主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

<   2011年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

f0009381_0132987.jpg監督:ジョン・フリン
脚本:ラリー・コーエン
撮影:フレッド・マーフィ
音楽:ジェイ・ファーガソン

出演:ジェームズ・ウッズ
    ブライアン・デネヒー

     *     *     *

日本未公開の映画なのですが、おまけにタイトルもダサいし(こんなタイトルだと絶対誰もみないと思う)、しかしこの映画、けっこう私のツボだったのです。こういうのはいいですね。誰もが好きになる映画じゃなくて、自分だから好きになれる映画ってのは。
で、この映画の注目のポイントは3つ。

1、脚本が異能ライターのラリー・コーエンである。
2、ジェームス・ウッズの愛すべき狂演。
3、バイオレンスアクションの巨匠、ジョン・フリンの復活。

ラリー・コーエンといえば、知る人ぞ知る『悪魔の赤ちゃん』‥‥70年代に流行ったモンスターパニックものもラリー・コーエンにかかれば愛すべき赤ちゃんがモンスターになってしまう。いかにB級お下劣モンスター映画作り手でも、出来れば生まれ立ての新生児を殺りくをくり返すモンスターとは描きたくないはず。でもラリー・コーエンは“これだけは避けたいなあ”って思う心情のところをあえて行ってしまう。そんな殺りく赤ちゃんモンスターでも両親を求める刹那さを描いてしまうラリー・コーエン。
こいつの描くペーソス、刹那さは、なんかいいんだ。そのペーソスはラリー・コーエンのB級スピリットにあってもとってもいい味付けをしてくれてる。


ブライアン・デネヒー演じるデニス・ミッチャムは警官でありながら、その体験談をいかして小説をかいている。そんなデニスにクリーブ(ジェームス・ウッズ)と名乗る殺し屋から依頼がある「おれのことを書いてくれ」 。
クリープは地元の有力者/暗黒街の大ボスに雇われていたのだが、今では仲たがいしらしく、「自分のことを書くことで彼を破滅させることができる」という。半信半疑のデニスだがクリ-ブに彼が殺した人たちの殺人現場を案内される。自分の殺人の記録をしゃあしゃあと警官であるデニスに説明していくクリ-ブ、どんなに説明されてもそれで殺人があったとは立証できないと反ばくするデニス。実に奇妙な会話である。そうこうしてると、大ボスからの使いのものが二人を殺そうとする。こと細かく説明を受けている間にことの『真実』を理解しはじめる。

小説を書くためにはその「殺し屋」を形成するにいたったその人格形成の場所、家族をみたいと言う。 しぶしぶクリ-ブは彼の家族にあわせる。なんの変哲もない家族がそこにあった。帰りの飛行機の中、クリ-ブはデニスに共同手筆の記念としてクリ-ブからデニスへと刻印された高級腕時計をわたそうとする。断るデニス。「殺し屋からは受け取れないとうのか? オレには人間らしいことをする権利はないというのか?」というクリーブだが、無視するデニス。ここが切なくていいんだ。スーパー凄腕の殺し屋なんだけど、人並みに愛されたいと思っている。それを望んでいる。まるであの悪魔の赤ちゃんの新生児のモンスターみたいに‥‥。どっか劣等感があって、認められないことに寂しさを覚えて、でも求めてしまう。リスペクトされたいと思ってしまう。とっても愛されたいんだよね。

やがてロスにもどったデニスは彼女の愛人(妻は何年か前に癌でなくしてそのごは娘と二人暮し、ときどきこの女のところにきてるらしい)に原稿を読ませて感想をもとめたりしてる。「これで◯◯(ボスの名前)も終わりね」といったあと、「クリーブのこと、好きなのね」とぼそり。答えないデニス。

自分がその小説のなかでど のように書かれているのか知りたくて仕方がないクリ-ブはその夜彼女の部屋にしのびこむ。とそこには別の男を送りだすその女の姿。親友が裏切られてるように無性に腹立たしくなるクリ-ブ。「自分はどように書かれている? コピーはないのか?」その女を恐怖させるクリ-ブ。
立場上なれ合いの許されないはずの二人が、言葉に出来ない友情を抱いてるのがまた切ない。

やがて大ボスはデニスの子供を人質に取り、小説を出版させない工作をする。
人質にされた彼女の運命はいかに‥‥?
そこに乗り込むクリーブの運命やいかに‥‥??


