西澤 晋 の 映画日記

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2011年 11月 14日

ロング・キス・グッドナイト(1996) ☆☆

f0009381_16293571.jpg原題:THE LONG KISS GOODNIGHT

監督:レニー・ハーリン
脚本:シェーン・ブラック
撮影:ギレルモ・ナヴァロ
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:
ジーナ・デイヴィス (サマンサ)
サミュエル・L・ジャクソン (私立探偵ミッチ)

       *        *        *

『サマンサ・アイデンティティ』・・・ってか?

小学校の教師をしながら、優しい夫と8歳の娘と幸せな日々を送っていたサマンサ・ケイン(ジーナ・デイヴィス)。ところが、クリスマス・イヴに交通事故に遭い、その衝撃で断片的に記憶が甦ってくる。そんなサマンサを襲撃する男。そしてあろうことか自分の体が勝手に反応してその男を殺してしまうサマンサ。そんな事件をきっかけけに、自分が何者なのか疑問をもったサマンサは私立探偵ミッチ・ヘネシー(サミュエル・L・ジャクソン)を雇い、失われた記憶を探す旅に出る・・・という話。

まさに『ボーン・アイデンティティ』のような展開なのである。
レニー・ハーリンは、主人公を演じるジーナ・デービスの旦那さん。『ダイハード2』で注目され始めたのだが、いいのか悪いのかよくわからない監督さん。『ドリブン』みたいに強烈に面白くないものもけっこう多いが『ディープ・ブルー』みたいに、期待せずにみるとけっこう面白いのもある。ただ、CGの使い方はかなり下手だ。こくに「これがCGです」みたいな露骨な見せ方をするので、さめてしまうのである。もうすこし、CGをつかっているのをわからないくらいのテイストで画面をつくってくれたらいいのだけど・・、ま、要するにプロ的な使い方ではなく、アマチュア的な使い方なのだ。

記憶の無いまま、普通の主婦のつもりが、窮地に陥ると圧倒的な戦闘能力を発揮する・・という設定はみていてなかなか楽しい。その衆生は物語の中盤で明かされるのだが、彼女はCIAの暗殺専門の特殊工作員で「チャーリー」と呼ばれていた。8年前の任務遂行中に死んだものと思われていたという。やがて何者かにつかまり、水車にくくりつけられて水の水責めにあうサマンサ。その拷問のなかで、彼女ははっきりと記憶を取り戻す。

8年前、チャーリーは巨大犯罪組織のボス、ティモシー(クレイグ・ビアーコ)を暗殺する命令を受けた。しかし上司のCIA局長パーキンス(パトリック・マラハイド)が彼らの黒幕であることを知ったために殺されかけたのだ。断崖から転落したチャーリーは、ニュージャージー州の浜辺に流れ着いたが、それまでの記憶はうしなっていた。

じつは、ここまではけっこうおもしろいのである。が、ここからがいまひとつもりあがらないというか、ありきたりの展開だったりする。

その後は、犯罪組織のボス・ティモシーとCIAの局長パーキンスはサマンサを亡き者にせんと、彼女の愛娘を誘拐しサマンサをおびき出すのだった・・・・。

by ssm2438 | 2011-11-14 16:30
2011年 11月 13日

PLANET OF THE APES 猿の惑星(2001) ☆☆

f0009381_23592379.jpg原題:PLANET OF THE APES

監督:ティム・バートン
脚本:ウィリアム・ブロイルズ・Jr
    ローレンス・コナー
    マーク・ローゼンタール
撮影:フィリップ・ルースロ
音楽:ダニー・エルフマン

出演:
マーク・ウォールバーグ (レオ・デイヴィッドソン大尉)
ティム・ロス (セード)
ヘレナ・ボナム=カーター (アリ)
エステラ・ウォーレン (デイナ)

       *        *        *

いてもいなくてもまったく話に関係のないエステラ・ウォーレンだけを目で追ってた・・はは。

私の大嫌いなティム・バートンが監督で、私の大嫌いなロープアクション使った映画なんて、テレビで放映しないとみないのですが、たまたまテレビつけたらやってたのでやっぱりエステラ・ウォーレン見たさに最後までみてしまった(苦笑)。別に好みというわけではないのだけど、やっぱり彼女が画面の中に居るとうれしい。彼女には、☆ひとつの映画を☆☆にするちからがあるのです。

・・・しかし、宇宙空間の描写はあまりにちゃち過ぎないか?? 
だいたいマーク・ウォールバーグがどこか猿っぽいので、いまひとつヒーローとして見られなかった。どうもケヴィン・ベーコンとかマーク・ウォールバーグってあんまり主人公してほしくないんだよなあ・・・。顔がスマートじゃない。
一番のネックは、猿のデザインが前作よりインパクトがない。こっちはスマートにしすぎてつまらないデザインになってしまったような気がする・・・・。

<あらすじ>
時は2029年。宇宙をいく調査船オベロン号は奇妙な磁気嵐に遭遇。 この宇宙船には遺伝子操作と高度な訓練で高知能化した猿達も乗せられていた。 まず、チンパンジーのペリグリースが操縦するポッドを調査に向かわせるが、たちまち磁気嵐に吸い込まれ、通信が途絶えてしまう。 宇宙飛行士のレオ(マーク・ウォールバーグ)もポッドで船を飛び出し、ペリグリースを追うが、やはり磁気嵐に吸い込まれ、ある惑星に不時着する。 そこはセード将軍(ティム・ロス)が支配する猿の惑星だった。
猿達に捕らえられたレオだが、人間に好意的なチンパンジーの学者アリ(ヘレナ・ボナム=カーター)の助けを得て身近な人間ともども脱走する。 不時着したポッドから回収した携帯端末でレオは母船もこの惑星に到着したことを知り、地球へ帰る為に禁断の地域へと足を踏み入れる。しかしそこにあったのは数千年前に不時着して遺跡と化した母船オベロンの残骸だった。 その船に積まれていた知能向上したサル達が反乱をおこし、この星を支配したのがこの惑星のはじまりだった・・・。

by ssm2438 | 2011-11-13 23:59
2011年 11月 13日

マネーボール(2011) ☆☆☆

f0009381_16161489.jpg原題:MONEYBALL

監督:ベネット・ミラー
原作:マイケル・ルイス
脚本:スティーヴン・ザイリアン/アーロン・ソーキン
撮影:ウォーリー・フィスター
音楽:マイケル・ダナ

出演:
ブラッド・ピット (ビリー・ビーン)
ジョナ・ヒル (ピーター・ブランド)

