西澤 晋 の 映画日記

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2011年 12月 31日

レザボアドッグス(1991) ☆

f0009381_1151996.jpg監督:クエンティン・タランティーノ
脚本:クエンティン・タランティーノ
撮影:アンジェイ・セクラ
編集:サリー・メンケ

出演:
ハーヴェイ・カイテル (Mr.ホワイト)
ティム・ロス (Mr.オレンジ)
クエンティン・タランティーノ (Mr.ブラウン)

       *        *        *

とにかく、生理的に好かん。
生産性全くナシ。

ただ、キャラクターの書き分けはしっかりしてるので、お勉強にはなるかもしれないが・・・好かん。
クエンティン・タランティーノはホモだと思う。<生産性の無さ>と<残虐性>が組み合わさると、その作家はホモであることがおおい。ま、同じ趣味の人だけ愉しんでください・・・。

<あらすじ>
宝石強盗を計画のために集められら6人の男。Mrホワイト(ハーヴェイ・カイテル)、Mrオレンジ(ティム・ロス)、Mrブロンド(マイケル・マドセン)、ピンク(スティーヴ・ブシェーミ)、Mrブルー(エディ・バンカー)、Mrブラウン(クエンティン・タランティーノ)。しかし計画は、襲撃現場に警官が待ち伏せていたため失敗に終る。
集合場所である倉庫にたどり着く面々。仲間の中に裏切者がいるらしい。疑心暗鬼が広がる。
捕まえてきた若い警官を拷問にかけるブラウン。顔をナイフでぎゅるりいいいと裂き、耳を切り落とす。この警官も後にあっさり殺される。オレンジは潜入捜査官だった。

ギャングのボスはオレンジに銃を向ける。
ホワイトはギャングのボスに銃をむける(オレンジは仲間だとまだ信じている)。
ギャングのボスの息子はホワイトに銃を向ける。

当時香港映画でもよく出てきた3すくみの銃の構えあい。ギャングのボスが銃を発射すると皆さん、発砲3人とも倒れる。銃を手にしなかったピンクがひとり生き残り倉庫をあとにして去っていく。
ホワイトが命を懸けて守ったオレンジは、自ら「自分は刑事」と告白する。オレンジを打つホワイト。ホワイトも倉庫に入ってきた警官達に撃たれて終わる。

by ssm2438 | 2011-12-31 11:05
2011年 12月 30日

エア・フォース II (2006) ☆

f0009381_9531371.jpg原題:IN HER LINE OF FIRE

監督:ブライアン・トレンチャード=スミス
脚本:ポーラ・ゴールドバーグ
撮影:ニール・カーヴィン 
音楽:デヴィッド・レイノルズ

出演:
マリエル・ヘミングウェイ (リン・デラニー)
デヴィッド・キース (副大統領ウォーカー)
デヴィッド・ミルバーン (アームストロング)
ジル・ベネット (シャロン・セラーノ)

       *        *        *

まだまだ頑張ってるマリエル・ヘミングウェイ!

「エアフォースⅡ」とは副大統領がのってる専用機のことらしい。でも、実際のそうなのかは不明。ハリスン・フォードの主演した『エアフォース・ワン』とはまったく関係がありません。
しかし、意外なことにTMVではないような感じ。これで劇場公開作品にしようというプロデューサーの心意気には関心します。なので、ちょっと『エアフォース・ワン』のとボックス・オフィスをしらべてみました。
(数字は IMDb:インターネット・ムービーデータベースから抜粋)

『エアフォース・ワン』
Budget: $85,000,000 (estimated)
Opening Weekend: $37,132,505 (USA) (27 July 1997) (2919 Screens)
Gross: $172,956,409 (USA)

『エアフォースⅡ』
Budget: $1,000,000 (estimated)
Opening Weekend: $232 (USA) (23 April 2006) (2 Screens)
Gross: $884 (USA) (4 May 2006)

この数字がどこまで信用できるのか疑問ですが、『エアフォース・ワン』の予算の85分の1の予算とはいえ、総興行収益が$884ってのはすごすぎませんか? 1$=75円で換算すると、$884=6万6300円。

主役のマリエル・ヘミングウェイは文豪アーネスト・ヘミングウェイの孫娘。姉のマーゴ・ヘミングウェイ『リップスティック』などで有名になったけどその後自殺。大柄の美人姉妹だったのですが、さすがに老けましたね。ウディ・アレン『マンハッタン』ボブ・フォッシー『スター80』ピーター・オトゥールと共演した『クリエイター』などでは良い味だしてました。個人的にはかなり好きだった役者さんで、この撮影の時は45歳。年齢の割にはかなり動いてました。いまでは既に50歳の大台に到達されてしまいましたが、まだまだ頑張って欲しいものです。

<あらすじ>
『エアフォースⅡ」というのはアメリカ合衆国の副大統領とそのスタッフが使う専用機のこと。そのエアフォースⅡが南太平洋を飛行中にサンダーストームに遭遇、ソロモン諸島の島付近に不時着水することになる(余談だが、撮影はニュージーランドだったらしい)。
なんとか近くの島にたどり着いた生存者達は、島のゲリラグループに急襲される。彼らはアームストロングというアメリカ人の傭兵グループで、島の独裁政権のために戦っていた。
副大統領のをウォーカー(デビット・キース)は捕まってしまうが、彼が副大統領だとわかると身代金目当てに生かされる。同行していたシークレット・サービスのリン・デラニー(マリエル・ヘミングウェイ)と副大統領報道官のシャロン・セラーノ(ジル・ベネット)は副大統領を救出に向かうが、反対にシャロンも捕まってしまう。なんとか脱出したリンは、持ち前のコンバットスキルと米軍のヘリコプターの支援により2人を救出する。

大まかに書くと、このようなことなのだが、副大統領のウォーカーももと海兵隊ということで、拘束されてなければがしがし戦えるという設定。ただ、個人的にはそんなアクション物にせずに、普通の副大統領という設定で、マリエル・ヘミングウェイだけのアクションものとして成立されたほうが良かったと感じた。
ただ・・・むかし美人だったとはいえ、45歳のヒロインはちときつい。これがアンジェリーナ・ジョリーだとかだったらまだ解るのだけど・・・。

つまり、こういう特殊部隊的な物語というのは、敵の捕虜になれば当然拷問は避けられない。これは英国特殊部隊SASなどの文献を読んでも、当然のようにでてくる。当然女性兵士の場合は陵辱されるリスクはそこにある。ヒロインをつかって物語を展開する以上、この部分は見る側につねに意識させながら(いかがわしい妄想を抱かせながら)、物語をころがしてやればなんとなく緊張感はたもてるものだけど、この作品に関しては、脳内を刺激する要素があまりにも平凡すぎた・・・。

