西澤 晋 の 映画日記

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2011年 05月 18日

トレマーズ(1989) ☆☆☆

f0009381_14361759.jpg監督:ロン・アンダーウッド
脚本:S・S・ウィルソン/ブレント・マドック
撮影:アレクサンダー・グラジンスキー
音楽:アーネスト・トルースト

出演:
ケヴィン・ベーコン (ヴァル・マッキー)
フレッド・ウォード (アール・バセット)
フィン・カーター (ロンダ・ルベック)

        *        *        *

地上のジョーズはB級なれど、これがなかなか面白い。

当時はモンスターパニック物がもてはやされた時代がそろそろ去ろうかという中、B級テイストで、スマッシュヒットな映画として連tなるデもてはやされた映画のひとつ。多分劇場ではそれほどうけなかったのではないだろうか。いかにもB級なのでみなさんそれほど本気にはとらなかったのだけど、ビデオでお手軽に借りられるようになると、だんだんと人気がでていった作品。
当時私もビデオで見たのが、あんまり興味もなかったので下調べもしてなかった。そんなわけで、てっきり放射能汚染かなんかで巨大化したモグラかなって思ってたら全然架空の生物だった。

全編とおしてB級ののりはぷんぷんするのだが、人間とモンスターとのやり取りが、どこか子供じみていて、それが、子供のころの遊びを思い出させてくれた。当時は普通の鬼ごっこだとつまらなかったので、地面のおりたら負け!というルールのもとに学校の校庭で鬼ごっこ。結局校庭のまわりにブロックベイやらジャングルジムやらのアイテムを使いつつ逃げるのだが、これがなかなか面白い。あの感覚を思い押させてもらった。

制作には『ターミネーター』のプロデューサー、ゲイル・アン・ハード(もとジェームス・キャメロンの奥さん)。さすがにこういったB級テイストを方しにしていくのは上手い(笑)。

<あらすじ>
ネバダ州の小さな町で町の人々が次々と不審な死を遂げるという事件が起きる。やがてヴァル(ケヴィン・ベーコン)たちは、その原因が巨大な地底生物の仕業であることを知るが、その頃町は、電話が不通となり、道路も寸断されるなど、すっかり陸の孤島と化してしまった。その地底生物に襲われたヴァルとアール(フレッド・ウォード)は、それを退治するが、地震学を研究している大学院生のロンダ・ル・ベック(フィン・カーター)からまだ3匹いると教えられる。町外れには武器マニアの夫婦がいて大量に武器を保有してたりして、とりあえず戦うすべは用意していある。常に家の屋根にのぼるとか、固い岩盤の上にあがるとかして、地面から離れていなければならない非自由さが実にたのしい。移動手段は鋼鉄の塊ブルドーザー。

ちなみにこのモンスター、グラボイドという名がついているらしい。
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by ssm2438 | 2011-05-18 14:45
2011年 05月 16日

ワイルド・チェンジ(1989) ☆☆☆☆

f0009381_0401853.jpg監督:ジョン・G・アヴィルドセン
脚本:マイケル・シファー
撮影:ヴィクター・ハマー
音楽:ビル・コンティ

出演:
モーガン・フリーマン (クラーク校長)
ビヴァリー・トッド(レヴィアス先生)
ロバート・ギローム (フランク・ネピアー医師)
アラン・ノース (ドン・ボットマン市長)
リン・シグペン (レオーナ・バレット)

        *        *        *

この強引な実行性をみよ!怒涛の校長先生クレージー・ジョー、そこまで頑張るか!!

時代は『いつも心に太陽を』をもっていた1960年代ではない。校内には麻薬もアリ、ナイフもある。もう過激に戦わなければ学校荒廃は浄化できない。そんな荒れ果てた学校に赴任してたとことん実行派の過激な校長モーガン・フリーマン。こちらの校長は、荒れてどうしようもなくなった連中はとりあず締め出す。で、不良学生やその仲間が学校にはいってこないように、校舎の周りには鍵をかける。子供を指導するにはまず、教師からと、教師のプライドも考えずに、出来ない、やる気のない、教師にはとことん厳しく罰を与える。本当に目的のために、何かを実行していくとこはこういうことだ!!と実践していく。もちろんこんなことやってたらついて粉人も多いし反感も買う。でも、やりぬく。生徒も教師もみんな敵状態。それでもやり抜く。

これほどの強引は行動力は果たしていいものなのか? 確かにこれだけ荒廃した状況のなかでは仕方ないのだろうと思ってしまう。この映画は、生徒や教師をにやる気にさせるというよりも、無理やりにでもやらせる環境を作っていくのだ。たぶん、温和な教育者にとってみればかなり反感を持つに値する校長だとおもう。
それは判っていても、やっぱりやってしまうこの校長がすばらしい。結局何かを変えようと思ったら矢面に立たないと話しにならない。誰にも嫌われないことを優先事項にしていては何も出来ないのだ。

