主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

妹(1974) ☆☆

f0009381_1719997.jpg監督:藤田敏八
脚本:内田栄一
撮影:萩原憲治
音楽:木田高介

出演:
秋吉久美子 (小島ねり)
林隆三 (小島秋夫)
吉田由貴子 (和田いづみ)
ひし美ゆり子 (女子大生)

    ×     ×     ×

ひし美ゆり子が出てると、うちらの世代はそれだけでときめいてしまうなあ。

『神田川』『赤ちょうちん』、そしてこの『妹』南こうせつのヒットソング(四畳半シリーズ)をモチーフにした映画。『神田川』が東宝がつくり、『赤ちょうちん』と『妹』を日活が作ったもの。
ストーリー的には一番『神田川』が歌のイメージにちかかったようなきがするが、南こうせつは主演の草刈正夫がちがったみたい。あと物語自体にひっかかりが乏しかったかな。ビジュアル重視で丁寧に撮ってるけど、物語にはほとんど物語がなく、なんだかなあという感じ。
日活で作られた二本は秋吉久美子をヒロインにして作ったのだが、本来の歌詞のイメージとはかなりはなれたものになったてたような気がする。それでも70年代の四畳半生活(ぱっとみ六畳はありそうだが)のテイストとかは良く分かる。
いわゆる「しらけ世代」(私より10歳±5歳くらい上の世代かな?)と言われてた時代の若者感。あんまりその言葉がピンとこなかったのだが、この一連の映画をみているとなんとなく理解出来た。その前までは学生運動と大学紛争がふきあれてた時代は、「俺たちの世代で社会をかえるんだ!」みたいな空回りのエナジーがあったのだが、時代がそんな風情ではなくなり、学生運動ができなくなった四畳半に住んでた若者たちがただ日々をだらだら生きてる感じ。個人的には肯定する要素がないので好きになれない映画群ではある。

しかし、それはさておきこの『妹』、以外に面白かった。先にみた『赤ちょうちん』がぜんぜん受け付けなかったのでどうなることかと思ったが、こちらは意外な話でちょっとびっくり。
普通「妹」ってタイトルとつけると兄妹なんだけど、どこか近親相姦に転びそうなあぶなっかしさがあり、「家族」と「男女」の間でいったきたりな雰囲気を想像するが、この話は殺人事件が絡んでたりする。同棲してた秋吉久美子がケンカになったすえ、相手の男をがけから突き落としてしまった・・というエピソードが映画の始まりの前にあり、ふらっと家にもどってきたというのが映画の始まり。しかし、秋吉久美子の天真爛漫な態度にそんなことがあったなどとは想像も出来ない兄貴のほうは、おまえなんで帰ってきたんだ???って不可思議な状態なれど、それはそれで居心地が悪いわけではなくしばし妹との同棲生活(エッチがあるわけではない)を楽しむという感じ。
食い合わせは良くないが・・・なんとなく重くならず、チープにもならず、微妙なラインで推移したストーリーラインでした(苦笑)。
ただ、・・・おそらく南こうせつも思ってたでしょうが、普通に作って欲しかったんじゃないかな・・・。


<あらすじ>
物語は高田馬場の東西線のホームから始まる。今から40年もまえだからどこかでみた風景だなあって思ったらそうでした。やたらと新聞紙がホームにちらかってる場末の感じが実に当時の映画的でよいです。地下鉄の駅の構内には「頭上注意」の張り紙があり、なんとコンクリートの天井がぼろぼろぼろおおおと落ちてくる。そんな時代あったのかよ・・とちょっとびっくり出した。

高田馬場から早稲田通りを早稲田のほうに歩いて行く小島ねり(秋吉久美子)。実家は毎日食堂をいう学生相手の食堂だったが、父が死に、母が死んだあとは店の中も物置のようになっていて、兄の秋夫(林隆三)は食堂の小型トラックで、学生相手のモグリの引越し屋をやってなんとか生活していた。
ねりは和田耕三という男と鎌倉で同棲していたのだがどうやらケンカして出てきたらしい。翌朝、耕三の妹のいづみも訪ねて来た。耕三も帰ってこないという。
とりあえずいづみを返した秋夫とねりの二人の生活がはじまった。耕三がいなくなったことで相手の兄弟たちもばたばたしている。耕三の失踪のなぞを聞き出そうとねりを呼び出して家族会議をひらいたりしてる。いろいろ居心地のわく感じたねりは、てんぷら屋をやっている叔母の店を手伝うと言って秋夫の元を去った。叔母の娘、つまり従姉妹の岩上みどり(片桐夕子)はトルコ風呂(いまでいうソープランド)で働いていたが腱鞘炎になり実家にもどってきていた。ぶっきらぼうなみどりにねりは心を開き、口論のすえ耕三をがけからつきおとしてしまったことを告白(ここでやっとこさ、どづやらほんとに耕三を殺し手しまったらしいことが分かってくる。でも、秋吉久美子のキャラクターなのか、それでもどこまで本気なのかわかりづらい)。
何も知らない秋夫は貯金をはたいて花嫁衣裳を買い、「これをもって鎌倉のお前たちのアパートで耕三の帰りを待ちなさい」と優しく言う。翌日ねりに花嫁衣裳の打ち掛けを着せ記念撮影。耕三と同棲していたアパートに送り届ける。
そして数日後、「耕三さんは死んでるかもしれないけど、今度三輪車にのっておくれないで追っ駈けて行きます」という遺書を残してねりは消えた。

もうすこし整理してつくれば良くなったのに・・・。耕三の兄弟で長男にあたる伊丹十三が突然林隆三に迫り、それを妻にみられて・・みたいなくだりはいらんだろう。その後伊丹十三の一家が自殺して葬式になるのだがそれでも耕三は来ない? ほんとにいなくなってしまったのか??みたいな展開なのだが、あそこで同性愛者であることを妻に知られてしまったってことが一家心中にするしなけれいけなかったのか?? 葬式というシチュエーションが欲しいなら、他の展開もあっただろうに・・・悪ふざけが過ぎるきがした。

ちなみにひし美ゆり子が女子大生の役で出ており、林隆三に引越しを手伝ってもらったあとでエッチにいたる流れがある。ごちそうさまでした・・。
# by ssm2438 | 2013-05-13 17:19

赤ちょうちん(1974) ☆

f0009381_18142723.jpg監督:藤田敏八
脚本:中島丈博/桃井章
撮影:萩原憲治
音楽:石川鷹彦

出演:
高岡健二 (政行)
秋吉久美子 (幸枝)

    ×     ×     ×

これって日本の『不良少女モニカ』ってことか??
あれほど悪意はないのだけど、ナーバス・ブレイクダウンしてしまった・・という感じ。

実はこの映画、以前一度みたことがあったのだけど、そのときはあんまり面白いという気がしなくて・・・、それからもう20年以上もたったからすこしは感慨深いモノがあるかなって思って見直して見たら・・・何も無かった。申し訳ないけど藤田敏八って才能ないと思う。今まで一度も面白いと思ったことは無い。ただ撮ってるだけ。なにが撮りたいのかもようわからん。。。
話も生産性まったくないし、こんな無軌道な連中、整理的に好かん。反社会的というわけではないのです。ただ目的意識がまるでなくて時間をつぶすように生きてるだけ・・・。私が小学校6年生の時の映画ですが、あのころの二十歳くらいの人はこんな生活してたんでしょうか?? あまりにもくだらない人生だと思ってしまいました。こんなのを物語りにできるなんて精神構造が理解できない。
秋吉久美子も美しくない。眉毛がないのが気持ち悪い。当時の彼女はちょうど19~20歳くらいだと思うのだけど、なんでそのころからフェイ・ダナウェイみたいな眉毛せんといかんの???

