西澤 晋 の 映画日記

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2013年 07月 21日

津軽じょんがら節(1973) ☆☆☆☆

f0009381_22375062.jpg監督:斎藤耕一
脚本:中島丈博/斎藤耕一
撮影:坂本典隆
音楽:白川軍八郎・他

出演:
江波杏子 (中里イサ子)
織田あきら (岩城徹男)
中川三穂子 (ユキ)
西村晃 (塚本為造)

    ×     ×     ×

おおおおお、津軽の海がうなっとる!!

久々に映画らしい画面をみせてもらいました。津軽の海に、その沿岸部の村。放置された廃船。ビジュアル的にはすばらしいのひとことです。撮影監督は坂本典隆さん。『約束』で撮影監督デビューみたいですが、あれもビジュアルが良かった。ただ、この人の不幸は物語がいうつもあんまり面白くないことだな・・(苦笑)。

監督は斎藤耕一さん。絵作りはとっても共感もてる人です。ただこの人の特徴は、ことの次第が判明するまでにけっこう時間をかけるのでそれが分かるまでがけっこう退屈・・・。今回も「なんでこんなことになっとん???」というスタートで、始まって20分くらいしてやっと物語の設定がみえてくるのです。それまではけっこうじれったい。いつものこととはいえ、今時の人には見てもらえない映画のつくりですな・・・。
とはいえ、この年のキネマ旬報ベストテン邦画部門第1位はこの作品、あなどりがたし。
実は監督さんがこの人なので永きにわたり放置プレーでしたが、今日たまたま見ることができたのでした。お話は面白いとはいえないけど、画面の力で最後までなんとかたどりつけました。

物語の基本構成は・・・、異文化交流モノということになるのかな・・・。
東京から津軽の寂れた漁村におりたつ男と女。女にとってはそこは故郷だけど男が東京を出たことがないチンピラ。この男、東京でどこやらの組の親分を指したとかで逃亡してて、結局つきあっていた女の故郷にながれついてきた・・という設定。

東京しかしらない岩城徹男(織田あきら)にとっては漁村の暮らしは無に等しい状態。自分になにも価値観がみいだせない。自分が何をやっていいのかも分からない。なにもやれそうなことすらない。とにかくやりきれない。でも、他に行く場所がない。
中里イサ子(江波杏子)はこの村で生まれたので、ここでの不便さもみすぼらしいトタン屋根のあばら家でもぜんぜん平気。「あんたはぶらぶらしてなさい。私が面倒みてあげるから」とバスでしばらくいったところの港町にある飲み屋で波たら働き始める。
なんにもやることのない徹男は目的もなくぶらぶらしてると、盲目の娘ユキ(中川三穂子)と出会う。何事に関しても積極的でない彼女をみてるとついつい虐めてしまいたくなるのだが、その哀れさがたまらなくなりついついやさしくしてしまう。ユキを虐めるけど、結局はほっとけなくて面倒みてしまう徹男はいつしか男と女の関係になってしまう。
またぶらぶらしてると頑固そうな漁師と知り合いになる徹男。この漁師、塚本為造(西村晃)の息子はかつてイサ子と村を捨てて東京に出て行き、今はどこでどうしているのか? そのイサ子が今度は別の男をつれて帰ってきた。そら塚本はあまり友好的には接することが出来ない。・・・が、いつしか徹男の人懐っこさに心をひらき、2人で漁にでるようになる。
しかし、どうやら東京からヤクザの追手がきてるようだと感じた鉄男はこの漁村をでる決心をする。
イサ子が勤めていた飲み屋のもう一人の従業員の女がアリ金を持ち逃げしてしまう。そのなかにはイサ子のためた貯金もあった。漁村をでようにも資金がない。
鉄男は盲目のユキを男に抱かせることで逃走資金を得る。
2人でここを出ようとバス停にむかうが・・・、鉄男の良心がはじけてユキを取り戻しに走る。

塚本と共に漁にでる生活と妻としてユキを抱く生活。徹男にとってはそれはやっとであえた家族であった。
ここちよい労働の疲れで眠っている徹をよそに、出て行くイサ子。

「あんた・・・、故郷が見つかってよかったね」といって出て行くイサ子。

しかし・・・追手は徹男の居場所を突き止めていた。
充実した疲労感とともにユキのもとに帰る徹男。そんな徹男をユキが出迎えにきている。
「あんた・・・、東京からお友達がきてるよ・・・」

by ssm2438 | 2013-07-21 22:40
2013年 01月 05日

ザ・オーディション(1984) ☆☆☆☆

f0009381_1113110.jpg監督:新城卓
脚本:中岡京平/川村俊明
撮影:栃沢正夫
音楽:馬飼野康二

出演:
世良公則 (北森修平)
浜田範子 (小早川範子)
鈴木幸恵 (三枝幸恵)
岩間さおり (風間沙織)
板谷裕三子  (兵藤裕三子)
志穂美悦子 (七瀬玲子)
平田満 (間宮秀丸)
中尾彬 (矢島)
池部良 (伍代章造)

     ×   ×   ×

健全な80年代ここに在り!!

80年代のアイドルグループ、セイント・フォーを主演にすえた青春サクセス芸能界モノ。久々にみましたこの映画、泣けますね~~~~。こてこてのセオリーどおりなんですけど、王道の素晴らしさを真正面からぶっつけてきますね。そして、あれだけ良い素材4人(浜田載子岩間さおり鈴木幸恵板谷裕三子 )のユニットを組みながらヒットさせられなかったプロデュースのへぼさ・・・。なぜ、この4人がメジャーになりきれなかったのか不思議で仕方がなかった。
当時この映画のプレビューが流れてる時は、もうときめいてときめいて、「日本にも健全さサクセスストーリーができたぞ、絶対見に行く!!」って思わせてくれた作品。で行きました。最後のもって行き方はもっと盛り上げれらたと思うのだけど・・・、これでも充分感動できた。
みてみるとキャラクターの書き分けもすばらしい。4人のなかでは一番ビジュアル的にうけなさそうな板谷裕三子の使い方が上手かった。それぞれのなかのドラマもけっこう味付けがバランスよく分散しててよかった。適役となるライバルプロデューサーの妾の娘役が範子・・というのもいい刺激剤。この関係が物語をやや複雑なものにしていて、途中解散してからの展開はどうなるのか見ているほうが心配してしまった。ただ・・・、あんまり気持ちよい方向には流れなかったので、あそこをもうちょっとなんとかしてほしかったかな・・・。
しかし、大筋では基本構成がすばらしく誰がとっても燃える話になってた、。・・・なのに、最後の「アンコール、アンコール」の大合唱のあと一気に「不思議東京シンデレラ」に行けばよかったのに・・・、どうせ新人賞の大会はジャックしちゃったようなものなのだから。あそこで次元変えられるのがちょっと悲しかったかな・・・。

で、観ているとスーパーヒットに繋がらなかったのもなんとなく判る気がする。まともすぎた。健全すぎて時代がスルーしてしまったのかもしれない。ダンスというより体操が出来るユニットで、当時はあれだけ動きながら生歌があたりまえの時代。浜田範子はかわいかったし、岩間沙織もすてがたい魅力があった。みなさんパーツ的にはどこか不細工なところがあるのですが、それでも4人が一緒にいると輝いちゃうんだ。この映画もかなりのお金をかけてプロモーションしたのだろう。あの映画のころのセイント・フォーはよかったねえ。写真集は2冊しかなかったような・・・。一冊は今ももってます『抱きしめてセイントフォー』、もうひとつはCDがついてるような写真集で写真のページが薄かった。買いましたよ。ただ、そのつくりが今ひとつ中途半端で、そんな作りするんじゃなくて、もうちょっとひとりひとりの綺麗な時代をもっときちんと写真集のなかに入れ込んで欲しかったなあ・・・。
なのにブレイクしなかった・・・。そして、解散。浜田範子と岩間さおりはヌードの写真集をだすことになった・・・。芸能界が売れなかった怨念を彼女達にむけてリベンジしてるようで哀しくなった。