・・・これだけ、やり抜くことを実践してくれた映画はそうないだろう。すばらしい。

監督は『ロッキー』『ベストキッド』ジョン・G・アヴィルドセン。音楽も『ロッキー』の時おせわになったビル・コンティだ。

<あらすじ>
かつて名門だったニュージャージー州のイーストサイド高校、今では荒廃しきってしまったこの高校に、かつてこの高校で教壇になった熱血教師ジョー・クラーク(モーガン・フリーマン)が校長として20年ぶりに戻ってくる。かつての名声は見るかげもなくただただ、荒廃しきったその高校。着任早々彼は、麻薬常習者など更生不可能な生徒を放校処分にし、仲間の不良分子が校内にはいって授業を邪魔させないように鎖で門をしめきった。“クレージー・ジョー”の呼び名通りの荒治療を開始。クラークは、市の教育委員会から、その高校の学力レベルを1年のうちに、一般的な最低限度のレベルまで引き上げる使命を背負わされていた。
クラークは恐ろしいほどに厳格で厳しく、それは、生徒にたいするだけでなく、教師に対してもそういう態度をとった。この高圧的な姿勢は多くの保護者や市の教育委員会、そして学校職員や教師たちからも反感をかった。
そんな四面楚歌の状態のクラークに、一人の女性教師が
「あなたはいつもがなれいたててるばかり。それでは教師たちも着いてこなくなります。もっと私たちを信頼してください。いい学校にしたいと思っているのはあなただけではないのです」
そんな言葉に、強引なクラークの態度もすこしづつ軟化していった。それまで一人で戦っていた感のあるクラークをみんながサポートしていく。
その甲斐あって、生徒たちの成績は少しづつ向上し、校内の風紀も著しく改善されていった。
しかし、教育委員会の判断は、クラークのやり方はあまりに強引過ぎるという見解であり、解任の決定が今にもくだされようとしてた。それを知った生徒たちが、市庁舎におしよせてくる。「ここは一つ冷静な判断をしてくれ」とおさめるクラークのもとに、学力テストの結果が届けられた。
生徒たちも、成し遂げた!
教育委員会は、クラークの解任を撤回するしかなかった。

by ssm2438 | 2011-05-16 00:40
2011年 05月 15日

ポルノグラフィックな関係(1999) ☆☆

f0009381_21121676.jpg監督:フレデリック・フォンテーヌ
脚本:フィリップ・ブラスバン
撮影:ヴィルジニー・サン=マルタン

出演:
ナタリー・バイ (Elle)
セルジ・ロペス (Lui)

脱日常をめざした、ちょっとした大人の冒険ロマン・・・かな?

主人公の女性は、我麗しのナタリー・バイ。といっても、彼女を知ってる人はあんまりいないと思うが・・。
彼女をはじめてみたのはフランソワ・トリュフォー『映画に愛をこめて・アメリカの夜』を見たとき。トリュフォー演じる監督補佐についているジョエルという女性がナタリー・バイでした。この人のさっぱりしてキビキビした態度が実に好きで、本人の性格はいざ知らず、もうナタリー・バイ=ジョエルという勝手な等式ができあがっていました。在りそうな女性の理想形は彼女でしたね。
その後、ロバート・ワイズ『ふたり』という映画にちょい役ででていたのを発見。この映画はリンゼイ・ワグナー見たさにみただけど、彼女の相手役のピーター・フォンダがリンゼイ・ワグナーに相手にされず、パリの街を一晩うろつく時にはいったバーで、なんとなく声をかけてきた見せの客Aが彼女。その後、リンゼイ・ワグナーが現れてピーター・フォンダはそそくさと彼女をふっていっちゃうというかなりの端役なのですが、私にはとってもインパクトありました(笑)。
実はさらに大昔みた、『ゴダールの探偵』にも出てたのだけど、ほとんど記憶にない。私の嫌いなゴダールなので、途中で集中力切らしたのだと思う。
最近では『緑色の部屋』『夏に抱かれて』を鑑賞。『緑色の部屋』はとっても良かった。VHSでしか見られない映画ですが、トリュフォーの中では『アメリカの夜』と『緑色の部屋』が東西の横綱ですね。『夏に抱かれて』も私の好きな監督のロベール・アンリコ作品。アンリコの作品は見やすいのだけど、この映画は・・・・・・映画自体があまり面白くなかったかな。きっと誰がとっても面白い作品にはならないタイプの映画でした。

