西澤 晋 の 映画日記

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2011年 11月 30日

40オトコの恋愛事情(2007) ☆☆☆

f0009381_13111582.jpg原題:DAN IN REAL LIFE

監督:ピーター・ヘッジズ
脚本:ピアース・ガードナー/ピーター・ヘッジズ
撮影:ローレンス・シャー
音楽:ソンドレ・ラルケ

出演:
スティーヴ・カレル (スティーヴ・カレル)
ジュリエット・ビノシュ (マリー)
アリソン・ピル (長女・ジェーン)
ブリトニー・ロバートソン (次女・カーラ)
マーレン・ソーストン (三女・リリー)
ダイアン・ウィースト (母)

       *        *        *

お嬢さん方がみなさん可愛い。こんな娘3人ももったらお父さん大変だと思うぞ。。。

『ギルバート・グレイプ』の脚本家ピーター・ヘッジズがメガホンを取った2度目の作品。なんも期待せずにみたのだがわるくない。

物語は、4年前に妻に先立たれた40男のスティーヴは、娘3人をつれて実家に帰る。娘達にとっては父親なんて「わからずや」でしかない。なんななかで家族があつまるパーティのなかでも居場所がないスティーヴ。そんな彼が新聞を階に出たのがきっかけで魅力的な女性にであう。初めてなのだが妙に気持ちがシンクロしてお茶などしてしまうのだが、突然彼女の携帯がなり、彼女は帰ってしまう。気持ちが宙ぶらりんのままおきてきぼりにされた彼は、実家にもどってみると、その彼女がいるではないか! なんと弟の婚約者だという。がああ~~~~~~ん。

そんな物語のはじまりであった。
主人公スティーヴが娘をつれて戻る実家というのがけっこうな大家族で、一家の母親はダイアン・ウィースト。なんだかこのシチュエーションをみると、『バックマン家の人々』とか『再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ』のようなきになってくる。物語をみていると、主人公も、実はスティーヴ・マーティンがやるような役回りにかなと思えてくる。しかし娘達に相手にされてないお父さんぶりは、どことなくニコラス・ケイジの役どころである(苦笑)。
そんなふたりがぴったなり役どころを上手いこと間をとったように成立させているのが今回の主人公を演じたスティーヴ・カレル。なかなかいい味でしてます。

そのスティーヴ・カレルが出会い人目で恋におちたのがジュリエット・ビノッシュ。久しぶりにこの人がとても魅力的にみえてしまった。考えてみればジュリエット・ビノッシュって変な恋愛相手の役どころが多かった。『汚れた血』『ポンヌフの恋人』しかり、『存在の耐えられない軽さ』しかり、どこか屈折した役どころがやたらと多いので、今回のような純粋にぱりぱりした、メグ・ライアンとか、明るいバージョン系のアシュレイ・ジャッドあたりがやればあたりそうなヒロインというのは意外とはじめてかもしれない。少なくとも私のみたなかではであるが・・・。

そんな2人は、先ほどのレストランで心を許しあって話していたのだが、ここでは見知らぬ振りをしなければいけない。「実はこんなことがあったんだ」って笑い話にしてしまえばそれでいいのだが、そのチャンスをのがしてしまうと、結局あれは無かったことにして封印しなければならない流れになってしまう。

どこか心が通じ合っているふたりなのだけど、その場では2人だけが、演じている。それをお互いだけが知っている。2人だけがもつ共有してる概念。でも、ジュリエット・ビノッシュは弟の婚約者でありそれなりにべたべたしてるし、それを見させられるスティーヴにしてみればものではない。好きな女の子が別の男と楽しくしてるのを見て心がもやもやする中学生の恋心である。このあたりの描きか方が実にほほえましい。

シャワーのシーンの描写なんかときめいてしまった。
そんな悶々としている状況をなんとか打開ししようと、彼女がバスルームで顔を洗っている時になんとか2人の時間をもつことが出来る。しかし、そんこに長女のジェーンがマリー(ジュリエット・ビノッシュ)に「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど・・」と声をかけてくる。あわてて、バスタブの中に隠れるスティーヴ。
「これからシャワーを浴びようとおもってたの」となんとか追い返そうとするのだけど、「とりあえず聞いて」とそこに居座って青春の悩みをかたり始めてしまう。
「シャワー浴びるんじゃなかったの」と言われ「ああ、そうね」と仕方なく蛇口をひねるマリー。バスタブの中では服をきたままずぶ濡れになっているスティーヴ。しかし不運だけではない。シャワーを浴びるって言ってしまったマリーはしかたなく、きているものを脱いでシャワーを浴びることに・・・。スティーブにしてみれば、目の前に好きな女性が全裸で立っていることになる。しかし、なんとか見ないように努力するスティーブ、ここはお約束ですね。
ちなみにバスタブにはカーテンが張ってあって中はみえないようになっている。
そんなこととはつゆしらずべらべらと話ているジェーン。
カメラ切り替わって外から、なんとか浴室の窓かずぶ濡れで脱出するスティーヴだが、そのまま屋根をころがって地面にどすん。この絵を1階の窓越しにとっているので、『花嫁のパパ』のスティーヴ・マーティンが同様に二階からプールに落ちるシーンを思い出してしまった。

