西澤 晋 の 映画日記

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タグ:ダメだこりゃ映画 ( 79 ) タグの人気記事


2010年 04月 01日

ミスティック・ピザ(1988) ☆

f0009381_2223228.jpg監督:ドナルド・ペトリ
脚本:ペリー・ホーズ
    アルフレッド・ウーリー
    エイミー・ジョーンズ
    ランディ・ホーズ
撮影:ティム・サーステッド
音楽:デヴィッド・マクヒュー

出演:
アナベス・ギッシュ (キット)
ジュリア・ロバーツ (デイシー)
リリ・テイラー (ジョジョ)
マット・デイモン

      *        *        *

主役はアナベス・ギッシュ。マット・デーモンのデビュー作でもある!

しかし・・・これはいただけなかった。はっきりって全然おもしろくない。後のこの監督のドナルド・ペトリ『デンジャラス・ビューティ』などを撮るが、監督としての力はほぼない人だね。ただ、この映画にかんしていえば脇役が魅力なさすぎた。おまけにこのジュリア・ロバーツも全然きれいにとれてない。全体的に映画としてのレベルがかなり低い。

実質的な主役は、アナベス・ギッシュのほうでしょう。大学進学を控える恋にも生真面目な優等生。彼女の姉を演じていたのがジュリア・ロバーツ。「あなたは頭、私は顔と体で勝負」と、姉妹でお互いに優越感や劣等感を覚え合っているという設定。そんなジュリアは、町一番のハンサムなお坊っちゃまをも虜にする。
リリー・テイラーは、姉妹の親友であり、バイト仲間。彼女にはれっきとしたフィアンセがいるのだが、肝心の結婚に漕ぎ着く勇気がいまひとつ。ちょっとピンぼけなところもある気のいい女の子というタイプ。
この3人がミスティックピザという宅配ピザやバイトをしているのだが、物語はそれぞれの恋愛騒動をスケッチしていく。

by ssm2438 | 2010-04-01 22:25
2010年 03月 29日

キングの報酬(1986) ☆

f0009381_2118767.jpg監督:シドニー・ルメット
脚本:デヴィッド・ヒメルスタイン
撮影:アンジェイ・バートコウィアク
音楽:サイ・コールマン

出演:
リチャード・ギア (ピート・セント・ジョン)
ジュリー・クリスティ (エレン・フリーマン)
ジーン・ハックマン (ウィルフィールド・バックリー)
ケイト・キャプショー (シドニー)
デンゼル・ワシントン (アーノルド・ビリングス)

        *        *        *

久々のルメットだ!って勢い込んで劇場に行ったら、超ボテボテのキャッチャーゴロだった・・・。

出てる役者さんたちの顔ぶれ見るとドレもこれもスゴイ。おまけに選挙戦をテーマにした映画なんて、シドニー・ルメットの“我が家の庭”のようなもの。そりゃ誰だってある程度ルメットの名前を知っている人なら期待しちゃいますよ。で、できあがったのがこれ。ひどい・・・。

主人公のリチャード・ギアが、選挙があれば自家用ジェットでそこに飛び、全米をまたにかけて一度にいくつもの選挙戦をたたかっている選挙参謀のプロフェッショナル。ありとあらゆる手段をつかって選挙民に訴え、彼が担当した候補者を当選させる。その行動派には国内だけにもとどまらない。南米の某国で占拠があれがそこにも飛び、劣勢にたっていた候補者を一気に優勢にして帰ってくる。心と体の渇きは秘書のケート・キャプショーがいやしてくれる。候補者と打ち合わせをし、「政策は・・」といいかける彼に、「そんなものは当選してから」と答え、イメージだけを作りあげていく。