『スター80』のころのマリエル・ヘミングウェイ。キレイでした。
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by ssm2438 | 2011-12-30 09:54
2011年 12月 29日

ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル(2011) ☆☆☆

f0009381_23402427.jpg監督:ブラッド・バード
脚本:ジョシュ・アッペルバウム/アンドレ・ネメック
編集:ポール・ハーシュ
音楽:マイケル・ジアッキノ

出演:
トム・クルーズ (イーサン・ハント)
ポーラ・パットン (ジェーン・カーター)
サイモン・ペッグ (ベンジー・ダン)
ジェレミー・レナー (ウィリアム・ブラント)
レア・セドゥー (女殺し屋、サビーヌ・モロー)

       *        *        *

脚本を書かないブラッド・バードの監督作品なんて・・・。

実を言うと今日の今日まで、この映画の監督が誰なのかしりませんでした。ま、それだけ興味もへったくれもなかったのですが、今日、突然にこの監督がブラッド・バードだと知り、超特急で劇場に行ってきました(笑)。

・・・・結論からいうと、それなりに面白かったけど、ブラッド・バードの面白さではない。

実は3作目は見ていないのだけど、1、2作目よりは楽しめました。
個人的にはブライアン・画面分割糞デ・パルマは作劇的過ぎるので嫌いだし、ジョン・糞ロープアクション&弾丸のフォローで横から撮るな糞・ウーも漫画っぽいので嫌い。それにくらべてブラッド・バードのアニメは、大人っぽいので大好きだったのだけど・・・、好きなのだけど・・・・・うううう。

他の人が書いたシナリオ段階である程度やるべきことがきまっていて、それをブラッド・バードが監督したという感じ。なので、ブラッド・バードの大人の才能を期待してみるとダメでしょう。・・・・やっぱり、ブラッド・バードは脚本を書いて欲しい。先の作品でみせた自己顕示欲を発揮したくても出来ない大人の哀愁や、ネズミの哀愁がないブラッド・バード作品なんて・・・。

でも、アクション映画としては最初っから最後までアクションてんこ盛りで、楽しく見せていただきましたとさ。

<あらすじ>
ブタペストで、IMF(米国極秘諜報機関)のエージェントが殺され、核兵器発射制御装置の極秘コードを記した書類が盗まれる。IMFは、その書類の奪取のために、モスクワの刑務所に収監されていたイーサン・ハント(トム・クルーズ)を非合法な手段で脱獄させ、核テロを目論むコードネーム“コバルト”という人物の情報を入手させようとする。
彼の情報はクレムリンにあるという。なんぼなんでも、ロシアの政治の中枢であるクレムリンへの潜入は不可能かと思われたがそれを決行するハント。しかし、“コバルト”の情報は既に持ちされていた。そしてその後クレムリンが爆破される。ロシアの警察機構はイーサン・ハントを犯人とみなして捜査を始める。米国大統領は政府の関与を否定するべく“ゴースト・プロトコル”を発令、イーサンとその作戦にかかわったポーラ・パットン (ジェーン・カーター)とサイモン・ペッグ(ベンジー・ダン)をIMFから登録を抹消する決断をくだす。
イーサン・ハントは、IMFからのバックアップを受けることなく、ポーラとサイモン、そして分析官のウィリアム・ブラント(ジェレミー・レナー)とともに、名誉奪回のための作戦行動を開始する・・・。

うむむむ、ブラッド・バードの名誉奪回のための新らたな作戦を立てて欲しいものだ。
その時はきちんと彼に脚本を書かせよう。
こんな脚本では、彼の才能は生かせない。

by ssm2438 | 2011-12-29 23:41 | ブラッド・バード(1957)
2011年 12月 26日

ヒックとドラゴン(2010) ☆☆☆

f0009381_1395714.jpg原題:HOW TO TRAIN YOUR DRAGON

監督:クリス・サンダース/ディーン・デュボア
脚本:クリス・サンダース
    ディーン・デュボア
    ウィル・デイヴィス
音楽:ジョン・パウエル

声の出演:
ヒック (ジェイ・バルチェル/田谷 隼)
ストイック (ジェラルド・バトラー/田中 正彦)

       *        *        *

・・・そうか、共存というのは調教ということか。

原題にもあるように、この映画のタイトルは『君のドラゴンの調教の仕方』というタイトル。

<あらすじ>
遠い昔、とある島のバイキング達は、日夜自分たちの家畜を襲うドラゴンと戦いをつづけていた。子供たちは幼い頃からドラゴンを倒すための訓練に励み、ドラゴンを倒して初めて一人前のバイキングと認められる。族長の息子のヒックも、いつか自分も認められたいと思いながらも、心が優しすぎる余りフィジカルな戦いにはむいていない。そんな彼が、傷ついて飛べないスーパードラゴンと出会い、徐々に心を通わせていく。

子供にみせるにはちょうどいい物語ではあるが、なんだか大人になるといろいろ想うところがあった。

一つは、「嘘を描く」ことに私が興味をもっていないこと。語るべきは「真実」だと思ってしまう。その昔、確か私が20代の後半だったと思うが、私のところにエホバの証人がきて、さんざん彼らのコンセプトを説いて帰っていった。彼らが配布しているにパンフレットの表紙には草原のなかで、人間とライオンが争うことなどなさそうに仲良く描かれていた。私はちょっと意地悪な質問をしてみたくなった。
「このライオンは何を食っていきてるんですか?」
「この世界ではライオンも草を食べます」

・・・・・残念ながらネコかの動物は確かに草も食べる時はあるが、彼らの身体は草を消化できない。ウンコにまじってそのまま出てしまうらしい。私が育った実家ではネコを飼っていて、ためしにその猫にホウレンソウを食べさせたことがあったのだが・・、不思議なことにおいしそうに食べるのである。・・でも、そういうことなのだ。食べるけど、それを栄養として体内に吸収できない体質になっているらしい。

魚をたべるシーンしかないドラゴンをみてると、ふとそんなことを思い出した。


もうひとつ、この映画をみて思い出したのが『桃太郎・海の神兵』
大日本帝国時代、日本が南方進出をくわだてていたころ、国民にみせる戦意高揚映画としてつくられたフルアニメ。桃太郎が落下傘部隊の訓練をして、特殊任務につき、南方の鬼が島に鬼退治に行く話。颯爽と航空機から飛び降りるスカイダイビングの作画は見事なもの。そして鬼をやっつけたのちは、その島のウサギさんやカメさんや森の熊さんに日本語教育を施すという健全な物語。

