西澤 晋 の 映画日記

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2011年 02月 24日

黄金のランデブー(1977) ☆☆

f0009381_19415040.jpg監督:アシュレイ・ラザルス
原作:アリステア・マクリーン
脚本:スタンリー・プライス
撮影:ケン・ヒギンズ
音楽:ジェフ・ウェイン

出演:
リチャード・ハリス (ジョン・カーター)
アン・ターケル (スーザン・ベレスフォード)
バージェス・メレディス (ヴァン・ヒューデン)
ジョン・ヴァーノン (ルイス・カレラス)

        *        *        *

音楽だけはめちゃめちゃカッコいい!!

原作は『ナバロンの要塞』で有名なアリステア・マクリーン。個人的にはマクリーンの『テロリストゲーム』が特に好きなのだが、この映画はきわめて普通の出来。というかマクリーン原作の映画は、『ナバロンの要塞』以外はそれほどたいしたことはない。ちなみに『ナバロンの嵐』もやっぱり普通のできだった。

この映画も若い頃劇場でみた映画のひとつで、このころはリチャード・ハリスがやたらと幅をきかせていた。私の大好きな『オルカ』もそうだし『カサンドラクロス』、『ジャガーノート』『殺し屋ハリー/華麗なる挑戦』‥など、それほど二枚目ではないのだけど妙に重宝がられていた。
ヒロインのアン・ターケルはハリス夫人。『カサンドラクロス』でも一緒にでていたが、この『黄金のランデブー』では“H”シーンも披露してくれた。

監督はほどんど無名の人で、他には有名な映画はない。下手すぎるかな。原作が面白いだけに誰がとってもそこそこにはなるが、やっぱり下手だと、出来上がった映画はそこそこのモノにしかならない。

<あらすじ>
南アフリカを出港した貨客船カリビアン・スター号は、軍服を着た10名程の男達に乗っ取られる。船長は撃たれ、一等航海士ジョン・カーター(リチャード・ハリス)ら乗客や船員たちはメイン・ダイニングに監禁される。船にはトーマン(ロバート・ビーティ)という科学者と彼が発明した小型の原子爆弾が積み込まれていた。
一味が狙ったのは、金塊輸送船ユニコーン号。カリビアン・スター号がSOSを発信すれば、近くを航行しているユニコーン号が助けに来て、それをジャックしようという計画だったのだ。
計画通り、ユニコーン号は犯人グループにジャックされ、カリビアン・スター号の乗客と船員と原爆はユニコーン号に移され、金塊はカリビアン・スター号に移された。爆発まであと24分。爆弾を解除するには犯人グループがもつキイがいる。ジョンはカリビアン・スター号に乗り移りキーを捜した。主犯は乗客の1人だった。ジョンはキーを奪うと、海へ飛び込みユニコン号にたどりつき原爆のセットは解除された。

by ssm2438 | 2011-02-24 19:42
2011年 02月 24日

真昼の決闘(1952) ☆☆☆

f0009381_15512611.jpg監督:フレッド・ジンネマン
脚本:カール・フォアマン
撮影:フロイド・クロスビー
音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:
ゲイリー・クーパー (ウィル・ケイン保安官)
グレイス・ケリー (ウィルの妻・エイミー)

        *        *        *

ヒロイックな西部劇と思ったら大間違い!

それまでカッコいいヒーロー像が多かったゲイリー・クーパーを主演にしたこの映画だが、この主人公は決してヒロイックではない。ごくごく普通の人間であり、怖いものは怖い。等身大の人間としての怖さを認識しつつ、やっぱり監督はフレッド・ジンネマンなので意地張っちゃうわけだ。

ドラマは、最近の『24』のようにほぼリアルタイムで進行する。かつてゲイリー・クーパーに逮捕された荒くれ者が、刑務所をでて町に帰ってくるという知らせが舞い込んでくる。彼らは復讐にやってくるのだが、その町に来るまでの間に、町にのこって戦うか、逃亡するか、プライドを撮るか実利をとるか、選択しなければならない。これがクリント・イーストウッドのマカロニ・ウェスタン・ヒーローなら恐れることなどないのだが、この主人公は等身大の主人公なのだ。復讐に来るとなれば恐ろしい。町のモノは、逃げたほうがいいといってくれる人もいる。しかし、反対に保安官を差し出して、荒くれ者のご機嫌をとったほうがいいと考える人もいる。クーパーは逃げ出すことをやめ、一緒に戦ってくれる人を探してあるのだが、なかなか一緒に戦ってくっる人はいない・・。そんな八方塞のなか、びくびく主人公クープが意地を張り通す映画なのだ。