f0009381_21225696.jpgそんなナタリー・バイが、40代最後の歳にとったのがこの映画。
普通のおばさんが、人生のなかで一度はときめかないと・・と思い立ち、雑誌に広告をのせる。名も明かさない、職業もきかない、そんな男とセックスをするカンケイを持ちたい・・というもの。
先ごろ公開された『抱きたいカンケイ』での、セックスフレンドから始まるカンケイを描いていたのだが、あれはお互いにある程度意識があるところから始まった関係。しかし、こちらの場合は相手のことなど全然知らず、恋愛対象になるかどうかも分らないけど、とりあえずセックスから始めた関係。
彼女にしてみればなにからなにまでどきどきどきどき。そんな広告に応募してくる男がマトモなのかどうかも分らない。どきどきどきどきどきどき・・・。でも、喫茶店で待ち合わせた男はけっこう普通でマトモそうな男。しかし、相手は自分より年下、多分40代前半。そんな男は自分みたいなおばさんで「いい!」って言ってくれるのだろうか・・・どきどきどきどきどきどきどき。「私でほんとにいいの?」って自信なさげに聞くというか、ダメっていわれてもそのときはさばさばとしていようと既に決意していたようにたずねるナタリー・バイがかわいい。
ホテルに入るときの人目がきになりどきどきどきどき。
ホテルのルームサービスのおばちゃんとすれちがうとどきどきどきどきどき。
二人で部屋に入って、何処に座ろうかどきどきどきどき。
自分から脱ぐのがいいのかしら、それとも脱がしてもらうべきなのかしらとどきどきどきどき。
内面的にはかなりどきどきどきどきなのを表面的にはさばさばしようと意識してやってる芝居が素敵。

タイトルがそんなタイトルなんで勘違いしそうなのだけど、実は普通のおばさんがアバンチュールに挑んだ等身大のささやかな冒険モノ。
そんなことで始まった二人の関係だが、やってみると二人でホテルにいる時間は実に和やかで楽しい。ベットで一緒に抱き合って眠るのも素敵だし、一緒にお風呂に入るのも素敵。そんな時間を過ごしていると相手がだれなのか・・つけてみたくなったりする。とたんに現実が押し寄せてくる。最終的には別れる二人なのだが、ささやかな大人の夢を具現化したような映画だった。
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by ssm2438 | 2011-05-15 21:12
2011年 05月 15日

美女&野獣(2009) ☆☆

f0009381_9514870.jpg監督:デヴィッド・リスター
脚本:ギャヴィン・スコット
撮影:ニーノ・マルティネッティ

出演:エステラ・ウォーレン (ベル)

       *        *        *

エステラ・ウォーレンの乳房をむりやり中央に寄せるコスチュームがすばらしい!

『美女野獣』ではなく、『美女野獣』なのがみそ(苦笑)。

何度も映画化され、ディズニーのアニメがもっとも有名なのではないかと思われるこの題材を、エステラ・ウォーレン(←彼女の写真をあつめてるサイトのひとつ)を主役に、アクションファンタジーとしてつくられたのがテレビ映画。なので予算もなく、CGもしょぼい。はっきりいってできばえは☆ひとつなのだが、エステラ・ウォーレンがかわいいというだけで、見る気になってしまうけしからん映画(苦笑)。

その昔、ある女性に恋していた王子だが、彼女の正体が魔女だと判ると決別、別の女性と結婚し王位を継いだ。その魔女は嫉妬に狂い、魔法で生まれた子を野獣の姿に変えてしまう。そして王妃は出産のさいに死亡。絶望した王は生まれた醜い子供を処分するように従士のひとりオットー(トニー・べレット)に頼む。しかしオットーは彼を殺すことが出来ず、人里はなれた山のなかでひそかに育てていた。そんな彼が成長してベル(エステラ・ウォーレン)と出会う。彼女の愛に支えら、次期王位を狙う悪代官ルドルフ(レット・ガイルズ)と魔女(ヴァネッサ・グレイ)を倒し、王位に着く。

王国といってもほとんど村であり、予算のカンケイでそうなってしまったのだろうが、そこは妙にリアリティを感じた。ただ、こういうものはどうしてもマトモに石で作られたお城とか、石詰めの街並とかないと、どうしてもそれらしい雰囲気にはならないものだ(苦笑)。
野獣のデザインもただ醜いだけでディズニーアニメのあのビーストを見てるとどうしてもインパクトが弱い。ただ残虐描写はそこそこがんばっており、けっこうクビをはねられている魔女が描かれていた、魔女の操る怪物にクビを噛み切られる男の描写など、とりあえず普通に描かれている。ただ、CGがしょぼいのでただただチープにみえるのだけど(苦笑)。
しかし、それよりもなりにより、エステラ・ウォーレンがいい。