少なくとも、戦前の日本にはこの手の映画はあったのである。実は私は、戦意高揚映画というのはキライではなく、高みを目指すための努力、強くなるための努力、支配していくための努力というものを肯定的に描いているので、観ていて気持ちいいのである。お国のために、立派な軍馬を育てていく話で、黒澤明が脚本を書いた『馬』なんてけっこう好きだ。

『桃太郎・海の神兵』は明らかに戦意高揚映画だったのだけど、この『ヒックとドラゴン』は、そんな思想は無いだろう。ただ、作り手のなかに、無意識のうちに摺り込まれてるキリスト教的な概念、もっとも増殖力のつよい思想教育なのかなと感じた。
しかも、そこでもうひとつの摺り込まれているコンセプトが「自分が決して調教される側ではない」という基本コンセプト。大日本帝国を打ち負かし、民主主義を植えつけたアメリカ、フセインを成敗しイラクに民主主義をうけつけようとしているアメリカ。これらを無意識のうちに植えつけることがアメリカ社会ではずっとなされていたのだろうな・・って思った。良いとか悪いといってるのではなく、おそらく思想の広がりというのはこうして広がっていくのが自然の法則なのだろう。


ただ、どこか好かんのが、コミュニケーション・能力で支配していこうとするところなのだろうな。どうもこれを私の魂が嫌っているあたりが理系脳だ。私はあんまり相手に対して働きかけたくない人間なのだ。どうしろ、こうしろとも言いたくないし、言われたくもない。ドラゴンが襲ってくるなら、それを撃つ負かすだけの力をつけとけばいい。襲ってこないなら、ほっとけばいい。
なんでそんなものに対して共存というなの調教をせにゃいかんのだ? 
ああ、わずらわしい。
もっと無機質なもと、たとえば原子力だとかを、自分の知性と努力とで制御できるように努力と勉強したほうがいい。

へん!
どうせ私はやっぱりコミュニケーション能力に乏しい理系脳な人間さ! 


ま、そんなふうに、なにか私には好かん部分のある映画ではあるのですが、物語の演出論としてはとってもスタンダードで効果的な組み方されてます。
自分の擁護したい思想を被害者側にすえて、徐々に、相手思想を侵食してく。
これは、本音主義を被害者おいて物語を展開したカミュの『異邦人』みたいなものだ。上手い!


PS,きっとこの原作者は猫が好きだ。
私も好きだ。共通項がひとつくらいないとね・・・。

by ssm2438 | 2011-12-26 13:16
2011年 12月 25日

バイオニック・ジェミー スペシャル/蘇えった地上最強の美女(1987) ☆

f0009381_1755136.jpg原題:THE RETURN OF THE SIX-MILLION-DOLLAR MAN AND THE BIONIC WOMAN

監督:アラン・J・レヴィ
脚本:マイケル・スローン/ブルック・チョイ
撮影:マリス・ジャンソンズ
音楽:ビル・コンティ

出演:
リンゼイ・ワグナー (ジェミー・ソマーズ)
リー・メジャース (スティーヴ・オースティン)
リチャード・アンダーソン (OSIゴールドマン局長)
トム・シャンリー (スティーヴの息子・マイケル)

       *        *        *

1970年代に人気を博したテレビドラマ、『600万ドルの男』『地上最強の美女!バイオニック・ジェミー』。私自身は『600万ドルの男』はみてないので、あまり感情移入はできないのだが、『バイオニック・ジェミー』は燃えました。多分日本国内では『バイオニック・ジェミー』のほうが圧倒的に人気があるでしょう。
この作品は、『バイオニック・ジェミー』の放送終了後、10年して同窓会にようにバオイニック・ジェミーとスティーブ・オースティンが集ったTVM。

『600万ドルの男』の物語は、1972年に2時間TVMとして放映され、のちにテレビシリーズになる。宇宙飛行士スティーブ・オースチンがテスト飛行に失敗し片目、右腕、両足を失ってしまうが、政府の援助によりサイボーグとして復活、特殊能力を駆使して活躍する。
『地上最強の美女!バイオニック・ジェミー』はスティーブ・オースティンの恋人役としてゲスト出演したジェミーが、スカイダイビング中の事故で生死の境をさまようことになる。婚約者であるスティーブ・オースティン大佐(600万ドルの男)は、科学情報局(OSI)に頼み込み、彼女に自分と同じバイオニック移植手術を施させた。
両足、右腕、右耳をサイボーグ化された彼女は生命の危機からは脱したものの、移植の拒絶反応から、スティーブのことを含めて全ての記憶を失ってしまう。しかし彼女は、自分を救ったOSIのためにバイオニック・パワーを使った諜報活動を志願するのだった・・。

<あらすじ>
嘗て『600万ドルの男』と呼ばれたスティーブ・オースティン(リー・メジャース)は既に現役を引退して10年がたっていたが、OSIの要請で再び嘗ての恋人ジェミー・ソマーズ(リンゼイ・ワグナー)と組んでテロリストと戦うことになる。しかし、機密事情が空軍学校に通う息子マイケル(トム・シャンリー)との距離を広げていった。そして都合よく事故にあってしまい、彼の生活を護るためには再びオースティンが受けたあのバイオニック手術をうけるしかない。かくして新世代のバイオニック・戦士が誕生する・・・。

『バイオニック・ジェミー』をみて育った私には、再び彼女に会えるというだけで、胸をときめかせてみたのですが・・・・・・、内容は悲惨。とにかくリー・メジャースが歳をとりすぎている。このときほとんど50歳くらだったのだろうが、胴回りも太くなり嘗てのスマートさはなくなり、間違ってもアクション物ヒーローとはいえない体つき。ま、50歳なら、まだジェームス・ボンドでやれるだろうが、その体形では無理である(苦笑)。
ちなみにジェミーを演じたリンゼイ・ワグナーは、リー・メジャースよりも10歳若い。それでも、40前なので、今ひとつ動きは鈍い。
今のアラフォー世代の女優さんとえいば、アンジェリーナ・ジョリーなどのが思い当たるが、ま、彼女はそれなりにエクササイズをしてるようなので体力的にはそれほど無理はなかったのだろうが、以前はあの頃の女優さんで年取ってアクションをしようなんてひとはほとんど居なかった。本来リンゼイ・ワグナーにしても、アクション女優ではないしね・・・。
そんなわけで、この2人の動きはきわめてアクションものとしてみると緩慢で、キビキビ感がまったくなく、おかげで緊張感もない。

