西澤 晋 の 映画日記

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2010年 06月 01日

沈黙の陰謀(1998) ☆☆☆

f0009381_2325330.jpg監督:ディーン・セムラー
脚本:M・サスマン/ジョン・キングスウェル
撮影:スティーヴン・F・ウィンドン
音楽:スティーヴン・エドワーズ

出演:
スティーヴン・セィーガル (ウェスリー・マクラーレン)
カミーラ・ベル (ウェスリーの娘・ホリー)

       *        *        *

ディーン・セムラーいいぞ! セィーガル映画の中では映画的(画面的・演出的)にもっとも完成度の高い映画だろう。

予想に反してとっても良かった。ま、セィーガルの映画なので誰がとっても同じだろうが、このディーン・セムラーが撮ったこの映画は、映画的に完成度が高い。話はもういじくれないが、その話を映画にしていくプロセスを担当したセムラーの手腕は実に評価に値する。もともとセムラーは撮影監督で、ドゥシャン・マカヴェイエフ『コカコーラ・キッド』ケビン・コスナー『ダンス・ウィズ・ウルヴス』の撮影監督で、絵作りに関しては堅実で効果的な画面を提供してくれていた。以前から才能は感じていたが、この映画で確実に認めてしまった。ちなみに私の好きな『ステルス』もこのセムラーが撮影監督をやっている。
しかし監督となるとこの『沈黙の陰謀』『ファイヤーストーム』の二本だけ。されど、この映画の映画としての質の高さをみると『ファイヤーストーム』も見たくなった。セィーガルファンにしてみれば地味でいただけないかもしれないが、セィーガルの映画のなかでも質的にはもっとも高度な映画になっている。

ただ、話は・・・うむむ、ちょっと地味かな。というより、多分この映画の原作になっている話の主人公はこの映画の主人公ほどマーシャル・アーツの達人でもないはずだ。おそらくハリスン・フォードあたりが主役をやってたら調和のとれた映画になっていたのではないだろうか。この映画のネガティブポイントは、セィーガルがセィーガルでなくてもいい作品をむりやりセィーガルの映画にしたてあげたところで、いつものセィーガル映画を期待した人たちにとってはものたりなさをおぼえたかもしれない。最後の花で解決も安易過ぎるし、もうすこし安直でない解決方法がなかったものかと思うし・・・。

今回登場の子役はなんとカミーラ・ベル。うむむむむ、可愛い。可憐だ。清楚だ。目の輝きがまるでキャロル・ブーケだ。セィーガルの映画に登場する子役のなかでは一番魅力的だろう。『暴走特急』キャサリン・ハイグルもよかったけど、この子役時代のカミーラ・ベルのほうが魅力的に見えた。

全体的に地味で、セィーガル映画としていいか悪いかは別にして、実に見ごたえのある映画に仕上がっている。返す返すもディーン・セムラーの仕事に敬意を表したい。

<あらすじ>
かつて免疫学者としてCIAの秘密研究所に勤めていた医師ウェスリー・マクラーレン(スティーヴン・セガール)は一人の町医者として、娘のホリー(カミーラ・ベル) とともに二人モンタナ州の片田舎に移り住んでいた。そんなある日、町を突然新型ウィルスの猛威が襲う。過激派のリーダー、フロイド(ゲラード・サーテン)の仕業だった。フロイドたちはウィルスを拡散させるまえにワクチンを接種していたが、そのワクチンも病気の進行を於染める力はあっても決定的な解決策にはならないことが判明、フロイドたちも死の恐怖を覚える。しかし、ホリーをはじめ何人かはウィルスに免疫がある者いた。フロイドたちはホリーを捕まえその血液成分を研究しようとするが、ウェスリーは娘を助け逃亡。かつてそこで研究をしていた秘密のCIAの生物研究施設でワクチンの研究を始める。

by ssm2438 | 2010-06-01 14:25
2010年 05月 23日

トリコロール/赤の愛(1994) ☆☆☆☆

f0009381_1059671.jpg監督:クシシュトフ・キエシロフスキー
脚本:クシシュトフ・ピエシェヴィッチ
    クシシュトフ・キエシロフスキー
撮影:ピョートル・ソボチンスキー
音楽:ズビグニエフ・プレイスネル

出演:
イレーヌ・ジャコブ (バレンティーヌ)
ジャン=ルイ・トランティニャン (ジョゼフ・ケルヌ元判事)

        *        *        *

『ふたりのベロニカ』理論ここにもあり・・とみた!

