主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

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マークスの山(1995) ☆

f0009381_10393423.jpg監督:崔洋一
原作:高村薫
脚本:丸山昇一
崔洋一
撮影:浜田毅
音楽:ティム・ドナヒュー

出演:
中井貴一 (合田刑事)
萩原聖人 (犯人・水沢裕之)
名取裕子 (高木真知子)
小林稔侍 (林原雄三)

     ×   ×   ×

はっきり言って、よう判らんぞ!

原作の『マークスの山』高村薫の小説で直木賞を受賞している。しかし原作自体も単行本から文庫本になる間に改稿されており、どれが原作なんだか・・・(苦笑)。。。
話としてははっきり言って面白くないんだ。賞をとったのは高村薫の浪々とした筆力のたまものだろう。

その原作を2時間半にまとめるには土台無理な話なのだが、その原作を無理してなんとかまとめて、失敗した作品。WOWOWでやったやつを先にみていたのでなんとかお話の概略はわかったが、これをいきなり見せられても「なにかようわからん」という印象しかもたないだろう。
そんなわけで、この映画の話は原作とも多少ちがい、WOWOWで放送したもののほうが原作らしいものに近いだろう。

この映画の物語の背景をまとめると・・・

修学院大学は国家の根幹に主要人物を数多く送り出している大学である。その山岳部に所属していた5人(木原郁夫、松井浩司、林原雄三 、浅野剛、佐伯正一)は、左翼の野村という学生とともに運動に参加していたが、仲間内紛争の時に一人の男を撲殺してしまった。彼ら6人はその記憶を忘れることにした。卒業しそれぞれが各分野で大物になっていこうとしていたある日、左翼運動に没頭していた野村が再び5人の前に姿を現した。5人は秘密を知る野村を山に誘い雪山で殺した。
マークス(MARKS)とはその5人のイニシャルである。Rは林原であり「りんばら」と読む。

映画ではこの5人がある男に命を奪われていく。
その犯人が水沢という男(萩原聖人)。彼は子供の頃、その殺人が行われた同じ山のなかをさまよっていた。両親が車のなかで排気ガスをゴム管で引き込み一家心中しようとしていたが、一人だけ生き残ったのだ。しかし一酸化炭素障害により精神に異常きたしてた。

でも、なぜ連続殺人事件がおきたのか? 実はそこのところが今ひとつ説明不足なのだ(苦笑)。これ見た人は判ったのだろうか? このあたりも尺を短くするために原作の内容を変えているのだが・・・、一応この映画のストーリーにそって話を進めると・・・、

水沢が精神障害をもってい入院していたと病棟に、精神を病んだマークスの一人浅野(原作では、医者になっていたが癌をわずらい罪の意識から、嘗ての事件を日記にしており、それを水沢が奪ったという普通の展開)が、毎晩水沢のカマを掘っていた仲であり、浅野の残した日記を拝借してマークス5人の悪行をしっていたという基本設定。(おい、いつからBL物に変わった??)
過去を封印したい林葉らが、退院した水沢をヤクザを雇って殺そうとしたら、そのヤクザのほうが返り討ちにあってしまう。それを機に、水沢が林原にことをばらされたくなかったら金をよこせと脅し、またひとり、またひとりと殺されていく・・という流れだったようだ(正直なところ、この映画だけで理解しようとすると無理がある)。


私が思うに、崔洋一ってホモだと思う。作品のそこはかにホモパルスがでまくってる。
ホモ監督が撮る映画ってとにかく生産性がないんだ。こればっかりは全世界共通だね。やたらと血が出る、それもゴシックホラー的な血。男と男がもみ合っているシーンがやたらと多い。打突系の戦いではなく、ぐにょぐにょ絡み合うのである。痛みに耐えられないといより悶えるシーンにしてしまう。意味なく男の裸とかおおい。タランティーノもホモだと思う。同質のホモパルスを感じるんだよなあ。本作でも、なんで中井貴一が上半身裸でスニーカーを風呂場で洗ってるのだろう??って思う。
一番のネックは期待させる見せ方が出来ない。その状況をグロく、ねちっこく描く。普通の人が見たいシーンとホモ洋一が描きたいシーンとは違うのである。ホモは未来に期待することなく、今を消費する。これってホモ監督がもつ共通項だね。
メグ・ライアンが絶好調のとき『キスへのプレリュード』という映画がある。現実逃避で変身願望があり、いつも現実から逃げ出したいとおもっている。主人公の男と結婚しようしたとき、彼女の魂がそこに迷い込んだ老人の男と入れ替わってしまうという話し。彼女の魂をもった老人を探し出して結婚生活をするという話。主人公はアレック・ボールドウィンだったが、爺さん役の男とキスなんてよくしたものだ・・・ああ、キモい。
その脚本家、絶対ホモだなって思ったらあんのじょう『ロングタイム・コンパニオン』ってホモ映画の脚本も書いてる。

