主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

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ゾンビーノ(2006) ☆☆

f0009381_229546.jpg監督:アンドリュー・カリー
脚本:アンドリュー・カリー
    ロバート・チョミアック
    デニス・ヒートン
撮影:ジャン・キーサー
音楽:ドン・マクドナルド

出演:
ビリー・コノリー (ゾンビ使用人・ファイド)
クサン・レイ (ティミー・ロビンソン)
キャリー=アン・モス (母・ヘレン)
ディラン・ベイカー (父・ビル)

        *        *        *

死んだらソンビになって存続するか、それとも死んだままか・・・それが問題だ。

とにかく設定が奇抜だ。 かつて地球では何かの拍子にゾンビが大量発生し人間を襲い始めた。しかしゾムコン社は、そのゾンビの行動を抑制する首輪開発、それをはめられたゾンビは奴隷となる。ゾンビは家事も出来る奴隷として、またハウスペットとして、一般家庭に普及していった1950年代のアメリカ。
そんなブラックな設定だが、ゾンビの基本法則、「死んでいるが、食べる能力だけはある」「頭をきられると機能停止する」だけは残っている。
しかし、人はいつかは死ぬのであり、死後は、誰かに首を切断してもらい、完全に死に切るか、ゾンビとして存続するかを選択しなければならない。ロビンソン家の主ビル・ロビンソンはいまだに彼の父親の首をはねたことをトラウマにしている。そして、自分が死んだときは、きちんと死にたいと思っているが、妻へレンと息子のティミーはゾンビになりたいと言う。そんなロビンソン家にもゾンビを買うことになった。

そんな奇抜な展開のなかで、ダメ夫の悲哀や、いじめられっこのゾンビとの友情、すこしづつゾンビといる時のほうがときめいてくる妻など、ハートルフ(?)なドラマも同時に展開される。

<あらすじ>
1950年代の小さな田舎町、ティミー・ロビンソン(クサン・レイ)の近所にゾムコン社に勤める権力者ミスター・ボトムズ(ヘンリー・ツェーニー)が引っ越してきた。ティミーの母ヘレン(キャリー・アン・モス)は自分の家だけゾンビを飼っていないとは言えず、夫ビル(ディラン・ベイカー)の反対をおしきりゾンビのファイド(ビリー・コノリー)を飼うことにする。
ティミーはファイドと仲良くなるが、公園でキャッチボールを楽しんでいると、首輪が故障し凶暴化したファイドが近所のお婆さんを食べてしまう。ティミーはばれないようお婆さんの死体を隠すが、やがて夜になると地の底からお婆さんがゾンビとなって復活、人を襲いはじめる。いじめっこたちはそれがファイドの仕業だとわかると、それをネタにティミーを人目につかない野原におびき出して痛めつけようとするが、反対にファイドに食べられる。やがて犯行が判明し、ファイドはゾムコン社に連行される。友達を失ったような感覚におちいるティミー。しかしファイドはゾムコン社で生きていた・・・。
by ssm2438 | 2011-02-28 22:10
f0009381_21201516.jpg監督:ロジャー・ミッシェル
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
撮影:アルヴィン・クーフラー
音楽:デヴィッド・アーノルド

出演:
レイチェル・マクアダムス (ベッキー・フラー)
ハリソン・フォード (マイク・ポメロイ)
ダイアン・キートン (コリーン・ペック)

       *        *        *

キャスティングは素敵なのだがが・・・。

他の映画を見たときにこの映画の予告をみたらやらたと見たくなったのだが、期待が大きすぎた・・・。

監督は『ノッティングヒルの恋人』ロジャー・ミッシェル。シナリオは『プラダを着た悪魔』アライン・ブロッシュ・マッケンナ。どうみても面白そうなものが出来るとおもうじゃないですか。それに主役は可愛くて若さがはじけているレイチェル・マクアダムス。それに私が『ミスター・グッドバーを探して』以来大好きのダイアン・キートン。これで面白くないわけがない。・・・でも、いまひとつだったかな。

やっぱりニュース系ラブコメものは、ジェームス・L・ブルックス『ブロードキャスト・ニュース』があり、あれを期待してしまうので、それ以下だとどうしても・・・・・・・・・・・・・・・・・。この映画ははっきりいってそれ以下でした。まあ、あれ以上のものがそうたやすく作れるとも思わないけど。

