西澤 晋 の 映画日記

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2008年 12月 14日

イカとクジラ(2005) ☆☆

f0009381_22433910.jpg監督:ノア・バームバック
脚本:ノア・バームバック
撮影:ロバート・イェーマン
音楽:ブリッタ・フィリップス
    ディーン・ウェアハム

出演:ジェフ・ダニエルズ
    ローラ・リニー
    ジェシー・アイゼンバーグ
    オーウェン・クライン

        *        *        *

アカデミー脚本賞にノミネートされてると知って見に行った映画。・・・・つまらなかった。
・・・・が、分らんでもない。

私が子供の頃(今もだけど)、ぜんざいが嫌いで嫌いでたまらなかった。あの小豆が嫌いなのだ。保育園~幼稚園とぜんざいが給食に出ようものならその日はブルーだった。気持ち悪くてたべられない。あの気持ち悪い食感のものを我慢しながらのどの奥にながしこまないといけないのだ。確かにあれは子供のころ大嫌いだった。でも、今でも好きではないが食べることは出来る。
いつのころから食べられるようになったかというと・・たぶん小学生の高学年くらいだっただろう。ただ、あのころはまだ、「自分はこれを嫌いなんだ」って思っていたし、子供の頃からそうだったし、いつのまにかそれができるようになると自分のアイデンティティが崩壊するようで、自尊心がそれを許さなかったのだと思う。あのころは「ぜんざいが嫌いなボク」というのがひとつの自分の殻だったのだから。しょうもないことだったけど、確かにそうだった。それを壊したくなかった自分がいた。だjから小学生の高学年になって、嫌いだけど食べられないことはなくなっていたぜんざいを、やはり以前にように食べられないことにしていた自分がいた。

人は、自分が嫌いなこととか、出来ないこととかを、自分のアイデンティティにするものなのだ。でも、いつしかそれはもう嫌いじゃなくなったり、出来るようになってたりしている。
もちろんそれをずっと続ける人もいるだろうが、そうでない人もいる。あるとき「あ、もうそんな振りしないでもよくなってるんだ」って自分自身に気付く時がある。
この映画は・・最後で「ああ、自分はもう母親を嫌いな振りしなくてもいいんだ」ってことに気付いたのだろう。

この映画は、そんなみずみずしい感性の映画。これはやっぱり普通の人にはなかなか分らない気付かないつぼだ。ただ、シナリオなどの勉強をしてる人で、きちんと自分の心と向き合えるなら、このくらいは理解できるはず。自分の感性をたしかめるための映画・・かな?
なにも感じないようではやっぱりライターとしては向かないだろう。

by ssm2438 | 2008-12-14 22:11
2008年 11月 12日

ゴジラ対ヘドラ(1971) ☆☆

f0009381_0145741.jpg監督:坂野義光
脚本:馬淵薫、坂野義光
撮影:真野田陽一
音楽:真鍋理一郎
特殊技術:中野昭慶

出演:山内明、木村俊恵、川瀬裕之

        *        *        *

ゴジラ史上の燦然と輝く怪作。

当時大きな社会問題であった公害問題を前面に打ち出し、当時メジャーだった製紙業が盛んな静岡県富士市にある田子の浦港のヘドロによる汚染を題材に採った作品。片目はつぶされ、片腕の手は肉がただれ白骨化した。ヘドロのため池におとされてもがくゴジラ。怒りの最後はヘドラの目玉繰り抜き。ゴジラがもっとも死闘をくりひろげたのがこの『ゴジラ対ヘドラ』だっただろう。リバイバルではないゴジラをリアルタイムでみたのはこれがはじめてだった。これは幸運というか、なんというか・・。

そしてゴジラもついに空飛ぶ!
ゴジラが空を飛ぶというアイディアには田中友幸プロデューサーが反発したが、坂野監督はクランク・イン後に田中が入院したのを幸いと、その間に東宝の重役から「ゴジラの飛行」の許可をとりつけ、劇中に盛り込んだ。試写でこれを観た田中は、「ゴジラの性格を変えてもらっては困る」と立腹し、しばらく坂野と口をきかなかったそうである(ウィキペディア)。
しかし、ゴジラが飛ぶよりも、それ以前にアホな映画を一杯つくってるのだがら、そんなことをいってもどうなん??って思うけど・・。しかし、個人的には飛ぶのはナシだなあ。いろんな意味で、よくも悪くも、サイケで、いいシーンもあれば、悪いシーンもあるという、ゴジラ映画のなかでは異色のカルト映画であった。

