主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

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狼男アメリカン(1981) ☆

f0009381_9592299.jpg監督:ジョン・ランディス
脚本:ジョン・ランディス
撮影:ロバート・ペインター
音楽:エルマー・バーンスタイン

出演:
デヴィッド・ノートン (デビッド)
ジェニー・アガター (看護婦さん・アレックス)

     ×   ×   ×

ジェニー・アガダーたけはいいのだけど・・。

まあ、ジョン・ランディスが好きか嫌いかだろうな。私は嫌い。なんでこういう風にしかつくれないんでしょうねえ??

ジョン・ランディといえば、マイケル・整形手術大好き・ジャクソンの『スリラー』の映像監督さん。結局この人のやりたいのはああいうことで、オカルト着ぐるみコスチュームごっこが好きな人なのです。きっとホモですね(苦笑)。
でも、部分部分の見せ方は実にしっかりしてる。
ただこの人に足りないのは、演出家として自分を暴くこと。ほんとの恐怖とか悔しさとか悲しさとか、そういうものを描くことにテレを感じる人で、そういうドラマ作りのホントに重要な部分が描けない。メンタル的に突き抜けることが出来ない。そういう部分になるとホラーに逃げるか、記号的表現に逃げるかパロディに逃げるしか出来ないひと。演出としてはチキンな部類の監督さん。監督がそうなので、見る側も、真剣に映画を観る人には向かないでしょう。自分と向き合うことのない凡人ユーザー向け監督です。
でも、演出家としてシリアスな部分を要求されないなら、演出技法だけできちんと撮れる人。
ひとつ上手い演出をあげておくと、お恐怖シーンの見せ方。
くるぞくるぞとそのシーンをみせないままひぱって、最後にそれを見せるのは1秒もないくらいの短いカット。で次のカットにすぐ切り替えてゴオオオオオオオオオオオと地下鉄の音を脅しとして聞かせたり、電話のベルの音を脅しとしてジリリリリリリリリリリリんと聞かせたり、お恐怖ものの王道の演出表現はしっかりしてるのです。

f0009381_9585434.jpgジェニー・アガターは私の憧れた女優さんのひとり。かといってあんまり大した映画にでてるわけではないのだけど『2300年未来への旅』の彼女(←)はとても素晴らしい。あの映画だけで彼女のファンになってしまいました。ニコラス・ローグ『ウォーク・アバウト』の女子高生(中学生かも)の姿もすてきです。この映画も、彼女がでてるというだけで観たかった映画なのだけど、監督が私の大嫌いなジョン・ランディスなのでかなり長い間放置プレーにしてました。
仕方がないのでみてしまいましたが・・・。

<あらすじ>
アメリカ人の若者デイビッド(デイヴィッド・ノートン)と親友のジャック(グリフィン・ダン)はイングランドの北の湿地帯にまぎれ込んでしまい、何者かに襲われる。満月の夜の出来事だった。
気がつくと、デイビッドはロンドンの病院のベッドに横たわっていた。ジャックは死に、目撃者の証言では、2人を襲ったのは凶暴な精神異常者だということだった。自分を襲ったのは人間などではなく動物だったと訴えるデイビッドを、医者のハーシュ(ジョン・ウッドヴァイン)も看護婦のアレックス(ジェニー・アガター)も信じなかった。アレックスと恋仲になってしまったデイビッドは退院すると彼女のアパートに住み込むことになる。
しかしある夜、血まみれのジャックが現れ、
「自分たちを襲ったのは狼人間で、満月の夜には、デイビッドも狼人間に変身して人間を殺すだろう。だから人間を殺す前に自殺しなくてはいけない」とアドバイスを残して去る。
満月の夜、アレックスは当直で居ない。ジャックは予言どおり狼男に変身する。その朝アレックスは動物園の狼のおりのなかで目をさます。新聞にはロンドンで6人惨殺したいが発見されたという記事が踊っていた。
きっと自分がやったんだとさとったデイビットは自首するが本気にしてもらえない。映画館のなかで再びモンスターに変身してしまったデイビッドは街中をパニックにおとしいれるが、袋小路においつめられ、駆けつけたアレックスの呼びかけも空しく警官隊に撃たれて死ぬ。
・・・おしまい。

物語にさして重要性はなく、血まみれ着ぐるみシーンを描きたいだけで、でもホラーにするんじゃなくって、どんなにシリアスが画面でもポップな音楽をかけて真剣に怖がらないように演出してある。
個人的にはこういう演出スタイルは大嫌いなので、好きな人だけどうぞ・・という感じの映画だ。
by ssm2438 | 2012-10-27 10:23

居酒屋兆治(1983) ☆☆☆

f0009381_23581144.jpg監督:降旗康男
脚本:大野靖子
撮影:木村大作
音楽:井上堯之

出演:
高倉健 (兆治こと藤野伝吉)
加藤登紀子 (藤野茂子)
大原麗子 (神谷さよ)
田中邦衛 (岩下義治)
伊丹十三 (河原)

     ×   ×   ×

夢見る時代が終わっても、現実は残酷にも続もの・・・・。

健さんが出てくるからといって、この映画は任侠ものであはありません。サラリーマンを辞めた焼き鳥屋のオヤジの経営する居酒屋「兆治」を営む男と、その男に関係のある人たちと、その居酒屋にたむろしてくる人たちの人生模様を綴ったお話で、一点集中的なエンタメ系の映画ではありません。そのシーンシーンを情緒豊かに描いた映画ということになるのでしょう。

本作のヒロインはあの美しかりし大原麗子です。しかし、彼女の存在は物語の一部であって、全体を支えるものではないのが実態みたいですが、ま、映画として成立されるためには彼女の存在をメインにもってきて、物語り全体を構成しているようです。そんなわけで・・・・、個人的には大原麗子と高倉健の話で見たかった気がします。
この物語のツボは、大原麗子の「想い」、これが素晴らしい。求めるものが与えられないから、あとは壊れるしかないという薄幸は生き様。この切なさだけで物語りはかなり成り立ってます。ただ、なんでこんなになちゃったのか・・・、これって、ほっといていいの??? それが道義というものかもしれませんが、この話だと高倉健が一番根性ナシにみえてしまってます。お前がきちんと自分の感情を向かい合わなかったらこんなになってるんだろう!!!ってけっこう怒り心頭。それでも想い続けるしかない大原麗子が切なくて・・・・、ま、この切なさ描写を出すために総ての段取りというのならそれも理解出来るのですが、どうも物語的にはそこは一部にされてるのがなんか気に入らないといういか・・・、生き様的にはあんまり肯定できる主人公の生き方ではなかったですね。