ちなみに変身願望というのもホモ要素の一つである。現実の中で生きていかなければならないことを悟った男は、どうあがいたって自分を鍛えて強くするしか生き延びる方法はないのである。しかし、ホモは自分を強くすることをあきらめ他人になることを望む。中性的である子供の頃の男の子にはその願望は確かにあり、それがウルトラマンやら仮面ライダーを夢見る根源でもあるのだが、大人になるとそんなことはどうでもよくなる。男は現実のなかで生き残るために他にやらなければならないことがいっぱいあるからだ。
本作でも変身願望というのはささやかに息づいている。一酸化炭素中毒になった少年水沢は、統合失調症になっており、ときおり自信のなかに凶暴な人格が生まれる。水沢はその人格を『マークス』と呼んでいた。

・・・・ほかにもいろいろあるのだけど、ホモテイストがあまりにも多くて、おそらく一般人がみたいと思うようなシーンはほとんどないと思う。不思議なのが、「なぜこのシーンはこのように撮られたのか?」って疑問がけっこう多いのだが、「崔洋一がホモである」と定義すればそのなぞがすべて解ける。
一般人がみてうわああああ~~っと思うのは、名取裕子の数少ない“H”シーンだろうが、それとてホモ洋一にしてみれば、自分がホモであることのカモフラージュだと思う。

ホモ、嫌い。

きっとこの映画が面白いと思ってる人はホモだけだね。
by ssm2438 | 2013-12-15 10:42

赤ちょうちん(1974) ☆

f0009381_18142723.jpg監督:藤田敏八
脚本:中島丈博/桃井章
撮影:萩原憲治
音楽:石川鷹彦

出演:
高岡健二 (政行)
秋吉久美子 (幸枝)

    ×     ×     ×

これって日本の『不良少女モニカ』ってことか??
あれほど悪意はないのだけど、ナーバス・ブレイクダウンしてしまった・・という感じ。

実はこの映画、以前一度みたことがあったのだけど、そのときはあんまり面白いという気がしなくて・・・、それからもう20年以上もたったからすこしは感慨深いモノがあるかなって思って見直して見たら・・・何も無かった。申し訳ないけど藤田敏八って才能ないと思う。今まで一度も面白いと思ったことは無い。ただ撮ってるだけ。なにが撮りたいのかもようわからん。。。
話も生産性まったくないし、こんな無軌道な連中、整理的に好かん。反社会的というわけではないのです。ただ目的意識がまるでなくて時間をつぶすように生きてるだけ・・・。私が小学校6年生の時の映画ですが、あのころの二十歳くらいの人はこんな生活してたんでしょうか?? あまりにもくだらない人生だと思ってしまいました。こんなのを物語りにできるなんて精神構造が理解できない。
秋吉久美子も美しくない。眉毛がないのが気持ち悪い。当時の彼女はちょうど19~20歳くらいだと思うのだけど、なんでそのころからフェイ・ダナウェイみたいな眉毛せんといかんの???

<あらすじ>
有料駐車場に勤める政行(高岡健二)がなんとはなくと幸枝(秋吉久美子)と一緒に住み始め、管理人と相性悪かったりいろいろあってアパートをとっかえひっかえしつつ、そのうち子供ができて、政行は親馬鹿振りを発揮し二人は幸福だった。でもいろいろあってまたまた引っ越し。そこは一家心中があったいわくつきの家で、(でも家なのである、すげえ!)、隣の主人敬造が鳥の羽を剥いでいた。実は幸枝は鳥アレルギーで、その夜から幸枝の挙動がおかしい。突如政行を殴りつけたりした。翌日、幸枝は米屋の店員をビールビンで殴って大怪我をさせ、アレルギーだったはずの鶏の大腿肉をがつがつ食ったり・・・。結局幸枝は精神病院へ保護され、政行は赤ん坊を抱いて一人またいずこへか引っ越して行くのだった。
by ssm2438 | 2013-05-11 18:14
f0009381_8165993.jpg原題:SERIOUS MOONLIGHT

監督:シェリル・ハインズ
脚本:エイドリアン・シェリー
撮影:ナンシー・シュライバー
音楽:アンドリュー・ホランダー

出演:
メグ・ライアン (ルイーズ)
ティモシー・ハットン (イアン)
クリステン・ベル (サラ)

     ×   ×   ×

役者の名前が入っている映画タイトルに名作ナシ!