こんなに愛すべき非道な、劣等感のある、ヒステリックな、普通 の人の、冷酷な殺し屋はいないよ。
めちゃめちゃ切ない。刹那さランキングは<ごんぎつね級>といってもいい。

ストーリー自体がかなりナンセンスなとっかかりなんで、タイトルもダサイ。どうなんだろう??って疑問に思うんだけど、見てみると一見あり得無さそうなストーリーが実にまともに仕上がっている。これはひとえにジョン・フリンの力によるところがおおきいと思う。バイオレンス描写 もクールで素敵。
いままでいろんな殺し屋と呼ばれたキャラクターが数々の映画に登場してきたけど、このクリーブ以上のキャラクターはいないね。私のなかではベスト中のベスト殺し屋、お気に入り殺し屋ランキング1位 はぶっちぎりで『殺しのベストセラー』クリーブですよ。これやっぱりジェームス・ウッズでしかなし得なかったキャラだと思う。
いいわ。。
by ssm2438 | 2011-04-30 23:02
f0009381_16294424.jpg監督:ハロルド・ベッカー
脚本:ダリル・ポニックサン
撮影:ハワード・アサートン
音楽:スタンリー・マイヤーズ

出演:
ジェームズ・ウッズ (レニー)
ショーン・ヤング (その妻リンダ)

       *        *        *

「ジェームスウッズの」ってつけなきゃいけないほど、売りがまったくない映画。


原題は『THE BOOST』、映画の邦題は『THE BOOST/引き裂かれた愛』というのもある。私がみたのは『ジェームズ・ウッズの コカイン』というビデオ発売時のタイトル。なのでここではこのように表記した。

見る前はとっても心ときめいていたのである。ジェームス・ウッズはけっこう好きな役者さんで、あぶないテンションの役だとかなりいい。そして相手役は『ブレード・ランナー』ショーン・ヤング。おおおおおである。これならある程度話がダメでも耐えられるだろうと誰しも思うだろう。しかし、ダメでした。まったくおもしろくもなんともない。ただただ薬におぼれるだけの映画。これほど生産性も向上心もなく、ただただ崩壊しているだけのえいがというのも珍しい。ショーン・ヤングですら美しくみられない。

当時はアメリカ経済も元気がよく、日本もバブルに沸いていた時代。「DINKs(ダブル・インカム・ノー・キッズ)」なる言葉が発生し、リッチにかせいで良い暮らししようと・・という時代の話。
ジェームス・ウッズ扮するレニーは西海岸で不動産業に従事するセールスマン。事業も成功し妻とふたりで何不自由なくすごしていた。しかし政府の優遇措置取り止めの噂によって契約解消が相次ぎ、友人の勧めによって軽い景気づけのつもりで手にしたコカイン。そして妻のリンダ(ショーン・ヤング)もまきこんでおぼれていく・・という話。
しかし、話はこれだけなのである。おそろしいほどこれだけ。コカインのおかけで正常な判断ができなくなり、やたらとありもしない可能性だけを夢見ていく。最初は景気の良いことをいうラリーにときめくみなさんだが、だんだんとその確証のなさから信用をうしなっていき、みずから破滅へのみちを突き進む。

そんな話。あまりに生産性がない話なので、みててもおもしろくなんともない。
まさに「おまえら勝手に腐ってろ」映画のひとつであった。


ただ・・・ひとつ救いがあるとしたら、夫婦でドラッグにおぼれられるってのは、意外と幸せなのかもしれないってことだ。普通だったら浮気相手とか、そっちの転びそうなものだけど・・・。
by SSM2438 | 2011-04-30 16:30
f0009381_745235.jpg監督:ジェームズ・フォーリー
脚本:ボブ・レドリン
撮影:マーク・プラマー
音楽:モーリス・ジャール

出演:
ジェイソン・パトリック (コリー)
レイチェル・ウォード (フェイ)
ブルース・ダーン (バド)

       *        *        *

老けたな~~~、レイチェル・ウォード・・・・・(涙)

『シャーキーズ・マシーン』『カリブの熱い夜』などで、脱がないけど色っぽさをふりまいてたレイチェル・ウォード。あの頃の美貌はどこへやら・・・、ちょっと悲しくなってしまいました。この人、やせてくるとけっこう怖い。もっとも、一番最近のはかつての名作『渚にて』のリメイク、『エンド・オブ・ザ・ワールド』のモエラでしたが、ここまでくるともう年寄りでもしかたがないのであきらめもつき(苦笑)、あのキャラはなかなか素敵でした。

