西澤 晋 の 映画日記

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2010年 10月 27日

レジェンド・オブ・フォール(1994) ☆☆☆☆☆

f0009381_13335039.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:スーザン・シリディ、ビル・ウィットリフ
撮影:ジョン・トール
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演
ブラッド・ピット (次男・トリスタン)
アンソニー・ホプキンス (父・ウィリアム)
エイダン・クイン (長男・アルフレッド)
ジュリア・オーモンド (スザンナ)

        *        *        *

大河ドラマ嫌いの私でもこれは惚れた。大雄大なモンタナの大自然バックに描かれる怒涛の人間ドラマ。叙情的感動巨編! 魂をゆすぶる映画とこはこのことだと思ってしまう。ブラッド・ピットが馬にのってあらわれるだけで、感動してしまう。監督は『きのうの夜は・・・』、『ラストサムライ』、『ブラッド・ダイヤモンド』のエドワード・ズウィック。大好きな監督さんのひとりです。そのエドワード・ズウィックのなかでもこの『レジェンド・オブ・フォール』が最高だろう。
しかし、この人の演出というのは、全部みせてしまう映画、観客が想像する部分をもたせない映画。一方的に情報提出型のスタイルなので、その部分がともするとつまんなく見えることもある。この映画もそういう撮り方ではあるのだけど、見ているものを飽きさせない怒涛のドラマを象徴的にみせている。
物語はブラッド・ピット扮するトリスタンが、生まれてから死ぬまでを描いた作品なので、全部描くとすると膨大な時間が必要になる。しかし映画の時間は2時間10分。作り手はそのなかにドリスタンのドラマを凝縮しなければいかない。エドワード・ズウィックは、総てのシーンを丁寧にとるのではなく、もっとも象徴的に描けるシーンをとことん印象的に、情緒的に、ドラマチックに撮り上げている。そのようなシーンの選択と、ドラマチックな見せ方がとても素晴らしい。

その画面をフィルムにやきつけたのはジョン・トール。この人のとる大自然はいつも素晴らしい。『シン・レッド・ライン』でみせた戦場の舞台となる自然の美しさ。『ウインズ』で見せたヨットレースの豪快な海の輝き。この人のダイナミックは自然描写は素晴らしい。
この映画は、エドワード・ズウィックのゆるぎない演出と、ブラッド・ピットの魅力と、ジュリア・オーモンド存在と、馬と熊とモンタナの大地が一体化し、そこにジェームス・ホーナーの音楽がかさなり、それをジョン・トールが一本のフィルムにまとめた奇跡のコラボレーション。ひたすら酔える。

f0009381_13383833.jpg<あらすじ>
アメリカがインディアンを押しのけてその勢力を拡大していた20世紀初め、その戦いに疑問と後悔をもった騎兵隊大佐のウィリアム・ラドロー(アンソニー・ホプキンス)は脱退、忌まわしい侵略の記憶から逃れるため、モンタナに牧場をひらき、定住して3人の息子たちの成長を見守っていた。中でもインディアン・イズムにもっとも傾倒した次男トリスタン(ブラッド・ピット)に、ことのほか愛情を注いだ。ウィリアムの妻イザベルは、過酷な自然環境に耐えられず彼と別居して街に住んでいた。時は流れ、ハーバード大で学んでいた末っ子サミュエル(ヘンリー・トーマス)が、婚約者スザンナ(ジュリア・オーモンド)を連れて帰郷した。そんなスザンナの美しさには長男のアルフレッド(エイダン・クイン)も、そしてトリスタンも魅了された。
やがて第一次大戦が勃発し、ドイツの侵略に対して祖国イギリスが戦っている状況にあり、長男アルフレッドと末っ子のサミュエルはカナダから義勇兵として出兵するといいだす。国家のためにの名目で国の為に戦いインディアンを殺戮した経験をもつ父はそれには強く反対した。その夜トリスタンは、サミュエルの出征に反対するスザンナに「行くなと言え」と言うが、それも無理なこと、「サミュエルを守って」とトリスタンにすがりつくしかないスザンナ。こうしてトリスタンも「サミュエルをかならず守る」と約束して出征していく。

ヨーロッパ戦線でサミュエルはトリスタンの目の前で敵兵に撃たれ死亡、弟を守りきれなかったトリスタンは、サミュエルの体から心臓を取り出し、足を負傷して帰国を余儀なくされたアルフレッドにその心臓を預け故郷にもちかえらせる。復讐の念にもえるトリスタンは、夜になるとドイツ兵を襲いのどを切り裂き、殺した兵士の数だけ頭の皮を剥い持ち帰る。血みどろの様相に見方の兵士たちも息を呑んだ。
悲しみにくれるスザンナに長男アフルレッドが愛を告白する。しかし、彼女の心の中にはトリスタンがいた。半年が過ぎたある日ふらりと帰ってくる。サミュエルの墓標の前で一人泣いているトリスタンに、スザンナが寄り添ってくる。その夜、2人は結ばれ、同じく彼女を愛していた長男のアルフレッドは家を出て、街で事業に乗り出して成功する。
モンタナの牧場でスザンナと幸せに暮らしていたトリスタンだが、弟を救えなかった罪の意識にくわえ、その弟の婚約者であったスザンナと幸せになることに耐えられなくなり、「永遠に待つわ」というスザンナを残して放浪の旅に出た。数年したある日、旅先から「もう待つな、俺たちの愛は終わった」という手紙をうけてとり絶望するスザンナ。