なので、私の中ではこの映画はひたすら大原麗子の映画として解釈しました。
決して取り戻せないものにひたすら憧れて、いつまでもそれだけを求めて、手に入らないなら別の男で昇華して、キャバレーのホステスをし、酒に溺れて自分をいじめて、最後はダレもいない小さな一室でその男の写真を胸に血を吐いて死んじゃう・・・。
さらに、そんな女性がいたら、そら普通はほっとけないですよ。で、そんな彼女の美貌と哀れさにほれた男がまた手に入らないものを求めることになる・・・。

この路線だけでいけば超メロドラマになってたのに・・・、なんか、エピソードがもったいなさ過ぎたというか・・・。あんまり納得いくような映画ではありませんでしたね。

しかし、それでも大原麗子だけは圧倒的に美しいです。
昭和史上、もっと美しい女優さんは大原麗子さんだと私は思っています。


<あらすじ>
北海道は函館で居酒屋『兆治』をいとなむ「兆治」こと、藤野伝吉(高倉健)。彼はその昔とある造船所で働いていたが、オイルショックで経営が傾きかけた会社を立て直すためにリストラを行う立場に抜擢されるが、同僚を裏切れない彼はドックをやめ、もつ鍋屋の松川(東野英治郎)に弟子入り、居酒屋を持つことになった。
子供を送り出した後は、妻の茂子(加藤登紀子)とともに店に出て鍋に火をいれ、自転車にのって市場に買出しに出るのが毎日変わらぬ朝の風景だった。居酒屋『兆治』の常連客には、かつてともに甲子園を目指した親友岩下(田中邦衛)をはじめ、元の会社の同僚有田やその部下の越智、近所の一年先輩で酒癖の悪いタクシー会社経営者河原(伊丹十三)たちおり、毎晩のように足を運んで賑わっていた。
そんな兆治に想いをよせる女がいた。肩を壊して野球をあきらめた頃、地元青年会で知り合った年下の恋人さよ(大原麗子)である。しかし旧家の牧場主神谷久太郎(左とん平)との縁談が彼女に持ち上がったとき、自分の未来に自信をもてなかったか兆治はさよの幸せを願って黙って身を引いたのであった。

・・・・・これ、今想うと、おそらく藤野ほうほうは彼女をそれほどまでに好きだったわけではないんでしょうね。すくなくとも、この映画の中では、そういった感性はまったく見当たらなかった。
・・・・そうか、だからつまらないんだ。ここで描かれているのは、一方的に、盲目的に想うさよの想いだけであり、兆治のほうが常に冷静がゆえに、おもしろくもなんともないのである。これが、今の妻を裏切っても彼女を求めたい!!って想いがあれば物語はさらにドラマチックになっていたのだろうが、そうはなってない。ある意味冷静な物語の設定だとおもいえるが、物語にそんな冷静さは見たくない気もする・・・。

求めるものがなくなってしまったさよは、神谷と結婚したものの精神をいため、なんどか蒸発することがあった。そして牧場が火事になった翌日、また失踪した。
一番の盛り上がりは、さよは札幌のすすき野でキャバレーではたらきつつ、ときどき兆治のもとに電話をかけてくるというくだり。そしてついに、ある日、開店前の『兆治』に現れてしまう。結局義理人情でと理性でなにもしない兆治。そしていなくなるさよ・・・。
でも、何もしない罪悪感からなのか、串焼き二本持ったまま雨の中に飛び出しさよを探す兆治・・・。その気配を感じてるさよだが姿はあらわさないまま去ってしまう。

以下、夢が終わった人たちの物語はちまちま展開されるなか、すすきのでさよを観たという情報がはいり探しにいく兆治。しかし、彼女をみつけたときには、、嘗ての自分とさよが映った写真をにぎりしめて彼女は死んでいた・・という悲しいいエンディング。

そんあこんなの物語の後、兆治の妻の一言がつきささる。
「人の想いは止められないもの・・・」

そしてまた同じ日常が繰り返されるのであった・・・・。


最後に、木村大作が撮影監督をつとめているのだが、彼が映し出す函館の町は素晴らしい!!
降旗康男さんの映画は、木村大作が撮るというだけで燃えてしまう。。。さらにその被写体が大原麗子だとなおさらである。
こうなったら評判のわるい『ホタル』もみてしまいたくなる。
by ssm2438 | 2012-08-19 23:58 | 木村大作(1939)
f0009381_149494.jpg原題:SIDE EFFECTS

制作総指揮:キャサリン・ハイグル
監督:キャスリーン・スラタリー=モシュカウ
脚本:キャスリーン・スラタリー=モシュカウ
音楽:ラルフ・ブルーナー

出演:
キャサリン・ハイグル (カーリー・ハート)
ルシアン・マカフィー (恋人のザック)
ドリアン・デミッシェル (上司のジャクリーン)

     ×   ×   ×

脚本はいいけど、演出と撮影はぼろぼろ・・・、
・・・しかし、キャサリン・ハイグルは素晴らしい。役者としても素晴らしいけど、それ以上にプロデューサーとして大変素晴らしい仕事をしたと思う。大絶賛に値する。


撮影が並みのレベルなら☆3つはあげられたのに・・・。実にもったいない作品。
とにかく喰い合わせが実に悪い。
ドラマのカテゴリーは、どちらかというと『プラダを着た悪魔』で、あののりで作ってくれたらこの映画はかなり傑作になっていたかもしれない。しかし・・・・、演出にかなり不備が目立つので興ざめする。もうすこしシーンのつなぎをしっかりしてほしいなあ。このしーん、あと2~3カットつんでから終わって欲しいとか思うことろがけっこうある。ラブシーンでハンディカメラを使うのはやめてほしい。ハンディカメラってのは、手ブレがどうしても生じ、そのシーンにカメラがあることをわからせてしまう。カメラの存在を見ている人に感知させたらそれは映画の画面ではなくなる。低予算なので、レールを敷くことすら出来ないのかもしれないが、そこは演出でカバーしてほしいものだ。いちいち、歩いてムードをたかめている会話をハンディで、歩きの上下動のあるなかで撮られる興覚めもいいところえある。せめて撮影だけでもまともな人を使ってたらかなりすくわれた映画になっていたのに・・・。

