西澤 晋 の 映画日記

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2013年 12月 15日

外事警察 その男に騙されるな(2012) ☆☆☆

f0009381_8543288.jpg監督:堀切園健太郎
原案:麻生幾
『外事警察 CODE:ジャスミン』(NHK出版刊)
脚本:古沢良太
撮影:相馬和典
音楽:梅林茂

出演:
渡部篤郎 (住本健司)
尾野真千子 (松澤陽菜)
真木よう子 (奥田果織)
イム・ヒョンジュン(工作員・奥田正秀)

     ×   ×   ×

韓国では濃縮ウランの流出という事件がおき、日本では東日本大震災の混乱の中で、被災地の大学の一室から原子力関係の部品データが盗まれる。核によるテロが起きるかもしれない。それは日本なのか、韓国なのか・・・?? その危機に立ち向かう外事4課の<公安の魔物>と呼ばれる主人公・・・。

NHKで作られたTVドラマ『外事警察』からの映画化で、基になっているのは『外事警察 CODE:ジャスミン』。ただオリジナル要素がかなり強い。
原作は『宣戦布告』などの著者である麻生幾。まるで公安にいたんじゃないかと思うくらいやりとりはいい感じ。とりあえずNHKでやってたTVシリーズ、レンタルしてみてみようかと思ってしまった。
ウィキペディアによると、もともと週刊文春の事件記者だった著者は、それまでの経験をもとにノンフィクションの『情報、官邸に達せず』を発表、その後フィクションのほうにも手を出し、『宣戦布告』を執筆し映画化もされたそうな。そのときの映画はけっこうたたかれたようだが、今回の『外事警察 その男に騙されるな』はけっこう映画的にみられるレベルのものになっている。このくらいのレベルで日本映画のポリティカルサスペンスもやってくれれば及第点だなあと思わせてくれるレベル。

どうでもいいことだけど、原作のタイトルのままだったらもう1億円くらいは興行収益がふえたかもしれないのに・・(苦笑)。日本映画のタイトルつけかたって超下手だと思う。 作品の質はおいといて『海猿』とかも、内容を知らない人にとってはタイトルだけで見る気にならないとおもうのだけど・・・。

画面はポール・糞手ブレ・グリーングラス『ボーン・スプレマシー』とかのあの感じ。まあ、そこまで手ブレは気にならなかったが、手ぶれというのはそこにカメラがあることを見てる人に認識させてしまうので、意味をわかってないと<映画を撮ってる撮影現場>を撮ってるような画面になる。ただこの映画はそれの手ブレのあざおさを最低限度に抑えて、ぎりぎり我慢できる範囲におさめてある。
色合いも地味~~~に彩度を落とし黒にザラつきを出してる。嘗ての栄光<銀残し>と呼ばれる手法である。昔の映画を見てる人にとっては<銀残し>画面みせられるととうれしい。
ただ、これに関しては撮影でそれをやっているというよりも、アフターエフェクトかなにかで、あとから画面処理してる感じはいなめない。CGでの画像加工がどこか画面的にチャラく感じてしまう。『300』みたいになっちゃうともう見る気も起きないからあんなのはやめてほしい・・・(苦笑)。この映画はその点でも節度が効いていて、我慢できる範囲におさまっている。

お話の展開は「公安のダークな感じ」がけっこう雰囲気あります。いろいろネットに転がっているコメントみると、テレビシリーズのほうがよかったという意見が多いようですが、ま、物語のスケールを広げすぎると描写が大雑把になることがほとんどなので、ある程度の狭い範囲の出来事にまとめて物語をつくったほうが無難なのだろうが、映画ということもあってちょっと風呂敷ひろげちゃったのかなって気がします。とりあえずそのあたりはテレビシリーズをみてみないことにはなんとも言えない。

主人公は渡辺篤郎扮する住本健司で、警視庁警備部に属する公安外事外第4課の班長。テロリストを逮捕するためならどんな冷酷な手段でも行うことから「公安が生んだ魔物」と畏怖されている。どうやらこれはテレビシリーズをみないことにはぴんと来ないらしいが、でも、いい感じの役どころをもらったな・・という感じである。
ちなみに公安の外事は、中国・北朝鮮などのアジア圏の事案を担当する外事2課、それ以外を管轄する外事1課、国際テロに関する事案を処理する外事3課がある。本作で出てくる<外事4課>は架空の部所である。

<あらすじ>
朝鮮半島で濃縮ウランの流出という事件がおきた。日本では、東日本大震災の中、被災地の某大学からの原子力技術に関するデータが盗まれていた。どうやら核爆弾がつかれているようである。そのターゲットはソウルなのか日本なのか・・???
一方、住本健司(渡辺篤郎は、ソウルで物理学者・徐昌義(田中泯)を捕獲した。彼は在日朝鮮人で日本で原子力を学んだ権威だった。20年前、祖国に原発の日を灯すことを夢見て家族を捨て北朝鮮に渡っていたのだ。その環境は劣悪なもので、彼の体はすでに癌に侵されていた。彼こそが核爆弾の製造者だったのだ。しかし、それだけでは爆発しない。起爆装置が必要なのだ。その起爆装置は日本の技術がつかわれていた。外事四課は奥田という男を工作員ではないかと睨み、その妻・果織(真木よう子)を協力者という名のスパイにするべく近づく。
果織は家族がなく施設で育てられた女で、一度結婚をし娘を出産したが夫とはすぐに死にわかれ、そのショックで言葉が話せなくなった娘を一人でやしなっていかねばならなかった。多額の借金ももかかえていた。工作員の奥田はそんな果織と偽装結婚するかわりに金銭的援助をおこなっていた。
そんな果織に女性の友達ができた。公園で子供が遊んでいるとき知り合った女性で、彼女もシングルマザーだった。シンパシーを感じる果織。彼女の招きに彼女のマンションにいってみるとそこには住本がいた。

このシチュエーションが公安らしいのです。同じ境遇を装いそれとなく親しくなる・・・。
同じように公安経験者の濱義之が書いた『ハニー・トラップ』のなかに同じ手法が書かれていた。そのときは中国人の女スパイが、自分の息子を病気で失った捜査官に近づくときに、「実は私も息子を失ったの・・・」といって近づき、親しい関係になっていく・・・という流れがあった。
こんな共通項を見出すと、「あ、らしいぞ!」って思えるのである。