       *        *        *

現代の『市民ケーン』シリーズ第二弾!
※第一弾は『ソーシャル・ネットワーク』

この物語の主人公となるビリー・ビーンは、走・攻・守3拍子そろった超高校級選手として1980年のドラフト1巡目指名でニューヨーク・メッツに入団したが、その後の活躍はなかずとばず、結局トレードに継ぐトレードをかさね、最後はアスレッチクスで6年間の短い選手生活を終える。現役時代の通算成績は、148試合に出場して、打率.219、本塁打3本。

1990年からオークランドの球団スタッフに転身しスカウトとして活動、1993年にはアスレッチクスの黄金時代を経験するGMサンディ・アルダーソンのアシスタントを務め着実に地位を築いていった。1995年にオーナーの死去によりアスレチックスの財政状況は大きく変わり、スター軍団は解体を余儀なくされる。このころ、アルダーソンはセイバー・メトリクスの祖、ビル・ジェームズの著書『野球抄』シリーズを参考に出塁率・長打率を重視する旨を記した冊子を作り、マイナー選手に持論を説いていった。この冊子に書かれた理論がビリーの球団運営哲学の礎となった。1997年、アルダーソンの後任としてビリーはアスレッチクスのゼネラルマネージャーに就任。先代GMアルダーソンの思想を受け継ぎ、セイバーメトリクスを駆使し、無駄な要素を極力省き低予算でチームを強化、その後の10年間で、5回もプレーオフに導いている。
その活躍のもっともピークだったのがこの2002年の地区優勝した年を映画にまとめたのがこの映画である。

<2001年のシーズン>
オークランドが所属するのはナショナル・リーグ(DHがあるほう)の西地区。この年イチローが加わったシアトル・マリナーズは、大魔神・佐々木の活躍もあり、116勝という圧倒的な勝ち星で西地区優勝を決めたが、同地区2位のオークランド・アスレッチクスも100勝をこえる驚異的な勝ち星で、ワイルドカードをゲット、プレーオフに進出していた。結局リーグ優勝はニューヨーク・ヤンキース。ワールドシリーズはランディ・ジョンソンカート・シリングを擁したD・バックスの優勝でシーズンを終えた。
このシーズンの後オークランド・アスレチックスの不動の4番だったジェイソン・ジオンビーがFAでヤンキースに、1番のジョニー・デーモンレッドソックスに移ることになる。

ジオンビーの成績は
1999年 打率.315、33HR、123打点、
2000年 打率.333、43HR、137打点、
2001年 打率.342、38HR、120打点、

当時「3冠王に一番ちかい男」と言われていたジオンビーの流出はかなりの痛手だった。

ただ、映画ではいささか誇張して描かれているが、ジオンビーが抜けたとはいえ、オークランドのクリンアップのミゲール・テハーダエリック・チャベスは強力な打線であり、2002年も2人あわせて68HR、240打点を稼いでおり、依然として強力な破壊力をもっていたことには変わりない。

<シナリオに関して>
ウィキペディアによると、原作をもとにスタン・チャーヴィンが草稿を書き、スティーヴン・ザイリアンが脚色した。のちにアーロン・ソーキンが脚本を改稿したという。
やはりスティーヴン・ザイリアンがこの脚本の根幹になっていると言ってよいだろう。スティーヴン・ザイリアンは私の好きな映画の一つで『ボビー・フィッシャーを探して』のシナリオを書き、同作品の監督もやっている。「間」の書き方がよいのである。話は変わるが坂元裕二『東京ラブストーリー』のシナリオをみると

永尾 「----------」
リ カ 「----------」
永尾 「----------」
リ カ 「----------」

のような描写がよく出てくる。大好きである。
私は、言葉にしない台詞 「----------」こそがもっともカッコいい台詞だと認識しているので、同じように「間」で書くザイリアンのシナリオはかなり好きである。『ボビー・フィッシャーを探して』のシナリオはそういう意味で大好きなのだ。
そしてその対極にあるのがアーロン・ソーキン。こちらは言葉にしないと気がすまない体質であり『ザ・ホワイトハウス』のシナリオなどは、通常のテレビシリーズの1.5~2倍くらの台詞の容量である(笑)。

映画興行主たちは『ソーシャル・ネットワーク』以降、ソーキンの名前で売ろうとしている部分が垣間見られるが、この映画はザイリアンの影響下にある話だと言って良いと思う。それでもソーキン節のところどころ見られる。シーズン終盤になり、ほしい選手をなんとか奪い取るところの電話のやりとりは、あれは明らかにソーキン節だろう(苦笑)。さすがにみせるところでは見せるのがソーキンである。
でも、みせないところで見せるザイリアンのほうが好きだけど。