まずいいとこ。レイチェル・マクアダムスが可愛い! パンツいちまいで歩き回るお尻はついつい見とれてしまいます。許されるならそのお尻に頬ずりしたいです。ほかにいいところは・・・・・・・・・、実はあまりない。

面白いほうにいかなくって不満たらたらなのは、ハリスン・フォードダイアン・キートンとのやりとり。この使い方が非常になってない! 個人的は『ヒーセッド・シーセッド』のような二人のがちがち対立トークを期待したら番組上はまるでそんなのなし。ニュース番組のプロデューサーとニュースキャスターとのやりとりを『ブロードキャスト・ニュース』を期待したらそんな会話術も無し。ニュースよりもおちゃらけにスポットあてた番組構成も個人的ににはかなり気に入らない。才能の生産性がまるでない映画といっていいだろう。どうして『プラダを着た悪魔』のシナリオがかけたアライン・ブロッシュ・マッケンナ<がこんな話で終わってしまったのかかなり疑問。よっぽど回りのバインディングが最悪だったのではないかとかんぐってしまう。とにかく才能のないひとが、とりあえず受けることをめざした映画で、どこにライターさんの才能を発揮させる場所がない。おざなりのちょっと良い感じのシーンだけを提示してくれた映画になってしまった。

<あらすじ>
地方のテレビ局をクビになったニュース番組のプロデューサー、ベッキー・フラー(レイチェル・マクアダムス)が、ガッツ大盤振る舞いで可能な限りあっちこっちに就職希望をだした結果、キー局なれど視聴率は万最下位の朝のニュース番組のプロデューサーとして雇われた。とわいえ、前任者も、そのまえの前任者も、どうあがいても視聴率が伸びずあっというまに切られて、雇うてがなく彼女にきまっただけなのだ。
セクハラ発言の看板ニュースキャスターをさっそく首にし、ほされているマイク・ポメロイ(ハリスン・フォード)をメインキャスターにする。しかし彼は報道一筋の男でちゃらちゃらした番組にはでたくないといい、自分で報道するニュースはほとんどない。おまけにこの番組をずっと支えてリるコリーン・ペック(ダイアン・キートン)とはいがみ合いばかり。雰囲気はわりままで視聴率は上がるそぶりは一向にない。そんなとき、番組終了をいいわたされるベッキー。番組存続のためには、ある一定の視聴率にたっすることが条件とされる。
なりふりかまっていられないベッキーは、ニュースキャスターをジェットコースターにのせるなどの起こされ演出でとりあえず人気取りにはげみ、コリーンとマイクのいがみ合いトークをなんとか視聴率に反映させ、最後は、マイクが放送したスクープ映像のおかげで目標の視聴率を達成する。
しかしベッキーの生活は、ニュース報道のための人生であり、恋人との時間などは犠牲にしていた。そうなったらなにものこらないというマイクのアドバイスをうけるベッキー。そんなベッキーに人気キー局からニュースプロデューサーとしてこないかというオファーをうける。
仲間との別れはつらいが、マイクの意固地さに嫌気をさしたベッキーはその面接をうける。そんなさなか、マイクは、報道一筋の生き方をやめ、バラエティキャスターとしてカメラの前に立つ決意をし、カメラの前で料理をしながら視聴者との親近感をたかめようとする。その姿をみていたベッキーが、オファーをことわり、みなの待つスタジオに返るのだった。
by ssm2438 | 2011-02-28 21:21
f0009381_13343824.jpg監督:岡本喜八
原作:大宅壮一「日本のいちばん長い日」
脚本:橋本忍
撮影:村井博
美術:阿久根厳
音楽:佐藤勝

出演:
笠智衆 (鈴木総理)
三船敏郎 (阿南陸相)
高橋悦史 (井田中佐)
井上孝雄 (竹下中佐)
中丸忠雄 (椎崎中佐)
黒沢年男 (畑中少佐)

        *        *        *

戦争終結のために命を懸けて決断した男たちと、それに命をかけて反対した男たちの壮絶な1日

f0009381_2051474.jpg私がこの映画もとになっている『宮城事件』のことをはじめて知ったのは、まだ小学校の時だった。それはタツノコプロが作った『決断』というアニメの25話「最後の決断」
1945年8月14日の深夜から15日にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件である。戦勝終結を宣言する玉音放送のレコードを守った人と、戦争終結に反対し、それを奪おうとした一部の陸軍兵士によるクーデターの話だった。そのドラマのリアリティと重厚さに感動した。当時はそれがこの事件のことだとは知らなかった。
それ以前からも映画はやたらと見ていたが、アニメーターになってからさらに見る本数も増えた。映画雑誌を買っては有名な映画の勉強もした。そのなかにこの映画『日本のいちばん長い日』の記述もあり、それが子供の頃に見た『決断』の25話に似ていたのを思い出した。あんなアニメが作れたあの時代はよかったなあ・・とつくづく思うものである。

