主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

インソムニア(2002) ☆☆

f0009381_23253211.jpg原題:INSOMNIA

監督:クリストファー・ノーラン
脚本:ヒラリー・サイツ
撮影:ウォーリー・フィスター
音楽:デヴィッド・ジュリアン

出演:
アル・パチーノ (ウィル・ドーマー)
ロビン・ウィリアムズ (ウォルター・フィンチ)
ヒラリー・スワンク (エリー・バー)

     ×   ×   ×

眠れぬ夜のために・・・。

タイトルに反してよく寝られる映画です。クリストファー・ノーランって外した時はすっごく眠たく感じる監督さん。『ダークナイト』なんかはよかったのに、そのあとみた『インセプション』は劇場で気持ちよく寝させてもらいました。この監督さん、こだわるところはすっごくこだわるのは分かるのだけど、観てる人にとってどうでも良いところをこだわりだすと、どうでも良いシーンが延々つづいてしまい睡魔をさそうのである。今回もいいシーンはいっぱいあるんだ。アラスカの風景だけでもすばらしい。あの空気の湿り具合といったらまるで『ツイン・ピークス』『刑事ジョン・ブック』の雰囲気です。ほんと画面の湿り気は感動的です。犯人と間違って相棒を撃ってしまうスモークもくもく感もすばらしい。丸太のところも素敵です。特に水の中におちてからの幻想的な感じはグッドです! 映像的には素晴らしいところはいっぱいあるのです。でも、脳みそが「観続けたい」と思わないのです・・・。

その根本的な問題は、ノーランの問題じゃなくって物語りそのものにあるというほうが正しいかもしれない。実はこの映画、めずらしくノーランは監督だけで脚本は別の人の作品。でも、脚本の問題というよりもやっぱり話そのものに問題があると思うな。観てると息苦しくなる。
原作はノルウェー産の映画で、北欧の映画だなという気はする。
スウェーデンなんかでも作られそうな心のすりきれ感。
この物語のつぼは、主人公が捜査のなかで同僚の刑事を犯人と間違って撃ってしまったことを正直に話せず、隠ぺい工作をしつつ犯人を追うというスタンス。演出としてはまあ、腕の見せ所かもしれないが、見ているほうとしては主人公として診たくないシーンの連打なのでだんだんと見たくなるなるのです。ま、物語の本質としてそれが必要なのはわかるのだけど、だったらもうちょっとなんとか軽めに描くとかできなかったものか・・・。そこをヘビーに描いちゃうから食傷ぎみで脳がそれ以上情報を吸収することを放棄してしまう。同じ北欧の『ドラゴン・タトゥーの女』はぎりぎり描いてくれても面白かったのに・・・。

<あらすじ>
夏の間は太陽が沈まないアラスカの町でその事件は起きた。17歳の少女の死体がゴミ捨て場から発見されたのだ。ロス警察からベテラン警部のウィル・ドーマー(アル・パチーノ)と相棒のハップ(マーティン・ドノヴァン)が捜査の助っ人にやってくる。だがそこには裏の事情もあった。
ウィルは大物を検挙したことも数々あるベテラン刑事だが、その捜査は違法なやり方も数多くあった。彼にしてみれば悪党をあげるにはそれくらい仕方がないと考えていたのだが、内務捜査が始まり、もしその捜査が違法ということになれば、せっかく牢屋に叩き込んだ悪党どもも出てくることになる。その内情をしる同僚のハッブも供述もとめられており、彼は知ってることを話すしかないと考えていた。ウィルにとっては頭のいたいことである。
しかし、それとこれとは別のことだ。被害者の遺留品をえさに容疑者を海辺の小屋に刺す出だすことに成功た警察だが場所に詳しい犯人は地の利をいかして逃亡する。追うウィルたち。濃霧の中で散発的に銃声が響く。ウィルも犯人らしい人影をみて発砲。しかしそれは同僚のハップだった。罪悪感に苛まれながらも、それを告白することができない。そこから偽装工作をしながら犯人を追わなければ成らないウィルの行き詰る捜査がはじまる。

この後がしんどくて・・・。
観ているほうは、この時点から主人公を愛せなくなってしまう。ま、最後は自分の罪を告白してチャンチャンってことにはなるのだけど、主人公が愛せる存在でなくなるとみているのが時間の無駄に感じてきてしまう。主人公というのは、なんだかんだいっても、ぼろぼろでも、やっぱりなにかしら愛される要素を残しておくべきだとおもうのだけど・・・。

やがて容疑者をつきとめたウィル。それはミステリー作家のウォルター・フィンチ(ロビン・ウィリアムズ)だった。一度は彼を追いつめるがにげられてしまうウィル。しかしウィルはフィンチから取引をもちかけられる。ウィルの弱みをしるウォルターは、少女のボーイフレンドを犯人に仕立てようと誘いをもちかける。こころが悪にゆれるウィル。
やがて、フィンチの家を地元の刑事エリー(ヒラリー・スワンク)が訪ね、ウィルはフィンチを射殺。真相をエリーに告白したウィルは、安心して眠りにつくのだった。
# by ssm2438 | 2013-01-21 23:25
f0009381_22271258.jpg監督:後藤大輔
原作:篠原とおる
脚本:橋場千晶/後藤大輔
撮影:志賀葉一
音楽:村山竜二

出演:
小沢なつき(レイ)
岩間さおり

     ×   ×   ×

なんでもシリーズの中では一番主人公が脱いでるシーンが多いらしいこの作品。それだけが売りとも言える。
今回の主人公は小沢なつき飯島直子を主役に据えてはじめたこのシリーズ。というかその時シリーズになるかどうかは分かってなかったとは思うが、とりあえず飯島直子を脱がすことに成功したという意味ではVシネマのなかにあってはかなり貴重な1本になったといえるでしょう。しかし結局もう1本つくることになり、おそらくなんらかの問題で飯島直子が断ったのでしょう。その結果、今度は小沢なつきが主役のレイに抜擢されたのこの2本目。

小沢なつきといえば、『魔法少女ちゅうかなぱいぱい! 』での逃亡事件がかなり有名で、しばらく業界からほされていたのですが、その後カンバック。ヌード写真集などもだして芸能活動再開というときに舞込んだはなしだったのでしょう。デビューした時から可愛かったし、ヌードの写真集も綺麗だし、このころの小沢なつきのビジュアルはとってよかった。ただ・・・・、プロ根性というのはなかったのかも。
このVシネマでは可愛いヌードはかなりの量で提供してくれてるのですが、さすがに芝居があまあまで・・・、まるで女子高生のようなリアクションをするので凄腕の女刑事という本来の設定がずたぼろ。ほんとに小沢なつきのヌード目当てだけでいいような作品になってしまいました。もっとも監督もかなりショボクく物語りもヘボだし撮り方もヘボだし、才能のかけらもないスタッフがやってるなって感じではありましたが・・・。

ではなぜこの作品をみたのか? それはひとえに岩間さおりのヌードを劇中で今一度みてみたいと思ったから。2週間前くらいに『ザ・オーディション』をみてセイント・フォーの若き頃の輝きに再び感動させられ、その勢いでその後の彼女ら(といいっても濱田のり子岩間さおりだけだけど)を今一度見てみたい気になったのです。
プロダクションがかなりのお金をかけて売り出そうとしたけど失敗、その後の彼女等は解散、芸能界に残った濱田のり子と岩間さおりもかなり不憫な役回りしかなく・・・、ものの哀れを感じしまうのです。それでも今一度みてみたかった。なんかなあ・・・・、もうちょっと大事に使って上げられなかったのかなあ。芸能界の残酷さをいたく感じてしまった。
今回の岩間さおりの役どころは、弟(ケイン・コスギ)がヤクを持ち逃げしたかなにかで、そのヤクをとりもどすためにヤクザな連中に人質にとられるという役どころ。犯されるシーンやら、吊るされてるシーンやらあるのですが、撮り方が下手なのでただただトラッシーに見えてしまう。