住本は、果織をなんとか協力者にしたて自分の夫を調べさせる。どうやら原爆の起爆装置らしいものを持っているらしい。
その一方で徐昌義には、捨てていった家族に合わせるといい、爆弾のありかをしゃべらせようとする。しかし彼の妻はすでに自殺し、娘は幼い頃に施設に預けられてから消息を絶っていた。見つかるはずがない・・・。必ず娘に合わせると約束するという住本のブラフを見抜いた徐昌義はがんとしてしゃべろうとしない。住本は自白剤の投与を医者たちに指示する。
しかし・・・そんな矢先、徐昌義はテロリストたちに取り返されてしまう。

ソウルにもどった徐昌義はテロリストたちと核爆弾をセットしようとしたが、工作員の奥田から得た起爆装置が偽物であることに気づく。奥田は、ほんとに果織のことを愛し始めており、計画を実行させないために起爆装置を摩り替えていたのだ。しかしその奥田もすでに殺んでいた。起爆装置を取り返すためにテロリストたちは果織の娘を人質にとり、果織に起爆装置をソウルまで持ってこさせるよう迫る。
舞台が韓国に移った以上、日本の外事警察の手をはなれる。住本は公安の身分を剥奪されながらも、果織とともにソウルに飛ぶ。そこにはもう一つ重大な事実が判明していた。奥田は、徐昌義を裏切らせないように、彼の娘をすでに身近に置きDNA鑑定していた。その書類をみつけた住本は、徐昌義の娘が誰であるか知っていた・・・。その娘そこそが最後の住本の切り札となる・・・。

・・・・んが、しかし・・・・。

by ssm2438 | 2013-12-15 08:56
2013年 12月 02日

虹をつかむ男(1996) ☆☆☆

f0009381_5455395.jpg監督:山田洋次
原作:山田洋次
脚色:山田洋次/朝間義隆
撮影:長沼六男
音楽:山本直純

出演:
西田敏行 (白銀活男)
吉岡秀隆 (平山亮)
田中裕子 (十成八重子)
田中邦衛 (常さん)

     ×   ×   ×

結局男って、好きな女に認められたいから生きてるんだろうなあ・・・。で、それができなくなると、どうでもよくなっちゃうんだろうなあ・・・

そのネタを失ったとき、ジョーはそういうしかなかったんだろうなあ。

丈「…じゃあどっからか連れてこいよ…もう一度力石徹よ…!」

葉子は連れてきたけど・・・、誰も代わりがいなかったらへたるよ、男は。あそこで田中裕子がいなくなったら、なんのために映画上映しつづけるんだ? 誰かが代わりを持ってこられるならいいけど、来なかったら続けられないよ。だってかっちゃんは映画を上映したあとに「この映画よかったね」って田中裕子に言ってもらいたいためにやってたわけだから・・・、しんどいよ、あのあと続けるのは・・・。

しっかし、男心を描かせるという事に関しては、今回ほど赤裸々な映画は山田洋二のなかではなかったかも。
かなり男の願望描いてます。


本来『男はつらいよ』の49作目として作られる予定だったお話だが、渥美清の死去によりタイトルをかえて別作品として作られた映画。なの寅さんコンセプトはそこかしこにあります。これは作り手の云々かんぬんよりもきっと映画の公開予定とか営業面とかいろいろな大人の都合があってそういうことになってしまったのだろうという気はします・・が、ある意味それが味だったり、別の意味ではそれが嫌味であったり、捉え方がなにかと複雑な映画です。

物語の冒頭、就職浪人の平山亮(吉岡秀隆)は親とけんかして家を飛び出し青春○○切符ていうのかなにかしらないが、そんなんで鈍行のりつぎ旅しています。そしてたどり着いた徳島のひかり町。そこにオデオン座という古びた映画館があり、そこに住み込みで働くようになったのでした。

映画館のオーナーは白銀活男(西田敏行)。寅さんのキャラをダブらしたようなこの男・・ってことは、これが寅さんがやる役だってことなのか? ということは、49作目では、田中裕子のほうが見せのオーナーで、寅さんがころがりこんで・・って展開だったのかなと思ってみたり。ま、それはいいや。

ヒロインになるのが田中裕子演じる十成八重子。活男を友人の妹で出戻り女で父の支援で喫茶店をやってる女性。オデオン座では毎週土曜日に名画の上映会をやっており、その選考委員をやってるといういつながり。
今週の映画はなんとあの『ニューシネマパラダイス』。
一番燃えるシーン見せないようについばんで見せているのだが、それでも思い出して泣けてしまう。だいたい、この映画を映画のなかでみせてしまうことじたいがずっこい! 

そしてオデオン座以外でおこなわれる上映会。
私が小さい頃は、地域の公民館に上映屋さんがきて上映された映画をみた覚えがかろうじてありました。まだ、そんなことやってるのか??と思いますが(この映画公開されたのが1996年、ちなみに劇中の田中裕子は40歳)、懐かしく思えてしまいます。今の人はそんなことが行われてたことなんて知らないでしょう。『恋々風塵』のなかでも地域での野外上映をやってましたが、昔はああいうこともあったのです。
その公民館で上映されたのが『野菊の如き君なりき』。おおおおお、実はこの映画私もまだみてません。
ここでのエピソードは、公民館の責任者である柄本明が「規則だから9時までに終わらせろ」というがそれでは途中できりあげなければいけなくなる。結局柄本も一緒にみることになり、はまってしまい、「9時ですがおわらせますか?」と活男がいうが「あほ、ここで終わらせられるか」と自分がのめりこんでしまう・・という展開。ありきたりだがわくわくしてしまった。

その後も上映いろいろあり。『かくも長き不在』、『東京物語』、と昔の映画ファンなら誰でもみた映画が連打される。劇中「面白くて受ける映画を」って言ってたが、このラインアップでは倒産もやむなしだろう(苦笑)。。。このあたりになってくると、最後に上映される映画はなんだ??って疑問がわいてくる。

やがて地方の小学校での文化祭。生徒はひとり。この分校も今年が最後で、最後の文化祭に生徒一人のために活男が映画上映をすることになる。もっともその教室(ちいさな体育館かもしれない)には先生や父兄のや分校関係者のひとがいてけっしてさびしいわけではない。そこで上映される『禁じられた遊び』。この映画で果たして小学生が楽しんだかどうか・・・あ、でも私がこの映画を始めてみたときも中学生くらだったのでにたようなものか・・・と思った。でも、私が見たときは水曜ロードショーで吹き替えだった。ここで上映されたのは字幕スーパー。この子が読書障害でなかったことを祈ろう。