糞映画をなんとか売ろうという敗売店の策略なのだろうが、役者名のはいっている映画はかならずといっていいくらい糞である。この映画も正式なタイトルは『メグ・ライアンの 男と女の取扱説明書』となってるが、「メグ・ライアンの」は小さな字でかかれているのでタイトルにはいれないことにしてるのだけど・・・。
ほかにも、「名作ナシ」の項目に「ブラックユーモアの作品に名作ナシ」のことわざもあるのだけど、実はこの映画、そのカテゴリーにも入っている。

主役の2人は、嘗てラブコメの女王と呼ばれたメグ・ライアン。私は今でもそうだと思っているのだが、『イン・ザ・カット』でこけて以来日本ではビデオ発売だけになっている。この映画もそのひとつ。
ティモシー・ハットンも若い頃は『タップス』『ロングウェイ・ホーム』『普通の人々』といいところをこなしていたがさすがに最近は歳にはかてず、かなりくたびれた顔になってる。歳をとってもいい顔と悪い顔があるのだが、彼の場合はあまりしあわせそうではない顔なのだ・・・。

しっかし、役者的にはインパクトあるところをもってきてるのに、映画は・・・糞。とにかくシナリオが最低。

<あらすじ>
弁護士として成功をおさめたルイーズ(メグ・ライアン)は夫のイアン(ティモシー・ハットン)と別荘で休暇を過ごす約束をしていたが、ふたを開けてみると離婚宣告がまっていた。イアンは、1年以上も会社の受付嬢サラ(クリスティン・ベル)と付き合っていたことを告白、翌日パリに2人で飛ぶというのだ。口論の末、ルイーズの投げた鉢植えがイアンにヒットし気絶、その間にイアンはテープでぐるぐる巻きにされてしまう。「トイレに行きたい」と一度は脱出をこころみるも失敗、今度はパンツをぬがされ便座に座らされた状態でぐるぐる巻きに・・。そんなイアンに、クッキーやらギターの演奏やら昔の写真やらでなんとか嘗ての愛情を呼び戻そうとするルイーズ。

最後はウルトラCの策略で再び仲良くなるのだが、すべてがちっとも健全じゃない。メグ・ライアンの魅力はこの「健全さ」なのにそれがないので、演技だけいつものメグ・ライアンで、彼女が演じている女は沢尻えりかのようなビッチである。ティモシー・ハットンも、あれだけ「もう君のことは愛していない」と言ってるのにまた感情がもどるのは超不自然。もっともシナリオライターが才能あれば、どんな不条理な展開もそこそこ納得のいくものにしそうなものだが、この話は心がついて来ない。イベントだけは元に戻っただけで、感情はまったくそうなる流れになっていないのである。
メグ・ライアンの健気な演技だけは空回りしてるかなり空しい映画であった。。。
by ssm2438 | 2012-07-20 08:17

彼女のアリバイ(1985) ☆

f0009381_8342933.jpg原題:HER ALIBI

監督:ブルース・ベレスフォード
製作:キース・バリッシュ
脚本:チャーリー・ピータース
撮影:フレディ・フランシス

出演:
トム・セレック (フィル・ブラックウッド)
ポーリーナ・ポリスコワ (ニーナ)

     ×   ×   ×

ぷ・・・ぷ・・・プレディクタブル

話の導入部はこんな感じ。
フィル・ブラックウッド(トム・セレック)は小説家だったが、結婚が破局を迎えて以来、もう4年もスランプが続いていた。新しいイメージも出て来ないフィルは、編集長にも促されて、ネタ探しに裁判所の傍聴席に足をはこんぶ。そこで見つけたルーマニア移民のニーナ(ポーリーナ・ポリスコワ)。英語もたどたどしい彼女は、なんでもある男をハサミで殺した容疑で裁判にかけられている。
彼女の儚げな魅力に魅了されたフィルは、翌日神父に化けて(このへんからすで在り得ないのだが)拘置所に潜入、彼女と会ってしまう。フィルは彼女に「アリバイを提供する」と申し出る。ニーナはなにがどうなったのか分らないが、とりあえず出られるのならと、その申し出を受ける。フィルは、「ニーナは自分の彼女であり、その時間帯は彼女と“H”をしていた」と証言、結果彼女は拘置所から解放されることになる。