物語は今で言うなら『アンフェア』でしょうか。あれが猟奇殺人じゃなくって、ふつうのヤクザとの摂政で、そのなかで上層部は正義追求よりも情勢安定のためにいかがわしいことをしてる。でもその僕として主人公はたたかわなければいけない・・みたいなコンセプト。なのでいつの時代にも通用する話なのです。作り方次第で受けるものにはなるのに・・・・才能のとぼしいやからにつくらせるとほんとにしょぼいものにしかならない。悲しくなってしまいます。

<あらすじ>
警視庁0課の女刑事レイ(小沢なつき)の今回の任務は、地域暴力団・慈誠会の手中にあるという現職議員名義の額面数十億の株券を取り戻すことだった。彼女のサポート役は、昔の同僚であり恋人でもあった貴島(菊池孝典)。貴島にまだ心を残すレイ。しかし、貴島もまた歌の顔があった。やがて株券をめぐり、レイ、貴島、慈誠会の壮絶な争奪戦がはじまる!! そしてその犠牲になるのは・・・・。
# by ssm2438 | 2013-01-21 22:27
f0009381_22535373.jpg原題:FAIR GAME

監督:アンドリュー・サイプス
脚本:チャーリー・フレッチャー
撮影:リチャード・ボーウェン
音楽:マーク・マンシーナ

出演:
ウィリアム・ボールドウィン (マット)
シンディ・クロフォード (ケイト)

     ×   ×   ×

お約束過ぎて素敵!

お約束連打で、それもドンパチをつなげるためにあるだけのようなストーリーなのだけど、ここまで徹底されるとすがすがしささえ感じてしまう。
女優さんは言わずとしてたスーパーモデルのシンディ・クロフォード。80年代~90年代にかけてスーパーモデルの黄金時代があり、その中核に居たのがこの人。他の面子だと、ナオミ・キャンベルクリスティー・ターリントンリンダ・エヴァンジェリスタクラウディア・シファーなど。そのシンディ・クロフォードが91年にリチャード・ギアと結婚、この映画が後悔された95年に離婚している。
そんなシンディ・クロフォードの貴重なオッパイがみえる(見えづらいけど一応サービスしてるみたい)な映画というのもこの映画の希少価値を高めている要因のひとつだ。
特にいいのがライティング。シンディ・クロフォードなので、脱いではいてもそれほどはっきり見せない見せ方を作り手がやってるわけですが、これが良い感じのじてったさで実によいのである。見る側にしてみればもっとはっきりみせろ!と無粋なことをいいたくなるのもわかるのだが、作り手としてみた場合、実に絶妙の見えなさ加減をコントロールしてる。貨物列車のなかでのウィリアム・ボールドウィンとの“H”のシーンのライティングなどはすばらしいです。

主役はアレック・ボールドウィンの弟、ウィリアム・ボールドウィン『バックドラフト』とか『硝子の塔』とか、そこそこメジャー作品にも出てるし、とりあえず成功したほうだと思うが、この『フェアゲーム』あたりで人気作品あkらお呼びがかからなくなったかな・・・。もうひとり末っ子でしたっけ、スティーブン・ボールドウィンってのがいたけど、こっちは全然だめでしたね。

ストーリー展開もあんちょくでいい。
シンディ・クロフォードを狙う犯罪者集団は、彼女がクレジットカードを使うたびに、その情報を引き出しどこに居るのかをさがしだしてしまう。というわけで、途中からクレジットカードがない逃亡にになるわけだ。一文無しの男女2人の逃亡ゲキというのは映画のなかではよくあるシチュエーションで、実にお約束なのだけど、そのお約束がこの映画のうりである。ただ、監督のアンドリュー・サイプスはお約束のシーンをしっかり勉強してるようで、実にきちんととってある。新鮮さはないが、質の高いお約束シーンを撮っているといっていいだろう。ただ、強引にそのシーンを撮るために作られたシナリオっぽいのがやや興ざめを誘導するのだけどね・・・。

<あらすじ>
ジョギング中の弁護士ケイト(シンディ・クロフォード)が何者かに銃撃される事件がおきた。事情聴取に当たったのは、マックス刑事(ウィリアム・ボールドウィン)。なにかとそりか合わない二人は皮肉を言って別れたが、供述調書に彼女のサインを貰い忘れたマックスは上司の命令でサインを貰いに行く羽目に。その夜、彼女の豪邸が爆破されるのを目の当たりにした。
ベランダにいた彼女は爆風で飛ばされたが、したのプールにおちて命は助かった。そんな彼女にマシンガンを浴びせる謎の男。この事件を皮切りにケイトとマックスの逃亡劇がはじまる。
# by ssm2438 | 2013-01-12 22:54

女殺油地獄(1992) ☆☆

f0009381_21343732.jpg監督:五社英雄
原作:近松門左衛門
脚本:井手雅人
撮影:森田富士郎
音楽:佐藤勝

出演:
樋口可南子 (豊島屋・お吉)
堤真一 (河内屋・与兵衛)

     ×   ×   ×

やっぱり燃えない五社英雄。

この人も実はホモ??? 
・・・というのは無責任発言かもしれないが、作り手というのはなんだかんだいっても2種類に分かれるようになっていると思う。その物語がどうであれ、作り手は【生産性】を愛している人と、愛していない人に分かれる。この映画の監督・五社英雄のなかには生産性をいつも感じないんだ。絵作りはしっかりしてると思う。演出もしっかりしてると思う。でも面白くない。
ホモ監督って【生産性】を愛することが出来ないんだよね、不思議と。五社英雄がそうかどうかはわからないけど、すくなくとも私はこの人の映画には【生産性】を感じない。なのでこの人の映画は技術的な勉強映画以上のものにはならない。

原作は江戸時代の浄瑠璃作家、近松門左衛門。もっとも、この人の作品に生産性があるかといわれれば、はっきりいってないし、この人こそがホモではないかと私はうたぐっているのだけど・・・。過去に何作がみたのだがやっぱり生産性はない。でも、この人の作品がいいのは登場人物が潔いんだ。少なくとも、私がみたほかの作品はそうだった。
でも・・・、残念ながらこの映画にはその潔さもあまりなくって、どちらかというと【不条理モノ】のジャンルにはいるかと思う。
・・・・しかし、よくよく考えると近松門左衛門の話というのはすべて不条理モノなのかもしれない。不条理の結果、最後心中に至るか、今回のように殺人に至るか・・・、どちらかのようだ。心中にいたる場合は潔いのである。たとえ不条理の結果そうなってもそこに潔さがあるのだ。しかし、今回の場合は・・・・うむむむむ、不条理さに嫌気がさしてブスっといってしまうのであった。

絵作りの勉強と演出の勉強にはなるが、それ以上はあまり求めるものがなかった作品であった・・・。でも、映画としては悪くはない。タイトルがかなり仰々しいが、江戸時代の理不尽恋愛殺人事件である。

<あらすじ>
大阪本天満町の油屋、豊島屋の女房・お吉(樋口可南子)が惨殺された。物語は殺人現場からスタートし、そこにいたる展開を語り始める。
河内屋は、豊島屋がのれん分けした油屋で、お吉はそこの与兵衛(堤真一)の乳母がわりもしていた。その与兵衛も既に一人前の大人である。そんなある日、お吉は与兵衛が油屋の元締、小倉屋の一人娘・小菊( 藤谷美和子)と密会を重ねていることを知る。2人の関係が表ざたになり、豊島屋( 岸部一徳)から摂関をうける与兵衛。小菊との関係は続き、ついには軟禁されていた小菊を連れ出しす与兵衛だった。しかし失敗。数日後、小菊の結婚が決まり、与兵衛はやっと油しぼりの仕事をはじめるようになったが、小菊は仕事場から与兵衛を誘い出し、まだ密会を重ねていた。それを知ったお吉は小菊に会っていましめたが小菊は聞き入れず、その高慢な態度にお吉の女の意地と嫉妬心が燃え上がっていた。小菊に与兵衛をもてあそばれるぐらいなら自分のものにしてしまえと、お吉はついに自ら身体を投げ出し与兵衛と激しく燃え上がる。与兵衛も燃えた。
しかし・・・、与兵衛は、お吉の相手は自分だけではなかったことを知ってしまう。堺を出て江戸に移る決意をする与兵衛。そして最後の夜、与兵衛は言付かり物をとどけに豊島屋を訪れた。それを届けて、あとは江戸に旅立つはずだった・・・。

男って「好き」ってまごころを踏みにじられると逆上する生き物かもしれませんね。
女は好きではなく、便利、都合が良い、で「好き」と語る生き物。

実に女のメカニズムがよく判った男が描いたお話でした。
普通の男はわかりません。
# by ssm2438 | 2013-01-07 21:36
f0009381_1113110.jpg監督:新城卓
脚本:中岡京平/川村俊明
撮影:栃沢正夫
音楽:馬飼野康二

出演:
世良公則 (北森修平)
浜田範子 (小早川範子)
鈴木幸恵 (三枝幸恵)
岩間さおり (風間沙織)
板谷裕三子  (兵藤裕三子)
志穂美悦子 (七瀬玲子)
平田満 (間宮秀丸)
中尾彬 (矢島)
池部良 (伍代章造)

     ×   ×   ×

健全な80年代ここに在り!!