物語の冒頭はロマンチック・コメディ系のノリではいっていくのだけど、だんだん社会問題を取り扱う物語になってくる。トータルすると、DVDの表紙からうける印象ではなく、かなりシリアスは医療機関の告発社会派サスペンス(?)もので、まさに『プラダを着た悪魔』をフェルナンド・メイレレス『ナイロビの蜂』テイストで料理しているのである。おそらく監督は、表面にはでてないけど、『ナイロビの蜂』をかなり意識したと思う。ただ、融合のさせ方があまりに素人的で悲しくなる。
しかし、この人のシナリオは素晴らしいと思う。
プロデューサーはキャサリン・ハイグルなのだが、彼女は実に素晴らしい仕事をしたと思った。おそらく、誰も目をつけない名もなき脚本家の脚本を読んで「この人にこの映画を作らせてあげたい!」って思ったのだろう。演出的な才能なないにしろ、それでも作らせてあげたかったのだろう。それはあたかも、ブルース・ウィリスが無名だったM・ナイト・シャマラン『シックスセンス』をつくらせてあげたいと思ったのおなじ衝動だったにちがいない。

この映画で彼女は私にディーバになりました。
今のハリウッドでもっとも見るに値する作品をつくるプロデューサーはキャサイン・ハイグルです!
もちろん彼女の下着姿が素晴らしいのはいうまでもないことですが・・・。

<あらすじ>
MRとは、メディカル・リプレゼンタティブ(劇中では「ファーマスーティカル・レプリゼンタティブ」と呼ばれている)の略で、製薬会社のロビーイストである。製薬会社が大金を投じて開発した薬を医者と病院に売り込むのが彼女の仕事。ワーキング・プアーだったカーリー(キャサリン・ハイグル)は、見てくれのよさだけで、この蝕につくことが出来た。さらに会社からは新車も貸し与えられた。しかし、やっていることといえば、ドクターへのゴマスリばかりで、売上成績もひとりだけ足を引っ張っている始末。そんなときにザック(ルシアン・マカフィー)と出会う。彼もMRの仕事についていたが、こんなおべんちゃらだけの世界では生きていけないと、1週間でやめることを決意したという。その話を聞いたカーリーもあと半年間だけこの仕事をつづけ、それできっぱりやめることを決意した。すると心が軽くなる。
いままでおべんちゃらだけを言っていたのを止め、、ほんとのことを話しはじめる。薬に関しては、良いことも悪いことも全部包み隠さず話す。会社の利益やなんやかや・・・。するといままでほとんど相手にしてくれなかったドクターたちがカーリーの話を聞き、彼女のうる薬を買うようになり、売上は急上昇、上司のジャクリーン(ドリアン・デミッシェル)にも認められていく。

そこからは、『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイのようにどんどん服装がキャリア・ウーマンしていく。しかし、ザックとの間には隙間風が吹くようになる。さらに、自分が売り込む薬には副作用があり、臨床実験では死者もでていことを知ってしまう・・・。
by ssm2438 | 2012-07-21 01:53

動乱(1980) ☆☆☆☆

f0009381_3152691.jpg監督:森谷司郎
脚本:山田信夫
撮影:仲沢半次郎
音楽:多賀英典

出演:
高倉健 (宮城啓介)
吉永小百合 (溝口薫)
米倉斉加年 (島憲兵曹長)
田村高廣 (神崎中佐)
志村喬 (宮城広介)
永島敏行 (溝口英雄)
にしきのあきら (野上光晴)
桜田淳子 (高見葉子)

     ×   ×   ×

吉永小百合が猛烈に可愛い。
この可憐さは驚異的です!!!


・・・といっても『キューポラのある街』の時のような、高校生的可愛さではないのです。大人の女の可愛さがに満ち溢れているのです。同じ森谷司郎『海峡』をみたときは、ちょっと添え物的な扱いでいまひとつだったのですが、この吉永小百合は存在感ありあり、絶対無敵の可憐さです。彼女のしぐさ、息づかい、涙、全部に感動いたしました。素晴らしいの一言です!

本作は二・二六事件を題材にした映画ですが、この映画を見るまでことの背景を理解してませでした。こういうわけで事件が起きたのですね。ニュアンス的には「大塩平八郎の乱」が近いようなきがします。
天保7年(1836年)の天保の大飢饉により、各地で百姓一揆が多発し、大坂でも米不足が起こっていた。このような情勢の下、利を求めて更に米の買い占めを図っていた豪商に対して平八郎らの怒りも募り、武装蜂起に備えて家財を売却し、家族を離縁した上で、大砲などの火器や焙烙玉(爆薬)を整え、江戸幕府に対して反乱を起こした・・というもの。
この二・二六事件も、それとにたシチュエーションで起こったといえるでしょう。急激な富国強兵政策の中、政治家と財界人の癒着が激しくなり、一部の人間だけの私腹を肥やすなか、庶民の暮らしは苦しかった。本編の中でも、冒頭のエピソードは、借金の為に遊郭に売られる吉永小百合・・というところから始まり、大陸に送られた高倉健の連隊の負傷兵からは日本陸軍の弾が摘出されるというもの。軍上層部も腐敗し、朝鮮人に陸軍の物資を横流ししているというようなエピソードでそれが語られてます。
高倉健が演じる本作の主人公・宮城啓介は、二・二六事件に関与した皇道派の人物の一人安藤 輝三(あんどう てるぞう)をモデルにしたのでしょう。ウィキペディアによると、どうやらこの人物はかなりの人格者だったらしく、まさに健さんキャラのようです。

気になる撮影監督ですが、今回は付き合いの長い黒澤組の斎藤孝雄木村大作ではなく、東映系の仲沢半次郎。もう少し引いて撮って欲しい部分はかずかずあれど、しかし、充分な質を提供してくれました。降旗康男『冬の華』も実はこの人なのですが、望遠系が好きな監督さんの気持ちは判っている人だと感じました。
そう、今回のこの映画は、東宝系ではなく東映の映画なのです。

脚本の山田信夫は、山本薩夫『不毛地帯』『華麗なる一族』『戦争と人間』など、重厚系のドラマを書ける人なので、この物語も充分存在感のある物語にしあがってます。『皇帝のいない八月』なんかもやっているようで、クーデーターものは意外と好きなのでしょうか??