<あらすじ>
かつて芸能界を席捲したロックグループ“レイカース"のリーダー・北森修平(世良公則)。しかし、スキャンダルに巻き込まれテ失墜、サンライズ・プロの社長伍代章造(池部良)に拾われてマネージャーとしてタレントのタマゴ祐三子(板谷裕三子)を売り出そうと懸命だった。しかしそんな伍代ともつまらないことからケンカをし会社をやめてしまう。
プータローとなった北森だが、彼を慕っていた祐三子も会社を辞め、2人だけで再出発することになる。原宿で踊っていた範子(浜田範子)をみつけたのをきっかけに、分かれた妻の友人の女性レーサーの妹・風間沙織(岩間さおり)、三枝幸恵(鈴木幸恵)を発掘、4人で新たなレイカーズを結成する。
自費でだしたレコードは2000枚。これだけではどうにもならない。北森は4人を音楽番組のオーディションへ参加させる。しかし、音楽業界を支配する矢島オフィスの社長、矢島(中尾彬)の防害はつづく。ある日、のり子の妹が彼女を訪ねてくる。母が死んだのだ。実はのり子の母は矢島の愛人だった。憎しみを矢島にぶつけるのり子。
ある新人発掘番組のオーディションをめざして死に物狂いで自分達の歌を仕上げていく4人。目には目をと審査員に裏金を配る北森だが、それでも矢島のほうが一枚上手だった。結果、優勝は別の新人にもっていかれる。矢島になんくせつける北森だが、ボディーガードにぼこぼこにされる。
さらに沙織の姉がサーキット場で事故死。憔悴の沙織は田舎に帰ってしまう。どうしてもスターになりたいのり子は幸恵と一緒ならという条件で矢島オフィスに引きとられ、コンビでデビューすることになる。祐三子はサンライズライズ・プロに出戻り。北森は行方知れず。
大晦日の新人賞めざす新人賞レースは矢島の推す森あかねが一歩リードしていたが、のり子と幸恵のファニーズも人気がでてくる。しかしそのころヒットチャートでは奇妙な現象がおきていた。たった2000枚しか出されなかったレイカーズのデビュー曲がラジオ番組などではトップテンにはいってきていた。
そして迎えた大晦日、新人賞の発表の日。ファニーズとしてはもう歌えないというのり子は、デビューまでのプロセスを涙を流しながら訴え、会場にきていた沙織と、おなじ新人歌手としてその場にいた祐三子をステージに呼び、レイカースとしてここで歌いたいと申し出た。ファニーズとして歌えないのならと一旦は会場から下ろされる人だが、観客のレイカース・コールが会場にとどろきわたった。
矢島の圧力もあったが、番組プロデューサーの決断でステージにあげられた4人はレイカーズとして歌った。

正直なところ、オーディションで優勝できなかったあと、みんながばらばらになり、なおかつ、のり子が矢島のもとにいく流れがみていてあまりに気持ちよくないのである。ちょっとそれまでのメンタルではそうなりそうにない展開なのに・・・と心が違和感を覚え、あそこでかなり冷めてしまうのだ。あそこをもう少し嫌悪感を感じないくらいのエピソードにできなかったものか・・と思う。
物語では、北森と離婚した玲子(志穂美悦子)が再びひっつく話も平行して描かれ、最後は路頭にまよっていた北森が、巷でながれているレイカーズの歌を聞いてるうちに思い出の場所にいきつき玲子と再会というハッピーエンドになっている。

素材がよかっただけに、その後の芸能活動をみると、プロデュースサイドがもうちょっとなんとかできなかったものか・・と残念におもってしまう。

by ssm2438 | 2013-01-05 11:20
2012年 07月 08日

動乱(1980) ☆☆☆☆

f0009381_3152691.jpg監督:森谷司郎
脚本:山田信夫
撮影:仲沢半次郎
音楽:多賀英典

出演:
高倉健 (宮城啓介)
吉永小百合 (溝口薫)
米倉斉加年 (島憲兵曹長)
田村高廣 (神崎中佐)
志村喬 (宮城広介)
永島敏行 (溝口英雄)
にしきのあきら (野上光晴)
桜田淳子 (高見葉子)

     ×   ×   ×

吉永小百合が猛烈に可愛い。
この可憐さは驚異的です!!!


・・・といっても『キューポラのある街』の時のような、高校生的可愛さではないのです。大人の女の可愛さがに満ち溢れているのです。同じ森谷司郎『海峡』をみたときは、ちょっと添え物的な扱いでいまひとつだったのですが、この吉永小百合は存在感ありあり、絶対無敵の可憐さです。彼女のしぐさ、息づかい、涙、全部に感動いたしました。素晴らしいの一言です!

本作は二・二六事件を題材にした映画ですが、この映画を見るまでことの背景を理解してませでした。こういうわけで事件が起きたのですね。ニュアンス的には「大塩平八郎の乱」が近いようなきがします。
天保7年(1836年)の天保の大飢饉により、各地で百姓一揆が多発し、大坂でも米不足が起こっていた。このような情勢の下、利を求めて更に米の買い占めを図っていた豪商に対して平八郎らの怒りも募り、武装蜂起に備えて家財を売却し、家族を離縁した上で、大砲などの火器や焙烙玉(爆薬)を整え、江戸幕府に対して反乱を起こした・・というもの。
この二・二六事件も、それとにたシチュエーションで起こったといえるでしょう。急激な富国強兵政策の中、政治家と財界人の癒着が激しくなり、一部の人間だけの私腹を肥やすなか、庶民の暮らしは苦しかった。本編の中でも、冒頭のエピソードは、借金の為に遊郭に売られる吉永小百合・・というところから始まり、大陸に送られた高倉健の連隊の負傷兵からは日本陸軍の弾が摘出されるというもの。軍上層部も腐敗し、朝鮮人に陸軍の物資を横流ししているというようなエピソードでそれが語られてます。
高倉健が演じる本作の主人公・宮城啓介は、二・二六事件に関与した皇道派の人物の一人安藤 輝三(あんどう てるぞう)をモデルにしたのでしょう。ウィキペディアによると、どうやらこの人物はかなりの人格者だったらしく、まさに健さんキャラのようです。

気になる撮影監督ですが、今回は付き合いの長い黒澤組の斎藤孝雄木村大作ではなく、東映系の仲沢半次郎。もう少し引いて撮って欲しい部分はかずかずあれど、しかし、充分な質を提供してくれました。降旗康男『冬の華』も実はこの人なのですが、望遠系が好きな監督さんの気持ちは判っている人だと感じました。
そう、今回のこの映画は、東宝系ではなく東映の映画なのです。

脚本の山田信夫は、山本薩夫『不毛地帯』『華麗なる一族』『戦争と人間』など、重厚系のドラマを書ける人なので、この物語も充分存在感のある物語にしあがってます。『皇帝のいない八月』なんかもやっているようで、クーデーターものは意外と好きなのでしょうか??

<あらすじ>
昭和7年4月、仙台。宮城啓介(高倉健)が隊長をつとめる中隊の初年兵、溝口(永島敏行)が脱走した。溝口の家では生活が困窮し、遊郭に売られる姉の薫(吉永小百合)に一目会いたいという想いからだった。溝口は捜索隊の上司を殺してしまい、宮城が弁護に立つも、死刑が確定し銃殺される。無念の宮城は、せめて香るだけは助けたいと、父から千円(当時の価値だと200~300万はあったのだろう)を借り、薫に渡す。それが宮城と薫の出会いだった。
それから時がたち、宮城は大陸に赴任する。その殺伐のした軍隊生活の中、陸軍上層部が呼び寄せた慰安婦の中に薫がいた。あの千円で、遊郭に売られるのは避けられたが、その後死んだ父の借金のために結局こうなったという。無念の宮城は、薫を抱かずに立ち去るが、その後薫は悔しさのあまり自殺をはかる。
一方、連隊本部にもどった宮城は、地元業者が陸軍の物資を運び出そうとしている現場に遭遇、これを取り押さえるが、軍上層部の判断でその業者は放免される。そこでは朝鮮ゲリラへ軍需物資の横流しが平然と行なわれるほど腐敗し、戦場で敵が使っている銃弾は日本製だった。そのためで死んでいく兵士達の無念は計りがたいものだであり、本国にもどった宮城は軍上層部にモラルの浄化をもとめる嘆願書を書く。

昭和10年10月、東京。宮城は第一連隊に配属になり、薫と共に居をかまえた。しかし、二人の間にはまだ男と女の関係はなかった。官城の家には多くの青年将校が訪れ、昭和維新を熱っぽく語り合っていく。そんな彼等を憲兵隊の島謙太郎(米倉斉加年)が見張っている。
宮城は薫と伴に鳥取に向かった。恩師であり皇道派の長老格でもある神崎中佐(田村高廣)を訪れ、決意を語るためだった。神崎の家庭の幸せをまのあたりにみた薫は、その帰り、「私の体は汚れているから抱けないんですか」と痛々しく宮城につめよる。
数日後、軍務局長暗殺を神崎が単身で陸軍省におもむき果してしまった。この事件のために宮城は憲兵隊に連行され、取調べの最中に毒をもられる。返された宮城だが3日3晩静止の間をさまよい、薫が必死に看病した。決行の日が決まり、宮城は実家に帰り父(志村喬)に薫のことを頼むと、はじめて彼女を抱くのだった。
そして昭和11年2月26日、早朝。降り積もった雪の中を兵士達を乗せたトラックが軍寄宿舎を出て行く。