<あらすじ>
有料駐車場に勤める政行(高岡健二)がなんとはなくと幸枝(秋吉久美子)と一緒に住み始め、管理人と相性悪かったりいろいろあってアパートをとっかえひっかえしつつ、そのうち子供ができて、政行は親馬鹿振りを発揮し二人は幸福だった。でもいろいろあってまたまた引っ越し。そこは一家心中があったいわくつきの家で、(でも家なのである、すげえ!)、隣の主人敬造が鳥の羽を剥いでいた。実は幸枝は鳥アレルギーで、その夜から幸枝の挙動がおかしい。突如政行を殴りつけたりした。翌日、幸枝は米屋の店員をビールビンで殴って大怪我をさせ、アレルギーだったはずの鶏の大腿肉をがつがつ食ったり・・・。結局幸枝は精神病院へ保護され、政行は赤ん坊を抱いて一人またいずこへか引っ越して行くのだった。
# by ssm2438 | 2013-05-11 18:14
f0009381_14585972.jpg監督:林功
脚本:伴一彦
撮影:蔵本和人
音楽:ペギー・ミラー

出演:北原ちあき (森山栗子)

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北原ちあきは、日活ロマンポルノ末期の女優さん。
おそらく日活が最後の推そうとしてた女優さんじゃないだろう。時代的にはアダルトビデオが全盛になるちょっと前にデビューしたけど、あっというまにレンタルのアダルトビデオが普及してしまい、映画もレベルが下がり、AV女優をつかうようになり、日活ロマンポルトとしての存在意義がなくなって行く時代にそこにいた女優さん。日活崩壊後は、何本はAVにもでてたけどほとんど忘れられた存在になってしまった。でも、個人的にはけっこうお気に入りで、スナイパー別冊の薄いSM写真集でてたのですが買いました。いまとなっては宝物ですね(笑)。
顔は水沢アキをこぶりにした感じでほっぺたのあたりは幼さを感じるライン。口がおちょぼ口。胸はそんなにあるわけではないのだけど、お尻がプリンとしてチャームポイント。とっても健康的で好きでした。
そんな彼女のロマンポルノ作品といういのは、実は1本もみたことなかったので、このさい見て見るかとはずれ覚悟で借りたのですが・・・・つまらんかった。こんな作品つくってたら誰も見ないと思うのだけど・・・。

しかし脚本は伴一彦。一応有名です。ただ・・・、やっぱりエロにコメディは似合わない。エロ作品をおちゃらけて撮ろうというのはそれだけで見る気なくしてしまいます。せっかくいかがわしい気分になりかけてるのに次の瞬間それを冷ますようなおちゃらけ。がっくりです。
また、音楽が最悪。「おまえらは小道具さんやら美術の人やら自分たちがお抱えのスタッフにし後と振らないといけないので作るしかったのだろうけど、これでお客が入るとおもっとるんか?」と言いたくなります。

<あらすじ>
東京メイドクラブに所属する森山栗子(北原ちあき)は、ご主人に絶対服従の教育を受けている。そんな彼女がメイドにはいったのは、バブリーな家では無く普通の世帯。そして主に世話するのがそこのねたきりのおじいちゃん。このじいちゃんがスケベ爺でいろいろ明るくエロく世話してる間に、元気になってしまった。めでたしめでたし・・という話。
# by ssm2438 | 2013-05-10 15:03
f0009381_1123020.jpg原題:ALEX CROSS

監督:ロブ・コーエン
原作:ジェームズ・パターソン
脚本:マーク・モス/ケリー・ウィリアムソン
撮影:リカルド・デラ・ロサ
音楽:ジョン・デブニー

出演:タイラー・ペリー (アレックス・クロス)

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面白かった。
なんでも88年からジョン・バダムと一緒にバダム/コーエン・グループを設立したそうなロブ・コーエン。やっぱりロブ・コーエンっていろいろジョン・バダムと趣味が合うなあって気がする。とにかく見せ方とかお話のもっていきかたとか良く似てるきがする。お互いがまねこっこしたというんじゃなくて、自分の路線を進んでたらたまたまおんなじテイストをもっていた人に出会った・・みたいなことなのかもしれない。

本作はジェームズ・パターソン原作の推理小説『アレックス・クロス』を題材にした3度目の映画らしい。前の2作は洞察力抜群の黒人警官アレックス・クロスをモーガン・フリーマンが演じてる。1997年製作の『コレクター』がアレックス・クロスの話だったとか。はは・・・今知りました。あの映画を見たときはそれほど面白いとも、モーガン・フリーマン演じる刑事が凄腕だともおもわなかったのですが、今回のロブ・コーエンがつくりあげたアレックス・クロスは実に重厚でカッコよかった。映画的にすっごく判りやすく、かつ面白く出来てる。断然前の2作よりよいはずです。というか、すくなくとも、『コレクター』とはまったく別物な感じです。そういう私も2作目の『スパイダー』はみてないのですが、監督が『007/ダイ・アナザー・デイ』リー・タマホリなのでほとんど期待できないような気がします。食わず嫌いなのですが、こういう嗅覚だけはあるようで・・・。
どっちが本物に近いのか・・・?? とにかくモーガン・フリーマンだとどしてもおじいちゃんに思えてしまってあまり行動するという感じはないのだけど、今回の主人公はそれよりも若く、最低限度のアクションはこなしてくれます。というか、最後は殴り合いしてまうし・・・(苦笑)。

ま、映画や物語の内容よりも、ロブ・コーエンのもつ<プロフェッショナルな部分を判りやすく見せる!>という特性は、ジョン・バダムと同じ感覚である。映画的に見て、楽しい映画作りをする人だなと感心する。