ただ・・・、配役とドラマとがあっていたのかといえばちょっと疑問がのこる。ヒロインはその後モナコ王子と結婚したグレイス・ケリー。ヒッチコックが好きそうなクールビューティだ。ゲイリー・クーパーも暑苦しくないハンサムガイなのだ、このようなリアルでおどおどしつつも意地をはってしまう主人公というのは、今ひとつ喰い合わせが悪いような気がした。このような美男美女カップルをだすとなるとどうしてもハーレクイン・ロマンス的なドラマを期待してしまう(苦笑)。

<あらすじ>
西部の町ハドリーヴィルでは、この町の保安官ウィル・ケイン(ゲイリー・クーパー)がエイミー(グレイス・ケリー)との結婚式を挙げていた。彼は結婚と同時に保安官の職を辞し、他の町へ向かうことになっていた。そこに電報が届いた。ウィルが5年前に逮捕したフランク・ミラーが保釈され、正午到着の汽車でこの町に着くという知らせだった。停車場にはミラーの弟ベンと彼の仲間の2人が到着を待っていた。時計は10時40分をさしていた。
エイミーは予定通り町を去ろうと言い、ウィルもエイミーと共に逃げようとするが、思い直して引き返す。エイミーはひとり正午の汽車で発つ決心した。ウィルは無法者たちと戦うため、助っ人を探しはじめる。判事は早々に町から逃げ出した。保安官補佐のハーヴェイはウィルの後任に自分が選ばれなかった恨みもろもろの因縁もあって協力を断る。酒場の飲んだくれ達はウィルよりもフランク一味を応援している始末。教会では意見が分かれて議論になるが、結局ウィルが町を去るのが一番良いという結論が出る。保安官仲間たちは居留守や怪我を理由に辞退する。結局一人も集まらない。彼は1人で立ち向かう決心をして遺言状を書きつづった。
時計が12時を指すと共に汽笛がきこえミラーを乗せた汽車が到着した。入れ替わりにエイミー乗るが、銃声を聞くといたたまれず汽車から降り、町へ走る。ウィルは2人を倒しており、エイミーの助けもあってあとの2人も射殺した。戦い終わって町の人々がおそるおそる集まってくると、胸のバッジをすててウィルはエイミーと立ち去るのだった。

by ssm2438 | 2011-02-24 15:52 | フレッド・ジンネマン(1907)
2011年 02月 24日

ライアンの娘(1970) ☆☆☆

f0009381_6133954.jpg監督:デヴィッド・リーン
脚本:ロバート・ボルト
撮影:フレディ・ヤング
音楽:モーリス・ジャール

出演:
サラ・マイルズ (ロージー・ライアン)
ロバート・ミッチャム (チャールズ)
クリストファー・ジョーンズ (将校ランドルフ)

      *        *        *

この映画の主人公ロージー(サラ・マイルズ)をどうみるかで、好きにも嫌いにもなる映画

撮影、音楽ともに『アラビアのロレンス』と同じフレディ・ヤングモーリス・ジャール。私の趣味で言わせてもうなら、画面はデヴィット・リーンのなかでは一番好きだ。アイルランドの未開の土地的な風景は実に素晴らしい。それをデヴィット・リーンのいつものロングショットでとってくれるから、雄大な大地に雲の影が流れるなど、ビジュアル的にはとても楽しめる映画だ。後半の怒涛の波打ち際のしぶきはむちゃくちゃ迫力がある。それにフォギーフィルターかけてるので、白がにじんでこれがまた美しい。画面の良さで☆ひとつおまけ。

ただ内容的にはあんまり気持ちよくみられる映画ではない。前半であれほど尊敬し結婚したはずのロバート・ミッチャムをあっさりと裏切り、別の男と情事にはげんでしまう。まあ、わからんでもないけど、どうもあまりに予測していたキャラクターと違ってきてしまった。はじめのころのシーンをみてると、どうしても「どんな苦労があろうとも、私はロバート・ミッチャムを愛していきますよ」みたいな展開を予想してたのに、「え、え、え、そっちの男にころんじゃうんですか????」みたいな。相手は年寄りなんだし、そんな満足するような“H”を望むのもむりというもんでしょう。これでは単にロージーがその時その時の気分にながされる尻軽女にみえてしまう。