f0009381_17551819.jpg・・・・・しかーし、
リンゼイ・ワグナーはそれでも見る価値はある。『バイオニック・ジェミー』は素晴らしい。
先ごろ、ついにDVDボックスも発売されたらしい。正直なところ、ファーストシーズンは今ひとつのんきな感じなのですが、セカンドシーズンになると燃える話が連打されてくる。
特にスティーブも登場する3話連続の「ゴールドマン局長暗殺指令」、2話連続の「ジェミー地球壊滅を救え!」は燃えます。なんと「ゴールドマン局長暗殺指令」では、『ペーパーチェイス』でリンゼイ・ワグナーの父親キングスフィールド教授とジョン・ハウスマンがフェンボットなるアンドロイドを作ってOSIに復讐を企てるという話。
今、シーズン2だけ買おうかどうしようか迷ってます。ま、今見たら今ひとつがっかりするかもしれないのですが、あの頃のリンゼイ・ワグナーを見られるというのはそうないもので、今、心が揺れてます。。。

ちなみに、リメイクの『BIONIC WOMAN バイオニック・ウーマン』(2007)なるものの既に出来てるようですが・・・・、さすがにリンゼイ・ワグナーへの想いが強すぎてみようという気もおこらず放置プレー。

by ssm2438 | 2011-12-25 17:57
2011年 12月 25日

40歳の童貞男(2005) ☆☆

f0009381_2274198.jpg原題:THE 40 YEAR OLD VIRGIN

監督:ジャド・アパトー
脚本:ジャド・アパトー/スティーヴ・カレル
撮影:ジャック・N・グリーン
音楽:ライル・ワークマン

出演:
スティーヴ・カレル (アンディ)
キャサリン・キーナー (トリシュ)

       *        *        *

スティーブ・カレルの除毛シーンはゲラゲラ笑わせてもらった。

アニメ業界にうようよいそうな、童貞で、うちに帰ればフィギュアがいっぱいあって、テレビゲームが好きで、車の免許ももってなくて、彼女居ない暦=その人の年齢という男がついに童貞を失うまでの話。でも、じめじめしたオタクではないので見ていて不快感はない。おまけに、最後はそれまで買い込んでいたフィギュアを全部売って、きちんと実際にむきあうべき女と“H”をするに至る。きわめて健全な終わり方でよかった。

ヒロインはキャサリン・キーナー
前作の『ザ・インタープリター』の次に撮ったのがこの映画のようだ。世間ではキャサリンといえばキャスリーン・ターナー、あるいは、キャサリン・ゼタ・ジョーンズでしょうが、ま、オールドファンならキャサリン・ロスもあるでしょうが、私はけっこうこのキャサリン・キーナー好きなのです。絶世の美女というわけではないんですが、彼女の持つ雰囲気というのがどうも好きらしい。『マルコビッチの穴』の彼女は素敵だった。悔しいかな、作品はあんまりすきではないけど、あのときの彼女に一番ときめいた。この人は、年とってからどんどん魅力がでてきた。どこかダイアン・キートンに似てるところがよいのだけど、権威アル女性を演じるとけっこうかっこいいんだ。かとおもえば、コメディでもなかなか良い味をだしてる。やっぱりダイアン・キートンの空気を持っている人なのである。
ただ、最後、至福の童貞喪失するところで、ブラジャーつけたままの“H”はちょっとどうなんでしょうね? それ以前にどっかの誰かはオッパイだしてたし、出し惜しみするところではないと思ったぞ。ま、出さないというポリシーならそれでもいいんだけど、ブラは外してほしいなあ。多分、こういう作品はみんなで一生懸命おばかをやらないといけないのに、なんかそこで急におばかに徹しられない理性的な部分をみたようでちょっと残念だった。。。
・・・でも、キャサリン・キーナーは魅力的な女優さんである。

<あらすじ>
f0009381_2262559.jpgフィギュアと『エイジア』のプレーム入りのポスターと、テレビゲームに毒された環境で生きている40歳の独身男、アンディ(スティーヴ・カレル)。なかでも『600万ドルの男』のゴールドマン局長(中央→)のフィギュアには特別な想いがある。
そんな彼は、家電量販店で働いているが、仲間の3人に童貞であることを知られてしまう。それをきっかけに、アンディの童貞喪失作戦が展開されていく。ほとんど、その3人の玩具にされているアンディの童貞だが、向かいの店でネット競売の仕事をしているトリシュ(キャサリン・キーナー)がアンディの店にやって来たときから、アンディの心はときめきを覚える。
いろいろドタバタあったすへ、2人は良い感じになり、ついに彼女のうちへ招かれベットイン。どきまぎしながらもなんとかコンドームをはめようとするアンディだが上手くいかない。しかしそこに子供が入ってきてことは終了。それ以降、20回デートするまでは“H”をしないことしようというアグリーメントがなされる。内心ほっとするアンディ。
そしてついにその日がやってきたのだが・・・。

by ssm2438 | 2011-12-25 02:29
2011年 12月 23日

小さな旅館(1981) ☆☆☆☆

f0009381_11164739.jpg監督:齋藤武市
原作:松本清張
脚本:猪又憲吾
撮影:相原義晴
音楽:菅野光亮

主演:
坂口良子 (森田敦子)
田村高廣 (父・修平)
目黒祐樹 (夫・順治)
森田健作 (北原刑事)

    *     *     *

城ケ崎より愛をこめて。

映像に作り手になる人は、子供のころから自分も作り手として映画やアニメをみているものだ。しかしそのころはまだ、情報をインプットしてるにすぎない。ところがあるとき、自分がホントに作る側になって、いろいろ経験してから出会う作品の中に、「これは・・・・! これって自分が作りたいものだ!」と思うものに出会う時がある。ある人にとっては、再び見返してみた『ウルトラマン』かもしれないし『怪奇大作戦』かもしれない。あるいは普段はなにげなく見過ごしていた『水戸黄門』かもしれないし、あるいはその時はやっていたトレンディドラマかもしれない。
私の場合はこの『小さな旅館』だった。