80年代のアイドルグループ、セイント・フォーを主演にすえた青春サクセス芸能界モノ。久々にみましたこの映画、泣けますね~~~~。こてこてのセオリーどおりなんですけど、王道の素晴らしさを真正面からぶっつけてきますね。そして、あれだけ良い素材4人(浜田載子岩間さおり鈴木幸恵板谷裕三子 )のユニットを組みながらヒットさせられなかったプロデュースのへぼさ・・・。なぜ、この4人がメジャーになりきれなかったのか不思議で仕方がなかった。
当時この映画のプレビューが流れてる時は、もうときめいてときめいて、「日本にも健全さサクセスストーリーができたぞ、絶対見に行く!!」って思わせてくれた作品。で行きました。最後のもって行き方はもっと盛り上げれらたと思うのだけど・・・、これでも充分感動できた。
みてみるとキャラクターの書き分けもすばらしい。4人のなかでは一番ビジュアル的にうけなさそうな板谷裕三子の使い方が上手かった。それぞれのなかのドラマもけっこう味付けがバランスよく分散しててよかった。適役となるライバルプロデューサーの妾の娘役が範子・・というのもいい刺激剤。この関係が物語をやや複雑なものにしていて、途中解散してからの展開はどうなるのか見ているほうが心配してしまった。ただ・・・、あんまり気持ちよい方向には流れなかったので、あそこをもうちょっとなんとかしてほしかったかな・・・。
しかし、大筋では基本構成がすばらしく誰がとっても燃える話になってた、。・・・なのに、最後の「アンコール、アンコール」の大合唱のあと一気に「不思議東京シンデレラ」に行けばよかったのに・・・、どうせ新人賞の大会はジャックしちゃったようなものなのだから。あそこで次元変えられるのがちょっと悲しかったかな・・・。

で、観ているとスーパーヒットに繋がらなかったのもなんとなく判る気がする。まともすぎた。健全すぎて時代がスルーしてしまったのかもしれない。ダンスというより体操が出来るユニットで、当時はあれだけ動きながら生歌があたりまえの時代。浜田範子はかわいかったし、岩間沙織もすてがたい魅力があった。みなさんパーツ的にはどこか不細工なところがあるのですが、それでも4人が一緒にいると輝いちゃうんだ。この映画もかなりのお金をかけてプロモーションしたのだろう。あの映画のころのセイント・フォーはよかったねえ。写真集は2冊しかなかったような・・・。一冊は今ももってます『抱きしめてセイントフォー』、もうひとつはCDがついてるような写真集で写真のページが薄かった。買いましたよ。ただ、そのつくりが今ひとつ中途半端で、そんな作りするんじゃなくて、もうちょっとひとりひとりの綺麗な時代をもっときちんと写真集のなかに入れ込んで欲しかったなあ・・・。
なのにブレイクしなかった・・・。そして、解散。浜田範子と岩間さおりはヌードの写真集をだすことになった・・・。芸能界が売れなかった怨念を彼女達にむけてリベンジしてるようで哀しくなった。

<あらすじ>
かつて芸能界を席捲したロックグループ“レイカース"のリーダー・北森修平(世良公則)。しかし、スキャンダルに巻き込まれテ失墜、サンライズ・プロの社長伍代章造(池部良)に拾われてマネージャーとしてタレントのタマゴ祐三子(板谷裕三子)を売り出そうと懸命だった。しかしそんな伍代ともつまらないことからケンカをし会社をやめてしまう。
プータローとなった北森だが、彼を慕っていた祐三子も会社を辞め、2人だけで再出発することになる。原宿で踊っていた範子(浜田範子)をみつけたのをきっかけに、分かれた妻の友人の女性レーサーの妹・風間沙織(岩間さおり)、三枝幸恵(鈴木幸恵)を発掘、4人で新たなレイカーズを結成する。
自費でだしたレコードは2000枚。これだけではどうにもならない。北森は4人を音楽番組のオーディションへ参加させる。しかし、音楽業界を支配する矢島オフィスの社長、矢島(中尾彬)の防害はつづく。ある日、のり子の妹が彼女を訪ねてくる。母が死んだのだ。実はのり子の母は矢島の愛人だった。憎しみを矢島にぶつけるのり子。
ある新人発掘番組のオーディションをめざして死に物狂いで自分達の歌を仕上げていく4人。目には目をと審査員に裏金を配る北森だが、それでも矢島のほうが一枚上手だった。結果、優勝は別の新人にもっていかれる。矢島になんくせつける北森だが、ボディーガードにぼこぼこにされる。
さらに沙織の姉がサーキット場で事故死。憔悴の沙織は田舎に帰ってしまう。どうしてもスターになりたいのり子は幸恵と一緒ならという条件で矢島オフィスに引きとられ、コンビでデビューすることになる。祐三子はサンライズライズ・プロに出戻り。北森は行方知れず。
大晦日の新人賞めざす新人賞レースは矢島の推す森あかねが一歩リードしていたが、のり子と幸恵のファニーズも人気がでてくる。しかしそのころヒットチャートでは奇妙な現象がおきていた。たった2000枚しか出されなかったレイカーズのデビュー曲がラジオ番組などではトップテンにはいってきていた。
そして迎えた大晦日、新人賞の発表の日。ファニーズとしてはもう歌えないというのり子は、デビューまでのプロセスを涙を流しながら訴え、会場にきていた沙織と、おなじ新人歌手としてその場にいた祐三子をステージに呼び、レイカースとしてここで歌いたいと申し出た。ファニーズとして歌えないのならと一旦は会場から下ろされる人だが、観客のレイカース・コールが会場にとどろきわたった。
矢島の圧力もあったが、番組プロデューサーの決断でステージにあげられた4人はレイカーズとして歌った。

正直なところ、オーディションで優勝できなかったあと、みんながばらばらになり、なおかつ、のり子が矢島のもとにいく流れがみていてあまりに気持ちよくないのである。ちょっとそれまでのメンタルではそうなりそうにない展開なのに・・・と心が違和感を覚え、あそこでかなり冷めてしまうのだ。あそこをもう少し嫌悪感を感じないくらいのエピソードにできなかったものか・・と思う。
物語では、北森と離婚した玲子(志穂美悦子)が再びひっつく話も平行して描かれ、最後は路頭にまよっていた北森が、巷でながれているレイカーズの歌を聞いてるうちに思い出の場所にいきつき玲子と再会というハッピーエンドになっている。

素材がよかっただけに、その後の芸能活動をみると、プロデュースサイドがもうちょっとなんとかできなかったものか・・と残念におもってしまう。
# by ssm2438 | 2013-01-05 11:20

忍びの者(1962) ☆☆

f0009381_1531197.jpg監督:山本薩夫
脚本:高岩肇
撮影:竹村康和
音楽:渡辺宙明

出演:
市川雷蔵 (石川五右衛門)
伊藤雄之助 (百地三太夫)
若山富三郎 (織田信長)
藤村志保 (マキ)

     ×   ×   ×

ゴエゴエってこんな人物だったのか・・・!?