<あらすじ>
駿河湾のヘドロの中で誕生したへドラはヘドロを主食としている怪獣だった。ヘドラはさらに形態を変えて巨大に進化していった。各地の湾内でタンカーが引き裂き、遂に田子の浦から日本に上陸した。工業地帯の煤煙やガソリンを食べたヘドラはさらに全長六十メートルに成長していった。エネルギー源となる多量のヘドロを体内に蓄積し、ジェット噴射による飛行も可能となり、ヘドラの行動半径はさらに広がった。ヘドラの行くところビルは崩壊し、光化学スモッグが発生した。またヘドラの口から弾丸の如く飛ばされるヘドロと、双眼の上から放たれる赤色光線は、人間を一瞬にして白骨と化した。
この地球の危機に、何処からともなくゴジラが出現した。ゴジラとヘドラ、この二頭の怪獣のいつ果てるとも知れない凄絶な死闘は東京湾から、さらに富士の裾野へと展開されていった。悪戦苦闘するゴジラの左眼はつぶされ左手も赤色光線でなかば白骨化してしまった(このような描写は『ガメラ』あったが、ゴジラではきわめて異例)。一方、海洋生物学者の矢野博士は、ヘドラ打倒のため電極板を発明、自衛隊の手によって富士の裾野へと運ばれた。送電線が切れ、使用不可能となった。その瞬間、ゴジラが放った火炎が電極板に感応し、もの凄い電流がヘドラの体内をつらぬいた。さしものヘドラも水蒸気を立ち昇らせ、みるみるくずれ落ちた。ヘドラのなきがらにズボ、ズボと腕を突っ込むゴジラはヘドラの目玉を繰り抜いた。やがて、全身傷だらけになったゴジラは、人間の前から去っていった。

by ssm2438 | 2008-11-12 22:38 | ゴジラ(1954)
2008年 11月 10日

ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃(2001) ☆☆

f0009381_1542658.jpg監督:金子修介
脚本:長谷川圭一、横谷昌宏、金子修介
撮影:岸本正広
音楽:大谷幸
特殊技術:神谷誠

出演
新山千春 (立花由里・BS番組デジタルQスタッフ)
宇崎竜童 (立花泰三防衛軍准将)
小林正寛 (サイエンスライター武田光秋)

        *        *        *

ゴジラ映画はもういいやって思っていたが、平成『ガメラ』でガメラを世界的名作にしたてあげた金子修介が監督をやるというので心おどらせて見に行った。・・・が、うむむむ、金子修介でもゴジラの歴史でくってる石頭連中を覆すことは出来なかったとみえる。多分本人は不本意な思いをしているだろう。そうはいっても、平成ゴジラのなかではまともな映画のうちであろう。
しかし、ゴジラの造形はちょっといただけなかったな。ほかのゴジラスーツのほうが迫力あったのでは? 背中のびらびらの迫力がイマイチだった。あれはもっと強調してほしかったな。

<あらすじ>
グァム島沖で消息を絶った米原子力潜水艦の捜索に向かった防衛海軍が、海底でゴジラと思われる生物を発見した。同じ頃、日本各地で若者たちが何物かに襲撃されるという事件が起こっていた。BS放送局デジタルQのB級オカルト番組のリポーターで、立花由里(新山千春)は、友人でサイエンス・ライターの武田(小林正寛)が持って来た護國聖獣傳記にあるバラゴン(婆羅護吽)、モスラ(最珠羅)、ギドラ(魏怒羅)の日本古来の怪獣が眠っている場所と事件発生現場が一致していることを掴み、調査を開始。
謎の老人・伊佐山が言うに、ゴジラは太平洋戦争で命を散らした人々の残留思念=怨念の集合体であること、そしてゴジラから大和の国を護るべく聖獣たちが永い深い眠りから覚醒するであろうことを聞き出すのであった。

そんな矢先、ゴジラが焼津に上陸。更にバラゴンが地中から出現し、ふたつの怪獣が箱根で激突する。だがバラゴンは以前よりパワーアップしているゴジラの敵ではなく、バラゴンを倒したゴジラは東京へ移動を始めた。やがて、ゴジラは横浜に出現した。迎え撃つモスラとギドラは、壮絶なバトルを展開。絶命間近のモスラはギドラへ融合、キングギドラへと姿を変える。3聖獣が光となってゴジラを海中へと引きずり込んだ。ゴジラを撃退するには聖獣と共に戦うしかないと考え、D-03ミサイルを搭載した特殊潜航艇さつまに乗り込んでいた立花准将(宇崎竜童)は、ゴジラの体内へと突っ込んで行く。ゴジラの体内にD-03を発射し、ゴジラを倒すことに成功した立花准将は、無事、生還を果たす。だが、海の底では死んだ筈のゴジラの心臓がまだ鼓動を続けていたのである。

by ssm2438 | 2008-11-10 20:35