西澤 晋 の 映画日記

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2010年 04月 01日

グース(1996) ☆☆☆

f0009381_592685.jpg監督:キャロル・バラード
脚本:ロバート・ロダット/ヴィンス・マッキュウィン
撮影:キャレブ・デシャネル
音楽:マーク・アイシャム

出演:
アンナ・パキン (エイミー・アルデン)
ジェフ・ダニエルズ (トーマス・アルデン)
ダナ・デラニー (スーザン・バーンズ)

        *        *        *

『ウインズ』『ワイルド・ブラック/少年の黒い馬』キャロル・バラードがてがけたファミリー向け映画。ストーリー的にどうなんかな?って思うところもあるが、映画としてはきちんとまとまっており、盟友キャレブ・デシャネルの画面もあいかわらず素晴らしい。
キャロルバラードは、あんまり本数はないのだけど、作っている映画はかなり良質である。といっても私も、これと、先に上げた2本しかみてないのだが・・、ファミリー向けながら、映画術は恐ろしくきちんとしており、最強のカメラマン、キャレブ・デシャネルの画面もあり常に上質の映画に仕上がっている。

どうも私は「もうオレは飛べない、しかしお前には未来がある、お前は私を残し、飛んでいけ」ストーリーに弱い。『さよなら銀河鉄道999』もそんなにいい話だとはおもわないが、冒頭の999号に乗るとこまではけっこう感動した。この映画では親子で雁たちをリードしながら、渡りをとおしえるという物語だが、途中父親ののる軽飛行機が墜落。しかし父親は、「お前なら一人でも飛べる」と背中をおしてやる。もおう、これだけで泣けるんだな。感動をもたらす一つのポイントとして「伝える」という要素がある。想いが伝わる、使命を引き継ぐ、命が継がれる・・など、何かが引き継がれた時には、なんだか無性に感動してしまうものだ。

<あらすじ>
自動車事故で母を失っ14歳の少女エイミー(アンナ・パキン)は、父親のトーマス(ジェフ・ダニエルズ)に引き取られ、カナダ・オンタリオ州の農場に移る。父親は奇妙な彫刻を作る芸術家で、趣味はグライダーで空を飛ぶこと。それにスーザン(ダナ・デラニー)という恋人もいて、エイミーは新しい暮らしになじめないでいた。
ある日、彼女は森で親を亡くした雁(グース)の卵を見つけ、それを育てることにする。やがて卵がかえり、16羽のヒナたちが顔を出した。うまれて最初にみたエイミーを“ママ"だと思い込んだ彼らは成長していく。残念ながらそのうちの1羽は不具合があるらしく他の雁たちが飛べるようになってもみんなについていけない。
やがて彼らが南に渡る季節が近づいた時、父娘はグースたちに飛ぶことを教え、越冬地まで連れていかなければならないことを知る。トーマスはエンジン付きグライダーを開発し、それを使ってグースを先頭にたてて、彼らを南に渡らせようと考える。エイミーもグライダーの操縦をおぼえなければならなかった。
父とエイミーの乗る2機のグライダーは成鳥になったグースたちを扇動して南にむかう。途中、空軍基地に緊急着陸したり、ハンターたちに狙われたりといったアクシデントを乗り切って旅を続けるうち、彼らはマスコミの報道を通じて全米の注目の的になっていく。だが、目的地を目の前にして“パパ・グース号"が故障し、墜落。負傷したトーマスは、残りの行程を独りで飛ぶようエイミーを勇気づける。やがて、エイミーは一羽も欠けることなく無事に送り届けるのだった。

さすがに相手が鳥なので、望遠の画面がおおいことはとてもうれしい。
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by ssm2438 | 2010-04-01 00:01
2010年 02月 28日

最後の初恋(2008) ☆☆

f0009381_12551864.jpg監督:ジョージ・C・ウルフ
原作:ニコラス・スパークス
脚本:アン・ピーコック/ジョン・ロマーノ
撮影:アフォンソ・ビアト
音楽:ジャニーン・テソリ