『白い巨塔』山本薩夫が撮った忍者もののエンタテイメント作品。タイトルは『忍びの者』というタイトルをきくと、猿飛佐助か服部半蔵か・・?と思うのは我々の世代だが、この物語の主人公は石川五右衛門である。

石川五右衛門は、安土桃山時代の盗賊で、京都三条川原で釜茹でにされたというのは有名な話。その出生の逸話はいろいろあるようだが、伊賀上野が出身地であることから、伊賀の忍者であったという説があるらしい。で、この物語は五右衛門を主人公にすえて、伊賀の忍者であるところからいかにして抜け人になり、盗賊になったかという流れをくみつつ、社会派の山本薩夫らしく、忍者社会を社会派のエンタテイメントとして描いてる。突っ込みどころ満載のシナリオ構成なれど、今の時代にきちんと作ればこれはこれで面白いものになるだろうなという期待はもたせてもらえる。漫画的なアクションをするのではなく、人間のできる範囲のことで忍者社会を描いているのでけっこうみてて面白いのだ。若かりし頃『カムイ外伝』『サスケ』をみて育った私らの世代にとってはなんだか懐かしい描写があってうれしくなってしまう。

これをみてると、今の大河ドラマの糞撮影スタッフを一新して、きちんと映像をわかった人たちをあつめ、伊賀の忍者社会と甲賀の忍者社会モノをやればけっこう面白いものが出来るかもしれないと思ったりする。

それまで『七人の侍』みたいなのが武士だとおもっていた我々に、藤沢修平『必死剣・鳥刺し』とか『たそがれ清兵衛』の作品のなかで、武士のサラリーマン・スピリットを描いて親近感を抱かせてくれた。これらの作品群の成功を考えると、アニメ的に飛んだり跳ねたりする超人的な忍者ではなく、忍者社会と、その実行可能な技という意味での忍術を基本に下ドラマをつくってくれえたらどれだけ面白いのだろうとおもう。
白土三平の『サスケ』のなかで、忍者とはその時代の最先端の科学技術を要した特殊部隊である・・みたいな表現をしていたのを思い出すが、今一度きちんと忍者モノをみてみたい気がする・・・。

<あらすじ>
戦国時代も末期、天下取りの野望を現実化しようとする織田信長(若山富三郎)は、延暦寺につづき本願寺の掃討にも着手する。
天台、新言修験僧の流れをくむ伊賀忍者の頭領、百地三太夫(伊藤雄之助)は、そんな信長にたいして激しい敵意を持ち信長暗殺を命じた。一方百地とライバル関係にある同じ伊賀忍者の首領・藤林長門守もプライドにかけて先に信長を討つべく手下達にはっぱをかけていた。
五右衛門(市川雷蔵)は三太夫が率いる石川村の下忍であったかが、その武術や先見の明により頭角を現してきていた。しかし三太夫はそんな五右衛門を信長暗殺には向かわせず、三太夫の妻イノネ(岸田今日子)とともに村の財政管理などを任せる。三太夫の妻といえども、一度も抱かれることがなかったイノネはその身体をもてあましており、いつしか五右衛門の腕にだかれるようになる。しかし密通はばれ逃亡をはかる2人。しかしそのさなかイノネはイドに落ち、五右衛門は三太夫に行く手を阻まれる。罪悪感に沈む五右衛門に、信長を暗殺すれば罪を許すとささやく三太夫は、信長との戦いになれば軍資金が必要になると考え、忍者である五右衛門に盗賊をはたらくよう促す。
武家の家に忍び込んでは金品を盗む五右衛門。やがて、さきごろ世間で噂の盗賊は忍者ではないかという噂が街にひろがっていく。伊賀とのかかわりが暴露されることをおそれた三太夫は、それは石川村の五右衛門という男で抜け人だという噂をながす。孤立無援になっていく五右衛門。そんな五右衛門は「忍者」としての在り方に疑問をもつようになる。しかし五右衛門は信長暗殺のため訪れた堺の妓楼でマキ(藤村志保)という遊女と知り合い、彼女の純心さに惹かれていく。さらに三太夫の屋敷の小間使いだった女に巡り会い、イノネが三太夫に殺されたことを知る。
忍びであることに嫌気をさした五右衛門はマキと一緒に山中の小屋で日々を送っていた。しかし突然三太夫が現われマキを人質に、五右衛門に信長暗殺を実行するよう命じる。
その頃、信長は豪壮な安土城を築き得意の絶頂にあった。折りからの築城祝いに乗じ信長の寝所の上に忍び込んだ五右衛門は天井から糸をたらし毒薬を信長の口に流し込む。絶命かと思われた信長だが、生命力を発揮しなんとか危機を脱出。伊賀忍者に対して脅威を感じた信長は伊賀忍者の殲滅を敢行する。
忍者達は必死に戦った。五右衛門も砦へとび込み三太夫を探したが、情婦と共に死んでいる三太夫を見て愕然とした。何と長門守と同一人物だったのだ・・・。


石川五右衛門といえば「釜ゆでになった盗賊」というイメージで、どちらかというと清水の次郎長と同一系列なのかと思っていたら・・・なんと、こんな背景だったのですね。もっとも、何処までが真実で何処までがフィクションなのはかは判りませんが・・・。
# by ssm2438 | 2013-01-04 15:31

トレマーズ2(1995) ☆☆

f0009381_21301624.jpg監督:S・S・ウィルソン
製作総指揮:ロン・アンダーウッド
脚本:S・S・ウィルソン/ブレント・マドック
撮影:ヴァージル・L・ハーパー
音楽:ジェイ・ファーガソン

出演:
フレッド・ウォード (アール)
マイケル・グロス(銃マニアのバート)

     ×   ×   ×

今回はテレビ映画に格下げだ!

おまけにケビン・ベーコンも出てないし・・・。そんなわけで前回ケビン・ベーコンの相棒だったアール(フレッド・ウォード)が主役になってしまってる。このオヤジが主役で大丈夫なの??っておもってみてたが、これはこれで悪くない。そして相変わらず良い味だしてるガンマニアのバート(マイケル・グロス)。このバートのキャラはいいね。

前回のバート夫妻がグラボイズに襲われるシーン。誰もがこの銃マニアの夫婦はこれで死んじゃうんだろうなって思ったら地下室にあるありとあらゆる銃で、壁からでてきたグラビウズに夫婦で銃弾を撃ち込み、撃破してしまった。
あのインパクトは素晴らしい。そのむかし仮面ライダースーパー1の映画で怪人に襲われたじいちゃんが、実は「気」を使うじいちゃんで、その怪人を返り討ちにしてしまった・・・、あの感動に似ている(笑)。それはこのシリーズ2作目で引き継がれており、のこのこ砂漠をやってきたバートだが、新種のグラボイズに囲まれて絶体絶命って思ったら平気な顔して生きてあらわれる。それもそのなかの一匹を捕獲して現れるというキャラクター。いいんだ。

このシリーズの愉しいところは、どっかマヌケなテイスト。グラボイズ(という名前らしいあの怪物)もどこかマヌケだし、今回はそれが地上でも動き回れるような鶏型に進化してたりする。その対処方もどこかマヌケ。「こんなんで大丈夫なの??」って思うようなことが平気でOKになってしまうところが面白いんだ。
前回の地中を進むグラボイズは目は見えないが音で獲物を察知するシステム。今回の地上型のやつは、熱で獲物を察知するような設定で、普通の人なら見える位置にいても、温度変化を感知できなければ別に相手に襲われることはない・・という、みていてマヌケなシチュエーションをうまく使ってる。
この「マヌケ」は部分の使い方が実に面白い『トレマーズ2』でした。