フランス国旗を構成する三つの色をモチーフ(自由・平等・博愛)に、クシシュトフ・キェシロフスキーが監督した『トリコロール3部作』の最終作。今回のテーマは赤=博愛。

全米批評家協会賞ニューヨーク映画批評家協会賞ロサンゼルス映画批評家協会賞で、外国語映画賞を受賞した。3部作の中では一般的にもっとも人気の高い作品であり、クシシュトフ・キェシロフスキーの遺作でもある。余談だが、私は『トリコロール/青の愛』が一番好きである。

第一感は「これはイレーヌ・ジャコブのための映画だ!」ということ。彼女無しにこの映画は考えられないし、クシシュトフ・キェシロフスキーでなければイレーヌ・ジャコブは輝かない。難しいことを抜きにして、イレーヌ・ジャコブの愛を見ればいい映画であることは間違いない。この映画の彼女は、心の病んだ人たちを安らぎといたわりで包み込む。慈善的愛を存分に体現している。この3部作総てに登場する、空き瓶を回収箱にいれようとする腰の曲がった老女、この『・・・/赤の愛』だけはイレーヌさんが手を貸してあげる。しかし、それだけではおわらないのがクシシュトフ・キェシロフスキーの映画だ。

この映画には『ふたりのベロニカ』理論が織り込まれている。それはキェシロフスキーが仕切るファンタジーの世界なのだが、そこでは、その世界の創造主が「もう一人の自分」を別のところに創造しているというものだ。物語に神秘性を織り込むにはかなり有効な手段だ。
『ふたりのベロニカ』では同じような人間を、時間軸は一緒だが、フランスとポーランドというヨコ位置に存在させていた。それをこの『・・・/赤の愛』では、同じ場所で、時間軸を変えてタテ位置に存在させている。それは司法試験を目指している若者・オーギュストと盗聴が趣味というジョゼフ・ケルヌ元判事だ。

問題はその意図である。・・・分らない。

演出法から言えば、ケルヌ元判事の過去のエピソードを、本人の口から回想シーンという形で引き出すのではなく、同じような境遇の人間を現実の時間軸で描いておく。そして見ている人に「ああ、こういうことがケルヌ元判事の過去にあったのだろうな」と想像させるというものだ。
しかし・・・、もうすこし突っ込んで、見ている者が補完してみたい気にさせるような作りになっているのも事実だ。『ふたりのベロニカ』理論に基づいて、勝手に補完させてもらうなら・・・、

姿形は違えど、魂が一緒の二人の同一人物ジョセフ・ケルヌとオーギュストが30年の時間のずれを隔てて存在していた。先に生れたジョゼフは、愛する女に裏切られ、判事という裁けもしないのに人を裁く仕事についてしまい、心が煤けていった。30年遅れてうまれてきたオーギュストは同じように愛していると思っていた女に裏切られる。しかし、ここで一人の愛をもった女に出会う。ジョゼフは心がすすけた後に、オーギュストは心がすすける前に・・。

勝手な想像だが、シナリオを起こす前にの制作ノートの一番初めには、そのようなことが書かれていたのではないだろうか・・・。

『ヴァンゲリオン』が、ダーウィンの進化論ではなく、聖書の天地創造を基本にして世界観が構築されていることに気付けばその霧が晴れるように、この映画も、この映画もクシシュトフ・キェシロフスキーが創作した『二人のベロニカ』理論の基に構築されているということに気付けば、霧が晴れるのだろう。

<あらすじ>
パリに住むスイス人女性のバレンティーヌ(イレーネ・ジャコブ)はモデルの仕事をしながら、イギリスにいる恋人と電話だけがたよりの遠距離恋愛をしている。ある夜犬をひいてしまい、その犬の首輪にかかれた住所からその飼い主のジョゼフ・ケルヌ(ジャン=ルイ・トランティニャン)と知り合う。退官判事だった。彼は、過去において、愛していた女性に裏切られ、また人を裁く判事という仕事のなかで心がすりきれてしまい、退官した今では近所の人たちの盗聴が唯一の愉しみだった。秘密の愉しみを知られてしまったケルヌだがなんの臆することもなく、「必要なら、私が盗聴していることを彼らに教えてやれ」とバレンティーヌ言う。
数日して、元判事が盗聴をしていた!という記事が新聞にのる。「自分がばらしたのではない」と伝えに彼の家を訪ねると、「そんなことは知っている」と彼はいう。彼は、自ら盗聴していた事実を近所の人たちと警察に文書で書いて送ったのだ。自暴自棄と潔さが混在するジョゼフ・ケルヌとバレンティーヌの心の距離が縮まっていく。

by ssm2438 | 2010-05-23 11:01 | K・キェシロフスキー(1941)
2010年 04月 20日

冒険者たち(1967) ☆☆☆

f0009381_1717780.jpg監督:ロベール・アンリコ
脚本:ロベール・アンリコ
    ジョゼ・ジョヴァンニ
    ピエール・ペルグリ
撮影:ジャン・ボフェティ
音楽:フランソワ・ド・ルーベ

出演:
アラン・ドロン (マヌー)
リノ・ヴァンチュラ (ローランド)
ジョアンナ・シムカス (レティシア)