ポイントになるのはそのあとのシーン。上映が終わって学校関係者が活男に感謝して飲みの関をもうけてくれた。その席で夫婦だと間違われた八重子が挨拶することになる。夫婦に間違われるエピソードってのは妙にこそばゆく心地の良いものである。『男はつらいよ 寅次郎物語』でもこのコンセプトはやってたのだがやはりはにかんで見てしまう。
で、男の至福の時。好きな女が自分のことを「うちの主人が」といい、そんな主人を誇りに思うといってくれる。
男にとって好きな女に認められるのがなにより幸せなのである。だああああああああああああああああああああああ、あいかもかわらず泣いてしまった私。その音楽のつけ方も卑怯なのである。周りの人がのりのりで花笠音頭とかおどりだしコミカルでにぎやかしのシチュエーションを作りながら物悲しげな音楽を流すという卑怯音楽の付け片法。コミカルなシーンに切ない音楽を流すと超効果的だし、緊張感のあるシーンに牧歌的な音楽を流すとこれまた効果的という、一種のBGM付けの技のひとつなのだがここでやりやがった。
でも、だあだあ泣いてる私・・・ははは、ああ単純。

やがて八重子の父親が亡くなり葬式。あたふたしてるところに八重子をずっとおもいつづけていた男(旦那の友人)が現れる。このあたりは『続・男はつらいよ』(2作目)のでの展開と同じである。ヒロインはやっぱり、結婚するのはやっぱり他の人ね・・ということで寅さん、今回は活男のもとを去っていくのであった・・・。

「今日の映画もおもしろかったー」を言ってもらいたいがために上映していた映画。しかしその人はもういない。オデオン座を占めることを決意した活男が最後の上映に選んだものは・・・・。

ええええええええええ、そこでこれをもってくる!?
できれば第8作目を選んで欲しかった。

・・・・・しかし、男って好きな女に認められたい生き物なのです。
切ないなあ・・・男って・・・。


ちなみに、私は愛した女が結婚したとき、「おめでとう」なんていってません。「幸せになってください」なんてアホな言葉もはいててません。「いつか言うから」とはいいましたがうそです。
男ってのは好きな女が不幸なほど、幸せなのです。
ううううううむ、いい台詞だ。この映画の価値はこの台詞を言わせたことかもしれない。

・・・・というわけで、いろいろごった煮の映画でしたが、まあまあ楽しませていただきました。
うん、面白かったよ。卑怯で、ずるくて、適当で、大人の都合で作られたかもしれない映画だけど・・・。

by ssm2438 | 2013-12-02 05:46 | 男はつらいよ(1969)
2013年 07月 25日

首(1968) ☆☆☆

f0009381_12275622.jpg監督:森谷司郎
原作:正木ひろし
脚本:橋本忍
撮影:中井朝一
音楽:佐藤勝

出演:
小林桂樹 (正木ひろし)
南風洋子 (滝田静江)

    ×     ×     ×

おお、『ジュリア』ふたたび・・・。
でもこちらのほうが先だけど・・・。

『ジャッカルの日』『真昼の決闘』『我が命つきるとも』でしられるフレッド・ジンネマンは強靭意思力で自分を突通す主人公をよく描く。その映画の中では、社会からの圧迫感が恐ろしく強い。そして、その内部をこじ開けるように主人公は意思をとおしていく。森谷司郎のこの映画もそんな感じ。
戦時中、警察による取り調べは拷問のようであり、そのなかで死だ被疑者は脳溢血で死んだということにされた。それに疑問をもった弁護士がすでに埋葬された遺体を掘り起こし、司法解剖のために遺体の首を切断し群馬から東京にもちかえり検死をするというかなりびっくりの話。
じつはこれ実際にあった話で、原作は弁護士の正木ひろしであり、この物語の主人公も正木ひろしである。映画では、事件を隠そうとする勢力が主人公の敵であり、その社会的圧迫のなかで強引に自分の意思を通して行くというジンネマン的な話。

もとになった事件はこちら(以下ウィキペディアから抜粋)

    ×     ×     ×

戦時中の1944年(昭和19年)1月20日、茨城県那珂郡長倉村(現常陸大宮市)の採炭業者X(当時46歳)が賭博および闇物資横流しの嫌疑で拘引。Xは同郡大宮警察署にて巡査部長A(当時34歳)による取調べ中に撲殺されるという事件が発生。

警察は動脈硬化性脳出血による急死として処理しようとしたが、事件を聞きつけた弁護士の正木ひろしは墓地に赴き、埋葬されていた遺体の首を切断、東京帝国大学法医学教室の古畑種基教授のもとに持ち込み、鑑定を依頼した。古畑が外傷による他殺と鑑定したことを受けて、正木は巡査部長Aと、死亡直後に司法解剖を行った警察医Bの2名を告発した。警察・検察は逆に正木の墳墓発掘、死体損壊罪での起訴を検討するなど全面対立となった。古畑ら東大法医学教室の面々が岩村通世司法大臣の要請により改めて遺体を発掘した際、首が付いていなかった、ということから「首なし事件」という名前が付いた。もっとも上記の経緯から古畑らは遺体が首なしであることはもとより承知していた。

言論弾圧の甚だしい戦時下であり、そもそも警察による拷問の横行は言うべからざる公然の秘密であったが、正木はこのタブーを打破、一連の経緯を個人雑誌「近きより」で公表するという異例の展開となった。

最終的に警察医Bは不起訴となり、巡査部長のみが特別公務員暴行陵虐致死罪で公判に付せられた。戦中戦後の混乱、戦災の影響もあり長期裁判となったが、1955年(昭和30年)に巡査部長Aの懲役3年の有罪が確定した。

    ×     ×     ×

実際にあった事件は上記のようなものなのだが、物語は場所は地名は変更してある。

<あらすじ>
舞台は群馬県の滝田炭鉱。花札賭博でつかまったが抗夫が拘留中に脳溢血で死ぬという事件がおきる。不信を持ったのは炭坑主先田しずえ(南風洋子)が正木弁護士(小林圭樹)へ話をもっていく。正木は司法局に解剖を依頼するが、すでに解剖は済んでいるという。現地での聞き取りをすすめると、警官の横暴さが浮き彫りにされる。今一度解剖依頼するが検事局検事田代(神山繁)の態度は冷ややかだった。そうしている間にも埋葬された死体は腐って行く。
東大方医学部の教授をたずねる正木。
「首だけでも東京まで持ち帰れは調べられるのだが・・・」と言われ正木は憤怒の決意をする。教授の紹介で遺体解体の職人を連れて現地に向かう正木。坑夫に頼んで墓を掘り起こさせ、切り離した首を蓋のあるバケツに入れ列車に乗り込む。墓を暴くのも、遺体を損壊させるのも刑法にふれる。