出演:
リチャード・ギア (ポール・フラナー)
ダイアン・レイン (エイドリアン)
スコット・グレン (ロバート)

        *        *        *

画作りはとてもいい感じ

離婚して二人の子供を育てているダイアン・レイン。時折元夫のとのころに子供たちはお泊りにいくことになっている。その週末も子供たちを送り出したダイアンレインは、海辺にある小さなペンションを5日間だけ代わりに管理して欲しいと友人から頼まれ、ノース・カロライナのアウター・バンクスにある小さな町ロダンテに向かう。そこを訪れた唯一の客リチャード・ギアとのロマンスを描いた映画。
アフォンソ・ビアトの画面はすこぶる素晴らしい。望遠の画面がやたらと効いていて、ドラマチックな雰囲気をかもし出してる。だいたい浜辺にぽつんとたつペンションというだけですでに映画としてなりたっている。このペンションを望遠で撮るだけで気持ちがいい。
お話はかなりスタンダードで、お行儀のいいメロドラマといった感じ。原作は『メッセージ・イン・ア・ボトル』ニコラス・スパークス。・・・しかし、どうもこの人の書くお話は理性がききすぎていて、魂が理性を突き抜けるもにならない。図式的な感情処理なので、ハーレクインロマンス的な感じがする。どちらかというと感情移入するというよりも、見せられるタイプの映画だ。

医師ポール・フラナー(リチャード・ギア)は頬に腫瘍のある女性患者の手術中に、彼女を死なせてしまい、その患者の夫ロバート・トレルソン(スコット・グレン)に医療ミスで訴えられている。そのトレルソンから手紙をもらい、彼に会いにきていたのだ。しかし彼を家を訪ねると、その息子はポールのジャガーに蹴りを入れて追い返してしまう。その週末にはハリケーンが近づいてきており、エイドリアン(ダイアン・レイン)は食料を買い込んでいた。その食料品店で、トレルソンとフラナーの噂話を耳にする。
そのトレルソンがペンションにやってきた。ポールは手術と、患者の死にの原因について説明するが、トレルソンは「妻の目は何色だったか覚えているか?」と問う。答えられないポール。トレルソンは黙って帰っていった。そのやり取りをみていたエイドリアンは「彼は悲しみを知って欲しくて着たのよ。名のにあなたは自己弁護ばっかり」とポールの態度を非難する。
ポールにとって患者が誰であるかなどということは関係のないことだった。手術というのは作業であり、その中には対処不可能は事態も起きる。しかし、妻を失ったトレルソンにとっては最愛の人を失ったのだ。その心のすれ違いが、トレルソンを訴訟をおこさせ、怒りの表現にしていたのだ。

このあたりが、実にこのニコラス・スパークス原作の記号的なところなんだよね。私が想像するに医師というものは、それを作業として行い、死というもをそれ避けられない現実として受け入れなければやっていけないものだと思う。一般人が死に直面するのはそれほど多くないが、医療関係者にとっては日常茶飯事であり、それの総てに感情移入していては精神も身体ももたないはずだ。ゆえに医療ミスの裁判に関してはかなりの確立で医者が保護されている。これは手術に責任を感じすぎるとそれ自体の執行に不手際が生じかねないからだろう。手術を依頼する側もそれを理解して、手術に踏み切っているものだ。
そこを「おまえは感情移入してないからけしからん」というのは、登場人物の怒りのモチベーションにするのは浅はか過ぎると思う。このニコラス・スパークの原作にはそういうところが多い気がする。そしてこの映画のなかのそれぞれのキャラクターの行動のモチベーションが実に記号的なのだ。