        *        *        *

60年代の懐かしさにふれたい時にはいいかも・・

監督は『若草の萌える頃』『オー!』などのロベール・アンリコ。彼の作品のなかでは一番メジャーな作日。個人的にアンリコは好きな監督さんで、この人の撮り方というのは実にしっくりくる。『オー!』などをみても、この人の画面であるだけで、情緒的撮り方が実におちついて画面に展開される。街の描写しひとつとっても、この人が監督すると、なぜか叙情的ムードにひたれるから不思議である。

この『冒険者たち』という映画は、年配の方にはけっこう人気のある作品だとは思うが、今の人がみてどうかはちと疑問。お話はけっこう散漫で、明確な目的意識があって人生をいきてるようには見えない主人公たちなので、よく言えば自由奔放、悪く言えばチャランポランな雰囲気。時代が体制反対映画が多かったときなのでしかたないとは思うが、あまり好感がもてないんだな、これが。
タイトルは『冒険者たち』ということで、それぞれのキャラクターが飛行機、ガラクタアート、レーシングカー、カジノ、宝探し、ホテルなど、いろんなことをやってみる映画なのだが、しかし、「あれがダメならこれ」「これがダメならあれ」という具合に、想いに必死さがないのがいただけない。この軽さがいい人には良いのだろうが、私なんかは熱しにくく冷めにくいほうが好きなので、こういう執着心のない話にはあまり魅力を感じない。

そうはいっても、ジョアンナ・シムカスは60年代のアイドルではピカイチな女優さん。もっとも私はこの映画が上映されたころはまだ5歳なので、彼女がどれだけ人気だったのかはのちのちになってきかされたのだけど。しかし、この『冒険者たち』と『若草の萌える頃』の彼女はとてもいい感じ。のちにシドニー・ポワチエと結婚してしまわれ、あまり映画にはでてないのだけど、そういう意味でもこの『冒険者たち』は明るい日差しのもとで健全なジョアンナ・シムカスがみられる貴重な映画ではないだろうか。『若草の萌える頃』では一晩よるをほっつきあるいて朝方とある男と“H”をするので、健全さはあまり感じられなかったりする。その点こちらはさんさんと陽がふりそそぐ太陽のしたで青のビキニ姿も披露してくれる(笑)。ああ、なんと健全なことか!

<あらすじ>
マヌー(アラン・ドロン)はパリのある飛行クラブのインストラクターで命知らず&大ぼら吹きだ。ローランド(リノ・バンチュラ)は、パリ郊外の廃車置場の中にある奇妙な仕事場に住み、カー・エンジンの開発に専念していた。そんなローランドの廃車置場に、リティシア(ジョアンナ・シムカス)という現代アートを目指す女性が、あらわれる。彼女はガラクタでアートを作っていたのだ。
ある映画プロデューサーが撮影のため凱旋門を飛行機でくぐり抜けた者に二千五百万フランの賞金を出すという話をききつけ、それに挑むことにするマヌー。しかし、その話はひともんちゃくあり、マヌーは飛行士の免許を剥奪されてしまう。一方レティシアも、彼女の出展した作品は酷評され、へこんでしまう。(じっさいダサいのだが)。
失業したマヌーは友人ローランドの仕事場へころがりこんだ。そんなある日、マヌーは飛行クラブの生徒から、ベルギーのコンゴ移住者が動乱から逃れる途中、莫大な財産を乗せて海に墜落し、財宝が海底に眠っているという話をきく。マヌーとローランドとレティシアはスクーナー船に乗りこんで、宝探しを始めた。ところがこの財宝に目をつけていた旅団が闇に乗じて襲ってきた。その戦いの中でリティシアが死んでしまう・・・。

あんまりこんな映画を人殺しが登場するような方向にはふらないでほしいものだ。。。
なんでもありの映画なので、もうすこし1人の女を想う二人の男の友情ものがたりに徹して欲しかったかな・・。
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by ssm2438 | 2010-04-20 17:20 | ロベール・アンリコ(1931)
2010年 04月 17日

セーラー服色情飼育(1982) ☆

f0009381_71152.jpg監督:渡辺護
脚本:小水ガイラ

出演:可愛かずみ

        *        *        *

実はウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』をベースにしてる。

大学で教鞭を執る主人公は、母親と二人暮らしをしている、ある少女に夢中になる。彼はまず自分の年齢に釣り合った、少女の母親と結婚して家庭の一員となり、期を見て少女をものにしようという計画をたてた。
彼は彼女の母と結婚し、少女の母親を事故に見せかけて溺死させ、少女を手中に収める・・という話。確かにナボコフの『ロリータ』ベースではあるが、前半部の物語だけ(それも少女と“H”をするまで)を物語にしているので、<女性の本質>と<男の憧れ>といったこの原作の本質部をドラマにしているわけではない。

