主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

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f0009381_094166.jpg監督:佐藤嗣麻子
原作:秦建日子
脚本:佐藤嗣麻子
撮影:佐光朗
音楽:住友紀人

出演:
篠原涼子 (雪平夏見)
佐藤浩市 (一条道孝)
山田孝之 (村上克明)

    ×     ×     ×

面白かった。
『羊たちの沈黙』みてるようで、日本の猟奇殺人映画がきちんと出来てるなって感じがした。それ以上のときめきはなかったが、それだけあるだけでも、前作よりは良かった。

今回はシリーズ構成からやってたシナリオライターの佐藤嗣麻子が監督という立場になっております。ただ、だからといって映像のつくりがわかってるとはおもわないのです。音の入れ方とか、望遠~広角の使い方といか、編集のポイントとか、そんなことはシナリオ書いてるだけでは絶対わかりません。でも、おそらく、おそらくですよ、お話作りの面ではかなり自己の主張をとおされたのだと思います。
私もまがりなりにも何回か監督なることをやったので判るのですが、一般受けユーザーへの迎合する流れの中で、いかにしてきちんと、こだわりを見せるかといういはかなりのエネルギーを必要とします。しっかりお仕事されたのだと思います。結果として、物語のつくりはしっかりして「猟奇殺人」という基本路線にもどされているようです。
なんでもかんでもスケーるを大きくしたらおもしろくなるわけではなく、それぞれのスケールに応じてきちんと出来てれば「あ、これいいじゃん」っておもえるわけですよ。それに画面とか録音とかいう部分はその担当の撮影監督とか録音監督とかがしっかりてればおまかせしていいわけですしね・・・。

ただ・・・・、これがこの物語の最後の映画/エピソードになるのだとしたら、あるいはそうなるかもしれないという懸念があったのなら、もうちょっと局部の物語にとどまらず、全体的に納得させてもらえる話でみたかったな・・という気持ちもあります。部分の話だからこれでいけたのだろうけど、もうちょっと全体系の話だったらどうだったのだろう・・って思うところは否定できないな。

もう一がんばり欲しいところです!
でも、どっちが好き?ってきかれた、こっちの方がすきだな。前の映画よりは・・・。
by ssm2438 | 2013-04-30 00:10
f0009381_23511660.jpg監督:小林義則
原作:秦建日子
脚本:佐藤嗣麻子
撮影:大石弘宜
音楽:住友紀人

出演:
篠原涼子 (雪平夏見)
椎名桔平 (後藤国明)
江口洋介 (斉木陣)

    ×     ×     ×

実はテレビシリーズは見てないのだけど、映画だけ見ました。
ネットの反響を読むと、次の映画の方が好感はもたれているような気はする。

しかし・・・、篠原涼子はいいやね。
顔のパーツ、パーツを部分的にみると決して美人ではないのだけど、それがひとつになるとなんかいいムードなんだけど、あの鼻のかっこわるさも、整形してないって思えば板野・プラスティックサージュリ・友子よりもすがすがしくみえる。なにより全体の雰囲気がよい。でも、どっちかいというと、この映画の篠原涼子よりも、次の映画の彼女の方が色っぽくていいやね。

で、内容的には・・・『アンフェア』で『ダイハード』やってみました・・みたいな感じというのが的を得てるだろう。
個人的には大どんでん返しものは嫌いで、2度見て楽しめない物語なんてのはつまらないと思ってるのです。

たとえば、あなたがシナリオライターの養成学校の講師で、テレビドラマのシリーズ構成やってるとしよう。そこに、とんでもない発想の物語と書く人と、ありきたりのシチュエーションを思いっきり繊細な心理描写で書ける新人さんがいたとする。シリーズ構成やってる立場から、どっちか一人を使いたいっていったら、そら後者だよね。
この映画は、前者をとって話をつくったような感じ。
売りが篠原涼子ちゃんの雰囲気のかっこよさだけで、あとはどんでんがえしでとりあえず観客ごまかしました・・って感じの話。

きちんと作ろう、ドラマ!
by ssm2438 | 2013-04-29 23:52

化石の森(1973) ☆

f0009381_1432747.jpg監督:篠田正浩
原作:石原慎太郎
脚本:山田信夫
撮影:岡崎宏三
音楽:武満徹

出演:
萩原健一 (緋本治夫)
二宮さよ子 (井沢英子)
杉村春子 (治夫の母・多津子)
八木昌子 (塩見菊江)

    ×     ×     ×

久々に退屈な映画をみたな・・・。
この映画を見ようと思ったのは岡崎宏三の画面を見たかったから。でも、あまり興味をそそってくれそうな映画がなかったので仕方なく借りたのがこれ・・・。