はっきりって在り得ない設定なので、投げ出したくなる(苦笑)。ま、どこまで見ても映画そのものはあんまりお勧めできるものではないのだが、唯一の救いはヒロイン、ポーリーナさんの可憐さ。
彼女は『銀座じゅわいよくちゅーるマキ カメリアダイヤモンド』のCMに出ていたチェコスロヴァキア生まれのスーパーモデル。顔かたちがいかにもコテコテの東欧系テイスト、ぱっとみあまり好みではなかったのだが、映画の中でうごいてるとこれが猛烈に可愛いんだ。
これは彼女に限らず、東欧系の女優さんってこういうギャップがあると思う。日本人にとっては「いかにも」って顔立ちなので近寄りがたいイメージをあたえるのだけど、動くと普通っていう感じ。そのギャップが日本人には妙に魅力的にみえたりする。残念ながら『カメリアダイヤモンド』のCMだとコテコテの東欧美女のテイストしか全面に出てないので彼女のホントの魅力は分らないと思うが、彼女の魅力はやっぱりこの映画だろう。

トム・セレックは、旧くは『未来警察』『スリーメンアンドベイビー』『Mr.ベイスボール』などで有名ですが、最近の『警察署長 ジェッシイ・ストーン』はなかなか素敵! 
監督は『ドライビング Miss デイジー』ブルース・ベレスフォード。彼がその数年前にとったのがこの映画。世間ではほとんど知られておらず日本でもビデオ発売のみ。正直なところ、コメディとサスペンスの噛み合わせがギクシャクして楽しくないので、映画としてはあまり面白いとはいえない。

やっぱり導入部で失敗してると思うんだ。殺人事件の容疑者として裁判にまで行ってしまってる容疑者を、小説のネタと下心のために衝動的に拘置所から出してしまうのか??? コメディでいくなら殺人がらみにはすべきじゃなかったのでは? ほかにも殺人を絡ませない物語の展開がなかったものか?? 殺人となると、それもヒロインがその容疑者となると、今ひとつ楽しくない!
・・・がしかし、この物語設定でコメディ調で展開される。はあ~~。。。

彼女を釈放するために、嘘のアリバイを提供したフィルは、彼女を田舎の自宅に連れて行く。そこに刑事のフランクが現れる。彼はフィルの証言は信じていないのだが、しばらく泳がせてる感じ。フィルが生きている間は、その証言が嘘だったと覆すことは可能だが、もしフィルが殺されたら・・・、その時は嘘のアリバイは成立してしまう。「ま、あんたも気をつけなさいよ」という警告だったりする。
そこでのニーナの立ち振る舞いは可愛いだけなのだが、時折素晴らしい身体能力を発揮したり、怪しいルーマニア男に付回されているような気配も感じる。
フィルは、もしかしたらホントに殺されるかもという疑心暗鬼もありつつ、彼女の周りに起こる怪しげなシチュエーションを小説にネタにして、どういう結末になるのか分らない現状を文字におとしていく。最終的にはこの一連の出来事が小説になりベストセラーになるってありきたりの展開ですが、オチとしては彼女がルーマニアのサーカス団の一員で、ああだこうだ・・という話で、もちろん彼女が殺人事件の犯人ではないのだけど、どこまで真剣に捉えていいのかわからないまま、最後まで行ってしまった(苦笑)。

以下ポーリーナ嬢のお写真、集めてみました。
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by ssm2438 | 2012-03-20 08:37
f0009381_227056.jpg原題:300

監督:ザック・スナイダー
脚本:ザック・スナイダー
    マイケル・B・ゴードン
    カート・ジョンスタッド
撮影:ラリー・フォン
音楽:タイラー・ベイツ

出演:
ジェラルド・バトラー (レオニダス)
レナ・ヘディ (王妃ゴルゴ)

       *        *        *

画「空気の濁り」の大切さが解らない奴ってバカだと思う。

『ガッチャマン』も『デビルマン』も、なぜCGでつくるとつまらないのかっていうことをいい加減CGクリエイターたちは気づくべきだ。この映画もそう。そこには、空気の濁りがない。なので、画面に本物感がない。まるで真実を追究できないCG屋が、それがなぜかもわからず、ただ、アプリケーションだけをつかって映像をつくっているようにしかみえない。
映画を見てる人はドラマを愉しみたいので、ドラマが作り物だとわかれば冷めてしまう。感情移入も糞もできない。そんなものをみて、面白と感じるわけがない。なぜ、CGを多用してる映画を、つまらないと感じるのか、そのワケをいい加減理解してもよさそうなものなのに・・・。

<あらすじ>
なんか画面の中で動いてる・・・・。
糞!