監督はジェームス・フォーリー。映画の印象としては『真夜中のカーボーイ』の暗さをヴィム・ヴェンダース調でやってるような感じ。元気があるときに勉強という大義名分のもとにみるにはいいけど、テンション下がってる時にこれもみてなんも得るものがない(苦笑)。イギリス映画によくある、「てめーら勝手に腐ってろ」ムービーなのだ。

まるで『パリ、テキサス』の冒頭で砂漠をさまようアルヴィンのようにカリフォルニアの砂漠をさまようコリー(ジェイソン・パトリック)。彼は昔有能なボクサーだった。今やパンチドランカーになって、精神病院に入っていたが、そこから逃げ出したのだ。
立ち寄りった小さなバーでささいないざこざがあったが、そこにいた美しい未亡人フェイ(レイチェル・ウォード)に声をかけられ、夫のつかっていたバンガローを貸してくれるという。なにやら理由ありらしい。その夜フェイにダンスパーティーにさそわれたコリーは、アンクル・バド(ブルース・ダーン)という引退した警官の男に引き合わされる。

ここらあたりからさらに怪しい展開に。
コリーはバドから、富豪バンダーベンダー家の子供を誘拐する計画を持ちかけられる。フェイに忠告され、彼女のもとを去ったコリーは、初老の医師ゴールドマン(ジョージ・ディッカーソン)に拾われ、雑役夫として働き始めるが、再びフェイの家へ舞い戻ってしまう。コリーが戻ったことで誘拐計画は実行され、なんとか成功する。しかしふたをあけてみるとびっくり、誘拐した子供が糖尿病で瀕死の重体に陥ってしまう。

この映画はというのは、登場する人物はどこかトラブルをかかえており、そのなかで展開させる物語のなかで、誰かを信頼したいのに誰も信頼出来ないその不安感からのがれられないコリー。モラルとは、良心とはと問うている映画・・・ということになるのだろう。

先の子供をなとか重態から救ったことで、苦しみをともにしたフェイとは信頼関係ができたのかなと思い、セックスにいたるも、結局フェイは、バドの支配から逃れなれない女性で、最後はコリーをずどん! 哀れな最後だった。
by ssm2438 | 2011-04-29 07:34

ウェザーマン(2005) ☆

f0009381_123693.jpg監督:ゴア・ヴァービンスキー
脚本:スティーヴ・コンラッド
撮影:フェドン・パパマイケル
音楽:ハンス・ジマー/ジェームズ・S・レヴィン

出演:
ニコラス・ケイジ (デビット・スプリッツ)
マイケル・ケイン (デビットの父)
ホープ・デイビス (元妻・ノリーン)

        *        *        *

魂のリセット映画、痛みは沁みるが・・

脚本は『幸せのちから』スティーヴ・コンラッド。多分ダメだろうなって思ってみたらやっぱりダメだった。この人ダメ父ちゃん映画ばっかりだね。で、面白くないし。まあ、人生に夢も希望もないダメ人生をさんざん描いて感情移入は十分させるが、あまりにも心地よくない。途中でどれだけやめようと思ったことか・・。でもこの話をどうおわらせるんだ??ってちと興味があってなんとか最後まで早回しもせずに頑張ったが、結局リセットしただけだった。まあ、それが大事っていやあ大事なんだけど・・・それだけだと芸ないぞって思った(苦笑)。

