西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:ダメだこりゃ映画 ( 79 ) タグの人気記事


2008年 12月 22日

G.I.ジェーン(1997) ☆

f0009381_10232335.jpg監督:リドリー・スコット
脚本:デヴィッド・トゥーヒー
    ダニエル・アレクサンドラ
撮影:ヒュー・ジョンソン
音楽:トレヴァー・ジョーンズ

出演:デミ・ムーア
    ヴィゴ・モーテンセン
    アン・バンクロフト

        *        *        *

その昔有島武朗が著書のなかで「女性が男性化しなければならないなら、それは女性という性の敗北をいみする」というようなことを書いていたのを思い出した。「女を捨てて男になれ」って事は「女じゃダメだ」って言ってるのと同じだ。フェミニストの方々はこれみて怒らなかったのだろうか・・。

デミー・ムーアは恐ろしくがんばってる。しかし映画はまったく面白くない。これだけ主演女優のがんばりをすべて無駄にした映画もそうないんじゃないだろうか。戦闘シーンもひどかった。爆発のごとにTU・TB連打するのはひどすぎる。それじゃまるでカートゥーンだ。あまりに漫画的な絵作りなのでそれだけで冷めてしまう。せめて戦闘シーンくらいリアルさを表現してもいいだろうに、そこで演出する側の演出しすぎる画面いれたら見てる人は冷めるにきまってるだろう。作為的な絵作りは感情移入を消し去ることくらい理解しててほしいものだ。これって誰のクソ演出だ?リドリー・スコットか、それとも撮影監督のヒュー・ジョンソンか? 頭まるめて出直してほしい。

by ssm2438 | 2008-12-22 10:16 | リドリー・スコット(1937)
2008年 12月 16日

我が家の楽園(1938) ☆☆

f0009381_2372924.jpg監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
撮影:ジョセフ・ウォーカー
音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:ジェームズ・スチュワート
    エドワード・アーノルド
    ジーン・アーサー
    ライオネル・バリモア

        *        *        *

フランク・キャプラの中ではもっとも嫌いな映画。
アカデミー賞いっぱい取ってるがそれはそれ、人の価値観。私の価値観的にはかなりダメ。

基本的に公共事業をやろうかというときに、ある土地が必要になるが、そこを立ち退かないってスタンスはどうにも嫌いなのだ。子供の頃は自分が住んだうちがなくなるなんてなんという悲劇だって思ってたけど、孟子だか孔子だかの母親の言葉だったかな・・「三回は引越しをしなさい」・・・だそうな。

私はこれ、すごっく大事だと思うんだ。生まれた土地にずっと土着したひとでエライ人になった人はいない。なにをもって「エライ」というかはいろいろ定義がありそうだけど、人生には未来の為に思い出を裏切ってでも進まなければいけない時がある。そのときの為に、ある程度過去を捨てる痛みになれておくことは絶対必要。

<あらすじ>
軍需工場を運営する冷酷な実業家カービーは、工業用地の買収に乗り出すが、風変わりなヴァンダーホフ老人の一家が立ち退こうとせず計画は思い通りに進まないでいた。一家の娘アリスと付き合っているカービーの一人息子で副社長のトニーは、父親の命令で説得に行くが、逆に一家の自由な生き方に感銘して影響を受けてしまう。事態を憂慮したカービーは、自ら一家を訪れるが、逆に感化されて人生の何たるかを知ることになる・・・・だそうだが・・・・。

・・・・ほんとにこれでいいのだろうか???

by ssm2438 | 2008-12-16 22:45 | フランク・キャプラ(1897)
2008年 12月 15日

地獄の黙示録(1979) ☆

f0009381_1334157.jpg監督:フランシス・フォード・コッポラ
脚本:ジョン・ミリアス
    フランシス・フォード・コッポラ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:カーマイン・コッポラ
    フランシス・フォード・コッポラ