最後の味付けがまた素晴らしいんだ。
クーデターに失敗した宮城たちは裁判にかけられ、死刑が確定する。そして近親者による面会が許されることになるが・・・、薫には妻としての籍はなかった。入れてもらえない薫。
その後、役所に行き、宮城の父に同伴してもらい、婚姻届を提出し、妻としての籍を得る薫。
そして獄中で「私は、貴方の妻になりました」と報告する。


森谷司郎+山田信夫の組み合わせだと、どうしても社会性の強い実録的映画になるのかなっておもっていたのですが、メロドラマ性のほうがつよいですね。しかし、森谷司郎の見せ方は、どこかさらっとしてて、どろどろにならない清潔さ(悪く言えば「業の薄さ」)があります。私の中ではこれはコレコテのクーデターの映画でもなく、戦争の映画でもなく、ただひたすら吉永小百合の映画です。高倉健はいつもの高倉健なのですが、吉永小百合はぶっとんで素敵です。彼女の仕草が全部素敵。これは吉永小百合が作り出す、あの可憐な空気感を感じる映画なのです。それはもう『カリオストロの城』のクラリスなんかの比ではありません。はるかにこえて凌駕してます。
初めて高倉健に抱かれるときに目の涙が絶妙。すごいです、あのカットは。音楽とあいまって、強烈は感動カットになってしまった。
『天国の大罪』でぼろぼろだった吉永小百合ですが、あれはキャスティングミスでしょう。彼女の良さが輝くところにきちんと配置してあげれば、シリウスのように輝きます。
ベスト・オブ・吉永小百合はこの映画で決定でしょう!!!

by ssm2438 | 2012-07-08 03:17
2012年 07月 05日

氷点 (1966) ☆☆☆☆

f0009381_223806.jpg監督:山本薩夫
脚本:水木洋子
原作:三浦綾子
撮影:中川芳久
音楽:池野成

出演:
若尾文子 (辻口夏枝)
船越英二 (辻口啓造)
安田道代 (辻口陽子)
山本圭 (辻口徹)
津川雅彦 (北原)
森光子 (辰子)
鈴木瑞穂 (高木雄二郎)
成田三樹夫 (村井)

     ×   ×   ×

イエス・キリストは、人類全ての人の罪を背負って十字架に架けられました・・。

渋谷の町を歩いていると、宣伝カーのスピーカーからこのような言葉を耳にすることがある。しかし、正直なところ、キリスト教に疎い私はこの言葉の意味すら知らなかった。それを今日、教えていただいた(苦笑)。こういうことだったのですね・・・・。勉強にまりました。
きっとキリスト教信者の方ならすっごく酔えると思います。私はどっかに宗教に関して反感がある人間なので手放しには共感できない部分があるのですが、それをさておいても、物語はすっごいです。強烈です。こんな重厚な話が書けるっていうのはすごいですね・・・。そしてそれを大映パワーが見事に短時間の映画にまとめきってる。恐れ入りました。

<物語の発端>
北海道は旭川の病院長である辻口啓造(船越英二)の愛娘・るり子が暴漢に襲われ幼い命を落とす。川原で発見された自分の娘の遺体をみてショックで気をうしなう夏枝(若尾文子)。その倒れた夏枝をうけとめたのが眼科の医師・村井(成田三樹夫)。その姿をみて、自分の娘の死すら充分に悲しめない啓造。
じつは村井医師と夏枝は不倫関係にあり、辻口啓造はそのことを知っているのだが、憎しみを打ちに秘めていた。そして、自分を裏切った妻に対して恐ろしい復讐を思いつく。
それは、自分の娘を殺した男の子を引き取り、夏江に育てさせるというものだった。陽子は、自分の出生に秘密をしらないまま、辻口家の養女となった。

この設定もスゴイなあ。
どろどろですよ。

しかし陽子の素性をしらない夏枝は我が子のように陽子を溺愛した。それがあるとき一変する。夫の日記をみた夏枝は、陽子が、自分の娘・るり子を殺した男の子供だということを知ってしまう。その時から夏枝の憎しみは急に溢れ出し、止められなくなる。このあとの若尾文子のいじめっぷりが理性が効いてていいんだ。表面的なんじゃなくって、どこか理性の聞いた中でのつめたい仕打ち。周りの人はそのことを知らないので、陽子にやさしくする。特に兄の徹(山本圭)は誰よりも陽子を愛しているのが判る。周りの人に陽子が優しくされればされるほど憎らしくなってしまう夏枝。このあたりの描写がとっても素敵。

この夏枝という今回の敵役の母親は、もとは普通に愛をもった女性だったのです。それが、なんの因果かこんな憎まれる母になってしまった。「自分が普通である」と思っていた人でもこうなるのだよ・・という実例とされてるのでしょう。

やがて、陽子(安田道代)は恐ろしいほど健全に育ち、叔母さんにあたる辰子(森光子)は、自分のもとに引き取って大学にやりたいという。兄の徹は、健全な恋人候補としてひとつ年上の北原(津川雅彦)を紹介する。しかし、それも夏枝が反対、邪魔をする・・・。北原からの手紙を、陽子には渡さずに北原に返してしまったり、それだけでなく北原を誘惑したり・・・となかなかの悪女ぶり。

そんなこんなで引き離されてしまった陽子と北原。そしてそんな陽子を愛していけるのは自分しかいないと、自らの愛を告白する兄の徹。おおおおおおおおおおおおお、メロドラマの王道です。しかしそこは陽子の健気さで健全な兄妹という設定にもどるのだが、偶然旭川の雪祭りであった陽子と北原は誤解をといて幸せな気分になってしまう。

しかーし、陽子の幸せを絶対許せない夏枝は、ついに陽子の出生の秘密を暴露してしまう・・・・。

自分は健全に生きていこうと思ってきたが、自分の健全ささえも母・夏枝にとっては不愉快以外のなにものでもなかったのだろう。自分は殺人者の娘であり、母が私を憎むのは仕方のないことだ。辻口家の不幸は私のなかにある殺人者の血のせいだ・・って、陽子は、るり子が殺された川原で、睡眠薬を飲んで自殺を図る。

正直なところ・・・だからといってなんでそこで自殺になるの???という、ある種のいかがわしさが鼻につくも、やっぱり物語のどろどろ感が素敵なので、とりあえずそのテンションで見ていけてしまう。
妻の不倫から発生した恐るべき不幸のなすりあい。本来、憎むべきではないと判っていても幸せになってほしくないと願い続けた夏枝の心。しかし、さらにお約束のどんでん返しがもう一発用意されている。
陽子は、るり子を殺した殺人者の娘ではなかった。さすがに殺人者の娘を、夏枝に育てさせるのは不憫のおもった孤児院の高木医師(鈴木瑞穂)は、大学時代の同級生が不倫した結果生まれてしまった子を素性を隠して辻口家に養子として送ったのだった。

本来なんの関係もない女の子をただ、憎んで自殺にまで追いやってしまったことに、嘔吐する夏枝。それは夏枝だけではなく、父の啓造とて同じこと。これらはすべて普通の人がもつ普通の憎しみである。それを全部ひきうけて、死を選ぶ陽子。
f0009381_2229161.jpg

おおおおおおおおおおおおお、キリスト教ってそういうことだったのか・・・ってやっと判った。

もう恐ろしいほどドラマとしては素晴らしい出来栄えです。
見事!というしかありません。

ただ・・・・、それでもなおかつ、やっぱり気持ち悪いのが、「なんで陽子は自殺しなきゃいけなかったの?」ってこと。「ほらごらんなさい、我々の邪悪な心が、なんの罪もない子を自殺においやってしまったのよ」という罪悪感を植えつけるためにそうしてるようで、なんか・・・・、すっごく押し付けがましいものを感じる。
自分で罪悪感を感じている時は健全だと思うのだけど、それを他人から指摘されて、押し付けられると、おっきなお世話だ!!って思っちゃうじゃないですか。それが本当でも、そんなこと知るかああ、いや、知らないふうに意地張りつくしてやるううううううううって。

その、押し付けがましい部分が気にならない人にはいいんですけど、そこが気持ち悪いので☆一つ減らした。

by ssm2438 | 2012-07-05 22:29
2012年 06月 27日

兄貴の恋人(1968) ☆☆☆☆

f0009381_1203589.jpg監督:森谷司郎
脚本:井手俊郎
撮影:斎藤孝雄
音楽:佐藤勝

出演:
加山雄三 (北川鉄平)
内藤洋子 (北川節子)
酒井和歌子 (野村和子)
白川由美 (バーのママ・玲子)
岡田可愛 (小畑久美)
中山麻理 (中井緑)
ロミ山田 (ピアノの先生・藍子)

     ×   ×   ×

でこすけ! でこすけ!でこすけ!