エステラ・オーレンは、子供の頃はシンクロ・ナイズド・スイミングをはじめ、17歳でカナダのチャンピオンになったのをかわきりに、通算3回のカナダチャンピオンになる。その後モデルとして活躍、『ドリヴン』や『PLANET OF THE APES/猿の惑星』に出演。ただ、映画のなかでの彼女の立場は添え物的な扱いであり、かなり残念は役柄だったことは間違いない。しかし、彼女の美貌と存在感はやはり圧倒的なものがあり、彼女が画面に出ているだけでついつい見てしまう。この映画では、ショートスカートから長い足をだして、旨の谷間を強調されたコスチュームで画面いっぱい動いてくれます。そう、ディズニーの映画のベルとは違い、アクション系のヒロインとして描かれているのです。ただ・・・、残念なことに撮り方があまりに悲惨でかっこ悪く、見栄えがする画面にはなってないのが残念。なかなか作品・監督さんに恵まれないエステラ嬢です。

by ssm2438 | 2011-05-15 09:56
2011年 05月 14日

フィーリング・ラブ(1978) ☆☆

f0009381_125717.jpg監督:ルッジェロ・デオダート
脚本:ロベルト・ガンドゥス/ルッジェロ・デオダート
撮影:クラウディオ・チリロ
音楽:ウバルド・コンティニエッロ

出演:
カルロ・ルーポ (ディエゴ)
マービ・ビルジリ (クラウディア)
ルイジ・リベルティ (水泳のコーチ・マルコ)

        *        *        *

70年代後半にはやたらと不治の病ものが流行ったものだ。『ある愛の詩』にはじまり、『ラスト・コンサート』『エリックの青春』『ジョーイ』‥。イタリア発の不治の病モノといえばこれ『フィーリング・ラブ』。これは水泳選手の才能が開花したとおもったら、不治の病で死んじゃって話。若き日の私はこの映画を劇場でみてる。青春時代にみた映画というのは、その映画の良し悪しにかかわらず、やたらと印象に残っているものだ。

最後死んじゃうストーリーは、日本だと死に際を描きたがるのだけど、洋物の映画だと意外とそういう描き方はしないもの。死ぬと判った人間の生き様をさわやかに描いて、死にいたるところは見せないのが多いと思う。これ死んじゃったほうかな。日本人とイタリア人は人情気質は近いのかもしれない。

<あらすじ>
何を目的にして生きたらいいのかわからない14歳のディエゴ(カルロ・ルーポ)は、ある日、スイミング・クラブのコーチ、マルコ(ルイジ・リベルティ)に出会う。彼のはからいで清掃係の助手として働けるようになるが、夜中、ディエゴは誰もいないプールで泳いでみる。そんなディエゴに感化されたマルコは彼を指導するようになる。ディエゴの秘められた才能はぐんぐん伸びていった。
一方マルコの妹でチェロリストを目ざす可憐な少女クラウディア(マービ・ビルジリ)との間に愛が芽生えはじめる。しかし、アムステルダムで開催されるヨーロッパ・ジュニア選手権のイタリア代表を決定する大会日でのことだった。選手権を獲得した喜びの瞬間彼は目まいに襲われる。
彼は不治の病だった。医師は水泳をやめるように勧告するがディエゴは聞き入れなかった。マルコとクラウディアの優しさに守られてディエゴはトレーニングを続けた。いよいよ選手権大会の日、応援の大歓声の中、ディエゴはスタート台にたった。前半でリードするディエゴだったが、後半から失速していく。他の選手からは大幅におくれ、溺れそうになりながら泳ぐディエゴ。レースをフィニッシュしてい丘に上がった選手が助けに飛び込もうとするがマルコは待ったをかける、「最後まで泳がせれやれ」。ディエゴの健康状態ををしったアナウンサーが場内にその旨を語る。会場のみんながディエゴの泳ぎをみまもるなか、彼は泳ぎきった。

by ssm2438 | 2011-05-14 01:28
2011年 05月 09日

ビバリーヒルズ・コップ(1984) ☆☆☆

f0009381_23575475.jpg監督:マーティン・ブレスト
脚本:ダニエル・ペトリ・Jr
撮影:ブルース・サーティース
音楽:ハロルド・フォルターメイヤー

出演:
エディ・マーフィ (アクセル・フォーリー)
リサ・アイルバッハー (ジェニー・サマーズ)
ジャッジ・ラインホルド (ウィリアム・ローズウッド)
ジョン・アシュトン (ジョン・タガート)