f0009381_12545866.jpgハリケーンの夜を二人でなんとかやり過ごしたポールとエイドリアンは、再びトレルソンの家にいき、感情移入するべき相手として言葉を交わす。別にそれぞれが非難と弁護のがなりあいをするわけではなく、トレルソンは妻への想いを静かに語り、ポールはそれ静かに聴き、オーバーな表現をするわけでもなく「アイムソーリー」と言葉を搾り出すだけだった。
やがてハリケーンが通り過ぎたお祝いに町のパーティが行われ、その夜ポールとエイドリアンはお互いを求めあう。そしてポールは息子のいる南米へ旅立っていく。それからのエイドリアンの生活は輝きをとりもどしてきた。ポールからとどく手紙をまち、以前あきらめた工芸家としてのものづくりもはじめてみる。娘とのギクシャクもすこしづつ取れていく。そしてポールが帰国するという日、二人はあのペンションで逢うことにしていた。しかし彼は来なかった・・。翌日彼の息子マークが訪れ、父ポールの死を告げて遺留品を残していった。その中にはエイドリアンから届いた手紙とまだ出されていない一通の手紙があった。その手紙には、帰国したらエイドリアンと彼女の子供たちと一緒に暮らしたいという想いがつづられていた・・。

by ssm2438 | 2010-02-28 12:56
2009年 08月 24日

夜叉(1985) ☆☆☆☆

f0009381_23465563.jpg監督:降旗康男
脚本:中村努
撮影:木村大作
音楽:佐藤允彦

出演:高倉健
    いしだあゆみ
    田中裕子
    ビートたけし
    田中邦衛

     *     *     *

ほんとはヤクザ映画とか、健さん映画というのはそれほど好きではなくって、さらにビートたけしが出てるし、そう、私はどうも生理的にビートたけしが嫌いなので、長い間敬遠してた映画だったのですが、たまたまテレビでちらっと見る機会あってみたら・・・・画面のよさにやられました。で、速攻DVD買ったのが何年か前の話。

<あらすじ>
修治(高倉健)は大阪ミナミでヤクザをやっていたが、冬子(いしだあゆみ)との結婚を記に足をあらい、今は若狭湾の小さな港町で漁師をやりながら暮らしていた。決断力や行動力があり人望がある修治だが、漁師仲間との温泉旅行などには顔をだそうとはしない。そんな町に蛍子(田中裕子)がやってきて飲み屋を始める。そしてその情夫の矢島(ビートたけし)がやってくると、にわかにざわつき始める。
矢島は薬をやっていた。そして少しずつ漁師仲間もすこしずつ薬をやるものが出てくる。
そんな薬を全部すててしまう蛍子、逆上して包丁をもって暴れまわる矢島は誰とめたのは修治だった。殴り倒して立ち去ろうとする修治に矢島は起き上がり包丁できりつける。背中のシャツがぱっくり割れるとそこには夜叉が彫られていた。
やがて矢島はまた姿を消し、客足のひいた飲み屋『蛍』はがらがら。そんな店に顔をだすのは修治くらいだった。子供が騒ぎ、婿として入っている漁師の家では見えないストレスがあったのだろう。蛍子との時間に安らぎをみいだしていく修治は蛍子を抱くことになる。
そんなある夜、矢島がこっそりもどってきた。薬の取引で多大な借金をつくり、金を返さないと殺されるという。有り金を矢島に渡す蛍子。それをもって去る矢島。その夜蛍子は修治のもとを訪れる。「矢島を殺させないで欲しい」と・・。
次の日大阪に向かう修治だが・・・。


ストーリーもいつもの健さんものっぽくなくけっこうぶれている。漁師の生活かヤクザの世界か? いしだあゆみなのか田中裕子か? いつもの記号的な健さんよりもすこしは人間っぽくっていい感じ。本作品で田中裕子をエッチにいたってしまう展開というのは実に男の感性がにじみでててとってもいいと思った。

しかし何よりこの映画がすごいのは木村大作の望遠の画面だろう。冬の海をばっくにした港町。小島と本土をを結ぶ橋。この橋がとてもいい味をだしている。奥行きの圧縮のない欠陥一点透視しかイメージできないアホなアニメーターたちにみせてやりたいものだ。
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by ssm2438 | 2009-08-24 23:57 | 木村大作(1939)
2009年 07月 14日