いやあああああああ燃えました。すげええええええ面白い。いちいち提供されるシーンが燃える。いままでこんなに愉しんで日本の恋愛映画をみたことがない。増村保造『くちづけ』も相等面白いとおもったが、久々にそれ以上にわくわく、にやにやして映画を見られた。感動しまた。すばらしいです!! 大傑作です。

お話は、各方面のお姉ーちゃんから愛される加山雄三が、結局一番平凡そうな酒井和歌子を選ぶという、まあ、ある意味シンデレラストーリーの王道なのですが、いやいやいやいや、これがなかなかどうして大傑作なのである。
最初は、総てにおいて感情移入に乏しい主人公に、もうちょっとなんとかならんのかって思ってたのですが、とにかく彼を取り巻く女性陣がみなさん素敵。酒井和歌子の薄幸そうな可憐さが図抜けてますが、内藤洋子の直線的な愛情表現もすばらしいです。あとバーのママさんの白川由美さん。みんながみんな良い味だしてます。

監督は『日本沈没』『復活の日』『八甲田山』『海峡』森谷司郎。フィルムのテイストの趣味があうのか基本的に好きな監督さんなのですが、若い頃の青春モノはじつはこれが初めて。以前から「良い」とは聞いていたのですが、どちらかというと社会性のあるものを撮ってもらったほうよいかなと思ってたので、青春モノ系は食わず嫌いしておりました。
映画的な趣味が近いのでしょうね、どんなにハズレな映画でもみてて気持ちがよいのです。『海峡』なんてはっきりいってかなりシナリオ段階でぼろぼろで、出来上がった映画もかっこつけたけど空回りしてるような部分があるのですが、この人の描きたいものがなにか趣味が合うのです。ダメなんだけど好きなのです。
この映画は、主人公のそっけなさ以外は総て素晴らしいです!!!! 加山雄三が「結婚してくれ」って言う時に内藤洋子のピアノを弾いているシーンをOLするのはちょっとハズした感があったけど、それ以外はすばらしいです。あと唐突にレズシーンが入るのも「ええ、なにこのチェンジ・オブ・ペースは!?」と思っちゃいましたが、それ以外はすばらしいです。

その面白い物語を撮っているのが斎藤孝雄。いわずと知れた黒澤組の撮影監督さんです。なのでもちろん望遠でがしがし撮ってくれます。でも、『乱』とかのような仰々しいものじゃなくって、都会の中の望遠の風景画また素晴らしいのです。なにからなにまで素晴らしい画面です。
国鉄の中央線がオレンジで、山手線が黄緑です! またこれを望遠で撮ってくれるから嬉しくなります。
内藤洋子のバックにはいってくる船のカットは傑作です。すばらしい!!! この人のカメラがあったからこその、この映画はこれだけの傑作になったのでしょう。正直なところ、黒澤明作品の作品でこの人が撮影監督やったものは、実はそれほどときめいてなかったのです。どっか押し付けがましいいやらしさがあって、参考画面にはなるのですが、好きになれなかった。ところが、森谷司郎の監督作品での斉藤さんのカメラはすばらしい。どの画面も燃えます!

ヒロインの酒井和歌子さんがまた可憐でいいんだ。兄貴はチンピラで、なにかと親に金をせびりにくる。母はかなりくたびれモードで、重病人というわけではないが、世話しなければいけない・・という雰囲気をもっている。うちは貧乏そうで、6畳くらいのアパートに2人で住んでいる。物語の初めに、主人公のいる銀座の会社を辞めるのだけど、その後は叔父のやってる川崎のパブで働いている。実に不幸な状況を甘んじて受けて絶えてる可憐なヒロインなのです。

そしてもう一人のヒロインが、加山雄三の妹役の内藤洋子。『赤ひげ』の最後で結婚することになった彼女です。兄のことが好きで、兄に必要とされてる状況が至福の時・・みたいな女の子。兄にお見合いの話がもちあがると、なにかと相手に人に難癖つけてる姿が可愛い。お見合いの日にはピアノのレッスンにも気持ちがはいらない。

物語の構造はしっかりしているのも見易い。刺激ポイントが分かりきってるのがとても素敵。
加山雄三にしてみれば、妹は可愛いけれど、所詮は妹。でも、その妹に彼氏が出来るかもしれないとうシチュエーションにはやや気分がよろしくない。
加山雄三の本命になるのが酒井和歌子で、お互い両想いなのだけど、酒井和歌子は家庭環境に劣等感を感じていて加山雄三のプロポーズを受けえられない。さらに、自分のことをずっと大事に思っていてくれている同じアパートに住む男もいる。見ているわれわれからすると気が気ではない。
このまだ現実には起こっていないが、起こりそうで「気が気ではない」シチュエーションの挟みかたが非常に物語を楽しくさせてくれるのである。

<あらすじ>
銀座の商社につとめる北川鉄平(加山雄三)は、両親と妹節子(内藤洋子)となに不自由なく普通にくらしているサラリーマン。しかし、やたらと某会社の娘さんからの縁談があるといううらやましい環境。しかし女子大生の節子は、鉄平に縁談がおきると、本人よりも目の色を変え、相手に散々ケチをつけまくる反面、兄の精神的な部分を世話している自負も持ち合わせている。以前会ったことのある鉄平の会社の女子社員の野村和子(酒井和歌子)が会社を辞めることになと、仕事を引き継ぐ小畑久美(岡田可愛)と鉄平と自分とで、ささやかなお別れ界などをセッティング、ちゃんとプレゼントも買わせる世話女房ぶり。しかし、鉄平はその時仕事仲間に麻雀をさそわれ、お別れ会をすっぽかしてしまう。
和子はひそかに鉄平のことを想っていたが、家庭環境に劣等感をもっており、自分はふさわしくないと思い込もうとしていた。和子が働いているパブに飲みに来た鉄平にも、自分のいる環境はあまり見られたくない様子。
そんなおり、取引会社の社長の娘・中井緑(中山麻理)との縁談が持ち上がる。結婚相手としては申し分のない相手であり、同時にアメリカ行きの話しももちあがる。しかし、緑との結婚のことを考えると和子のことが想われてならない鉄平は、その旨、緑に伝え、和子に結婚を申し込む。断られる鉄平。しかし彼女の働くパブを訪れ再び求婚するが、和子の兄のケンカに巻き込まれ入院するはめに。アメリカ行きもパーになってしまう。
やがてアメリカ行きの変わりに九州支社に転勤がきまる鉄平。
出発の日、節子は節子は和子に会いに行き、自分の心に対して素直な結論を出すように説得するのだった・・・。

最後の和子と節子の話の内容もなんか素敵なんだ。
相手のためを想って・・とかいう偽善的なものではなく、自分が納得したいからそう語っているところがいいんだ。
自分はいつか兄をあきらめなければならない時が来る。でも、そのとき育ちが良さげな相手だからという結婚ではなく、お互いが好きで結婚するのでなければ、自分が納得できない・・・。自分が納得したい・・・。そうしないと、兄も不幸になるし、私も不幸になる。
そんな、エゴが入ってるところがすっても素敵!

これを機に、森谷司郎初期作品漁りに励みたいと思います。

by ssm2438 | 2012-06-27 12:02
2012年 06月 17日

ザ・バンク 堕ちた巨像(2009) ☆☆☆☆

f0009381_17575980.jpg原題:THE INTERNATIONAL

監督:トム・ティクヴァ
脚本:エリック・ウォーレン・シンガー
撮影:フランク・グリーベ
音楽:トム・ティクヴァ
    ジョニー・クリメック
    ラインホルト・ハイル

出演:
クライヴ・オーウェン (ルイ・サリンジャー)
ナオミ・ワッツ (エレノア・ホイットマン)

     ×   ×   ×

おお、アラン・J・パクラのような見せ方!