<あらすじ>
昭和7年4月、仙台。宮城啓介(高倉健)が隊長をつとめる中隊の初年兵、溝口(永島敏行)が脱走した。溝口の家では生活が困窮し、遊郭に売られる姉の薫(吉永小百合)に一目会いたいという想いからだった。溝口は捜索隊の上司を殺してしまい、宮城が弁護に立つも、死刑が確定し銃殺される。無念の宮城は、せめて香るだけは助けたいと、父から千円(当時の価値だと200~300万はあったのだろう)を借り、薫に渡す。それが宮城と薫の出会いだった。
それから時がたち、宮城は大陸に赴任する。その殺伐のした軍隊生活の中、陸軍上層部が呼び寄せた慰安婦の中に薫がいた。あの千円で、遊郭に売られるのは避けられたが、その後死んだ父の借金のために結局こうなったという。無念の宮城は、薫を抱かずに立ち去るが、その後薫は悔しさのあまり自殺をはかる。
一方、連隊本部にもどった宮城は、地元業者が陸軍の物資を運び出そうとしている現場に遭遇、これを取り押さえるが、軍上層部の判断でその業者は放免される。そこでは朝鮮ゲリラへ軍需物資の横流しが平然と行なわれるほど腐敗し、戦場で敵が使っている銃弾は日本製だった。そのためで死んでいく兵士達の無念は計りがたいものだであり、本国にもどった宮城は軍上層部にモラルの浄化をもとめる嘆願書を書く。

昭和10年10月、東京。宮城は第一連隊に配属になり、薫と共に居をかまえた。しかし、二人の間にはまだ男と女の関係はなかった。官城の家には多くの青年将校が訪れ、昭和維新を熱っぽく語り合っていく。そんな彼等を憲兵隊の島謙太郎(米倉斉加年)が見張っている。
宮城は薫と伴に鳥取に向かった。恩師であり皇道派の長老格でもある神崎中佐(田村高廣)を訪れ、決意を語るためだった。神崎の家庭の幸せをまのあたりにみた薫は、その帰り、「私の体は汚れているから抱けないんですか」と痛々しく宮城につめよる。
数日後、軍務局長暗殺を神崎が単身で陸軍省におもむき果してしまった。この事件のために宮城は憲兵隊に連行され、取調べの最中に毒をもられる。返された宮城だが3日3晩静止の間をさまよい、薫が必死に看病した。決行の日が決まり、宮城は実家に帰り父(志村喬)に薫のことを頼むと、はじめて彼女を抱くのだった。
そして昭和11年2月26日、早朝。降り積もった雪の中を兵士達を乗せたトラックが軍寄宿舎を出て行く。

最後の味付けがまた素晴らしいんだ。
クーデターに失敗した宮城たちは裁判にかけられ、死刑が確定する。そして近親者による面会が許されることになるが・・・、薫には妻としての籍はなかった。入れてもらえない薫。
その後、役所に行き、宮城の父に同伴してもらい、婚姻届を提出し、妻としての籍を得る薫。
そして獄中で「私は、貴方の妻になりました」と報告する。


森谷司郎+山田信夫の組み合わせだと、どうしても社会性の強い実録的映画になるのかなっておもっていたのですが、メロドラマ性のほうがつよいですね。しかし、森谷司郎の見せ方は、どこかさらっとしてて、どろどろにならない清潔さ(悪く言えば「業の薄さ」)があります。私の中ではこれはコレコテのクーデターの映画でもなく、戦争の映画でもなく、ただひたすら吉永小百合の映画です。高倉健はいつもの高倉健なのですが、吉永小百合はぶっとんで素敵です。彼女の仕草が全部素敵。これは吉永小百合が作り出す、あの可憐な空気感を感じる映画なのです。それはもう『カリオストロの城』のクラリスなんかの比ではありません。はるかにこえて凌駕してます。
初めて高倉健に抱かれるときに目の涙が絶妙。すごいです、あのカットは。音楽とあいまって、強烈は感動カットになってしまった。
『天国の大罪』でぼろぼろだった吉永小百合ですが、あれはキャスティングミスでしょう。彼女の良さが輝くところにきちんと配置してあげれば、シリウスのように輝きます。
ベスト・オブ・吉永小百合はこの映画で決定でしょう!!!
by ssm2438 | 2012-07-08 03:17

彼女のアリバイ(1985) ☆

f0009381_8342933.jpg原題:HER ALIBI

監督:ブルース・ベレスフォード
製作:キース・バリッシュ
脚本:チャーリー・ピータース
撮影:フレディ・フランシス

出演:
トム・セレック (フィル・ブラックウッド)
ポーリーナ・ポリスコワ (ニーナ)

     ×   ×   ×

ぷ・・・ぷ・・・プレディクタブル

話の導入部はこんな感じ。
フィル・ブラックウッド(トム・セレック)は小説家だったが、結婚が破局を迎えて以来、もう4年もスランプが続いていた。新しいイメージも出て来ないフィルは、編集長にも促されて、ネタ探しに裁判所の傍聴席に足をはこんぶ。そこで見つけたルーマニア移民のニーナ(ポーリーナ・ポリスコワ)。英語もたどたどしい彼女は、なんでもある男をハサミで殺した容疑で裁判にかけられている。
彼女の儚げな魅力に魅了されたフィルは、翌日神父に化けて(このへんからすで在り得ないのだが)拘置所に潜入、彼女と会ってしまう。フィルは彼女に「アリバイを提供する」と申し出る。ニーナはなにがどうなったのか分らないが、とりあえず出られるのならと、その申し出を受ける。フィルは、「ニーナは自分の彼女であり、その時間帯は彼女と“H”をしていた」と証言、結果彼女は拘置所から解放されることになる。