<あらすじ>
ふたたびグラボイズが出現した。対策に困ったその地を管理する石油会社は、以前それと戦ったことのあるアール(フレッド・ウォード)に駆除を願い出る。軍事オタクのバート(マイケル・グロス)とも参戦、音に反応するがグラボイズをラジコン爆弾を駆使して、次々とグラボイズを退治するアール達。しかし彼らは新種に進化してく。
そんな新種のうちの1匹をまたしてもバートがひっつかまえてしまった。どうやらや彼らは目は見えないが、熱を感知して獲物を襲うらしい。さらに、適当なエサを与えると、口から子供を吐き出し増殖していく。彼らを倉庫内に閉じ込めることに成功するが、そこは食料満載。なかではつぎつぎと増殖をはじめているらしい。彼らを倉庫ごと爆破させるには、中に入らなければ成らない。アールは決死の覚悟で防寒具を身にまとい、消火器をあびせてもらい、低音にカモフラージュしたアールはうようよいる新種のグラボイズがいる倉庫のなかにはいっていく・・・。

新種に変化したのだけど、これが小ぶりになってしまい、なんだか今ひとつ拍子抜けな感じはいなめない。
あのちっこいのもいてもいいけど、やっぱり最後はでっかい怪物と戦って欲しいものである。
# by ssm2438 | 2012-12-26 21:31

恋する履歴書(2009) ☆☆

f0009381_2151361.jpg原題: Post Grad

監督:ヴィッキー・ジェンソン
脚本:ケリー・フレモン
撮影:チャールズ・ミンスキー
音楽:クリストフ・ベック

出演:
アレクシス・ブレデル (ライデン)
キャロル・バーネット (モーリーン)
マイケル・キートン (ウォルター)

     ×   ×   ×

江戸時代のお相撲さんみたいな名前だ・・(笑)。

制作はかの有名なアイヴァン・ライトマン『ゴースゴバスターズ』『夜霧のマンハッタン』『デーヴ』とハートフルな軽めのテイストの映画は上手い人。なのでその感じは出てます。人畜無害映画で、目くじら立ててどうのこうの言うようなものではないのだけど、あまりにも普通すぎで特に書くようなことがないというのがこの映画。強いてあげるなら主役のアレクシス・ブレデル嬢(『声をかくす人』にもちょっと出てました)を観るための映画というか、でも、どちらかというと『バックマン家の人々』みたいに、彼女の家族を描いた映画で、とりあえずキーパースンとして彼女がほぼメインというような描き方になってます。

監督のヴィッキー・ジェンソン『シュレック』の監督さん。それまではアニメばっかりだったのだけど、今回がハツの普通の映画の監督業だったようです。一言で言うととってもいい人なのです。人間力がそれほどなく、強引に自分の意志を押し通すことも泣く、コミュニケーション力で生きてきた人みたいな感じ。その雰囲気がフィルムにもでてます。
それだと・・・・はっきりいって刺激がなさ過ぎるというか、ありきたりすぎるというか・・・、もう少し痛みのあるバッドな部分をいれてほしいかな。
そうやってみると『卒業』ってよかった。
ずっと良い子をやってきたダスティン・ホフマン。家族ぐるみで付き合いのあるロビンソン家の娘さんキャサリン・ロスとは幼馴染で親公認の間柄ながらまだ“H”もしていない。そんなときに彼女の母と“H”することになってしまい、そこからこじれで暴露され、彼女には去られ、彼女のパパからは「何で私にこんなことをするんだ」と絶縁状態、もちろん親同士も合わせる顔がない。そしてキャサリン・ロスが他の男と結婚するってことになったとき、「総ての非はオレにある、でもオレはお前が欲しいんだ」って花嫁さん奪って逃げていく・・・。
誰からも祝福されない、自分も幸せにならないだろう、でもやらずにはいられない業をやってしまう「己」の目覚め。
ああいう必死さがこの映画にはないんだよなあ。作ってる人の人間力がとぼしいから、普通のあり期待の人間にしかならない。なれやいでハッピーでやってればいいや・・って感じのかなり緩いキャラクターの造形。
こんなのが今の流行だって言われればそうかもしれないが・・・、もう少し頑張ろうよと言いたいぞ。

<あらすじ>
大学を卒業したライデン(アレクシス・ブレデル)だが就職が決まらず不安ばかりがつのっていく。父親(マイケル・キートン)が隣の家の猫を轢いたことから仲良くなったイケメンCMディレクターと付き合うようになる。ちゃらちゃらした雰囲気に呑まれれ胃ひと時の現実逃避をしてると、幼なじみで親友のアダムとの大事な約束を完全に忘れてた。ずっと彼女のことを求めていたアダムだが感情をインベストすることをやめる決意をし、コロンビア大学の法科への進学することを決意、2人で幼い時間を過ごした西海岸を捨てていった。
一方、ライデンは当初希望していた一流出版社の枠が空いたことから急遽採用されることになる。しかし、アダムの存在の大きさに今更ながらに気づいた彼女は、その仕事もやめて東海岸に彼を追ってたびだっていくのだった・・・。

軽いぞ、お前の人生、それでいいのかああああああ????
成し遂げる遺伝子を持ってないちゃらちゃらガールの青春とりあえずOKストーリーでした。
# by ssm2438 | 2012-12-20 21:05
f0009381_9194549.jpg原題:TRANSPARENCY
    TAKEDOWN[豪]

監督:ラウル・サンチャス・イングリス
脚本:ラウル・サンチャス・イングリス
音楽:クリストファー・ニッケル

出演:
ルー・ダイアモンド・フィリップス (デヴィッド)
エステラ・ウォーレン (モニカ)

     ×   ×   ×

エステラ・ウォーレン老けたなあ~~~。

顔は好みじゃないのだけどなぜか気になる女の子というのが居るものですが、私にとってはエステラ・ウォーレンはそんな感じ。ほとんど期待はしなかったけど、レンタル・ゲオで10円レンタルというものをやっていてその中のラインアップに入っていたので借りたのでした。もっとも、10円レンタルで出す作品ですからほとんど外れは覚悟のうちなのですが、はずれてもそれほど腹が立たないのがこの10円レンタルのいいところ。もっとも送料は1枚でも6枚でも300円とられるので、見たい映画のほかにオマケで借りるつもりでないと10円レンタルでも損をした気分になるから要注意。

でみてみました。
おい! ジャケット全然違うじゃん!!
エステラ・ウォーレン、そんなかっこしてないし・・・、一体何処からその写真だけ拾ってきたんだあ!??
ジャケットの絵を観て、いつかそのうちエステラ・ウォーレンがそんなかっこして出てくるものと、それだけを期待してみてたらいつまでたっても出て来ない、とうとう最後まで出て来ない、おかげで思いっきりかどわかされた感じです。
所詮はカナダ産のTVMなので売れないのはわかりきってるけど、普通のアプローチしてジャケット作ってればもう少し好感度はあったかと思うのだけど・・・。売り方がむかついたので☆ひとつマイナス。

内容はというと・・・、マーティン・スコセッシ『タクシー・ドライバー』を正統派なテイストでやりたかったような雰囲気の映画です。あの映画のロバート・デ・ニーロのなかでは、大統領候補の暗殺も、売春婦ビジネスにはまってる女の子を救い出すことも(連れ出す)同じ価値でしかないという、ちょっと異常な感覚があり、主人公の行う行為自体が一般社会人の価値観とはかけ離れてるところに皮肉な味付けがあるのです。デ・ニーロが助け出す娼婦(ジョディ・フォスター)も、実は助け出されたいとはおもってもないし、他に行き場がないのでそこで自分の場所を見つけてるという感じ・・・。なので、あの映画の素敵なところは、価値観のちぐはぐなところがいいのです。
しかし、この映画はそれを正統派のテイストに焼き直しているのです。

<あらすじ>
5年前娘がレイプされたことから家庭崩壊を経験したデヴィッド(ルー・ダイアモンド・フィリップス)は、とある会社の警備員として働いている。クリスマスも近いある日、その会社の上司の顔パスで通された不振なトラックがあることに気づいたデヴィッド。そのトラックを調査すると、セルビア人の若い女の子が出てきた、中をのぞいて見ると少女の遺体が見える。その直後、ドライバーに襲われたデヴィッドはなんとか女の子を逃がすも、その男と格闘になり重傷をおわされる。しかし最後の根性でそのドライバーを射殺。
昏睡状態の末意識をとりもどしたデヴィッドは、会社の担当弁護士から、このことに関しては口をつむぐという誓約書にサインをするよう求められる。その一連のやり取りにきな臭さを感じたデヴィッドは単独で調査を開始する。