<あらすじ>
選手に支払っている年俸総額はヤンキースの1/3という貧乏球団オークランド・アスレッチックス。それでも、ドラフトで発掘した選手が確実に育ち年俸が低い割には好成績をおさめていた。しかし、FA権を取得するとその選手達も古巣を育っていく。ジェイソン・ジオンビーもまたその一人だった。その穴を埋めるために、GMのビリー・ビーン(ブラッド・ピット)はデータで確立をだしてくる事務方のピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)をインディアンズから引き抜き、データにもとづき出塁率のいい選手をあつめてくる。
ベテランスカウトや、監督はビリーの姿勢に反対。チームがまとまりをみせないまま、地区最下位を低迷するオークランド・アスレチックス。しかし、自分の方向性は正しいと考えるビリーは強引に自分のやり方をつきとおしていく。やがてシーズン中盤から彼のシステムは機能しはじめ、一次は首位と10ゲーム以上はなれた状態から大逆転をし地区優勝してしまう。残念ながらプレーオフで敗れることになるが、この功績をみたレッドソックスのオーナーはビリーに法外な契約金でGMの職を依頼するのだが・・・・。

<余談>
ジェイソン・ジオンビーの弟ジェレミー・ジオンビーは、本作ではジェイソンがやめてから獲ることになっているが、実際ジェレミーを獲得したのは1999年のオフである。ただ、彼をクビにしたのは本作と同じ2002年である。

<マネーボールとスモールベースボール>
貧乏球団の戦略として考えられるのがこの二つの戦略。
「スモールベースボール」というのは、長打力のないチームが、バントや盗塁などもからめて、最小のパワーで点を絞り出そうというもの。エンジェルスやドジャース、広島カープなどがこのスタイルの野球である。麻雀でいうならポンやチーを連打しピンフをねらうような野球。
「マネーボール」というのは、バントや盗塁のようなリスキーなプレーはしない。選球眼を重要視し、出塁率を上げ、長打で得点する。麻雀でいうなら、一番来やすいツモを待つ野球。

by ssm2438 | 2011-11-13 16:17
2011年 11月 10日

戦国自衛隊(1979) ☆☆

f0009381_11582640.jpg監督:斉藤光正
原作:半村良
脚本:鎌田敏夫
撮影:伊佐山巌
音楽:羽田健太郎

出演:
千葉真一 (伊庭義明)
夏八木勲  (長尾景虎)
田中浩  (武田信玄)

       *        *        *

最後はやっぱり「本能寺」って寺の看板みせてほしかった。。。

これだけのタイムパラドックス、いったいどう処理するつもりなんだ??って思ってみてたら、伊庭三尉たちを織田信長にしてしまったことで問題を解決してしまった半村良の発想が抜群。恐れ入りました。
しかし、映画ではそれがあいまいで、単純に戦国時代にトリップしてしまった無限に弾とガソリンが使える自衛隊ってことになってしまったのがかなり残念。
それでも当事(今もだが)見たいと思わせてくれるほうがというのはほとんど無かった中で、この映画は「なんかみたいかも・・」って思わせてくれる映画だった。
日本映画にかけてるものは、「なんかみたいかも」って思わせるだけの雰囲気がたりないことだ。率クでせつめいすればそれは伝わるかもしれないが、ぱっとみでそれを感じさせるだけのものは今も昔もないのが現実である。作られた映画の質は残念なものが多かったが、角川映画はそれを持っていた。原作の魅力と宣伝力だけは十分に認められるものだった。

脚本は『男女七人夏物語』鎌田敏夫。映画的にうまい!とは思わないのだけど、全体を通してそれなりに面白い話にしてくれている。

<あらすじ>
伊庭三尉(千葉真一)を隊長とする二十一名の自衛隊員は、戦国時代にタイム・スリップしてしまった(この世界では織田信長存在する)。成行きから彼等は、のちの上杉謙信となる長尾景虎(夏八木勲)に加担することになり、近代兵器の威力で勝利をもたらした。戦いの中で、伊庭と景虎は心が通じあうなにかを感ずる。隊員の一部は、自分たちだけで天下を取ろうと反逆を起こし、魚村を襲い、手あたりしだいに女を犯すが、伊庭たちの銃撃のはてに殺される。
近代兵器を味方につけた景虎は、主君小泉越後守を斬り殺し、、戦車が春日山城を陥落させた。その勢いで景虎と伊庭は京へ攻め上がろうとする。景虎は浅井・朝倉の連合軍と戦い、伊庭は川中島で武田信玄と戦闘をまじえることになった。
「歴史がなんだっていうんだ。俺たちが歴史を書きかえるんだ」と、自衛隊員と二万人の戦いが始まった。武田信玄(田中浩)の首を取ることにも成功する伊庭だが、その激しい戦いの中で、伊庭たち隊員も死んでいった。隊員の中で生き残ったのは、農夫となってその時代に生きようと決意した根本だけであった。

by ssm2438 | 2011-11-10 11:58
2011年 11月 10日

三銃士(1993) ☆☆

f0009381_0565100.jpg原題:THE THREE MUSKETEERS

監督:スティーヴン・ヘレク
原作:アレクサンドル・デュマ
脚本:デヴィッド・ローヘリー
撮影:ディーン・セムラー
音楽:マイケル・ケイメン

出演:
クリス・オドネル (ダルタニアン)
キーファー・サザーランド (アトス)
チャーリー・シーン (アラミス)
オリヴァー・プラット (プロトス)
ガブリエル・アンウォー (アン王妃)
ジュリー・デルピー (コンスタンス)
レベッカ・デモーネイ (ミラディ)

       *        *        *

アラミス、ティラミス、ソラリス・・・、さて三銃士の一人はどれでしょう?

人知れずかなりごの豪華キャスト。知る人ぞ知るジュリー・デルピーもいるぞ! この人メジャーになりそうでなれない薄幸の女優さんだよなあ(苦笑)。さらに、撮影は私の大好きなディーン・セムラーである。この人良いんだ。
話はデュマで、それをハリウッドが映画かしているので普通にドラマドラマしている。しかし、この話はミラディとアトスの悲恋があるからこそ引き締まるのであって、そのミラディをベッカ姐さんがやってるところがちと嬉しい。

正直なところ普通のエンタメ映画なのであまり書くことはないのだけど、一つ印象的なのは地下牢獄での画面づくり。ディーン・セムラーが渋い良い色をだしてくれてる。画面の中のたいまつの色だけでとられたように見える。実際は他にもほじょ照明があるのだろうが、かなり抑えて、そこにある光だけでだったらこう見えるだろうという、納得させられる光量である。もっとも、実際はもうちょっとライティングをきかせて撮ってあるのだろうが、この色合いの暗さは絶品である。

プロスト、プロトス、プロミス、困った時にお金をかしてくれるのはどれでしょう?