はっきりって在り得ない設定なので、投げ出したくなる(苦笑)。ま、どこまで見ても映画そのものはあんまりお勧めできるものではないのだが、唯一の救いはヒロイン、ポーリーナさんの可憐さ。
彼女は『銀座じゅわいよくちゅーるマキ カメリアダイヤモンド』のCMに出ていたチェコスロヴァキア生まれのスーパーモデル。顔かたちがいかにもコテコテの東欧系テイスト、ぱっとみあまり好みではなかったのだが、映画の中でうごいてるとこれが猛烈に可愛いんだ。
これは彼女に限らず、東欧系の女優さんってこういうギャップがあると思う。日本人にとっては「いかにも」って顔立ちなので近寄りがたいイメージをあたえるのだけど、動くと普通っていう感じ。そのギャップが日本人には妙に魅力的にみえたりする。残念ながら『カメリアダイヤモンド』のCMだとコテコテの東欧美女のテイストしか全面に出てないので彼女のホントの魅力は分らないと思うが、彼女の魅力はやっぱりこの映画だろう。

トム・セレックは、旧くは『未来警察』『スリーメンアンドベイビー』『Mr.ベイスボール』などで有名ですが、最近の『警察署長 ジェッシイ・ストーン』はなかなか素敵! 
監督は『ドライビング Miss デイジー』ブルース・ベレスフォード。彼がその数年前にとったのがこの映画。世間ではほとんど知られておらず日本でもビデオ発売のみ。正直なところ、コメディとサスペンスの噛み合わせがギクシャクして楽しくないので、映画としてはあまり面白いとはいえない。

やっぱり導入部で失敗してると思うんだ。殺人事件の容疑者として裁判にまで行ってしまってる容疑者を、小説のネタと下心のために衝動的に拘置所から出してしまうのか??? コメディでいくなら殺人がらみにはすべきじゃなかったのでは? ほかにも殺人を絡ませない物語の展開がなかったものか?? 殺人となると、それもヒロインがその容疑者となると、今ひとつ楽しくない!
・・・がしかし、この物語設定でコメディ調で展開される。はあ~~。。。

彼女を釈放するために、嘘のアリバイを提供したフィルは、彼女を田舎の自宅に連れて行く。そこに刑事のフランクが現れる。彼はフィルの証言は信じていないのだが、しばらく泳がせてる感じ。フィルが生きている間は、その証言が嘘だったと覆すことは可能だが、もしフィルが殺されたら・・・、その時は嘘のアリバイは成立してしまう。「ま、あんたも気をつけなさいよ」という警告だったりする。
そこでのニーナの立ち振る舞いは可愛いだけなのだが、時折素晴らしい身体能力を発揮したり、怪しいルーマニア男に付回されているような気配も感じる。
フィルは、もしかしたらホントに殺されるかもという疑心暗鬼もありつつ、彼女の周りに起こる怪しげなシチュエーションを小説にネタにして、どういう結末になるのか分らない現状を文字におとしていく。最終的にはこの一連の出来事が小説になりベストセラーになるってありきたりの展開ですが、オチとしては彼女がルーマニアのサーカス団の一員で、ああだこうだ・・という話で、もちろん彼女が殺人事件の犯人ではないのだけど、どこまで真剣に捉えていいのかわからないまま、最後まで行ってしまった(苦笑)。

以下ポーリーナ嬢のお写真、集めてみました。
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by ssm2438 | 2012-03-20 08:37

煉獄エロイカ(1970) ☆☆

f0009381_2126767.jpg監督:吉田喜重
脚本:山田正弘/吉田喜重
撮影:長谷川元吉
音楽:一柳慧

出演:
岡田茉莉 (夏那子)
木村菜穂 (浄子)
岩崎加根子 (温子)
筒井和美 (アユ)

     ×   ×   ×

ATG作品に当たりなし!

「今までにないようなことをやろう」といってやった誰かの真似をしたかったのね・・・。
それってカッコいいんですか??


本質を追っていたら同じところにたどり着くってことはよくあること。・・・でも、それとこの映画は根本的にちがう。本質を追わずにカッコつける形だけフォローするのはカッコ悪すぎです。

本人の中で自己解決し、「これが分らないのなら、分らなくていい」という映画。
それが高尚なことで、分らないならまだいいのだけど、ただ、当時はやりのカッコ付けだけで終始してるのであほらしい。『秋津温泉』はよかったのになあ・・・。時代の流行に流させる程度のものだったのか・・・。悲しい。

やりたかったのは、あの時代のゴダール『アルファビル』とかアラン・レネ『去年マリエンバートで』の吉田版。あの時代がもとめていたものがくらだらないので、それをもとめられてもちっとも感動しない。世間的にはカッコイイといわれる画面も、かっこつけだけなので寒い。そうする意味が某ヌーベルバーグの真似のためとか、それまでの日本でとられていた画面とちがうというだけで採用されてるレイアウト。「これが良いんだ」ってレイアウトではないので、正直みててだんだん底の浅さに飽きてくる。

才能ない人が、同じように帳面的なちゃらちゃらした画面を作る時には参考になるかもしれないけど、才能がるひとは「そこになんの意味があるの?」って思うでしょう。

<あらすじ>
よーわかりません。

よく分からないものでも、その気になれば分かるものですが、わざわざ分かってあげようという気にならないところが問題。分って欲しいとおもってないものを、無理してわかってあげる必要はないでしょう。さらに、分ってあげる価値がないって思えちゃうのがもうダメでしょう。難解な映画は嫌いじゃないが、分ってもそこに糞しかないと思うと理解したいとも思わない。
彼らの組織がやってるのはオウム真理教と同じ次元で、共闘・闘争当時の価値観と秘密組織の管理体制を散々提示しているのだけど、私にはうんざり。せめて「ここには何かある」って思わせてほしいけど、みつかってもくだらないものでしかないって思えちゃうのは最低です。オウム真理教と同じスピリットを持つ人は、意外とノスタルジーを感じるのかも。


その燃えない映画のなかでやたら萌えるのが木村菜穂さん。こういう雰囲気好きなんだなあ。
調べてみたら、現存する映画のなかで彼女をみられるのはこの映画しかないくなっているではないか!!
仕方がないので☆ひとつおまけした。
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by ssm2438 | 2012-02-05 21:29
f0009381_1358843.jpg監督:降旗康男
脚本:田中陽造
撮影:木村大作
音楽:甲斐正人

