西澤 晋 の 映画日記

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2010年 10月 28日

さすらい(1957) ☆☆☆☆☆

f0009381_924193.jpg監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:エンニオ・デ・コンチーニ
    エリオ・バルトリーニ
    ミケランジェロ・アントニオーニ
撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
音楽:ジョヴァンニ・フスコ

出演:
スティーヴ・コクラン (アルド)
アリダ・ヴァリ (イルマ)
ベッツィ・ブレア (昔の女・エルヴィア)
ドリアン・グレイ (ガソリンスタンドの女・ヴィルジニア)
リン・ショウ (娼婦・アンドレイーナ)

       *        *        *

お父さん、お父さん、ロジーナのパンツがみえてまっせ!!

この映画は、リアルなメンタリティを描く映画ではなく、男のメンタリティとはこういうものだというメンタル・システムを具現化した話。いやあああああああああ、実にアントニオーニだった。この人は男のメンタリティ正直に描きすぎる。後の作品群をみると女もだけど。実に正直な映画監督だなあと思う。

戦後のイタリアには、名匠とよばれる監督さんがやらたと多かった。ロベルト・ロッセリーニヴィットリオ・デ・シーカフェデリコ・フェリーニルキノ・ヴィスコンティピエトロ・ジェルミ、そしてミケランジェロ・アントニオーニ。その中でも一番好きなのはこのミケランジェロ・アントニオーニだ。この人の映像センスと、描く題材は実に衝撃的で、メンタリティは男女の心理を描き出しし、映像は心象風景的な・・、どこかミステリアスな雰囲気をかもしだしてくれる。60年代のアントニオーニは傑作ぞろいだと思う。
残念ながら70年代からはイタリア映画全体がはかなりへたってくる。下世話な映画ばかりになり、エッチとエログロ、残虐性が前面にでてきてあまり関しない時代がしばらく続くことになる。アントニオーニの映画ですら、なぜか60年代の彼の作品ほどときめくものはない。

ミケランジェロ・アントニオーニは、男の愛し方、女の恋愛を正直に描く。この映画では男のメンタリティを暴露してくれた。
男というのは、本来一人の女しか愛さないように出来ている。常に心の中に理想の女をもち、「もしかしたらこの人は自分の<心の故郷の女>なのかもしれない」という夢を描き、それを相手の女性に投影しながら恋愛をする。期待するのである。「この女こそ、きっと自分の<心の故郷の女>なのだ」と。
しかし現実にはそんな都合のいい女などいない。どこかが違っている。「やはり違った。これは私がもとめている女性ではない」と認識する時が来る。そのとき恋愛というのは終わる。男の恋愛というのは、現実をゆがめて解釈し、無理やりそうではないものをそうだと思い込もうとしている時間。

この映画はそんな男の恋愛メンタリティを具体的な形として再現している。ただ、映画的にしかなく<心の故郷の女>と具体的な女として登場させるしかないので、イルマという女をその位置にすえてある。それをもってその男の<心の故郷の女>にするのはちと違和感を感じるが、まあ、映画構成上しかたがないことなのだろう。


<心の故郷の女>=イルマに見捨てられた男アルド(スティーヴ・コクラン)は娘と一緒に故郷をはなれた。昔自分を愛してくれた女のところによってみる。彼女は今も自分を愛してくれている。そこに居つけば心がやすらぐのに・・と思うのだが、イルマが荷物を届けてくれたことからやはりイルマの存在を再認識してしまう。

車の荷台に乗せてもらってたどり着いた先のガソリン・スタンド。一夜の宿を借りるつもりだったが、そのスタンドを切り盛りする若い精力的な女ヴィルジニア(ドリアン・グレイ)に惹かれてく。彼女は老父暮らしていたが、なにかと迷惑をおこすので施設にいれてしまう。一緒に旅をしていた娘のロジーナもイルマのところに返して、二人だけの生活になるはずだった。しかし、どこかでそれは頭をもたげてくる。「この女はイルマではない」。