こんなの映画じゃねえ。ただのCG遊びだ。
by ssm2438 | 2011-12-10 22:10

下妻物語(2004) ☆

f0009381_21151452.jpg監督:中島哲也
脚本:中島哲也
撮影:阿藤正一
音楽:菅野よう子

出演:
深田恭子 (竜ヶ崎桃子)
土屋アンナ (白百合イチゴ)

       *        *        *

御意見無・・・・。

『進撃の巨人』をこの中島哲也がやるというので、一応見ておこうかとおもってみたのだけど・・・・・だめだ。。
これで楽しめる人間の感覚がわからん。。。

画面のなかにあるもの総てが嫌い。見たくない。『進撃の・・・』も終わったな・・・。
だいたい『進撃の巨人』って『サラマンダー』のアレンジなのだから、ロブ・ボウマンにやらせときゃいいのに・・・。
by ssm2438 | 2011-12-08 21:19
f0009381_8404116.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
榊原るみ (花子)
光本幸子 (冬子)
ミヤコ蝶々 (寅次郎の実母・菊)
田中邦衛 (福士先生)

       *        *        *

『男はつらいよ』の悪い部分が全部でた映画。

個人的には、『男はつらいよ』の車寅次郎というキャラクターにはまったく魅力を感じず、このような人物にもなりたいと思わない、私の理想からするとかけはなれた存在なのだ。そんな私がこのシリーズをみているのは、ひとえに、山田洋次の演出のすごさを感じるためといっていいだろう。しかし、今回のこの話は、見ていて嫌な想いばかりだった。なんでこんな話になってしまったのか・・・、語り口がひどい。

で、スタッフチェックしてみたら、その後常連となる朝間義隆がこの作品から脚本を書いている。初めての作品だったので、方向性がわかってなかったのだと思われる。それを山田洋次が修正し切れないまま作ってしまったのだろう。
しかし、この人が才能ないわけではないはずだ。その後のほとんどの作品は浅間義隆が書いていて、このシリーズに多大に貢献している。たまたま1本目で方向性が合ってなかったってことだろう。

なにがひどいかって、とにかく、寅次郎が低脳すぎる。ひたすらうすらバカ。寅次郎というのは、確かに学力はなさそうだが、低脳というわけではない。なにが大事かはそのつどそのつど理解しているキャラクターだと思う。が、この作品においては、ただの低脳として描かれてしまっている。
久々に実母の菊とあう帝国ホテルのシーンも、ひたすら低脳。そこに行くまでの車(博が運転し、さくらが助手席にすわり、寅次郎が後ろの席にいる)のなかでは、足をさくらの席のうえになげだしてみたり、ホテルのトイレの使い方がわからず、浴槽に放尿してみたり、あげくのはてはベッドがめZらしく餓鬼の様にとびはねてる。今回のマドンナ大田花子(榊原るみ)とのやりとりも、低脳同士だから理解しあえるという雰囲気で、彼女の世話をしていることがとっても幸せな寅次郎だが、かなりいきすぎているところもあり、寅次郎の行為が彼女のためになってるとも思えない。相手が知能障害のある弱者であるがゆえにみせる寅次郎の独占欲もかなり気持ち悪い。そんなものは本来もっていないはずのキャラクターなのに・・・。
挙句の果てに、花子から「おら、トラちゃんの嫁っ子さなりてえ」と言われるとのぼせ上がり、結婚のことまで考えるのだが、そこに生活観はまったくなくどうやって生計を立てるのかもまったく考えていない。こんなことは寅次郎のキャラクターとしてはありえないのだ。