<あらすじ>
1945年8月6日と9日に広島、長崎に原爆が投下され、さらに満州においてはソ連も日ソ不可侵条約を反故にして参戦してきた。政府内部では鈴木首相(笠智衆)を中心に、ポツダム宣言の受諾を支持する意見が強まっていた時期である。
10日午前0時から開かれたこの御前会議の席上で、天皇の地位保証(国体護持)を条件としてポツダム宣言の受諾が決定された。この決定はスイスとスウェーデンの日本大使館員を通じて連合軍に通達された。これを受けてサンフランシスコ放送は連合国の回答として、「天皇および日本政府の国家統治の権限は連合国最高司令官に従うもの (subject to) とする」と放送した。国体護持の要請に対して、外務省はこの文章を「制限の下に置かれる」解釈、終戦を進めようとしたのに対して、陸軍は「隷属するものとす」であると解釈し、阿南陸軍相(三船敏郎)は天皇の地位が保証されていないとして戦争続行を唱えた。
14日、鈴木首相は陸軍の妨害を排するため、天皇出席の上での御前会議開催を招集、全閣僚および軍民の要人数名を加えたその席上で、昭和天皇に聖断の要請、これを受けて昭和天皇は連合国の回答受諾を是認し、必要であれば自身が国民へ語りかけると述べて会議は散会された。軍令部にもどった阿南陸相は、終戦反対派の陸軍青年将校はクーデター計画を練っていたが、御聖断が下った上は、それに従うべきであると悟した。

内閣では終戦処理の閣議が開かれ、陛下の終戦詔書を宮内省で録音し八8月15日正午、全国にラジオ放送することが決った。その夜、天皇陛下の録音は宮内省二階の御政務室で行われ、玉音放送用の2枚のレコード『正』と『副』が製作され、皇后宮職事務室内の軽金庫に保管された。
その頃、竹下中佐(井上孝雄)、椎崎中佐(中丸忠雄)、畑中少佐(黒沢年男)らはクーデターを強行しようと近衛師団長森中将(島田正吾)を説得、反対されるとこれを殺害、玉音放送を中止すべく、その録音盤を奪おうと宮城を占拠してしまう。一方東部軍管区司令部へクーデター参加を求めた井田中佐(高橋悦史)は、東部軍幹部はクーデターの鎮圧を決定していた。宮城にもどった井田中佐は、畑中ら3人を説得、朝までに軍を退くように説いて去る。しかし原版を見つけることの出来なかったか彼らは東京放送も占拠、戦争継続の意を放送させようとするが、局の館野守男(加山雄三)は銃を突きつけられてもこれを拒否しつづける。一方佐々木大尉(天本英世)の率いる一隊は首相官邸を襲撃し放火、さらに平沼枢密院議長邸を襲った。しかし彼らは先に連絡を受けており、別の場所に退去していた。

午前6時、陸軍の失態の責任をとり、阿南陸相は自宅で腹を斬り、それだけでは死に切れず震える手で首の頚動脈を斬り自害する。放送会館では東部軍からの電話連絡を受けた畑中少佐が放送を断念し、守衛隊司令部では拘束されていた下村情報院総裁らが解放された。2枚の録音盤は皇后宮職事務室から運び出され、いかにも正式な勅使らしい偽物を仕立てつつ、本物は粗末な袋に入れて木炭自動車で放送局に運搬された。最後まで抗戦を諦めきれなかった椎崎中佐と畑中少佐は宮城周辺でビラを巻き決起を呼び掛け、二重橋と坂下門の間の芝生上で自殺した。
そして正午過ぎ、ラジオから君が代が流れた後、玉音放送が行われ戦争は終結した。

日本を変えた、怒涛の1日の映画であった。
岡本喜八の最高傑作はやはりこれだろう・・・・すごい。
by ssm2438 | 2011-02-28 13:35
f0009381_1262963.jpg監督:カール・フランクリン
脚本:ユーリー・ゼルツァー
    グレイス・ケイリー・ビックレイ
撮影:テオ・ヴァン・デ・サンデ
音楽:グレーム・レヴェル