十年近くが経ち、心を浄化させたトリスタンは馬のひづめの音とともにモンタナに帰ってきた(このシーンだけでも感動してしまう)。父は半身付随になり、スザンナはアルフレッドと結婚していた。今では議員になって豪邸に住んでいるアルフレッド邸をおとずれるとスザンナがいた。

「なんで帰ってくるのよ、帰ってくるんだったら待ってるのに、言ったきりならそれっきり帰ってこないでよ・・・(また愛してしまう)」という押さえ切れない想いが湧き上がるスザンナ。それが2度目の絶望なら3度目の絶望はそのトリスタンが、ネイティヴ・アメリカンとの混血で、使用人の娘であるイザベル(カリーナ・ロンバード)と結婚したという話を聞かされたときだ。スザンナが次にトリスタンに会ったとき、トリスタンは妻であるイザベルとサミュエルと名づけた息子と一緒にいる時だった。自分がほしかった幸せがそこにあった。
その頃、トリスタンは禁酒法に逆らうように酒の販売の商売を行っていたが、ある日、警察の待ち伏せに遇い、威嚇射撃の流れ弾でイザベルが命を落とす。発砲した警察官を怒りのあまり殴り倒してしまい、30日間の禁固刑が科せられるトリスタン。そんなトリスタンの面会におとずれるスザンナ。

「私は夢をみるの。あの子たちの母が私であるような・・・。彼女(イザベル)の死も願ったわ。それだけじゃない、サミュエルの死も・・」
・・・こんな言葉が書けるなんてすごい。映画史上にのこる名シーンだと思う。

その夜、スザンナは自殺した。トリスタンは、銃を撃った警官とそのボスたちに復讐を遂げた。スザンナの遺体はモンタナに運ばれ、再会したアルフレッドはトリスタンに、「私は神と人間のルールに従ってきた。お前は何事にも従わなかった。しかし皆はお前を愛した」と言う。トリスタンは、兄に子供を預かってくれるよう頼み旅立っていく。

この映画で“自然の化身”としてのトリスタンを演じたブラッド・ピットは、ロバート・レッドフォード『リバー・ランズ・スルー・イット』でも“自然の化身”を演じているが、この二つのブラッド・ピットは実に素晴らしい。この“自然の権化”を愛してしまう不幸になっていくジュリア・オーモンドが実に不憫でまたいい。実にいい映画だ。

by ssm2438 | 2010-10-27 11:14 | E・ズウィック(1952)
2010年 09月 25日

Elements of Desire (1994) ☆☆☆☆☆

f0009381_17174617.jpg監督:キャメロン・グラント
脚本:キャメロン・グラント

出演:ジュリア・アン(Julia Ann)
    セレステ(Celeste)
    シェイラ・ラヴォー(Shayla LaVeaux)
    エイジア・カレラ(Asia Carrera)
    ティファニー・ミンクス(Tiffany mynx)
    ジェナ・ジェイムソン(Jenna Jameson)

       *        *        *

アメリカンポルノの金字塔!・・・だと思う。

でも、ハードコアでもないし、きちんとしたストーリーがあるわけでもない。いわゆるBGVである。しかしながら、BGVでありながら充分エロさも追求しているし、“H”ビデオでありながらBGVとしてのさわやかさを両立している。エロ目的で見る人にはもっとどぎついのはあるだろう。しかし美しい“H”を軽やかに愉しみたい方にはとってもビデオである。
さらにこのビデオ、音楽の使い方や、照明の使い方など、ビジュアル系の画面をつくる仕事に携わる人にはぜひとも見ておいて欲しい作品だ。内容の乏しい“H”ビデオは、照明とスロー映像で見せるしかないのが常套手段だが、そうとわかっていてもやっぱりこの演出は素敵だ。

このビデオの監督はキャメロン・グラント。さりげないSM感であじつけされた演出がなにげに心を刺激してくれる。内容的には『ナイト・トリップ』などで有名なアンドリュー・ブレイクのそれとよく似ているが(実は私も最初はこれもアンドリュー・ブレイクだと思っていた)、こちらのキャメロン・グラントのほうがややハードコア系で、お洒落な映像をつくってくれるという印象だ。