<あらすじ>
寅次郎の実母・菊(ミヤコ蝶々)が《とらや》をたずねてくる。以前寅次郎が菊にあてて出したはがきで、寅次郎が結婚すると書いていたらしい。どの時期にかかれたかは分からず、誰のことなのかも分からないのだが、現時点ではそんな話はないのは確かである。そんな嫁がきてくるはずもない寅次郎が、旅先で知的障害者の大田花子(榊原るみ)と出会う。
一度は故郷の青森に帰るように送り出したものの、花子は《とらや》を尋ねてくる。おりよく《とらや》に帰ってきた寅次郎は花子と再会、彼女の面倒をみてやることが楽しくなってくる。やがて結婚の妄想まで夢見るようになるが、経済力のかけらもない寅次郎が知的障害者の花子と結婚することが良い事だとも思えない。そんなときに花子の恩師である福士先生(田中邦衛)が《とらや》をたずねてきて、花子を引き取って帰る。
「おまえら嫌がる花子を無理やり連れて行かせたんだろう」と激怒する寅次郎だが、故郷にかえった花子を訪ねるとそこには幸せを満喫している花子がいたらしい。自分の存在価値を失った寅次郎は自殺をほのめかすような手紙を、それも速達で《とらや》に送ってくる。しんぱいになったさくらが福士先生のいる学校を訪れてみると、花子が用務員さんとして嬉々として働いていた。帰りのバスで人々の心配をよそに温泉につかっていたという寅次郎に会い、ほっとするのであった。


ちなみに、今回のマドンナの榊原るみは『帰ってきたウルトラマン』の前半部のヒロインでもある。個人的にはまったく好みではなくぴくりとも感性に触れるところがないのだが、世間では好きなひともいるらしい。うむむむ、人の趣味は分からんものだ。
by SSM2438 | 2011-03-31 08:41 | 男はつらいよ(1969)

汚れた血(1986) ☆

f0009381_2047566.jpg監督:レオス・カラックス
脚本:レオス・カラックス
撮影:ジャン=イヴ・エスコフィエ

出演:
ドニ・ラヴァン (アレックス)
ジュリエット・ビノシュ (アンナ)
ジュリー・デルピー (リーズ)

       *        *        *

ああ、時間の無駄。

始まってから終わるまでカッコつけてるだけの演出。かなり退屈。表面的にカッコつけたい人だけみればいい映画。80年代のフランスは、こんな感じの才能ないけど、かっこつけただけの演出で一時期だけなんとか話題になった人がけっこういた。
生産性のなさは天下一品。才能のなさを色使いと、一番描きやすい虚無感&寂しさ描写で描いているが、なにからなにまでくだらない。この映画に意味を見出すこと自体、人生に意味を感じない。生産性のない人だけ見て時間を潰して下さいって感じの映画。

しかし・・・この映画もそうだけど、ジュリー・デルピーはあんまり作品に恵まれないなあ。いい印象を与えない映画ばっかりだ。『青の愛』『白の愛』では『青の愛』のほうが断然いいし・・。なんか・・・、もったいない女優さんだなあっと思う。
by ssm2438 | 2010-12-15 20:54
f0009381_845396.jpg監督:ジョン・パトリック・シャンリー
脚本:ジョン・パトリック・シャンリー
製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ他
特撮:ILM

出演:
トム・ハンクス (ジョー)
メグ・ライアン (ディーディー/アンジェリカ/パトリシア)

       *        *        *

トム・ハンクス&メグ・ライアンのゴールデンコンビの初タッグなれど・・・

日本では劇場公開は見送りになり、ビデオ発売だけだったのだが、『恋人たちの予感』メグ・ライアンが良かったので、運悪く私はこのビデオを借りて見てしまった(苦笑)。メグ・ライアンが出た映画の中では『プロミストランド』と並んで最低だろう。

サラリーマンのジョー・バンクス(トム・ハンクス)は病院で検査を受けると、脳に雲がかかっていると診断され、余命半年と告げられる。ヤケになったジョーは、以前からむかついている会社の上司に逆切れ、気になっていた女の子(メグ・ライアン1号)を食事に誘うが、自分があと少しで死ぬことを彼女に告げると彼女は去っていった。
そんな彼のところに奇妙な依頼が舞い込む。その依頼を持ってきたのは、とある南の島でレアメタルを掘り出そうとしている会社社長で、その島の原住民との交渉で、火山の生贄になってくれる人を探してくれれば、その原料は渡すということになっているらしい。余命もあと半年といわれたジョーはその申し出を引き受けてしまう。
翌日、カリフォルニアへとんだジョーは、その会社社長の娘であるアンジェリカ(メグ・ライアン2号)の出迎えをうける。アンジェリカからグレイナモアのもう一人の娘パトリシア(メグ・ライアン3号)に引き継がれたジョーは、いざ南の島へ旅立った。
島では火山の生贄にされるが、最後どっかああああああああんと火山が爆発、その勢いで飛ばされたジョーとパトリシアは助かり、病気もなんだか治ってるみた・・という話。