父が犯人だとしって、埼玉県の東松山まで追ってきた坂口良子が、父を橋の上で会うシーン。ここからの一連の画面構成は、芝居付け、それを撮るカメラのポジション。駆け出した坂口良子を延々と撮る望遠。階層のはめ込み方。手前になめるものと入れ方やそのコントラス。音楽の入れ方、電話などの効果音の入れ方・・・、なにから何まで刺激的だった。この後半のシーンだけは何回みたことか・・・。
それが松本清張の物語として作られ、大好きな坂口良子主演で撮られた。
この画面に出会えたことはほんとに幸運だった。私が二十歳のころの話である。

いつか再放送をしないものか期待をかけていたら、昼の時間に今一度再放送することになった。当時、2時間ドラマをVHSで撮って、仕事から帰ってみていたものです。今の2時間ドラマはもあのころの感動もなくなり見るにたえないものばかりになってしまいましたが、当時の2時間ドラマはすごかった。テレ朝では土曜ワイド劇場。日テレでは火曜サスペンス劇場と、ほとんどそのへん転がってる映画以上にしっかししてるものが出来ていた。80年代の2時間ドラマの再放送してほしいものです。

f0009381_2282541.jpg当時の私が、このドラマをみる本当のモチベーションは坂口良子だった。1955年生まれの彼女がこのドラマの撮影をしていたころは・・・・・26歳だろう。若くて、そろそろ女優としてはあぶらののってくるころだ。当時は彼女のでる2時間ドラマはけっこう録画していた。それが私に幸運を運んでくれた。

そして、その相手役のオヤジが田村高廣だったというのも、嬉しいことだった。品のいい60オヤジを演じた彼は、そのむかし増村保造『清作の妻』で清作を演じていた。自分がしらないうちに、のちのち自分のなかで大事になるものがそこに共存していたことも嬉しい偶然だ。
森田健作もいい配役だった。当時の「Mr.青春」といえば森田健作だったが、『砂の器』丹波哲郎と一緒に捜査する若手刑事として爽やかに登場していた。この物語の森田健作の役は原作にはなかったのだが、敦子のことを昔から想い焦がれていた人として描かれ、旦那と父親が居なくなったあとの敦子はこの人と上手くいくのだろうなというポジティブな予感をも残してくれた。

そしてこの物語が自分の胸からはなれなかったのは、そのロケーションだろう。私が始めて東京にきて住み始めた街は西武池袋線の南長崎。そしてその隣の駅が江古田。このドラマの舞台になっている駅だった。このドラマを見始めたときは、おお、あの駅だ!ってそれだけで感動したものだが、しかし、その江古田という地域が、このドラマでは重要な意味をもってくる。その地域の一部が特殊な泥炭層という土の上にできていて、土の分析から犯行が行われた場所を特定していく展開になるのは、資料を調べることの大事さを教えてくれた。

この物語は松本清張の短編で、40歳の大台を越えてからこの小説をよんでみ。はっきりいってあまり面白くなかった(苦笑)。しかし、ドラマというのは、物語の基本設定がしっかりしていて、でも多少おもしろくないくらいのほうが不思議と出来上がりがよくなるものでだ。この物語はまさにそんな感じ。テレビのスタッフの力量に感謝、感謝。これほど的確に小説→2時間ドラマにモディファイドした作品はそうないだろう。
一番もりあがる、シーンは、一番初めにみた、橋の上で、坂口良子に順治の殺人を告白する田村高廣からの一連のシーンだが、実はここは原作にはなく、テレビスタッフが入れ込んだものだった。泣かせどころは、原作の行間をおそろしいまでに適切に盛り上げてくれた。場所に使われたのは、埼玉県東松山の八幡橋だと思われる。ここは時代劇のロケでよく使われる木製の橋がいくつかあるのだが、きっとスタッフの人が「あそこにしよう!」って決めたのだと思う。脚本家や監督の力だった。

だいたい松本清張のドラマというのは、あまりにしっかりとドラマをつくってあって、あまり泣けるということはないものだが、このドラマは泣けた。ドラマ作りをするのなら、こういう仕事をしたい、こういう演出をしたい!と初めて強くおもわせてくれた作品だった。
残念ながら、このドラマはDVDにもVHSにもなっていないので、このページに書くのは長年はばかっていたのだが、このさい書いておこうと思った。
f0009381_21561479.jpg

<あらすじ>
山歩きをするような格好の怪しい男が商社から出てきたある男をつけていく。その男は西武池袋線の江古田でおりて女と合流すると、近くの小さな旅館に入っていった。その男の名前は森田順治(目黒祐樹)、そして、順治をつけてきたのは、彼の義父・森田修平(田村高廣)だった。
大学教授の森田修平には、敦子(坂口良子)という娘がいた。早くに妻をなくし、男で一つで育てた愛娘を育てた。孫もできた。しかし順治は徐々に横暴な態度をとるようになった。いつも帰りが遅く、調べてみれば女がいた。自分の家に養子として入ったのも、森田の家の財産が目当てだったことが判って来る。

翌日の食卓で、順治を顔を合わさずぼとと言う修平。箸をとめる順治。
「順治君、今日も遅いのかね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「僕の帰りが遅いとお父さんになにか迷惑がかかりますか?」
食事を途中でやめた順治が玄関に向かうと敦子もおっていく。いつもの靴は用意してあるがその時は「今日は黒いほうだ」といい、その靴が磨かれてなければその場で磨かせる。急いでいるので靴墨をつけずに磨こうとすると「靴墨! いったいいつになったら一人前のの女房になれるんだ」と、奥で食事をしている修平に聞こえるように言う順治。

修平にとっても、順治にとってもいかに居心地の悪い家なのかはすぐ判る。そんなストレスを表面化しないようにしながらなんとかこの家のものたちはやりすごしていた。そんな状況下で修平は、親から受け継いだ土地の半分を売り、7500万で順治と女が不倫をする小さな旅館を買い受け、順治の殺害計画を実行に移していく。その旅館には椿の花がさいていた。

この原作が書かれたのは1961年のことで、実は私もこの年には生まれていない。まだ、ホテルというのはめずらしく、連れ込み旅館が当たり前の時代だったのだろう。すがに1980年代に旅館というのは不自然ではあるが、このドラマ化にあたっては年代を正確に設定することはせず、ホテルではなく旅館で物語を構成している。そこには、旅館でなければ成立しなかった段取りがあったからだろう。

前もって女性の声で録音しておいた音声で、順治と女を殺すべき部屋に誘導すると、ふすまの向こうから顔を見せずオレンジジュースのサービスをする。旅館のシステムが変わったことにしばし戸惑うふたりだが、差し出されたジュースを飲んだ2人は、泡をふいて倒れる。青酸カリが混入されていた。修平は、満員表示で他の客を旅館内にいれることなく、その部屋の畳をはがし、床をホリ、2人の遺体を埋めた。