パッケージの写真のパターンはいくつかあるようだが、なぜか蛇とからんでるジュリア・アンの写真。本編中にはそんな蛇なんか出てきてないのだけど・・・。このイメージだけだと失敗かなって思える。
さらに、最近のパッケージでは主役のジュリアではなく、ジェナ・ジェイムソンを表紙にすえたバージョンもある。本作ではまだ人気のでてなかったころのジェナ・ジェイムソンがこそっとでているのだが、どうもこちらの表紙はいただけないなあ。これはあくまでジュリア・アンで売るべき作品だと思うし、このビデオが好きな人がジェナ・ジェイムソンだからという理由で見るとも思えない。

内容は、
ジュリア・アンとアーロン・コルトのカップルは最近ではパッションが冷めてしまい、つまらない日々をおくっていた。そんなジュリア・アンが衛星放送を受信することになり、よなよなチャンネルをあさっているとアダルト番組を放送するチャンネルに出くわす。
そのチャンネルに感化され、徐々に性的刺激を復活させていくジュリア・アン。アーロン・コルトとの間にもセックスが復活するようになる。中が修復されたかと思われた二人だったが、彼はシェイラ・ラヴォーと浮気をしていた。その現場をみてしまうジュリアは感情を爆発させるが、シェイラの罪悪感に満ち溢れたひとみを見ているとその怒りも静まり、3人で愛し合うことになる。夜にはジュリアのお楽しみの時間を3人とシェアし、幸せになるのだった。

by ssm2438 | 2010-09-25 17:28
2010年 07月 25日

仮面ライダー第84話:危うしライダー! イソギンジャガーの地獄罠(1972) 

f0009381_14254016.jpg監督:石森章太郎
脚本:島田真之/石森章太郎
撮影:川崎竜治
音楽:菊池俊輔

出演:
藤岡弘 (本郷猛/仮面ライダー)
千葉治郎 (滝和也)
マキ (山田圭子=丘野かおり)

       *        *        *

この話数、たまたまみたのですが、なんだか画面がすごい! まるで映画のような仮面ライダーだなあと思ったらなんと原作者の石森章太郎が一本だけ監督した話数。
他の話数とは明らかにテイストが違います。全体の流れのテンポの悪さがきわだっているのですが、それ以上に望遠レンズの画面がすごくかっこいい! ヘリコプターも登場、あれ、レンタルするだけでもかなりお金がかかっただろう。そのヘリを使ったのか、ヘリからの空撮もばんばんはいる。フカンの映像がやたらと多いのだけど、それがなかなかカッコいい。おこさまむけテレビシリーズとしてはありえない話数でした。

おまけに私の大好きな丘野かおり嬢(当時の芸名は山田圭子)がゲスト出演。うれしい! 麻丘めぐみといい、丘野かおりといい、どうもこの手の顔にはよわいらしい(苦笑)。

f0009381_1433357.jpg<あらすじ>
空撮とナレーションで始まるプロローグ。ブラック将軍の声に激され怪人イソギンジャガー登場。しかしそこをたまたま通りかかった釣り人(石ノ森章太郎)に姿をみられ、これを抹殺。つづいて父の行方を捜している女性マキ(山田圭子丘野かおり)をさらうイソギンジャガー。
「滝がいながらなんてことだ!」とおやっさん。少年ライダー隊に連絡するためのハトがいっせいにはなたれる。画面だけはなんだかかっこいい! でも、電話したほうが早いと思うのは私だけ?

どこからかヘリをチャーターしてきた滝(千葉治郎)。なんとかゲルショッカーの車みつけ追う本郷(藤岡弘)。爆弾攻撃をうけるライダー、ジャンプするサイクロンのストップモーションでアイキャッチへ。
その行く手からあらわれるゲルショッカーの戦闘員。無音効果やカット割り、大胆な望遠レンズなど、テンポの悪さを気にしなければ映画的な演出が充分たのしめる(苦笑)。やがてゲルショッカーのオートバイ部隊を蹴散らしたライダーに、イソギンジャガーとの決戦第一弾。イソギンジャガーの触手攻撃に苦しむライダーだが、キックで脱出。おおまたも無音演出!