その後、昔の幼馴染のおねーちゃんとデートすることになり、あんまり気が乗らないので、マリーと弟のダブルデートということで出かけることに。ところは今度はその幼馴染のおねーちゃんがワンダフルに成長していて別嬪さんとして登場。バーでダンスにさそわれて今度はマリーのほうがやきもち。

そんなこんなも、内輪の家族パーティでスティーヴが気持ちを込めて歌った歌が、あまりにしみこんで、もうこれ以上プリテンディングしていられないと、マリーは帰っていってしまう。わけもわからず振られた弟のミッチはへこみまくり。そんなとき、スティーヴの携帯にマリーから電話が入ってくる。なんとか家から抜け出してマリーと合流、楽しい時間をすごしてたりするのだが、その現場を家族の人にみられてしまい絶対絶命のぴーんち!
さてどうするスティーヴ父ちゃん・・・。

いやいや、なかなか楽しく観られました。
ただ、もうちょっと軽めのところは軽めにしてもよかったかな・・・。結局弟ミッチの婚約者を横取りしてしまうはなしなので、弟のほうにもそれが痛手にならないためのアフターケアをいれてるのだけど、その辺の流れはご都合主義でしょりするしかないところ。となると、もうちょっと全体の語り口も軽めに、ノーラ・エフロンテイストあたりでまとめたほうがようかったような。この語り口だと、ちょっとまじめ過ぎてしんどかったのも事実。

キャスティング的には、次女を演じたブリタニー・ロバートソン(↓)が妙にかわいくみえてしまった。ちょっと注目である。
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by ssm2438 | 2011-11-30 23:12
2011年 11月 26日

ローグ アサシン (2007) ☆☆

f0009381_2015474.jpg原題:WAR

監督:フィリップ・G・アトウェル
脚本:リー・アンソニー・スミス
    グレゴリー・J・ブラッドリー
撮影:ピエール・モレル
音楽:ブライアン・タイラー

出演:
ジェット・リー (ローグ)
ジェイソン・ステイサム (ジョン・クロフォード)
ジョン・ローン (リー・チャン)
デヴォン・青木 (キラ)
石橋凌 (シロー・ヤナガワ)

       *        *        *

石橋凌とジェット・リーの日本刀対決はけっこうよかったと思うけど・・・。

どうしても、われわれ日本人は『水戸黄門』のようなチャンバラが日本刀の戦いだと思いがちだが、実際に本当をもって戦いがおこなわれたらあのようにスマートにはならないだろう。様式美にとられてはいられない格闘になるはずなのだが、この2人の戦いではそれがかなり良い感じで再現されていたと思う。ただ・・・、音ははずかしい。それは日本刀同士がヒットしあった音じゃないだろう。なんだか、もうちょっと密度のない剣がかちあったような音をつけていた。

この映画は、違う監督さんがもうちょっと物語を整理して作ればそれなりに面白いものになってたと思えるものだった。とにかく誰がどっちについてるのかがよくわからないまま物語が展開するので、見ているうちにどうでもよくなってしまう。一応最後でオチを言われても「あ、そうですかー」と冷たく反応(苦笑)。ま、こねすぎた話にはよくあることだ。

デヴォン青木の顔はキモいのであまり話しに関係ないのだから排除してくれてもよかったのだけど・・・。
あと役者でいうなら、ガブリエル・バーンをどこかで出して欲しかった。この人をあたかもローグのようにふるまわせてくれると、「おおお、カイザー・ソゼみたいだ」と喜べるのだけど・・・(笑)。

ジェット・リーって顔が童顔なのでどうしても悪役面ではないな・・。

<あらすじ>
FBI捜査官のクロフォード(ジェイスン・ステイサム)とトムは、伝説の殺し屋ローグを追いつ詰めていたが、クロフォードが撃たれ、絶対絶命のピンチ。そのとき相棒のトムがローグの顔面を撃ち、海に落ちてしまった。死体は見つからない。しかし数日後、ローグはトムの家を襲撃、トムと彼の家族が惨殺する。

※ここで、トムとローグは入れ替わっている。トムは、ローグに家族を殺されたが、そのローグを返り討ちにしてしまう。そして顔を換え、ローグとして敵組織に侵入し、復讐の機会をねらうことになる。

それから三年が経ち、サンフランシスコはチャイニーズ・マフィアと、ジャパニーズ・ヤクザの抗争の中、再びローグ(ジェット・リー)が現れる。彼はチャイニーズ・マフィアのリーダー、チャンの元で働いていたが、実は裏でジャパニーズ・マフィアとも通じており、対立する両方の組織から報酬を得ていたのだった。やがてチャンの手下はヤクザの集まる食事会に攻撃を開始。駆けつけたクロフォードたちFBIも巻き込んで、三つ巴の抗争へと発展していく。その時、狙撃ライフルからの一撃が事態を一変させる。両陣営を見境無く攻撃する銃弾。それはローグが放ったものだった。再びローグを追跡するクロフォード・・・。

by ssm2438 | 2011-11-26 20:16
2011年 11月 24日

ゴリラ/アーノルド・シュワルツェネッガー(1986) ☆

原題:RAW DEALf0009381_23154529.jpg

監督:ジョン・アーヴィン
脚本:ゲイリー・M・デュヴォア
    ノーマン・ウェクスラー
撮影:アレックス・トムソン
音楽:トム・バーラー

出演:アーノルド・シュワルツェネッガー (カミンスキー)

       *        *        *

映画の撮り方が下手!