出演:マーロン・ブランド
    マーティン・シーン
    デニス・ホッパー
    ロバート・デュヴァル

        *        *        *

<映画>じゃなくて、<映画と撮ってる>ところを撮った映画にみえてしまうことがこの映画の最大のネック。前半はまだいいが後半にいくにしたがってどうでもよくなる・・(苦笑)。きちんと登場人物に感情移入できないまま、いろんなシーンをみせられるので理解が散漫になる。おかで仰々しい画面だけを二時間半みせつづけられることに・・。映画としてはちっとも面白くない。
フランシス・フォード・コッポラスタンリー・キューブリック黒澤明に共通していえることなのだが、そのシーンそのシーンの演出には踏み込んでガツンな画面をつくるのが、トータルなまとめ方が実に超下手。なので面白い映画はほとんどない。物語を楽しみたい人にとってはつまらないだけの監督さんです。こだわりの映像参考映画と理解しておくのがよいのでは・・。

ドラマの始まりは、ウィラード大尉(マーティン・シーン)がジャングル奥地に自分の王国を築いたカーツ大佐(マーロン・ブランド)の暗殺を命じられる・・というもの。このコンセプトがいまいち理解しづらい。簡単に言ってしまえば、日本を占領したのちマッカーサーが在日の陸軍大使として日本を統治していたのだが、彼がクーデターをおこして日本を自分の国にし自らの理想の国を作ったら、アメリカ政府がマッカーサーの暗殺を命じたって話・・といえば分り易いかも。その東南アジア版。

by ssm2438 | 2008-12-15 12:43
2008年 12月 11日

テン(1979) ☆

f0009381_23474957.jpg監督:ブレイク・エドワーズ
脚本:ブレイク・エドワーズ
撮影:フランク・スタンリー
音楽:ヘンリー・マンシーニ

出演:ダドリー・ムーア
    ボー・デレク
    ジュリー・アンドリュース

        *        *        *

男の憧れにはよくあることである。その人を散々自分のなかで美化して勝手に自分で自分のなかの理想の女に恋をする。そしてきっと彼女こそがその理想の女性だと自己暗示にかかる。・・・ま、男の恋愛のよくあるパターンですな。

ある日交差点で信号待ちしている時、ダドリー・ムーアは隣の車の中に彼の常々理想としている女性を見いだした。その女性(ボー・デレク)はウェディング・ベールをつけ、そのふし目がちな横顔、これこそ10点満点の女だと確信する。
そのあとは彼女と知り合うためにさまざまな努力を続けるが、たまたまなイベントがあって彼女とベットインするかな・・とも思えるシチュエーションまでにいたる。が、話してみると彼女はまるでシャローは小娘、フリーセックス志向で、誰とでもエッチをするヒッピー娘。一気に理想が崩れる。・・・そんな話。

本編からではないが、とりあえずボー・デレクの美しい写真だけ一発いれとこう。
f0009381_23471763.jpg


by ssm2438 | 2008-12-11 23:34
2008年 12月 11日

ポケット一杯の幸福(1961) ☆

f0009381_8464636.jpg監督:フランク・キャプラ
脚本:ハル・カンター
    ハリー・テュージェンド
撮影:ロバート・ブロンナー
音楽:ウォルター・シャーフ

出演:グレン・フォード
    ベティ・デイヴィス
    ホープ・ラング
    ピーター・フォーク
    アン=マーグレット

        *        *        *

キャプラの映画で面白くない映画があるはずがない!って思ってたら・・・・、これだけは大間違い。全然おもしろくない。なんでこんなに面白くないのかいまだになぞだ。
このストーリーはキャプラ自身も以前『一日だけの淑女』(1933)として映画化しているし、ジャッキー・チェンも『ミラクル/奇蹟』(1989)としてつくっている。けっしてつまらなくなるわけがない話なのだけど・・・、この映画はとにかくみててわくわくしない。キャプラの名前で買って、あとぜ残念におもわないよう・・。