<あらすじ>
人生のドツボにはまっている天気予報士のデビット・スプリッツ(ニコラス・ケイジ)はまだ髪がある。そんなデビッドの家族関係はぼろぼろ。家族とは離婚し、娘は肥満で総てにおいてやる気はない。息子はなんかのトラブルでカウンセリングに通ってるがそのカウンセラーはホモで、息子に気がある。再婚したいとおもっている元妻ノリーン(ホーム・デイビス)には既に別の男ができている。おまけに自分のことを常に気にかけてくれつ父(マイケル・ケイン)はガンの診断をされ余命いくばくもない。家族の気綱を取り戻そうと努力はするものの、常に裏目にしか出ない。そんななか、ニューヨークの局から仕事のオファーがあり面接にいくことになった。もしこの仕事が得られれば人生は変わるかもしれない。妻と子供を再び呼び戻してニューヨークで新しい生活が出来るかもしれない・・、そんな夢をみていた。しかし現実には、父は死に、妻は別の男と結婚し、子供たちはデビットのもとから離れていった。
唯一の救いは、息子にフェレをしようとしたカウンセラーを殴り倒して、父親の権威を息子にみせたことと、肥満の娘にお洒落な服を買ってあげて少しは美しくなる女性らしい喜びを与えてあげたことだけ。
そして父の最期の言葉として、「人生は糞だ。捨てるべき物は捨てろ」という教えを実践できそうになってきたこと。
by ssm2438 | 2011-04-28 01:23
f0009381_22354853.jpg監督:バート・レイノルズ
脚本:ジェラルド・ディペゴ
撮影:ウィリアム・A・フレイカー
音楽:スナッフ・ギャレット

出演:
バート・レイノルズ (シャーキー)
レイチェル・ウォード (ドミノ)

       *        *        *

ウィリアム・A・フレイカーのコントラストは絶品!!

話はあんまり大したこと80年代前半の刑事ドラマなんだけど、ウィリアム・A・フレイカーの真っ黒な背景がいいんだ。
先ごろはデジタル技術の進歩で、意地でも見せないときがすまないやからがおおいなかで、きちんと黒を黒として撮ってくれる撮影監督さん。しかし、ゴードン・ウィリスのようないってしまってる黒さではなく、ある程度節度をもって、エンタテーメントに画面を処理してくれる撮影監督さんだ。個人的は好きな撮影監督さんの人である。
この『シャーキーズ・マシーン』『ミスターグッドバーを探して』の画調に近いかな。かなり黒い(笑)。しかしそのあと撮った『天国から来たチャンピオン』ではハスケル・ウェクスラーの撮った『ウディ・ガスリーわが心のふるさと』みたいな白のにじみをふんだんに生かした綺麗が画面を、そしての『ウォーゲーム』では、赤や青ののネオン光をさんざんつかったエンタテーメントの画面を披露してくれた。のちに『スペースキャンプ』などもこの路線の照明の使い方だ。私の中では一番エンタテイナーな撮影監督さんという印象の人である。

監督はバート・レイノルズがみずから監督をつとめている。なんでこの映画で・・という疑問もある。それほど本人がこだわらなければならない物語の要でもないのだが・・・、どうしても自分で撮りたかったのだろうか? あるいは、誰もいないから仕方なくやるはめになったのだろうか???ただ、内容的にはそれほどこだわりをもって撮られた映画という印象は、正直受けなかったのだけど・・・。。

話の発端はこんなところだ。
麻薬課のシャーキー刑事(バート・レイノルズ)はドミノ(レイチェル・ウォード)という娼婦を監視するために向かいの建物に部屋をかり四六時中監視をつづける。その結果、彼女をあやつっているのはビクターという名の男(ヴィットリオ・ガスマン)であることが判明する。その部屋には盗聴マイクが仕込まれていてドミノと彼女に関係する男たちの会話が聞こえてくる。その様子も向のビルから覗き見ることが出来る。やがて彼女のアパートを殺し屋が襲い、ショットガンをぶっぱなすのが見えた。シャーキーは、ドミノのアパートに行き、そこで彼女に会う。殺されたのは、ドミノの友人ティファニーだったのだ。彼女を守るため、シャーキーは自分の家にドミノを連れてゆく。

この映画の楽しさは、レイチェル・ウォードとバート・レイノルズとのからみだろう。この映画の素晴らしいところは、主人公の刑事であるバート・レイノルズが、レイチェル・ウォードを抱きたいとう欲望をもっているところ。
ビクターの支配下から逃れなれないドミノは、悔しさを押し殺し、理性を殺すために涙を流しながらコカインを吸い、その男の求めに応じる。彼のまえでストリップをし、彼を欲情させたところで、その前にひさまづきフェラチオをする。それの会話を盗聴しているバートレイノルズ。屈辱感に打ちひしがれている彼女を哀れむのと同時に、あきらかに、その男に嫉妬し、その男に奉仕するドミノの欲望を覚えているバート・レイノルズ。この描写がいいんだ。
それを任務という言い訳で覆い隠しているバート・レイノルズが健気にも意地をはっている。抱きたいのに抱きたいといえない人間味のあるチキンさ、男として普通な感性。お互い反発しながら、レイチェル・ウォードは、バート・レイノルズの痛いところを着く。「あなたも私が抱きたいんでしょう」。
この映画の主人公は、あの悪役と同じ感情で、ドミノという女を抱きたいと思うのである。それは美しい愛とかではなく、いい女に対するただの欲望なのである。それがすばらしい。
これがダーティ・ハリーなんかだったらこういう正直な展開には決してならない。この点が、他の刑事ドラマとこの『シャーキーズ・マシーン』の根本的な違いであり、この映画が愛される理由だとおもう。数々ある刑事ドラマのなかで、映画の良し悪しは別にして、個人的にはかなり好きなほうの映画である。