追っていた車のなかからマキを助け出す滝、一方なにがどうなったのか、変身の解けた状態で海岸の岩場に倒れていた本郷。目を覚まし、同じく岩場に倒れているマキ(実はダミーの人形)に気づいてふらふらになりながらも近づいていく。上空にはマキをのせた滝が操縦するヘリ。
本郷もろとも爆発。「本郷!」と悲痛な顔で叫ぶ滝だが、心配したのもつかの間、「大丈夫だ!俺はここにいるぞ!」と本郷さんの声。見ればヘリにライダーがぶら下がっている仮面ライダー。なんだか絵にならないのだが・・・。

f0009381_14265771.jpgマキさんのお父さんがイソギンジャガーだと分かった仮面ライダーは、頭の変身装置だけを破壊するため、ライダーポイントキックを放ちます。キックをうけたイソギンジャガーは波打ち際に着地する。つづいてライダーも。フレームの端にたち向かう会うイソギンジャガーと仮面ライダー、その間を波が打ち寄せる間。これも望遠でとっているのでカッコいい。
そこにかけよるマキ。これも砂場を走るマキのうしろにうちよせる波。これもがつんな望遠。おお、すばらしい!
ブラック将軍の声が聞こえ、さらに戦いを挑もうとするがばたりと倒れるイソギンジャガー。そしてイソギンジャガーはマキのお父さんへと戻っていったのでした。。

話はいまいち、テンポ最悪なれど、かっこいい望遠画面はいっぱいです。
コアなファン、必見の『仮面ライダー』84話でした。

by ssm2438 | 2010-07-25 14:34
2010年 07月 18日

狼は天使の匂い(1972) ☆☆

f0009381_137341.jpg監督:ルネ・クレマン
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
撮影:エドモン・リシャール
音楽:フランシス・レイ

出演:
ジャン=ルイ・トランティニャン (トニー/フロギー)
ロバート・ライアン (チャーリー)
レア・マッセリ (シュガー)
ティサ・ファロー (ペパー)
エマニュエル・ベアール(アイスを食べるソバカス少女)

       *        *        *

お話だけがつまらない映画。・・じゃあ全部ダメじゃん・・という人もいるだろう・・、しかし・・・。

しかし・・、見るべきところはいっぱいある映画である。
問題はこの御伽噺のスタイルをうけいれられるかどうか・・というところで見る人の分岐点が別れると思う。私はダメだ。よってお話には最初から最後までのめりこめなかった。映画の冒頭、『不思議の国のアリス』の作者、ルイス・キャロルの台詞の引用から始まる。映画も御伽噺なのである。

では「御伽噺とはなんなのか?」という問題が持ち上がってくる。普通の物語は、自然の摂理に従ってあるかそうな出来事やキャラクターを想像し、それを自然界の普通の法則のなかで展開していく。しかし御伽噺というのはその世界をつかさどるルールそのものを作者が作り上げることが出来る。なのでその世界は、金正日のように、作者が好きにできるのである。そうなると物語りはなんでもありの世界になってしまい私なんかは面白さを感じなくなってしまう。この映画も実はその傾倒の映画で、御伽噺が好きな人にとっては受け入れられガ、それが出来ない人にとってはつまらない映画になる。
普通の映画は、見ている人がその映画のなかの誰かに感情移入しつつ、その物語は自然の摂理に従って展開しているにしたがって、自分の感情移入したキャラクターがなんらか勝利をえるように期待できるものである。しかし、御伽噺の場合は、そのキャラクターが勝利するかどうかは、作者の気分次第できまるのである。ゆえに私は御伽噺が嫌いなわけだ。

映画は、ある少年の子ども時代の回想から始まる、その回想でおわる。

その少年は「友達をつくってきなさい」と母親に送り出され、見知らぬ街で、見知らぬ子供たちと接点を持とうとする。しかし最初のグループには拒否される。そのあとに接触したグループには、男が4人、女が2人がいて、彼らにその少年は歩み寄っていく。少年は、ビニールの網にいれたビー玉を「これ、あげるよ」というように仲間の和の中に入ろうとするが、その仲間のリーダーらしき男の子は、そのビニール袋をナイフで斬り、いくつものビー球が階段をはねて落ちていく。物語の最後では、その男の子は、リーダーの男の子と別れを惜しむように別れていく。
そこに何があったかは定かではないが、それは本編で語られているのだろう。そこでの構成メンバーとトランティニャンが合流する一味のメンバー構成が微妙に一緒なのだ。野球のボール持ってる男もいるし・・。そして最後に手を振りながら別れる二人の少年は、本物語の中でのジャン=ルイ・トランティニャンロバート・ライアンの行く末を暗示しているかのようにも思える。

<あらすじ>
写真家のトニー(ジャン・ルイ・トレンティニヤン)は、セスナ機を借りて撮影中に事故を起こし、その期待が群衆の群れに墜落、数多くの犠牲者をだした。その群衆の何人かはトニーに復讐を近い、彼を追い回していた。