しかし・・・、それでもこの映画が価値があるのは可愛かずみの存在だろう。芸能界にあまり興味はなく、元々、美容師になるつもりだった彼女だが、高校在学中にスカウトを受け、モデルクラブに登録する。にっかつの宣伝用ポスターの仕事が舞い込み、引き受けるが、脱がないといけない仕事だと知らなかった。にっかつの担当者が怒られているのを見て同情してしまい、「話が違う」と一旦は断ろうとするが、最終的に引き受けた。この時に渡辺護監督の目に止まり、1982年、この映画で芸能界入りする。モデル事務所から「次のステップに繋がる」という勧めもあり、きわどいラブシーンをしないという条件で、承諾する)「可愛かずみ」の芸名は、渡辺監督によって命名されたという。
タイトルはかなり卑猥なタイトルだが、露出度はきわめて低く、彼女が脱いでいるシーンはあまりない。それも裸でねそっべっているだけで、その乳房などを下元史朗がなでまわしているだけという、まったくエロさはない、まさにただのお人形さん状態。しかし彼女の体は細いのだが乳房だけはふくよかであり、ビジュアル的には圧倒的に素晴らしかった。
映画よりも彼女の写真集『ふりむかないで・可愛かずみ写真集』(撮影・小沢忠恭)のほうが断然よかった。
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by ssm2438 | 2010-04-17 07:13
2010年 04月 15日

さすらいの航海(1976) ☆☆☆

f0009381_23273776.jpg監督:スチュアート・ローゼンバーグ
脚本:スティーヴ・シェイガン/デヴィッド・バトラー
撮影:ビリー・ウィリアムズ
音楽:ラロ・シフリン

出演:
フェイ・ダナウェイ (デニス)
オスカー・ヴェルナー (Dr.イーゴン)
マックス・フォン・シドー (シュレイダー船長)
マルコム・マクダウェル (マックス)
リン・フレデリック (アンナ)
リー・グラント (リリアン)
キャサリン・ロス (ミラ)

        *        *        *

リン・フレデリック鑑賞映画!

知る人ぞ知るリン・フレデリック、彼女はとにかく美しかった。彼女が出演した作品数はごくごうわずか、そのなかでまともに見られるのはこの『さすらいの航海』くらい。ピーター・セラーズの奥さんなのだけど、清楚の美しさは図抜けていた。ピーター・セラーズが死んだあとアルコール中毒になり死亡。早すぎる映画界からの引退と、死去・・・、美しい人をなくしたものだ。
この映画では行く末を嘆いて自殺する若者カップルを演じていたのですが、相手役の男はなんとマルコム・マクダウェル。なにをやっても怪しい役ばっかりなのだけど、この映画はちょっと異色なキャスティングだった。

映画は・・・、正直長くてつらい。豪華キャストの大作だが、内容が暗いのでしんどい。第二次世界大戦が始まるちょっと前、ナチスの迫害を逃れたユダヤ人たちキューバを目指してヨーロッパを脱出するのだけど、そハバナに行ってみれば、受け入れてもらえず、アメリカからも入国拒否をされる。どこの国にも受け入れてもらえない。そんな行く当てのない旅にでた人々の話。

<あらすじ>
1939年5月13日。ナチス・ドイツの迫害から逃れるために937名のユダヤ人たちをのせたドイツ客船SSセントルイス号がハンブルクよりが出港した。目的地はキューバのハバナ。しかし目的地ハバナでは、このユダヤ人達をめぐり、キューバ大統領は、反ユダヤ感情に上陸不許可の断を下そうとしていた。5月27日、船はハバナ港に入港するが、上陸許可は出ない。乗客の不安はつのっていった。もし、ドイツに戻れば、彼らの行く先は強制収容所だ。今回の航海は、ユダヤ人が全世界から嫌われているというナチの宣伝政策だったのだ。
6月1日、ブルー大統領は船に出港命令を下したが、アメリカも受け入れてくれない。何処の国にも受け入れてもらえないユダヤ人たちに船がハンブルグに戻ってくしかなかった。自殺するものたちもいた。
船はイギリスのサセックス沖にさしかかろうとしていた。船長のシュレーダー(マックス・フォン・シドー)は、船を出火させ、イギリス海岸に無理矢理上陸させようと考える。オランダ、フランス、イギリスが入国を許可した。乗客達はナチよりのがれることが出来た。