物語自体は大しておもしろいわけではなく、最後のほうもまどろっこしく、もうちょっとかっこよくてもいいのにと思う後半のまとめ方だ。レイチェル・ウォードとバート・レイノルズの逃避行が終わったところで、この映画の楽しさは終わったといっていい。そのあとはどうでもいいや。。。
by ssm2438 | 2011-04-27 22:37 | W・A・フレイカー(1923)
f0009381_1943468.jpg監督:フレッド・ジンネマン
脚本:ロバート・ボルト
撮影:テッド・ムーア
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:
ポール・スコフィールド (トーマス・モア)
ロバート・ショウ (ヘンリー八世)

        *        *        *

それでも自分の信念を貫く男

この映画は政治家・弁護士の守護聖人として歴史に名を残したトーマス・モアの伝記映画である。官僚で最高位の大法官の地位にあったトーマス・モアだが、ヘンリー8世が離婚問題がおき、これを承認できないと信念を貫き通し、王への反逆罪にとわれ死刑になった。
常に信念を貫く男を描くフレッド・ジンネマン、作品のどこをとってもフレッド・ジンネマンの金太郎飴のような映画である。1966年のアカデミー賞(作品賞、主演男優賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、衣装デザイン賞)をとったこの作品、もちろん英国アカデミー賞もほぼ同様の賞をとっている。

『ジャッカルの日』『ジュリア』など、フレッド・ジンネマンは好きな監督さんなので、見せ方としては十分楽しめたのだが・・・、お話として面白いかと言われると・・・・どうなんだろう? 多分普通の人にはかなりしんどいと思う。正直な話、ジンネマン好きの私でも前半の1時間はつらかった。というか、最後の裁判になるまでつらかった。

ただ・・・、ほんとにこれが正しい生き方なのかどうかは、私的にはかなり疑問を感じる。私が思うに、人は、常に決断をしなければ行けない生き物だが、それは現実と理想の間でつねに揺れ動くものだ。そしてそれはその人の経験値による価値観で決定させる。そういう決断を迫られた時に「聖書にそう書いてあったから、こうだ」とか「そう決まっているからこうだ」っていうのは正しい答えなのだろうか? たしかに物理学的にそう決まっているもは受け入れるべき真実だが、宗教のように人間が作り上げた概念はその範疇に入らないと思う。
私が思うにこれは自分の価値観を放棄していることになるとおもうんだ。自分が真実を学ぶ時間が長かろうが、それは本人の価値観であるので、それを代表して語るのは自分の責任であり、それ以外のところから答えを持ってくるのは同なのだろうと思う。もちろん、自分が学んだ中に聖書があったとして、自分の人生とてらしあわせながら総合的に判断するのはいいと思うのだけど、自分の人生を放り出して、聖書に書いてあるから「これでいいんだ」って言うのは多分違うと思う。
この映画をみて思っていたのは、この下のフレビューに書いた田沼意次松平定信の政治理念の問題。私は松平定信の方向性が正しいとは思えないのだ。この映画をみててどうもここで描かれているトーマス・モアが松平定信に見えてしまって・・、あまり共感がもてなかった・・。人はモラルと現実との間で揺れ動くものであり、だからこそ人の世界に流動性があるのであり、どちらかにこち固まることが正しいとは思えなかったのだ。そんなわけで、映画の技術論から言えばまったく素晴らしい映画だと思うのだけど、どうも今ひとつ、どっか覚めた目でみてしまった映画だった。

もうひとつ、撮影は良かった。実にイングランドのいい感じの風景を画にしていた。撮影監督は私の大好きな『オルカ』テッド・ムーア。ほかにも『007/ロシアより愛をこめて』なんかもとってる。でお、個人的にはこの撮影監督さんの一番いのは『オルカ』だと思ってる。

