グルーシン

出演:
パトリシア・ニール(エリックの母)
ジョン・サヴェージ (エリック)
マーク・ハミル (エリックの弟)

       *        *        *

ビニールに囲まれたベッドといえば・・なぜかこの『エリックの青春』だった。

当時はやたらと不治の病モノがはやったものだ。『ある愛の詩』にはじまり、『ラストコンサート』『ジョーイ』、そしてこの『エリックの青春』。そのなかでも白血病人気はすさまじかった。というはほとんどが白血病だったんじゃないだろうか。この映画で死んでしまう青年もやはり白血病だった。

特に感化されることはないのだが、なぜだかこの映画は劇場で見た覚えがある。まあ、なんでも見ていた時代だからこの映画もはいっていたのだろう。流れとしてはきわめて普通であり、特に書き留めることもないような映画でもある。強いてあげるならエリックの弟役に『スター・ウォーズ』マーク・ハミルがいるくらいか。

病気が発覚して、あらん限りの治療を尽くしたがやっぱりダメそうで、そのうち看護婦さんと仲良くなり、最後の数週間はうちで過ごしたいと病院から去り、大学のサッカーの試合にもでてそこでは大活躍。その夜にその試合がニュースになりエリックをたたえるコメントが聞かれる中静に息を引き取るというもの。

当時見たときは、あんなにへろへろだったのに、サッカーの試合にだしてもらえるんだ・・って疑問がやたらとあったことくらいだった。ヒロインのおねーチャンもあまり綺麗だったという印象はなく・・、ビニールに囲まれたベッドだけがやたらと印象強かった。
あと主演のジョン・サヴェージは次にでた映画『ディア・ハンター』でも怪しい病気系のキャラをやっていた。病んでるキャラが似合ってう。・・がしかし、主役を張る顔ではないので、この人を主役に映画をとるのはどうかと思うぞ・・。

by ssm2438 | 2010-09-17 21:23
2010年 09月 16日

パッセンジャー57(1992) ☆☆

f0009381_1041247.jpg監督:ケヴィン・フックス
脚本:デヴィッド・ローヘリー/ダン・ゴードン
撮影:マーク・アーウィン
音楽:スタンリー・クラーク

出演:
ウェズリー・スナイプス (ジョン)
エリザベス・ハーレイ (犯人グループのサビーナ)

       *        *        *

ウェズリー・スナイプスで『ダイハード』やってみました・・・

まあ、こんなものかな・・という作品。ハイジャックものではあるのだけど、この映画が途中飛行機の燃料を抜いて、近隣の着陸できる空港に降ろしてしまうというあたらりがちょっと付加価値。で、おりた空港が否か空港でそんな大事件など対処したことのない連中ばっかりしかいない。そんな状態でその機にたまたま搭乗していたテロ対策の専門家ウェズリー・スナイプスがダイハードしてみる作品。ずっと機上だとちょっと話がだれそうなところ、なんとか地上での展開もいれつつ映画にしたのが見やすい構造になっている。

f0009381_10413315.jpgしかし・・・あんまり普通過ぎて書くことがないのがいたい。強いてあげるならエリザベス・ハーレイがやたらときれい(苦笑)。
『オースティン・パワーズ』
マイクマイヤーズと一緒にでて、最近では知名度画上がってきてる彼女だが、このころはまだまだ無名。でも、目立つ。どうもコメディ系にでてると軽いのりでみてしまうのだが、今回は犯人グループの一人として描かれている。まだまだちょい役でしかないのだが、もっと怒涛の物語の怒涛のヒロインやってくれてもいい人だと思うのだけど・・。なにかの拍子の大ブレイクを期待したいですね。

<あらすじ>
テロ対策の専門家ジョン・タッカー(ウェズリー・スナイプス)は、妻の死のあとは第一線を退いていたが、大手航空会社の重役になっている旧友の勧めで、その航空会社のテロ対策専門官の職に就くことになり、ロサンゼルスに向かう途中だった。 その飛行機には、一連の航空機爆破事件の犯人レイン(ブルース・ペーン)が、ロサンゼルスで裁判を受けるためにFBIに付き添われて護送されていた。
レインは仲間と一緒にFBI捜査官たちを殺し、航空機をハイジャックする。ジョンは飛行機の燃料を捨て、近くの田舎の小さな飛行場に機をおとさせる。再び燃料を積んだ飛行機を離陸させようとするレインだが、機上でジョンと格闘の末逮捕される。
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by ssm2438 | 2010-09-16 10:42