やがて相模湖で順治のコートが発見され、敦子が呼び出されて行き、それが順治のものであることを確認する。「自殺ですか」と問う敦子に対して北原刑事(森田健作)は、素人目にはそう見えるかもしれないが、相ではないという。入水自殺をする人でも、最後まで凍えるのはいやらしく、コートは脱がないそうだ。そしてそのコートから低炭層の土と椿の花びらがみつかる。
泥炭層の土があるのは、東京の江古田付近だけで、さらに椿があるところを探し始める刑事たち・・・。
このままでは、見つかるのはすぐだと判断した修平は、財産の土地の名義を敦子に変えて、今日は拓本をさがしてに埼玉県の東松山にいってみる・・と言い残し出て行った。

やがて逮捕礼状をもった北原刑事たちが、敦子をたずねてくる。
「父は、図書館で調べ物をするといって・・」と嘘をつき、子供を近所におばちゃんにあずけ、東松山に向かう敦子・・・・。
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それから15年たらずくらいして、『星海の紋章』というアニメで、コンテを何本か描いたのだが、その打ち上げでスタッフの皆さんと伊豆半島にいくことになった。そのコースのひとつに龍ヶ崎がはいっていた。
城ヶ崎は、この『小さな旅館』の最後で、修平が断崖から飛び降りて自殺したところだった。
私の演出道の原点である。どうしてもここは見ておきたいという場所だった。その場所で絵葉書を買い、当時の想いを書き、好きだった女性にその場所から送った。

ロマンチストな西澤であった。。。

by ssm2438 | 2011-12-23 21:57 | 松本清張(1909)
2011年 12月 23日

馬を売る女(1982) ☆☆☆

f0009381_13223822.jpg監督:井上昭
原作・松本清張
脚本:国弘威雄
音楽:小六禮次郎
撮影:原秀夫
美術:川崎軍二

出演:
星野花江:風吹ジュン
八田英吉:泉谷しげる

       *        *        *

松本清張サスペンス 傑作選[大映テレビ・TBS編] をごそっと買ったなかにはいっていた一本。制作には、大映テレビとともに霧プロダクション(1984年に松本清張野村芳太郎らとともに設立した会社で、松本清張も代表取締役に就任している)が絡んでいるので、作品の質もきわめてしっかりしている。
松本清張作品というのは、物語があまりにしっかりしすぎていて、技量のない作り手が、曲や広告代理店のプロデューサーの言いなりになってしまうと、マトモな作品にならない。
私は増村保造のファンで、原作も読んだことがあり、その事件の舞台となった善福寺公園もしっているので、どうしても『黒い福音』がみたくて、これを購入すたのだけど、一番当たりだったのがこの『馬を売る女』だった。
この作品は松本清張のなかの短編を、大映スタッフがモディファイドした作品なれど、近年巷にあふれる松本清張原作のテレビドラマや映画よりははるかに出来が良い。

本作の監督の井上昭は大映時代に溝口健二森一生吉村公三郎らについて仕事を覚えた。この映画でも、きわめて妥当なレイアウトが、今となっては貴重である。今の日本映画の何も考えてない糞レイアウトを見ていると、このころのあたりまえだった画面が崇高にみえてしまう。
撮影監督は原秀夫。東映の特撮ものなどの撮影監督だったのだが、テレビの普通のドラマの撮影監督をするようになっている。彼が富田靖子主演の『アイコ十六歳』を撮ってくれたのは幸せなことだ。

<あらすじ>
星野花江(風吹ジュン)は、恋愛神経がほとんど機能してない30半ばの独身女性。とある会社の社長秘書をしているのだが、無駄口をきくことはなく、与えられた仕事を無機質に黙々とこなしていくだけの女だった。しかし、彼女にはひそかな営みがあった。
競馬の予想である。堅物で賭け事などはまったくしないように見えるの彼女だが、彼女の競馬予想は当たった。どこからかその噂をききつけた男達が、彼女から情報を買うようになっていた。彼女のノートには、彼女から情報を買うことを契約した男達のリストがずらりと並んでいて、彼らから月ぎめで入金されていたのだ。質素に思割れた彼女は、実は大金持ちではないにしろ、かなりの貯蓄をもっていた。
しかし、あるときから、その予想があたらなくなる・・・。

星野花江が秘書をつとめる社長・米村重一郎は馬主だった。会社の電話で馬主仲間と競走馬の情報を交換することもあった。あの馬は病み上がりだから勝てないとか、あの馬は足に故障をかかえているから勝てないとか・・。花江はそんな電話をこっそり盗み聞きし、その情報をリストの男達に売っていたのだ。しかし、そのことに気づいた米村は、彼の会社の孫請け会社の八田英吉(泉谷しげる)に調査を依頼する。八田の提案で、米村はニセの競走馬情報を流すよう手配した。

競馬予想が不振に陥った星野花江は、気落ちしているように見えた。自分が破滅させた女に少なからず興味をおぼえた八田英吉は江戸川区まで花江を尾行し、いつしか2人は気軽な話すようになっていた。八田は、はっとしない男だったが、花江にとっては初めて自分を求めてくれる「男」だった。生まれてこのかた男に求められたことのなかった花江にとってそれは、初めてのトキメキだった。
自分の工場の資金繰りが厳しい八田は、彼女の貯めた金を大量に借り始めた。それすらも花江にとっては喜びだった。しかし、八田への貸金が累積し、生活設計が狂ったことに気づき、花江は自分がバランスをくずしていることに気づく。返済を先延ばしする八田に対して、花江の請求は徐々に厳しくなっていたった・・・。


風吹ジュンは可愛すぎるうううううううううううううううう!!
1952年生まれの彼女は、このドラマが公開された時には30歳だったが(撮影されたときはもしかしたら最後の20代だったかもしれない)、あまりにも可愛すぎる。こんな女がいたら、それはどれだけ部長面をいつもしてるからといって、男に相手されないわけはない。そういう意味ではやや理解しがたい主役設定だったが、しかし、可愛い人のほうがみていて楽しいのでそれはよしとしよう。
そんな風吹ジュンが、今まで男と恋愛したことがない女を演じている。そして一気にはじめての恋愛が怒涛のようにおしよせてくる。いままで感情らしいものすらなかった彼女が、八田といるだけで、幸せに感じ始める。「もう一人じゃないんだ」という安心感に一気に溺れていく。そんなはじめての体験群が彼女の平常心に異変を生じさせてしまった。
ただ、これ以前にTBSに東芝日曜劇場(1時間枠)で放送されていて、その時は倍賞千恵子が演じていた。おそらくこちらのほうが、原作には近いイメージだっただろう。