以下『ジュリア』にも似たはらはらどきどきの首移送の汽車の旅。
車内は満員状態のたちんぼう。周りの乗客は異臭にきずき正木をいぶかぐる。車内には闇取引を物流を検査する警官が持ち物検査をしてまわっている。警官は正木の足元の不振なバケツに目をやり「中身はなにか?」と尋ねる。ピンチである。そのとき遺体解体男は「首でさあ、なんならにおいをかいでみ」と正直に答えてしまう。しかし警官は冗談だと思ったのだろう、「他の客の迷惑になる、デッキに出ろ」といっただけで去っていった。
上野駅についた正木を刑事らしき人物がまっており、手荷物検査をしたいという。しかし正木はカバンしかもってなかった。すでに首のはいったバケツは日暮里でおりた解体男にわたしていたのだ。翌日東大でその男と合流、首の方位解剖がはじまった。死因は脳溢血ではなく殴打によおのだと判明したのだった。

by ssm2438 | 2013-07-25 12:31
2013年 07月 22日

ベガスの恋に勝つルール(2008) ☆☆☆

f0009381_2345163.jpg原題:WHAT HAPPENS IN VEGAS

監督:トム・ヴォーン
脚本:デイナ・フォックス
撮影:マシュー・レオネッティ
音楽:クリストフ・ベック

出演:
キャメロン・ディアス (ジョイ・マクナリー)
アシュトン・カッチャー (ジャック・フラー)

    ×     ×     ×

このキスシーンは歴史に残してもいいくらい感動したぞ!

キャメロン・ディアス主演のラブコメ。08年制作なのでこのときの彼女は36歳ってことか・・・。にしてはちょっとふけて見えるのは外国人だからか? 39歳くらいにみえてしまった(苦笑)。にしてもなかなか楽しめた。その昔『メリーに首ったけ』みたときは、もう二度とこいつのコメディはみないと思ったけど、いやいやどうして、最近は完全にラブコメの女王してます。『ホリデイ』は代好きです。
アシュトン・カッチャーは21世紀のトム・クルーズみたいな感じ。デミー・ムーアと恋人同士だったのは良く知られてることですが、どうも年上のおねーさんに人気のあるようです。

監督のトム・ヴォーンも脚本のデイナ・フォックスも、実はこれが初監督、初脚本作品。はじまってから20~30分くらいははちゃめちゃすぎて途中でやめそうになったけどなんとか持ち直しました。で、かなり強引な入りなので、あのくらいにはっちゃめちゃにしないといけなかったのかって気はする。あと、最後は最後がちょっとありきたりすぎてもう一ひねり欲しかったが、二人の仲がよくなりはじめることあたりから楽しめました。

<あらすじ>
彼氏の誕生日にサプライズパーティを企画し、みんなを彼の部屋に呼んでいたらその直前に振られてしまうと言う人生のドツボを経験したジョーイ(キャメロン・ディアス)は彼のために用意していたラスベガスのホテルに女友人と2人で泊まりにいくことになる。
一方父が経営する会社をクビになったジャック(アシュトン・カッチャー)もまた羽目をはずすために弁護士の友人とベガスに行った。しかしホテルに入につき予約した部屋にはいってみるとジョーイとその友達がいた。ダブルブッキングである。ホテルの受付に難癖付けてお詫びのスイートルームをせしめると4人は夜の街にくりだす。そこで妙に意気投合してしまったジョイとジャックはその夜ベガスで即席結婚してしまった。
朝起きて見て愕然とする2人。とりあえず別れることにした2人だったが、ジョーイが要らないといった25セント硬貨をジャックがスロットマシンにいれてまわすとなんとなんと300万ドル(約3億円)があたってしまった。結局そのお金を折半して別れようということになったのだが、あまりに無責任な2人の態度に業をにやした裁判官は6ヶ月間は夫婦として幸せになる努力をしてみろ、じゃなきゃその300万ドルは裁判費用として没収するという。
結局2人は一緒に住むことになる。しかし6ヶ月後に「自分は努力したけど、相手は不誠実だったから離婚の責任は相手にある、ゆえに300万ドルは私がいただく」の理論を想定して相手を陥れる陰謀ばかりを企てる。
部屋に色っぽいおねーちゃんを呼んでジャックに不貞をはたらかせようとするジョーイ。一方ジャックもジョーイの昔の恋人とよりをもどさせようとジョーイがいらないといった婚約指輪を彼に渡して復縁を誘導する・・・はずだった。
・・・・んが、そこからはお約束、どうもジャックはジョーイを好きになってきてるらしい自分に気づく。
一方ジョーイも会社の保養施設でパーティで旦那を社長に紹介するはめになる。一度は断ったジャックだがパーティに顔をだしたジャックは持ち前の社交性で社長や取引相手の夫婦と仲よくなってしまい、会社社長にも気に入られてしまい、今宵のパーティのベスト楽しい奴賞をもらってしまう。受賞のスピーチで結婚までのいきさつを指し当たりなく説明すると「実はまだダンスをしたことがない」といいそのフロアでファーストダンスをすることになる。ステージでは2人のために音楽がながれ回りからはグラスを鳴らす音(キスしろキスしろというアピール)が聴こえてくる。

・・・・そしてキスするふたり。

このキスが、ずっとおあずけされてた欲望を開放するかのようなキスで実に素敵なんだ。理性でお互いが好きなのを抑えあってるのだけど、なんかの弾みでそれが開放されて感情の赴くままに・・ってやっぱりいいやね。そしてこの映画の素敵なのがそのあと、保養所の同じ部屋で眠ることになるのだけど、キャメロン・ディアスも「なんで求めてくれれば全部あげるのに、なんでこないのよバカ」って感じがとてもいいんだ。
その後はお約束で、気持ちは通じあってるので、些細なトラブルで別れることになり、やっぱり「オレはお前が好きだった」とキャメロン・ディアスを追いかけてプロポーズするアシュトン・カッチャー。
めでたし、めでたし・・・。

最初ははちゃめちゃすぎてたけど、お互いがお互いを好きになりってるのを気にし始めてからはとってもいい気持ちでみられました・・・○

by ssm2438 | 2013-07-22 23:48
2013年 05月 10日

バーニング・クロス(2012) ☆☆☆

f0009381_1123020.jpg原題:ALEX CROSS

監督:ロブ・コーエン
原作:ジェームズ・パターソン
脚本:マーク・モス/ケリー・ウィリアムソン
撮影:リカルド・デラ・ロサ
音楽:ジョン・デブニー

出演:タイラー・ペリー (アレックス・クロス)