そんな立ち上がり。
外国から強制的につれてこられ、売春をさせられている若いセルビア人女性を、娘がレイプされた経験をもつオヤジが助け出すという話。なので健全なつくりの『タクシードライバー』と言いたくなるのです。
が、問題は敵の規模が物語的には大きそうなのだが、みてると田舎町の材木屋くらいにしか見えないところ。なのに、M4カービンもった軍施設の兵隊らしい人が出てきて主人公を追いつめていく。どうやらシナリオ段階では国家規模での人身売買らしいのですが、そのコンセプトが今ひとつドラマの中からは実感できず、ただの田舎町のチンピラ売春宿とその用心棒連中にしかみえない。演出力の乏しさで、お話の設定だけインフレートしてる感じ。TMVなので予算がないのは良くわかるのですが、その【国家規模的人身売買組織】ってコンセプトをはずして作ればもっと作り手の才能と見合ったものになったのでは??って思ってしまった。

ちなみにエステラ・ウォーレンの役どころは、
レイプ被害者の精神ケアと社会復帰を手だ好けるような慈善団体のセラピスト。なので銃をもってでてくるところなんてありません。

最後は、国家規模の売春組織(もうこのコンセプト自体がナンセンスだと思うのだけど)の政治的力が巨大で法的にはどうにもならないとさとった主人公が単身その田舎っぽい売春宿に突入、以下『タクシードライバー』して最初に出会ったセルビア人女性を助け出すが、本人は重傷でももう動けない。その後の政府発表でもそんな組織はなかったとテレビ放映、主人公に協力してくれた美大生は自殺をよそおって殺され、エステラ・ウォーレンは難癖つけられて手錠をはめられて刑務所行き・・というバッドテイストなエンディング。

そのエンディングにする意味もわからない・・・。
とほほな映画でした。
# by ssm2438 | 2012-12-19 09:22
f0009381_2154286.jpg原題:SKYLINE

監督:コリン&グレッグ・ストラウス
脚本:ジョシュア・コーズ/リアム・オドネル
撮影:マイケル・ワトソン
音楽:マシュー・マージェソン

出演:
エリック・バルフォー (ジャロッド)
スコッティー・トンプソン (エレイン)

     ×   ×   ×

CGは一般的にすごい(という名の今で言う普通)けど・・・。

話はおもいっきりつまらない。
というか、CGもすごいとは思うけど、今でいうならありきたいで、もう見飽きたシーンの連続なのでどうでもよくなってしまう。

監督のストラウス兄弟は、CGクリエイター系の人で、Hydraulx(ハイドラックス)というCGを使った視覚効果の製作会社を立ち上げている。この『スカイライン・征服』のほかにも、『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』の監督もしているようだ。基本的にはCGクリエイターなので、あんまりドラマ作りにはむいてないというか、今までよく観た寄せ集めの記号的シーンばっかりで、どうでも良いやって感じ。
特に人間のシーンの描き方はかなりチープで、そうでないところは、よくあるCGでつくったうにょうにょするメカ触手の伸びたメカが暴れてるだけでという最初から終わりまでそんなんだから食傷ぎみ。

やっぱり物語を作る人は、きちんど人間のどろどろを描けないとだめだ。
ありきたりの記号の寄せ集めでは誰も感動させられない・・・。

<あらすじ>
なんか動いてる・・・・。
あ、脳みそから情報吸ってる・・・。
あれ、脳みそ吸われたその人の人格が、どうやらうにょうにょメカを支配したみたいだ・・・。
え、で、それで終わり???? 
あほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
# by ssm2438 | 2012-12-18 21:06
f0009381_1863866.jpg原題:SALMON FISHING IN THE YEMEN

監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:サイモン・ボーフォイ
撮影:テリー・ステイシー
音楽:ダリオ・マリアネッリ

出演:
ユアン・マクレガー (アルフレッド・ジョーンズ博士)
エミリー・ブラント (ハリエット・チェトウォド=タルボット)
クリスティン・スコット・トーマス (パトリシア・マクスウェル)
アムール・ワケド (シャイフ・ムハンマド)

     ×   ×   ×

脚本がすばらしい!

『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー脚本賞とったサイモン・ボーフォイの脚本。近年まれに見る気持ちの良いシナリオで話術の巧みさには感動させられましした。
狙ってカッコイイ言葉を連打してそれで良い脚本だと勘違いしてる大ばか者がおおいなかで、サイモン・ボーフォイの言葉は自然な感じなのだけど気持ちをその気にさせていく語り口が上手い! 脚本家の真骨頂をみせていただきました。
「イエメンの川で鮭を釣りたい」という中東の富豪の戯言をきかされた主人公の水産学者が、やってるうちにそれが戯言ではなく本気の話で、そして彼自身も、それがやれるんだと信じるようになっていく。そのプレセスの言葉が素晴らしい。

監督は『マイライフ・アズ・ドッグ』ラッセ・ハルストレム。いい脚本にめぐりあって久々のヒットです。ただ、欲を言うなら、もうちょっとアピールするところは見せてくれてもよかったのに・・とは思うかな。鮭がその川を大挙して上っていく高揚感あふれるシーンはもうちょっと見せて欲しかったなあ。このシーンで感動をもってきそこねたのはやや残念。
観てる人にきちんと「放流した鮭は川上に向かっていくべきものだ」という概念をもうちょっときちんと埋め込んでほしかったかな。さらに、上流にもうすこし村とか人々の社会空間を設定して、川をのぼる鮭をみて驚く・感動するなどのリアクションをもっと積んで欲しかったかな。それをみて感動するひとがそのプロジェクトに携わった人だけだと今ひとつもりあがらない。主人公のまわりだけじゃなくって、イエメンの社会も巻き込んで感動してほしかったかな。悦びをみんなでシェアする技はハリウッドでつくったほうが上手いかもって思った。。。

もひとつ、個人的にはユアン・マクレガー側の夫婦問題は物語から省いたほうがシンプルでよかったような気がしたが、どうだろう。どうもあそこだけ物語に意味なく暗い影をおとしたような・・・。普通に独身の生物学者って設定で気持ちよく物語をまとめて上映時間をもうすこし削りつつ、鮭の描写をもうちょっと時間つかったほうがよかったと思うが・・・。

<あらすじ>
英国の水産学者ジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)のもとに、砂漠の国イエメンの富豪シェイフ(アムール・ワケド)の運営する企業の投資コンサルタント・チェトウォド=タルボット(エミリー・ブラント)から、突拍子もない仕事の以来のメールをうけとる。イエメンで鮭釣りができるようにしてほしいというのだ。あまりに荒唐無稽な話に、鮭の産卵・生息環境としては温度が低く、酸素をふんだんに含んだ川が必要であることをあげ、イエメンにはそんな川はありえないと突っぱねる。
一方、英国政府は中東との関係が怪しくなっており、なにか友好的なイベントはないかと探していると、この話にでくわしこのプロジェクトを強行に推し進めていくことになる。クビかこのプロジェクトを引き受けるか迫られたジョーンズはしぶしぶこの仕事を了承、シェイフにたいして法外な予算と鮭の輸送手段、そして巨大なダムをつくった中国の技師たちとの謁見を要求する。しかしいとも簡単にそれを実行してしまうシェイフ。どんなやつだとあってみれば、これが人徳豊かな誠実な人。最初はナンセンスだとおもっていたこのプロジェクトも、彼の言葉を聴いていると「もしかしたら出来るかもしれない」と思えるようになってくるジョーンズ。
シャイフは鮭を放流する川の上流に巨大なダムを建設、雨季に蓄えられた水で川にはつねに綺麗な水を供給できるようにしていた。
しかし、総ての環境はととのえられたとして、イエメンに空輸する鮭1万匹はどうする? 英国の環境団体は、そんな途方もない話に英国の鮭1万匹など提供できないという。あえなく、養殖の鮭でそれをまかなうことにする。しかし、養殖の鮭がを放流しててもその鮭が川の流れに逆らって川を上り、ほんとに産卵するのだろうか? そして1年後にまたもその川にもどってくるのだろうか? 一抹の不安を抱えながらもジョーンズは養殖の鮭をイエメンの川に放流する・・・。

最後はもうちょっと上手くまとめられたのでは?とも思うが、でも気持ちよく、爽やかに泣かせていただきました。
# by ssm2438 | 2012-12-16 18:06 | ラッセ・ハルストレム(1946)
f0009381_2235267.jpg原題:SKYFALL

監督:サム・メンデス
脚本:ニール・パーヴィス
    ロバート・ウェイド
    ジョン・ローガン
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:トーマス・ニューマン

出演:
ダニエル・クレイグ (ジェームズ・ボンド)
ハビエル・バルデム (ラウル・シルヴァ)
ジュディ・デンチ (M)
レイフ・ファインズ (ギャレス・マロリー)
ナオミ・ハリス (イヴ)
ベン・ウィショー (Q)

     ×   ×   ×

エディプス・コンプレックスここにあり!