最終的には彼女が八田に殺されて終わるのだが、彼女が八田に貸していたお金には、担保などの起債もなにもなく、借用書としては意味のないことがわかる。彼女は、八田に貸したお金は、戻ってこないかもしれないということは理解しており、それでもいいと思って貸していたのである。
そのことを知った八田は最後、彼女の部屋でなきつずれるのだった・・・。


ちなみにこのボックスに入っていた以下ラインナップは以下の通り。

『黒い福音』
 神父の疑惑 スチュワーデス殺し
現実に起きた未解決のスチュワーデス殺人事件に松本清張が推理と解決を提示した問題作を映像化!
原作:松本清張/脚本:新藤兼人/監督:増村保造/出演:宇津井 健、三浦友和、片平なぎさ、五月みどり、杉浦直樹
[本編]122min.(1984年11月26日TBS系にて放映)

『内海の輪』 大学助教授の不倫の決算 蓬莱峡に消えた死体
教授昇進を控えた新進気鋭の考古学助教授邪魔になった愛人を断崖から突き落として殺害するが…
原作:松本清張/脚本:中島丈博/監督:井上 昭/出演:滝田 栄、岡 まゆみ、井川比佐志、宇津宮雅代
[本編]94min.+[映像特典]ハイライト(1982年4月17日TBS系「ザ・サスペンス」にて放映)

『馬を売る女』 お願い!もう一度だけ好きだといって・・・・
馬主の社長のもとに集る情報を商売にしていた秘書家族も友人もいない女は愛人に金を貢ぎ続けるが…
原作:松本清張/脚本:国弘威雄/監督:井上 昭/出演:風吹ジュン、松本留美、仲谷 昇、高橋昌也、泉谷しげる
[本編]94min.+[映像特典]ハイライト(1982年10月23日TBS系「ザ・サスペンス」にて放映)

『共犯者』  男二人をお手玉したカワユイ女ともだち
銀行を襲撃して奪った金で商売を始め成功した男疑心暗鬼からかつての共犯者の監視を開始するが…
原作:松本清張/脚本:中島丈博/監督:井上芳夫/出演:平 幹二朗、春川ますみ、畑中葉子、あき竹城、片桐夕子、尾藤イサオ
[本編]94min.+[映像特典]ハイライト(1983年3月5日TBS系「ザ・サスペンス」系にて放映)

by ssm2438 | 2011-12-23 13:24 | 松本清張(1909)
2011年 12月 19日

ゼロの焦点(2009) ☆☆

f0009381_0233332.jpg監督:犬童一心
原作:松本清張
脚本:犬童一心/中園健司
撮影:蔦井孝洋
音楽:上野耕路

出演:
広末涼子 (鵜原禎子)
中谷美紀 (室田佐知子)
木村多江 (田沼久子)
西島秀俊 (鵜原憲一)

       *        *        *

そのCG、糞おおおおおおおお!!!!!

前半中盤までは普通の出来だったのだけど、事件の真相が語られるところから一気に失速。日本海を行く記者の窓に低級なCGの海が張り込まれてからの、その後語られる糞CGの断崖のシーンは近年まれに見る全部ぶち壊しの悲しい出来。なんで一番たいせつなところを、糞CGの波なんかで描くかなあ。そこは何日待とうが、日本海の荒波が撮れるまでホントの日本海の荒波を撮って、そこで芝居するべきだろう。
あそこから一気に気抜けして、それで終わるのかなって思ったらそこから長い長い。。。あのあたり、まだ順番変えてたらもうちょっと良かったのかも・・・。

原作の松本清張は、戦後の日本の天才小説家でしょう。『影の車』(1970)、『砂の器』(1974)、『鬼畜』(1978)、『疑惑』(1982)、『天城越え』(1983)あたりは、松本清張の魅力をかなり映画に移し変えることに成功した映画です。それまでのサスペンス物ではなく、犯罪を起こしてしまう人の追いつめられた心理描写が素晴らしく、そのシーンを直接描かずに、そのシーンを想像させながら物語を進めていく、物語の展開力は図抜けています。この人の原作を生かすも殺すも、この間接描写にどれだけリアリティをもたせられるかが総てといっていいでしょう。

今回の映画は、1961年に作られた『ゼロの焦点』とくらべると、かなり万人に解りやすく作られてました。犬童一心の描き方はかなり直接的なので、松本清張の作品というよりも、そのへんにころがってる土曜ワイド劇場的な展開になってるといって過言ではないでしょう。昔の映画というのは、万人にわからせる必要をプライオリティにはしておらず、そこにいたる過程は見ている人の想像力にゆだねてる部分がかなりあります。しかしこの映画では、必要以上に詮索させるところや、夢を壊してしまう部分は削ってありました。ただ、入れなくてもいいエピソードもあり、レンガ造りの社長さんの暴君ぶりや、最後の自殺はまったく必要なかったでしょう。さらに最後のほうの中谷美紀の選挙本部でのスピーチシーンからの流れなどは、いかにも今風のよくある展開で、亜流感がひしひしと感じられて、感動すべきなのに妙にしらけたままエンディングに至ってしまいました。
嘗て60年から70年にかけて野村芳太郎監督で作られていた松本清張作品の質にくらべると、あまりにも演出コンセプトが幼稚になってしまったのが残念。

松本清張原作の物語は、普通にきちんと作ればかなり面白いものになるように出来ているし、この物語に関して言えば、昭和につくられた『ゼロの焦点』自体があまり良い出来でもなかったので、越えられる可能性は充分にあったのに・・・・、それでもこんなになっちゃいますか・・・。