そして最後は父親の罪をかぶって村人から集団暴行をうける。裸にされて髪をきられぼこぼこに殴る蹴るのリンチ。そんなぼこぼこにされたロージーを、それでもかばうロバート・ミッチャム。これがあるがゆえに、ロージーの最初の浮気が道徳的にどうにも許せなくなってしまう。
ちなみに、このシチュエーションは『マレーナ』でもジュゼッペ・トルナトーレが使ってた。

<あらすじ>
1916年、イギリス支配から独立しようとするアイルランド。ダブリンから大西洋海岸の寒村キラリーへ帰って来た年老いた教師チャールズ(ロバート・ミッチャム)はロージー・ライアン(サラ・マイルズ)の激しい愛情を受けて結婚した。村の人々は二人の結婚を祝ったが、二人の性生活は初夜からつまずいた。チャールズは新妻の激しい求愛に応えられなかった。ロージーは、その物足りなさをコリンズ神父に告白してしまう。さらにプライドを傷つけられたチャールズとの関係もぎくしゃくしてくる。
そんなロージーの前に第一次大戦で足を負傷したイングランド人将校ランドルフ(クリストファー・ジョーンズ)が現れる。戦争で傷ついた心と満たされぬ心が森の中で情事となる。チャールズは妻の態度の変化に不信を抱くが、不貞の行為など考えてもみなかった。ロージーの不義は続くが、二人の情事は村人と知るところとなり、ロージーは姦婦として村人の視線を浴びる。

1ヶ月後、アイルランド独立運動のための武器が運ばれてくるが、海は猛烈なしけでうけとれない。武器は陸上輸送に変更されるが、その前にランドルフのイギリス軍が立ちはだかる。計画は失敗する。実はロージーの父ライアンがわずかなお金と引き換えにその情報を漏らしてしまったのだ。
さらにロージーはランドルフとの情事をチャールズに見られてしまう。チャールズ二日も家に帰らなかった。
村人達は祖国を裏切ったのはロージーに違いないと判断し、彼女をリンチにかける。しかし彼女は父の犯行だと判っていたが自ら罪をかぶる覚悟を決めた。着物を剥がれ、頭をそられるロージーを見てチャールズが庇い身代わりとなり、リンチを受ける。が、コリンズ神父が現われて蛮行は中止させられた。
ランドルフは自殺した。ロージーとチャールズはいまわしい村人達の視線のなか、村を去っていった。

by ssm2438 | 2011-02-24 06:13
2011年 02月 21日

リービング・ラスベガス(1995) ☆☆☆☆

f0009381_342463.jpg監督:マイク・フィギス
原作:ジョン・オブライエン
脚本:マイク・フィギス
撮影:デクラン・クイン
音楽:マイク・フィギス

出演:
ニコラス・ケイジ (ベン・サンダーソン)
エリザベス・シュー (娼婦サラ)

        *        *        *

アルコール依存症映画は、その昔はけっこうあったような気がするが、最近ではこれだろう。といってももう15年も前の映画だが・・。
人生の敗北者である脚本家のベン・サンダース(ニコラス・ケイジ)は、妻には離婚され、仕事の依頼もなく、会社も首にされ、それでもその社長さんはとってもいい人らしく、退職金として結構な額のお金をしはらってくれたようだ。そんなベンは死ぬまで飲み続けると心に決め、身辺整理し、ラスベガスに乗り込んだ。そして出会った娼婦のサラ(エリザベス・シュー)。お互いの孤独を舐めあうように二人は求め合い、孤独を癒されたサラはベンと同棲を一緒に暮らしたいと申し出る。ベンの出した条件は「決して『もう飲まないで!』といわない」こと。