ハズレました。

岡崎宏三の画面はすばらしいです。同年にとった『朝やけの詩』なる映画の画面がすばらしく、ちょっと気になってた人でした。この時代の撮影監督さんはみなさんきちんと画面をしってらっしゃる。今の邦画のように糞画面連打のアホばっかりになったのはいつからなのでしょう。
しかし、どんなに画面がよくても、物語が退屈だとみるきになりません。ま、監督が篠田じゃしゃーないかと思ったりもします。この人の取り方というのはピーター・イエーツ的で、シナリオにあることをそのまま画面にしただけで、シナリオに展開してある事柄を説明してるように撮る気がします。みたい役者さんでも画面の中に居れば安定していいとも言えなくはないのですが、誰も見たい人が居ないときにみるにはつらい監督さんです(苦笑)。

映画はシナリオをそのまんまなぞっただけのような話で・・・、とりあえず人物設定と大まかなあらすじだけ書いておこうか・・・。

緋本治夫(萩原健一)25歳は、ある大学病院でインターンをしている。彼とかかわることになる女が3人。
治夫は高校で同級だった井沢英子(二宮さよ子)。理髪店で働いているが、どうやらそこのマスターとはかんけいがあるらしい。とはいえ、二人は体の関係になる。
治夫の病院で脳の手術をうけることになった子供の母親、塩見菊江(八木昌子)。のちのち再び登場。
治夫は、母・多津子(杉村春子)。7年前、男との浮気現場を見てしまい、その後は親子との関係を絶っている。
英子はマスターを殺したい程憎んでいるいい、治夫の言葉「憎い奴は殺すまで憎め」に背中をおされ、マスターの瓜に劇物をしみ込ませ殺してしまった。二人は完全犯罪に酔ったが、英子が女房気取りになり始めた、治夫は英子から逃れたいと思うようになる。
そこに再び菊江登場。述語の相談などしてるうちにいかがわしい関係になってしまう。嫉妬にくるった。菊江の夫は、そのことを英子にバラしてしまった。
治夫が自分から離れたことを知った英子は、マスター殺しを自首する決意をする。しかしそんな英子をおちつかせようとする多津子は、英子に毒殺を飲ませ殺してしまう。
これでも私も息子と同罪ねという多津子・・・・。ちゃんちゃん。

物語自体はまったくおもしろくもなんともないのですが、この映画をみて八木昌子という女優さんを知りました。池波志乃をちょっとスマートにした感じで、なんかくたびれた色気がすばらしいのです。
唯一の収穫でした。
by ssm2438 | 2013-04-28 01:43
f0009381_20511261.jpg監督:森谷司郎
脚本:森谷司郎/井手俊郎
撮影:中井朝一
音楽:いずみたく

出演:
岡田裕介 (庄司薫)
森和代 (下条由美)

    ×     ×     ×

原作は庄司薫の小説で1969年の第61回芥川賞受している。主人公と著者が同じ名前である。自分の体験談がかなりベースになっているのだろうと推測する。

物語は、学生運動が血気盛んなころ、ついに東大の安田講堂が学生たちに占拠され機動隊まででた騒ぎのあったとし、東大受験を控えた主人公の悶々とした日々をインテリトークで語った話である。主人公の庄司薫は、兄弟が当たり前のように東大にはいる家庭に育ち、薫も当たり前のように頭が良く、あたりまえの東大に入るものばかりと思っていた。しかし学生たちの安田講堂占拠事件が勃発。その年の同大受験が消滅しそうな雰囲気になる。主人公薫にとっては、東大に入学するのは当たりまえの路線だったのが、急にその路線があやふやなものにみえはじめてきた。
生まれたときからお利口さんの遺伝を受け継ぎ、兄弟はみんな勉強が出来て当たり前のように東大に入っている。こんな環境化では「東大にはいる」というのは当たり前のことなのだろう。ある種の洗脳状態人ある。でもその主人公も普通のナイーブさももちあわせている。学生運動に傾倒して暴れるわけでもない。ただ頭の中で世間で起こっていることと、頭の中の理屈をなんとかシンクロさせたい。そんな欲求からくる青春の無軌道な時間を描いた話だと解釈できるかもしれない。

映画自体は・・・それほど面白いかといわれると、ふう~~~~んな映画ではあるのだけど、何かしらあの時代のにおいを保存して未来に残してるという意味においては希少価値がある作品だと痛感する。おそらく、あの時代に青春を生きた人たちにはかわいくて仕方がない映画なのかもしれない。方向性はちょっと違うのだが『いちご白書』と、この『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、あの時代に青春していた人々には宝物になりかねない貴重な映画だと思う。

主人公を演じた岡田裕介は、今では東映の代表取締役になられてしまったが、当時は悪の強くない、ひ弱さのある、インテリ系の登場人物の役どころじゃかなりもっていってたような気がする。
ヒロインの森和代は、この映画のあとちょこっと別の作品にもでてるようだがすぐに結婚引退してしまった。妙に味のある人だったのでもったいない話である。