by ssm2438 | 2010-04-15 15:58
2010年 04月 10日

エレクトリック・ドリーム(1984) ☆☆☆☆☆

f0009381_3163144.jpg監督:スティーヴ・バロン
脚本:ラスティ・レモランデ
撮影:アレックス・トムソン
音楽:ジョルジオ・モロダー

出演:レニー・フォン・ドーレン
    ヴァージニア・マドセン

     *     *     *

数年前アカデミー脚色賞を取った映画『サイドウェイ』、知る人ぞ知るワイン好きのロードムービーの話である。そのヒロイン役で年取ったけど懐かしく美しいそのお姿を拝見できたのがヴァージニア・マドセン。嬉しゅうございました。ちょっとまえに『キャンディマン』なる映画にでてたきは、「わあ、なにこれ? これがあの美貌をほこったヴァージニア・マドセンなん??」ってびっくりすぐらいデブになっておられて、それでもヒロインに使ったプロデューサーもプロデューサーだなあって思ってしまった。まあさすがにお金がないのだろうからそういうことになったのだろうが。
しかし、そんなヴァージニア・マドセン、この映画で見事に復活してました。たしかに年は取ってるけどちょっと以前の体型にほぼもどり(まだ多少はデブかもしれないが)きれいなおばさんになって登場、2004年のニューヨーク批評家賞、ロサンゼルス批評賞の助演女優賞をほとんどとってしまった。
嬉しい。
彼女、ある意味シャーリズ・セロン的。純粋美人系なんですが、目が白め勝ちで悪女も出来るちょっと不思議なテイストをもつ人。そんな彼女がまさに純粋美人系を貫いた作品が『エレクトリック・ドリーム』。とにかく可憐。この「可憐」という言葉がいちばんあてはまる。

ちなみにこの映画と同じ年の映画で有名なのはなんといっても『ターミネーター』アヴォリアッツ・ファンタスティック映画祭でグランプリを取ったことはみなさん知っておると思われるが、その年のファン選出第1位 <黄金のアンテナ賞>に輝いたのが実はこの『エレクトリック・ドリーム』。とにかく楽しい作品。監督はスティーブン・バロン。ミュージックビデオのディレクターだったらしく、音楽的な見せ方はとっても上手い。画面 づくりはすっごくステディに上手いのである。どれとっても決まった画面 になり、音楽とマッチするとのりのりの画面 になる。当時はCGをつかった画面 もとっても新鮮でたのしい。今見てもパソコン画面 をとりこんだ映画としては最高級の編集テクの産物ではないかと思われる。

f0009381_1244557.jpg<あらすじ>
ある建築会社で腹いているマイルズは怪しい耐震性のブロックを開発してる建築デザイナー。そんな彼がアパートにパソコンを買い込んできて、室内の電気器具を統一管理することにした。ひょんなことからキーボードにシャンペンをこぼしたりして、なんだかわけのわからないまま、コンピュータが意志をもつようになる。
そんなある日、マイルスが留守の間にマデリン(ヴァージニア・マドセン)が上の階に引っ越してくる。
ひっこしもひと段楽したある日の午後、換気口から聞こえてくるチェロの音。
その音をマイクが広い、同調して音をシンセサイザでだしたりするパソコン。
マデリンも、下の階の人が、自分の出す音に同調して音楽を奏でてる不思議に気付く。で、一曲流してみると、下の住人らしき人も同調してくる。ここの描写が素敵。上の階では華麗なヴァージニア・マドセンがチェロを弾き、それをサポートするように下の階パソコン君がメロディを刻んで行く。インディケーターのデジタルな表示がリズミカルに描写 され、満足げに弾くヴァージニア・マドセンがとても美しい。ここの描写 だけでもうこの映画は見る価値十分。

マイルズもマデリンと出会い好意を持ちはじめるが、マデリンはあの時一緒にハモったのはマイルスだと思い込んでいる。パソコンにマデリンを想った曲を創らせると、最初はあきれたようなとんちんかんなものしか出来上がってこなが、徐々に「想い」のコンセプトを伝えてやると素敵な歌詞とメロディになってくる。
それは意志をもったパソコンのマデレーンの想いを語ったメロディであり、それを理解できてしまうマイルズは「これは彼女にはあげられない」と呟いたとき「なぜ?」とマデリンの声。いつのまいやら部屋に入ってきていた彼女はそのメロディを聞き、さらにマイルズに親しみを感じて行く。と、同時に、自分が盗作して彼女を心を惹き付けているような罪悪感に襲われるマイルズ。
そしてパソコン君も、自分の創造したメロディに彼女が弾かれているにもかかわらず、良いとこ取りされてしまっていることにだんだんと悔しさをおぼえていく。

さて結末はどうなる‥‥。


テーマ的にはかなり緩い話です。つきつめれば、“女がほれるのは、努力や、才能じゃなくって、フィーリングなのよ。ダメ男でもやさしけりゃいいのよ‥‥”みたいな、もてない人間の魂救済映画であることは否定出来ないのだか、あまり真剣に哲学しながらみてはいけない作品。 とにかく画面づくりと音楽の掛け合わせがほんとにすばらしいので、のりにまかせて気持ちよく見よう。
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ぜひ一度、若き日の美しかりしヴァージニア・マドセンを見ていただきたい。

by ssm2438 | 2010-04-10 14:08
2010年 02月 23日

ふたりのベロニカ(1991) ☆☆☆☆☆

f0009381_17132921.jpg監督:クシシュトフ・キェシロフスキー
脚本:クシシュトフ・キェシロフスキー
    クシシュトフ・ピエシェヴィッチ
撮影:スワヴォミール・イジャック
音楽:ズビグニエフ・プレイスネル