        *        *        *

デトロイト市警の若手刑事アクセル(エディ・マーフィー)が場違いなビバリーヒルズにやって来て、殺人事件の捜査をする。規則に忠実で洗練された地元(ビバリーヒルズ警察)の刑事達と衝突しつつも巨悪に迫る異文化交流刑事ドラマ。ハート・ウォーミング系のマーティン・ブレストが撮ったこの映画、これが意外と楽しいんだ。マーティン・プレスとといえば、近年では『ジョー・ブラックをよろしく』とか『セント・オブ・ウーマン』『ミッドナイト・ラン』など、ハートフル系が上手い。そのなかでもこの映画は刑事ドラマにハート・ウォーミングをからめたアクション映画であり、『ミッドナイト・ラン』ちっくなテイスト。

<あらすじ>
幼な友だちのマイキーを殺されたデトロイト市警の熱血刑事アクセル・フォーリー(エディ・マーフィ)は、休暇願いを出し、単独捜査に乗り出した。彼が降り立ったのは西海岸のカリフォルニア。それもリッチピープルの住む町ビバリーヒルズである。
フォーリーはマイキーの雇い主で大実業家のメイトランド(スティーヴン・バーコフ)に目をつけた。メイトランドに会いに行くが、ガードマンに放り出され不法侵入罪で捕まるフォーリー。身分が明らかになり、釈放されたフォーリーが再び調査を開始しようとするが、タガート (ジョン・アシュトン)とローズウッド(ジャッジ・ラインホールド)の2人の刑事に行動を見張られるている。やがて、フォーリーはメイトランドが麻薬の密輸にからんでいることを掴み、大量のコカインを発見。しかし敵に見つかってしまい危機一髪。そんな時、ローズウッドに助けられ、逃げようとするメイトランドにアクセルの銃口が火を吹いた。事件は無事解決で、アクセルはホテルのガウンとバスタオルを失敬してビバリーヒルズを後にするのだった。

by ssm2438 | 2011-05-09 23:57
2011年 05月 09日

みじかくも美しく燃え(1967) ☆☆☆

f0009381_1745970.jpg監督:ボー・ウィデルベルイ
製作:ヴァルデマール・ベリエンダール
脚本:ボー・ウィデルベルイ
撮影:ヨルゲン・ペルソン

出演:
ピア・デゲルマルク (エルヴィラ・マディガン)
トミー・ベルグレン (スパーレ中尉)

        *        *        *

憧れに酔いきって、現実から切り離されてしまった男女の話

雰囲気が美しい映画。映像的にめちゃめちゃすばらしい撮り方をしているというわけではないのだが、黄金色そた草原に金髪をなびかせたピア・デゲルマルクがいるだけで絵になってしまう。これは誰がどうとっても(あほな広角レンズさえ使わなければ)美しい絵になる映画。いろんな意味で、「美しさ」に☆ひとつおまけ。

お話的にはかなりシンプルなストーリー、サーカスの綱渡りの芸人ピア・デゲルマルクにほれてしまった軍人さんが、妻も家庭も捨てて二人で逃避行。軍の友人が現われ、残された妻や子供の悲しみを語り、男の行為を責めるが、彼にとっては彼女はすべてのものに勝る価値観のもの。「もう好きなんだから仕方ないじゃないか」理論をまともに実行してしまい、そのままゴールまで突っ走るしかない。二人は逃走の旅を続ける。結局お金がなくなり、逃亡兵なので職にも就けない。
恐ろしいまでに「憧れ」が理性をねじふせ、没落へのみちのりをころげおちるような映画。普通ならお金がなくなると二人が自然といがみあってきたりするものだが、この映画はそれもない。しかしストーリーの流れは現実離れしているわけでもない。逃亡生活のみすぼらしさはきわめて現実的であり、住む家もなく、最後は野宿生活。最後は美しく身だしなみをととのえて楽しいピクニック、そしてズドン。ズドンと森に響きわたる銃声2発。

f0009381_1765076.jpg物語自体は「憧れ」に覚えれ現実逃避するお話で、あんまり個人的には肯定できないのだが、やはり逃亡中の森の中で選択ひもをさりげなく綱渡りの感覚を確かめているところは実にすばらしい。技をやってみることで、現実の悲惨な状況を認識しないためなのか、それとも。いつか現実に戻った時にまだやれるように、体をうごかしてみたのか・・、どちらの解釈もあるだろう。ただ、こういうシーンを差し込んでくれることがおしゃれでにくい。
死ぬ間際のピクニックも美しい。