いやあああああ、なかなか愉しませてもらいました。
お話は、よくありそうな話のなのですが、見せないで魅せる技のテイストがパクラっぽいのです。パクラファン(といってもそんなにいるとは思えないが)必見の映画です。
監督は『ラン・ローラ・ラン 』トム・ティクヴァ。いやああ、お恥ずかしい話ですが、この監督さん食わず嫌いでした。『ラン・ローラ・ラン 』が話題になってたころ、ちらっと映画の解説だけは読んだのですが、主人公の女の子のファッションが嫌いで、それにドイツ人映画監督でマトモなの見てない気がして、長い間さけていたのです。
だいたいドイツ映画って戦争に負けてからというもの、どこか自虐的というか、自己否定が多い映画ばかりで、物語作りの精神が健全でないなという気がしてたのです。それはドイツに限らず、日本もイタリア、ポーランドなども同様の傾向がみられるような気がします。戦ったら負ける。負けるから戦っちゃダメ。でも、自分を主張する時には戦わなければならないときもある。そんなジレンマの中で、自分がやってしまいたいことを、自分で否定しているような精神状態なのでしょう。
そんな印象が強かったドイツ映画ですが、この映画、アメリカ資本の映画なので、映画商売のポリシーはアメリカの思想、映画の技術的な部分は監督さんの才能ということなのかもしれません。

とにかく、アラン・J・パクラのように社会的圧力の描き方が素晴らしい。そして物語がもっている無機質なストイックさ。それを見せるのではなく感じさせるところがいい。今時の映画はただ情報提示だけで派手な画面でも興味を失う映画が多いなかで、こういう大人の見せ方をされると、うむむむむむ、心地良いいいいいい。カッコイイ。『パララックス・ビュー』『ペリカン文書』の頃の心地よさを感じさせてくれます。
渋いサスペンスの見せ方も素晴らしいのだけど、某美術館での銃撃戦は近年まれに見る渋さ。この美術館に限らず、舞台設定がやたらとおしゃれなのである。
撮影監督はフランク・グリーベ。このひとはずっとこの監督さんと一緒に仕事をしているひとらしい。渋い色使いは実にクール。

この映画のネタになっているのがBCCI(Bank of Credit and Commerce International)=国際商業信用銀行である。詳しい悪行はウィキペディア参照
実際にあった事件の背景を想像しながら見ると面白さも倍増!

ヒロインは『マルホランド・ドライブ』ナオミ・ワッツ。この人どんどんきれいになっていきますね。以前はきれいだけで消耗品的な役割が多かったのに、最近はきちんと存在して愛される役者さんになってきてる感じがします。なんだか好きな女優さんの一人になりかけてます。
クライヴ・オーウェンは、この人いい感じの役者さんになってますよね。ハードボイルドの主人公をやらせるにはうってつけのような役者さん。『ザ・プラクティス』ディラン・マクダーモット『ユージュアル・サスペクト』ガブリエル・バーンを足して2で割ったような雰囲気。実に良いです。

<あらすじ>
ルクセンブルクに本拠地をかまえる巨大銀行IBBC。長年その不正取引を追っていたインターポール捜査官のルイ・サリンジャー(クライヴ・オーウェン)は、ニューヨーク検事局のエレノア・ホイットマン(ナオミ・ワッツ)と共にベルリンを訪れる。その不正取引を内部告発をしようとした銀行幹部との接触のためだった。しかし彼は事故死に見せかけて殺されてしまう。証言を得るためミラノを訪れたサリンジャーとエレノアは、軍事メーカーの社長から銀行が武器取引に関与していることを聞きだす。彼等は途上国のあらゆる紛争に積極的に介入していき、アメリカCIAやイスラム原理主義者などにも手を廻し、必要なところにお金を貸して、その後の利権を勝ち取るという仕組みで成長をつづけていた。
サリンジャーとエレノアはイタリアの政治家と接触を試みるが、選挙演説のさなかに狙撃されてしまう。
既にイタリアの警察内部にも彼らに飼われているものがいて、捜査の妨害がなされているようだ。しかし2人は義足のスナイパーの存在を見出す。使い勝手の良い有能なスナイパーだったが、組織は彼すらも消そうとする。そのまえにそのスナイパーを捕獲しなければ・・!
グッゲンハイム美術館で組織の幹部と接触したところを取り押さえようとしたサリンジャーだが、既にそこには組織の別の殺し屋たちが入館者に混じって入り込んでおり、らせん状の美術館のなかで激しい銃撃戦が行われる・・・。


最後の空しさがまたいいんだ。
IトルコでBBCの頭取とどっかのあやしげなやからが怪しげな取引をしている会話を盗聴しようと試みるが、地下に入られ録音不可能。表にでてみると、協力者も殺されている。かくなる上は自分で天誅を下すしかないと判断、頭取を追いつめて銃を突きつけるのだが、

「オレを殺しても何も変わらない。次の誰かが私の替りをするだけだ。お前の自己満足が得られるだけだ」

と語られ撃てなくなってしまう主人公。
自己満足でいいじゃんと思うのだが、不思議なものでああ言われると、それだけだと満足できなくなってしまうというか、その価値の低さを知ることになる・・というか、
結局、自己満足だけじゃ幸せにはなれない。シェアが必要なのです。

誰もいなグランドで100メートルの世界記録を出しても、それが公式に認められたとしても、オリンピックの会場で、それが世界新記録じゃなくても、勝って完成を浴びないと人間の心は満足できないように出来ているのです・・・・。

ところが、とんびに油揚げをかっさらわれるように、どこかの取引先のヒットマンがあっさりその頭取を殺してそのまま帰っていってしまう。

・・・・・おれは一体何なんだ・・・、はあ・・・・???

みたいな終わりでした。。。

by ssm2438 | 2012-06-17 17:58
2012年 06月 04日

ミッドナイト・イン・パリ(2011) ☆☆☆☆

f0009381_2247380.jpg原題:MIDNIGHT IN PARIS

監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
撮影:ダリウス・コンジ

出演:
オーウェン・ウィルソン (ギル・ペンダー)
レイチェル・マクアダムス (婚約者イネズ)
カーラ・ブルーニ (美術館ガイド)
レア・セドゥー (懐メロレコード屋のガブリエル)
マリオン・コティヤール (アドリアナ)
トム・ヒドルストン (F・スコット・フィッツジェラルド)
コリー・ストール (アーネスト・ヘミングウェイ)
キャシー・ベイツ (ガートルード・スタイン)

     ×   ×   ×

カートルード・スタインは、ジーナ・ローランズ希望なんですけど・・・。
ジェラルディン・ペイジでもいいですけど。デブになったダイアン・ウィーストでもいいなあ。フィッツジェラルドの奥さんは、若き日のミア・ファーローにやって欲しかったぞ!!!


いやあああああ、よかった。21世紀のいまのところウディ・アレンの最高傑作だろう。
そういう私も実はパリ大好き人間で、TOEICは900点オーバーとってもアメリカには行ったことがなく、ひたすらパリビ贔屓なのである。パリはいいやね。実存主義あり、印象派あり、ロダニズム在り、私に文化的遺伝子を活性化させてくれる要素つまってる。

この映画のなかでは、映画のシナリオライターやってるギル・ペンダー(オーウェン・ウィルソン)が、婚約者と訪れたパリを訪れる。しかし婚約者とも、その親ともイマイチ波長が合わず、さらに婚約者の彼女のまえに大学時代の昔の彼が登場。そんななかで精神的に蚊帳の外の彼が、パリの夜中をぶらついてると嘗てにビッグネームの文豪や画家に会うというというファンタジー。ただ、それだけの話なのだけど、話の盛り上げ方が上手い。

物語の構成からいうと、起承転結ストーリー。
映画の物語構成は2種類ある。ひとつはハリウッドご用達の第一、第二ターニングポイント方式。これは、はじまってから30分間で主人公がドラマに巻き込まれる。『ロッキー』でいうなら、アポロからの挑戦を受け入れる羽目になるところか。物語の後半にもう一つターニングポイントが用意され、そこでは、主人公がそれを成し遂げないと本人の存在意義が消滅してしまうという、それを解決しないと自分が滅びるという生きるか死ぬかの戦いに突入する。
もう一つが日本古来の起承転結方式。一度目のマジックやってみました。2度目のマジックやってみました。調子にのって3度目のマジックやってみたらとんでもないことになってしまった。そして最後は命がけでそれをやっつけないと・・という構成。スティーブン・キングなどは起承転結方式を採用している。
この『ミッドナイト・イン・パリ』もどちらかというと、起承転結方式を採用しているといっていいだろう。
やっぱりこの展開は味わい深い。

彼女や彼女の両親や彼女の友人などとそりが合わず、疎外感を感じている主人公。そんな彼がパリの夜の街をさまよい歩いてると満ちに迷ってしまい、そんなところに、1900年代にはしっているようなクラシックカーが現れる。乗っている人間はなんだがのりがよく、「いいから乗れ乗れ」という感じで拉致られてしまう主人公。いった矢先のバーには、コール・ポーターや、『グレート・ギャッツビー』の原作者フィッツジェラルドに会う。最初は半信半疑だがどうやら時空を越えて1920~1930年あたりにトリップしているらしい。そこには主人公が憧れるアーネスト・ヘミングウェイもいる。彼がパリにいたのは1921~1928年までの間なのでその間のどこかの時間であろう。
小説を書いている主人公君はヘミングウェイに自分の今書いている小説を読んで欲しいという。明日持ってくるといって店を出るが、約束をコンファームしようともどってみると、そこはコインランドリーである。

トキメキの夜の出来事を婚約者の彼女に伝えたいと思い、夜中まで彼女をその場所で待たせるが、あのクラシックカーは来ない。ぐれて帰ってしまう彼女。しかし真夜中の鐘がなると昨日と同様に嘗ての異人達をのせた旧式のルノーが通りかかる。そして起承転結の「承」のパートに展開する。
この語り口の上手さが問答無用に上手い。

やがて主人公は後期印象派の画家たちやパブロ・ピカソやその愛人・アドリアナ(マリオン・コティヤール)と出会う。彼女が夢想の世界でのヒロインとなる。彼女のドラマ上の役割は懐古主義の認識。
主人公が、「この時代はすばらしい」と思っていた1930年代のパリにいってみると、その世界板アドリアナは、それ以前の世界ゴーギャンロートレックの時代が素晴らしいといい、その時代にトリップすると、そこから帰りたくないという。
今の世界で「自分は競争力がない」と自覚したものは懐古主義に走りがちであるが、それは本来も求めるべきものはないよ!っと言ってのけてしまうウディ・アレン。すばらしい!!!!!!!