元FBIの捜査官だったマーク・カミンスキー(アーノルド・シュワルツェネッガー)だが、今はホされて片田舎の交通取締警官になりさがっている。そんな彼をFBI捜査長官シャノン(ダレン・マックギャヴィン)が訪ねて来くる。
シャノンは個人的にカミンスキーを雇いシカゴ最大のファミリーのボス、パトロヴィタ(サム・ワナメイカー)を壊滅すべく組織に潜入させようというのだ。ジョーイ・P・ブレナーと名乗って、彼らの組織の用心棒として彼らの仲間にはいっていくカミンスキー。
      <中略>
怒りに燃えたカミンスキーは、ショットガンと自動拳銃で身を固め、パトロヴィタのアジトヘ単身、乗り込み、すさまじい銃撃戦のすえ、組織を壊滅させる。

いけどもいけども緊張感のない画面の連続は勘弁して欲しい。ローリング・ストーンズの「サティスファクション」をカーステレオから流しながら、敵のアジトを襲撃するのだが、これもなんだかカッコ悪い。なにからななまで緊張感のない画面にぼーぜん。編集もズタボロなんだけど、それ以前に撮り方がすべてダメ。これをカットを短くつまんで編集してもカスにしかならないだろう。

by ssm2438 | 2011-11-24 23:16
2011年 11月 24日

フロント・ページ(1974) ☆☆☆

f0009381_1134444.jpg原題:THE FRONT PAGE

監督:ビリー・ワイルダー
原作:ベン・ヘクト/チャールズ・マッカーサー
脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド
撮影:ジョーダン・S・クローネンウェス
音楽:ビリー・メイ

出演:
ジャック・レモン (ヒルディ・ジョンソン)
ウォルター・マッソー (ウォルター・バーンズ)
スーザン・サランドン (ペギー・グラント)

       *        *        *

後発だからといって、面白くないわけではない!

一般的にオリジナルと、その後のリメイクされたものとの間では、どうしてもオリジナルに軍配をあげるケースが多いが、そうでないケースもある。とくに、(これは私の主観なのだが)アメリカ国内で出来たオリジナルをリメイクする場合、リメイク作品のほうがし「良い!」と思うことはけっこうあるのだ。そのひとつがこのビリー・ワイルダー版の『フロント・ページ』なのだ。

そもそもこの作品は1928~29年に舞台でおこなわれた大ヒット戯曲『フロント・ページ』の映画化である。この舞台のあとの31年に映画化され日本では『犯罪都市』というこわもてのタイトルで上映された。その後ケーリーグラントを主役にした『ヒズ・ガール・フライデー』が40年に制作され、3回目となるのはこの『フロント・ぺージ』である。そしてこのあと4度目の映画化が1988年になされる。『ランボー』『料理長殿、ご用心』の監督テッド・コッチェフによって映画化されたのが『スイッチング・チャンネル』。こちらは、それまで新聞記者たちだった舞台をテレビ業界に置き換えられてつくられているのだが、個人的にはこれが一番気に入っている。

物語は基本構成はこのようなものである。
【ウォルター・バーンズ】とある新聞社の編集長。傲慢でやり手の編集長だが、どこか憎めないところがある。
【ヒルディ・ジョンソン】バーンズのもとで働いている敏腕記者。しかし、新聞記者の仕事に疲れており、パートナーとみつけて別の人生を歩もうとする。

実はこのヒルディには男バージョンと女バージョンがある。
オリジナルの戯曲や1作目、3作目のヒルディ・ジョンソンは男で、ペギー・グラントという女性と恋に落ち、新聞記者の仕事をやめようと試みる。しかしヒルディの筆力を失いたくないバーンズがなにかと因縁つけて、彼をこの業界から逃がさないようにするというスクリューボールコメディである。
これに対して2作目、4作目はヒルディが女性に変更されている。元夫婦だったという設定に置き換えられ、それでも腐れ縁で仕事していたのだが、ヒルディが休暇の時に新しい恋人をみつけてきてしまい、ヒルディは記者の仕事をやめて旅立とうとするが、バーンズがなにかと難癖付けてひきとめようとする話。

物語的には(男)と(男+女)の1作目、3作目のほうがしっくりくるのである。男は女より戦友のほうを大事にしてしまうものなのだ。しかし、やりとりとしては1作目、3作目の(男)と(女+男)のほうが面白い。まるで離婚を経験した明石屋さんま大竹しのぶをみているようでたのしいのである(笑)。この場合はあとから登場した新しい彼氏の立場がかなり悲しいものになるのがちとかわいそうである。しかし、一度は別れた間柄ながら、腐れ縁の気持ちよさが展開されるほうがみておいて心を刺激される部分が多い。
男と男のやり取りにした場合は、立場的には上下関係があっても、心は独立している。ところが男と女のやり取りにかわると、お互いに支配されていることに対しての悔しさと安心感が入り混じってるので、心がちくちく楽しいのである。