監督は『刑事マルティン・ベック』ボー・ウィデルベルイ。ゲリラ的小手先の演出はしない、きわめて王道の演出をする人といえば、聞こえがいいが、胆に地味ともいえなくはない(苦笑)。ただ、いやらしさもなく、観客に媚もうらず、現実的な見せ方で、まるでファンタジーのようなお話を映像化しているので、個人的にはす好きなほうだ。

by ssm2438 | 2011-05-09 16:42
2011年 05月 08日

デンジャラス・マインド/卒業の日まで(1995) ☆

f0009381_2255315.jpg監督:ジョン・N・スミス
脚本:ロナルド・バス
撮影:ピエール・レタール
音楽:ウェンディ&リサ

出演:ミシェル・ファイファー (ルアン)

       *        *        *

ここには私が見たかったミシェル・ファイファーはいなかった。

これをそのまま受け取るとアメリカの高校生は頭悪い子ばっかりか!?て思えるくらい単純。キャンディもらって更正するグレた高校生なんて日本にはいないぞ。

もと海兵隊員だった新任教師のルアン(ミシェル・ファイファー)がノースキャロライナのバーモント高校に赴任してくる。受け持ったクラスはスラム街でそ育った問題児ばかり。なめられてはいかんと海兵隊で覚えた空手を教えるが教育委員会からNG。ダメダメ生徒たちが勉強に興味を持つよう、問題に正解したらキャンディのご褒美、課題の詩を読みこなせば遊園地に招待・・とどこの小学生相手にしてるのかと思うような教育。
一応これは高校の話である。
クラスのなかの悪がきエミリオ(ウェイド・ドミンゲス)とメキシコ系の少年ラウル(レナリー・サンティアゴ)が派手なケンカ騒ぎを起こし、エミリオは留置され、ラウルは3日間の停学。物語はこのルアン起点に徐々にクラスが良くなっていく。しかし、クラスでも優秀なキャリー(ブルックリン・ハリス)が妊娠のため転校を迫られエミリオが恋のもつれから撃たれて死ぬ。大きな衝撃を受けたルアンは、学校を去ることを決意するが、生徒達に求められて残ることにする。

表紙のミシェル・ファイファーはなんだかごつそうでイケイケガッツンなキャラクターに見えるけど、映画のなかではそんなんではありません。ミスキャストもいいところだ。もうちょっと骨太キャラを演じられる人にしたほうがよかったと思うのだけど。『デンジャラス・ビューティ』サンドラ・ブロック希望です。

制作がジェリー・ブラッカーマーなので、ベタな展開になるのは仕方がないが、それにしてもあまりにシンプル。ここまで安易に更正されると正直ばかばかしくなってきてしまう。

ダメクラスを扱う先生モノというのは古くからシドニー・ポワチエを主演にした『いつも心に太陽を』とか、ペニー・マーシャルが監督した『勇気あるもの』、一番アグレッシブなのはモーガン・フリーマン主演でジョン・G・アビルドセンが監督した『ワイルドチェンジ』などがある。それらと比べてもこの『デンジャラス・マインド』はかなり幼稚な構成にみえる。『二十四の瞳』『金八先生』『スクールウォーズ』でそだってきた日本人には、あまりに安直に見えるんじゃないだろうか・・・。

ただ、日本の先生映画と、アメリカの先生映画の違いは、内科先生の日本と外科先生のアメリカというい、かなりはっきりとした違いを感じる。『いつも心に太陽を』などをみても、内側の問題は仕方がないけど、社会人として大きくなるんだったら、外見、立ち振る舞いだけは紳士淑女でいないさよ・・みたいな精神だった。内側の問題を外から直すのである。日本の先生映画はこの反対で、外見的な問題を内側ケアすることによって治していくのである。

by ssm2438 | 2011-05-08 22:07
2011年 05月 06日

ホテル・ニューハンプシャー(1984) ☆☆☆☆

f0009381_10312213.jpg監督:トニー・リチャードソン
原作:ジョン・アーヴィング
脚本:トニー・リチャードソン
撮影:デヴィッド・ワトキン
音楽:レイモンド・レポート

出演:
ボー・ブリッジス (ウィン・ベリー)
ロブ・ロウ (ジョン・ベリー)
ジョディ・フォスター (フラニー・ベリー)
ナスターシャ・キンスキー (スージー・ザ・ベア)

        *        *        *

不幸との格闘技、それが人生だ!

めちゃくちゃ好きというわけではないが、ジョン・アーヴィングの小説で映画になったものは不思議と全部みている。そのなかで一番好きなのがこれ。アーヴィング原作の映画というのは子宮の臭いがするのだが、これはそれほどしない。一番さらっとしてる。そのさらさら感が好きなのか・・・な?