<あらすじ>
1528年、英国。当時の王はヘンリー8世(ロバート・ショウ)は女王カテリーヌと離婚し、アン・ボーリンと結婚しようとしていた。英国はローマ・カソリックの国であったから、離婚にはローマ法王の許しを得なければならなかった。王の2度目の結婚を法王に弁護出来る者はサー・トマス・モア(ポール・スコフィールド)だけだった。
モアはハンプトン宮殿へ召喚され、枢機卿からヘンリー8世と女王の離婚を法王が承認するよう取りはからってくれと頼んだ。しかしモアはそれを拒否した。その1年後、トマス・モアは大法官となった。モアは王に忠誠を誓ったがローマ・カソリックの信者であるため、王の離婚には賛成しなかった。国王はローマ法王に対する忠誠を放棄し、自ら英国教会の主となる、と発表された。モアは大法官の地位を辞職した。やがて王はカテリーヌと離婚し、アン・ボーリンと結婚した。モアは逮捕され、ロンドン塔に閉じこめられた。反逆の罪で彼はウエストミン・ホールの裁判に引き出され死刑の宣告を受けた。
by ssm2438 | 2011-04-27 19:45 | フレッド・ジンネマン(1907)
f0009381_11194093.jpg監督:ロバート・フュースト
脚本:ジョン・メルソン/ジャン・アルティ
撮影:ベルナール・ダイレンコー
音楽:ジャン=ピエール・ストラ

出演:ヴァレリー・カプリスキー

       *        *        *

一番綺麗なカプリスキー映画。

しかし、ヴァレリー・カプリスキーを綺麗なおねーちゃんと見るかどうかは・・・・。この人は、側面ヌード美人なのである。不思議なくらい横からみると魅力的なのに、前や後ろからみるとなんかイマイチなんだよな。

お話はというとまったく面白くない。ちょお~~~~~退屈。おしげもなくみせてくれるのでエロさがない。『パトリシアの夏』『聖女アフロディーテ』かというくらい、ビーチでおネーちゃんのおっぱい見せる映画のなかでは最低の部類である(苦笑)。話だけなら下に書いた『私生活のない女』のほうが面白い。それほど面白くないのだが、だからといって、見る価値がないかといえばそうともいえない。カプリスキーの一番綺麗な頃の体が見られるのはこの映画であることは間違いない。

<あらすじ>
1914年、武器商人として富豪になりあがったハリー・レアード(ホルスト・ブッフホルツ)は、情婦ヴァレリー、美術家のマーク、気品溢れるシュザンヌ・スタンフォード夫人(キャプシーヌ)と彼女の姪ポリーン(ヴァレリー・カプリスキー)らを乗せてエーゲ海をヨットでクルージングしていた。船室にはマジクミラーが張られ、その部屋のなかで情事が行われていた。
やはりロシアに武器を輸出していたオロルフ男爵の島に降り立ったレアードは、ギリシア神話に登場するという完璧な美と官能の女神アフロディーテの話を、全員が古代ギリシアの扮装で三日三晩この島にいる間じゅう芝居しよういう。アフロディーテの生まれ変わりといわれる美しい処女クリシスにポリーンが選ばれ、エロティックな劇のキャラクターになりきった一行の乱行が始る。
集団セックスの輸舞に、ポリーンだけは性に溺れることを拒む。奴隷役の男はいつしか芝居を越えてポリーンを愛するようになり、この異常なパーティに彼女を参加させておくことに不安を覚えるようになる・・。

暇と金をもてあましてる貴族のコスチュームプレイの話でした。
by SSM2438 | 2011-04-26 11:22

私生活のない女(1984) ☆

f0009381_10334528.jpg監督:アンジェイ・ズラウスキー
脚本:アンジェイ・ズラウスキー/ドミニク・ガルニエ
撮影:サッシャ・ヴィエルニ
音楽:アラン・ウィスニアク

出演:ヴァレリー・カプリスキー (エテル)