監督のビリー・ワイルダーはこ洒落た感じのハートフル・コメディが得意に監督さん。しかしその原点はエルンスト・ルビッチであることは誰もが知っていることである。「ルビッチならどうする?」がつねにワイルダーの口癖だったとか。ルビッチイズムにみせられた人はビリー・ワイルダーだけではない。二ール・サイモンノーラ・エフロン三谷幸喜などはルビッチイズムの継承者だといえよう。

<あらすじ>
シカゴの刑事裁判所の記者クラブは裁判所と隣接しており、その眼下の広場では翌朝行われる死刑台が作られていた。警官殺しの犯人として死刑を宣告されたアール・ウィリアムズのためのものだ。
シカゴ・エグザミナー紙のデスク、ウォルター・バーンズ(ウォルター・マッソー)は、同紙のトップ記者ヒルディ・ジョンソン(ジャック・レモン)をその取材に当たらせようとするが、ヒルディは今日限りで辞職して恋人のペギー(スーザン・サランドン)と結婚してシカゴを離れると言う。あのてこの手をつかってヒルディをひきとめようとするバーンズ。
やがて隣接する裁判所から銃声が聞こえ、騒がしさがましてくる。どうやら死刑犯ウィリアムズが脱走したらしい。いっせいに記者クラブからでていく各社の記者たち。一人残されたヒルディの前に、怪我をしたウィリアムズが意識朦朧として転がり込んできた。ヒルディは大急ぎでバーンズを呼び出す。シカゴ・エグザミナーが逃亡犯を捕獲したことが記事になると考えたバーンズはフロントページをあけさせ、ヒルディに記事を書かせる。
しかしそれも束の間、ヒルディとバーンズが脱走犯をかくまっていることがばれ、公務執行妨害でブタ箱にブチ込まれてしまう。ウィリアムズも牢へ逆戻りだ。しかし、牢のなかでウィリアムズの刑執行猶予令状が出ていることを偶然知った二人は、市長にくいさがって釈放された。ヒルディはパトカーの護衛つきで、ペギーが待つ駅に駆けつける。バーンズは自分の腕時計をヒルディに贈る。汽車が動きだすと、バーンズは駅の電話室からインディアナ州ゲイリー市警察署長宛に電報を打った。電文は「ヒルディ・ジョンソンが俺の時計を盗みやがった。逮捕してくれ」。

by ssm2438 | 2011-11-24 11:35 | ビリー・ワイルダー(1906)
2011年 11月 22日

螢川(1987) ☆

f0009381_11361192.jpg監督:須川栄三
原作:宮本輝
脚本:須川栄三/中岡京平
撮影:姫田真佐久
特技監督:川北紘一
音楽:篠崎正嗣

出演:
三國連太郎 (水島重竜)
十朱幸代 (水島千代)
坂詰貴之 (水島竜夫)
沢田玉恵 (辻沢英子)

       *        *        *

最後の蛍がひどすぎ! まるで戦隊モノの特撮みたいなものでがっかり・・

誰だ?こんなことをしたのはって思ったら川北紘一でしたか。ああ、納得。最後の蛍がどれだけリアルで幻想的に描けるかがかなりのポイントになるのだけど、そこがまるでCGみたいな糞蛍。そこからの演出がもう戦隊モノの演出で、なにが面白くて蛍につつまれて二人が抱き合い、それが全身透過光に包まれなければいけないのか・・・、ファンタジーとギャグの区別もできんのか??って思ってしまった。もうちょっとリアルに再現してほしいものだ。それだけで幻滅。

原作は『泥の河』と同じ宮本輝。テーマ的には『泥の河』と同じように、純粋な子供の恋愛に性欲が混じり始めたころの心情を、大人の人間の業に支配されずにはいられない恋愛の対比なのだが、しかし、こちらの映画はくらべものにならないくらい気持ちがはいってこない。原作にある物語の流れを画面に移し変えてるだけで、業を匂わせてないのだと思う。

ドラマ自体は『ギルバート・グレイプ』みたいな感じ。親族による逃れなれない重力にとらわれていたものが、その死によって開放される。なので、なにかを成し遂げる話ではない。このエピソードのなかで、そこに息づく人間の心の揺らぎを描く話なのだけど・・・、どうもそれがないまま、物語だけが語られてしまったな・・という感じでした。

主人公、竜夫(坂詰貴之)の家庭はやや複雑である。父、水島重竜(三國連太郎)は終戦後、手広く事業をやり、町の人から仁王竜と呼ばれるほど羽振りをきかせていたが、豪放な性格ゆえに事業は失敗、今はその頃の威勢は既になく借金取りに追われる日々である。母、千代(十朱幸代)は、かつて売れッ子の芸者で、父がまだ羽振りのいい頃結ばれ、主人公を身篭もった。初めて自分の子を待った重竜は何の罪もない女房の春枝を棄て、千代と再婚したのだった。
そこには14歳の主人公になどわかるはずの無い人間の業があったのだろう。

この物語には、主人公が強く目指すべき目的があるわけではない。しいて言うなら幼馴染の英子(沢田玉恵)への想いをかなえたいというものだが、それが表面化する露骨に表面化するわけではない。変化していくのは、竜夫を取り巻く環境のほうで、借金におわれる父は病に倒れ、さらに借金がふえていく。子供のちからではなにも出来ないシチュエーション。それでも、英子への想いだけはどんどん膨らんでいく。
そして友人の死と父の死。
この父親の死のよって借金からは開放されます。おそらく「相続放棄」の手続きがなされたのでしょう。大阪にいる千代の兄は、大阪にでてきて自分の事業を手伝ってくれといい、重竜の先妻、春枝もやってきて、竜夫への助力を申し出ることになります。その夏、重竜の知り合いの銀蔵は、竜夫、英子、千代を連れて、川の上流に蛍を観にいくのであった・・・。

by ssm2438 | 2011-11-22 11:36
2011年 11月 21日

シコふんじゃった。(1991) ☆☆

f0009381_16514831.jpg監督:周防正行
脚本:周防正行
撮影:栢野直樹
音楽:周防義和

出演:
本木雅弘 (山本秋平)
清水美砂 (川村夏子)
竹中直人 (青木富夫)

       *        *        *

竹中直人、キライ!