<あらすじ>
時は17世紀のフランス(でも彼らは英語を話している)。
田舎貴族のダルタニアン(クリス・オドネル)は、国王に使える近衛銃士隊に入ることを夢見てパリにでてくる。しかしパリでは、銃士隊は公式に解散させられていた。若き国王ルイ13世(ヒュー・オコナー)とアン王妃(ガブリエル・アンウォー)の失脚を企んだリシュリュー枢機卿(ティム・カリー)とロシュフォール伯爵(マイケル・ウィンコット)の陰謀の第一段階だった。しかし思慮深いアトス(キーファー・サザーランド)、雄弁なアラミス(チャーリー・シーン)、快活なポルトス(オリヴァー・プラット)の3人だけは銃士であることを放棄しなかった。そんな3人となりゆきで決闘することになるダルタニアン。
その決闘の場にそろった4人だが、そこにロシュフォール伯爵卿の放った追手が現れ、ダルタニアンも3人の仲間に加わり戦う羽目になってしまう。
国王の誕生の祝いの席で暗殺計画が進行していることを知った4人は、城に急ぐ。危ういところで暗殺を阻止した4人は卿や伯爵と対決し、彼らを葬り去った。その功績をたたえられダルタニアンは晴れて銃士と認められるのだった。
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ジャン=ルイ・トランティニャン、ファニー・アルダン、ダルタニアン、物語の最後に駅で抱き合ってキスしたのは誰でしょう?

by ssm2438 | 2011-11-10 00:32
2011年 11月 09日

ハスラー(1961) ☆☆☆☆

f0009381_18244555.jpg原題:THE HUSTLER

監督:ロバート・ロッセン
脚本:ロバート・ロッセン/シドニー・キャロル
撮影:ユージン・シャフタン
音楽:ケニヨン・ホプキンス

出演:
ポール・ニューマン (ファースト・エディ)
ジャッキー・グリーソン (ミネソタ・ファッツ)
パイパー・ローリー (サラ)
ジョージ・C・スコット (バート)

       *        *        *

「明日のために、今日の屈辱に耐えるのだ!それが男だ!」

これは『宇宙戦艦ヤマト』1話のなかの沖田十三の言葉である。このあと古代守は「戦って、戦って、戦い抜いて死ぬのが男じゃないんですか?」と反論する。当時これを見ていたときは沖田艦長「かっこわり~」とか思ったのだが、のちに『男おいどん』『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』にもこの趣旨の言葉が多々登場するのを発見、大人になってみると、実に現実味を帯びた理想的な言葉であることを実感する。

玉突きやるひとなら一度はみる映画・・かな?
「ハスラー」というのは本来「詐欺師・騙し屋」的な意味の言葉だが、金をかけてビリヤードをしてる人をそう呼ぶと理解してもいいだろう。
この映画の中で、主人公ファースト・エディ(ポール・ニューマン)は、当時最強とうたわれていたミネソタファッツに戦いを挑む。最初はリードしていたものの、セリフコントロールが出来ずに後半ぼろぼろ。無残に敗北する。有り金を全部すってしまったエディが、今一度ミネソタ・ファッツに戦いを挑むためには資金がいる。安い金では受けてくれないのだ。そこにエディの才能に目をつけたバートというスポンサーが現れる。バートは勝ち金のほとんどを吸い上げ、エディの取り分は2割程度。それでも、ファッツとの再戦のためにバートと旅を始めるエディであった・・・。
この映画の25年後にマーティン・スコセッシによって映画化された『ハスラー2』で一時期ビリヤードが人気になったこともあったが、こちらは、勝ち負けよりも騙しあいのほうにウエイトがおかれていて、今ひとつ消化不足だった。それにくらべて、この『ハスラー』は、賭けビリヤードを題材にはしているが「勝つ」ことにこだわったつくりであり、とっても見心地がよいのである。ただ、この映画で行われているゲームはナインボールではない。それが今ひとつ映画の楽しみをそぐ原因にもなっているかもしれない。

この映画のなかでおこなわれているのはストレート・プール(14-1)と呼ばれるゲームである。15個の的球を用いて行われるポケットのエニーボール種目(どの球でもねらってOK)で、得点は1個1点で、全てコールショットで行われるゲーム。ファウルは1点マイナス。オープニングブレイク時のファウルはマイナス2点。3回連続したファウルはマイナス15点のペナルティとなる。テーブル上の的球が残り1個(ブレイクボールと呼ばれる)を残した時点で、他の14個をラックする。そしてブレイクボールをポケットしつつラックを割ることで継続していく。
初心者のうちは、ブレイクショットをもったほうが最初にファールすることになる。だいたいブレイクショットなのにどの球をどこに入れるかって、そらほとんど無理だとおもうのだけど・・・。すくなくとも私のような素人には無理である。
このゲームのすごいところは、とにかくゲームが延々につづく。やめようというまで続く。『ハスラー』のなかでは、このゲームを何日にもわたって延々突きつづけている。このマラソンゲームがいいんだよなあ。

ファースト・エディの恋人役にはパイパー・ローリー『キャリー』のおかあちゃんである。このころはなかなかチャーミングだったのだ。しかし・・・、ドラマ的にはかなり沿えモノ的な扱いであり、今ひとつこの人の使われ方は的を得てなかったような気がする。物語の途中でにっくき敵役のバートに抱かれてしまい、その結果自殺してしまうのだが、その必然性も今ひとつ。ま、主人公の最後の「起こったぞ!」の起爆スイッチに使われるエピソードだけど、もうちょっと納得いく形に出来なかったものか。最後にポール・ニューマンがバートの非道さを語るのだが、それもいまいちピンとこない。もうちょっと物語を整理して、効果的に構成されていたらけっこういい映画になっていたと思うのだが・・・。