出演:
岩下志麻 (水尾涼子)
坂上忍 (水尾深)
岡田裕介 (花井)
岡本かおり (葉子)
伊武雅刀 (片貝刑事)

       *        *        *

母と子の距離感を感じさせない芝居づけが、この物語の成功の鍵だな・・・。

ルイ・マル『好奇心』も母とエッチにいたる話だけど、こちらはエッチをしてっしまったあとの話。実はこれは原作のエピソードではなく、降旗康男監督はあえて原作では描かれなかった二人の後日談を作り上げてしまったわけである。

私個人は、ホモ物とか母とエッチする近親相姦物ってのは嫌悪感を感じてしまうのだけど、これは思った以上に見られた。これをそれほど嫌悪感を感じさせないものにしてくれたのは、母と息子の距離感がそこはかとなる在るのである。
たとえば、これが別の物語で、幼い頃は親子が離れて過ごしていて、ある程度の年齢になってから再会し、最初は親子とも思わなかった・・みたいなシチュエーションならそれほど気持ち悪さは感じないのだろう。この映画の二人は、まさにそのような言葉のやりとりや、その芝居付けがされており、どこかさらりとしているのである。

ただ、不思議なのがこの距離感はどこからくるのか?という問題だ。なので原作をしらべてみた。
ところが、原作を調べてみると、そのような展開ではなかったようだ。
原作では父親の圧力から家庭内暴力に走る息子とそれを必死になって受け止めようとする母、そのあたりから結局母と息子が親密な関係になったという展開である。これはある種の必然的な展開だったのかもしれない。映画でも、一応それまで何があったかということは回想する言葉として語られている。社会的にも地位のある父親は、その家系お利巧さんが多くほとんどが東大にはいるという設定。そんな環境下で息子がプレッシャーにまけ、2度の受験失敗、てぐれて結果「もう二人で死のう」的な展開になりその結果、お母ちゃんとエッチするようになるというもの。意外とさらりと語られてしまった。

なので、一般的な人が考えるような息子と母がエッチにいたる映画ではなくなっている。たしかに原作で語られている話なら「よくある話」ということになってしまうのだろが、それを原点にして、その物語からしばし時間をおき、どこか距離感の離れた二人が再びであって求め合うというような映画になっている。
この距離感が、この映画ならでは人工的な要素であり、それが映画としてすこぶる見やすくしてくれている。技術論で観るならすこぶる面白い。

しかし・・・、なににつけても木村大作の望遠画面はいい。
港町と望遠レンズ。なによりすばらしいのが、その港の中に船がひとつ沈みかけてる船があって、そのマストが水面から斜めに突き出ているのがいい。普通に浮かんでいる港のなかで、あれがあるだけで意味もなくときめいてしまう。
海の色もいい。ネストール・アルメンドロスがいうマジックアワーちょっとまえの時間帯を使っており、まだ水平線のうえに太陽は見えるのだけど、光線はかなり弱まり、人間が建てた人工物は逆光で鈍い色におちている。でも水面はサーモンピンクと、オレンジ色の間のような色合いで渋いです。
最近糞画面ばっかりみてたので、時としてこういう映画的なしっかりした画面をみると、それだけできもちよくなってしまう。物語は私好みの話では決してないのだけど、それでも木村大作の画面をみているだけで、ついつい最後まで、気持ちよく見せられてしまった。

そして物語的には隠し味がぴりりと効いている。岡田裕介演じるインテリ崩れの薬局屋のやもめ亭主の哀愁が最後でガツン。この一発がいい感じでドラマ全体を引き締めてくれる。これはあとで語ろう。

<あらすじ>
一流企業に勤める夫・敬一郎に離婚を申し出、1年前に家を出た息子・深(「ふかし」と読む・坂上忍)を探してこの港町にたどり着いた水尾涼子(岩下志麻)は、その日のうちにアパートを探し落ち着くことにする。そんな彼女に声をかけたのが、アパートの向かいの花井薬局の主人・花井(岡田裕介)だった。花井は二年ほど前に妻を心臓マヒでなくし、その1ヵ月後、母親を脳出血で亡くしている。住民もこの相次ぐ死を不審に感じていた。それは警察も同じで、墓を掘りかえして骨壷の骨を鑑識にまわしたこという。
深は直吉丸の娘・葉子(岡本かおり)と一度、寝たことがあり、その事が直吉丸の従業員仲間に知れて、包丁で腹を刺された。涼子は深を花井薬局にかつぎこみ、表沙汰を嫌う深の頼みで、花井は知人の医者・西方に治療を依頼しことなきを得る。それをきっかけに花井薬局で3人の生活がはじまる。
息子の看病に充足感をかんじる涼子。3人の生活は穏やかだった。やがて傷もいえ、葉子が深をつれだし、自分のアパートにもどったことを知った葉子は抑えがたい衝動を覚えて息子を求めて追っていった。近づきすぎると離れたくなる二人。しかし離れるとまた求めてしまう。また二人はお互いをむさぼりあった。
しかし、花井を追っていたカ片貝刑事が、二人の情事をみてしまったことから、二人の話は港町中に知れわたった。

そのあと深はアパートを去るのだが、最後には今一度都合よく現れてくれる(苦笑)。ま、それはいいだろう。
この後の展開ですばらしいのは、あまり関係のなさそうだった花井の秘密が語られることだ。
実は、花井の積まば死んだ時、彼女は医者の西片を情事を重ねていた時だったという。ことが世間にばれるのをおそれて、西片の存在はこのイベントからは消されてしまった。しかし、妻が他の女とエッチしてるときに死んだと聞かされれば心中穏やかではないのだろうが、そこにはもうひとつ秘密があった。
花井は、妻の母と肉体関係があったという。

結局、男と女の関係というのは、理屈では説明のつかないテリトリーであり、なんでもありなのだな・・というエピソードをもうひとつ紹介することで、岩下志麻と坂上忍の親子のエッチ関係も、それほど違和感のあるものとしての印象は沈められ、もうすこし純粋な男女間の営みのように解釈されるようにおちつかせているのである。
by ssm2438 | 2012-01-19 13:58 | 木村大作(1939)
f0009381_2135392.jpg原題:VIVID/LUSCIOUS

監督:イヴァン・ジョルジアデス
製作:ニコラス・スティラディス
脚本:イヴァン・ジョルジアデス
撮影:ルデック・ボグナー

出演:カリ・ウーラー (ビリー・レイノルズ)

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こんなのエイドリアン・ラインに撮らせろ!!