多分私はこの監督とはそりが合わないと思う。
決してつまらないわけではないのだけど、いちいちテレてギャグにされるとテンションがさがる。ドラマ作ってる人がテレてどうするんだ??って思う。ガチなものを作れないのがこの人の限界か・・・。

そうはいっても、スポ根モノの基本はきちんと抑えてある。叩けばものになりそうだが相撲はいちどもとったことがない主人公。相撲のことは好きだが一度も勝ったことがない先輩。何を考えてるのかわからない相撲部顧問。そして顧問の先生には美しい娘さんがいる。そこにあつまってくるへっぽこ選手たち。ただ、デブなだけの男。プロレス同好会にはいったはいいもの、いつも女形をやらされているチビで痩せっぽちの男。そんな彼にあこがれてマネージャーを買って出てくれるデブ女。最後の切り札は、イギリスからの留学生。マッチョだが、人に穴ケツを見せるのがいやでまわしのしたにタイツをはいている。・・そんな素人集団が顧問の教えみちびかれつつ、少しづつ強くなっていく物語。
登場人物もそれぞれ個性がある。ただ、あんまりギャグにふられてもどんうなんでしょう。特に竹中直人はうざい。私のように『巨人の星』をみてそだった人間にとっては、どうも人間力の弱さを感じてしまう。こういうふうにしかスポーツが撮れない時代になったのかなと思うと悲しい。

主演の本木雅弘は、しぶがき隊を出てから俄然かがやきはじめた。しぶがき隊のころはまったく魅力を感じなかったのだけど、役者と経験をつんでいくなかで、猛烈に役作りをしてくる印象があった。この話では相撲をとることになるのだが、ウェイトトレーニングをかなりつんできたのだろう。かなりごっつい体になっている。そんな役作りをこなし、映画をかさねるうちに一番存在感のある男になってきたな・・という印象だ。

<あらすじ>
父親のコネで就職も決まった某大学の4年生の秋平(本木雅弘)だが、出席日数が足りないことを理由に、卒論指導教授の穴山(柄本明)に呼び出される。このままで卒業を許されない秋平は、卒業とと引き換えに、彼が顧問をしている相撲部の試合に出るよう頼まれる。ところが相撲部の部員は8回生の青木(竹中直人)ひとり。彼は、相撲を心から愛しているものの一度も試合に勝ったことがない。かくして試合にでるためのメンバー探しがはじまる。
なんとか未経験者でチームを結成したものの最初の団体戦では惨敗。そこにイギリスからの留学生が加入。
夏合宿を経て小学生のチームに負けた秋平たちは、ようやく相撲の極意を認識、徐々につよくなっていく・・・。そして秋のリーグ戦がはじまる。秋平たちのチームはリーグ戦で勝ち星をあげていきいよいよ最終決戦となるのだが・・・。

by ssm2438 | 2011-11-21 16:52
2011年 11月 21日

Shall We ダンス?(1996) ☆☆

f0009381_1324162.jpg監督:周防正行
脚本:周防正行
撮影:栢野直樹
音楽:周防義和

出演:
役所広司 (杉山正平)
草刈民代 (岸川舞)
竹中直人 (青木富夫)
渡辺えり子 (高橋豊子)

       *        *        *

「きれいな先生」っていつでも憧れの対象です。

1996年の日本アカデミー賞を総なめにした映画。たっしかに当時の日本映画のなかでは良かったのかもしれないが、これくらいで日本映画の最高になるなんてことがかなり嘆かわしいことのように思える。ただ、ひとつの新しい世界をみせてくれた映画であり、後にリチャード・ギア主演でハリウッドでもリメイクされたのだからそれなりにインパクトはあった映画なのだろう。
個人的にはハリウッド版のほうが好きかな。手堅くて観やすい。でもじっくり考えると、こちらの映画は生理的に見たくないシーンがけっこうある。それがマイナス要因になっているかも。

その観たくないシーンをあげてみると、
浮気調査がらみのエピソードがどうにも肌に合わない。あんなことしなくても、ちょっと疑問に思ってお父さんの帰り道をつけてみたら社交ダンスしてました、ふふ・・くらいの処理でよかったのに。探偵雇って旦那を浮気調査するのは、みてて気持ちが良くない。
自分だけのものにしておきたかった社交ダンスというものを、家族に知られることになり、自分の内面をみられたような気持ちになりやめてしまう主人公。ここはいいのだけど、そのあとのリカバーがどうにもうそ臭い。こんなものを家族愛で言い訳がましく処理してほしくない。この家族がらみの部分は全部カットしてくれたらよかったのに・・・。