    ×     ×     ×

面白かった。
なんでも88年からジョン・バダムと一緒にバダム/コーエン・グループを設立したそうなロブ・コーエン。やっぱりロブ・コーエンっていろいろジョン・バダムと趣味が合うなあって気がする。とにかく見せ方とかお話のもっていきかたとか良く似てるきがする。お互いがまねこっこしたというんじゃなくて、自分の路線を進んでたらたまたまおんなじテイストをもっていた人に出会った・・みたいなことなのかもしれない。

本作はジェームズ・パターソン原作の推理小説『アレックス・クロス』を題材にした3度目の映画らしい。前の2作は洞察力抜群の黒人警官アレックス・クロスをモーガン・フリーマンが演じてる。1997年製作の『コレクター』がアレックス・クロスの話だったとか。はは・・・今知りました。あの映画を見たときはそれほど面白いとも、モーガン・フリーマン演じる刑事が凄腕だともおもわなかったのですが、今回のロブ・コーエンがつくりあげたアレックス・クロスは実に重厚でカッコよかった。映画的にすっごく判りやすく、かつ面白く出来てる。断然前の2作よりよいはずです。というか、すくなくとも、『コレクター』とはまったく別物な感じです。そういう私も2作目の『スパイダー』はみてないのですが、監督が『007/ダイ・アナザー・デイ』リー・タマホリなのでほとんど期待できないような気がします。食わず嫌いなのですが、こういう嗅覚だけはあるようで・・・。
どっちが本物に近いのか・・・?? とにかくモーガン・フリーマンだとどしてもおじいちゃんに思えてしまってあまり行動するという感じはないのだけど、今回の主人公はそれよりも若く、最低限度のアクションはこなしてくれます。というか、最後は殴り合いしてまうし・・・(苦笑)。

ま、映画や物語の内容よりも、ロブ・コーエンのもつ<プロフェッショナルな部分を判りやすく見せる!>という特性は、ジョン・バダムと同じ感覚である。映画的に見て、楽しい映画作りをする人だなと感心する。

<あらすじ>
デトロイト市警のアレックス(タイラー・ペリー)は犯罪心理学の専門家、その洞察力を武器に難攻不落の事件を解決していた。しかし、3番目の子供が出来たのをきっかけにワシントンのFBIに移ることを決意していた。(※のちの『コレクター』やらなんやからの事件は彼がワシントンに移ってからの話である。)
ある夜、彼の携帯がなる。猟奇殺人がおきたのだ。同僚の刑事トミー(エドワード・バーンズ)と共に捜査にあたった。犯人の残した絵から次のターゲットを探し出したアレックスは、犯人の第二のターゲットを死守した。そして最終ターゲットがフランスの資産家メルシエ(ジャン・レノ)であることが浮かび上がってくる。
一方、・・・プライドを傷つけられた犯人は、アレックスうの同僚とアレックスの妻を殺した。復讐に燃えるアレックスは、警察権力の立場をこえて、犯人に復讐することを誓い、同僚のトミーとともに犯人をおいつめていく。
しかし、そのうらにももうひとつの犯罪がかくされていた・・・。

by ssm2438 | 2013-05-10 01:12
2013年 05月 03日

透光の樹(2004) ☆☆☆

f0009381_2019999.jpg監督:根岸吉太郎
原作:高樹のぶ子『透光の樹』(文藝春秋刊)
脚本:田中陽造
撮影:川上皓市
音楽:日野皓正

出演:
秋吉久美子 (山崎千桐)
永島敏行 (今井郷)

    ×     ×     ×

よかった。。。

最近はずっと長年あまり見てこなかった邦画をすこしずつ掘り返そうかとおもい、ちょっと邦画をみるようにしてます。で、なにみようかと思って借りたのが、根岸吉太郎のこの映画。

根岸吉太郎の映画だと『遠雷』でぼろ泣きしたのがもう25年以上もまえか。根岸吉太郎の画面というのは、画面作りにカッコよさはなく、絵的にはそれほど燃えないのです。これは日活あがりのひとって皆さんそういう傾向があるようなきがします。滝田洋二郎なんかも画面はまったくもえない。お金をかけてセットをくめないなかでハンディカメラ的な撮り方しかしてないからかもしれない。木村大作のどっかああああああって望遠でカッコよく見せるような画面にはならない。そこはやっぱり残念なところ。でも、根岸吉太郎の映画な物語の染み込ませ方がいいんだよな。
展開のさせかたが自然。見せ方が自然。奇をてらった見せ方はほとんどしないで自然に物語を展開していく。でも見てるうちについつい見てしまうような感じ。ただ・・・、感性が鈍い人には刺激がなさ過ぎるかもしれない部分はある。

今回も主人公は『遠雷』のときと同じ永島敏行。ほんとは萩原健一だっそうですが代わって正解でしょう。でもあのほそかった永島敏行がかなりデブになっております。
ヒロインの女性の方は秋吉久美子。この映画が撮られたのが2004年(実際の撮影はほとんど10年前なのかな)ということで、当時お二人は46と48くらいかな。 秋吉久美子さん、相変わらずおきれいですが、やっぱり永島とならぶと彼女の方が年とって見える。
そういうことかと後で分かった。
実は、原作では秋吉久美子演じる千桐が42~43で、相手の男が45~46という設定のようだ。なので脚本の段階は千桐が年下だったのだけど、年上の秋吉久美子さんがきまっても、台詞をそのままやってしまったのでそうなっちゃったんですね。

ま、それはさておき、映画は面白くみさせていただきました。
やってることは渡辺淳一ワールドで40代の男女の恋愛劇なのです。
普通なのです。普通なのですが、突然めの前に匂いたつような女性が現れ、なんだかエッチしてしまえる状況になってしまった。それは女性にしても同じだったのでしょう。そこからほんのちょっとずつ、自分の背中を無理して推して、少しづつ逢瀬を重ねて行く・・・。その普通な感じが実にしっぽりとしてよかった。

その魅力はやっぱり秋吉久美子の天性の魔性にあるようなきがする。彼女の場合はある種の女のだらしなさ的なものをもってるですよ。もちろん人間なのでプライドとか理性とかがあってそれが前面にでることはほとんどないのですが、演技でも素でも、おそらく彼女はそうなのでしょう、まじめで清楚な感じの役どころでも、どこかオンなの娼婦性をかもしだしてしまう。その相反する二つの要素が同居してる独特の危なさ、不安定さ、浮遊感がとってもすばらしいのだと思いますね。