<あらすじ>
デトロイト市警のアレックス(タイラー・ペリー)は犯罪心理学の専門家、その洞察力を武器に難攻不落の事件を解決していた。しかし、3番目の子供が出来たのをきっかけにワシントンのFBIに移ることを決意していた。(※のちの『コレクター』やらなんやからの事件は彼がワシントンに移ってからの話である。)
ある夜、彼の携帯がなる。猟奇殺人がおきたのだ。同僚の刑事トミー(エドワード・バーンズ)と共に捜査にあたった。犯人の残した絵から次のターゲットを探し出したアレックスは、犯人の第二のターゲットを死守した。そして最終ターゲットがフランスの資産家メルシエ(ジャン・レノ)であることが浮かび上がってくる。
一方、・・・プライドを傷つけられた犯人は、アレックスうの同僚とアレックスの妻を殺した。復讐に燃えるアレックスは、警察権力の立場をこえて、犯人に復讐することを誓い、同僚のトミーとともに犯人をおいつめていく。
しかし、そのうらにももうひとつの犯罪がかくされていた・・・。
# by ssm2438 | 2013-05-10 01:12

ブリッツ(2011) ☆

f0009381_19321295.jpg原題:BLITZ

監督:エリオット・レスター
脚本:ネイサン・パーカー
撮影:ロブ・ハーディ
音楽:イラン・エシュケリ

出演:ジェイソン・ステイサム (ブラント)

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「ブリッツ」というのは「電撃」のこと。
機敏に即座に行動するってことなのか・・・な?

先ごろシルヴェスタ・スタローンが撮った『エクスペンダブルズ』で主要キャラをやってるジェイソン・ステイサム。はっきりいってあの年より連中の中では一番動けてる人です。今のアクションスター界では一番いけてる感じなのではないでしょうか?
で、そのジェイソン・ステイサムを主役にすえたこの映画ですが、いつもの派手なアクションはない、イギリス盤の『その男凶暴につき』みたいな感じ。ただ、相手が愉快犯なのでどうもしょぼいというか、ダーティ・ハリー的な感じが・・・。
しってました? 『ダーティ・ハリー』って相手っていつもチンピラなんですよ。そのチンピラを男義のある刑事がやっつけて行くという話。この話もそんな感じ。なのせ組織犯罪とかテロとかそういう社会的な犯罪じゃなくて、ほんとに小規模な犯罪。犯人は警官をターゲットに殺人を犯して行き、自己アピールのためにちゃらちゃら情報をもらしす。ジェイソンは腹がたつ。いっぱい犠牲者をだしながらも捕まえて見るが求刑できずに釈放。で、ぶちっときたジェイソンが犯人おびきだしてボコにしちゃちゃったら、ダーティハリーのサソリのごとき罠でした。犯人の拳銃には弾ははいっておらず、ジェイソンの行為は無防備な犯人をボコにしてしまっただけ。「これでお前はマスコミのつるしあげをくらうんだ」をあざ笑う犯人を、「おまえなんか勘違いしてないか?」とパンと撃っておしまい。
『ダーティ・ハリー』の1作目の鬱憤ばらしのような映画でした。原作者か、脚本家か、監督が「自分だったら『ダーティ・ハリー』はこう作る」ってやってみたかったんじゃないでしょうか・・・。この映画を作る時の基本コンセプト、ストレスのため方なんかは同じルーツのような気がする。

うむむむむむ・・・、アクションにいかないジェイソン・ステイサムってのは嫌いじゃないのだけど、というかむしろそのほうが好きなのだけど、どうも、犯人がホモのにおいがするチンピラなのがいやで・・・。というか、この生産性のないただの物語はもしかしたらやっぱり監督か、脚本か原作の誰かがホモかもって思ってしまう。
なんでこういう悪党しか描けないんですかね? 最近の007といい、イギリス映画の腐った部分はどうも好きになれんな・・・。
# by ssm2438 | 2013-05-08 19:33
f0009381_15504442.jpg原題:MACKENNA'S GOLD

監督:J・リー・トンプソン
脚本:カール・フォアマン
撮影:ジョセフ・マクドナルド
音楽:クインシー・ジョーンズ

出演:
グレゴリー・ペック (マッケンナ)
オマー・シャリフ (コロラド)
テリー・サヴァラス (ティッブス)
カミラ・スパーヴ (インガ)
ジュリー・ニューマー (ヘシュ・ケ)

    ×     ×     ×

グランドキャニオンの風景が絶品!! すごいです。

基本的にトレジャーハンティングものなんでたいして面白くもなんともないのですが、コロラドの風景がめっちゃすごい。この風景だけで酔えます。

あとふたりのおねーチャンがなかなか良いです。
ヒロインのインガを演じたカミラ・スパーヴはスウェーデンの女優さん。なんか・・・スウェーデンの女優さんっていいですね。独特の美しさがあります。この映画のあとも、『白銀のレーサー』『愛はエーゲ海に燃ゆ』 など、ちょこちょこはハリウッドの映画にでてるようです。
もう一人、ジュリー・ニューマーという女優さんがちょっと色黒の黒髪ヘアにしてインディアンの娘として出てますが、実はこの人テレビシリーズなどで『キャットウーマン』やってたひとらしい。水浴びのサービスシーンあります。
あと最後はお約束のお宝は大地に再び埋もれて行くのであった・・の展開ですが、その特撮はなかなかリ良かった。グランドキャニオンの岩山が崩れるシーンなんか、崩れる前は本物じゃないかとおもうくらいのリアリティつくってました。
でも、それ以上あまり書くところがない映画ともいえます(苦笑)。

<あらすじ>
1872年、アメリカの南西部。インディアンが隠した黄金を探し求める野郎どもがいた。そこにアパッチが襲来。結局、無頼漢コロラド(オマー・シャリフ)と騎兵隊上がりのディブス(テリー・サヴァラス)、黄金の谷への道を知っている保安官のマッケンナ(グレゴリー・ペック)、そして判事の娘インガ(カミラ・スパーヴ)の4人が、それぞれの欲望や怨念、うらみつらみの歴史などをからませつつ黄金の隠された場所までたどり着く。しかし、その時地鳴りがおこりはじめる・・・どどどどどど。

カミラ・スパーヴ嬢(↓)
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# by ssm2438 | 2013-05-07 15:54

透光の樹(2004) ☆☆☆

f0009381_2019999.jpg監督:根岸吉太郎
原作:高樹のぶ子『透光の樹』(文藝春秋刊)
脚本:田中陽造
撮影:川上皓市
音楽:日野皓正

出演:
秋吉久美子 (山崎千桐)
永島敏行 (今井郷)

    ×     ×     ×

よかった。。。

最近はずっと長年あまり見てこなかった邦画をすこしずつ掘り返そうかとおもい、ちょっと邦画をみるようにしてます。で、なにみようかと思って借りたのが、根岸吉太郎のこの映画。