出演:イレーヌ・ジャコブ (ふたりのベロニカ)

        *        *        *

共感するもがまったくないのに嫌いになれない不思議な映画

・・・なんなんですかね、この映画は???? 描かれていること総てが総て、私の求めているものとは反対のモノばかりなのだ。

まずこの基本設定。ポーランドとフランスで生まれた同じ誕生日、同じ時間に生まれた、同じ容姿をもつ女ベロニカ。この設定自体に現実のモノとして共感できるものはまるでない。完璧なファンタジーなのだ。
この二人のベロニカは、二人とも音楽に才能がある。しかしポーランドのベロニカは心臓に問題を抱えていたのか、舞台の上で倒れて死んでしまう。ポーランド・ベロニカの死に、ある種のとてつもない喪失感を感じたパリ・ベロニカは、音楽をやめてしまう。これもはなはだ理解できない。というか、そんなんで辞めてほしくない!でも、辞めてしまう。話のはじめにパリ・ベロニカには“H”をする相手が出来たが、すぐに別の男=人形使いの男に魅了されていく。そんな尻軽女ぶりを見せ付けるなよ! その人形遣いも、「ちょっと実験してみただけ」・・ですか? はあ~~~~~ん???? そんな男、好きになりますか?

結果的にここで描かれたパリ・ベロニカは、・・・一言で言うなら、根性なしの、自分の価値観(男に対しても、人生にたいしても)を持たない尻軽女でしかない。この映画は孔子や孟子の教えのような人生教訓を語るような映画ではない。せっかくファンタジーを規範にしたのなら、ファンタジーだからこそ描ける真実というのがありそうなものだけど、そういう類のものでもない。ただひさすらクシシュトフ・キェシロフスキーが自分の妄想を映画にしただけの映画といっていいだろう。
なのに、この映画は、それでも見ている人の心をひきつける何かがある。そこに何かしらの愛がある。なんなんでしょうね、これは???? 

で・・強引に答えをさがしてみた。
・・・・これって、もしかしたら、自らが封印した自分のアンチテーゼへの愛なのかなあって思った。この映画はそういう意図のもとに作られている・・という意味ではなく、クシシュトフ・キェシロフスキーが、つねにそういう感性をもちあわせているのではないかな・・となんとなく感じる。

つまり、人は誰しも二面性を持ち合わせている。頭のなかでは「強くならなければいけない」と状況分析するとそういう答えが出てくるが、反面「弱いままでいいじゃないか」というかんがえある。しかし、現実世界で「「つよくなる」を選択した以上「弱いままでいいじゃないか」は水面下に葬り去ることになる。それは反対かもしれない。「強くならなければいけない」を葬った人もいるだろう。さらにそんな「強い」とか「弱い」といったような白黒つけられないようなものもあるだろう。とにかく、今の自分を存在させるために封印したもの。それは常に自分の意識の中には存在するのだけど、生き方としては表面化しない、いやさせないようにする。それは心の引き出しの奥にそっと隠されたままになる。しかし、それは確かに存在している。たとえ表面化させないとしても、それも愛すべき自分の一部であることには違いない。それも自分なのだ。

f0009381_17135324.jpg・・・キェシロフスキーは、この映画にかぎらず、そういう潜在的に隠されたものに触れる瞬間を映画にしているように思う。感じることで、心の中に存在するその何かを手繰り寄せていくような映画。だから、きっとこの映画は、愛すべき映画なのだと思う。

ポーランド・ベロニカの父のアトリエや、おばの家に行く途中に車中からみた赤いレンガ屋根の教会(?)、これらがパリ・ベロニカの潜在意識の中にあることが語られるとぞわぞわぞわってしてしまう。そして、最後、大地からそびえる樹にふれてみるベロニカ。どああああああああっと湧き上がってくるズビグニエフ・プレイスネルの音楽・・・、まさに訳のわからない感動がだあああああああああああああああっっとあふれる映画だ。

この映画は、クシシュトフ・キェシロフスキーの映像とズビグニエフ・プレイスネルの音楽が、見る人に、その人の理性に隠された潜在意識の自分を愛することを今一度思い起こさせる、恐るべき映画だ!
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by ssm2438 | 2010-02-23 17:16 | K・キェシロフスキー(1941)
2010年 02月 18日

ファイヤー・ウィズ・ファイヤー/禁じられた恋(1986) ☆

f0009381_613517.jpg監督:ダンカン・ギビンズ
脚本:ビル・フィリップス他
撮影:ヒロ・ナリタ
音楽:ハワード・ショア

出演:
クレイグ・シェイファー (ジョー・フィクス)
ヴァージニア・マドセン (リサ・テイラー)