その昔『候補者ビル・マッケイ』という、ロバート・レッドフォードが主演した選挙物の映画があった。その映画のなかで、レッドフォードは、地元民から愛された候補者だった。しかし選挙が進んでいくにしたがって、イメージ重視で選挙戦をしているうちに、レッドフォードのもつ本質が失われ、当選した時には「・・・で、私は何を話せばいいんだ?」というくらいに、なにもなくなってしまう悲しいお話。
それがこの映画では散文的におこなわれている。どこからどうみてもルメットのフィールドなのだが・・・、これがまったくつまらない。なぜだろう。主人公自体にカッコたる目的意識がないから、あるいは必死さがないから、はたまた勝って欲しい候補者がいなきから・・・。

by ssm2438 | 2010-03-29 21:18 | シドニー・ルメット(1924)
2010年 02月 05日

欲望という名の電車(1951) ☆

f0009381_8222670.jpg監督:エリア・カザン
原作:テネシー・ウィリアムズ
脚本:テネシー・ウィリアムズ/オスカー・ソウル
撮影:ハリー・ストラドリング
音楽:アレックス・ノース

出演:
ヴィヴィアン・リー (ブランシュ)
マーロン・ブランド (妹の夫・スタンリー)
キム・ハンター (妹・ステラ)
カール・マルデン (ミッチ)

        *        *        *

てめーら勝手に腐ってろ映画。気高い女をひたすらいびり倒すテネシー・ウィリアムズ

役者たちが悲劇を演じて、それに酔ってるだけの映画。話にはなんの生産性もなくまったくただただ暗い。夢も希望もない。そんな登場人物を役者たちが演じているだけの映画。まったくつまんない映画といって過言ではない。ましてはヴィヴィアン・リーのこんなドツボ役なんて見たくもないまったく美しさのかけらもない。。この人くらい、気高く美しい人だってやっていればいいって女優さん。演技がどうのこうのなんてそんなしょーもないことのためにこんな映画にでたなんて悲しいだけだ。
オードリー・ヘプバーンなんて生涯可憐な女ばかり演じてきた。賞だの演技力だとなんてどうでもいい。可憐は人は、生涯可憐な役だけやっててどこが悪い? 美しい人は美しい役だけやってりゃあいいじゃないか。なんでシャーリズ・セロン『モンスター』なんかやらりゃあいかんのだ、まったく・・・。

<あらすじ>
家族を亡くし、財産を使い果たし、アルコール中毒になったブランシュ・デュボア(ヴィヴィアン・リー)は妹ステラ(キム・ハンター)の家に転がり込む。しかしそこでは妹の夫スタンリー・コワルスキー(マーロン・ブランド)が、いつもス寺に暴力をふるい、外でカードと酒に狂っている。
そんな夢も希望もないような生活のなかで、ブランチはスタンリーのカード仲間ミッチ(カール・マルデン)と次第に仲良くなる。彼は独身者で、母と2人暮らしのまじめな青年だった。夢も希望もないブランシュは結婚を考えはじめる。
しかしスタンリーは、ブランシュが故郷で屋敷を失った後、次々と見境なく頼る男を求め続け、終には17歳の少年を加えこみ、悪評から女教師の職も失ない故郷を追われてきた女だということをミッチにぶちまけてしまうた。ブランシュの誕生日だというのにミッチは来ない。そんなブランシュに故郷へ帰る片道切符を渡すスタンリー。夜になるとステラが産気づき、スタンリーと彼女は病院に向かった。一人のブランシュのもとを訪れるたミッチは、ブランシュの過去の淫乱ぶりを非難する。結婚の望みが断たれたブランチは独り妄想にふけるのだが、夜更けて帰ってきたスタンリー犯されてしまう。完全に発狂したブランシュは、紳士が自分を迎えに来たという幻想を抱いて、精神病院へ送られていった。

by ssm2438 | 2010-02-05 08:24
2010年 02月 01日

セプテンバー (1987) ☆

f0009381_38824.jpg監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
撮影:カルロ・ディ・パルマ

出演:
ミア・ファロー (レーン)
ダイアン・ウィースト (友人・ステファニー)
エレーン・ストリッチ (母・ダイアン)

        *        *        *

『インテリア』再び!とばかりにベルイマン・モードで挑んだ映画だったが超空回り! こんなにも面白くない映画になるか・・とかなり落胆。『インテリア』でみせたウディ・アレンの才能を信じているだけに、この映画での失望ははなはだしかった。