パリから逃亡したトニーは、ニューヨークからモントリオールへ逃げた。その追っ手から逃げ延びるために別の一味に合流するトニー。一味のボス、チャーリー(ロバート・ライアン)で、その情婦シュガー(レア・マッサリ)、マットン(アルド・レイ)、リッツィオ(ジャン・ガバン)、パウルその妹ペッパー(ティサ・ファロー)がいた。
身を守るためにトニーは、その一味の一人一人の信頼関係を気付き、仲間に溶け込んでいく。
やがてチャーリーが計画している大仕事に誘われる。あるギャングの大親分が近く法廷で裁かれることになっているが、彼を有罪にする証人の女の子で誘拐するというのだ。彼女は成人女性ながら、13歳で知能の成長がとまっており、警察病院で保護されていた。
綿密に計画をたて進入した警察病院、しかし、彼女は自殺してすでにこの世の中には存在していなかった。
仲間が逮捕されるなか、ペッパーとともに味とにもどったトニーたちだが、警察の包囲網は迫る。ペッパーを逃がすと、トニーは味とにもどり、チャーリーとビー玉をかけて警察舞台にむけて発砲するのだった。

ただ・・、現実逃避のために、自分たちの法則で現実を空想に置き換えるそのやり方は・・オウム真理教と同じであり個人的には好きではないな。そんなスピリットがこの物語の根底にあるので多分私はこの映画があまり好きになれないのだと思う。

by ssm2438 | 2010-07-18 01:37 | ルネ・クレマン(1913)
2010年 07月 15日

雨の訪問者(1970) ☆☆☆

f0009381_033478.jpg監督:ルネ・クレマン
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
撮影:アンドレア・ヴァンダン
音楽:フランシス・レイ

出演:
チャールズ・ブロンソン (ドブス)
マルレーヌ・ジョベール (メリー)

       *        *        *

ヒロインがキム・ベイシンガーだったらよかったのに・・。

ストーリーは難解で、あまり関係のない話までからんでくるので、話ベースでみるとかなり厄介な映画だ。しかし、ルネ・クレマンの見せ方は素晴らしい。一般の映画よりも一サイズ寄った画面で撮ってくれるのがうれしい。寄ったサイズの中でアップをとり、フレーム外のものをフレーム内で表現してくれる。望遠の使い方が自然で、見やすく、もっとも正攻法の望遠映画だといえるだろう。そんな絵作りが圧倒的に魅力的な映画だ。

しかし、お話の展開は非常にいただけない。これでは何がどうなってるのか判らなくなる。とりあえずすっきりまとめてみると、こういう話だ。

ある雨の日にその街に降り立った一人の男にレイプされた女マルレーヌ・ジョベール。しかし彼女はその男を猟銃で撃ち殺してしまい。死体を海に捨てる。犯人を殺した時点で素直に警察に届けていれば、正当防衛が認められるケースだと思うのだが、これが犯された事実を隠すために死体を捨ててしまったことからある男チャールズ・ブロンソンに付きまとわれる。
彼はアメリカ陸軍の大佐で極秘任務についているらしく、その男がも持ち逃げした赤いバックに入った大金を追っていた。ブロンソンがその赤いバックを追えば追うほど、マルレーヌ・ジョベールが闇に葬りたい犯された事実と、犯人を撃ち殺して海に捨てた事実を認めざるを得ない状況になっていく。

このサディスティックな追い詰め方が映画的に魅力的だが、彼女にしてみればただただ不条理なだけだ。みていて気持ちのいい映画ではないが、演出的にはとても見ごたえがある映画だ。

ドラマの展開上、彼女を散々追い詰め精神的にも肉体的にいたぶるチャールズ・ブロンソンだが、映画の最後では彼女に恋をしたのだろうか。クルミで窓ガラスを割ってしまう・・(苦笑)。
本編の中で「恋をした人がクルミを投げるとガラスは割れる」・・らしい。チャールズ・ブロンソンがクルミを投げても窓ガラスは割れないのだが、マルレーヌ・ジョベールが投げるといつも割れるのである。

by ssm2438 | 2010-07-15 00:34 | ルネ・クレマン(1913)
2010年 07月 13日

まあだだよ(1993) ☆☆

f0009381_0273438.jpg監督:黒澤明
脚本:黒澤明
撮影:斎藤孝雄/上田正治
音楽:池辺晋一郎

出演:
松村達雄 (内田百けん)
香川京子 (奥さん)
井川比佐志 (高山)
所ジョージ (甘木)

       *        *        *

おおおおおお、その鍋をやってるときの怒涛の望遠は燃える!!