この写真もまったく雰囲気がちがう(→)。
舞台は貧乏アーティストのアトリエなので、こんなゴージャスな部屋はでてこない。

スランプのアーティストと同居してるのだけど、まったく筆が進みそうもない。ヌードのモデルもやってあげてるのに、筆はすすまない。そんななりゆきから、彼女の身体にボディペインティングをほどこして、カンバスのうえで“H”してたらなんとなくアートな模様ができあがってしまい、それからというもの、ペンキをお互いの身体にぬってカンバスの上でセックスをするという話。


たまたま昨日『アナコンダ』をやってるのを見てしまったので、なんとなく思い出してこれも書いてみる。

『アナコンダ』の主役はジェニファー・ロペスですが、そのほかにもアンジェリーナ・ジョリーのとーちゃんジョン・ボイドとか、フィギュアースケーターの青いほうとときどき間違えるオーウェン・ウィルソンとか、けっこいう有名人が出てるのです。そしてこのカリ・ウーラーもその一人。
実は昨日までまったく意識したことがなかったのですが、“あれ、このお姉ーちゃん可愛いじゃん”って調べてみたら、知ってました(苦笑)。そうです、むかしみた、ソフト“H”系の映画に出てました。その映画がこれ。

ま、アーティストのはなしだったのでもしかしたら面白かもと思い借りてきたのですが、いかんせん、本物よりも絵がばっちい。それ以上に身体にぬったペイントがばっちい。そのばっちさといったら兵庫県知事さんがもんくをいったという『平清盛』の比ではありません。せっかくぬぎっぷりのいいカリ・ウーラーのボディも台無しにするだけのただただきたなない色。単色だけならいいのだけど、赤や緑や青や黄色を節操なくまぜるものだからひたすらばっちいドブネズミ色にしかならない。

アートのセンスがない人ってどうしてこんな馬鹿なことするんでしょうね。出来ることが全部アートなら誰にでも出来る。実はアートって、その水面下に<法則>があるもの。もっともそれが理屈なのか、感性なのか、あるいは本人が解っているか、いないかはおいといて・・なのだけど。
この監督はただ、珍しいアバンギャルドなことをしただけで、だからといってそれがアートになるわけがない。ただのアホです。出来上がったものもアートと呼ぶにはほどとおいもの。最近この手のバカがおおすぎる。CGのアフターイフェクトなりなんなりでフィルター使えば適当に目新しいものができるけど、どういう意図なのかを理解してやってるわけではなく、ただ、そこにあるボタンを押した結果目新しかったからそれでいいや・・というのと同じ。バカってのは、珍しさだけにとらわれて、意図するものがないのですよ。最近糞映画がおおいのも、撮影方法や画像処理がおおいので、なんだかんだとクリックしてて無作為にできあがったものを使ってる感じで、まったく意図してそれをやってる感じがしない。おかげで糞画面ばかりが反乱する・・。

アートがアートでないのだがら、全然物語として成立せず、カリ・ウーラーのヌードも台無しにするという、どこもほめるところがないという代物でした・・・・。

しかしカリ・ウーラーは良いです。
彼女のヌード(上)と、ドブネズミ色の糞演出(下)。
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by ssm2438 | 2012-01-14 21:36
f0009381_12272285.jpg監督:坂本太
製作:海津昭彦
企画:望月健二
脚本:佐々木乃武良
撮影:佐藤文男

出演:井上尚子(麻木真由子)

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ゲテモノのなかに咲いた一輪の花。

数あるザコビデオのなかに何か良いものはないかとあさっていたらヒットしました(笑)。話は、リストラされたサ銀行員が、その判断を下した女性上司への復讐するというもので、その話自体はよくある話です。ジャンル的に成人映画のOVAで、アダルトビデオと違って、“H”をしているものではなく、全部芝居です。
しかし、その芝居が余りにしっかりしているのでみていて心地が良いのです。

そもそも、映画というのは嘘で本物を感じさせるものを作るものです。たとえば、映画の主役の人が、適役を殴るカットがあるします。しかし、主役の人は適役の人をほんとに殴っているわけではありません。もし、その撮影中に、間違ってその拳が相手の肌をかすめようものなら、それは人権問題として大問題になります。彼らはそれを芝居としてやるのが仕事で、決して実際に殴っている事実があってはいけないのです。そしてプロの役者なら実際に殴らなくても、出来上がったものでは、実際になぐっているようにみせられるのが当たり前なのです。

f0009381_1239884.jpgそしてこの主役の井上尚子さんの芝居が圧倒的に素敵です。撮影がスゴイ!とか、シナリオが良いとかには敏感は私ですが、芝居が良い!っていうので感動したのは久しぶり。
彼女は、どっちかというとおっとり系の顔で、実は写真集をもっているのですが、それほどカメラ映えする人だとは思ってなかったのです。さらにキャルアウーマン的なのはあまり似合わないようなきもしてたのですが、コレ見る限り、バリバリのキャリアウーマンのきびきびした仕草をきちんと演じてます。顔も、メイクのちからで、おっとり顔がきりり顔に変身。
バスとはかなり大きく、プロポーションも素晴らしい。ただ重力にまけているのがちょっと悲しい。でも外見からは考えられないくらいなにからなにまで真剣そのもの。“H”シーンでの芝居がすごくしっかり出来てる。人工的な物語の展開に、彼女の芝居がリアリティを与えている。物語の作りはかなり大雑把な話なのですが、どんなシーンでも真剣に演じてしまう彼女の潔さにスタッフもキャストも引きずられたような空気感。
ひさびさにまじめの取り組まれた“H”ものOVAというのを見たという想いがしました。すばらしい!!