ほんとに水を飲むように飲む。破滅的に飲む。死ぬことを決意したどうしようもない男の死ぬまでのアルコールに溺れつくす時間と、それをみまもることしかできないエリザベス・シューを描いた映画。これ以上頑張らないでいいという状況でひたすら飲み続ける。シャツも下着も洗わない。その日新しいものを一着買ってきる。そして次の日もまた買う。
実に刹那的でいい。映画の題材としてはクソ映画なのだが、それでも、この刹那さは沁みる。マイク・フィッギス一球入魂の映画だ。

ただ、ここまでくるとベンは記号的なキャラクターであり、状況に応じて感情に変化を見せるのはサラのほう。彼女は多分LAでなにか嫌なことがあったのだろう、ラスベガスに流れてきて娼婦をやっている。しかし彼女にはヒモがついており、稼いだ金は彼が巻き上げる。その彼も借金取りにおわれているらしく、最後は殺し屋がやってくる。
しかし、それはサラにとっても悲しい出来事だったのだろう。それからというもの、何のために娼婦をやっていくのか? ヒモの男が殺された時点で、彼女を必要としてくれる人間はこの世から一人もいなくなってしまった。そのとき彼女がひたすら会いたいと願ったのが、ベンだった。彼女は「誰かに必要とされる」ことが必要だったのだ。それこそが彼女自身の存在意義だった。

最初の夜は、ベンが一晩に500ドル払うと申し出た。「500ドルなら何でもできるわ。顔に出してもいいわ。でも髪にはかけないでね、今洗ったばっかりだから」とベンの股間に顔をうずめフェラチオをはじめる。しかし、ベンは「しなくていいから、一緒にいてくれ」といった。
ヒモの男が殺されてからは、ベンと一緒に食事をし、そのあと自分の部屋にくるように言う。そして一緒に住んで欲しいと申し出る。ベンが越してきた日、ベンは「ここは君の家だから家賃を払うといくらか渡そうとするがサラは「家賃は無料、さらに家主のブロージョッブ付」という。

ベンの体調は悪化する一方で、そんな彼を見るのがつらいサラは「医者にみてもらったら」と言ってしまう。もちろん拒否するベン。「そろそろ自分のモーテルに戻る頃だな」というベンに、「私の望みはあなたがここにいること。この話はもうしないから、ここにいて」と泣いて懇願する。そんなサラの気持ちを感じ取ったのか、ベンはカジノで女を買い、サラの家につれこんでセックスをする。そのときかえってきたサラ。「出て行って」と案の定言われる。

それからはサラも孤独な日がつづいた。通りを歩いているとまだ高校生くらいの若い客に声をかけられる。彼らの部屋にいってみると数人がいて、かわるがわるやるという。一人づつ相手するから、他の人は出てというサラだが、その中に一人はアナルセクスをしたいという。サラが断ると彼はサラを殴り倒し、後ろから犯してしまう。顔にあざを作って帰ると大家が1週間以内に立ち退けと言われる。カジノに足を踏み入れれば、娼婦と気づいたホディガードからゴミのように追い払われる。
そんな失意と孤独のサラにベンから電話がかかってきた。急いで彼のモーテルを訪ねると、そこには衰弱しきったベンかいた。それでも酒を飲もうとする。そして、サラをみつめながら自分で自分のペニスをしごきはじめる。「私がやしてあげるわ」とベンのペニスをやさしく上下にうごかす。そしてサラはベンの上になり緩やかに動き始める。朝になると、ベンは動かなくなっていた。

同系列の映画、ベルトルッチ『ラストタンゴ・イン・パリ』よりもこちらのほうが刹那に破滅的な映画だろう。

by ssm2438 | 2011-02-21 21:43
2011年 02月 21日

ブリット(1968) ☆☆

f0009381_726832.jpg監督:ピーター・イエーツ
脚本:アラン・R・トラストマン、ハリー・クライナー
撮影:ウィリアム・A・フレイカー
音楽:ラロ・シフリン

出演:
スティーヴ・マックィーン (フランク・ブリット)
ジャクリーン・ビセット (キャシー)

        *        *        *

ジャクリーヌ・ビセットは酒のつまみかい?