<あらすじ>
そろそろ戦争の傷が癒えかけた日本。金沢と東京を行き来する鵜原憲一(西島秀俊)と結婚した禎子(広末涼子)は、その一週間後、仕事の引継ぎのため金沢に向った憲一を駅で見送る。しかし、憲一は予定の日を過ぎても帰ってこなかった。失踪の理由もさっぱり見当がつかない禎子は、単身金沢へ向かう。
そして連続殺人事件。どういうわけか金沢にきていた憲一の兄、鵜原宗太郎(杉本哲太)が青酸カリのウィスキーを飲まされて毒殺され、現地に残って憲一の失踪事件を背景を調べていた金沢支店の本多(野間口徹)も背中を刺されて殺される。さらに、憲一は曽根益三郎と名乗り、田沼久子(木村多江)という女と同棲していたことが判明、さらに憲一は東京に戻るといったその日に自殺していた。
夫の憲一と久子の接点は戦後から3年した憲一の立川勤務の警官時代にあった。米軍基地が近くにある立川ではパンパンとよばれる外国人相手の日本人娼婦がいた。田沼久子はパンパンだったのだ。そして彼女の女友達に今の室田耐火煉瓦会社で社長夫人・室田佐知子(中谷美紀)がいた。
総ての不幸は、佐知子夫人の過去を知る鵜原憲一と田沼久子が室田佐知子が出会ったことから始まったのだ・・。既に地位を手に入れていた佐知子にとって、それは暴かれてはいけない過去だった・・・。

by ssm2438 | 2011-12-19 00:27 | 松本清張(1909)
2011年 12月 18日

スティック・イット!(2006) ☆☆

f0009381_16373525.jpg原題:STICK IT

監督:ジェシカ・ベンディンガー
脚本:ジェシカ・ベンディンガー
撮影:ダリン・オカダ
音楽:マイク・シンプソン

出演:
ミッシー・ペリグリム (ヘイリー・グラハム)
ジェフ・ブリッジス (バート・ヴィッカーマン)
ナスティア・リューキン (本人)

       *        *        *

アメリカのテレビドラマ、『ルーキー・ブルー』で人気急上昇中のミッシー・ペリグリム。このドラマをみてたときは、「うわ、すっげえ肩幅あるなあ」っておもってたけど、もともとアスリートだったのですね。高校のころからさサッカー、フィールドフホッケー、スノーボード、バスケットボールなどをしてたとか。その後モデルなどをしつつショービズ業界にはってきたらしい。出来るなら今のうちにヌード写真集だしてほしいです。かなりスゴイからだしてると思う。
この映画では、アメリカの体操選手を育成するアカデミーにはいるのだけど、その練習風景はどはかなり魅力的。スタントは代役なのだろうけど、それでも顔がみえるところの動きなどをみても、かなり真にせまっている。バリバリのアスリートだなあって思ってしまった。

ただ・・・・話はちょっと・・・・・いただけない。

監督は『チアーズ』の脚本家だったジェシカ・ベンディンガー。音楽はかなり悲しいし、見せ方もちゃらちゃらした演出が多すぎ。
なんでこう演出の才能のない人は、出来そうなことをとりあえずやってみるのでしょうね?
本来演出というのは、そのシーンを最適に語るはずの見せ方を追求するものなのだけど、その才能のない人はとりあえず、目新しいことをやってみる。CGをつかって出来ることも増えたので、その選択肢もやたらと増大した今日、以前では誰もやったことのない撮り方などは無数にできるものだ。しかし、それが出来たからといって正しい演出にはならはい。最近の糞監督は、まるでフォトショップのあまたのフィルターのなかから適当目新しいものを選んで画像加工するように、珍しい見せ方しか興味がない・・というか、真実が見えないのでそういうくだらないところにしか目が行かないのだからし方がないのだけど・・・・。
多分この人は<成し遂げる遺伝子>をもってないひだと思う。総ての思想はこのようなシンプルな台詞の中にある。

「体操で大事なのはまず競技のバカバカしさと向き合う精神力」
「選手にとって最大の敵は審判員たちの嫉妬」

まけた自分を自己弁護するには良い言葉かもしれないが、本気で世界一を獲りに行く人は、そんなことは思うわけがない。本当の満足とは、自分も満足して、社会もそれを認められること。アマちゃんなら前者だけで満足できるかもしれないが、トップアスリートはそうはいかない。自分も世界一になりたいし、なった自分を認めて欲しい。その強烈なエゴが満たされなければ幸せになれないのである。それが持てる人は幸せだと思う。でも、この監督は、きっと自分がそれを、もてない人間だと判っているので、そのコンセプトを否定しているのだと思う。

とはいえ、それでも練習風景はけっこう楽しくみせてもらった。<成し遂げる遺伝子>をもってない人に見せるにはこれくらいがいいのかもしれない。

<あらすじ>
将来を嘱望されながら、ジュニア体操選手権決勝という大舞台の直前に逃げ出したヘイリー(ミッシー・ペレグリム)は無軌道な生活を送っていた。その日も彼女は仲間たちと、建設途中の豪邸を舞台にBMXのパフォーマンスに酔っていたが勢いアマって硝子窓を壊し、不法侵入で警察の厄介になる。裁判所は保護観察機関として彼女にテキサスオ士官学校に入るか「VGA」に入るか選択を強要される。「VGA」とは、その筋では鬼コーチとして知られるヴィッカーマン(ジェフ・ブリッジス)が指導する体操選手を育成するためのアカデミーだった。

f0009381_16424738.jpgなにかにつけて、体制に従いたくないヘイリーはぐれてばかり、そのせいで屋外をランニングさせられる他の生徒達。そんなことで、とりあえずやや従順に練習に参加するようになるヘイリー。緩んだ体型を引き締めるため(?)に氷風呂に入っているヘイリー・・・。効果あるのでしょうか?
体操の練習シーンは真フカンからの画面を多用しており、絵図ら的にはかなり新鮮です。平行棒とか平均台とか、V字のフォー名ションで倒立したままの女の子達がマットを横断するところを真上から撮るなんてのはかなり新鮮です。
みなさん「肩入れ」できてます。(→)

いざ試合、アカデミーの女の子達は、レオタードのお尻の部分がずり上がらないようにお尻とレオタードの間に粘着スプレーをかけています。ええええ、そんなことしてたの??ってちょっと感動。こういう、その筋の人しかしらない小技をだされると感動してしまいます。しかし・・・、確かに今はそうでしょうけど、昔はそんなものはなかったのだろうから・・・、演技してるとだんだんとずりあがってきてたのでしょう。とはいえ、昔は今みたいにハイレグなレオタードじゃなかったのだけど・・・。

いよいよ試合、でも、
危険な技をやり過ぎるという理由で減点されたり、ブラジャーの紐が見えたから減点されたりする選手達、それにたいして、サボタージュで応戦する選手。ここからの展開はがっかり・・・。
一生懸命やらない理由を、他人のせいにするな!!て力強く怒らせて貰った。

監督の人間力の弱さが全面に出た映画でした。。。

映画の構成的にも、見せ方的にも未熟さ全開なのですが、体操の練習風景や、試合でも出来ている技のシーンは良かったので☆ひとつおまけしました。

by ssm2438 | 2011-12-18 16:39