根岸吉太郎の映画だと『遠雷』でぼろ泣きしたのがもう25年以上もまえか。根岸吉太郎の画面というのは、画面作りにカッコよさはなく、絵的にはそれほど燃えないのです。これは日活あがりのひとって皆さんそういう傾向があるようなきがします。滝田洋二郎なんかも画面はまったくもえない。お金をかけてセットをくめないなかでハンディカメラ的な撮り方しかしてないからかもしれない。木村大作のどっかああああああって望遠でカッコよく見せるような画面にはならない。そこはやっぱり残念なところ。でも、根岸吉太郎の映画な物語の染み込ませ方がいいんだよな。
展開のさせかたが自然。見せ方が自然。奇をてらった見せ方はほとんどしないで自然に物語を展開していく。でも見てるうちについつい見てしまうような感じ。ただ・・・、感性が鈍い人には刺激がなさ過ぎるかもしれない部分はある。

今回も主人公は『遠雷』のときと同じ永島敏行。ほんとは萩原健一だっそうですが代わって正解でしょう。でもあのほそかった永島敏行がかなりデブになっております。
ヒロインの女性の方は秋吉久美子。この映画が撮られたのが2004年(実際の撮影はほとんど10年前なのかな)ということで、当時お二人は46と48くらいかな。 秋吉久美子さん、相変わらずおきれいですが、やっぱり永島とならぶと彼女の方が年とって見える。
そういうことかと後で分かった。
実は、原作では秋吉久美子演じる千桐が42~43で、相手の男が45~46という設定のようだ。なので脚本の段階は千桐が年下だったのだけど、年上の秋吉久美子さんがきまっても、台詞をそのままやってしまったのでそうなっちゃったんですね。

ま、それはさておき、映画は面白くみさせていただきました。
やってることは渡辺淳一ワールドで40代の男女の恋愛劇なのです。
普通なのです。普通なのですが、突然めの前に匂いたつような女性が現れ、なんだかエッチしてしまえる状況になってしまった。それは女性にしても同じだったのでしょう。そこからほんのちょっとずつ、自分の背中を無理して推して、少しづつ逢瀬を重ねて行く・・・。その普通な感じが実にしっぽりとしてよかった。

その魅力はやっぱり秋吉久美子の天性の魔性にあるようなきがする。彼女の場合はある種の女のだらしなさ的なものをもってるですよ。もちろん人間なのでプライドとか理性とかがあってそれが前面にでることはほとんどないのですが、演技でも素でも、おそらく彼女はそうなのでしょう、まじめで清楚な感じの役どころでも、どこかオンなの娼婦性をかもしだしてしまう。その相反する二つの要素が同居してる独特の危なさ、不安定さ、浮遊感がとってもすばらしいのだと思いますね。

<あらすじ>
テレビの作品制作会社を経営する今井郷(永島敏行)は、今作っているドキュメンタリー番組の仕事で金沢を訪れたのをついでに、25年前に取材した刀鍛冶、山崎火峯のもとをたずねてみて。そして当時高校生だった娘の千桐(秋吉久美子)に出会えた。男にはずっと心にのこっている面影が突然気になりだすこともあるものだ。
千桐はすでに40を越えていた。離婚し娘をつれて父の元にもどってきたが、その父も寝たきり状態。働こうと思えば父を施設に入れなければならないし、そうしたら金がいる。自分で面倒みてると結局働きにいけない・・・、そんなこんなで借金もかさんでいた。そんな千桐に対し、郷は金銭の支援を申し出る。

この微妙なニュアンスがよいのである。
男にはとりあえず出そうと思えば出せるお金はあるので援助したい。もし出来るなら、25年思っていた夢を見させて欲しい。
女は・・・、お金を出してもらえる。そして体を求められた。女は思っていた。彼の女になりたいと25年思っていた。いいことずくしではないか・・・。でもいいのかこの申し出をうけて??? 世間の目は??
そんな思いが交錯したのだろう。しかし、男も女も一歩づつ「やってしまう」ということで一歩を踏み出すことにする。

その後の関係も微妙なのである。
「お金ではじめた関係」というブレーキにしがみつきたい想いと、所詮それは、一見不幸に見えるお互いにとっての都合の良い言い訳で、実は、「追い詰められたり、追い詰めたりする関係になりたい」という願望が女のなかにくすぶって時々爆発しそうになる。

そんなこんなと何回かの逢瀬を繰り返す二人。
しかし、そんな今井を癌が蝕んでいた。大腸癌であった・・・・。
いか、ああだこうだあって、今井は死に、千桐は年を取り、自分の娘すら分からなくなるくらいにボケて、昔の男だけは覚えている・・・というところで映画は終わるのでした。

男が監督してるからバランスとれてるけど、とどのつまりは、女の願望ストーリーだったのだろうな。
# by ssm2438 | 2013-05-03 20:23
f0009381_094166.jpg監督:佐藤嗣麻子
原作:秦建日子
脚本:佐藤嗣麻子
撮影:佐光朗
音楽:住友紀人

出演:
篠原涼子 (雪平夏見)
佐藤浩市 (一条道孝)
山田孝之 (村上克明)

    ×     ×     ×

面白かった。
『羊たちの沈黙』みてるようで、日本の猟奇殺人映画がきちんと出来てるなって感じがした。それ以上のときめきはなかったが、それだけあるだけでも、前作よりは良かった。

今回はシリーズ構成からやってたシナリオライターの佐藤嗣麻子が監督という立場になっております。ただ、だからといって映像のつくりがわかってるとはおもわないのです。音の入れ方とか、望遠~広角の使い方といか、編集のポイントとか、そんなことはシナリオ書いてるだけでは絶対わかりません。でも、おそらく、おそらくですよ、お話作りの面ではかなり自己の主張をとおされたのだと思います。
私もまがりなりにも何回か監督なることをやったので判るのですが、一般受けユーザーへの迎合する流れの中で、いかにしてきちんと、こだわりを見せるかといういはかなりのエネルギーを必要とします。しっかりお仕事されたのだと思います。結果として、物語のつくりはしっかりして「猟奇殺人」という基本路線にもどされているようです。
なんでもかんでもスケーるを大きくしたらおもしろくなるわけではなく、それぞれのスケールに応じてきちんと出来てれば「あ、これいいじゃん」っておもえるわけですよ。それに画面とか録音とかいう部分はその担当の撮影監督とか録音監督とかがしっかりてればおまかせしていいわけですしね・・・。

ただ・・・・、これがこの物語の最後の映画/エピソードになるのだとしたら、あるいはそうなるかもしれないという懸念があったのなら、もうちょっと局部の物語にとどまらず、全体的に納得させてもらえる話でみたかったな・・という気持ちもあります。部分の話だからこれでいけたのだろうけど、もうちょっと全体系の話だったらどうだったのだろう・・って思うところは否定できないな。