<あらすじ>
テレビの作品制作会社を経営する今井郷(永島敏行)は、今作っているドキュメンタリー番組の仕事で金沢を訪れたのをついでに、25年前に取材した刀鍛冶、山崎火峯のもとをたずねてみて。そして当時高校生だった娘の千桐(秋吉久美子)に出会えた。男にはずっと心にのこっている面影が突然気になりだすこともあるものだ。
千桐はすでに40を越えていた。離婚し娘をつれて父の元にもどってきたが、その父も寝たきり状態。働こうと思えば父を施設に入れなければならないし、そうしたら金がいる。自分で面倒みてると結局働きにいけない・・・、そんなこんなで借金もかさんでいた。そんな千桐に対し、郷は金銭の支援を申し出る。

この微妙なニュアンスがよいのである。
男にはとりあえず出そうと思えば出せるお金はあるので援助したい。もし出来るなら、25年思っていた夢を見させて欲しい。
女は・・・、お金を出してもらえる。そして体を求められた。女は思っていた。彼の女になりたいと25年思っていた。いいことずくしではないか・・・。でもいいのかこの申し出をうけて??? 世間の目は??
そんな思いが交錯したのだろう。しかし、男も女も一歩づつ「やってしまう」ということで一歩を踏み出すことにする。

その後の関係も微妙なのである。
「お金ではじめた関係」というブレーキにしがみつきたい想いと、所詮それは、一見不幸に見えるお互いにとっての都合の良い言い訳で、実は、「追い詰められたり、追い詰めたりする関係になりたい」という願望が女のなかにくすぶって時々爆発しそうになる。

そんなこんなと何回かの逢瀬を繰り返す二人。
しかし、そんな今井を癌が蝕んでいた。大腸癌であった・・・・。
いか、ああだこうだあって、今井は死に、千桐は年を取り、自分の娘すら分からなくなるくらいにボケて、昔の男だけは覚えている・・・というところで映画は終わるのでした。

男が監督してるからバランスとれてるけど、とどのつまりは、女の願望ストーリーだったのだろうな。

by ssm2438 | 2013-05-03 20:23
2013年 03月 10日

アルゴ(2012) ☆☆☆

f0009381_20545068.jpg原題:ARGO

監督:ベン・アフレック
脚本:クリス・テリオ
撮影:ロドリゴ・プリエト
音楽:アレクサンドル・デスプラ

出演:
ベン・アフレック
(トニー・メンデス)

  X   X   X

最近のベン・アフレックはほんとによい仕事をする。

第85回(2012年度)のアカデミー作品賞がこの作品。映画をみるまでアルゴの意味すら知らなかった。『アルゴ』って映画のタイトルだったのですね。

ことの起こりはイランのパーレビ国王が国内の騒乱をおさめきれず国外に脱出、あっちこっちを点在した後、癌の治療と称してアメリカに入国したのがきっかけ。事実上の国外逃亡→アメリカへ亡命であった。

まず、パーレビ国王とアメリカ大使館人質事件の歴史的背景の説明。

パーレビ国王は、第二次世界大戦のあとイランの近代化に勤めたひと。親欧米路線だったパーレビ国王は、石油の輸出により獲得した外国資本とアメリカ合衆国による経済援助を元手に土地の改革、国営企業の民営化、労使間の利益分配、婦人参政権の確立、教育の振興、農村の開発などの改革を実行してイランの近代化を進めた。しかし改革の一環として、女性解放をかかげてヒジャブの着用を禁止するなどイランの世俗化を進めたが、これらの政策はホメイニーらイスラム法学者の反発を招いた。
反対勢力に対しては、秘密警察サヴァク(SAVAK)を用いて左右の反体制運動を取り締まる。イスラム原理主義者のホメイニシーも国外追放され、イラン人亡命者コミュニティのあったフランスのパリへ亡命したが、その後もイラン国内の反体制派に影響を与え続けた。
1970年代中盤に起きたオイルショックで、世界経済における原油価格の安定化し、パーレビ国王の石油戦略にもかげりが見せ始める。それに伴い国民の間での経済格差が急速に拡大し、政治への不満も高まりを見せ、国王の求心力も急激に低下し、やがて暴動多発し、自体の収集ができなくなった国王は国外脱出するしかなくなった。
その国王をホメイニーらが敵視するアメリカが、同じく敵視する元国王を受け入れたことにイスラム法学校の学生らが反発し、テヘランにあるアメリカ大使館を占拠し、大使館員らを人質に、元国王のイラン政府への身柄引き渡しを要求した。この学生らによる行動は、シーア派の原理主義者が実権を握ったイラン政府が裏でコントロールしていた。

この時大使館から脱出できた6人はなんとかカナダ大使館員の自宅へ逃げ込むことに成功。しかし見つかればスパイとして公開処刑は免れない危機的状況であり、アメリカ政府はなんとかしてこの6人をイランのカナダ大使館から国外退去させる方法を考えた。
それが『アルゴ』作戦。

国内外で『アルゴ』というスペース・ファンタジーの映画の政策発表をし、彼らを映画のクルーということにし、イランから脱出させたというお話。それをかなり映画風のアレンジを効かしてエンタテイメントに仕上げてある。
はらはらどきどき感はすばらしく、追い詰められる圧迫感は実に見ごたえがある。
実はこの映画、面白いとは聞いていたのだがずっと見るつもりはなかった。アカデミー賞とったことで、なんでも監督がベン・アフレックであることを知り急にみたくなった作品。

ベン・アフレックってねえ、実は監督としては実にいいんだ。
『ゴーン・ベイビー・ゴーン』というタイトルではじめて監督したのだが、これが実にしみじみとしてよかった。音楽の使い方もよかった。というか、映画の見せ方を実によくしっているひとだなあっという印象があった。これでもか、これでもかの安易なエンタテイメントではなく、しっとり見せるところのつぼを知ってる人なのである。

ただ、この映画の冒頭の見せ方はどうなのかな??って正直思ったけど、それ以外はだいたいきちんとみせてもらった。あ、でも最後の別居中のカミさんのシーンはなくてもよかったのに・・・。ああなる根拠があんまりよくわからなかったかな。この作戦は隠密作戦だったので、あのカミさんもそれまで旦那がどこにいってたのか、何をしてたのかも知らなかったと思うのだけど・・・。突然現れてああなるのは・・・・なんでなんでしょう???って疑問符が残り、そういうとりあえずラップアップするというような姑息さもちょこちょこ見えていたりする。
出来るならアラン・J・パクラで見たかった・・(苦笑)。