再び放浪生活がはじまった。やがてベネズエラでリッチになってもどってきたとう成金男の船整備する仕事をもらう。彼は河岸の小屋で使用人たちと話していたが、アンドレイーナ(リン・ショウ)という娼婦らいし女を呼びつけ出て行った。彼女はは肺病をわずらっていたが、は無邪気で可愛かった。アルドにもなつき、彼と一緒に泥沼のような生活から浮び上ろうとした。しかし・・・「この女はイルマではない」。

アルドの足は本能的に自分の村へ向った。村では飛行場が建設されようとしておい、変化が押し寄せてきている予感があった。娘のロジーナを見つけ、彼女が入っていく家を覗き見た。イルマがいた。赤ん坊に湯を使わせていた。イルマは明らかに自分の女ではないことを理解するしかなかった。<故郷の女>を失ったアルドにとって、もうこの世に意味はなかった。


しかしなあ・・、<故郷の女>がアリダ・ヴァリってとこにちょっとしんどさを感じる。一応イタリアの名女優なのかもしれないが、どうみても、他の3人より美しくない(苦笑)。もうちょっと・・・ほんとに固執するにあたいするビジュアルをもった人はいなかったのだろうか・・。ちと残念。

by ssm2438 | 2010-10-28 09:04 | M・アントニオーニ(1912)
2010年 09月 25日

Elements of Desire (1994) ☆☆☆☆☆

f0009381_17174617.jpg監督:キャメロン・グラント
脚本:キャメロン・グラント

出演:ジュリア・アン(Julia Ann)
    セレステ(Celeste)
    シェイラ・ラヴォー(Shayla LaVeaux)
    エイジア・カレラ(Asia Carrera)
    ティファニー・ミンクス(Tiffany mynx)
    ジェナ・ジェイムソン(Jenna Jameson)

       *        *        *

アメリカンポルノの金字塔!・・・だと思う。

でも、ハードコアでもないし、きちんとしたストーリーがあるわけでもない。いわゆるBGVである。しかしながら、BGVでありながら充分エロさも追求しているし、“H”ビデオでありながらBGVとしてのさわやかさを両立している。エロ目的で見る人にはもっとどぎついのはあるだろう。しかし美しい“H”を軽やかに愉しみたい方にはとってもビデオである。
さらにこのビデオ、音楽の使い方や、照明の使い方など、ビジュアル系の画面をつくる仕事に携わる人にはぜひとも見ておいて欲しい作品だ。内容の乏しい“H”ビデオは、照明とスロー映像で見せるしかないのが常套手段だが、そうとわかっていてもやっぱりこの演出は素敵だ。

このビデオの監督はキャメロン・グラント。さりげないSM感であじつけされた演出がなにげに心を刺激してくれる。内容的には『ナイト・トリップ』などで有名なアンドリュー・ブレイクのそれとよく似ているが(実は私も最初はこれもアンドリュー・ブレイクだと思っていた)、こちらのキャメロン・グラントのほうがややハードコア系で、お洒落な映像をつくってくれるという印象だ。

パッケージの写真のパターンはいくつかあるようだが、なぜか蛇とからんでるジュリア・アンの写真。本編中にはそんな蛇なんか出てきてないのだけど・・・。このイメージだけだと失敗かなって思える。
さらに、最近のパッケージでは主役のジュリアではなく、ジェナ・ジェイムソンを表紙にすえたバージョンもある。本作ではまだ人気のでてなかったころのジェナ・ジェイムソンがこそっとでているのだが、どうもこちらの表紙はいただけないなあ。これはあくまでジュリア・アンで売るべき作品だと思うし、このビデオが好きな人がジェナ・ジェイムソンだからという理由で見るとも思えない。

内容は、
ジュリア・アンとアーロン・コルトのカップルは最近ではパッションが冷めてしまい、つまらない日々をおくっていた。そんなジュリア・アンが衛星放送を受信することになり、よなよなチャンネルをあさっているとアダルト番組を放送するチャンネルに出くわす。
そのチャンネルに感化され、徐々に性的刺激を復活させていくジュリア・アン。アーロン・コルトとの間にもセックスが復活するようになる。中が修復されたかと思われた二人だったが、彼はシェイラ・ラヴォーと浮気をしていた。その現場をみてしまうジュリアは感情を爆発させるが、シェイラの罪悪感に満ち溢れたひとみを見ているとその怒りも静まり、3人で愛し合うことになる。夜にはジュリアのお楽しみの時間を3人とシェアし、幸せになるのだった。