出演:
アシュレー・ジャド (クレア・キュービック)
モーガン・フリーマン (カ-リー・グリムス)
ジム・カヴィーゼル (ロナルド・チャップマン)
アマンダ・ピート (クレアの妹・ジャッキー)

        *        *        *

普通のサスペンスだけど、アシュレイ・ジャッドが出てるからいいや(苦笑)

きわめて普通のサスペンス。ちょっと違うのは普通の法廷サスペンスじゃなくて、軍事法廷が舞台の裁判もの。ただ、お話はどんでん返しだけを狙った話で、松本清張のような愛ゆえに殺すとか、愛があっても殺すしかない・・みたいな、人間的な葛藤がえがかれているわけではないので、ただのストーリー展開の意外性だけがとりえのような話。

なお、アシュレイ・ジャッドの妹やくでアマンダ・ピートがでている。この人、この映画ではイマイチだがブルース・ウィリス主演の『隣のヒットマン』などではヌードも披露しているし、なかなかいい味をだしている。

<あらすじ>
美人弁護士クレア(アシュレイ・ジャッド)の夫トム(ジム・カヴィーゼル)がある日突然逮捕されてしまう。そしてトムだと思っていた人物はロナルド・チャップマンであり、10年まえのある軍事作戦のあと、逃亡した海兵隊の特殊工作員で、逃亡罪と9名の民間人を殺した罪に問われている。クレアは元グリーン・ベレーの弁護士チャーリー(モーガン・フリーマン)の助けを借りてなれない軍事法廷に立つ。
その事件のあと、7人の目撃者が犯人はロナルド・チャップマンであると証言しているが、それが軍の命令でそう言うように命令されたふしがある。しかし、その目撃者のほとんどは何らかの原因で戦死、または死亡していた。チャーリーはそのいきのこりである兵士にかまをかけ、当時の軍のオーダーに関する発言を録音するが、裁判当日、その兵士は行方をくらましてしまう。録音テープを提出するも、証人がいない以上、その声がどういう経路でそれが録音されたのは分らないので証拠とはみとめられないという。軍事法廷の理不尽さを痛感しながらもクレアとチャーリーはそれが軍の命令であることの証拠をつかみ、軍が折れてチャップマンを無罪にする。それで事件は終わったかに思われた。
しかし、殺された目撃者の妻の証言をとってチャーリーは、意外な事実をつかむ。目撃者を殺す任務を帯びていたのは実はロナルド・チャップマン自身であった。「君だけは殺したくなかった」とうチャップマンがクレアに迫る時・・・・。
by ssm2438 | 2011-02-28 12:07

私の教え子(2007) ☆☆

f0009381_4382051.jpg監督:オーリ・サーレラ
脚本:ミカ・リパッティ
撮影:ロベルト・ノードストローム
音楽:トゥオマス・カンテリネン

出演:
クリスタ・コソネン (サリ)
カリ・ヘイスカネン (ミッコ・グローマン助教授)

画面の質は高いが・・・話は面白くない。

表紙のクリスタ・コソネンをみて、ついつい借りてしまったが、お話の展開はきわめて退屈。困った映画だ。実際彼女自身もうごいているのをみると、水泳をやっているらしく、肩幅のがっちりとした大柄美人で、色気はない。しかし、やっぱり魅力はある。ヌードもわずかながら披露してくれる。
そしてこの映画の画面、質感、色味、画面構成、雰囲気作りなど、透明感のある、清涼とした感じが実にきもちをおちつかせてくれる。物語だけなら☆ひとつだが、この雰囲気が実に良い。タルコフスキーに耐えられる人だけに勧める。個人的にはタルコフスキーよりも画面は素敵だと思う。

大学にはいったばかりのサリ(クリスタ・コソネン)は、フランス近代詩の父・ボードレールをこよなく愛するミッコ・グローマン助教授(カリ・ヘイスカネン)の講義に魅了されていた。一方グローマンも、「『垂直方向の関係』とは、以前は神と人間との関係だったが、ボードレールは人と俗世との関係引き落とした。神を関係から排除したのだ」という彼女の鋭い指摘に感化される。そんなグローマンは夫婦関係がぎくしゃくしており、妻の不倫相手が認識されたことで家を出てホテル住まいになる。一方サリは新しい部屋に越したばかりで、ルームメイトを探しており、二人の利害が一致し一緒に住むことになる。最初はただのルームメイトだった二人だが、いつしかお互いを求め合うようになる。『垂直な関係』から『水平な関係』への移行だった。