こんな使われ方してたらグレそうだよ。70年代最高の美女といわれた、彼女だが、振り返ってみると彼女をまともに撮った映画があったのだろうか? この映画見たときの印象は、もう映画そのものよりも、ジャクリーヌ・ビセットの添え物的な使われ方が悲しかった。

カメラは私の好きなウィリアム・A・フレイカー。黒が渋いが、この頃のサンフランシスコの夜はほんとにくらかったのだろう。『ダーティ・ハリー』なんかみてても夜はほんとに真っ暗だ。まあ、あれはコントラストをつけるよりも画面全体が暗いブルース・サーティースの好みなのだろうが・・。ちなみに音楽も『ダーティハリー』のラロ・シフリン。まあ、ハリー・キャラハンが活躍する3年前のサンフランシスコの刑事といえばこのブリットだったわけだ。でも、だからといってそれほど個性がある刑事というわけでもないのだけど。。

監督はピーター・イエーツ。この人に関しては特別な想い入れもなく、作った映画も特に可もなく不可もなくといった感じ。『ザ・ディープ』でジャクリーヌ・ビセットを主役で海洋ロマンをとっていたが、あんまり面白くなかったし・・、なにが一番面白いんだろう・・『ヤング・ゼネレーション』かな?

サンフランシスコの坂道でがうんがうんしながら追いかけっこするカーチェイスは一応有名だが、個人的にはだらだらして長いだけだった。カーチェイスのシーンって今も昔もあんまり面白くないのでさくっとしあげてほしいのだけどなあ。特に最近のポール・グリーングラスが監督やってる『ボーンスプレマシー』とか『・・アルティメイタム』とか、手ブレがうざすぎて見るに耐えない。
映画は114分なれど、それでも長く感じるくらい、だらだらしてる。トータルなドラマの流れがまったく理解されてないような編集だといっていい。たるいところはとっとと切ってればよかったのに。とにかく、意味ない無駄なシーンがおおすぎる。
最後のシーンは空港で、バックでっかり旅客機が通り過ぎたりして見栄え場いいが、それがおっかけっこに効いて来ないうえに、かなりあっさり終わってしまった。ピーター・イェーツの才能のなさばかりが目だった映画だったような・・・。

by ssm2438 | 2011-02-21 07:27 | W・A・フレイカー(1923)
2011年 02月 20日

ピアノ・レッスン(1993) ☆☆☆

f0009381_223123100.jpg監督:ジェーン・カンピオン
脚本:ジェーン・カンピオン
撮影:スチュアート・ドライバーグ
音楽:マイケル・ナイマン

出演:
ホリー・ハンター (エイダ)
ハーヴェイ・カイテル (ジョージ・ベインズ)
サム・ニール (アリスディア)・スチュワート)
アンナ・パキン (エイダの娘フローラ)

        *        *        *

浜辺におかれたピアノというビジュアルだけでハートを掴んでいる!

監督は『エンジェル・アット・マイ・テーブル』でちょっと有名になり、この『ピアノレッスン』で大いに有名になったジェーン・カンピオン。ただ、この人の映画というのは、男性にはちょっとしっくり来ないかもしれない。少なくとも私はほとんどツボらない。なにか・・・・、どこかに違和感を感じるのである。

それは多分「好き」という概念のちがいなのだろうなって思った。
誰にもひとつやふたつ、「もうこれがなくなったら私は生きていけない」と心のそこから思っているなにかがあるものだ。それは、愛する人かもしれないし、エイダのようにピアノかもしれない。あるいは昔から使っているシャーペンだったり、カメラだったり、車だったりする人もいるかもしれない。しかし、それを失っても人はやっぱり生きていられる。ただ、男と女の違いというのは、たぶんそのひきずり方だろう。男から見て、女は昔愛したものを引きずらない。きっと、男も、ピアノも・・・。
たぶん、その「好き」の概念の違いが、ジェーン・カンピオンの映画をどこか覚めた目でしか見られない私の感情の原因なのだろうとおもったりした。

この物語の主人公エイダ(ホリー・ハンター)は口のきけない女性。彼女が世間に感情を示すためのアイテムといえばピアノだけであり、なおかつ、私が勝手に想像するに、彼女が一人になりたいときもそれを作ってくれるのがきっとピアノなのだろう。普通に五体満足な我々にとっては想像できないくらい、彼女にとってピアノというのは大事なアイテムなのだと思う。