        *        *        *

ヴァージニア・マドセンのファンなら必見映画

劇場公開時は『禁じられた恋』
ヴァージニア・マドセンといえば『エレクトリック・ドリーム』『クリアイター』が一番輝いていたと思うが、その次くらいにこの映画がはいってくるかもしれない。ミレーの絵画『オフィーリア』を再現しようとドレスを着て水面に浮かぶバージニア・マドセンをみるだけでも感動。
・・・しかし、お話はあんまり大したことない。最後、少年鑑別所の主人公が脱走していくのもどうなん??って思ってしまう。物語の展開的にはあまり共感がもてない作品だった。

森の中のカソリックのミッション系女子校で暮らすリサ(ヴァージニア・マドセン)は、自分自身をモデルにミレーの『オフィーリア』を再現しよう森の中に入って行った。用意したドレスを着て、カメラを自動シャッターに切り替え、水に入り自分の姿をカメラに収めようした時、1人の少年が自分を見つめているのに気付いた。彼は、マラソンの途中だった少年鑑別所の青年ジョー(クレイグ・シェーファー)だった。町の映画館で偶然再会した2人は、ますます胸さわぎを覚え、心ときめかせた。リサは、何とか彼と会う機会はないかと考え、「近隣者に奉仕せよ」というポリシーを盾に、少年鑑別所の少年たちをパーティに招く計画を提案た。再会した二人はスローダンスを踊る。学園内の礼拝堂で“H”にいたる2人だが、この密会が目撃され、強制的に引き離されることになった。リサを忘れられないジョーは、鑑別所から脱走するとリサを連れて逃亡した・・・。

ミレーの『オフィーリア』f0009381_614942.jpg(→)

by ssm2438 | 2010-02-18 06:17
2010年 02月 18日

ストリート・オブ・ファイヤー(1984) ☆☆

f0009381_446742.jpg監督:ウォルター・ヒル
脚本:ウォルター・ヒル/ラリー・グロス
撮影:アンドリュー・ラズロ
音楽:ライ・クーダー

出演:
マイケル・パレ (トム・コーディ)
ダイアン・レイン (エレン)
エイミー・マディガン (マッコイ)
ウィレム・デフォー (レイヴェン/ボンバースのボス)
リック・モラニス (エレンのマネージャー)

        *        *        *

ダイアン・レインのコンサートのノリは良い!

映画全体が舞台劇調でつくられているので、舞台とかコンサートにまったく興味をもたない私には全然入っていけなかった。ミュージカルではないが、ミュージカルのような調子(音楽のアクセントにあわせて映像がつくられている)ので、作為性が全面に出ている。感情移入しようにも登場人物もきわめて記号的で、見ている側に考える要素がない、映像と音楽を見せられるだけの映画。ドラマとして映画を見たい人にとってはきわめてダメな映画だろうと思う。でも、ダイアン・レインのコンサートシーンだけはきわめて燃えたので、☆ひとつおまけ。

<あらすじ>
リッチモンド生まれのロック・クイーン、エレン・エイム(ダイアン・レイン)が故郷の街に帰り凱旋コンサートをしている。会場はピークに達しようとしていた時、ストリートギャングボンバーズがステージに乱入、エレンを連れ去ってしまう。その話をききつけたエレンのかつての恋人トム・コーディ(マイケル・パレ)が戻ってくる。トムはマッコイ(エイミー・マディガン) と名のる元陸軍の車輛係をしていた女兵士と出会い、意気投合。翌日、トムはで武器を調達、組立式のウィンチェスター・ライフル、ポンプ式ショット・ガン、それに45口径リボルバーで武装しエレン奪還の準備を整えボンバースのアジトを襲撃、エレンを奪回した。エレンはトムの胸にとび込み、2人の間に昔の愛が甦えった。だが、メンツをつぶされたボンバーズのボス、レイヴェン(ウィレム・デフォー)が黙っているわけがない。ボンバーズは再びエレンを奪うためにリッチモンドを取り囲んだ。そしてトムとレイヴェンの大型ハンマーによる死闘が始まった。

by ssm2438 | 2010-02-18 04:47
2010年 01月 31日

グッドモーニング,ベトナム(1987) ☆☆☆☆

f0009381_944446.jpg監督:バリー・レヴィンソン
脚本:ミッチ・マーコウィッツ
撮影:ピーター・ソーヴァ
音楽:アレックス・ノース

出演:
ロビン・ウィリアムズ (エイドリアン・クロンナウア)
フォレスト・ウィッテカー (ガーリック一等兵)
チンタラ・スカパタナ (ベトナムの少女・トリン)
トゥング・タン・トラン (トリンの兄・ツアン)