結果的には、主人公はパリの街で出会った、過去のアートに美しさを見出すガブリエルという女の子と同じ価値観をシェアし、彼女と現代で生きる流れを選択するという方向性におちつく。
きわめて美しい終わり方だろう。ウディ・アレンの完成されて作風が見事に展開された映画であった。

しかし、私にとってのウディ・アレンのベスト’ブ・ザ・ベストはやはり『インテリア』であり、あの画面の素晴らしさ、物語の切実さにくらべると、やはり穏やかになったなと思えてしまう。『カイロの紫のバラ』的なムードを感じる。
当時、世間ではこの『カイロの紫のバラ』とか『ハンナの三姉妹』とか、けっこう評価されてたのだけど、個人的には『インテリア』ほどのインパクトはなく、技術的な安定期に入ってしまったかなという感じであり、その後のウディ・アレンはやや低迷してたのだけど、この映画で浮上し、技術的な安定期初期の時代までもどったかなという気がした。でも、『インテリア』ほどのとげとげしさはないなあ。
チェッカーズの唄ではないが、

♪ナイフみたいにとがっては、触るもの皆、傷付けた~♪

っていうあの切実な劣等感の爆裂を見てしまうと、穏やかさがいまひとつ物足りない。。。。

・・・・しかし、ウディ・アレンっていい娘をみつけてくる。
今回敵役のヒロインとなってるいレイチェル・マクアダムスは素晴らしい。ガイ・リッチーの『シャーロック・ホームズ』のアイリーン役の彼女なのだけど、美貌ははちきれている。レコード屋のお姉ーちゃん、ガブリエルを演じたレア・セドゥーもいい。彼女にはマリエル・ヘミングウェイを見たね。『マンハッタン』の時のマリエル・ヘミングウェイ(アーネスト・ヘミングウェイの実孫である)の純朴さがいい。
フィッツジェラルドの奥さんは、若き日のミア・ファーローにやって欲しかったぞ。パブロ・ピカソの愛人は若き日のダイアン・キートンにやって欲しかった・・ということで整理した。

時空をこえた私の希望の配役

ギル・ペンダー=ウディ・アレン
あっちの世界の恋人アドリアナ=ダイアン・キートン@『アニーホール』/『マンハッタン』
こっちの世界の恋人ガブリエル=マリエル・ヘミングウェイ@『マンハッタン』
婚約者イネズ=シャロン・ストーン@『スターダスト・メモリー』
美術館ガイド=シャーロット・ランプリング@『スターダス・トメモリー』
F・スコット・フィッツジェラルド=ロバート・レッドフォード@『華麗なるギャッツビー』
ゼルダ・フィッツジェラルド=ミア・ファーロー@『華麗なるギャッツビー』
アーネスト・ヘミングウェイ=ウォーレン・ビューティ@『レッズ』、このころダイアン・キートンと付き合っていた。
ガートルード・スタイン=ジェラルディン・ペイジ@『インテリア』/ジーナ・ローランズ@『私の中のもう一人の私』

・・・で,
ぜひやって欲しかった。
というか、ウディ・アレンはこの配役を絶対意識してると思う。
もっとも、イネズに関しては、レイチェル・マクアダムスでもすばらしいけど、心の中のホントはスカーレット・ヨハンソンだったと思うが・・・。




ああ・・・、男って、なんで認められたいんでしょうね・・・・・。
それを「恋」っていうのでしょうか?

ああ、劣等感を感じよう。
勉強しよう。
恋をしよう。

by ssm2438 | 2012-06-04 22:45
2012年 03月 11日

序の舞(1984) ☆☆☆☆

f0009381_1233265.jpg監督:中島貞夫
原作:宮尾登美子
脚本:松田寛夫
撮影:森田富士郎
音楽:黛敏郎

出演:
名取裕子 (島村津也)
風間杜夫 (西内太鳳)
三田村邦彦  (村上徳二)
佐藤慶  (高木松溪)
岡田茉莉子 (島村勢以)
水沢アキ  (島村志満)

     ×   ×   ×

ベスト・オブ・名取裕子はこの映画では?

当時、篠山紀信がとった文庫本サイズの『名取裕子―明日(あした)嵐がくる』という写真集があったのですが、この映画をみて買いました(笑)。もう一冊、この映画のタイトルをつけた写真集もあるのですが、このちっちゃいほうが断然よいです。

原作は『寒椿』『夜汽車』宮尾登美子。はっきりいって男が面白いと思うものは書かない人です。なのでこれが面白いかというと、少なくとも私は思えないのだけど、しかし、いくつかみた宮尾登美子の映画の中では一番好きです。宮尾登美子のいつもの女の情念どろどろ節も、画家を主人公に据えたお話となるとなぜか受け入れてしまう。

この映画の主人公は日本画家の上村松園。明治時代の女性の画家で、コントラストが素晴らしい美人画を描かれます。色使いはかなり好み。一番下に彼女の画を列挙しておきました。

この物語は彼女の独身時代(苗字が島津時代)の話であり、絵の修行とともに彼女が人生で合う男達との恋愛劇が描かれてます。しかし、最後にたどりつくのは母の愛・・・。
子供の頃の絵の師匠である西内太鳳(風間杜夫)、そして小学校を出ると西内の勧めで入った松溪画塾の師匠・高木松溪(佐藤慶)、そこでであった若き塾生・村上徳二(三田村邦彦)。
師匠2号・高木松溪に抱かれて子供を生み、親に勘当され、自分を好きになってくれた若造・三田村邦彦(それも妹が好きだった人)の世話になっておきながら、子供のころの師匠1号・風間杜夫に会うとこれを捨て、そのもとに走る。しかし、師匠2号に出会うと再び抱かれまたまた妊娠・・・。強烈にどろどろです。
やさしいだけの三田村邦彦、かなり悲惨・・・。

頑張りやさんなのだけど、依頼心もかなり強い女性です。おかげでまわりの男はかなりたいへん。自分だけの女かと思えば、するっと他の男に抱かれてしまう。しかしそのバックボーンには、彼女の芸術活動をささえた彼女の母、島村勢以の女のしぶとさをうけついでいる。

なんちゅうか・・・、女にしか描けない話ですね。

<あらすじ>
江戸時代末期、貧しい農家の娘に生まれた勢以(小林綾子)は、京都の島村の葉茶屋に養女に出された。養父母が相次いで世を去ったあと婿養子をとったが勢以(岡田茉莉子)だが、5年後には夫もとも死に別れた。それからの勢以は、長女・志満と次女・津也を女手ひとつで育てていく。
やがて時は流れ、絵に熱中しはじめた津也は、図画の西内先生(風間杜夫)のすすめもあって、京でも有数の松溪画塾へ通うことになった。明治23年、第3回内国観業博覧会に津也(名取裕子)が出品した「四季美人図」が一等褒状を射とめた。その頃、西内先生がヨーロッパへ留学することになり、津也にとって大きな悲しみとなる。また、村上徳二(三田村邦彦)という青年が松溪塾に入塾し、彼は津也に好意を抱くようになった。師匠松溪(佐藤慶)の千枚描きに立会った日の夜、津也は師の誘いのままに、料亭へ出向き、抱かれる。月日が流れ、津也は妊娠した。それに気づいた勢以は、娘を激しく責め、相手が松溪と知り、津也に絵を禁じた。
見知らぬ土地の農家で女児を出産した津也は京には帰らず、東京にいる徳二のもとに身を寄せる。二人の生活がはじまる。しかし絵への想いは捨てきれない津也は、新聞で見かけた“西内太鳳ヨーロッパ帰朝展”の報にこころを揺さぶられ、徳二に置手紙を残し西内のもとに走った。
西内は津也に一軒の家を与えて絵の修業を続けさせた。明治29年、津也の「人生の春」が第5回日本美術院展の第一等に輝いた。光彩堂の招きでとある割烹に出向いた津也は、その席で松溪と再会する。かたくなな態度をとっていた津也も、老いた旧師が涙を流すのを見て、再び彼の腕の中に沈んで行った。再び妊娠。
津也と松溪の関係が続いていたことを知って激怒した太鳳は、津也に破門を言い渡す。
おろし薬を飲んだ津也のもとにかけつけたのは母の勢以だった・・・。