<あらすじ>
シカゴの若手ハスラー、エディ・フェルソン(ポール・ニューマン)は賭けビリヤードで資金をあつめ、当時最強と言われていたミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)に挑戦した。勝負は36時間にわたるストレート・プール。初日の前半はほとんどエディがリードしたが、図に乗って酒を飲みながら勝負を続けたエディは残り12時間というあたりで逆転され、そのまま追いすがることも出来ずに敗北した。その勝負をひそかに観戦するバート(ジョージ・C・スコット)。
自暴自棄になったエディは酒にふけったが、作家志望の女子大生サラ(パイパー・ローリー)と出会い、意気投合して一緒に暮らし始める。そんなエディにバートが話しかけてくる。彼は、エディのスポンサーになり、掛け金を出すという。75%はバートがもらい、25%はエディがとるというもの。一度はことわるエディ。
それから間もなくある撞球場で小金を稼いだエディは、ハスラーであると因縁をつけられ袋だたきにされた。その上、両手の親指を折られていよいよ文無しになってしまう。無一文になったエディは、バートの申し出をうけることにする。あとで判明するのだがこれもバートの仕組んだわなだった。
傷の癒えたエディはバートのマネージングのもとに、ビリヤードをやりバートをもうけさせる。ファッツに再戦を挑むには今はバートの資金のもとで、いかに不利な条件でも戦わなければいけないエディ。その姿を嘆いサラだが、なりゆきでバートに押し倒されてしまい自殺する。
バートと手を切ったエディは、二たびミネソタ・ファッツに挑戦する。勝負は一方的にエディの勝ちとなる。バートはマネジャーとして分け前を要求するがエディはバートの脅かしに耳も貸さずに立ち去るのだった。
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by ssm2438 | 2011-11-09 18:30
2011年 11月 05日

映画に愛をこめて アメリカの夜(1973) ☆☆☆☆☆

f0009381_23484542.jpg原題:LA NUIT AMERICAINE/DAY FOR NIGHT

監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー
    ジャン=ルイ・リシャール
    シュザンヌ・シフマン
撮影:ピエール=ウィリアム・グレン
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:
フランソワ・トリュフォー (監督・フェラン)
ナタリー・バイ (ジョエル)
ジャクリーン・ビセット (主演女優・ジュリー)

     ×     ×     ×

ナタリー・バイ燃えるううううううう!!

<アメリカの夜>というのは、アメリカ映画などでよくつかわれる手法で、夜のシーンを撮影するとき、昼間撮影してそれに青黒のパラフィンのせて夜のようにみせる手法。まあ、明らかに地面の影がこかったりして昼間に撮影されたことは分かるのだけど・・。

で、この映画、たまたまテレビをつけたらBS2で『映画に愛をこめて アメリカの夜』をやっていた。ちょうど舞踏会のロウソクのトリックをみせてるしーんで、覚えの悪い年配の女優さんがなかなか芝居が出来ないでカンニングペーパーをカメラからみえないところに張っていくくだりのシーン。
そのシーンがどのあたりにあったのか定かではなかったが、まだジャクリーン・ビセットはでてないので始まったばっかりっぽい。そんなわけでついつい最後までみてしまった。

いや~~~~、この映画好きなんだ。
だいたいトリュフォーの映画で面白い映画はほとんどない(年配の評論家さんには怒られそうだが)といっていいのだけど、それでも時々あたりがるから捨てきれない。これがゴダールくらいに確実にいつもハズレ(年配の評論家さんには怒られそうだが)ならあっさり見捨てられるのに(苦笑)。
そんなトリュフォーのなかでもまれにみる大好きな映画。

この映画は『〇〇〇』という映画を撮影しているスタジオ内でおきる悲喜こもごものエピソードを映画の完成までの道のりとともに描いている散文的映画で、一貫性のあるストーリー主体の映画ではない。なので私の趣味としてはいまいちはずれているのだけど、見終わったあとに「ああ、みんな映画づくりがすきなんだなあ」とおもわせてくれるハートフルなエピソードのつまった映画。主人公のこの映画の監督さんはトリュフォー自身が演じており、ぐれる主演男優やら引きこもる主演女優やら、撮影途中に交通事故で死んでしまう男優さんんやら、つぎからつぎへおこる難題をなんとかごまかしながらクランクアップへもっていく監督を演じている。

実際監督などという職業はそういうものなのだ。
世間では絶対的権力ある立場のように思われてるかもしれないが(確かにそういう人もごくまれにいるかもしれないが)、実際はなんとか壊れそうになる製作過程をぎりぎりのところでたもちつつ、妥協に妥協をかさね妥協の産物として一本のフィルムにしていくのが監督の仕事といっても過言ではない。
私も監督をやったことがあるものとして切実にその不憫さは理解できる。

私の場合は、コンテを描いているときまではとても幸せなのだ。この作品はとんでもなくいいものになるって尾確信しながら、自分に良いながら描いているのだが、それがいったん作画にはいるとその夢はがらがらとくずれていく。なんでこいつらはこんな絵しかかけないんだ??って思うことがほとんど。それで作画なら時間の許す限りで自分がなとか直せばいいけれど、背景だとそうもいかない。音楽の選曲が全然とんちんかんな音響監督もいる。それでも直してくれればいいが、怒って出て行くクソ音響監督もいた。
時間がなければ全部直せないので、直せる優先順位をつけてやるはめになる。『ガンダムS/スターゲイザー』のときなんか、もう直しのキャパはいっぱいだというので監督なのに動画までやったよ。まあ、作品が良くなるために出来る総てのことをやるのが監督の仕事だと思ってるのでそれでもいいんだけど・・。