話もどうでもいいのだが、見せ方もチョーダサい。ギャグもセットのダサさもすべりまくり。まだ、前半はいいのだが、島にいってからのセットのひどさはまるで学芸会レベル。『ゴジラ対キングコング』とか、『モスラ対ゴジラ』のインファント島のようなダサさである。それらは60年代の映画なのでまだゆるせるが、90年代の映画でこのダサいセットには驚愕してしまう。

本編のなかで、メグ・ライアンが3役をこなしている。ストーリーが展開するにしたがって、トム・ハンクスにからんでくる女性が3人でるのがだ、これが全部メグ・ライアン。しかし、特にそうする必要があったのかどうか・・、そうする意味があったのかどうか・・、少なくとも映画のなかでは、そうする必要性はまったく描かれてなく、彼女を3役させることにまったく意味がないという構成倒れもいいところ。
主人公といい感じになりかけるが直ぐに別れが訪れ、そこで期待がぶつ切りになるのでまったく興ざめさせられる。それが2度もあるので最悪。いくら同じ役者がやってても、物語のなかでは人格が違うのだから、みているわれわれにしてみれな、この主人公は誰でもいいんだ・・と理解してしまう。

・・・ふと考える。もし、一番最初に登場したテディをメグ・ライアンにして、姉のアンジェリカは別の人にして、実はその大富豪の娘はテディだったということで、後半を展開してたらなにか問題があったのだろうか?

才能のないピッチャーが「ボク、ストレートはダメなんでカーブなげてみます」って言って、実はカーブも投げられるわけはなく、すっぽ抜けのとんでもないへなちょこ暴投をしてしまったような映画でした。
by ssm2438 | 2010-11-10 08:52 | S・スピルバーグ(1946)

ラ・ヴァルス(1990) ☆

f0009381_11264150.jpg監督:実相寺昭雄
脚本:渋谷利秀/実相寺昭雄
撮影:島田求
音楽:淡海悟郎

出演:加賀恵子

       *        *        *

実相寺昭雄のかつての面影まるでなし!

「実相寺昭雄がAV女優&男優をつかって映画を撮った」ということで話題になったのだが・・中身はひどい。

私も子供のころは実相寺昭雄『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『怪奇大作戦』『シルバー仮面』で育った人間なので、この人の、あの頃の作品はけっして嫌いではないのだが、1971年の『曼陀羅』以降はまるでダメ。実相寺昭雄がみていて楽しいのは1970年の『無常』まで。それ以降はどれも奇抜なだけのつくりであり見るに耐えないで出来になってしまっている。この『ラ・ヴァルス』も例外にもれずひどい。

内容は・・
レイプ事件がおきた。被害者は歯科衛生士をしている川村弓子(加賀恵子)という女性だった。しかし被害者・弓子と容疑者・久保三郎の供述はまったく噛み合わないものだった。容疑者の弁護を引き受けた国選弁護人の安達は、事件の真相を探るため、弓子の身辺調査を始めるのだが・・・というもの。

語り口は黒澤明『羅生門』システムを使っており、登場人物の立場によってその証言映像が展開されるが、その内容がそれぞれの立場で違っているとうもの。
この語り口自体が嫌いな私にとってはこの映画で見るものはまったくない見る気がうせるのだがそれ以上にチープな映像もダサダサ。制作したのがAVメーカーのKUKIというメーカーなのだが、やはり映像構築力不足を感じる。というよりも、このころの実相寺昭雄の映像はあまりにつまらないので、大手の製作会社が作ったとしてもダメだっただろう。役者も加賀恵子では花がなさ過ぎる。当時名前がうれていて樹まりことか鮎川真理なども出ているのだが、なんで加賀恵子だったのでしょうね? 普通に売り上げ考えるとこんな配役には絶対ならないだろうし、なにかしらプライベートな事情があったんじゃないだろうかと思ってしまう。
by ssm2438 | 2010-10-02 11:27