アーヴィングの映画のもうひとつの特徴はポジティブなスピリットだろう。
私は、アーヴィングの映画は「悲しみのリセット映画」だと思っている。人は誰でも悲しいことのない人生なんておくれるはずもない。何処かしらになにか悲しみがある。それに同対処するのか・・というのがその人のもつドラマになってい来る。
人がなぜ悲しむのだろう・・?って考えると、きっとその人は悲しみたいから悲しんでいるのである。アーヴィングの映画をみるといつもそう感じる。つまりそれは、自分が失ったものがとても大事なものなんだ・・という見意識のアピールだと思う。人間の心というものは、傷ついても、時間をかければ徐々にリセットできてしまうのである。あとになって「今はこんなにリセットできてるのに、なぜ、あの時あんなに悲しんだのだろう?」と考えてみると、先の答え「人はその時悲しみたかったから、悲しんだのだ」って答えにもどってくる。
アーヴィングの映画をみてると、<悲しみたいから悲しんでいる人>と、<どうせ未来になったらリセットできてるのだから、だったら今やってしまおうという人>と、二種類出てくるような気がする。特にこの映画はそのリセット力の強い人たちが出ていると思う。というか、ほとんどみんながそうだ。それがアーヴィングの映画の前向きな姿勢につながってくるのだと思う。

つい最近見た『ドア・イン・ザ・フロア』では、<悲しみたいから悲しんでいる人>と、<どうせ未来になったらリセットできてるのだから、だったら今やってしまおうという人>とを、子供を亡くした母、キム・ベイシンガーと父、ジェフ・ブリッジズで演じ別けてる。こういう映画のほうがドラマ的にはコントラストがついていいのかもしれない。しかしこの『ホテル・ニューハンプシャー』では、悲しみに対してスポーツマン精神で戦っているような雰囲気さえ感じる。

「悲しみよ、来たけりゃいくらでも来い! 
 片っ端から忘れていってやる、さあかかってこい! さあっ!!」

・・・みたいな。
ちなみに、『ドア・イン・ザ・フロア』ではポジティブ父ちゃんをジェフ・ブリッジズが演じていたが、この『ホテル・ニューハンプシャー』ではその兄・ボー・ブリッジズが演じている。どちらもとてもいいキャラだが、この映画の父ちゃんが素晴らしい。大好きなキャラクターだ。彼のポジティブさが、暗くなっても仕方がないようなこの映画を、“人生そんなに悪くないかも・・”って思わせてくれているのだろう。

<あらすじ>
学生時代にアルバイトをしていたホテルでは曲芸をする熊を飼っていたことから、ウィン・ベリー(ボー・ブリッジス)もいつか熊のいるホテルを経営したいと思っていた。彼はメアリー(リサ・べインズ)と結婚し、メアリーの母校である女学校を買いとって改造された「ホテル・ニューハンプシャー」でホテル経営をはじめる。
子供たちは、このホテルで成長していく。同性愛者の長男フランク(ボール・マクレーン)、しっかり者の長女フラニー(ジョディ・フォスター)、姉を愛する次男のジョン(ロブ・ロウ)、成長のとまった文学少女の次女リリー(ジェニー・ダンダス)、そして耳の不自由な三男エッグ(セス・グリーン)。
フラニーの憧れをいだいていたダブ (マシュー・モディン)は、フラニーのことを想うジョンをからかい、いじめる。そんなジョンをかばうフラニーは、タブとその仲間にレイプされてしまう。はじめは順調だったホテル経営も祖父の急死の頃から傾き始める。ウィーンで第二の「ホテル・ニューハンプシャー」をはじめることにするが、メアリーとエッグが途中飛行機事故で死亡。経営が軌道にのると、ホテルをアジトとしていたテロリストたちが近くのオペラ座爆破未遂事件を起こし、その犠牲となってウィンも視力を失った。
リリーが書いた一家の物語「大きくなりたくて」がベスト・セラーになり一家はアメリカに戻る。しかし第2作は散々酷評され、メアリーは自殺してしまう。
多くの愛する者たちを失ったウィンだったが、メアリーとの思い出の地でついに熊のいるホテルを開設する。結婚するフラニー。姉への想いをふっきって、スージー(ナスターシャ・キンスキー)を愛するジョン。彼らの新しい人生が始まろうとしていた。

by ssm2438 | 2011-05-06 10:32
2011年 05月 06日

幸せになるための27のドレス(2008) ☆☆

f0009381_10145797.jpg監督:アン・フレッチャー
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
撮影:ピーター・ジェームズ
音楽:ランディ・エデルマン

出演:
キャサリン・ハイグル (ジェーン・ニコルズ)
ジェームズ・マースデン (ケビン・ドイル)