そんなトラブルを乗り越えてなんとか映画を完成させようとするトリュフォー演じる〇〇監督だが、そんな彼を補佐する役の(役職は・・・なんなんでしょうね?監督補佐かタイムキーパーだと思う)ナタリー・バイがとても素敵。
もちろんこの映画のテロップ上の主演はジャクリーン・ビセットなのだけど、圧倒的な存在感はナタリー・バイなのだ。もし彼女がいなかったらこの映画はぜったい完成しないんじゃないだろうかっておもわせるほど、きびきびてきぱき物事をこなす。このナタリーバイの演じた監督補佐の彼女は最高ですね。この映画のなかでぴかぴか輝いているのは彼女ですよ。

おかげでナタリー・バイのファンになってしまった。おかげで他の映画でもしゃべらなければナタリー・バイは『アメリカの夜』のあの監督補佐の性格だと勝手にきめてほれ込んでいる私。
のちに同じトリュフォーの『緑色の部屋』に主演ででているのだけど、これも良かった。

ちなみにこの『アメリカの夜』では、最後の最後で主演の男優さんが交通事故にあい、あと5日をのこしてラストシーンがとれないことになってしまう。しかたがないのでそこはそれ映画のエンディングを変えて、その男は最後殺されるという展開に。でも代役つかわなければいけないので顔もみせず背から撃たれて死ぬという展開に変更。そんなこんなで段取りのいじくりでなんとか切り抜けて映画は完成させる映画はまさに妥協の産物なのだが、出来ないよりはいい。そして出来てしまえばみんな幸せ。
映画もアニメも実に大勢の人がからんでいて、それぞれが何かしらの思いをもってその物語を具現化していく。みんながこの一本をささえているんだって感謝したくなるときがある。

見終わったあとに妙にあったかくなれる映画なのでした。

ちなみに音楽はジャック・ドルリュー『イルカの日』よかったですね。ドルリューの音楽にあわせてカットがつながっていくシークエンスは実に心地よいです。



<この映画のなかで撮られている映画が『パメラ』という映画のあらすじ>
英国で婚約者みつけて主人公が、フランスに新妻ジャクリーン・ビセットをつれて帰ってくる。
しかし、ジャクリーン・ビセットと主人公の父親が愛し合ってしまい、ビセットは交通事故で死に、主人公の父は主人公に撃ち殺されるという話。

by ssm2438 | 2011-11-05 03:07 | F・トリュフォー(1932)
2011年 11月 04日

ハスラー2(1986) ☆☆

f0009381_117567.jpg原題:THE COLOR OF MONEY

監督:マーティン・スコセッシ
脚本:リチャード・プライス
撮影:ミヒャエル・バルハウス
音楽:ロビー・ロバートソン

出演:
ポール・ニューマン (ファースト・エディ・フェルソン)
トム・クルーズ (ヴィンセント)
メアリー・エリザベス・マストラントニオ (カルメン)

       *        *        *

I don't deserve this.
Yes you do.


以前に一度負けてやった相手に、トム・クルーズが勝ったときのやりとり。
「(俺の実力は)こんなはずじゃない」「いや、そんなはずだよ」みたいなやりとり。イキでよかった。

その昔「ファースト・エディ」とよばれた男(ポール・ニューマン)はすでに引退し、のんきな暮らしを続けていたが、その前に現れた天才ビンセント(トム・クルーズ)に心を奪われる。磨けば使えると思い立ったエディは、彼にハスラーとしてのテクニックを教えていくが、そのたびの中で再びビリヤードの魅力に魅了され、現役復帰する話。

前回よりは、かなりエンタメ系に振ってあるなという印象。ただ、最終的な物語の構成としてどうだったのか・・・。
『ハスラー』というのは騙す人・詐欺師のことをいう。ビリヤードでは、ビリヤードに金をかけて、最初のうちはねこをかぶりつつ掛け金をつりあげ、最後に実力を発揮して掛け金をもっていく連中のこと。なので、このタイトルをお冠にしている以上は、今回のこのエンディングは間違っていないのだけど、ゆくゆく考えると、私たちが見たかったのは真剣勝負って、だましあいではない。
考えてみれば最初の『ハスラー』では、賭けビリヤードをする人の話だったけど、モチベーションは「ミネソタ・ファッツに勝ちたい!」というもの。そのミネソタ・ファッツと戦うためには、ある程度のお金を用意しなければ相手にしてもらえない。だから彼と戦うために稼ぐ・・という流れで、物語の基本は「勝つ」ことだった。
ところが、この『ハスラー2』では、「勝つ」ことよりも「稼ぐ」ことがモチベーションとして構成されているので、一般的にみるとどうにも気持ちよくないのである。

肝心のビリヤードシーンだが、けっこう本人が突いている。普通に考えると突いているシーンでは、顔だけ本人が突いて、突いた球はプロの人が突いた球にするものだと考えるが、思った以上に本人が突いていた。きっとそれなりに練習したのだろう。素人がやれば、3回つづけてポケットできるだけでもかなりすごいことなのだけど、映画のなかではそんなカットも、複数のカットに別けずに撮っていた。ちょっとうまい素人さんでも十回に一回くらいしか成功しそうにないのに、それを画面にしてるので、何度も取り直したのだろうなと思った。
あと曲芸的な球だしは、プロの人に球の位置を設置してもらい、この角度から球のどこをこのくらいの力でついたらそこに行くよっていうのを指導してもらたのだろう。
しかしながら、ある程度以上うまくないとできないことなので、トム・クルーズも役作りとしてかなり突きまくったのだと思った。なんか、彼ならやりそうだ。
全然関係ないが、先日トム・クルーズがレッドブルのエフワンをサーキットで乗ってみるという番組をJスポーツでやっていた。解説していたのは以前レッドブルにのっていたデビット・クルサード。いやいや彼もけっこうほめてたなあ。かなりハイスピードで乗りこないしていたようだ。だいたい普通の人なら200キロ/時で飛ばすだけでもびびりものなのだけど・・。
そのあとヘリコプターでブルーサンダーみたいに宙返りやってた。これも、よこにプロのパイロットをのせてやっていたのだけど、ほんとにヘリコプターが宙返りしてたよ。
役者さんって、つねにいろんな職業をやることになるので、対応能力が知らず知らずのうちにできているのだろうなあって思った。インディカーにのったり、馬にのったあり、ヘリコプターにのったり・・・、そしてそれをある程度のレベルまでなら自分でできるようになってしまうのだろう。
きっと大切なことは「自分でもできる」って思ってから行動にうつることなのだろう。