       *        *        *

面白いところのない映画・・・

ソフィー・マルソーの旦那だと思ったら結婚はしてなかったみたいなアンジェイ・ズブラウスキーの初期のころの作品。ズブラウスキーは、ポーランド出身の監督さんで、アンジェイ・ワイダの助監督として仕事をしてたのだがのちのフランスに移住。そこから監督生活をはじめることになる。ただ・・・、個人的には合わないな。何撮っても面白くない。ありそうな理屈をこねただけの監督という印象が強く、つまらないフランス映画の=アンジェイ・ズブラウスキーという印象がある。
この映画もヴァレリー・カプリスキーのヌードだけを綺麗に撮ってればいいのに、よりにもよってテロリストをからめてくる。はあああ~~~ん????である。なんでこんなところで血なまぐさい展開が必要なのかそのわけを知りたいものだ? 
ズブラウスキーというのは、才能ないのに、頑張って才能ある振りをしてる監督さんなのだろう。

f0009381_10343213.jpg<あらすじ>
写真のヌードモデルをやりつつ、女優をめざしているエテル(ヴァレリー・カプリスキー)は、新人監督のリュカ・ケスリング(フランシス・ユステール)に注目され、ドストエフスキーの『悪霊』を脚色した新作のリサ役に抜擢される。そんな彼と知り合いらしい女性の死体が発見される。ケスリングに疑惑を抱いたエテルは、ホテルの調理場で働くミラン(ランベール・ウィルソン)という男を訪ねる。彼はチェコからの亡命者で、ケスリングにかくまわれているテロリスト。殺された女はミランの恋人だった。エテルはいつしか彼女の身代りを引き受けるがごとく、ミランと行動をともにするようになるが、それが映画のなかで演じる彼女の役どころとシンクロしていく・・という話。

才能のない監督さんのパフォーマンスという印象ばかりがのこる映画だった。

ヴァレリー・カプリスキーは、よく脱いでくれる女優さんという印象があるが、それほど好みではなく、体もそれほど綺麗だという印象も受けない。しかし、絶品なのはこの人の横からみたヌード。出るところはでて、引っ込むところはひっこんで、ふくよかな部分はふくよかで、実に絵になるのである。
ただ、残念なことに前からみるとどうも、ずどんという感じなのが残念。肩幅ひろいし、なのでスラッとしたモデル体系というわけにはいかない。骨盤とかもひろいし、こまったことに足をそれほど長くない。横から見ると外人さん体系なのだけど、前から見ると日本人の体系なのである(苦笑)。
でも、気前よく脱いでくれるのでついつい見てしまうのだけど(苦笑)。彼女みたさで観る人は、期待し過ぎにご用心。
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参考までに前からみた彼女。カメラのまえで裸でダンスをおどっているシーン。センスある撮影監督サンだったらスネのラインでフレーム切るよね。接地面までフレームにいれたら、足が短いのがモロバレだろう。もうちょっと女優さんを綺麗にとることを考えて欲しいなあ。
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by SSM2438 | 2011-04-26 10:37
f0009381_20594429.jpg監督:パトリス・ルコント
脚本:パトリス・ルコント/パトリック・ドゥヴォルフ
撮影:ドニ・ルノワール
音楽:マイケル・ナイマン

出演:
ミシェル・ブラン (イール氏)
サンドリーヌ・ボネール (アリス)

       *        *        *

一人の女に恋をしている自分に酔ってる主人公の映画。

前半はヒッチコックの『裏窓』を思わせるサスペンスタッチ、でも、根本は男の独りよがりの恋愛悲劇。実に男らしい(苦笑)。

思えばパトリス・ルコントが登場するまでのフランス映画はドツボだった。60年代の栄光はどこえやら。80年代のハリウッドが良質のエンタメ映画を提供してくれるのにたいして、フランス映画は冬の時代をむかえていた。やたらと哲学をしてる振りのくっだらない会話劇、見るものといえばソフィー・マルソーヴァレリー・カプリスキーのオッパイくらいだ。
そんなドツボの時代の末期に現れたフランス映画の救世主、それがパトリス・ルコント。それまでかっこつけただけでひたすらつまらないフランス映画のなかで、心のにしみる映画を提供してくれた。それも、みていて気持ちがいい。お話は悲劇になるケースがおおかもしれないが、主人公が実に自分の酔って、幸せというか、充実しているので、結果的に悲劇に終わってもさほどの暗さを感じない。自分の酔いきった、自己完結の幸せがそこにあるのだ。
この自己完結&自己陶酔こそがパトリス・ルコントのすばらしさ。彼の描く恋愛映画の主人公はほとんどヒロインの女の子に惚れない。彼女に惚れている自分の惚れているのだ。女にしてみれば失礼な話かもしれないが、結局のところ男の恋愛というのはそういうものである。男は女のために恋愛しない。男はひたすら自分のために恋愛をするのである。