あと、竹中直人が嫌い。この人の芝居がとにかく嫌い。なのでそれだけで観たくなくなる。上の写真(↑)もこいつがいるだけで雰囲気ぶち壊し。黒で塗りつぶしたい衝動にかられる。
渡辺えり子の太り方も嫌い。デブは嫌いだ。デブがドレス着て、脂肪がはみ出てるのを観るとそれだけで気持ち悪い。もうひとりデブがいるが、これもきらい。なんで日本人が演じるとデブがかっこわるいんだろう。『ハスラー』にミネソタ・ファッツはかっこいいのに。やはり日本人って劣等感がもろにでて、それをごまかすために逆に走るからカッコわるいのだろうな・・って思った。

しかしときめくところもある。やはり先生というのはいつでも憧れの対象であり、認めてほしい人なのだ。それがべっぴんさんとなれば恋愛の対象になってしまう。私も英会話をやっているが、このメンタリティは実によく理解できる。私がTOEICで910点とったのも、その人に自分を認めさせたい!という願望がすべてだったといっていい。この映画をみていると、あのころのトキメキを思い返してしまう。
その対象となるのがダンスの先生の草刈民代。ビジュアル的な好みでいえばちょっと違うのだけど、どこか異星人のような無機質な感じが、妙にいい。こんな感情欠乏症のような女に挑んで、自分にだけは感情を語ってもらえるような存在になれたら、それはかなり幸せなゴールだといえるだろう。

<あらすじ>
サラリーマンの杉山正平(役所広司)は、帰りの電車の中からダンス教室の窓辺にたつ一人の女性を観る。その美しい姿に目を奪われた彼は、数日後、そのダンス教室を訪れ社交ダンスを始める。杉山が見かけた女性はこのダンス教室のインストラクターの一人で舞(草刈民代)という。彼女は世界的なダンスコンテストに参加していたいのだが、大会でのアクシデントがありパートナーに対する信頼感を持てなっていた。そんな彼女を彼女の父親から半ば強制的にダンス教室の先生させたという背景だった。
杉山の妻・昌子(原日出子)は夫の様子がおかしいと感じて、素行調査を探偵に依頼する。そうとは知らない杉山は、舞のコーチのもとでぐんぐん上達し、豊子とペアを組んで大会に出場することになる。
大会当日、杉山と豊子はワルツをうまくこなして見事二次審査を通過したが、三次のクイックステップで娘の千景の声援を耳にした杉山は、動揺して大失敗する。自分がひそかにあこがれていた、自分だけの自分を家族にしられたことから、杉山はダンス教室へ行くのをやめてしまう。
しばらくして、杉山は舞がイギリスへ行くと知らされる。再びブラックプールに挑戦するという。青木と豊子は舞のためのサヨナラ・パーティに杉山を誘うが、彼は行こうとしない。パーティも佳境に入ったころ、舞がラストダンスのパートナーを決めようとした時に、杉山がようやく姿を見せる。舞の差し伸べる手をとった杉山は、みんなが見守る中で、最高のダンスを踊るのだった。

by ssm2438 | 2011-11-21 13:24
2011年 11月 21日

ウィズダム/夢のかけら(1986) ☆

f0009381_10493841.jpg原題:WISDOM

監督:エミリオ・エステヴェス
脚本:エミリオ・エステヴェス
撮影:アダム・グリーンバーグ
音楽:ダニー・エルフマン

出演:
エミリオ・エステヴェス (ジョン・ウィズダム)
デミ・ムーア (ジョンの恋人カレン)

       *        *        *

当時「ブラットパック」と呼ばれる若手俳優たちの総称があった。おもに『セントエルモス・ファイヤー』『ブレックファスト・クラブ』『アウトサイダー』に出演した役者さんたちのことだが、彼らがグループをなして行動していたというわけではない。しかし、この若手俳優の何人かを組み合わせてつくられる青春映画はかなりあり「ブラットパックムービー」と呼ばれていた。そのなかの1本だと考えてよい作品。ただ、この映画の特出すべき点は、監督をエミリオ・エステヴェス自身でやっているということ。当時23歳だった。

・・・ただ、申し訳ないが話は全然面白くない。
しかし、当時の風潮から「それほどわるくないんじゃない?」というような雰囲気はあったが、実際このあと彼に監督の仕事をふることはあまりなかったのだから、やっぱりつまらなかったのだろう。今からおもうと、「あいつなんだか監督やってみたい、とかいってるみたいだし、今なら話題もとれそうだしやらせてみるか・・」みたいなノリだったのかもしれない。

基本コンセプトは『俺たちに明日はない』『明日に向かって撃て』をもうすこし青臭いダメ人間の青春物にアレンジした映画という印象だ。個人的にはこの主人公の甲斐性なさぶりが大嫌いで、どうにも主人公に感情移入ができないまま終わってしまった。・・・しかし、作ってるエミリオ・エステヴェスは、この話が面白いと本人はおもったのだろうか? エミリオにしてみれば、“散々わがままをやらせてもらったが、自分の才能はこの程度なのか”・・と現実を見せられただけだったんじゃないだろうか・・・。

たてまえだけで「監督やりたい」といきがっていても、いざやらせてみると、本人も何がやりたいのかわからず、こんなものしか出来ませんでした・・という実によくあるケースでした。