風が吹くまま(1999) ☆☆☆☆

f0009381_1935269.jpg監督:アッバス・キアロスタミ
製作:アッバス・キアロスタミ
脚本:アッバス・キアロスタミ
撮影:マームード・カラリ

出演:ベーザード・ドーラニー
    ファルザド・ソラビ
    バフマン・ゴバディ

        *        *        *

アッバス・キアロスタミの映画というのは確実に素人っぽい。普通の大学生の自主映画的かなって思う。今まで『オリーブの林をぬけて』『桜桃の味』『クローズアップ』は見たがはっきりいってつまらない。どのくらいつまんないかというと、「『どですかでん』とどっちを無人島にもっていく?」って聞かれたら答えに迷うくらいつまんない。まあイランの映画だからある程度の技術力のとぼしさには目をつぶるいうのはわからなくもないが、世間で過大評価されすぎてる。で、きっとこれもつまんないんだろうなって思って見に行った。

・・・・びっくり。良かった。
でも、何が良かったかっていうと画面がすばらしく良かった。まるで印象派の絵画でもみているかのような画面、セザンヌが画面構成考えたんじゃないかって思えるくらい完成度の高い画面だった。以前の映画でこのような感覚を得た覚えがないので、たぶんこれはアッバス・キアロスタミの力ではなく撮影監督のマームード・カラリがセンスあるのではないかと思っている。ほかのキアロスタミの映画はカラリが撮っているわけではないので。
というわけで、今、マームード・カラリが他の監督とやった『オフサイドガールズ』という映画を取り寄せている最中。これみたら分ると思う。きっとこの人がセンスいんだと思うな。
ホントにこの映画の画面はすばらしい。映像だけみるだけでも価値はある。

しかし・・・話は、正直どうでもいい。アッバス・キアロスタミの監督作品の話なんてどれもにたようなもんで、あるようなないような・・。はは・・ひで。

by ssm2438 | 2009-07-14 19:15
2009年 07月 14日

乱(1985) ☆

f0009381_17132071.jpg監督:黒澤明
脚本:黒澤明
    小國英雄
    井手雅人
撮影:斎藤孝雄
    上田正治
美術:村木与四郎
    村木忍
音楽:武満徹

出演:仲代達矢
    寺尾聰
    根津甚八
    隆大介
    原田美枝子

        *        *        *

いやああ、つまらん。これってゴールデンラズベリー賞によくならなかったなあ。ぎょうぎょうしいだけの映画。

黒澤の映画って記号論な映画。登場人物はこういう性格の人でこういう芝居をする。もう芝居仕方もメイクの仕方もなにもかにも象徴的で全部記号、・・なので感情移入できないんだよね。そこ役者が芝居してても「ああ悲しい芝居してるのね、じゃあ悲しいのね」って解釈は出来るけど、見てる人がその気になって感情移入ですることはない。そういう象徴的記号をみせられるだ。
なのでこの映画をみてても、まるでこれって映画を撮ってるような映画だなあって感じるところが非常におおかった。合戦のシーンもまるで北朝鮮のマスゲームみたいで、角川春樹『天と地と』と同じくらいつまんない。いや、『天と地と』のほうが面白かったかも。

最近分ってきたのだけど、黒澤明って映画づくり下手な人なんだなあと・・。
自分の中のげろげろしたものを結局出せない人で、実に三島由紀夫みたいな感じ。自分のげろげろがだせないからそれらしものを仰々しく出してる、私はあばいてますよ~~って旗振ってる感じ。でも所詮は八代亜紀のメイクと同じで決して素顔は見せない。化粧としてなら怖い顔も、おびえた顔もかけるけど、本との顔は決して出さない。
だからなにとっても面白くないんだと思う。

by ssm2438 | 2009-07-14 16:59 | 黒澤 明(1910)
2009年 06月 21日

七人の侍(1954) ☆☆☆☆

f0009381_23503818.jpg監督:黒澤明
脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄

出演:
志村喬 (勘兵衛)
三船敏郎 (菊千代)
千秋実 (平八)
宮口精二 (久蔵)

        *        *        *

長い! それも長く感じた。 いろいろ詰め込みすぎ。 若侍と農民の娘の恋愛事までいれちゃうし・・、もうちょっと内容省略して2時間半くらいまでにしてほしいなあ。一シーン、一シーンきっちり撮っているけど、だからこそモタっとした感じがするし・・、もうちょっとさらりと流すこところは流して見やすくしてほしいものだ。
それでも、黒澤映画のなかでは見られるほうだな。ダイナミズムは文句なし!