真実をまともに受け取って、余裕がないために付き合いづらいタイプのレーン(ミア・ファロー)。その対角にいるのが親友のステファニー(ダイアン・ウィースト)はすでに結婚もしていて、自分と他人との境界線にショックアブソーバーが敷き詰められていて、つねに穏やかに他人と接することができるタイプ。
そしてレーンの母、ダイアン(エレーン・ストリッチ)はかつて、レーンと父をすてて愛人のもとに走った女。そのたもうもろの人間が9月の別荘に集結する・・。ことあるごとにレーンの神経をさかなですることが起こり、最後は感情大爆発!気まずい雰囲気の中、人々はそれぞれの生活に帰っていく。

・・・天才でもハズすときはこんなもんだ・・。

by ssm2438 | 2010-02-01 03:09 | ウディ・アレン(1935)
2010年 01月 21日

ヤング・アインシュタイン(1989) ☆

f0009381_5191240.jpg監督:ヤッホー・シリアス
脚本:ヤッホー・シリアス/デヴィッド・ローチ
撮影:ジェフ・ダーリング
音楽:ウィリアム・モツィング
    マーティン・アーマイガー
    トミー・タイチョ

出演:ヤッホー・シリアス

        *        *        *

なぜかタスマニアにうまれたアインシュタインが相対性理論を発見する話・・・。
この手の話を作る時にときにはあるていど、相対性理論を、一般人にわかりやすく説明できるか否かが根本的な鍵となる。それが出来ないで雰囲気だけで持っていこうとしても、見てる人はついていかない。一見面白そうに見えるが、実は表面的なにぎやかさだけに終始している映画。

これ、アインシュタインという人物にしなければ、それはそれで見られたかもしれないのに・・、タスマニアのりんご園でそだった〇〇は自家製ビールに泡を立てる方法を思案中に相対性理論の公式「E=mC2」を発見する・・みたいな話だったら・・・。この映画の問題は、アインシュタインがあのアインシュタインだと考えられないところがかなり感情移入をはばんでいるようなきがした。

by ssm2438 | 2010-01-21 05:18
2009年 12月 27日

真夜中のカーボーイ(1969) ☆

f0009381_221487.jpg監督:ジョン・シュレシンジャー
脚本:ウォルド・ソルト
撮影:アダム・ホレンダー
音楽:ジョン・バリー

出演:ジョン・ヴォイト、ダスティン・ホフマン

        *        *        *

私の大嫌いなニュー・アメリカン・シネマである。この映画がだけがきらいなんじゃなくて、このカテゴリーに属するほとんどの映画は嫌いなのである。

それでも1969年アカデミー作品賞、監督賞、脚色賞を受賞している。この時代は無責任映画をもとめてたのだろう。それまでの社会制度に組み込まれない人間たちを描いた作品が60年代後半から70年代の中盤までつずく。<努力>という言葉をもたない連中のひたすら無責任ないきあたりばったりな人生。
当時はこの手の映画がもてはやされたが、今、ほんとにこんな映画がいいのかどうなのか、当時の世俗にながれた価値観を一度捨てて、きちんと再評価すべきだと私はおもうのだが・・。少なくとも私は、アメリカン・ニューシネマを絶賛する連中は、所詮同じスピリットをもった負け犬だとしか思えない。

<あらすじ>
カウボーイスタイルに身を固め、男性的魅力で裕福層の女を満足させ、富と名声を手に入れようとテキサスからニューヨークに出てきた田舎モノ青年・ジョー(ジョン・ヴォイト)。しかし、最初に相手をしてくれた女は娼婦であり、反対にお金を要求される。まあ、当たり前だわな(苦笑)。女とセックスをして相手を満足させ、それでお金がもらえると考えていること時代かなりアホなのだが、それがこの勘違い男ジョーである。

やがてジョーはスラム街に住むラッツォ(ダスティン・ホフマン)というびっこの小男に出会い、10ドルで売春の斡旋人紹介されるが、その斡旋人はホモ専門だった。騙されたと知ったジョーは、ラッツォを捕まえるがすでにお金は使われていた。そのかわり罪滅ぼしにカモ探しに協力するというラッツォ。
二人はラッツォのねぐらである廃墟のビルで共同生活を始めるが、ラッツォの身は病魔に冒されていた。冬のニューヨークで暖房もない貧苦の生活。惨めで、ひもじく、金も女も稼ぎも薬もない生活。あるのはフロリダにいってみたいという夢だけど。そんなんが夢だからひたすらのダメ人間なんだ。消費することが夢なんて糞人間スピリットそのもの。
まさに、お前ら勝手に腐ってろ!映画である。