もう一がんばり欲しいところです!
でも、どっちが好き?ってきかれた、こっちの方がすきだな。前の映画よりは・・・。
# by ssm2438 | 2013-04-30 00:10
f0009381_23511660.jpg監督:小林義則
原作:秦建日子
脚本:佐藤嗣麻子
撮影:大石弘宜
音楽:住友紀人

出演:
篠原涼子 (雪平夏見)
椎名桔平 (後藤国明)
江口洋介 (斉木陣)

    ×     ×     ×

実はテレビシリーズは見てないのだけど、映画だけ見ました。
ネットの反響を読むと、次の映画の方が好感はもたれているような気はする。

しかし・・・、篠原涼子はいいやね。
顔のパーツ、パーツを部分的にみると決して美人ではないのだけど、それがひとつになるとなんかいいムードなんだけど、あの鼻のかっこわるさも、整形してないって思えば板野・プラスティックサージュリ・友子よりもすがすがしくみえる。なにより全体の雰囲気がよい。でも、どっちかいというと、この映画の篠原涼子よりも、次の映画の彼女の方が色っぽくていいやね。

で、内容的には・・・『アンフェア』で『ダイハード』やってみました・・みたいな感じというのが的を得てるだろう。
個人的には大どんでん返しものは嫌いで、2度見て楽しめない物語なんてのはつまらないと思ってるのです。

たとえば、あなたがシナリオライターの養成学校の講師で、テレビドラマのシリーズ構成やってるとしよう。そこに、とんでもない発想の物語と書く人と、ありきたりのシチュエーションを思いっきり繊細な心理描写で書ける新人さんがいたとする。シリーズ構成やってる立場から、どっちか一人を使いたいっていったら、そら後者だよね。
この映画は、前者をとって話をつくったような感じ。
売りが篠原涼子ちゃんの雰囲気のかっこよさだけで、あとはどんでんがえしでとりあえず観客ごまかしました・・って感じの話。

きちんと作ろう、ドラマ!
# by ssm2438 | 2013-04-29 23:52

化石の森(1973) ☆

f0009381_1432747.jpg監督:篠田正浩
原作:石原慎太郎
脚本:山田信夫
撮影:岡崎宏三
音楽:武満徹

出演:
萩原健一 (緋本治夫)
二宮さよ子 (井沢英子)
杉村春子 (治夫の母・多津子)
八木昌子 (塩見菊江)

    ×     ×     ×

久々に退屈な映画をみたな・・・。
この映画を見ようと思ったのは岡崎宏三の画面を見たかったから。でも、あまり興味をそそってくれそうな映画がなかったので仕方なく借りたのがこれ・・・。

ハズレました。

岡崎宏三の画面はすばらしいです。同年にとった『朝やけの詩』なる映画の画面がすばらしく、ちょっと気になってた人でした。この時代の撮影監督さんはみなさんきちんと画面をしってらっしゃる。今の邦画のように糞画面連打のアホばっかりになったのはいつからなのでしょう。
しかし、どんなに画面がよくても、物語が退屈だとみるきになりません。ま、監督が篠田じゃしゃーないかと思ったりもします。この人の取り方というのはピーター・イエーツ的で、シナリオにあることをそのまま画面にしただけで、シナリオに展開してある事柄を説明してるように撮る気がします。みたい役者さんでも画面の中に居れば安定していいとも言えなくはないのですが、誰も見たい人が居ないときにみるにはつらい監督さんです(苦笑)。

映画はシナリオをそのまんまなぞっただけのような話で・・・、とりあえず人物設定と大まかなあらすじだけ書いておこうか・・・。

緋本治夫(萩原健一)25歳は、ある大学病院でインターンをしている。彼とかかわることになる女が3人。
治夫は高校で同級だった井沢英子(二宮さよ子)。理髪店で働いているが、どうやらそこのマスターとはかんけいがあるらしい。とはいえ、二人は体の関係になる。
治夫の病院で脳の手術をうけることになった子供の母親、塩見菊江(八木昌子)。のちのち再び登場。
治夫は、母・多津子(杉村春子)。7年前、男との浮気現場を見てしまい、その後は親子との関係を絶っている。
英子はマスターを殺したい程憎んでいるいい、治夫の言葉「憎い奴は殺すまで憎め」に背中をおされ、マスターの瓜に劇物をしみ込ませ殺してしまった。二人は完全犯罪に酔ったが、英子が女房気取りになり始めた、治夫は英子から逃れたいと思うようになる。
そこに再び菊江登場。述語の相談などしてるうちにいかがわしい関係になってしまう。嫉妬にくるった。菊江の夫は、そのことを英子にバラしてしまった。
治夫が自分から離れたことを知った英子は、マスター殺しを自首する決意をする。しかしそんな英子をおちつかせようとする多津子は、英子に毒殺を飲ませ殺してしまう。
これでも私も息子と同罪ねという多津子・・・・。ちゃんちゃん。

物語自体はまったくおもしろくもなんともないのですが、この映画をみて八木昌子という女優さんを知りました。池波志乃をちょっとスマートにした感じで、なんかくたびれた色気がすばらしいのです。
唯一の収穫でした。
# by ssm2438 | 2013-04-28 01:43
f0009381_20511261.jpg監督:森谷司郎
脚本:森谷司郎/井手俊郎
撮影:中井朝一
音楽:いずみたく

出演:
岡田裕介 (庄司薫)
森和代 (下条由美)

    ×     ×     ×

原作は庄司薫の小説で1969年の第61回芥川賞受している。主人公と著者が同じ名前である。自分の体験談がかなりベースになっているのだろうと推測する。

物語は、学生運動が血気盛んなころ、ついに東大の安田講堂が学生たちに占拠され機動隊まででた騒ぎのあったとし、東大受験を控えた主人公の悶々とした日々をインテリトークで語った話である。主人公の庄司薫は、兄弟が当たり前のように東大にはいる家庭に育ち、薫も当たり前のように頭が良く、あたりまえの東大に入るものばかりと思っていた。しかし学生たちの安田講堂占拠事件が勃発。その年の同大受験が消滅しそうな雰囲気になる。主人公薫にとっては、東大に入学するのは当たりまえの路線だったのが、急にその路線があやふやなものにみえはじめてきた。
生まれたときからお利口さんの遺伝を受け継ぎ、兄弟はみんな勉強が出来て当たり前のように東大に入っている。こんな環境化では「東大にはいる」というのは当たり前のことなのだろう。ある種の洗脳状態人ある。でもその主人公も普通のナイーブさももちあわせている。学生運動に傾倒して暴れるわけでもない。ただ頭の中で世間で起こっていることと、頭の中の理屈をなんとかシンクロさせたい。そんな欲求からくる青春の無軌道な時間を描いた話だと解釈できるかもしれない。