アクションシーンはしっかり作れてます。なのでみててもそんなに問題はないのですが、スピリットがもう不健全で腐さってる。気持ち悪い。

<ホモ・マゾ・バイオレンス映画>というカテゴリーは在るのです。
この種の映画というのは、同性愛志向があり、服従・拘束・被虐という部分がやたらと多く、男が裸が多く、斬られて、撃たれて、残虐があり、やたらと血しぶきが噴出するのです。
残虐性がありながらサディスティックではない! マゾヒスティックなところがポイント。

このコンセプトがどこからくるのか?
これはひとえに「男」が男の競争社会から逃避したところにあるのです。
一番根本的な目標としては、男というのは、好きな女と“H”するためには、その女に一番愛される男にならないといけないのです。そのためには他の男との競争に勝たなければならない。こればっかりは男の生き方の絶対避けられない部分なのです。
そのなかには「あ、おれはダメだ、とうてい無理だ」って思う男も出てくるでしょう。一言でいって弱い男です。強い男が居るとは思えないのですが、少なくとも強くなりたい、弱い自分ではイヤだと思える男は正常だと思います。が、そうではなく、その男としてのプレッシャーに押しつぶされて、最初から強くなることをあきらめた男というのもいるのです。
同性愛者というものは、みずから強くなるスピリットを放棄したところから生まれるのです。
彼らは挑むことをあきらめ、服従することを望みます。ただ、普通の男も、常に意地を張り続けるのはしんどいので、どこかで何かに支配されてるほうが安心する部分はあるのですが、ホモ・マゾ系は支配されることと服従することに安心を覚えるようです。男としてみるとキモイのです。
彼らは古来からのルールのなかで強くなることを放棄し、つねにアバンギャルドな世界に逃避するようになります。そこでストレス発散。現実の世界ではヘタレでも、イマジネーションの世界ではやたらと凶暴性を発揮します。それでいて愛されたい・・・。キモイです。これらはすべて男の宿命から逃げたことに起因します。

ダニエル・クレイグ=ボンドに換わってからこの傾向が如実にあわれていて、今回はそのピークにたっしたといっていいでしょう。これは、監督のせいなのか、もしかしたらプロデューサーがその手の人間なのかわからないのですが、少なくとも今回の監督サム・メンデスはその手の人間でしょう。で、プロデューサーもその種の人間でやたらとやたらとその趣味があるのだと思います。それが今回はマッチしたのでしょう。

<あらすじ>
世界各国の組織に潜んでいる諜報部員のデータが盗まれる。このデータがテロリストに渡れば、潜伏活動をしている諜報員の総ての命が危険になる。取り返そうと必死のジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)。ターゲットを狙撃したいパートナーのイブ(ナオミ・ハリス)だが、ボンドとその男がもみあっているので撃てない。M(ジュディ・リンチ)はかまわず撃つことを命じる。結果、銃弾はボンドに当たってしまいボンドは谷底へと転落、犯人の男は逃げてしまう。
やがてそのディスクから諜報部員の名が公になり各地で無残な死を遂げる。窮地においつめられるM。そこに死んだと思われていたジェーム・ボンドが帰ってくる。犯人を追うボンド。やがてそのターゲットは嘗てのMの片腕だった諜報員のラウル・シルヴァ(ハビエル・バルデム)だとわかる。彼はMのためだと思い、任務を遂行し、囚われの身になっても拷問にたえ、耐えられないと思った時に毒を飲んで死のうとした。しかし彼は死ねなかった。自分を見捨てたMに復讐する。それが彼の望みだった。
Mを執拗に追うシルヴァ。ボンドはMを囮につかい、シルヴァを殲滅するために、自らの故郷スカイフォールに戻っていく・・。

今回の映画は、母親に愛されたいシルヴァと母親に愛されているボンドの戦いであり、エディプス・コンプレックス全開の話でした。ほんとキモイ。。。

やっぱり007映画はもっと男の子の夢が健全に具現化されるべきだと思うな。
こんなホモ男の夢なんか知るか!!っておものでした。
キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!キモイ!
# by ssm2438 | 2012-12-14 22:04
f0009381_2272230.jpg監督:阪本順治
原案:湊かなえ『二十年後の宿題』
脚本:那須真知子
撮影:木村大作
音楽:川井郁子

出演:
吉永小百合 (川島はる)
森山未來 (鈴木信人)
満島ひかり (戸田真奈美)
勝地涼 (生島直樹)
宮崎あおい (安藤結花)
小池栄子 (藤本七重)
松田龍平 (松田勇)
柴田恭兵 (川島行夫)
仲村トオル阿部英輔
里見浩太朗 (堀田久)

     ×   ×   ×

おお、『ライアンの娘』!

デビッド・リーン『ライアンの娘』といえば、映画ファンなら誰でも知ってるだろう映画のひとつ。『マレーナ』の部分的なモチーフにもなってる映画でもある。
で、この映画、冒頭いきなり『ライアンの娘』レイアウトではじまります。孤島の村を終われる羽目になった20年前の吉永小百合、そのいきさつは後々語られるのだけど、その街の中を歩いて抜けるシーンのレイアウト。道の両脇に店が並んでいるだけのような集落のメインストリート、それを木村大作のカメラが望遠で撮っている。『アイアンの娘』の最後のシーンと同じなのである。そして物語が進むにつれてそれは偶然ではなく、意図的に多用されていることに気づく。。。

『ライアンの娘』のあらすじはこう。
アイルランドの右上だけがイギリス領になってる不思議な領土。そこでは独立運動の戦士達がドイツから武器を密輸入して再びイギリスに対して蜂起せん水面下の勢力争いがつづいていた。
大平洋海岸の寒村キラリーへ帰って来た教師チャールズ(R・ミッチャム)はロージー・ライアン(S・マイルズ)に激しい愛情をそそがれていたが、年齢や男やもめの身を考え心を押さえていたが、ロージーの勢いにも押され村の人々の二人を祝福、2人は結婚した。2人は安定した夫婦生活を送っていたが、そんな彼女の前に第一次大戦で足を負傷した戦士ランドルフ(C・ジョーンズ)がキラリーに近い英軍守備隊の指揮官として赴任してきた。戦場後遺症のくるしむランドルフは、ロージーに安らぎを求めるようになり、やがて2人は肉体関係を結んでしまう。うすうすその実態にきずいてしまうチャールズ。そしてこのことは村の噂にもなっていく。
一ヶ月後、独立運動の同志は武器を陸上輸送するが、彼らの前にランドルフの一隊が立ちはだかり、武器輸送は失敗におわる。密告は者は僅かな金につられたロージーの父・ライアンだったが、ランドルフとの浮気表ざたになってしまったロージーが疑惑の矢面にたち村のひとびとからリンチをうける。服を破かれ丸裸にされ、髪をきられるロージー。
ロージーから身を引こうと決心しつつもチャールズの、彼女に対する愛は変わらな。ふたりは寒波のふきすさぶなか、村の通りを通り抜けてさっていくのだった・・・。