by ssm2438 | 2009-12-27 22:34
2009年 12月 23日

2 days トゥー・デイズ(1996) ☆

f0009381_0332438.jpg監督:ジョン・ハーツフェルド
脚本:ジョン・ハーツフェルド
撮影:オリヴァー・ウッド
音楽:アンソニー・マリネリ

出演:ジェームズ・スペイダー、シャーリーズ・セロン

        *        *        *

シャーリーズ・セロンの美貌が人々この心にガツンとを打ち込まれた記念すべき作品。タートルネックの白のボディースーツに身をつづんだシャーリーの肢体は、すらりのとびて、まばゆいばかりに美しい。中盤で撃たれてその白いボディースーツに血のりがべったり。個人的にはそこからあとはどうでもい。そのあとは痛みで彼女もしかめっつらだし、あのボディースーツの美しさもけがされたし・・、それも中盤でこの展開なのだから、のこされた時間はどうしろといいうんだ!?
世間ではこれがシャーリーのデビュー作ともいわれることもあるのだが実は二本目で、ほんとのデビュー作は『スティーブン・キング/アーバン・ハーベスト』(1994)。若き日の無名な頃のシャーリー(ノンクレジット)をみたいかたがぜひ!

<あらすじ>
L.A.の裏街、サン・フェルナンド・ヴァレー。その日冷血漢の殺し屋リー(ジェームズ・スペイダー)は、ヘルガ(チャーリーズ・セロン)と組んで保険金を奪い取る算段だった。落ちぶれていた中年の元殺し屋ダズモを伴い、オリンピック万年4位のスキー選手ベッキー宅で、彼女を尋ねてきた前夫ロイを殺す。ベッキーが夫の愛人のヘルガを巻き込んで図った保険金目当ての契約殺人だったが、ヘルガはリーと結託していたいのだ。
ひとつのトラブルが話をの展開をどんどん変な方向にむかわせる、シチュエーション・サスペンス? 特に感情移入するべき登場人物もみつからず、ひたすら画面のなかでどたばたしてる状況だけをみせられる。このシチュエーションはまるで『死霊の盆踊り』を無理やりみせられるカップルに似てるかも(苦笑)。そのくらいつまらない。

それでもシャーリーの肢体だけは見るに値するからこまってしまう。
しかし、彼女を見たいという欲求以外にこの作品をみるのは時間の無駄だろう。

by ssm2438 | 2009-12-23 23:39
2009年 12月 02日

シーズ・ガッタ・ハヴ・イット(1985) ☆

f0009381_22345360.jpg監督:スパイク・リー
脚本:スパイク・リー
撮影:アーネスト・ディッカーソン
音楽:ビル・リー

出演:
トレイシー・カミラ・ジョンズ

       *        *        *

小手先のクソ演出の連発ばかりでまともに撮れる才能はかけらもみあたらない。

クソ女の黒人女性ノーラ(トレイシー・カミラ・ジョーンズ)は、3人の男と付き合っている。感謝祭のディナーに彼女は3人を招待し同席させるが、恋人の一人グリアーが怒って席を立った。ジェイミーには新しい恋人ができたらしい。レズっ気のあるオパルを帰してしまい寂しくなったノーラは、突然ジェイミーを呼び出すが、彼女の勝手さにあきれな彼女を責める。ショックを受けたノーラは昔のルームメイトのところを訪れ、悩みを打ち明けた。ノーラは二人男に別れを告げ、最後にジェイミーを訪れる。

ブルックリンを舞台に、一人の女にふりまわさせる3人の男の話。自由奔放に生きてるというが、人の心を理解できないただのアホ女。スパイク・リーの映画というのは生産性がまるでないので、見てて時間の無駄を感じてしまう。

by ssm2438 | 2009-12-02 22:08
2009年 11月 04日

美しい妹(2001) ☆

f0009381_18175658.jpg監督:ジル・パケ=ブランネール
脚本:ジル・パケ=ブランネール
撮影:パスカル・リダオ
音楽:ダヴィド・モローマリー

出演:マリオン・コティヤール

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自殺した双子の妹になりかわり、妹の人生を奪う姉の話。コンセプトは面白そうだからみてみたが・・・これはダメだ。ただただ眠い。退屈。最近まともなフランス映画をみてないような気がする。。。