映画自体は・・・それほど面白いかといわれると、ふう~~~~んな映画ではあるのだけど、何かしらあの時代のにおいを保存して未来に残してるという意味においては希少価値がある作品だと痛感する。おそらく、あの時代に青春を生きた人たちにはかわいくて仕方がない映画なのかもしれない。方向性はちょっと違うのだが『いちご白書』と、この『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、あの時代に青春していた人々には宝物になりかねない貴重な映画だと思う。

主人公を演じた岡田裕介は、今では東映の代表取締役になられてしまったが、当時は悪の強くない、ひ弱さのある、インテリ系の登場人物の役どころじゃかなりもっていってたような気がする。
ヒロインの森和代は、この映画のあとちょこっと別の作品にもでてるようだがすぐに結婚引退してしまった。妙に味のある人だったのでもったいない話である。

主人公は最後、赤頭巾ちゃんにあう。とにかく純粋無垢な少女なのである。都会の町の中で名も知らない主人公に話しかけ、本をさがすのを手伝って欲しいといわれる。主人公はその付き合いでおそらく銀座かどこかの人々の雑踏のなかを二人でロードムービーすることになる。

最後の主人公のモノローグで作者の願望が語られる。
たとえ狼さんが大きな口をあけてまっていたとしても、そんな狼さんに笑顔で優しく語りかけられる精神としての「赤頭巾ちゃん」が住める世界であってほしいな・・ってことを語っている。これは作者の希望とかではなく、これから社会にでていく主人公=作家の、自分のナイーブさが守られる社会であってほしいなという、切なる祈りだったのだろうな。
そのナイーブさが守られないからといってヒステリックに騒ぎ立てるわけでもないが、でも願望としてちょっと言ってみたかったぞ!ってことなのだろう。

いろいろナイーブで面白いです!
# by ssm2438 | 2013-04-27 20:50
f0009381_20525022.jpg監督:森谷司郎
脚本:関沢新一/斯波一絵
撮影:山田一夫
音楽:佐藤勝
特技監督:円谷英二
特撮・撮影:有川貞昌

出演:
加山雄三 (九段中尉)
佐藤允 (加賀谷飛曹長)
千秋実 (航空隊司令)

    ×     ×     ×

私の大好きな映画『海峡』を撮った森谷司郎の監督デビュー作である。
映画監督には、その映画は出来がよかろうが、悪かろうが、波長のあう映画監督というのがある。森谷司郎はそのひとりだ。なので、この映画もそれほど面白いというわけではないのだが、とりあえず見ておきたい映画のひとつだった。
内容的には特筆すべきところはほとんどない。「とりあえずおまえやってみるか」的な仕事だったのかもしれない。それほど方に力をいれて撮るような映画でもないし、ま、普通の低予算娯楽映画であろう。

時は昭和18年4月(太平洋戦争開戦の真ん中ちょいすぎあたりである)、連合艦隊司令長官山本五十六が、一式陸攻で撃墜されたところから物語りは始まる。日本軍の暗号はすでにアメリカ軍に解読され、その結果山本五十六も襲撃されて戦死した。とにかく情報線にことごとく破れている日本軍だが、「大和魂」でなんとかなるものでもない。ミエッドウェイ海戦の惨敗の後、日本はじりじりと負けて行くのだが、この時期ではすでにガダルカナル島から撤退してる状況らしい。
舞台に鳴っているのは南方戦線のとある基地。といってもゼロ戦は7機しかない小さな部隊の話である。

山本五十六の死後、その弔い合戦をしたい兵士たちであるが、その実態は昼間は穴倉にかくれて夜になんとか行動する程度、戦力もゼロ戦7機しかない状態。そしてその部隊の隊長が戦死、公認に九段中尉(加山雄三)が赴任してくる。部隊では伝説のゼロ戦ファイター志津中佐が来るモノとばかり思っていたが、出迎えて見ればおぼちゃん育ち的な合理主義者の隊長さんだった。
加賀谷飛曹長(佐藤允)ほかの兵士たちは彼をぺーぺーの若造だと思っていたが、徐々に九段中尉はその能力を発揮していく。

この主人公・九段中尉の特殊能力は徹底した合理主義。世間では大和魂でなんとかしろ!という状況だけど、彼に言わせると、「ガソリンがなければゼロ戦は飛ばない! 大和魂ではどうにもならない」というものだ。
環境が強権的な絶対服従的軍司令部の態度にたいして、戦って、生きて帰るために何をするか・・ということを考える能力を与えられている。
その戦法は『三国志』でいう孔明のような感じ。
物語では、その部隊の兵士たちと対立しつつも、主人公の沈着冷静な判断が好成績を残して行く。
最後は、実は九段中尉というのは志津中尉で、その合理的判断で無謀な軍令部の作戦にそむき、僻地へ飛ばされてきていたというオチ。

空母に100機くらいをのせた大艦隊というような贅沢な設定はもう不可能な中、たった7機のゼロ戦の部隊でどうお話をつくっていくのか??と見ていると、敵が落として入った不発弾の逆利用や、ポンコツの機体をエンジンだけすげかえて再利用するとか・・、あのてこの手の知恵を絞った低予算映画のがんばりをみせている。

あと、佐藤勝の音楽はみょうにかっこいい!

結果的に特に見なければいけない映画というわけではないが、冒頭にでた山本五十六の写真だけは本人の写真のようであった。
# by ssm2438 | 2013-04-27 03:07

アルゴ(2012) ☆☆☆

f0009381_20545068.jpg原題:ARGO

監督:ベン・アフレック
脚本:クリス・テリオ
撮影:ロドリゴ・プリエト
音楽:アレクサンドル・デスプラ

出演:
ベン・アフレック
(トニー・メンデス)

  X   X   X

最近のベン・アフレックはほんとによい仕事をする。

第85回(2012年度)のアカデミー作品賞がこの作品。映画をみるまでアルゴの意味すら知らなかった。『アルゴ』って映画のタイトルだったのですね。

ことの起こりはイランのパーレビ国王が国内の騒乱をおさめきれず国外に脱出、あっちこっちを点在した後、癌の治療と称してアメリカに入国したのがきっかけ。事実上の国外逃亡→アメリカへ亡命であった。