ちなみに、大使館員の軟禁状態は、元国王が亡命先のエジプトのカイロで死去するまでつづき、元国王が死去したことで、学生らによる大使館の占拠の理由が薄れ始め、アメリカ政府とイラン政府は水面下で交渉を続けられた結果、人質は444日ぶりに解放された。

by ssm2438 | 2013-03-10 19:32
2013年 02月 04日

イエスマン “YES”は人生のパスワード(2008) ☆☆☆

原題:YES MANf0009381_21495576.jpg

監督:ペイトン・リード
脚本:ニコラス・ストーラー/ジャレッド・ポール
    アンドリュー・モーゲル
撮影:ロバート・イェーマン
音楽:ライル・ワークマン
    マーク・オリヴァー・エヴァレット

出演:ジム・キャリー (カール・アレン)

     ×   ×   ×

臆病者の応援歌でした。

ジム・キャリー・・・老けたなあ・・・・。実はジム・キャリー、1962年の1月生まれ。私と同い年なのです。
老けたなああああって思うのは、実は私もふけてみえるのでしょうか・・・。

ま、それはさておいて、この映画面白かった!
よかった。

臆病者への応援歌かなあ。。。
私はいつも「石橋をたたいたら渡れない」っていいきかすようにしてる。
いちど心配しだしたらもう一歩も前にすすめない。
心配性でない人はそれでいいのかもしれないけど、心配性で勇気の乏しい人が行動力を発揮するには「石橋をたたいたら渡れない」って自分にゴーを出すしかない。というか、結局人生なんてどちらにころぶかわからないのだから、「その橋はおちない!」って勝手に思って進むしかないときってあるのだと思う。もちろんそのしっぺ返しも来るだろうけど、100%安全になるまで待ってたら何も出来ない。それがわかっていても踏み出せない第一歩。もしそれが踏み出せたら・・・、臆病ものなら誰だってソウ思ってるはずだ。
この映画はその一歩踏み出す勢いを与えてくれる映画。

もう「ノー」言うわない。
なんでもいらっしゃい!、カモーン、カモーンの世界である。

いわゆるこれは自分放棄なので楽だとも言える。自分とは結局「選択」であり、選択しなくて常にいわれたことには「YES」というってきめてしっまったのだからそこに自分はない。でも、心配していつも拒んでた自分とは別れられる。そんなさりげない臆病者の夢をかなえてくれる映画。

すばらしいです!
久しぶりに気持ちよくみさせていただきました。

監督は『チアーズ』ベイトン・リード。まあ、お手軽に作る人ではあるが、基本的にはポジティブにいってくれるので嫌いではない。メジャーに離れないかもしれないが、とりあえず抑えておきたい監督さんではある。

<あらすじ>
前に離婚して以来、カール・アレン(ジム・キャリー)の毎日は“NO”の連続だった。銀行の貸し付け担当が仕事だが、ローンの申請を却下し続け、プライベートでも友人の誘いに背を向けるネガティブな日々を送り、結果、昇進の機会を逃し、友情も壊れかけていた。そんな時、旧友ニックに強引に誘われた自己啓発セミナーで、カリスマ主宰者テレンス(テレンス・スタンプ)の迫力に押され、今後は何があっても“YES”と答えると誓いを立ててしまう。
そこからあとはどたばた喜劇。しかし、利害関係を考えて行動に抑制をかけていた人生から解放されたカールは、なんだか総てが上手く言ってしまう。
そして知り合った怪しい歌手のアリソン(ゾーイ・デ・シャネル)。変なおっかけがいる変な歌手なのだが、「YES」って言ってしまったばかりにそのコンサートに行く羽目になり、なんだかいい関係になってしまう。
まるで心配をもろともせずに「YES」って言ってしまうその正確になんだか虜になってしまったアリソンはふたりで行き当たりばったりの旅行をすることになる。しかしそのたびの中でいろいろありまして・・・、結局彼の大胆な行動パターンは、なんでもかんでも「YES」という信奉から来ることで、本人が選択しているわけえはないことをしってしまう。その事実をしるとなんだがむなしくなり破局。
しかし、カールは、自分の意志で「NO」といえる自分を取り戻し、自分の意志で能動的に求めることにいどむしかなくなるのであった・・・。

ああ、めでたしめでたし。

by ssm2438 | 2013-02-04 21:51
2013年 01月 12日

フェア・ゲーム(1995) ☆☆☆

f0009381_22535373.jpg原題:FAIR GAME

監督:アンドリュー・サイプス
脚本:チャーリー・フレッチャー
撮影:リチャード・ボーウェン
音楽:マーク・マンシーナ

出演:
ウィリアム・ボールドウィン (マット)
シンディ・クロフォード (ケイト)

     ×   ×   ×

お約束過ぎて素敵!

お約束連打で、それもドンパチをつなげるためにあるだけのようなストーリーなのだけど、ここまで徹底されるとすがすがしささえ感じてしまう。
女優さんは言わずとしてたスーパーモデルのシンディ・クロフォード。80年代~90年代にかけてスーパーモデルの黄金時代があり、その中核に居たのがこの人。他の面子だと、ナオミ・キャンベルクリスティー・ターリントンリンダ・エヴァンジェリスタクラウディア・シファーなど。そのシンディ・クロフォードが91年にリチャード・ギアと結婚、この映画が後悔された95年に離婚している。
そんなシンディ・クロフォードの貴重なオッパイがみえる(見えづらいけど一応サービスしてるみたい)な映画というのもこの映画の希少価値を高めている要因のひとつだ。
特にいいのがライティング。シンディ・クロフォードなので、脱いではいてもそれほどはっきり見せない見せ方を作り手がやってるわけですが、これが良い感じのじてったさで実によいのである。見る側にしてみればもっとはっきりみせろ!と無粋なことをいいたくなるのもわかるのだが、作り手としてみた場合、実に絶妙の見えなさ加減をコントロールしてる。貨物列車のなかでのウィリアム・ボールドウィンとの“H”のシーンのライティングなどはすばらしいです。

主役はアレック・ボールドウィンの弟、ウィリアム・ボールドウィン『バックドラフト』とか『硝子の塔』とか、そこそこメジャー作品にも出てるし、とりあえず成功したほうだと思うが、この『フェアゲーム』あたりで人気作品あkらお呼びがかからなくなったかな・・・。もうひとり末っ子でしたっけ、スティーブン・ボールドウィンってのがいたけど、こっちは全然だめでしたね。