ボードレールは若くして美術批評家として文壇にデビューを果たし、特に当時、物議を醸していたロマン主義画家のドラクロワに対する熱心な弁護と評価を行った。的確な指摘と同時に、美術批評を介して独自の詩学を打ち出すという「詩人による美術批評」の先鞭をつけた人物。彼の講義の中で、この『垂直方向の関係』と『水平方向の関係』に関してグローマンが講義している内容とさりげなくからめながら、二人の関係を描写していく。当時の美術界はロマン主義から印象派へと変わっていく過渡期だった。

やがて二人は仲たがいするが、物語の最後には再び再構築される(・・ということだったのだと思う)。
by ssm2438 | 2011-02-28 04:42

からっ風野郎(1960) ☆

f0009381_6355830.jpg監督:増村保造
脚本:菊島隆三/安藤日出男
撮影:村井博
音楽:塚原哲夫

出演:
三島由紀夫 (朝比奈武夫)
若尾文子 (小泉芳江)
川崎敬三 (小泉正一)
船越英二 (愛川進)
志村喬 (平山吾平)

        *        *        *

あの三島由紀夫は映画にもでていた!

さらに、主題歌も自分で作詞、歌っていた。おおおおおおおお!!!???
監督の増村保造は東大法学部時代に三島由紀夫と知り合っていた。それが二人の付き合いのはじまりらしく、その後『音楽』でも三島由紀夫原作の作品を映画化している。しかし・・、増村保造と三島由紀夫が物語りの作り手として、調和するかといわれるとかなり疑問である(苦笑)。

この作品は、三島由紀夫が主演した、一応ヤクザ映画(・・なのかな)。ただ、東映のヤクザ映画のようなまじめさではなく、かなりテイストとしては軽めだ。三島由紀夫のファンで、そのお姿を一度は見ておきたいという人には価値があるかもしれないが、この映画自体はかなりつまらない。
作品の中ではヤクザ同士の抗争のなかで、何人かが死ぬのだが、そこの登場人物には撃たれて死ぬという緊張感はまるでない。ややコメディ振りのヤクザ映画だろう。こういうヤクザ映画を見たい人がいるのかどうかかなり疑問だ。

<あらすじ>
朝比奈武夫(三島由紀夫)は、刑務所のなかでも、反目する新興ヤクザ相良商事の社長相良雄作に命を狙われている。刑期を終えて出てきた武夫の根城は映画館コンパルだった。そこで新しい「もぎり」の芳江(若尾文子)に会った。相良商事とすったもんだがありながらも(かなりほほえましい抗争)、武夫は芳江を抱くようになる。彼女から妊娠したと聞いた時不思議にも武夫は芳江に愛情を感じたのだ。堕ろせといっても芳江はきかない。相良雄作は芳江の兄を監禁して抵抗した。芳江の身に危険を感じた武夫は、九州の田舎へ身をかくすよう勧めた。東京駅へ芳江を送って行った武夫は、生まれてくる子供のための毛糸を買いに、下のデパートに走った。その武夫を一弾が襲った。
by ssm2438 | 2011-02-27 06:36 | 増村保造(1924)

氷壁(1958) ☆☆

f0009381_518091.jpg監督:増村保造
原作:井上靖
脚本:新藤兼人
撮影:村井博
音楽:伊福部昭

出演:
菅原謙二 (魚津恭太)
山本富士子 (八代美那子)
野添ひとみ (小坂かおる)
川崎敬三 (小坂乙彦)

        *        *        *

なんで美那子は若尾文子じゃなかったんだろう・・?? 