禁酒法令が解かれた1930年のニューヨーク。酒の密売からキャバレーの経営者となったデュード(グレン・フォード)は、自分がのし上がれたのは、リンゴ売りのアニー婆さん(ベティ・デイヴィス)から買うリンゴのおかげだと信じていた。そのアニーにはルイーズという娘があり、幼時からスペインの尼僧学校に預けていた。その娘がスペイン一の名家の息子カルロスと恋におち、結婚の許しを得にロメロ親子と共にくると言うのだ。娘を喜ばせるために貴婦人であると偽っていたアニーは悲嘆にくれていた。気っぷのいいデュードはにわか仕立てながらアニーは磨き上げられて貴婦人に仕立て上げるのだが・・・

by ssm2438 | 2008-12-11 08:32 | フランク・キャプラ(1897)
2008年 11月 11日

メカゴジラの逆襲(1975) ☆

f0009381_12483582.jpg監督:本多猪四郎
脚本:高山由紀子
撮影:富岡素敬
音楽:伊福部昭
特技監督:中野昭慶

出演
平田昭彦 (真船博士)
藍とも子 (真船桂)
佐々木勝彦 (一之瀬明)
睦五郎 (ブラックホール第三惑星人・ムガール隊長)
中丸忠雄 (インターポール東京支局長・田川)

        *        *        *

ストーリーは完全に前作の続きという形を取り、ブラックホール第三惑星人の新たな攻撃を描いているが、ストーリーの主軸となるのはサイボーグ少女・桂をメインとした悲恋物語の色が濃い。本作が本多猪四郎監督の遺作となってしまいましたが・・・これはひどい。

いろいろひどいが、何が一番ひどいのかかんがえてみた。で、結論、怪獣の足元からあおりの広角の画、あれがひどい。まるで等身大の人がゴジラの着ぐるみをきて、その足元からカメラをいれた画面のように見える。あれで映画感ぶちこわし!!
ほかにもいろいろひどいところあり。チタノザウルスのデザインも最低だけど、この怪獣の攻撃は尻尾のぱたぱただけというかなりなさけない怪獣。だれがデザインしたんでしょうね? この怪獣のデザインにかぎらず、すべのデザインがひどすぎる。ちなみにこの怪獣は、やさしい恐龍(恐竜ではないらしい)という設定だったのだけど、真船博士が動物をコントロールする技術を開発し、そのせいで人間の制御の下で東京を襲うということなのだけど、最後はこの恐龍、人間からの制御から開放されて海へ返してやるのかと思えば、あっさりゴジラにころされちゃう。え、それでよかったの??って感じ。
脚本もよくない。人間ドラマンしたいのはわかるし、それが出来てれば文句はないのだけど、出来上がったものは幼稚なテレビシリーズの特撮モノていどのドラマ。図式的なお話でまるで人間ドラマがかきこまれているわけではない。一度死んだ真船博士の娘は、ブラックホール第三惑星人が改造手術をおこない、生き返ったサイボーグという設定だけど、自分の意志で出来ることと出来ないことのすみわけをきちんと描いておくべきだった。そして、最後は出来ないことでも、「愛」の力で出来てしまうとか・・しないと。そのあたりがすごくあいまいなまま、物語が進んでいくので見てる側としてもただただあいまいなだけ。

<あらすじ>
海に沈んだメカゴジラの残骸を捜索中の潜水艇がチタノザウルスに襲われ行方不明になる。調査に乗り出すインターポール。そのメンバーの一人、海洋研究所の一之瀬(佐々木勝彦)は、10年前に「恐竜は実在する」と発表して世間を追われた真船博士(平田昭彦)が事件に関係があるとにらんだ。一方、その真船博士は、人知れぬ地下の実験室で一人娘・桂を助手にして、世間へ復讐するために「動物をコントロールする研究」に没頭していた。真船博士の復讐心は地球征服を企む宇宙人に利用されることになる。
彼の娘真船桂(藍とも子)は研究中の事故死んでしまったが、それをブラックホール第三惑星人がサイボーグ手術で生き返らせた。その恩もあり、彼はブラックホール第三惑星人たちに協力をしているのだ。
ムガール(睦五郎)は桂の頭脳をメカゴジラの作動装置をリンクさせ、行動力を強化する。そしてメカゴジラとチタノザウルスによる東京大破壊作戦が開始された。
真船家を探っていた一之瀬がムガールに掴まっていたが、インターポールが救出に成功。桂は、自らを撃ちメカゴジラの行動をとめる。ゴジラはそのメカゴジラとチタノザウルスを放射能で粉砕しする。