<あらすじ>
若気のいたりで起こした車泥棒の前歴のある23歳の若者ジョン・ウイズダム(エミリオ・エステヴェス)は、どこにいっても仕事をもらえない。もらえたとしてもすぐに別の人が現れると首になってしまう。自暴自棄になったジョンは、またしても不満のはけ口としてと銀行強盗を実行する。ただ根は善良な部分があり、金を強奪すると同時に、人々が銀行からお金を借りているその負債証明証も廃棄してしまう。表でまつ恋人のカレン(デミ・ムーア)の車で逃亡するジョン。こんなことになるとは思ってなかったカレンは、行きがかり上共犯者になってしまう。
一方ジョンの犯行は、銀行に多額の借金を抱えている人からは支持され、義賊のようにあつかわれはじめる。最初は彼の行動を非難するカレンだったが次第に協力するようになる。調子にのって英雄気取りで銀行強盗をくりかえすジョンとカレン。しかし追われるなかで、銃を向けられ気が動転したカレンは相手を撃ってしまう。
ついに人殺しの犯人として警察におわれる身になる2人。追いつめられ、もはや逃げのびる手だてはなくなり、カレンは狙撃手の弾に倒れた。警官隊の前に現れるジョンに一斉射撃の砲火が浴びせられる・・・。


エミリオ・エステヴェスの「エステヴェス」という名は母方の名前らしいが、父はマーティン・シーン、弟はチャーリー・シーンである。今回の相手役のデミー・ムーアは『セントエルモス・ファイヤー』で一緒に仕事をしたひとり。当時このふたりは恋人同士だった。

by ssm2438 | 2011-11-21 10:52
2011年 11月 17日

偶然の旅行者(1988) ☆☆☆

f0009381_11325372.jpg原題:THE ACCIDENTAL TOURIST

監督:ローレンス・カスダン
脚本:ローレンス・カスダン/フランク・ガラチ
撮影:ジョン・ベイリー
音楽:ジョン・ウィリアムズ

出演:
ウィリアム・ハート (メーコン・ラリー)
ジーナ・デイヴィス (犬の調教師・ミュリエル)
キャスリーン・ターナー (サラ・ラリー)

       *        *        *

アクシデンタリー・イントレスティング!

二人の女の間でゆれる大人の恋の物語。監督は『白いドレスの女』のローレンス・カスダン
『スターウォーズ』『レイダース』などの脚本で一躍有名になったローレンス・カスダンだが、実はけっこうな映画好きで、スピルバーグやルーカスの影響下を離れてからの映画というのは、実に映画っぽい映画を撮る人である。めちゃめちゃ燃えるものをつくるという印象はないのだか、実にまとまった映画をつくってくれるという印象だ。この映画は大人のロマンチック・ラブストーリーなのだが、妙に変なテイストながらついついほほえましくおもえてくる不思議な映画である。

ただ、この物語は先がみえなさすぎる。この映画を観た時は私は、この映画に関してまったく予備知識を盛ってなかった状態だったので、何がどこに行くのかわからない。冒頭は息子を失った夫婦という傷心したテイストからはじまり、そこに主人公の書く旅行ガイドブックの無機質なセリフがかぶるとしっぽりとして良い。しかし、そこに突然変なキャラのジーナ・デイヴィス出現。やりすぎジーナ・デイヴィスの演技も、どこまでが本意でどこからがジェスチャーなのかよくわからない。キャスリーン・ターナーとジーナ・デーイヴィス、どちらに感情移入していいのかもよくわからない。そんな状態で最後まで引っ張られるのだけど、それが良いのか悪いのか・・・。結果に興味をもつというよりも、ただただ心の宙吊り状態が今ひとつ感情移入を阻んでしまった感はいなめない。個人的には、もうちょっとジーナ・デイヴィスを普通に描いてくれたらよかったのに・・と思う。そしたらこの映画は☆がひとつふえたのだけどなあ・・・。ちともったいない。

主演は、『白いドレスの女』に引き続き、ウィリアム・ハートとキャスリーン・ターナー。そこに大柄でも彼女が演じると妙にかわいい女になってしまうというジーナ・デイヴィス。最初みたときは、「あれ、変なキャラ・・」くらいの感想だったのだが、映画の終わる頃にはとっても愛せるキャラになってました。こういうなのがジーナ・デイヴィスの魅力なのだろう。それは先にあげた『ロングキス・グッドナイト』でも同じなのだけど、普通の主婦をやってるときにかわいらしさこそが彼女の魅力なのだろうと思った。しかし、この映画を解雇しながらこの文章をかいていると、『ロングキス・グッドナイト』の主人公も、案外キャスリーン・ターナーでも良かったかもって思えてきてしまう(笑)。