キャラクター設定としては、トム・クルーズが演じるビンセントが、やたらとわかりやすいキャラクターになってる。ちょっと子供じみてないか? もう少し大人に設定しても良かったのに・・って思うのだけど。その相手役になっているのがメアリー・エリザベス・マストラントニオ。このころからだんだんと名前が売れ出した人だった。ちょっと目が離れ気味なのだが悪くない印象なのだが、どうも私としては、ベッカ姐さん(レベッカ・デモーネイ)がいいなあ。

<あらすじ>
ミネソタ・ファッツと死闘を演じてから25年の月日が経った、ファースト・エディことエディ・フェルソン(ポール・ニューマン)はビリヤードからは引退し酒のセールスで生計をたてていた。ある日、エディはバーで意気のいい若いビリヤード・プレーヤーのヴィンセント(トム・クルーズ)と出会った。彼の中に天性の閃きを感じたエディは、ヴィンセントを一流のハスラーに仕立てあげようと思いはじめた。ヴィンセントの恋人カルメン(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)も加わって、3人の旅が始る。
ゲームをしたいビンセントとハスラーとして相手を騙しながら金をかせぐことを目的とするエディとは価値観が違い対立も起きていたが、その場はカルメンがなんとかその場をとりもっていた。しかし、ビネントのプレー振りをみていたエディは、「自分も突きたい」という衝動にかられていく。そして一人突きにいくのだが、そこで太ったハスラー(フォレスト・ウィッテカー)にさんざん持ち上げられた挙句こっぴどく負かされてしまい、ハスラーとしての自分のおろかさが許せなくなる。
この敗北を機会にエディは、今一度自分を鍛えなおす決意をする。アトランティックのオープン大会に参加して勝ち上がっていった2人は、準決勝で顔を合わせた。凄まじい激戦ののちエディはヴィンセントを破った。打ちひしがれて床に崩れ落ちるヴィンセント。翌日、エディはヴィンセントがわざと負けたのを知った。大会とは別に誰が勝つかのという賭けも行われており、ヴィンセントとはすでに大物プレーヤーに勝っていたため、優勝は確実とおもわれていた。対するエディ・フェルソンは復活したとはいえ、彼が優勝できるとは思っていなかった。ヴィンセントはそんなエディに大金をかけ、わざと負けて競技会の外でも大金をもうけていたのである。
「これはあんたのぶんだ」とお情けの分け前をもってくヴィンセントに、戦いを挑むエディ。「今のあんたには俺は倒せない」というヴィンセント。「そんなのやってみなければわからない」というエディ。
「それで負けたら?」「また挑戦する、何度でも、勝つまでな」といってブレイクショットをするエディ。

ズガアアアアアアアアん

カンバックだ!


この映画のブレイクショットのおとのダイナミックさはとても素敵だ。

by ssm2438 | 2011-11-04 11:08
2011年 11月 01日

アビス(1989) ☆☆☆

f0009381_11342672.jpg原題:THE ABYSS

監督:ジェームズ・キャメロン
脚本:ジェームズ・キャメロン
撮影:ミカエル・サロモン
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:
エド・ハリス (バッド・ブリッグマン)
メアリー・エリザベス・マストラントニオ (リンジー)
マイケル・ビーン (コフィ大尉)

       *        *        *

ジェームス・キャメロン:僕も『未知との遭遇』やってみました。。。

なんだかんだいいながらジェームス・キャメロンってスピルバーグを追ってるのだと思う。『ターミネーター』もスピルバーグの『激突』『ジョーズ』で描かれたの執着心の具現化だし、この映画は『未知との遭遇』の海底版だし、「スピルバーグに出来るなら僕にも出来る・・・」みたいな部分があるんじゃないのかな? あるいは単にまねしたいだけなのか・・・。そこはよくわからないけど、スピルバーグ2号みたいな印象はぬぐえない。
個人的には「何がすごいのかわかりやすい映画」というものにはあんまり感心がなく、ゆえにスピルバーグの映画もキャメロンの映画も一応見ることは見るけど、世間がさわぐほどそれほどのときめきはもたないのであった。物語りもなんだか未確認生命体が「良い人」を演じてくれるので、かなり安易にハートフルな展開になるのだが、ちょっと甘々なきがして、今ひとつ冷めた目線でみてた映画。しかし、そうはいっても、海底基地のセットとか、水中での撮影にはときめくものがあり、ビジュアル的には嫌いな作品ではない。おそらく、この映画から未確認生命体の要素を抜いてしまえばかなり面白い映画になっていたのだろうと推測できるだけに、観客を喜ばせるための一つのファンタジーが映画全体をだめにしてしまった感がある。

やはり深海ものをやる時に、リアリティを構築してくれるのは<減圧>という行程だろう。演出する側にとっても、やっかいなこの行程だが、ここをうまいことからめて物語にすればけっこう面白いものになるなと思うのだが、『アビス』の場合はエイリアンのミラクルパワーでこれを解決してしまった。。。最後にいけばいくほどかなりご都合主義なファンタジーになってしまった。