by ssm2438 | 2008-11-11 00:08 | ゴジラ(1954)
2008年 11月 09日

曼陀羅(1971) ☆

f0009381_1104083.jpg監督:実相寺昭雄
脚本:石堂淑朗
撮影:稲垣涌三
音楽:冬木透

出演:
清水紘治 (信一)
森秋子 (由紀子)
田村亮 (裕)
桜井浩子 (康子)
岸田森 (真木)
若林美宏 (真木夫人)

        *        *        *

実相寺昭雄『無常』につづいて発表した劇場映画の第二弾。まったく面白くない。『ウルトラマン』の科学特捜隊の紅一点・富士隊員(桜井浩子)のヌードがみられるというだけの映画。それだけでもけっこう価値はあるかもしれないが、話は実際つまらない。というか、『無常』もうそうだが、話などあってもどうでもいいようなもの。観念論だけを映像化したような映画であり、アンコンベンショナルな映像表現だけが売りのような映画。そのカメラが映し出す対象が、ひたすらたいくつでくだらないごたくをならべまくる。その忍耐力がない人は飛ばしてみるのが関の山。映像表現だけの映画のつまらないさを確認できる反面教師映画といえよう。なにも勉強せず、「広角画面が好き」とかいってる連中はこの映画を最後までみて、それがどれだけダサいか理解すべきだ。普通の人は途中でやめたくなる。

<あらすじ>
小さなモーテルで、二組のカップル、信一(清水紘治)と由紀子(森秋子)、裕(田村亮)と康子(桜井浩子)が、互いに相手を交換し合い抱き合っている。それをモーテルの支配真木(岸田森)がブラウン管でみている。裕と康子が先に帰ったあと、信一と由紀子は海岸に降りてゆくが、真木の部下に襲われた。しばらくして気が付いた信一は、死んだような全裸の由紀子を愛撫し始めるが、二人は朦朧とした意識の中で、かつてない深い陶酔にひたった。
信一と由紀子は再びモーテルを訪れ、真木にさそわれある農村を訪れる。そこは、単純再生産の法則が全てを支配するユートピア(?)であり、農業とエロチシズムの追求がコアになっている。そこでは白衣に身を固めた能面のような真木夫人(若林美宏)と、夫人に仕える若い女君子が居り、あのモーテルはこのユートピアと外の世界を結ぶ通路であるという。信一と由紀子は、真木夫妻に魅せられていった。
のちに康子と裕もこのユートピアにつれてこられるが、真木の信奉者になった信一と由紀子に対し、裕はこのようなユートピアは空想であり、夢、幻のようなものだと問いつめる。別の部屋で傷つき横たわる康子は、真樹の部下に犯され自殺する。
行方不明の康子は、この集団に殺されたと考える裕は、ユートピアの犯罪性を強く信一に問いただすが、信一は狂ったように踊りまくるだけだった。ユートピア集団の本性を知った裕は、これを破滅させる為に豊満な真木夫人を犯すが、真の快楽を知った夫人は渓流に身を投じた。康子と夫人の死は、真木の理想とするユートピアの崩壊であった。真木達は裕の止めるのも聞かず新天地を求めて荒海に向かって船出するが、数日後砂浜に全員死体となって打ちあげられるのだった。