そんなエイダが、ニュージーランドのある島に入植しているアリスディア・スチュワート(サム・ニール)の元に嫁ぐことになり、娘のフローラ(アナ・パキン)とともにスコットランドを出て未来の夫のいるニュージーランドに向かう。彼女のピアノも船にのせられていた。
現地についたエイダとフローラをスチュワートは迎えにきていた。荷物を運ぶために数人の男とたちを連れてきていたが、ピアノは運びきれないと、そこに放置されてしまう。そのピアノをひきとったのが、スチュワートの友人で、今となっては原住民と同化しているようなジョージ・ベインズ(ハーベイ・カイテル)だった。彼は、ピアノレッスンと引き換えに、ピアノを返すといってエイダを自分の家に呼び寄せる。最初はベインズを毛嫌いしていたエイダだが、スチュワートへの想い入れが不可能な部分もあり、徐々にベインズへ心が傾いていく。

ベインズとエイダの関係を知ったスチュワートは、エイダに彼と会うことを禁じる。しかしエイダの想いは消えることはなく、裏切られた想いのスチュワートは嫉妬と怒りで、アイダの人差し指をナタで斬り落としてし、エイダに、ベインズとフローラと一緒に島を去るように言う。
ピアノとともに船にのったエイダだが、人差し指をうしなったエイダにはもう思うようにピアノを弾くことはできない。エイダはピアノを海にすて、自分も自殺しようとするが、すんでのところで生きることを選び海面へと浮上していく。

さらに一言付け加えるなら、マイケル・ナイマンの音楽はすばらしい。『ガタカ』『髪結いの亭主』などの音楽をてがけたナイマン。あまり音楽に興味のない私でも、この人の音楽は好きだ。大げさでもなく、みみざわりでもなく、さりげなく心に沁み込んでくる旋律を書いてくれる人という印象。

by ssm2438 | 2011-02-20 22:31
2011年 02月 20日

積木の箱(1968) ☆☆

f0009381_2102938.jpg監督:増村保造
脚本:池田一朗/増村保造
撮影:小林節雄
音楽:山内正

出演:
内田喜郎 (佐々林家の長男・一郎)
内田朝雄 (佐々林豪一)
松尾嘉代 (佐々林家の長女・奈美恵)
梓英子 (佐々林家の次女・みどり)
若尾文子 (パン屋の川上久代)
緒形拳 (杉浦悠二先生)

        *        *        *

60年代後半の大映映画はエナジーをうしなってしまっている。

やっぱりこれは大映自体がかなり破綻しかけていたころで、明らかに制作費のなさが如実に画面にあらわれている。なんとか増村保造の見せ方でどろどろな世界を描こうとしても、やはりセットがろくに組めなくなっているなあっていう限界を感じる。
映画作りというのは結局セットを組んで、欲しい画が撮れない場合は、壁をとりはずしてその奥からカメラをいれられるものだが、あるもののなかで撮影するとなかなかそういうわけには行かない。
映画自体は、きちんと取れていればまあまあ面白そうだったけど、でも、『赤い天使』とか『清作の妻』のころの怒涛の増村保造イズムはあまり画面から伝わってこない。そう、覇気がつたわってこない。時間と余裕とお金があればとってもいい映画になったのに・・とおもわれる悔しい映画だ。
しかし、ドラマ自体はかなりのぐろぐろであり、大映テレビでやったらきっと受けただろう。どろどろ大映は良かった。

<あらすじ>
北海道の観光王・佐々林豪一(内田朝雄)は、長女の奈美恵(松尾嘉代)、次女のみどり(梓英子)、そして長男の一郎(内田喜郎)がいたが、奈美恵はおさないころ豪一にひろわれた娘であり、血がつながっていなかった。そして今では父の愛人になっている。
そんな人玄関系のすさんだ家庭にいてこころがささくれだっている一郎にとって、唯一心がいやされる人といえば、毎日パンを買う店の久代(若尾文子)だった。
奈美恵は一郎をからかい半分に挑発してくる。一郎はみどりに、奈美恵を父から奪うと宣言し、それから間もなく、挑発してくる奈美恵を抱き、彼女に二度と父と寝ないと約束させたのだ。しかし、豪一と奈美恵の部屋はある仕掛けで、ドアがつながっていた。奈美恵が一郎だけの女になるはずもなかった。そのことを問い詰めると奈美恵は、一郎の憧れの女性久代もまた豪一の女だという過去を話す。久代が豪一の秘書だった頃暴行を受け、息子・和夫を生んだことを知った。
豪一を許せなくなった一郎はナイフを手にして父に迫ったが殺せない。その夜一郎は父の名を汚すため、学校に放火した。宿直の杉浦先生(緒方拳)は、現場に落ちていた帽子から、犯人が一郎だと判ったが沈黙をとおし、責任をとって辞職した。豪一も一郎の仕業と察してみなに否認するよう厳命した。だが、みどりは一郎に自白するように言い、虚飾にみちた佐々林家から出ていった。
一郎は、当夜杉浦の許にいて火傷した和夫を見て、良心の呵責に駆られ、豪一の面前で警察へ自白の電話をするのだった。