多分女からみれば、これは根暗な男の想い込み映画でしかなく、ほとんど燃える要素はないと思う。きっとこんな男には惚れないだろうし、もし惚れたとしても、精神的に安定をあたえてくれるといういあれです「いい人」君で終わってしまう。そんな映画をロマンチックにもりあげてくれるのが、マイケル・ナイマン。この人の音楽はでしゃばりすぎず、なおかつ官能的でいいですな・・。

そしてもうひとつ、この映画けっこう望遠で撮っている。もっとも、アパートの窓から隣の1階下のフロアのお姉ーちゃんの部屋をのぞいているのだがら望遠で撮るしかないのだけど、そうでないところもきわめて望遠レンズの力が如実にでてます。というか、小さい絵を嫌っている。ボーリング場なのどの描写でもよれるところまでズームで寄って撮っている。望遠好きの私でも、もうちょっとはなれろよって思うろころが数々あるくらい、望遠レンズ映画。
その方面で勉強するにはいい題材です。

<あらすじ>
中庭をはさんだ向かいに住む美しいアリス(サンドリーヌ・ボネール)の生活を、夜毎、電気もつけずにただ眺めることに幸せを感じる仕立て屋イール(ミシェル・ブラン)。そんな彼を刑事が尋ねてくる。イールは以前強制わいせつ罪で捕まったことがあり、近所でおきた殺人事件の容疑者の一人として考えられていたからだ。
しかし真犯人はアリスだった。
アリスの部屋に時々婚約者のエミール(リュック・テュイリエ) がその男をころし、アリスが処分を手伝った。そんなアリスが在る時、自分をみているイールの存在に気づいてしまう。最初ショックを受けるアリスだが、その男は死体を処理する現場をみているかどうか確かめなければならない。
そう、イールはそれも見ていた。知っていたが警察には黙っていた。初めはエミールを守るためにイールに接近したアリスだったが、徐々に彼の愛に心が揺れていく。
イールはアリスに一緒にスイスに逃げようと持ちかけるが、逆に裏切られ、濡れ衣を着せられる。しかし、イールがアリスと国外脱出する旨を語った手紙を前もって刑事に送っていたため、真相は暴かれることになる。

まったく・・・、こんな女になぜ惚れる。惚れる価値があるのか?っと思うかもしれないが、男はそういう生き物なのである。デイジーに惚れるギャッツビーのようなものだ。
by ssm2438 | 2011-04-25 21:00 | パトリス・ルコント(1947)
f0009381_11201353.jpg監督:ケリー・コンラン
脚本:ケリー・コンラン
撮影:エリック・アドキンス
音楽:エドワード・シェアマー

出演:
ジュード・ロウ (スカイキャプテン=ジョー・サリバン)
グウィネス・パルトロー (ポリー・パーキンス)
アンジェリーナ・ジョリー (フランキー・クック)

       *        *        *

くそ、クソ、糞!

レトロフューチャーの冒険活劇モノ。
ブルーバックで人間は演技して、背景をCGでつくって合成するつくりで作った映画なれど、画角をコントロールする発想がないCG業界の絵心のかけらもない糞ども背景つくってるのでどの画面も全部糞。
きちんと撮影して効果的にCG使えばかなり楽しいありきたりの冒険活劇映画になっていたのに・・。才能ない人間がこの手法でつくると映画として糞にしかならないという、日本で言うなら『デビルマン』か『キャシャーン』かっていうくら、才能のさながいっぱいつまってる映画。

<あらすじ>
1939年、ニューヨーク万国博覧会の年、世界中の大都市に奇妙な巨大ロボット軍団が飛来し、人間を襲い始めたのだ。科学者連続失踪事件を追っていたNYクロニクル紙の敏腕新聞記者ポリー・パーキンス(グウィネス・パルトロウ)は、もと恋人の空軍のエースパイロット、スカイキャプテンことジョー・サリヴァン(ジュード・ロウ)とともに、この事件の首謀者、トーテンコフ博士の企てたノアの箱舟&地球滅亡計画を暴き、世界の平和を取り戻すのだった。
by ssm2438 | 2011-04-24 11:29