       *        *        *

幸せになるために耐える27分の冒頭シーン

始まってからの30分くらいはどうしようかと思った。にぎやかにしてるが歯切れが悪く、魅力的にみえるはずのキャサリン・ハイグルになんの魅力も感じない。あまりにサエない演出に途中リタイヤ。で、なんとか気を取り直して途中からみたら、後半はなんとかなかったかな・・。

脚本は『プラダを着た悪魔』アライン・ブロッシュ・マッケンナ。おもしろいです。ただ、『プラダを・・・』のほうが面白かったかったかな。でも、これは脚本といういよりも、演出のせいかな。『プラダを・・・』の演出はとってもお洒落で、アン・ハサウェイの着せ替えバービーちゃん演出は素晴らしかった。あれにくらべるとこの映画のキャサリン・ハイグル着せ替え演出はモタっとしてた印象。さらにドレス自体がイマイチ。モデルはキャサリン・ハイグルなので、もっとキレなドレスをきせてあげればよかったのに・・・。個人的にはアン・ハサウェイよりも好きなので、好い絵がとれそうなものになに・・・、コスチュームデザインの差で負けたかなって印象。

話は、、それまで頼めれると嫌と言えないで、人の世話ばかりやっていた主人公が、一度はきっぱり「いや」って言って、自分の気持ちを提示できるようになる話。しかし、結婚ネタというのはどうしても行き着くところが分ってしまっているし、あんまり多様性がない素材。『プラダを・・』のほうが、物語を楽しくアレンジできる幅があった。その点この映画のほうがちょっとハンデでこうむってた。最後の告白のシーンもそれほどのときめきはなかないし・・。もうちょっとなにか出来なかったものかと・・ちと残念。あ、でも、それまで好きだった上司に告白して、キスするところは良かった。
そのときはすでにいつも喧嘩ばかりしているケビンに気持ちが動いていた彼女だったが、それまで好きだった上司にその想いを告白、すると上司からキスされる展開になる。「この瞬間をずっとまってたはずなのに、なんにもときめかないわ」というキャサリン・ハイグル。「じゃあ、もう一回してみよう」とキスする二人。「・・だめ、やっぱりときめかない」っていって、さわやかに別れていく。このシーンはとってもいい。幸せに向かうキスシーンではないが、お互いに傷つけあうわけでもなく、主人公の気持ちを確実に整理するための、非常にすばらしいキスシーンだった。

この映画では、子供のころ従姉の結婚式で花嫁のピンチを救って以来、花嫁付添い人の役に生き甲斐を見出すようになってしまったキャサリン・ハイグル。この人をはじめて見たのは『グレイズ・アナトミー』で、なんか綺麗な人がいるなあって思ってた。その後、スティーブン・セィーガル『暴走特急』みて、おお、こんなところに出ていたのか!!とい感激。15~16歳くらいの彼女がとても素敵に見えた。その後は『男と女の不都合な真実』で楽しませてくれた。個人的にシャーリズ・セロンやアシュレイ・ジャッド系のお姉ーちゃんは好きなので、やっぱりキャサリン・ハイグルも好きなのである(笑)。

相手役のジェームズ・マースデン。トム・クルーズ系のあんまり背が高くない好青年という印象。この人をはじめてみたのは『アリーmy Love シーズン5』の時。セはあんまり高くないけど、さわやかな好青年でなかなか高感度高かったのだけど、さすがにガツンがインパクトはなかった(苦笑)。で、今回久々にみたのだが、でも、なかなか良い感じで仕上がってた。今後、この人も作品に恵まれるといいのになあ。充分開花する可能性を感じるのだけど。

<あらすじ>
花嫁付添い人の役に命を燃やすジェーン(キャサリン・ヘイグル)は、マンハッタンにあるアウトドア・ブランドの社長秘書。その日は二つの結婚式がブッキングしてしあい、こっちの結婚式からあっちの結婚式にタクシーのなかでドレスを替えながらあわただしく移動していた。そんなジェーンは、地元の新聞社で結婚式の記事を書いているケビン(ジェームズ・マースデン)と出会う。
ジェーンは会社の上司のジョージ(エドワード・バーンズ)にずっと好意を持っていたが、ジョージはパーティで知り合ったジェーンの妹テス(マリン・アッカーマン)に一目惚れ、あれよあれよという間に結婚することになってしまい、さらに自分がその結婚式の段取りをすることになってしまう。そしてその結婚をケビンも取材することになった。しかし、今回のケビンの目的は、結婚式の取材というよりも、他人のためにひたすら付添い人をやっている、そして今、自分の好きな男が、自分の妹と結婚するというのに、それを拒むこともできず付添い人をやることになっている哀れなひとりの女性を記事を書くこと。
かくして一つのイベントに、一同が絡んでくるのであった。

by SSM2438 | 2011-05-06 10:16