以下、上村松園の画。すばらしいです。一番上が『序の舞』の画。
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by ssm2438 | 2012-03-11 12:09
2012年 01月 17日

サンキュー・スモーキング(2006) ☆☆☆☆

f0009381_12181964.jpg原題:THANK YOU FOR SMOKING

監督:ジェイソン・ライトマン
脚本:ジェイソン・ライトマン
撮影:ジェームズ・ウィテカー
音楽:ロルフ・ケント

出演:
アーロン・エッカート (ニック・ネイラー)
キャメロン・ブライト (ニックの息子・ジョーイ)
マリア・ベロ (ポリー・ベイリー)
ロブ・ロウ (ジェフ・マゴール)
ケイティ・ホームズ (ヘザー・ホロウェイ)
ウィリアム・H・メイシー (フィニスター上院議員)
J・K・シモンズ (BR)
ロバート・デュヴァル (ザ・キャプテン)

       *        *        *

そうだ! 多数の意見に属してて何が楽しいんだ!?

タバコ天国の日本ではかなりうといことだが、海外でのタバコ事情は、かなり厳しいものでだ。公共の場でタバコを一本なんてのはかなり顰蹙な行為だし、F1だってタバコの広告をだせないのでマルボロのロゴをバーコードにしないと走らせてもらえない国がある。タバコの健康被害を危惧する国際世論の高まり、バッシングの対象となる。クリーンが心情の政府は馬鹿高い税金をかけ、タバコ1箱(20本)の値段は日本と比べ物にならないくらいべらぼうに高い。イギリスでは一箱1000円近いといわれていた。もっともこれは今みたいに超円高になるまえの相場なのだけど。ドイツ、フランスあたりで600~700円。アメリカでは800円ちかかったはず。
そんなタバコ業界のロビーイストがこの映画の主人公。アーロン・エッカートが扮するこの男は口は達者で、ディベート力はきわめて高く、全国からバッシングされるタバコ業界の宣伝マンとしてマスコミに登場し、相手のコメンテイターたちをなぎ倒していく。アメリカ映画でよくあるコミュニケーションの達人である。
シナリオライターとしてみれば、うふぁうふぁな題材だろう。
かっこいい説得力のある言葉がいっぱい書ける!

そんな主人公に、「なんでそんな仕事をしてるんだ?」という問いがなされる。彼は、「モルゲージのためだ」と答える。「モルゲージ: Mortgage」とは「不動産を担保にした貸付」・・くらいの意味だろう。平たく言えば、マンションや家を購入した時の「住宅ローン」である。

「活きる為に稼がないといけないから自分の得意なことをやっているのであって、ポリシーではない。・・・だから、正義やら道徳心やらをかかげて俺をバッシングしないでくれよ」の意味だろう。

・・・・でも、それってホントなのだろうか?
映画の議論とはまったく別のところに踏み込むのだが、たぶん彼は、それが面白いからやってるのだと思う。大多数を相手に、彼らがベースにしている理性の奥にある、本音を刺激するのが楽しいのだと思う。何かしらの力がある人にとっては少数派に属するほうが何かと楽しいでのある。

ビジュアルリーダーやドラマづくりをしている人は、多数の意見に属することは致命的である。自分の意見が多数派だなって思ったときはもう時代に遅れであり致命的だ。それよりも、純粋に面白くない。最近のドラマがどれも面白くないのは、多数の意見に属した馬鹿プロデューサーがドラマの方向性をきめているからだろう。

だからといって、少数派のアイデアがすべて面白いかといわれればそんなことはない。そのほとんどはトラディショナルな法則にさからって一時のパフォーマンスをしているだけである。大切なのは、今は少数派でも、50年後には多数派になるであろう価値観を今のうちから提示することなのだ。すぐ古くなる新しいものではなく、<古くならない新しいもの>を目指すこと、それが大切なのだ。

では古くならない新しいものとは何か? そもそもそれはどこにあるのか?
それは、実はすでに存在している。ただ、より深いところに存在しているので、まだほとんどの人は気づかないだけだ。
「新しいものを作る」ということは、「珍しいものを作る」ということではなく、「まだ発見されてない真実に基づくものを作る」ということなのだ。

「真実」を発見すれば、新しいものは出来る!
たとえば、車のフォルムにしてそうだ。まだ発見されてない、完全なる空力を具現化するものを作れば新しい車のデザインが生まれる。珍しいだけではすぐ滅んでしまう。
これは物理的なことだけではない。精神世界にもいえることだろう。「世間ではこういわれているけど、なにかへんだ」っていうものに出会うときがある。でもその理由はわからない。だから、世間でそういわれているように解釈しておく・・という結果になる。そんなとき、しばし足をとめてその理由を真剣に考えてみる。その時なにか見えてくるかもしれない。

この映画が素敵なのは、世間ではタバコはけしからんって言われてますけど、それに従うことがどこかうさんくさくないですか???っていう問いかけなのだと思う。

「真実」は多数の意見の中にはない。
多数の意見というのは所詮、「真実がわからないから、とりえずこういうことにしておこう」という、世間と個人が折衝したその妥協案にすぎない。ましてや多数の意見というのは、弱者の都合でしかない。それは一時的な人気取りにはなっても、継続的につづくものではない。なぜなら弱者は滅びるようにできているのだから。
自分を弱者とみなすのは、だれでもそうだ。私もそうだ。しかし、弱者にとって都合のいいことを正当化することが正しいことにはならない。


ものづくり業界に居る人は、多数に属さないスピリットをいつも持っていてほしいものだ。
この映画をみて、そのことを言葉にして言いたくなった。
そういう意味で、とてもいい映画だった!

ほんとは☆3つくらいでいいかと思ったのだが、勢いがついたのでもう1つおまけ(笑)。

<あらすじ>
ニック・テイラー(アーロン・エッカート)はタバコ業界を代表する凄腕のロビーイスト。同じ悪評高いロビーイスト仲間であるアルコール業界のポリー・ベイリー(マリア・ベロ)と、銃製造業界のボビー・ジェイ・ブリス(デヴィッド・コークナー)とはいつも3人で飲んでは日ごろの鬱憤を解放している。
そんな彼をうっとおしいと思っているのが、フィニスター上院議員(ウィリアム・H・メイシー)。彼はアメリカ国民の健康を守るために、タバコのパッケージにドクロ・マークを付けようともくろんでいる。しかし、なかなかテイラーを倒すことは出来ない。しかしそんなテイラーも過激派の嫌煙団体に拉致され、体中にニコチンパッドをhられて中毒死寸前までおちいったりする。さらにスクープを狙う女性新聞記者、ヘザー・ホロウェイ(ケイト・ホームズ)の罠にハマってしまい、ベッドであらいざらいしゃべって慕ったことを記事にされ仕事を失う。順風漫歩だった人生はドトボに陥ってしまった。
そんな彼だが、別れた妻との間の息子ジョーイ(キャメロン・ブライト)だけはそれでもニックを尊敬していた。やる気を取り戻したニックは、タバコにドクロマークを張ろうキャンペーンの是非を問う公聴会に出席、上院議員との最後の対決に挑んでいく・・・。


・・・・しかし、輪が麗しのマリア・ベロ嬢、しばらくみない間に、かなり老け込んじゃいました。うううう。

by ssm2438 | 2012-01-17 12:19
2011年 12月 23日

小さな旅館(1981) ☆☆☆☆

f0009381_11164739.jpg監督:齋藤武市
原作:松本清張
脚本:猪又憲吾
撮影:相原義晴
音楽:菅野光亮

主演:
坂口良子 (森田敦子)
田村高廣 (父・修平)
目黒祐樹 (夫・順治)
森田健作 (北原刑事)

    *     *     *

城ケ崎より愛をこめて。

映像に作り手になる人は、子供のころから自分も作り手として映画やアニメをみているものだ。しかしそのころはまだ、情報をインプットしてるにすぎない。ところがあるとき、自分がホントに作る側になって、いろいろ経験してから出会う作品の中に、「これは・・・・! これって自分が作りたいものだ!」と思うものに出会う時がある。ある人にとっては、再び見返してみた『ウルトラマン』かもしれないし『怪奇大作戦』かもしれない。あるいは普段はなにげなく見過ごしていた『水戸黄門』かもしれないし、あるいはその時はやっていたトレンディドラマかもしれない。
私の場合はこの『小さな旅館』だった。