・・・・そんな話である。

この『北のカナリアたち』もあたらずとも遠からず・・お話である。
というか、原作をしらないのでなんともいえないのだが、すくなくとも映画の構成ではこの『ライアンの娘』のシチュエーションをトレースしようとしているのは見て取れる。
そこらに点在する『ライアンの娘』レイアウトににやにやしながら見ることが出来た。

・・・・で、この『北のカナリアたち』という映画だが、感動するような話ではあるのだが、ちょっと作り方があからさまというか、もうちょっと物語りになじませて語られてもよかったのでは??と思った。とにかくエピソードを物語の中になじませるというプロセスがかなり甘いので、あまりにも都合よく展開しすぎるのである。
ま、根本的に泣きをとれる話なので、よっぽどハズレな演出をしない限りはそこそこみられる話になる映画ではあるが、イベントとストーリーラインをもうすこし自然になじませて作って欲しかったかな。
演出もシチュエーションをかえてるだけで、ずっと立ち芝居がおおい。もうすこし日常の動きのなかでその台詞をしゃべらせられなかったものか・・・と思う。演出的にはかなりベタなのだが、なんとか木村大作のカメラでもたせてるぞ・・という感じだった。

<あらすじ>
東京で図書館の司書として働くを川島はる(吉永小百合)のもとを刑事がたずねてくる。ある殺人事件の容疑者である鈴木信人(森山未來)の部屋を家宅捜査すると、はるの住所をかいたメモがでてきたというのだ。20年前はるが北海道のある離れ小島に赴任した時の生徒の一人が鈴木信人だった。
はるが教えた生徒は6人。そのなかの信人が本当に人を殺したのか? なぜ自分の住所をしっていたのか? もしかしたら・・??? 数年前にその生徒の一人からもらった手紙を頼りに、再び北海道にもどったはるは、かつての子供たちを訪ねていく・・・。

公開日2日目・日曜日のレイトショー、大泉のOZで見たのですが、750人は入ろうかという劇場にたった6人。とってもおちついて見ることが出来ました(苦笑)。たった6人のために上映してくださった劇場のスタッフのみなさん、ご苦労さまでした。安心して泣かせていただきました。
これから映画のみるのは日曜日の最終レイトショーにかぎるな・・・。レイトショーなので1200円でみられたし・・・。

カメラは天下の木村大作なれど・・・もうちょっとかな。
いつものダイナミックな望遠で撮って欲しかったのだが・・・・。
# by ssm2438 | 2012-12-08 22:07 | 木村大作(1939)
f0009381_22252133.jpg原題:LE MANS

監督:リー・H・カッツィン
脚本:ハリー・クライナー
撮影:ロバート・B・ハウザー
    ルネ・ギッサール・Jr
音楽:ミシェル・ルグラン

出演:
スティーヴ・マックィーン (マイク・デラニー)
ヘルガ・アンデルセン (リサ)

     ×   ×   ×

タイクツでも良い映画もある!

正直たいくつなのですよ。映画というよりもドキュメンタリーっぽいフィルムで、ル・マンのパドックのスタッフで居られる時間をほんの少しだけシェアさせてもらえるような感じの映画。マックイーンも出てるけど、別にそんなに主人公主人公してるわけじゃないし、ほんとに地味~~~~な映画です。恋愛事情もあるようでないようで・・・、ま、映画のスタイルとしてあまりそういうようなものを創作劇的に描かないようにしてるって印象ですね。よくもわるくも退屈なところはタイクツなように描いている。
でも、レースシーンはいいですな。フランケンハイマー・ファンですが、『グラン・プリ』よりはこちらのほうが好きです。
この監督さん、ほとんど映画はやってなくて、やっててもテレビ映画ばかりって感じですが、ちょっとみてみたいですね。下手だからこれだけストイックに作れてしまったのか、意図してこんなにストイックに作ったのか・・・かなり興味があるところです(苦笑)。

ただ、やっぱりレースものってのはなかなか上手く作れないですね。どうみても架空の話よりもこればっかりはF1のレースをみてるほうが面白い。レース映画は数々あれど、個人的にちょっとひっかかりがあったのが『爆走!サイドカーレーサー』。マイナーな映画なのだけど、なんか今一度みたい映画ですね(笑)。
# by ssm2438 | 2012-11-20 22:28

白夜(1971) ☆☆

f0009381_21131967.jpg原題:QUATRE NUITS D'UN REVEUR

監督:ロベール・ブレッソン
原作:ドストエフスキー『白夜』
脚本:ロベール・ブレッソン
撮影:ピエール・ロム
音楽:ミシェル・マーニュ
    グループ・バトゥーキ
    クリストファー・ヘイワード
    ルイ・ギター
    F・R・ダビド

出演:
ギョーム・デ・フォレ (ジャック)
イザベル・ヴェンガルテン (マルト)
ジャン=モーリス・モノワイエ (マルトの恋人)

     ×   ×   ×

かなり眠いかも・・・。

原作はドストエフスキー『白夜』。ドストエフスキーといえばメンタルどろどろの部分をぐりぐり描いてくれるロシアの大作家だが、この話はかなり青臭い。中学生のモードで書いているような雰囲気である。まさに中学生の恋愛した気分になる・・という話である。でも、こういうのを読むと、天下のドストエフスキーといえども中学生のような時代もあったのだなって安心してしまう。

監督は『スリ』『抵抗』『ラルジャン』ロベール・ブレッソン。フランスの監督のなかにあって見たれる監督さんのうちなのだが、この人の演出はかなりストイックでとにかく無駄を省く。必要のないかっと割りはしない。フレーム外でおきてることをフレーム内のリアクションでみせたり、音で演出したりと、演出の勉強する人にとっては実は愉しい監督さんでもある。
絵作り的なことで言えば、不要な要素をかなりそぎ落としてくれるので画面がきもちがいい。あたかも、私の好きなジャック・ベットリアーノ(Jack Vettriano)とかエドワード・ホッパー(Edward Hopper)の絵を彷彿させるような整理の仕方である。

中学生の恋愛というのは、恋愛してるつもりで自分で盛り上がっていた実はなんにもなっていないというパターンがおおい。しかしこれこそ恋愛の王道、「the 恋愛」なのだ(もっとも、女性にはこの「想い」というものは理解できないであろうが・・・)。そういう意味では面白くなかろうが、実に男の、それも青二才の、自分に自信のない時代の、でも、想わずにはいられない時代の、恋愛を見事に、シンプルにまとめた物語だといえる。
これは原作もそうであり、この映画もそのシンプルさをそのままに映画にしているということでは賞賛に値する。

・・・・が、面白くない。

<あらすじ>
元美術学校の学生ジャック(G・D・フォレ)は、ある夜ポン・ヌフの橋からセーヌ河に身投げしようとしている少女マルト(I・ヴェンガルテン)を思いとどまらせた。その夜はそれで別れたが、再び同じ橋の上で合間見えた。二人はお互いの身の上を語り合う。
マルトは母と2人暮しで部屋を学生に間借りさせていた。1年前、マルトはその部屋を借りている青年(J・M・モノワイエ)と寝た。しかし彼がアメリカへ留学に行くことになり、1年後にポン・ヌフの橋の上でマルトとの再会を約束し別れた。それから1年がたち、その彼はパリに戻ってきていた。ポン・ヌフ橋にきてもいるのはジャックで、その彼は来ることはなかった。
ジャックはマルトの手紙をあずかって彼に届ける役割をえる。ジャックにとっては幸せこの上ないことだ。

好きな人の不幸は私の幸せ・・・の法則である。

それでも彼からの返事はなかった。ジャックは、マルトの役にやっていることで、そして彼女に誠実に行動することで幸せを感じていた。あたかも、自分こそが、マルトにふさわしい男であると想い始めていた。幸せ大絶頂である。
しかしある夜、ジャックとマルトが夜のパリを歩いていると、その男が通り過ぎる・・・。

マルトは・・・。


・・・・そういう話である。
所詮男の恋愛は妄想である。女の恋愛は習慣である。
そして男は勘違いして生きる生き物である。

シンプルな話であるがまさに男と女の恋愛の真理である。
・・・ただ、普通に映画としてはつまらないだけだ。
でも素晴らしい。
# by ssm2438 | 2012-11-11 21:15