当時の学生運動をやっていた連中の思想だけからまわりした映画。「てめーら勝手に腐ってろ映画」の一つといっていいだろう。

by ssm2438 | 2008-11-09 07:04
2008年 11月 08日

ミッション・トゥ・マーズ(2000) ☆

f0009381_1503411.jpg監督:ブライアン・デ・パルマ
脚本:ジム・トーマス
    グレアム・ヨスト
    ジョン・C・トーマス
撮影:スティーヴン・H・ブラム
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:
ゲイリー・シニーズ (ジム)
ティム・ロビンス (ウディ)
コニー・ニールセン (コニー)

        *        *        *

これはダメだ・・・。で監督だれだ?ってしらべてみたら・・・ブライアン・デ・パルマ。この人嫌い。最近はヒッチコックもどきはやめたみたいだけど、でも説明的演出はやっぱりヒッチコックゆずり。しかしそれよりなにより、最後のあれはなんですか・・、まるで3流アニメのようなスペースファンタジー。あれで見てる人が感動するとおもってたんでしょうかねえ??? あまりにくだらなさすぎて、それまでの頑張りもふっとんでしまいましたとさ。火星へのミッションはもっときちんと本気になって作ってほしいものだ・・。

2020年、NASAはマーズ1号で火星への有人飛行を成功させた。だが、火星上での探査活動中に遭難。ジム(ゲーリー・シニーズ)は、親友夫婦ウッディ(ティム・ロビンス)とテリー(コニー・ニールセン)、そしてフィル(ジェリー・オコーネル)とともにマーズ2号で火星へ出発。着陸時のロケットのトラブルでウッディは妻テリーの目の前であえなく命を落としたが、残った3人は火星に着陸。奇跡的に生きていたルークと再会。そして彼らが見つけた巨大は岩は、実は何者かによって作られた人面岩であり、その中で宇宙人にあう。球へ帰還するティムとルークに別れを告げ、ジムはひとり彼らと旅立つのだった。

by ssm2438 | 2008-11-08 01:51
2008年 11月 07日

突然炎のごとく(1961) ☆

f0009381_1935838.jpg監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン・グリュオー
撮影:ラウール・クタール
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:ジャンヌ・モロー、オスカー・ウェルナー、アンリ・セール

        *        *        *

1963年のキネマ旬報ベストテンの洋画部門の2位にランクされてたのがこの映画。二十歳のころの私はかたっぱしから有名どころの映画をみまくっていて、この映画もみたのだが、当時まったく面白いと思わなかった。いまでもまったく思わない。おかげでこの映画以降、トリュフォー=つまらんが定着してしまった。なんでこんな映画がそんなにもてはやされたのは不思議でしょうがない。その後『映画に愛をこめて・アメリカの夜』で“トリュフォーも意外といいかも”って思えるまでしばしトリュフォー嫌いになっていた。
おまけにタイトルもひどい。この映画のどこか突然炎のごとく・・なんだ??? 昔の映画は、ネームバリューだけで、たいして面白くもなんともない映画をヨイショしている映画がおおすぎる。確固たる再評価が必要だ!

<あらすじ>
オーストリアの青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)とフランス青年のジム(アンリ・セール)は文学青年だった。そんな2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女と知り合い、胸をときめかせた。ジュールは彼女との結婚を熱望して求婚し、2人はパリの同じアパートに住んだ。ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰った。時は流れた。
ジュールとカトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2 人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まるが、カトリーヌにはほかにも男がいた。カトリーヌには人を愛する能力は無く、その時々で、恋愛ごとに酔うだけだった。ジムはそんな彼女に絶望しパリへ帰た。数ヶ月後、カトリーヌは自分の運転する車にジムを乗せて疾走させ、壊れた橋から転落して行った。ジュールは2つの棺を火葬場に運ばせた。これでカトリーヌは永遠にジュールのものとなった。

・・・ただ、こういう女は実際いるのである。というか、女は根本的な部分でそういうものなのだ。そしてフランスというのは、この女性考証に関してはもっとも進んだ映画国家かもしれない。実におなじような女性の描き方をした映画が多い。

by ssm2438 | 2008-11-07 19:43 | F・トリュフォー(1932)