香川京子さん、好きです。なかでも成瀬巳喜男『おかあさん』のなかでの香川京子さん、大好きです。黒澤作品でもきれいどころのヒロインでなんどか使われてましたが、最後も香川さんできましたか。

作品自体は・・・とりあえず、これを見たときはそれほど面白いと思わなかった。もしかしてあと30年くらい生きたらこの映画が良く見えるかもしれない・・・とおもわせてくれるところはさりげなくある映画。でも、やっぱりああの望遠だけの映画かもしれない。
・・・でも、黒澤作品のなかでは意外と嫌いではない映画である(苦笑)。いつもはうざいと感じる作為性も、この映画においてはそれほど感じない。たぶん感情移入できない映画というか、その必要がない映画だからなのだろうか。こういうふうに、教え子に慕われる教師というのが、あまり想像できないんだな。なのでどうも、別次元のお話なのだと私の脳は理解したらしい。

でも感情移入できないならもうちょっと短くてもいいのでは?
東芝日曜劇場みたいに50分で作ったらいいのができてたかもしれないのになあ・・。

by ssm2438 | 2010-07-13 00:37 | 黒澤 明(1910)
2010年 07月 02日

ファイアーストーム(1997) ☆☆☆

f0009381_031064.jpg監督:ディーン・セムラー
脚本:クリス・ソス/グレアム・ヨスト
撮影:スティーヴン・F・ウィンドン
音楽:J・ピーター・ロビンソン

出演:
ハウイー・ロング (ジェシー・ウレイヴス)
スコット・グレン (ウィント・パーキンス)
ウィリアム・フォーサイス (逃亡犯・ランダル)
スージー・エイミス (鳥類学者ジェニファー)

       *        *        *

ここでも悪さオヤジはお前か、スコット・グレン!!

『バックドラフト』といいこれといい、火付け役はいつもスコット・グレンだなあ。映画は森林火災と戦うスモークジャンパーと呼ばれる消防降下隊員のひとり、ハウイー・ロング対脱獄囚人たちの戦いを森林火災をバックにこれでもかこれでもかアクション映画。アクション映画なのであるていど退屈なのは仕方がないが、しかし絵作りはさすがにディーン・セムラーかっこいい。

知る人ぞ知るディーン・セムラーは、『コカコーラ・キッド』『ダンス・ウィズ・ウルブズ』『ステルス』の撮影監督。私の大好きなシネマトグラファーの一人である。そしてこのディーン・セムラーが監督した映画が2本だけある。ひとつはスティーブン・セィーガル『沈黙の陰謀』、もうひとつがの『ファイアーストーム』である。そんなわけで、あんまりいないとは思うが、ディーン・セムラーのファンの人には貴重な映画の一つだ。
しかし、DVDは発売されておらず、中古のVHSを購入するしか手がないという悲しい作品。私はアマゾンで中古のVHSを買いました。世間的には価値がしられておらずまだまだ安いのでした。

<あらすじ>
救助活動中に足をいためたウィント・パーキンス(スコット・グレン)の後をうけてジェシー・グレイヴス(ハウィー・ロング)がスモークジャンパーのリーダーとなる。パーキンスは引退する日、D4地区は空気が乾燥し山火事が起きやすい状態になっていると忠告して基地をさっていった。
その言葉どおりその地区から山火事が発生した。消化舞台には地元の消防隊員たちが借り出されたが、人手を補うために近くの刑務所から、刑期が終わりに近い模範囚人たちが消火活動に参加してきた。彼らは刑期を満了する日が近いため脱獄はしないだろうと思われていた。しかしその中に、ランダル・シェイ(ウィリアム・フォーサイス)とその仲間4人がまぎれこんでおり、まんまと脱獄に成功。先の犯罪で隠したお金を取りにカナダへと向かった。
かれらは、炎につつまれて動きが取れなくなっていた鳥類学者ジェニファー(スージー・エイミス)を人質にとったが、スモーク・ジャンパーのジェシーが燃え盛る森林に降下し、彼女を救出。二人は囚人たちと壮絶な戦いをくりひろげつつ、燃え盛る森林から脱出したのだった。

by ssm2438 | 2010-07-02 00:40
2010年 06月 21日

神田川(1974) ☆☆

f0009381_272153.jpg監督:出目昌伸
脚本:中西隆三
撮影:原一民
音楽:佐藤允彦

出演:関根恵子(ミチコ)/草刈正雄(マコト)

       *        *        *

なんでこういうラストになる? 登場人物や作者の人間力のひ弱さを感じてしまう。

70年代の大学生を描いたかなりあまあまなストーリー。しかし・・・、これをみているとやり抜く力を感じないのが悲しい。なんでも、ヒット曲「神田川」を作詞した喜多条忠が、自らの愛と焦燥の学生生活を綴って書き下した同名小説が原作らしいが、「僕たちは頑張ったけど、どうせだめなんだ」が基本にあるような気がする。こういうラストに持っていくこと自体が理解しがたいし、こういうエンディングにすること自体、作り手の生命力のひ弱さを感じずにはいられない。
自分の力不足を嘆いて酔っているだけ・・というか、間接的に「俺たちを不幸にしたのはお前らだ」と大人たちの無理解さを批判しているというほうが正しいかも。でも、じゃあ自分たちでしぶとく生き延びようというエナジーはない。まあ、成人してもだだこねて、大人たちにあまえていたんですね。この時代の作品というのはそういうのが多いことは確かだけど・・。やっぱりこれも、一足遅れてやって来てアメリカンニューシネマの負の影響力のような気がした。あるいは・・・ベルトルッチ・テイストとでもいいましょうか・・、体制に反発しながらも結局は抵抗出来ないやるせなさを感じた。