野添ひとみは相変わらず可愛い!
・・しかし、めずらしく相方の川口浩が出てない(苦笑)。

原作は「美しい日本語」で知られる井上靖の同名小説。奥穂高の難所に挑んだ小坂乙彦(川崎敬三)は、ザイルが切れて墜死する。一人帰ってきた魚津恭太(菅原謙二)は、自殺説も含め数々の臆測にさいなまれる。雄大な自然と都会の雑踏を照応させつつ、恋愛と男同士の友情を描いたドラマ。

原作をよんでいるわけではないが、原作ほどの良さはだせなかったのではないだろう。山のシーンがセットなのでつらい。『劔岳 点の記』のようなホントの雪でみたかった。増村保造の映画にしては、内容的にもきわめて普通のドラマになってしまっている。
私が思うに、キャスティンがはずしていたような気がした。まず、二人の男のマドンナとなる八代美那子役の山本富士子がどうにも美しくない。当時は人気があったのかもしれないが、少なくとも私がみるぶんにはちょっと小デブなおばさんといった印象で、この時点でどうにも物語りにはいってきけなかった。
そして野添ひとみ。当時としてはありえないほど可愛い人だが、死んだ小坂の妹・かおるという女は、主人公の魚津を好きであり、自分のものにしようとしている、なかなかしたたかな女。野添ひとみでも悪くはないが、どうしてもこの人だと「健康的な明るい女性」というイメージが先行してしまうので、これも登場人物と合わなかった。この女性人のキャスティングの失敗が映画全体に失敗感を匂わせてしまったような気がした。

音楽は『ゴジラ』伊福部昭

<あらすじ>
穂高の北壁にしがみついて吹雪と闘っていた魚津恭太(菅原謙二)と小坂乙彦(川崎敬三)。しかし、ナイロン・ザイルが切れ、小阪が墜落死する。小坂の死が他殺か自殺かという世論が沸き起こり、苦境へと追いこまれた魚津。ナイロン・ザイルの衝撃実験が、ザイルはどんな過酷な状況でも切れなかった。
衝撃実権を行ったのは八代教之助(上原謙) であり、彼の妻・八代美那子(山本富士子)は。かつて小坂の恋人でもあった。無責任なスキャンダルがうす膜中、彼女をかばおうとする魚津は、次第に美那子を慕うようになっていった。一度断念された小坂の死体捜索が再開され、それには小坂の妹かおる(野添ひとみ)も加わった。かおるは魚津を慕っていた。愛してはいけない美那子への思慕を清算し、かおると結婚しようという意志を固める魚津。彼は再び一人で山へ登っていた。
小屋では、魚津の還りを待つかおる。しかし魚津の予定の時刻になっても彼は現れなかった。捜索隊が冷たくなった魚津を発見した。かおるは再び愛する人の遺骨を胸に、故郷へ帰らねばならなかった。
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by ssm2438 | 2011-02-27 05:19 | 増村保造(1924)
f0009381_1137259.jpg監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:シンシア・シドル/フランク・ピアソン
撮影:ラッセル・ボイド
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:
ブルース・ウィリス (エメット・スミス)
エミリー・ロイド (サマンサ・ヒューズ)

        *        *        *

刻まれた名前に感謝・・・

戦争をしらない若い世代と、戦争の後遺症でいまだに悩んでいるベトナム帰還兵のコミュニケーションを描いたヒュウーマンドラマ。世間では評判があまり良くない映画だが、個人的にはなぜか気に入ってる映画のうちの一つ。最後の墓標に名前を見つけるときはなんか泣ける。。。

サマンサ・ヒューズ(エミリー・ロイド)は、母が再婚したため、叔父のエメット・スミス(ブルース・ウィリス)と一緒に住んでいた。エメットはベトナム戦争からの帰還兵であり、いまだに精神障害を抱えており、たのしめる人生などない。そんなサマンサがある日、顔もしらない父の写真と手紙を発見する。それをきっかけに父のこと、戦争のことにさりげなく興味をもってくる。

この映画のポイントは、戦争を知らない子供たちと、戦争を体験した大人の精神ギャップ。子供にしてみれば、世間の報道からうけるそのイメージは、無駄に命を流し、無駄にベトナム人を殺した、無駄だった戦争・・というイメージがつよい。なので、もって回った言葉で戦争批判なんかもしてしまう。それに対してブルース・ウィリスは、戦争に参加し、傷ついて帰ってきた男であり、彼にとってみればエミリー・ロイドの興味本位の姿勢などは、とってつけた本質などみようとしない、女が良くする、理解できないものでもとりあえず深刻ぶるったり、しったかぶりをしたりする程度のリアクションのようにしか見えないだろう。
でも、それが自然であり、戦争体験者は、分ってもらえないのは承知で生きていくしかない。そこで、あえて分ってもらおうとして自分の被害者精神をおおっぴらにすると、かなりみっともなくみえてしまう。このへんのドライさがこの映画のいいところなんだろうなあって思う。