まず、パーレビ国王とアメリカ大使館人質事件の歴史的背景の説明。

パーレビ国王は、第二次世界大戦のあとイランの近代化に勤めたひと。親欧米路線だったパーレビ国王は、石油の輸出により獲得した外国資本とアメリカ合衆国による経済援助を元手に土地の改革、国営企業の民営化、労使間の利益分配、婦人参政権の確立、教育の振興、農村の開発などの改革を実行してイランの近代化を進めた。しかし改革の一環として、女性解放をかかげてヒジャブの着用を禁止するなどイランの世俗化を進めたが、これらの政策はホメイニーらイスラム法学者の反発を招いた。
反対勢力に対しては、秘密警察サヴァク(SAVAK)を用いて左右の反体制運動を取り締まる。イスラム原理主義者のホメイニシーも国外追放され、イラン人亡命者コミュニティのあったフランスのパリへ亡命したが、その後もイラン国内の反体制派に影響を与え続けた。
1970年代中盤に起きたオイルショックで、世界経済における原油価格の安定化し、パーレビ国王の石油戦略にもかげりが見せ始める。それに伴い国民の間での経済格差が急速に拡大し、政治への不満も高まりを見せ、国王の求心力も急激に低下し、やがて暴動多発し、自体の収集ができなくなった国王は国外脱出するしかなくなった。
その国王をホメイニーらが敵視するアメリカが、同じく敵視する元国王を受け入れたことにイスラム法学校の学生らが反発し、テヘランにあるアメリカ大使館を占拠し、大使館員らを人質に、元国王のイラン政府への身柄引き渡しを要求した。この学生らによる行動は、シーア派の原理主義者が実権を握ったイラン政府が裏でコントロールしていた。

この時大使館から脱出できた6人はなんとかカナダ大使館員の自宅へ逃げ込むことに成功。しかし見つかればスパイとして公開処刑は免れない危機的状況であり、アメリカ政府はなんとかしてこの6人をイランのカナダ大使館から国外退去させる方法を考えた。
それが『アルゴ』作戦。

国内外で『アルゴ』というスペース・ファンタジーの映画の政策発表をし、彼らを映画のクルーということにし、イランから脱出させたというお話。それをかなり映画風のアレンジを効かしてエンタテイメントに仕上げてある。
はらはらどきどき感はすばらしく、追い詰められる圧迫感は実に見ごたえがある。
実はこの映画、面白いとは聞いていたのだがずっと見るつもりはなかった。アカデミー賞とったことで、なんでも監督がベン・アフレックであることを知り急にみたくなった作品。

ベン・アフレックってねえ、実は監督としては実にいいんだ。
『ゴーン・ベイビー・ゴーン』というタイトルではじめて監督したのだが、これが実にしみじみとしてよかった。音楽の使い方もよかった。というか、映画の見せ方を実によくしっているひとだなあっという印象があった。これでもか、これでもかの安易なエンタテイメントではなく、しっとり見せるところのつぼを知ってる人なのである。

ただ、この映画の冒頭の見せ方はどうなのかな??って正直思ったけど、それ以外はだいたいきちんとみせてもらった。あ、でも最後の別居中のカミさんのシーンはなくてもよかったのに・・・。ああなる根拠があんまりよくわからなかったかな。この作戦は隠密作戦だったので、あのカミさんもそれまで旦那がどこにいってたのか、何をしてたのかも知らなかったと思うのだけど・・・。突然現れてああなるのは・・・・なんでなんでしょう???って疑問符が残り、そういうとりあえずラップアップするというような姑息さもちょこちょこ見えていたりする。
出来るならアラン・J・パクラで見たかった・・(苦笑)。


ちなみに、大使館員の軟禁状態は、元国王が亡命先のエジプトのカイロで死去するまでつづき、元国王が死去したことで、学生らによる大使館の占拠の理由が薄れ始め、アメリカ政府とイラン政府は水面下で交渉を続けられた結果、人質は444日ぶりに解放された。
# by ssm2438 | 2013-03-10 19:32
f0009381_23343372.jpg原題:HE'S JUST NOT THAT INTO YOU

監督:ケン・クワピス
脚本:アビー・コーン/マーク・シルヴァースタイン
撮影:ジョン・ベイリー
音楽:クリフ・エデルマン

出演:
ジニファー・グッドウィン (ジジ)
ジャスティン・ロング (アレックス)
ベン・アフレック (ニール)
ジェニファー・アニストン (ベス)
クリス・クリストファーソン (ケン)
ジェニファー・コネリー (ジャニーン)
ブラッドリー・クーパー (ベン)
スカーレット・ヨハンソン (アンナ)
ケヴィン・コナリー (コナー)
ドリュー・バリモア (メアリー)

     ×   ×   ×

ちょこちょこ痛い恋愛絵巻、
しかし、そんな本線はおいといてスカーレット・ヨハンソンのむっちり感がすばらしい!!


想いが少し筒すれ違ってる恋人達の恋愛群像劇。
基本ベースは3つの恋愛模様。それを縦線にさりげなくそこに登場する人物が別のストーリーの友達役になってたりする構成で、だったらそれぞれの話を一本にまとめてやれよ!って思うのだが、ま、そこはごった煮の面白さもないわけではなくそこそこ楽しめた。

一つ目の話は、ジニファー・グッドウィンが痛いダメ女ジジを演じる話。「恋人なのに電話がかかってこないのはなぜ?」 「それはあんたが彼を恋人だと思い込もうとしてるが、彼はまったくそう思ってないからさ!」 ・・という、本来はもてない男がよくはまる恋愛パターンである(苦笑)。それを今回は彼女がやっている。ま、高尚にえがけばドストエフスキー『白夜』になるのだろうがそこはアメリカのティーンエイジャーの恋愛ごっこみたいな感じでジジの演技はつづいていく。でもその痛々しい感じがじつにさまになってていい(苦笑)。
とにかく、自分は求められているんだ!と自己肯定するために強制的にいいふうにいいふうに考えようとする。もちろん求められてないことは本人も分かっているのだけど、意地でそう思い込もうとしない健気さがすてき。『アリーmy Love』のイレインより痛い。そのたびにバーの店長アレックス(ジャスティン・ロング)に容赦なくつきつけられる。
このアレックスは恋愛にはまったく興味ないやからで、どちらかというと自分にほれてくる女に冷たくすることで人生を愉しんでいるようなやつ。ジジに対しても、「お前に電話がかかってこないのは、お前がもとめられてないからだ!」って辛らつに言ってのける。
展開的に似はよくあるパターンで、ジジにとってアレックスは辛らつな恋の分析官だが、相手してくれるのも彼だけであり、だんだんと彼を好きになっていく。というか彼が自分のことを好きになってるんだと思い込もうとする。でも現実派「勘違いするな!」とあしらわれ、でも最後はどうやらアレックスも彼女が好きになったみたいで彼女をもとめてドアのベルをならす・・という話。