        *        *        *

ベトナム従軍した米軍放送の実在した人気DJの話。基地の放送コード無視のハイテンション型破DJエイドリアン・クロンナウアの役どころでは、ここぞとばかりにロビン・ウィリアムズがその才能を爆発させている。ロビン・ウィリアムズといえば、どうしても過剰な親近感とサービス精神で作品によってはけっこううざいのだが、この映画のウィリアムズは悪くない。いつもこのくらいでやってくれてたらいいのになあって思う。ロビンウィリアムズのマイベストは『ハドソン河のモスコー』か、この『グッドモーニング,ベトナム』だろう。

泥沼のベトナム戦争、前線に向かう兵士たちを乗せたトラックとすれ違い、その場で即興のDJ、兵士の何人かをネタに笑いをふりまいていくクロンナウア。ほんのひと時の安らぎをむねに戦場にむかっていく兵士を見送るクロンナウア・・・、あのシーンは泣けるね。
そしてヴェトナムでの惨劇の映像のバックで流れるサッチモ『what a wonderful world』・・・。 こういうの〇〇技法っていうんだとか(忘れた)。悲惨なシーンに穏やかな音楽を流すとか、ギャグシーンに悲しい音楽をつけるとか、正反対の音楽をつける事で複雑な感情の染み込みを演出する技・・・。この映画も効果的につかわれている。

この映画を見ていて思うのは、アメリカ人のもつある種のおおらかさというのは、やはり精神的なゆとりからきているのだろうなって思う。英会話やってても、とりあえずはウェルカムなスタンスを提供する紳士的な態度。あれには感嘆する。で、なぜあれが出来るのかっていうと、アメリカ人ってアウェイで戦わない人種なのかなって思った。アウェイのところでさえもホームを持っていく。いちど沖縄の嘉手納基地の中に入れてもらったことがあったのだがあそこはまさにアメリカだった。広大な土地に緑の芝。日本人のいないめずらしい外国。きっとベトナム戦争の時もアメリカの基地内はアメリカだったのだと思う。
この映画ではアメリカによる他国への一方的な価値観の押し売りをゆるやかに批判している部分があるが、生きることは戦いだし、そのなかで勝ち抜いていくには、一番の正攻法なのだろうなって思った。

f0009381_9441437.jpg余談だが、ベトナムの少女トリンを演じたチンタラ・スカパタナChintara Sukapatana)はじつに可愛らしかった。タイの女優さんらしい。

<あらすじ>
1965年のサイゴン(現ホーチミン市)。本国から米軍放送の人気DJ、エイドリアン・クロンナウアー(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してくる。迎えに来たのはガーリック一等兵(フォレスト・ウィテカー)。
そして放送開始の時、

「ぐうウウウううううううううううううううううううううううううううううううううっモおおーーーーーにんヴィいええっとなあああああああああああむううううう!」

の大絶叫から始まるマシンガントーク。上司となるディカーソン軍曹(J・T・ウォルシュ)とホーク少尉(ブルーノウ・カービー)は動転したが、100万のベトナム米軍は絶大な拍手をもって彼を迎えた。
一方街にでたクロンナウアはいつぞや見かけたベトナムの美少女トリン(チンタラ・スカパタナ)を追いかけ、彼女の通う英語学校に入り込み、軽妙な英語を教えて人気者になる。怪しいアメリカ人として警戒していたトリンやその家族も少しづつ親近感を持つようになり、いつしかトリンの兄ツアン(トゥング・タン・トラン)とも親しくなった。
ある日、サイゴンのカフェにいるとツアンが現れ、クロンナウアを外へ連れ出す。するとさっきまでいたカフェが爆発炎上した。偶然の一致か、なんとか難を逃れたクロンナウアはそのテロ事件のことを放送で話してしまう。しかしニュース内容は軍の統制化で放送禁止でり、彼は降ろされてしまう。後を継いだホーク少尉のDJはまったくなまぬるいもので、反感の投稿が山のようによせらてくる。前線に向かう兵士たちの激励を聞き、再びマイクに向かったクロンナウア。
f0009381_9473670.jpgしかし軍情報部が、ツアンはベトコンの活動家であることをキャッチ。ベトコンと友達だったということで本国へ送還されることが決定したクロンナウア。信じられないクロンナウアはトリンを通じてツアンと会い、真相を知ろうとする。そしてベトナム人のもつ反米感情も知る。ふたりの間にはうめられない溝があった。
最後の日、英語学校のベトナム人たちとお別れのソフトボールをやった。ボールがないのでウリをボールにみたてた。そこにはクロンナウアを受け入れてくれる人々の笑顔があった。クロンナウアはサイゴンを去って行った。翌日の放送室のマイクの前にはガーリック一等兵が座っていた。放送開始のサイン。

「ぐうウウウううううううううううううううっモおおーーーーーにんヴィいえっとなあああむうう!」

ノリはいまいちよくないが、クロンナウアの魂を引き継いだ一声だった。

by ssm2438 | 2010-01-31 09:51