父が犯人だとしって、埼玉県の東松山まで追ってきた坂口良子が、父を橋の上で会うシーン。ここからの一連の画面構成は、芝居付け、それを撮るカメラのポジション。駆け出した坂口良子を延々と撮る望遠。階層のはめ込み方。手前になめるものと入れ方やそのコントラス。音楽の入れ方、電話などの効果音の入れ方・・・、なにから何まで刺激的だった。この後半のシーンだけは何回みたことか・・・。
それが松本清張の物語として作られ、大好きな坂口良子主演で撮られた。
この画面に出会えたことはほんとに幸運だった。私が二十歳のころの話である。

いつか再放送をしないものか期待をかけていたら、昼の時間に今一度再放送することになった。当時、2時間ドラマをVHSで撮って、仕事から帰ってみていたものです。今の2時間ドラマはもあのころの感動もなくなり見るにたえないものばかりになってしまいましたが、当時の2時間ドラマはすごかった。テレ朝では土曜ワイド劇場。日テレでは火曜サスペンス劇場と、ほとんどそのへん転がってる映画以上にしっかししてるものが出来ていた。80年代の2時間ドラマの再放送してほしいものです。

f0009381_2282541.jpg当時の私が、このドラマをみる本当のモチベーションは坂口良子だった。1955年生まれの彼女がこのドラマの撮影をしていたころは・・・・・26歳だろう。若くて、そろそろ女優としてはあぶらののってくるころだ。当時は彼女のでる2時間ドラマはけっこう録画していた。それが私に幸運を運んでくれた。

そして、その相手役のオヤジが田村高廣だったというのも、嬉しいことだった。品のいい60オヤジを演じた彼は、そのむかし増村保造『清作の妻』で清作を演じていた。自分がしらないうちに、のちのち自分のなかで大事になるものがそこに共存していたことも嬉しい偶然だ。
森田健作もいい配役だった。当時の「Mr.青春」といえば森田健作だったが、『砂の器』丹波哲郎と一緒に捜査する若手刑事として爽やかに登場していた。この物語の森田健作の役は原作にはなかったのだが、敦子のことを昔から想い焦がれていた人として描かれ、旦那と父親が居なくなったあとの敦子はこの人と上手くいくのだろうなというポジティブな予感をも残してくれた。

そしてこの物語が自分の胸からはなれなかったのは、そのロケーションだろう。私が始めて東京にきて住み始めた街は西武池袋線の南長崎。そしてその隣の駅が江古田。このドラマの舞台になっている駅だった。このドラマを見始めたときは、おお、あの駅だ!ってそれだけで感動したものだが、しかし、その江古田という地域が、このドラマでは重要な意味をもってくる。その地域の一部が特殊な泥炭層という土の上にできていて、土の分析から犯行が行われた場所を特定していく展開になるのは、資料を調べることの大事さを教えてくれた。

この物語は松本清張の短編で、40歳の大台を越えてからこの小説をよんでみ。はっきりいってあまり面白くなかった(苦笑)。しかし、ドラマというのは、物語の基本設定がしっかりしていて、でも多少おもしろくないくらいのほうが不思議と出来上がりがよくなるものでだ。この物語はまさにそんな感じ。テレビのスタッフの力量に感謝、感謝。これほど的確に小説→2時間ドラマにモディファイドした作品はそうないだろう。
一番もりあがる、シーンは、一番初めにみた、橋の上で、坂口良子に順治の殺人を告白する田村高廣からの一連のシーンだが、実はここは原作にはなく、テレビスタッフが入れ込んだものだった。泣かせどころは、原作の行間をおそろしいまでに適切に盛り上げてくれた。場所に使われたのは、埼玉県東松山の八幡橋だと思われる。ここは時代劇のロケでよく使われる木製の橋がいくつかあるのだが、きっとスタッフの人が「あそこにしよう!」って決めたのだと思う。脚本家や監督の力だった。

だいたい松本清張のドラマというのは、あまりにしっかりとドラマをつくってあって、あまり泣けるということはないものだが、このドラマは泣けた。ドラマ作りをするのなら、こういう仕事をしたい、こういう演出をしたい!と初めて強くおもわせてくれた作品だった。
残念ながら、このドラマはDVDにもVHSにもなっていないので、このページに書くのは長年はばかっていたのだが、このさい書いておこうと思った。
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<あらすじ>
山歩きをするような格好の怪しい男が商社から出てきたある男をつけていく。その男は西武池袋線の江古田でおりて女と合流すると、近くの小さな旅館に入っていった。その男の名前は森田順治(目黒祐樹)、そして、順治をつけてきたのは、彼の義父・森田修平(田村高廣)だった。
大学教授の森田修平には、敦子(坂口良子)という娘がいた。早くに妻をなくし、男で一つで育てた愛娘を育てた。孫もできた。しかし順治は徐々に横暴な態度をとるようになった。いつも帰りが遅く、調べてみれば女がいた。自分の家に養子として入ったのも、森田の家の財産が目当てだったことが判って来る。

翌日の食卓で、順治を顔を合わさずぼとと言う修平。箸をとめる順治。
「順治君、今日も遅いのかね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「僕の帰りが遅いとお父さんになにか迷惑がかかりますか?」
食事を途中でやめた順治が玄関に向かうと敦子もおっていく。いつもの靴は用意してあるがその時は「今日は黒いほうだ」といい、その靴が磨かれてなければその場で磨かせる。急いでいるので靴墨をつけずに磨こうとすると「靴墨! いったいいつになったら一人前のの女房になれるんだ」と、奥で食事をしている修平に聞こえるように言う順治。

修平にとっても、順治にとってもいかに居心地の悪い家なのかはすぐ判る。そんなストレスを表面化しないようにしながらなんとかこの家のものたちはやりすごしていた。そんな状況下で修平は、親から受け継いだ土地の半分を売り、7500万で順治と女が不倫をする小さな旅館を買い受け、順治の殺害計画を実行に移していく。その旅館には椿の花がさいていた。

この原作が書かれたのは1961年のことで、実は私もこの年には生まれていない。まだ、ホテルというのはめずらしく、連れ込み旅館が当たり前の時代だったのだろう。すがに1980年代に旅館というのは不自然ではあるが、このドラマ化にあたっては年代を正確に設定することはせず、ホテルではなく旅館で物語を構成している。そこには、旅館でなければ成立しなかった段取りがあったからだろう。

前もって女性の声で録音しておいた音声で、順治と女を殺すべき部屋に誘導すると、ふすまの向こうから顔を見せずオレンジジュースのサービスをする。旅館のシステムが変わったことにしばし戸惑うふたりだが、差し出されたジュースを飲んだ2人は、泡をふいて倒れる。青酸カリが混入されていた。修平は、満員表示で他の客を旅館内にいれることなく、その部屋の畳をはがし、床をホリ、2人の遺体を埋めた。

やがて相模湖で順治のコートが発見され、敦子が呼び出されて行き、それが順治のものであることを確認する。「自殺ですか」と問う敦子に対して北原刑事(森田健作)は、素人目にはそう見えるかもしれないが、相ではないという。入水自殺をする人でも、最後まで凍えるのはいやらしく、コートは脱がないそうだ。そしてそのコートから低炭層の土と椿の花びらがみつかる。
泥炭層の土があるのは、東京の江古田付近だけで、さらに椿があるところを探し始める刑事たち・・・。
このままでは、見つかるのはすぐだと判断した修平は、財産の土地の名義を敦子に変えて、今日は拓本をさがしてに埼玉県の東松山にいってみる・・と言い残し出て行った。

やがて逮捕礼状をもった北原刑事たちが、敦子をたずねてくる。
「父は、図書館で調べ物をするといって・・」と嘘をつき、子供を近所におばちゃんにあずけ、東松山に向かう敦子・・・・。
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それから15年たらずくらいして、『星海の紋章』というアニメで、コンテを何本か描いたのだが、その打ち上げでスタッフの皆さんと伊豆半島にいくことになった。そのコースのひとつに龍ヶ崎がはいっていた。
城ヶ崎は、この『小さな旅館』の最後で、修平が断崖から飛び降りて自殺したところだった。
私の演出道の原点である。どうしてもここは見ておきたいという場所だった。その場所で絵葉書を買い、当時の想いを書き、好きだった女性にその場所から送った。

ロマンチストな西澤であった。。。

by ssm2438 | 2011-12-23 21:57 | 松本清張(1909)