最後の戦闘シーンでは、地面に何本も刀をさしておいて、一人きったら新しい刀を使うあれ・・リアルなところをつくなあ。日本刀って、人を一人か二人きったらもう血のり刃こぼれと脂で使い物にならなくなる。なのでああやって何本も刀を用意しとかないといけない。この「刀は2人までしか斬れない」の法則をきちんと描いたのは貴重。
その昔近藤正臣主演で『斬り抜ける』というTVドラマがあったが、あれもこの「刀は2人までしか斬れない」の法則をきちんと採用してて、敵が4人のときは2人まで刀で斬るとして、あとの2人はどう片付ける・・?というような展開をいつもしていた。竹やぶのなかで戦うと、相手と一緒に竹も鋭角的にばっさり斬って、そこに残りの敵を押し倒して串刺しにするとか・・。

しかし、この映画の三船敏郎はじつにかっこいい。最初はなんだか役立たずの侍もどきだとおもっていたが、いざ戦いになるともっとも頼れる男であることがわかる。村人とは心情的に距離感があるほかの侍たちと違って三船敏郎演じる菊千代は村人たちにもとけこみ、戦闘時でも、果敢に実行力と具体性を発揮する。
あと宮口精二演じるストイック・久蔵も素敵。

<あらすじ>
麦の刈入れが終わる頃、農村では野武士たちの襲来を前に恐怖におののいていた。百姓だけで闘っても勝ち目はないが、麦を盗られれば飢え死にしてしまう。百姓たちは野盗から村を守るため侍を雇うことを決断する。やがて、百姓たちは食べるのもままならない浪人たち7人をスカウトし、野武士に対抗すべく立ち上がる

by ssm2438 | 2009-06-21 23:09 | 黒澤 明(1910)
2009年 06月 21日

劔岳 点の記 (2008) ☆☆

f0009381_22325798.jpg監督:木村大作
原作:新田次郎
『劔岳 点の記』(文春文庫刊)
脚本:木村大作
    菊池淳夫
    宮村敏正
撮影:木村大作

出演:浅野忠信
    香川照之

     ×     ×     ×

不覚にもエンディングテロップで泣かされてしまった。
映画作りに携わってる人は、あのエンディングで私と同じようになけるかもしれない。。。
あれは木村大作、とってもいい仕事をしたなあって思ったよ。

絵はみなさんが言われてるように素敵です。すごい。山の絵だけで感動してしまう。
さすがに私が崇拝してる木村大作、ここにあり!です。おそれいりました。
最後の剣岳の登頂の瞬間の演出の下手さも文句のつけようのないくらい下手。編集でなんとかしようとした形跡があるけど、悲しいかなどうにもなってない。
もっとなんかあるんじゃないかって思うけど、まあ、そんなことはどうでもいいかなとも思わされてしまう。

あと、編集の乱れがちょこちょこ気になるかな。
・・みてて気持ちはわかるんだ。
スタッフの人に苦行をしいて撮ったのに、それを欠番には出来ない監督心裏といいましょうか・・、
あれがプロの監督さんなら「スタッフに嫌われた分だけフィルムを良くするのが監督の仕事だ!」っていえるけど、木村大作は監督としては素人で、その辺が徹しきれてない部分が見え隠れしたかな。
でも、それも最後のエンディング・テロップで「ま、これはこれでいいか・・っておもわせてしまった。
だってテロップ上は監督いないんだもの。みんな肩書きないんだから・・。
やられたね、あれには・・・。
だからこの映画は素人っぽくていいんだよ、きっと・・・。