ストーリー展開もあんちょくでいい。
シンディ・クロフォードを狙う犯罪者集団は、彼女がクレジットカードを使うたびに、その情報を引き出しどこに居るのかをさがしだしてしまう。というわけで、途中からクレジットカードがない逃亡にになるわけだ。一文無しの男女2人の逃亡ゲキというのは映画のなかではよくあるシチュエーションで、実にお約束なのだけど、そのお約束がこの映画のうりである。ただ、監督のアンドリュー・サイプスはお約束のシーンをしっかり勉強してるようで、実にきちんととってある。新鮮さはないが、質の高いお約束シーンを撮っているといっていいだろう。ただ、強引にそのシーンを撮るために作られたシナリオっぽいのがやや興ざめを誘導するのだけどね・・・。

<あらすじ>
ジョギング中の弁護士ケイト(シンディ・クロフォード)が何者かに銃撃される事件がおきた。事情聴取に当たったのは、マックス刑事(ウィリアム・ボールドウィン)。なにかとそりか合わない二人は皮肉を言って別れたが、供述調書に彼女のサインを貰い忘れたマックスは上司の命令でサインを貰いに行く羽目に。その夜、彼女の豪邸が爆破されるのを目の当たりにした。
ベランダにいた彼女は爆風で飛ばされたが、したのプールにおちて命は助かった。そんな彼女にマシンガンを浴びせる謎の男。この事件を皮切りにケイトとマックスの逃亡劇がはじまる。

by ssm2438 | 2013-01-12 22:54
2012年 12月 16日

砂漠でサーモン・フィッシング(2011) ☆☆☆

f0009381_1863866.jpg原題:SALMON FISHING IN THE YEMEN

監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:サイモン・ボーフォイ
撮影:テリー・ステイシー
音楽:ダリオ・マリアネッリ

出演:
ユアン・マクレガー (アルフレッド・ジョーンズ博士)
エミリー・ブラント (ハリエット・チェトウォド=タルボット)
クリスティン・スコット・トーマス (パトリシア・マクスウェル)
アムール・ワケド (シャイフ・ムハンマド)

     ×   ×   ×

脚本がすばらしい!

『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー脚本賞とったサイモン・ボーフォイの脚本。近年まれに見る気持ちの良いシナリオで話術の巧みさには感動させられましした。
狙ってカッコイイ言葉を連打してそれで良い脚本だと勘違いしてる大ばか者がおおいなかで、サイモン・ボーフォイの言葉は自然な感じなのだけど気持ちをその気にさせていく語り口が上手い! 脚本家の真骨頂をみせていただきました。
「イエメンの川で鮭を釣りたい」という中東の富豪の戯言をきかされた主人公の水産学者が、やってるうちにそれが戯言ではなく本気の話で、そして彼自身も、それがやれるんだと信じるようになっていく。そのプレセスの言葉が素晴らしい。

監督は『マイライフ・アズ・ドッグ』ラッセ・ハルストレム。いい脚本にめぐりあって久々のヒットです。ただ、欲を言うなら、もうちょっとアピールするところは見せてくれてもよかったのに・・とは思うかな。鮭がその川を大挙して上っていく高揚感あふれるシーンはもうちょっと見せて欲しかったなあ。このシーンで感動をもってきそこねたのはやや残念。
観てる人にきちんと「放流した鮭は川上に向かっていくべきものだ」という概念をもうちょっときちんと埋め込んでほしかったかな。さらに、上流にもうすこし村とか人々の社会空間を設定して、川をのぼる鮭をみて驚く・感動するなどのリアクションをもっと積んで欲しかったかな。それをみて感動するひとがそのプロジェクトに携わった人だけだと今ひとつもりあがらない。主人公のまわりだけじゃなくって、イエメンの社会も巻き込んで感動してほしかったかな。悦びをみんなでシェアする技はハリウッドでつくったほうが上手いかもって思った。。。

もひとつ、個人的にはユアン・マクレガー側の夫婦問題は物語から省いたほうがシンプルでよかったような気がしたが、どうだろう。どうもあそこだけ物語に意味なく暗い影をおとしたような・・・。普通に独身の生物学者って設定で気持ちよく物語をまとめて上映時間をもうすこし削りつつ、鮭の描写をもうちょっと時間つかったほうがよかったと思うが・・・。

<あらすじ>
英国の水産学者ジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)のもとに、砂漠の国イエメンの富豪シェイフ(アムール・ワケド)の運営する企業の投資コンサルタント・チェトウォド=タルボット(エミリー・ブラント)から、突拍子もない仕事の以来のメールをうけとる。イエメンで鮭釣りができるようにしてほしいというのだ。あまりに荒唐無稽な話に、鮭の産卵・生息環境としては温度が低く、酸素をふんだんに含んだ川が必要であることをあげ、イエメンにはそんな川はありえないと突っぱねる。
一方、英国政府は中東との関係が怪しくなっており、なにか友好的なイベントはないかと探していると、この話にでくわしこのプロジェクトを強行に推し進めていくことになる。クビかこのプロジェクトを引き受けるか迫られたジョーンズはしぶしぶこの仕事を了承、シェイフにたいして法外な予算と鮭の輸送手段、そして巨大なダムをつくった中国の技師たちとの謁見を要求する。しかしいとも簡単にそれを実行してしまうシェイフ。どんなやつだとあってみれば、これが人徳豊かな誠実な人。最初はナンセンスだとおもっていたこのプロジェクトも、彼の言葉を聴いていると「もしかしたら出来るかもしれない」と思えるようになってくるジョーンズ。
シャイフは鮭を放流する川の上流に巨大なダムを建設、雨季に蓄えられた水で川にはつねに綺麗な水を供給できるようにしていた。
しかし、総ての環境はととのえられたとして、イエメンに空輸する鮭1万匹はどうする? 英国の環境団体は、そんな途方もない話に英国の鮭1万匹など提供できないという。あえなく、養殖の鮭でそれをまかなうことにする。しかし、養殖の鮭がを放流しててもその鮭が川の流れに逆らって川を上り、ほんとに産卵するのだろうか? そして1年後にまたもその川にもどってくるのだろうか? 一抹の不安を抱えながらもジョーンズは養殖の鮭をイエメンの川に放流する・・・。

最後はもうちょっと上手くまとめられたのでは?とも思うが、でも気持ちよく、爽やかに泣かせていただきました。

by ssm2438 | 2012-12-16 18:06 | ラッセ・ハルストレム(1946)