by ssm2438 | 2011-02-20 02:10 | 増村保造(1924)
2011年 02月 19日

チアーズ!(2000) ☆☆

f0009381_2347539.jpg監督:ペイトン・リード
脚本:ジェシカ・ベンディンガー
撮影:ショーン・マウラー
音楽:クリストフ・ベック

出演:キルステン・ダンスト (トーランス・シップマン)

       *        *        *

チアリーディングに青春を掛ける高校生!

キルスティン・ダンスト『スパイダーマン』のMJよりはこっちのほうがいいなあ。しかし、彼女って顔のつくりとか雰囲気から言うとあまりコメディ系ではないような気がする・・・。歯並びが気になるが、もっとエレガントなものをやってもいいと思うのだけど・・。多分グイネス・パルトロウ的な立ち居地かな・・・。

この映画は普通に青春スポ根物。ノリのいい音楽にあわせてアクロバティックなチア・リーディングをみせてくれる。その昔、英会話学校の講師に、学生の頃はチアリーディングをやっていたという男性教師がいた。めっちゃマッチョで、男でもチアリーディングをやるんだって思ってたけど、女性を高くもちあげたり、高く放り出したりは確かに男性のほうがいいだろうなあ。でも、専門でリアリーディングをやってるのかどうか・・大会前にどこか・・体操部とかからレンタルするんじゃないだろうか(苦笑)。
ま、そんなことはさておき、深く考えることはないふつーに楽しく見る映画。完成度からいうとそれほど大したこともないので、期待しすぎは禁物。それでもキルスティン・ダンストの高校生はぴっかぴか輝いていてなかなかよいです。

<あらすじ>
ここ数年、リアリーディングの全国大会で優勝をつづけているランチョ・カルネ高校。そのチアリーディング・チーム「トロス」の新キャプテンに抜擢されたトーランス(キルスティン・ダンスト)。プレッシャーのなか、今年も優勝をめざしてチームをまとめようとするが、そんなおり、チームの一人がが練習中に怪我をしてしまう。しかたなく、新メンバーをドラフト、新体操をやっていた転校生のミッシーが選ばれた。
しかし、トーランスは、ミッシーから「トロス」の演技が盗作だと指摘させる。以前のキャプテンたちがそうしてきたのだ。貧しい高校で大会に出場できないが、実力のあるその高校のチアリーディングチーム「クローヴァーズ」の盗作だったのだ。トーランスは新キャプテンとして、新しい振り付けをつくらなければならなかくなってしまう。窮地の追い込まれたトーランスは、怪しい振付師を雇う。しかし彼は大会前にトンズら。実は彼は他の高校にも同じことを教えており、これまた全国大会では使えない。窮地にたたされながらもトーランスは、新しいプログラムを完成、全国大会に挑む。しかし、今回は「クローヴァーズ」が参加してきており、その実力は飛びぬけていた。「トロス」は決勝まで勝ち上がり「クローヴァーズ」と一騎打ちとなる。しかし、ダイナミックスさでまさる「クローヴァーズ」に優勝はさらわれてしまうが、メンバーたちは力を出し切った納得の笑顔でみちていた。

by ssm2438 | 2011-02-19 23:48
2011年 02月 19日

デッドゾーン(1983) ☆☆☆

f0009381_23161784.jpg監督:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:スティーヴン・キング
脚本:ジェフリー・ボーム
撮影:マーク・アーウィン
音楽:マイケル・ケイメン

出演:クリストファー・ウォーケン (ジョニー・スミス)