・・・しかし、画面は良い。きもちょい望遠でつづられた関根恵子草刈正雄のショット、その背景となる70年代の東京を切り取った原一民の画面はとってもいい。そして雪山のなかで関根恵子の肢体はまぶしいばかりに美しい。

<あらすじ>
大学の人形劇サークルに所属している上条真(草刈正雄)は、司法試験に受かって既に一人前になっている兄の高圧的支配と、親からの仕送りのなかで、自立力の乏しい学生生活をしていた。そんな彼が、印刷場に勤める池間みち子(関根恵子)と付き合い始める。
やがて妊娠するみち子。しかし二人の関係に反対の兄は、そんなみち子を産婦人科医に連れて行き、麻酔の間に堕胎手術をうけさせてしまう。兄と決別した真はサークルをやめ、二人の生活を守るために働きながら学生生活を送ることになるが、疲れ果ててかえってくる真をみるのがたえられなくみち子。そんな二人の家計を助けるためにバーのホステスとして働くというみち子だが、それこそ真には耐えられない。理想と現実のハザマで二人はぎすぎすしてくる。
そんなときサークルのチーフとマキシは雪山で自殺する。マキシが真への愛に敗れて自暴自棄になり、チーフの備前がそれに付き合うことになってしまった。二人の遺体を見ながら、みち子はいつか真と離れなければならない自分の運命を悟り、真の「二人で生きよう」との言葉にも、涙にぬれる顔を横にふり続けるだけであった。

こういうエンディングしか描けない原作者の精神にはまったく共感がもてない。超しらけエンディングであった。

by ssm2438 | 2010-06-21 02:07
2010年 06月 17日

高校生ブルース(1970) ☆☆☆

f0009381_1174342.jpg監督:帯盛迪彦
原作:柴田成人『傷だらけの十六歳』
脚本:伊藤昌洋
撮影:喜多崎晃
音楽:伊部晴美

出演:
関根恵子 (北原美子)
内田喜郎 (加藤昇)
篠田三郎 (五十嵐)

       *        *        *

大映期待の新人関根恵子の記念すべき映画デビュー作。

っしかし、これがデビュー作なんて・・、スゴイなあ。大映はけっこうこの15歳の娘にかけてたのかもしれないなあ。いやいやスゴイスゴイ。しかし、大映はあえなく翌年1971年11月29日をもって倒産。

演出的にはかなりスタンダードな演出。音楽や効果音の使い方はじつにスタンダード。とっても勉強になる。関根恵子内田喜郎の体育館の準備室での初めての“H”シーンは、かべひとつへだてた体育館ではバスケットボールをやっている。キスしようとするととたんに外界のバスケットボールの音。それからムードがよくなってセックスにうつると、音楽だけで、抱き合う二人とバスケットボールの試合のシーンをカットバック。
妊娠してしまった処理をどうするか篠田三郎に相談にいった内田喜郎。篠田三郎が話すシーンではレコードをかける。そのレコードに録音されているのは蒸気機関車のおと。その蒸気機関車の音をバックに篠田三郎がお手伝いさんと“H”をして妊娠・中絶にいったった経過を話している。
・・・とにかく音のいれからはやたらと勉強になった映画だった。ただ、テーマ曲をやたらと流すのは簡便してほしい。もうちょっといい音響監督さんをつかってほしいものだ。選曲になんしてはこの頃の大映はあんまりよくないね。

物語はさわやかなセックスがらみの思春期者ではなく、ほろ苦い思春期もの。無防備に“H”をしてしまい、妊娠、そして中絶手術のための朝早起きしてアルバイトする内田喜郎にたいしてとにかく追い詰める関根恵子。
無責任な“H”をする内田喜郎も悪いが、そのころの男の子に、そのあとの責任能力を問うのはかなり無謀、おかげでおいつめられてる内田喜郎君。関根恵子の責めは正論かもしれないが、男の子にとってはつらいだろうな。
結局堕胎手術はせずに、思い出の体育館の準備室で、内田喜郎にお腹をふいつけさせて流産する関根恵子。このくだりはビレ・アグビスト『ツイスト&シャウト』でも見ていたが、やっぱり痛々しい。
そして硫酸。その前のシーンで「顔の綺麗さなんて・・」なんぞのくだりがあったから、てっきり顔にかけるのかと思ってどきどきしてみてたら・・・、そこまではしなかった。増村保造じゃなうってよかったなあ。増村保造は五寸釘で目をさすから・・(苦笑)。しかし、叔父にかいてもらった思い出の絵の自分の顔のところにその硫酸をかけ、金魚鉢にも硫酸たらすし、金魚はほんとに殺しちゃうし・・、いろんな意味で混沌としている青春時代の性欲がらみ映画だった。