最後、あったこともない父の名前を探しに戦没者慰霊碑を訪れるサマンサとエメット。そこには大事に世界大戦から朝鮮戦争、ベトナム戦争とつづく戦いのなかで死んでいった人たちの名前がきざまれている。この慰霊碑をみてるだけで涙がなんか出てきてしまう。そしてサマンサが自分の父の名前をみつけ、触れてみるシーン。そこに自分の父が存在が、刻まれている。これだけの人たちが犠牲になった結果、今のこの国があるんだ・・みたいな、そういった深い感動がある。

しかし、映画はそれほど深く、深刻にならないようにつくられているような気がした。押し付けがましくしてしまったらこの映画は台無しになっていただろう。戦争をしらない彼女たちの世代の人も、ちょっとだけ、そのことを心にきざんでくれたらいいな・・くらいに思えたら最高なのだと思った。
by ssm2438 | 2011-02-25 11:38
f0009381_4585213.jpg監督:ヒュー・ハドソン
原作:エドガー・ライス・バローズ
脚本:マイケル・オースティン/P・H・ヴァザック
撮影:ジョン・オルコット
音楽:ジョン・スコット

出演:
クリストファー・ランバート (ジョン・チャールズ・クレイトン)
イアン・ホルム (フィリップ・ダルノー)
ラルフ・リチャードソン (ジョンの祖父・グレイストーク伯爵)
アンディ・マクダウェル (ジョンの従兄妹・ジェーン)

        *        *        *

『炎のランナー』ヒュー・ハドソンが、『ターザン』を初めて原作に忠実に映像化した大力作。ヒュー・ハドソンの映画にはある種の荘厳さがある。それはこの作品にもみてとれる。
考えてみればこれ以前のターザンはそれをネタに話を膨らませてた漫画やアクション映画だった。ゆえに、普通の人が想像するターザン、つまり、ジャングルで育った野生児で、人間離れした身体能力をもつ特殊人間・・というようなイメージではな。まさに、ジャングルに置き去りにされた子供が、そのままなんとかサバイバルし、再び人間の社会にもどってきたが・・という話。黒澤明『デルス・ウザーラ』はこれをロシアに移植した話なんだと勝手に思っている。

『ターザン』という物語はあくまでフィクションであり、ファンタジー性も実はつよい。後にターザンとなる男の子を育てるのは「サル」ではなく「類人猿」というくくりになっている。微妙に、人間とサルの中間をついている(苦笑)。彼は、類人猿に育てられ、その後スコットランドに戻って文明社会にも徐々にないもうとしていたが、剥製にする素材として捕らえられていた類人猿の族長シルバー・ビアード(銀のヒゲをもつもの)に会う。なんとも切ないシチュエーションを最後に用意してある。

ターザンとなる青年の名前はジョン・チャールズ・クレイトン。
父はジョン・クレイトン卿であり、その父(ターザンにとっては祖父)がグレイストーク伯爵。
タイトルに「グレイストーク」とついているように、この物語はジャングルの野生児ターザンの話ではなく、「ジャングルで育ってしまったスコットランドのグレイストーク家の人物」というシチュエーションで物語が描かれている。野生と人間という二つの側面をもつジョン(ターザン)だが、この物語ではかなり人間性のほうが強く出ている。あたりまえだとはいえ、カルチャーショックはターザン映画だった。