あとこの映画をみてて思い出したのはヴェルナー・ヘルツォーク。
『フィッツカラルド』を思い出してしまった。
自然と対峙する人間ものといえばこの監督さんだけど、同じように演出なんて出来やしないそのまんまやってそれを撮影する映画。
贅沢なつくりだ。

そしてCGなしのとっても素敵な画面。
やっぱ映画はこうでなくちゃ!
くそCGでお茶を濁す映画はいかんよ。あれはスタッフの努力が見えない。
宇宙戦艦ヤマトのまわりこみもCGでやったってつまんない。あれは「おれたちはこんなことができるんだぞ!」ってやってみせてくれたアニメーターの苦労がそこにあるのが感じ取れてはじめて「おおおおおおおお!」って思えるもので、CGでやったら芸がない。

まあ、見る前はきっと画面だけの映画だろうなあって思ってたけど、
実際そういうふうにも見えるけど、
いやいや、見てよかった映画だったよ。
映画愛といいましょうか、職人愛といいましょうか・・。

もひとつ、子供のころ、小学校のころだけど臨海学校で手旗信号ならったのだけど、
徐々に感覚がもどってきて、最後読めた自分に感動した。
おおおおおおおおおおおおおおお! すげえ、もう40年ちかく前の記憶なのによみがえってる・・って。
でも、あれはカタカナの字幕にしてほしかったかな・・・。

とまあ、いろいろあったのだけど、なかなかたのしませてもらった映画でした。。
木村大作は日本の映画界、いや世界の映画界の至宝だ!!
でも監督はやらないほうがいい・・。
でも至宝だ!!

by ssm2438 | 2009-06-21 01:47 | 木村大作(1939)
2009年 06月 16日

海峡(1982) ☆☆☆

f0009381_1728457.jpg監督:森谷司郎
脚本:井手雅人
    森谷司郎
撮影:木村大作
音楽:南こうせつ

出演:高倉健
    吉永小百合

     *     *     *

再び森谷司郎監督作品である(苦笑)。
この人、監督力はそれほどあるわけではないとおもうのだけど、私好みの作品に携わる事が多い。メガホンを取る作品の選び方はとってもいい。

この映画、言わずとしれた「青函トンネルを作った男たち」の話である。『プロジェクトX』が取り上げる遥か以前に、東宝がこの物語に目を付けてトンネル完成前から作っていた話。
いや~~~~、この映画大好きなんだ。ただ、出来が良いか?と問われるとそんなことはあり得ない。NHKの『プロジェクトX』を見た方が燃えるようなきもする。なにしろあっちはドキュメントだし。そしてこっちはかなり商業的「売り」の要素等はいってきてて、脚本の未完成さは天下一品、つじつまあわないところもかずしれず。三浦友和の不必要なやんちゃぶりとかかなりおおい。ドラマの根幹はおおざっぱにイベント描写してるだけでかなりゆるゆる。劇中何人かの犠牲者は出ているがその描き方もほんとにこんなシーンいれる必要があったのかな??って思うくらいひどい。こういう映画はドキュメンタリー性を重視して「本来とれないシーンは撮らない!」くらいの心持ちでいってほしいものだ。崖からおとされる人形なんかをスローで取られても‥‥???って思ってしまう。そんなシーン本来ならとれないのであって、だったら撮らなくて良いのだ。
ま、この映画、ほんと不満だらけなんだけど、それでも私の中ではかなり強烈なインパクトをもった作品。
これだけシナリオが悪いのに、これだけ好きなれる作品も珍しい。