しかし・・・関根恵子の映画は、男が情けない。

<あらすじ>
十六歳の美子(関根恵子)はクラスメイトの昇(内田喜郎)と、薄暗い体育倉庫で肉体関係を結ぶ。彼からなぜ自分を選んだのか?と聞かれた彼女は「一番愛されているようだったから」と答える。彼女自身も「彼を好き」という感情はなく、とりあえず誰もがするものだから・・というような流れでそうなることを受け入れた。しかし何度かのセックスの後彼女は妊娠してしまう。とたんに現実の世界が二人に押し寄せてくる。

「石橋を叩いたら渉れない」という有名なことわざ(私が言ってるだけなのかもしれないが)があるが、この映画は、叩いたら渉れないから叩かずにわたってみたら崩れて落ちて・・、そこからもう一度自分の生き方を再構築するという映画。

by ssm2438 | 2010-06-17 22:44
2010年 06月 01日

沈黙の陰謀(1998) ☆☆☆

f0009381_2325330.jpg監督:ディーン・セムラー
脚本:M・サスマン/ジョン・キングスウェル
撮影:スティーヴン・F・ウィンドン
音楽:スティーヴン・エドワーズ

出演:
スティーヴン・セィーガル (ウェスリー・マクラーレン)
カミーラ・ベル (ウェスリーの娘・ホリー)

       *        *        *

ディーン・セムラーいいぞ! セィーガル映画の中では映画的(画面的・演出的)にもっとも完成度の高い映画だろう。

予想に反してとっても良かった。ま、セィーガルの映画なので誰がとっても同じだろうが、このディーン・セムラーが撮ったこの映画は、映画的に完成度が高い。話はもういじくれないが、その話を映画にしていくプロセスを担当したセムラーの手腕は実に評価に値する。もともとセムラーは撮影監督で、ドゥシャン・マカヴェイエフ『コカコーラ・キッド』ケビン・コスナー『ダンス・ウィズ・ウルヴス』の撮影監督で、絵作りに関しては堅実で効果的な画面を提供してくれていた。以前から才能は感じていたが、この映画で確実に認めてしまった。ちなみに私の好きな『ステルス』もこのセムラーが撮影監督をやっている。
しかし監督となるとこの『沈黙の陰謀』『ファイヤーストーム』の二本だけ。されど、この映画の映画としての質の高さをみると『ファイヤーストーム』も見たくなった。セィーガルファンにしてみれば地味でいただけないかもしれないが、セィーガルの映画のなかでも質的にはもっとも高度な映画になっている。

ただ、話は・・・うむむ、ちょっと地味かな。というより、多分この映画の原作になっている話の主人公はこの映画の主人公ほどマーシャル・アーツの達人でもないはずだ。おそらくハリスン・フォードあたりが主役をやってたら調和のとれた映画になっていたのではないだろうか。この映画のネガティブポイントは、セィーガルがセィーガルでなくてもいい作品をむりやりセィーガルの映画にしたてあげたところで、いつものセィーガル映画を期待した人たちにとってはものたりなさをおぼえたかもしれない。最後の花で解決も安易過ぎるし、もうすこし安直でない解決方法がなかったものかと思うし・・・。

今回登場の子役はなんとカミーラ・ベル。うむむむむ、可愛い。可憐だ。清楚だ。目の輝きがまるでキャロル・ブーケだ。セィーガルの映画に登場する子役のなかでは一番魅力的だろう。『暴走特急』キャサリン・ハイグルもよかったけど、この子役時代のカミーラ・ベルのほうが魅力的に見えた。

全体的に地味で、セィーガル映画としていいか悪いかは別にして、実に見ごたえのある映画に仕上がっている。返す返すもディーン・セムラーの仕事に敬意を表したい。

<あらすじ>
かつて免疫学者としてCIAの秘密研究所に勤めていた医師ウェスリー・マクラーレン(スティーヴン・セガール)は一人の町医者として、娘のホリー(カミーラ・ベル) とともに二人モンタナ州の片田舎に移り住んでいた。そんなある日、町を突然新型ウィルスの猛威が襲う。過激派のリーダー、フロイド(ゲラード・サーテン)の仕業だった。フロイドたちはウィルスを拡散させるまえにワクチンを接種していたが、そのワクチンも病気の進行を於染める力はあっても決定的な解決策にはならないことが判明、フロイドたちも死の恐怖を覚える。しかし、ホリーをはじめ何人かはウィルスに免疫がある者いた。フロイドたちはホリーを捕まえその血液成分を研究しようとするが、ウェスリーは娘を助け逃亡。かつてそこで研究をしていた秘密のCIAの生物研究施設でワクチンの研究を始める。

by ssm2438 | 2010-06-01 14:25