ただ人工呼吸は燃えた。これはやっぱり映画のイベントとして燃えるよね。『振り返れば奴がいる』の「還って来い、還って来い石川!」ってばすばすばすと心臓マッサージする織田裕二よろしく、心臓マッサージ/人工呼吸ってのは、生き返るぞ生き返るぞ生き返るぞ・・って期待してしまう。演出的にないやがおうでも盛り上がる芝居なんだけど、やっぱりこの映画でももりあがってしまった。本の少しだけどメアリー・エリザベス・マストラントニオのオッパイもみえたし・・。

当時は『リバイアサン』とか『ザ・デプス』といった海洋ホラーものが同時に公開され、この『アビス』とあわせて三つ巴の戦いを繰り広げていたのだけど、一応ネームバリューでこの『アビス』が興行的には勝ったのだろう。
ただ、物語的にはシンプルは深海エイリアン物にした『ザ・デプス』が一番面白かったともきく。

<あらすじ>
アメリカ海軍の原子力潜水艦がからの音信が途絶えた。調査活動の基地として選ばれたのは海底油田採掘用試作品住居<ディープコア>。コフィ大尉(マイケル・ビーン)が指揮する海軍のダイバー・チームと、バッド・ブリッグマン(エド・ハリス)を始めとする9人のクルー、そしてディープコアの設計者リンジー(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)がディープ・コアを訪れる。バッドとリンジーは夫婦だったが離婚間近だった。
海上は嵐に襲われ、基地を結ぶ連絡ケーブルが切れ、外界からの接触は立たれる。
コフィとそのチームが原潜内から回収したものが核弾頭だった。軍事目的で今回のミッションが動いていることに講義するリンジーだが、コフィ大佐は潜水病とストレスから狂気の世界に入り始めていた。激しい戦いの末に、コフィの艇は海溝に落ちてゆき、水圧で爆死した。バッドは、海溝に落ちた核弾頭の起爆装置を解除するため、液体酸素で満たしたヘルメットと潜水服を着て、底知れぬ深淵へと潜ってゆく。そして彼は起爆装置のコードを切断することに成功するが、液体酸素はディープコアに戻るまでなかった。こうして死を迎えようとしているバッドを救出するのは、深海にする未確認生命体だった。

by ssm2438 | 2011-11-01 11:35
2011年 11月 01日

史上最大の作戦(1962) ☆☆☆

f0009381_9152055.jpg原題:THE LONGEST DAY

監督:ケン・アナキン
    ベルンハルト・ヴィッキ
    アンドリュー・マートン
製作:ダリル・F・ザナック/エルモ・ウィリアムズ
原作:コーネリアス・ライアン
脚本:コーネリアス・ライアン
    ジェームズ・ジョーンズ
    ロマン・ギャリー
    デヴィッド・パーサル
    ジャック・セドン
撮影:アンリ・ペルサン
    ジャン・ブールゴワン
    ワルター・ウォティッツ
音楽:モーリス・ジャール

出演:
ロバート・ミッチャム(アメリカ陸軍第29歩兵師団副師団長)
クルト・ユルゲンス(ドイツ西部軍参謀総長)
ジョン・ウェイン(アメリカ陸軍第82空挺師団第505空挺歩兵連隊第2大隊長)

       *        *        *

ダリル・F・ザナックが作り上げた一大戦争パノラマ。

ダリル・F・ザナックは、ハリウッドの大作大好きプロデューサー。『怒りの葡萄』『我が谷は緑なりき』『イブの総て』など、ハリウッドの黄金時代の代プロデューサーである。この映画もアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなどの有名どころをかきあつめて、ノルマンディー上陸作戦を一つの群像劇に仕上げている。本来これだけの器の映画にしてしまうと、焦点がさだまらず、面白くないものが出来上がるものだ。1977年に撮られたマーケット・ガーデン作戦をねたにした『遠すぎた橋』は、どこでなにをやっているのかわからないまま終わってしまい、正直退屈な時間を過ごさせてもらった。しかし、この映画はけっこうみられる出来になっている。それは、シーンごとにそれなりのクラシカルな映画的な演出がなされているからだろう。

この映画、実は劇場で見た覚えがある。たぶん小学生の頃だったと思う。父と一緒にわけもわからず、津山の明宝会館で見たはずだ。私が生まれたのはこの映画は制作された年だったので、今思うとリバイバルだったのだろう。先行した落下傘部隊が敵がいる街中におりてしまい皆殺しにあうシーンはなかなか衝撃的。夜が明けてジョン・ウェインが率いる第82空挺師団が到着した時には、生存者はひとりだけで、死んだ兵士が落下傘が建物や木々の上部にひっかかったまま中刷りになっているシーンなどはシュールとしかいいようがない。その後テレビで放送された時にみて「あ、このシーンおぼえている」って思ったものだ。

ただ、こういう大河ドラマとか、戦争パノラマとか、グランドホテル形式の映画は面白いとは思わないので、なんといいましょうか・・・、ふ~~~んな映画である。ただ、これだけの規模でつくられたことには感嘆する。

<あらすじ>
連合軍を指揮するアイゼンハワー最高司令官はオーバーロード作戦(=ノルマンディ上陸作戦)を、遅い月の出と夜明け直後の干潮という絶対条件の揃う6月6日と決定した。同日午前0時15分、5000雙からなる連合軍の大船団はノルマンディへ南下し始める。米軍空挺部隊の降下から上陸作戦の火蓋は切られた。ドイツ軍は連合軍を海辺に釘づけにして多大な損害を与えたが物量を誇る連合軍は内陸深く侵入し上陸舟艇はノルマンディの海を覆った。ノルマンディ上陸作戦は、連合軍に多大な被害をあたえるも、圧倒的な勝利に終わり、ナチス・ドイツが後退をはじめる転換期となった。

by ssm2438 | 2011-11-01 09:16