第一の要因は、人間のもつ「造る」というエネルギー。
健さんが波の荒立つ海峡に船を浮かべ海底の石を拾い上げるところかrあプロジェクトはスタートする。それから25年、国鉄という巨大企業がその海峡にトンネルを掘るという大プロジェクトを健さん視野で描いていく。あのころ昭和30~50年の国鉄は巨大な力をもった国内でももっとも巨大な企業のひとつだった。その後は赤字の宝庫となって解体民営化を余儀なくされたが、この物語のなかd絵描かれた頃の国鉄はほんとに「造る」というパッションにあふれていた。日本列島の山を掘り、川に鉄橋を架け、鉄道を引いていく。日本人が持つバイタリティのいっぺんをかいま見る気がした。戦後、日本を再生させたその力を感じてしまうのである。
これはもちろん、見ている人間の想像力に依存する。実際映画のドラマはあまりに弱いのだが、見ている側の人間にとってはもはやそれ自体はたいしたことではなく、「本来このドラマはこうつかられていればもっと良い物になっていた」という、その完成系でドラマが見える人にとっては想像力で補ってあまりあるダイナミックなドラマである。

そして燃える第二の要因。それは木村大作のカメラ。森谷司郎の演出が弱いのをカバーしてあまりある絵力。ずっと黒澤明と一緒にしごとをしていて、その時は森谷司郎も助監督だったのだけど、彼が監督をすることになると木村大作も彼の作品を撮るようになる。どちらかというと、私は森谷司郎作品での木村大作のほうが好きかもしれない。『日本沈没』も『八甲田山』もこの『海峡』も、木村大作のカメラなしには語れない。
森谷司郎以外にも降旗康男の『駅 STATION』とか『夜叉』なども木村さん。
その望遠レンズの画面がカッコよすぎです。

そして第三の要因。南こうせつの音楽。
伊福部サウンドなんかとはひと味違う、なんというか‥‥清々しい前進力を感じるんだよね。あのテーマ曲が流れてくると「頑張ってやるぞ!」って気になってしまう。

この映画、高度経済成長をとげた自体のバイタリティあふれる日本人魂の映画なんだろうなあ。強い国鉄っていいなあ(苦笑)。
その後私の大好きな増村保造が新幹線の騒音公害をネタにした『動脈列島』って映画をとっているが、これでも国鉄は巨悪的に描かれていた。今思うと「国鉄=巨悪」として描かれていた時代というのは実によかったなあって思ってしまう。
頑張れん、日本!!

by ssm2438 | 2009-06-16 01:54 | 木村大作(1939)
2009年 06月 10日

夜汽車(1987) ☆

f0009381_19292668.jpg監督:山下耕作
原作:宮尾登美子
脚本:松田寛夫
    長田紀生
撮影:木村大作
音楽:津島利章

出演:十朱幸代
    秋吉久美子
    萩原健一

        *        *        *

面白くない日本映画の典型。こういう映画が面白いと思われているうちは日本映画はだめだろう。役者さんたちはがんばって芝居をしているが、話自体に「夢」がなく、ひたすら現状を消費していく話。それが宮尾登美子の世界とだが、つまらない。

木村大作の画面以外は、きわめてたいくつな一作。

<あらすじ>
昭和10年の秋、芸者として各地を点々としていた岡崎露子(十朱幸代)は高知行きの夜汽車に乗っていた。そして16年ぶりに帰った故郷で、17歳の女学生に成長した里子(秋吉久美子)と再会した。「山海楼」という料亭に腰を落ち着けた露子は、夜汽車のなかで火を貸した田村征彦(萩原健一)という男と知り合い愛し合うようになる。征彦は高知のヤクザ田村組の息子だが、企業家としてヤクザとは別の世界で生きていた。
f0009381_19225132.gifそんな時、里子が結核と診断され、入院費用として千二百円の金が必要となった。再び借金を背負う身となり各地を転々、三年の歳月が過ぎた。退院した里子は、征彦に裏長屋を借りてもらったが、征彦と男女の仲になってしまう。高知に戻った露子は、里子にそのことを告白され泣いて飛びだした。