<あらすじ>
双子のマリー(マリオン・コティヤール)とリュシー(マリオン・コティヤール)は外見こそそっくりだが、内面は正反対。妹のリュシーは派手好きで有名になることを夢見つつ、男たちとも一夜限りの夜を繰りかえしていた。姉のマリーは生真面目で化粧もせず、恋愛においても一途だ。そんなふたりはお互いを受け入れらず、嫌悪で不仲な2人。ある日、リュシーに歌手としてのチャンスが訪れるが、歌の才能がないリュシーは、マリーに代役を頼む。それでオーディションにとおってもそのあとどうするんだ??って思うのはわたしだけ?? 渋々承知したマリーがステージを終えてアパートに戻ると、リュシーは謎の自殺を遂げていた。妹の遺体を前に事情聴取を受けたマリーは、死んだのは姉のマリーだと答える・・・。
歌手リュシーとしてデビューしたマリーは、ショウビズ界の裏側が、セックスとドラッグにまみれた世界だと知る。そんな世界に怯えながらも、マリーは、その繊細な歌声で若者たちの心をつかんでいく。しかし、リュシーの知られざる世界がマリーの人生を脅かしはじめる。

普通に作ればおもしろいはずなのだけど、ただ眠いだけの話になってしまってた。原作はいいのだがら、監督が無能なせいだな。。

by ssm2438 | 2009-11-04 18:25
2009年 10月 17日

ルーヴルの怪人(2001) ☆

f0009381_2575170.jpg監督:ジャン=ポール・サロメ
脚本:ジェローム・トネール
    ダニエル・トンプソン
    ジャン=ポール・サロメ
撮影:ジャン=フランソワ・ロバン
音楽:ブリュノ・クーレ

出演:ソフィー・マルソー
    ミシェル・セロー
    フレデリック・ディファンタール
    ジュリー・クリスティ

        *        *        *

この監督が悪いのかシナリオが悪いのか、とにかく面白くない。ルーヴルの内部がみられたことは非常によかったが、お話の展開そのものが非常に悪いので、そんなささやかな嬉しさもふっとんでしまう。

いいドラマというのは、観客に「これが見たいんだろう」と期待させて、それを「でも見せてあげないんだな」と裏切り、それ以上のものを見せていく。それが演出というものだ。
しかし、この映画は、観客が見たいものを期待させておいて、それを見せず、それ以下のものしか見せないという悪循環。ドラマ作りの下手さがきわだっている。一番シンプルなシーンの例だと、ソフィー・マルソーのヌードを期待してみていると、それを裏切り(ここまでは普通なのだが)、それ以上のものが後に与えられないのだ。だったら、ソフィー・マルソーのヌードを見せるか、そんな期待をさせないか、どっちかにしないと見てるものが不満をつのらせてしまう。これ以外のどのシーンも、見ている側が見たいとおもうシーンを見せてくれない。ストレスがどんどんたまってくる。見る意欲をそこなう展開だ。

根本的な失敗は、あのオレンジ色した零体ドクロ幽霊。あれを見せること自体がどんくさすぎる。あれを画面上に見せないで、見ている人に想像させる形でこの映画をつくってたら、もう少しはいい物になっていたいのではないだろうか?
監督ジャン=ポール・サロメのセンスのわるさが際立つだけの映画だった。

<あらすじ>
ルーヴル美術館の地下収蔵室からミイラが発見された。イギリスからミイラ学の権威グレンダ・スペンサー博士(ジュリー・クリスティ)が呼ばれ、調査が始まる。美術館正面のアパートにリザ(ソフィー・マルソー)がこのミイラと接触するとミイラの魂がリザに乗り移ってしまう。実態を得たミイラの魂は、盗まれたあるものを求めて深夜のルーブルをうろつくことになる。元刑事のヴェルラック(ミシェル・セロー)らはミイラの副葬品を見つけ、儀式を行い霊をしずめる。するとリザは正気を取り戻し、ルーヴル美術館の絵画から無数の霊が飛び立っていくのだった。

by ssm2438 | 2009-10-17 02:59