<あらすじ>
ビジネスマン向けの旅行ガイドブックのライター、メーコン・ラリー(ウィリアム・ハート)は、長旅から帰宅すると妻のサラ(キャスリーン・ターナー)から別居の意思をつげられる。几帳面な彼だが初めての家事に大苦戦。仕事から帰ってきてもうちには誰もいない。そんな彼にさらに不幸は続く。足を骨折し、しばらく祖父母の家に身を置くことになる。気兼ねする勝手しらない他人の家で、さらに彼をいらつかせるのは、辺りかまわず吠え散らし、誰にでも噛みつく愛犬エドワード。「この犬をなんとか黙らせなければ・・」と犬の調教師におねがいすることになる。その犬の調教師がミュリエル(ジーナ・デイヴィス)。
彼女はなにかと変なのである。しかしその変ななかにも魅力を感じ始めたメーjコンは、次第に彼女に惹かれていく。しかしサラから連絡があり、ミュリエルに惹かれながらもサラとヨリを戻すことになったメーコン。しばしの冷却期間のおかげか二人の仲は良くなっていたが、パリに仕事に向かったメーコンを急襲するミュリエル。さらにそこで病気になった彼のもとにサラも駆けつける。かくしてメーコンをはさんで二人の女が同じ場所ではちあわせしまった・・・。

by ssm2438 | 2011-11-17 11:33
2011年 11月 16日

ファイヤーフォックス(1982) ☆☆

f0009381_1941269.jpg原題:FIREFOX

監督:クリント・イーストウッド
原作:クレイグ・トーマス
脚本:アレックス・ラスカー/ウェンデル・ウェルマン
撮影:ブルース・サーティース
音楽:モーリス・ジャール

出演:クリント・イーストウッド(ミッチェル・ガント少佐)

       *        *        *

グーグル・ツールバーを付けさせてもらえないブラウザじゃねーぞ!

音速の6倍で飛行し、レーダーに影すら残さないソ連の戦闘機ミグ31を、アメリカ空軍の一軍人が盗むまでを描くクレイグ・トーマスのベストセラー小説の映画化。

まあ、監督がクリント・イーストウッドっていうのはわからないでもないけど、主演も本人がやるような話だろうか? その反対で、もしかしたら主演はイーストウッドでも、監督は誰か他のほうがよかったんじゃないだろうか・・? あ、ピーター・ハイアムズ希望、それだったらクリント・イーストウッド主演でもなんか出来そうなきがする。ただ、オヤジが戦闘機にのっているってのがいまひとつピンとこない。
これはその役者さんが過去にやった作品、その中で演じた主人公のイメージがどうしても見ている人の頭の中にのこっていて、その人が演じて絵になる/ならないを勝手にみるまえから判断してしまうからだろう。しかし、これがショーン・コネリーだったらまだなんとなくなじむのかもしれない。彼の場合はジェームス・ボンドを演じていたことが、われわれの頭の中で「ショーン・コネリー=メカも女と同じようになんでも自由に操作できる人」よいうイメージがあるからだ。
登場人部の人柄や人間性、能力などを演出する時に、その役者が演じた過去のキャラクターというのは、どうしても気っても切れないものだ。そして配役を決める時にもその過去の残像がかなりのウェイトを占める。それに反してやってしまったのがこの配役人事。

それだけでなく最大の問題は、物語のメリハリがない。ま、これはいつものイーストウッドの撮り方なのだけど、素材がいい時はそれでもいいのだけど、この作品の場合はてきぱき演出してなんぼのハイテクアクション映画なので、どうもクリント爺さんの見せ方はやや遅い。時間も136分もあり、文芸大作でも撮ろうかと言うくらいの長さ。編集でもうちょっと削るだけでもそれなりに観やすい映画になったと思うのだけどな。
あと、これは『スペースカウボーイ』の時も感じたことだが、こういう近代兵器ものを描く時に照明の使い方が下手。どこかシャープじゃない。
しかし・・じゃあ誰が一番適任かといったら・・・やっぱりセガ爺か・・・(笑)。。
実際みてみると、すごいわけではないけど、まあ、普通にみられたこも事実なのだが、やっぱり出来るなら他の人に作ってほしかったし、他の主役でみたかった。

<あらすじ>
イギリス秘密諜報局が重要機密を入手する。ソ連が最新鋭の戦闘機ミグ31を完成させテスト飛行をするという。「ファイヤーフォックス」と名付けられたこの戦闘機はステルス・システムを搭載、最高速度マッハ6で飛ぶ。さらにパイロットの思考を感知し飛ぶという驚異的な飛行兵器であり、NATO側がこれに匹敵する戦闘機を開発する場合、最低でも10年以上かかるという。NATOはこのミグ31をこのテスト飛行の時に奪い取る計画を立てる。作戦はベトナム戦争の時のパイロット、ミッチェル・ガント(クリント・イーストウッド)に託された。
輸出代理業者になりすましてソ連に侵入したガントは、敵国で手引きをしてくれる仲間と接触に成功する。しかし、途中で尋問してきたKGB局員を殺すはめになってしまう。KGBは、中央記録コンピューターの膨大な資料をもとに、KGB局員殺害の犯人の正体がガントであることをつきとめるが、そのころガントたちは、格納庫の機材に火をつけ、混乱に乗じてパイロットに変装したガントがファイヤーフォックスを外へ出し、そのまま飛び立っていった。
ソ連の書記長はファイヤーフォックスの国外脱出を防ぐべく、ファイヤーフォックス2号機に後を追わせる。両機による壮絶なドッグ・ファイトが北極海で展開する。ガントは手に汗握る交戦の末、ファイヤーフォックス2号機を撃墜し、ファイヤーフォックスをアメリカに持ち帰るのだった。

by ssm2438 | 2011-11-16 19:05