主人公は最後、赤頭巾ちゃんにあう。とにかく純粋無垢な少女なのである。都会の町の中で名も知らない主人公に話しかけ、本をさがすのを手伝って欲しいといわれる。主人公はその付き合いでおそらく銀座かどこかの人々の雑踏のなかを二人でロードムービーすることになる。

最後の主人公のモノローグで作者の願望が語られる。
たとえ狼さんが大きな口をあけてまっていたとしても、そんな狼さんに笑顔で優しく語りかけられる精神としての「赤頭巾ちゃん」が住める世界であってほしいな・・ってことを語っている。これは作者の希望とかではなく、これから社会にでていく主人公=作家の、自分のナイーブさが守られる社会であってほしいなという、切なる祈りだったのだろうな。
そのナイーブさが守られないからといってヒステリックに騒ぎ立てるわけでもないが、でも願望としてちょっと言ってみたかったぞ!ってことなのだろう。

いろいろナイーブで面白いです!
by ssm2438 | 2013-04-27 20:50
f0009381_20525022.jpg監督:森谷司郎
脚本:関沢新一/斯波一絵
撮影:山田一夫
音楽:佐藤勝
特技監督:円谷英二
特撮・撮影:有川貞昌

出演:
加山雄三 (九段中尉)
佐藤允 (加賀谷飛曹長)
千秋実 (航空隊司令)

    ×     ×     ×

私の大好きな映画『海峡』を撮った森谷司郎の監督デビュー作である。
映画監督には、その映画は出来がよかろうが、悪かろうが、波長のあう映画監督というのがある。森谷司郎はそのひとりだ。なので、この映画もそれほど面白いというわけではないのだが、とりあえず見ておきたい映画のひとつだった。
内容的には特筆すべきところはほとんどない。「とりあえずおまえやってみるか」的な仕事だったのかもしれない。それほど方に力をいれて撮るような映画でもないし、ま、普通の低予算娯楽映画であろう。

時は昭和18年4月(太平洋戦争開戦の真ん中ちょいすぎあたりである)、連合艦隊司令長官山本五十六が、一式陸攻で撃墜されたところから物語りは始まる。日本軍の暗号はすでにアメリカ軍に解読され、その結果山本五十六も襲撃されて戦死した。とにかく情報線にことごとく破れている日本軍だが、「大和魂」でなんとかなるものでもない。ミエッドウェイ海戦の惨敗の後、日本はじりじりと負けて行くのだが、この時期ではすでにガダルカナル島から撤退してる状況らしい。
舞台に鳴っているのは南方戦線のとある基地。といってもゼロ戦は7機しかない小さな部隊の話である。

山本五十六の死後、その弔い合戦をしたい兵士たちであるが、その実態は昼間は穴倉にかくれて夜になんとか行動する程度、戦力もゼロ戦7機しかない状態。そしてその部隊の隊長が戦死、公認に九段中尉(加山雄三)が赴任してくる。部隊では伝説のゼロ戦ファイター志津中佐が来るモノとばかり思っていたが、出迎えて見ればおぼちゃん育ち的な合理主義者の隊長さんだった。
加賀谷飛曹長(佐藤允)ほかの兵士たちは彼をぺーぺーの若造だと思っていたが、徐々に九段中尉はその能力を発揮していく。

この主人公・九段中尉の特殊能力は徹底した合理主義。世間では大和魂でなんとかしろ!という状況だけど、彼に言わせると、「ガソリンがなければゼロ戦は飛ばない! 大和魂ではどうにもならない」というものだ。
環境が強権的な絶対服従的軍司令部の態度にたいして、戦って、生きて帰るために何をするか・・ということを考える能力を与えられている。
その戦法は『三国志』でいう孔明のような感じ。
物語では、その部隊の兵士たちと対立しつつも、主人公の沈着冷静な判断が好成績を残して行く。
最後は、実は九段中尉というのは志津中尉で、その合理的判断で無謀な軍令部の作戦にそむき、僻地へ飛ばされてきていたというオチ。

空母に100機くらいをのせた大艦隊というような贅沢な設定はもう不可能な中、たった7機のゼロ戦の部隊でどうお話をつくっていくのか??と見ていると、敵が落として入った不発弾の逆利用や、ポンコツの機体をエンジンだけすげかえて再利用するとか・・、あのてこの手の知恵を絞った低予算映画のがんばりをみせている。

あと、佐藤勝の音楽はみょうにかっこいい!

結果的に特に見なければいけない映画というわけではないが、冒頭にでた山本五十六の写真だけは本人の写真のようであった。
by ssm2438 | 2013-04-27 03:07