自分だけが露子や征彦の負担になってることを負い目に感じた里子は、芸妓娼妓紹介業の勢津を訪ねて二千円で身売りする。高知から遠い娼楼を望んだが、目をつけた百鬼(田村組と勢力を2分するヤクザの主)に力ずくで抱かれ、その時大量の喀血をした。里子を取戻そうと百鬼一家に乗り込んだ露子は小指をつめる。里子をひきとり人力車にのせ高知へかえる露子だが、里子は露子に抱かれて息をひきとる。

by ssm2438 | 2009-06-10 18:39 | 木村大作(1939)
2009年 06月 08日

ウインズ(1992) ☆☆☆☆

f0009381_0323445.jpg監督:キャロル・バラード
脚本:ルディ・ワーリッツァー
撮影:ジョン・トール
音楽:ベイジル・ポールドゥリス

出演:マシュー・モディーン
    ジェニファー・グレイ

        *        *        *

『ワイルドブラック/少年の黒い馬』の監督キャロル・バラード、制作フランシス・フォード・コッポラのコンビが再び結成された作品。キャロル・バラードはとにかくすがすがしくてとてもいい。のちに『グース』もとっているが、これもすがすがしい。残念なのはこの作品に関してはキャレブ・デシャネルが撮影監督してないことだ・・ああ、残念。
しかし、ジョン・トールの画面がダメかといえばまったくそんなこともない。この人も撮れる人で、キラキラ透明感のある画面は彼にむいている。後にテレンス・マリック『シン・レッド・ライン』の美しすぎる画面を撮っている。

主演のふたり、マシュー・モディンジェニファー・グレイも実にさわやかでいやらしさがなくて良い。以前肉体関係にあった二人が別かれた後、それぞれに別の相手が出来ている状態でふたたび一緒になりレースに挑む姿勢がとてもいい。一度負けたアメリカズカップのクルーたちが再び再挑戦する話。技術面だけでなく恐ろしいほどのお金がいる。それをどうカバーするのかというとこも物語りにもりこまれているし、CGもテレビ放送の時のそれぞれの艇の位置をみせる画面だけで、風をきって滑ってるヨットは全部本物。今見ると貴重だ。たぶんもうこれだけの映画は撮れないだろう。

ただ、これはあくまでフィクションであって、素材的にはノンフィクションで作ってほしかった内容。
ずうっとアメリカズカップはアメリカが勝ってきていたのだけど、その年ははじめてアメリカが負けて、4年後の次の大会でリベンジした話は有名。ほんとの彼らの想いを考えると、こういう内容にそのエピソードが置き換えられるのはちょっと不本意かもしれない。

<あらすじ>
ウィル(マシュー・モディーン)とケイト(ジェニファー・グレイ)は幼い頃から何事にでも一緒に挑戦してきた人生最高のパートナーとお互いに認め合っている。ウィルは富豪のモーガン(クリフ・ロバートソン)にさそわれアメリカズカップのヨット・クルーに迎えられる。ケイトも練習艇のタクティシャンとして迎えるが、モーガンのクルーの幹部からケイトをヨットから下ろすように言われる。アメリカズカップの本番では、ウィルがタクティシャンを勤めることになっていたからだ。ケイトは去っていった。
数ヵ月後、アメリカ、ニューポートで行われたアメリカズカップでウィルが操舵するアメリカチームは歴史上初の敗戦となってしまった。それまでアメリカチームはこの大会で負けたことがなかったのだ。
半年後、ユタ州にあるハイザー(ステラン・スカースガード)の研究所にいるケイトのもとを訪れたウィルは、ケイトにアメリカズカップ再挑戦の話を始め、興味を持ったハイザーを交え、3人で新しいヨットの設計を始める。ウィルはモーガンの娘アビゲイル (レベッカ・ミラー)から資金の提供を受け、数々の困難を乗り越えながらクルーを集め、ついにヨットジェロニモ号を完成させた。オーストラリアのフリーマントル。再挑戦の時が来た。アメリカズカップは前回同様オーストラリア艇との争いとなり、ケイトの設計した新しいセイルと彼女の絶妙なテクニックにより風を完璧にとらえたジェロニモ号は、見事優勝を果たすのだった。

by ssm2438 | 2009-06-08 00:04