そのジジの会社の同僚が嘗ての美少女ジェニファー・コネリー演じるベス。またこれが痛いんだ。
ベスは、大学時代で一緒だったベンという男と結婚しているのだが、息が詰まるほどの正論だけを押し付けるタイプ。融通性が全くないタイプ。自分が批難されることがもっとも嫌いで、社会的な倫理・モラルは必ず守り、そのことで自己防衛してるタイプ。そして同様にそれを相手の男にも強制する。なので2人のせいかつはイバラのような時雰囲気。ついにベンもフラッと他の女に安らぎをもとめてしまう。その相手がスカーレット・ヨハンソン。そらスカーレット・ムチムチ・ヨハンソンと“H”できたら世界中のほとんどの男はそれだけで幸せですよ。
いやああ、彼女ほど魅力的な女はそういない。顔はぽっチャりけいなんだけどどこかツンツン系、身体は幼児体形で短足、スタイルがいいとはとてもいえない。あえて言うなら『ゴルゴ13』を描いてるさいとうたかおが描く昭和の女のような体形である。んが、そのアンバランスがいいんだ。彼女ほど全部の要素がアンバランスで捉えようのない人ってのはなかなかいないんじゃないかな。
結局は、やっぱり奥さんを捨てられないベンに嫌気をさして彼の元をさることになるヨハンソン。
一方ベンもいろいろあったが、ジェニファー・コネリーが自分をイヤになって判れることに。ここの解釈は分かれるかもしれないが、私はソウ思った。タバコは吸わないっていってたベンがタバコを吸ってることが分かりそれを気に逆上するのだが、おそらくそんな自分にうんざりしたのだろう。いつも、「私は正しい、間違っているのは私じゃない誰かよ!」理論なのだが、それが自分の自信のなさから来る臆病さであるあることに気づいて一人でやり直すきになったのだと思いたい。

三番目の話はベン・アフレックジェニファー・アニストンの話。スカーレット・ヨハンソンの友達なのがドリュー・バリモアで、その会社の同僚なのがジェニファー・アニストン。
ジェニファー・アニストンは7年間同棲してる彼=ベン・アフレックがいるが、彼はどうしても結婚したがらない。彼女は結婚したい。誠実だ結婚したがらない彼にたいして怒り爆発、ついに別居状態になってしまう。ただ、ここで出てくるなかでベン・アフレックはまともすぎるくらい誠実で彼女だけを想っているという理想の男。ただ、結婚はしたくない・・。この2人の関係は、まあ、まともすぎてあまり語ることはないのだが、最後はジェニファー・アニストンが「結婚できなくても、やっぱりあなたが一番いいわ」ということでよりを戻す決心をすると、ベン・アフレックもプロポーズする・・という流れ。
個人的にはこれだと出来すぎてるので、ここは結婚しないままいって欲しかった気がする・・・。

で、もうひとつささやかなつながりとしては、スカーレット・ヨハンソンの心の友となってるのがケヴィン・コナリーで、でも、最後まで「あたなは良い人よ」で終わってしまう。彼はスカーレット・ヨハンソンにとって居心地のいい相手だけど、決して恋愛の対象にはなってないという可愛そうな男である。
そんな彼が、ネットで知り合ってやり取りをつづけてたのが実はドリュー・バリモアだった。そして最後にはじめあって、なんだか幸せな予感・・でおしまい。

どんなに好きでも他人は他人なので、自分の想うような存在ではない!というのを受け入れつつ恋愛するしかないよね・・って話でした。
# by ssm2438 | 2013-02-13 23:35
原題:YES MANf0009381_21495576.jpg

監督:ペイトン・リード
脚本:ニコラス・ストーラー/ジャレッド・ポール
    アンドリュー・モーゲル
撮影:ロバート・イェーマン
音楽:ライル・ワークマン
    マーク・オリヴァー・エヴァレット

出演:ジム・キャリー (カール・アレン)

     ×   ×   ×

臆病者の応援歌でした。

ジム・キャリー・・・老けたなあ・・・・。実はジム・キャリー、1962年の1月生まれ。私と同い年なのです。
老けたなああああって思うのは、実は私もふけてみえるのでしょうか・・・。

ま、それはさておいて、この映画面白かった!
よかった。

臆病者への応援歌かなあ。。。
私はいつも「石橋をたたいたら渡れない」っていいきかすようにしてる。
いちど心配しだしたらもう一歩も前にすすめない。
心配性でない人はそれでいいのかもしれないけど、心配性で勇気の乏しい人が行動力を発揮するには「石橋をたたいたら渡れない」って自分にゴーを出すしかない。というか、結局人生なんてどちらにころぶかわからないのだから、「その橋はおちない!」って勝手に思って進むしかないときってあるのだと思う。もちろんそのしっぺ返しも来るだろうけど、100%安全になるまで待ってたら何も出来ない。それがわかっていても踏み出せない第一歩。もしそれが踏み出せたら・・・、臆病ものなら誰だってソウ思ってるはずだ。
この映画はその一歩踏み出す勢いを与えてくれる映画。

もう「ノー」言うわない。
なんでもいらっしゃい!、カモーン、カモーンの世界である。

いわゆるこれは自分放棄なので楽だとも言える。自分とは結局「選択」であり、選択しなくて常にいわれたことには「YES」というってきめてしっまったのだからそこに自分はない。でも、心配していつも拒んでた自分とは別れられる。そんなさりげない臆病者の夢をかなえてくれる映画。

すばらしいです!
久しぶりに気持ちよくみさせていただきました。

監督は『チアーズ』ベイトン・リード。まあ、お手軽に作る人ではあるが、基本的にはポジティブにいってくれるので嫌いではない。メジャーに離れないかもしれないが、とりあえず抑えておきたい監督さんではある。

<あらすじ>
前に離婚して以来、カール・アレン(ジム・キャリー)の毎日は“NO”の連続だった。銀行の貸し付け担当が仕事だが、ローンの申請を却下し続け、プライベートでも友人の誘いに背を向けるネガティブな日々を送り、結果、昇進の機会を逃し、友情も壊れかけていた。そんな時、旧友ニックに強引に誘われた自己啓発セミナーで、カリスマ主宰者テレンス(テレンス・スタンプ)の迫力に押され、今後は何があっても“YES”と答えると誓いを立ててしまう。
そこからあとはどたばた喜劇。しかし、利害関係を考えて行動に抑制をかけていた人生から解放されたカールは、なんだか総てが上手く言ってしまう。
そして知り合った怪しい歌手のアリソン(ゾーイ・デ・シャネル)。変なおっかけがいる変な歌手なのだが、「YES」って言ってしまったばかりにそのコンサートに行く羽目になり、なんだかいい関係になってしまう。
まるで心配をもろともせずに「YES」って言ってしまうその正確になんだか虜になってしまったアリソンはふたりで行き当たりばったりの旅行をすることになる。しかしそのたびの中でいろいろありまして・・・、結局彼の大胆な行動パターンは、なんでもかんでも「YES」という信奉から来ることで、本人が選択しているわけえはないことをしってしまう。その事実をしるとなんだがむなしくなり破局。
しかし、カールは、自分の意志で「NO」といえる自分を取り戻し、自分の意志で能動的に求めることにいどむしかなくなるのであった・・・。

ああ、めでたしめでたし。
# by ssm2438 | 2013-02-04 21:51