<あらすじ>
菱友銀行の麻木真由子(井上尚子)は、上司の杉山と不倫関係を結び、着実に地位を固め、新しいプロジェクトの指導的立場を手に入れた。菱友銀行は、多額の不良債権を抱えてた東西銀行吸収合併し、ITバンクとして立ち上げるようとしていたのだ。そのためには、大幅にリストラする必要があった。東西銀行に乗り込んだ真由子と杉山は、辣腕を振るって続々と中堅行員たちに引導を渡していく。
ITバンクへの改装に向けて、連日ハードな業務をこなす真由子。しかし、彼女は常に何者かの視線を感じていた。リニューアルされた東西銀行の開店当日がやってきた。その朝、なぜかコンピューターの梱包が届けられる。その中には全裸のままビニールに包まれ失神した窓口係の仁美(南あみ)がいた。
その事件は真由子に振りかかる忌まわしい復讐の予告に過ぎなかった…。

たまに、こういうの見つけると嬉しいものです。
普通にみたら☆ふたつが妥当でしょうが、井上尚子が素晴らしかったので☆一つおまけしました。
by ssm2438 | 2012-01-07 12:28
f0009381_1755136.jpg原題:THE RETURN OF THE SIX-MILLION-DOLLAR MAN AND THE BIONIC WOMAN

監督:アラン・J・レヴィ
脚本:マイケル・スローン/ブルック・チョイ
撮影:マリス・ジャンソンズ
音楽:ビル・コンティ

出演:
リンゼイ・ワグナー (ジェミー・ソマーズ)
リー・メジャース (スティーヴ・オースティン)
リチャード・アンダーソン (OSIゴールドマン局長)
トム・シャンリー (スティーヴの息子・マイケル)

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1970年代に人気を博したテレビドラマ、『600万ドルの男』『地上最強の美女!バイオニック・ジェミー』。私自身は『600万ドルの男』はみてないので、あまり感情移入はできないのだが、『バイオニック・ジェミー』は燃えました。多分日本国内では『バイオニック・ジェミー』のほうが圧倒的に人気があるでしょう。
この作品は、『バイオニック・ジェミー』の放送終了後、10年して同窓会にようにバオイニック・ジェミーとスティーブ・オースティンが集ったTVM。

『600万ドルの男』の物語は、1972年に2時間TVMとして放映され、のちにテレビシリーズになる。宇宙飛行士スティーブ・オースチンがテスト飛行に失敗し片目、右腕、両足を失ってしまうが、政府の援助によりサイボーグとして復活、特殊能力を駆使して活躍する。
『地上最強の美女!バイオニック・ジェミー』はスティーブ・オースティンの恋人役としてゲスト出演したジェミーが、スカイダイビング中の事故で生死の境をさまようことになる。婚約者であるスティーブ・オースティン大佐(600万ドルの男)は、科学情報局(OSI)に頼み込み、彼女に自分と同じバイオニック移植手術を施させた。
両足、右腕、右耳をサイボーグ化された彼女は生命の危機からは脱したものの、移植の拒絶反応から、スティーブのことを含めて全ての記憶を失ってしまう。しかし彼女は、自分を救ったOSIのためにバイオニック・パワーを使った諜報活動を志願するのだった・・。

<あらすじ>
嘗て『600万ドルの男』と呼ばれたスティーブ・オースティン(リー・メジャース)は既に現役を引退して10年がたっていたが、OSIの要請で再び嘗ての恋人ジェミー・ソマーズ(リンゼイ・ワグナー)と組んでテロリストと戦うことになる。しかし、機密事情が空軍学校に通う息子マイケル(トム・シャンリー)との距離を広げていった。そして都合よく事故にあってしまい、彼の生活を護るためには再びオースティンが受けたあのバイオニック手術をうけるしかない。かくして新世代のバイオニック・戦士が誕生する・・・。

『バイオニック・ジェミー』をみて育った私には、再び彼女に会えるというだけで、胸をときめかせてみたのですが・・・・・・、内容は悲惨。とにかくリー・メジャースが歳をとりすぎている。このときほとんど50歳くらだったのだろうが、胴回りも太くなり嘗てのスマートさはなくなり、間違ってもアクション物ヒーローとはいえない体つき。ま、50歳なら、まだジェームス・ボンドでやれるだろうが、その体形では無理である(苦笑)。
ちなみにジェミーを演じたリンゼイ・ワグナーは、リー・メジャースよりも10歳若い。それでも、40前なので、今ひとつ動きは鈍い。
今のアラフォー世代の女優さんとえいば、アンジェリーナ・ジョリーなどのが思い当たるが、ま、彼女はそれなりにエクササイズをしてるようなので体力的にはそれほど無理はなかったのだろうが、以前はあの頃の女優さんで年取ってアクションをしようなんてひとはほとんど居なかった。本来リンゼイ・ワグナーにしても、アクション女優ではないしね・・・。
そんなわけで、この2人の動きはきわめてアクションものとしてみると緩慢で、キビキビ感がまったくなく、おかげで緊張感もない。

f0009381_17551819.jpg・・・・・しかーし、
リンゼイ・ワグナーはそれでも見る価値はある。『バイオニック・ジェミー』は素晴らしい。
先ごろ、ついにDVDボックスも発売されたらしい。正直なところ、ファーストシーズンは今ひとつのんきな感じなのですが、セカンドシーズンになると燃える話が連打されてくる。
特にスティーブも登場する3話連続の「ゴールドマン局長暗殺指令」、2話連続の「ジェミー地球壊滅を救え!」は燃えます。なんと「ゴールドマン局長暗殺指令」では、『ペーパーチェイス』でリンゼイ・ワグナーの父親キングスフィールド教授とジョン・ハウスマンがフェンボットなるアンドロイドを作ってOSIに復讐を企てるという話。
今、シーズン2だけ買おうかどうしようか迷ってます。ま、今見たら今ひとつがっかりするかもしれないのですが、あの頃のリンゼイ・ワグナーを見られるというのはそうないもので、今、心が揺れてます。。。

ちなみに、リメイクの『BIONIC WOMAN バイオニック・ウーマン』(2007)なるものの既に出来てるようですが・・・・、さすがにリンゼイ・ワグナーへの想いが強すぎてみようという気もおこらず放置プレー。
by ssm2438 | 2011-12-25 17:57