<あらすじ>
1885年、英国貴族、ジョン・クレイトンは若き妻・アリスとともに、赴任先である英領西アフリカに向かうべくスコットランドをたった。しかし、船員の反乱に遭遇し、アフリカの西海岸に置き去りにされた。
夫妻が海岸に作りあげた小屋で生まれ、彼が1才になった時に母親は亡くなった。父は類人猿に襲われ殺された。二人の子は類人猿カラに救われた。カラは子供を亡くしたばかりであり、群れのリーダー・シルヴァービアードに逆らい、その子の養母となった。
成長した少年はさまざまな能力と理知と雄々しさで類人猿社会の慈悲深い王者となっていったその頃、大英博物館から派遣された探倹隊がやってきた。だが一行はピグミー族に襲撃され、ほとんどの隊員は殺されたが、ベルギー人の隊員フィリップ・ダルノー(イアン・ホルム)は、ジャングルの王者となったその青年に救われた。やがて傷が癒えたダルノーは、その青年がクレイトン卿の息子であり、グレイストーク伯爵の孫であることを知った。ダルノーは、その青年(クリストファー・ランバート)を連れてスコットランドに戻った。
彼の名前はジョン・チャールズ・クレイトン。
突然孫があらわれたグレイストーク伯爵 (ラルフ・リチャードソン)は有頂天になり、姪ジェーン(アンディ・マクドウェル)も新しく出現した従兄に心を惹かれるている。ジェーンに求婚していたエスカー卿はジョンのお陰で失恋の痛手を味わうことになった。
やがてグレイストーク伯爵が世を去り、ジョンはジェーンの愛を求め婚約した。
大英博物館の動物標本室が公開される日に招かれたジョンは、偶然にも剥製にされるのを待って檻に入れられていた群れのリーダーだったと再会。ジョンは彼を連れて逃げだしたが、後を追いかけてきた文明人たちの一隊は、躊躇なくシルヴァービアードを射殺してしまった。ジョンは人間の社会では生きてはいけないと思った。ジェーンとダルノーは西アフリカのジャングルに消えていくジョンの後姿を静かに見送るしかなかった。
by ssm2438 | 2011-02-25 04:53
f0009381_22331933.jpg監督:ジョルジ・パン・コスマトス
脚本:ジョルジ・パン・コスマトス
    ロバート・カッツ
    トム・マンキウィッツ
撮影:エンニオ・グァルニエリ
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演:
リチャード・ハリス (ジョナサン・チェンバレン博士)
バート・ランカスター (マッケンジー大佐)
ソフィア・ローレン (ジェニファー・チェンバレン)
イングリッド・チューリン (Dr. エレナ・ストランドナー)
アン・ターケル (スーザン)

        *        *        *

半分おっこちるの法則!

『ディープインパクト』でも、半分だけおっこちましたね。パニック物というのは、主人公が頑張ってしまうとことが起きないで終わってしまい、見せ場がなくなる。しかし主人公が惨敗してしまうわけにはいかない。というのでよく使われるのが「半分だけどおっこちる」の法則。
この『カサンドラ・クロス』も列車丸ごとおとすわけにいかないので、半分だけ救って半分だけおっことすことにしてる。

さすがに橋からおちる列車はミニチュアであり、東宝特撮レベル。今の人が見るとしょぼいと思うかもしれないが、当時はあれがせいいっぱい。

めずらしいところで、イングリット・チューリンがベルイマン以外の作品にでてる。・・まあ、別に不思議ではないが、どうもベルイマン映画でしかみたことがなかったので、他の監督作品に彼女がでてるとちょっと違和感をかんじたりした(苦笑)。

<あらすじ>
ジュネーヴの国際保健機構に3人のテロリストが潜入、一人はガードマンに射殺され、残りの2人は危険な細菌類が保存されている部屋へ逃げ込んむ。一人が撃たれて倒れた拍子に薬の瓶を割ってしまい、アメリカが秘密に研究していた最近をばらまいてしまう。 残る一人は、逃走しストックホルム行きの大陸横断鉄道へ乗り込んでしまった。
緊急事態の発生で、アメリカ陸軍情報部のマッケンジー大佐(バート・ランカスター)が乗り出してきた。その列車にたまたまのりあわせていた医師チェンバレン(リチャード・ハリス)は、マッケンジー大佐から事件の概略を説明される。
乗客を検疫収容させるために、ポイントを切り換え、列車をポーランドのヤノフへ向かわせた。しかしその途中に30年近くも使用されていない“カサンドラ・クロス"と呼ばれる鉄橋があった。マッケンジーは、ニュールンベルグで、一旦列車を止め警備隊と医療班を乗りこませ、出入口、窓、通気孔を密閉して、車内に酸素を送り込むように命じた。事態を知らされた乗客たちは騒然となった。感染者は一つのコンパートメントに集められた。
カサンドラ鉄橋の強度に疑問を持つチェンバレンは、マッケンジーに鉄橋前で列車を停止するように交渉したが、マッケンジーは、それを黙殺した。一方国際保健機構の女医エレナ(イングリッド・チューリン)は高濃度酸素によって発病を防止できることを発見するが、列車の無線機が破壊されて連絡がとれない。
乗客の有志たちは、警備隊と対決し、列車と機関車を切りはなす作戦にでる。半分の車輛と一部の乗客だけを残して、谷底に落下していった。

感染し人が落ちた車両にもいて、それが河に流れ込み、下流に人たちに感染したらどうなるのだろう??って心配したのは私だけなんだろうか?
by ssm2438 | 2011-02-24 22:33