       *        *        *

80年代の臨死体験からの生き返りもの。『レザレクション/復活』という映画はありますが、これとそれは臨死体験後の特殊能力ものとしては上出来の2本です。

今思うと『ネクスト』と同じ趣旨の話だったのだろう。しかし、『ネクスト』の場合はこれだとあまりに能力に再現なくなりすぎてドラマとしてアバウトになると思い、予知できる時間をある程度制限したのだろう。
アヴォリアッツ黄金のアンテナ賞を受賞している。

<あらすじ>
交通事故から昏睡状態に陥った英語教師ジョニー・スミス(クリストファー・ウォーケン)は、5年の時をへて意識をとりもどした。しかし当時付き合ってた彼女は他の男と結婚してしまい、ひとり浦島太郎のジョニー。そんな彼が担当の看護婦さんの手を握った時不思議な感覚が意識の中に飛び込んできた。子供が炎のなかでないている!!どうやらその看護婦さんの子供らしい。彼女が半信半疑でうちにかけつけると家は豪華につつまれていた。幸い消防士に子供は助けられていたが、この事件をきっかけにジョニーは自分の特殊な能力が宿っていることに気づく。
彼は、感情移入する相手の近接の空間の出来事や、過去、未来までもが見えてしまう。そしてついにある上院議員が大統領になり、核ミサイルのボタンをおすところまで見てしまう。未来の惨劇を防止するため、ジョニーは彼を殺そうとするが、なんと、昔の恋人の子供を立てにして自らをまもる。撃てなかったジョニーは失敗、シークレット・サービスに撃たれて死ぬ。しかし、ジョニーが死ぬ直前にみたのは、狙撃から子供を盾にして身を守った上院議員の写真であり、それが非難のもととなり、かれは大統領にはなれなかった。未来は救われたようだ・・・。

物語的にはかなりご都合主義的な能力だったのでだけど、その力に目覚めてしまったクリストファー・ウォーケンが、どう対処していいのかわからず戸惑うあたりがリアル。というか、我々の認識からすると実に普通で感情移入しやすいストーリーだった。
この映画をみても感じることなのだが、スティーブン・キングって弱者の夢を実によく具現化してくれる。弱者の夢ってどこか謙虚なんだよね(苦笑)。本人がそうなのだと思うが、妄想が大好きなで自分に自信をもてなかった子供だったのだろうって思った。たぶん男の子ならほとんどみんなが思い当たるだろう。

by ssm2438 | 2011-02-19 23:19
2011年 02月 17日

キングコブラ(1999) ☆

f0009381_17394392.jpg監督:デヴィッド・ヒレンブランド/スコット・ヒレンブランド
脚本:デヴィッド・ヒレンブランド/スコット・ヒレンブランド
撮影:フィリップ・D・シュワルツ
音楽:デヴィッド・ベレル

出演:
ケイシー・ファロ (ジョー・ビデル)
スコット・ヒレンブランド (Dr. ブラッド・ケイガン)
パット・モリタ (ニック・ハシモト)

        *        *        *

蛇がハリボテ・・・、まるで生命感なし。おまけに死んだ振りまでするぞ!? 

DNA操作で生れた巨大はキングコブラのハリボテが人々を襲うモンスター・パニック映画。
高校のこともが学芸会ようにつくったはりぼての気ぐるみがおちてるとおもったら、それがどうもこの映画では、生きているキングコブラで死んだ振りしてたらしい。蛇目線カメラもまるで直進するし・・、もうすこし蛇の動きを考えてカメラワークをつけたらどうなんだ??って思ってしまった。おまけにでっかい蛇がでてくるときも、まるだ誰かADさんがフレーム外で引っ張ってるように直進する。いまどきの映画でCGつかってない蛇なんてひさしぶりにみたよ。まるで『魔人ハンター・ミツルギ』のような特撮だ!

<あらすじ>
遺伝子学の権威であるアーウィン教授は、キングコブラとガラガラヘビのDNAを組み合わせ、最強のヘビを誕生させることに成功したが、研究所で事故が発生、そのキングコブラが姿をけす。それから二年後、これから町の運命をにぎるビール祭りが開催され、人々がその町に集まっているとき、そのコブラは再び姿をあらわす。町の有志は、蛇ハンターのニック・ハシモト(パット・モリタ)とともにキングコブラを捕獲しようと試みるが・・・。

by ssm2438 | 2011-02-17 17:39