by ssm2438 | 2010-09-25 17:28
2010年 08月 20日

リップスティック(1976) ☆☆☆☆

f0009381_18402033.jpg監督:ラモント・ジョンソン
脚本:デヴィッド・レイフィール
撮影:ビル・バトラー
音楽:ミッシェル・ポルナレフ

出演:
マーゴ・ヘミングウェイ (クリス・マコーミック)
アン・バンクロフト (女性検事カーラ)
マリエル・ヘミングウェイ (クリスの妹・キャシー)

       *        *        *

この頃のマーゴ・ヘミングウェイは美しかった・・・。

最近になるまで晩年の彼女をみてなかったのだけど、自殺する前の数年の彼女はすごい崩れてる。美しくない。このころの彼女はあんなに綺麗で見るものをひきつけていたのに・・・どうしてそんなことになってしまったのか・・・残念で仕方がない。あの痛みかたをみてると自殺にいたるほどの心労があったのだろう。

しかし、この映画のころの彼女は美しかった。映画自体はそれほど評価もされなかったが、でも、かなり頑張ってたと思う。画面的にもそこそこお洒落に撮ろうとしてる節があるった。ただ、そのお洒落さが、当時、「レイプをテーマにしてるのに、このお洒落感覚はなんだ!?」みたな印象を世間に与えたのだろう・・・、あくまで私の予想だけど。当時はこの映画はすこしは話題になっており、私は中学3年か高校生くらいだったと思う。

お話のとっかかりはなかなかいいのである。
世間でいかに評価されなくても、私個人はかなりのお気に入り映画である。

その日はトップモデルのクリス・マコーミック(マーゴ・ヘミングウェイ)の水着の撮影の日。妹のキャッシー(マリエル・ヘミングウェイ)は、姉に自分の学校の音楽教師スチュアート(クリス・サランドン)を紹介しようとして彼をロケ現場に招待していた。クリス自身がスチュアートの曲に興味を示していたのだが、その日は忙しくて彼の曲を聞く暇のなかった。さりげなく男が大事にしていたものを踏みにじるマーゴ。悪気はなくても、対象に対して真剣に取り組まない姿勢は相手には伝わるものだ。これが総ての原因でもないだろうが、このあいまいで、でも、たしかにある一つの起爆剤としては素晴らしい設定だったと思う。

結局、そこでは相手する時間がないと判断したクリスはあとで、自分の部屋を訪ねてくるように言ってしまうそこで彼女は犯される。
しかし、妹キャッシーのスチュアートに対する想いもかなり複雑なのだ。妹にしてみれば、大好きな音楽教師なので、姉を紹介することで、すこしお近づきになりたいな・・みたいな感じなのだろう。そして、姉が犯されているところを見ても、どう解釈していいのかあいまいなのだ。それ以上にスチュアートに対しては悪意を持ちたくないという基本ラインがあるようで、そのあたりも今後の行動判断にいろいろ作用してくるように出来ている。

レイプをしてしまう男にしても、彼女を犯したいから犯したという、性的衝動からではないところが実に切実でいい。自分自身が音楽を愛し、美しいと思っているものを、さりげなく無残に彼女がないがしろにしてしまった。ゆえに彼も、彼女が美しいともっている彼女の美貌や容姿をないがしろにしてしまう行動にでる。
妹に対してもかなり複雑だ。自分のことをずっと慕ってくれていたはずの彼女。そんなこんなで彼女の姉を犯してしまったが、裁判では無罪を勝ち取る。そして普通の生活に戻ったが、やはり妹にも慕われていたかった。それを確かめてみたかった。でも、確かめてみたら彼女は自分を恐れ逃げていった。なので追ってしまった。そして犯してしまう。
ナイーブな男心がかなり赤裸々に描かれていると思った。

いろんなあいまいさのなかで物語を展開させたこの映画、個人的にはとても大好きなのだけど・・、どうも世間的にはうけなかったらしい。私だけがけっこう好きな映画のひとつである。

<あらすじ>
先の水着撮影の時にクリス(マーゴ・ヘミングウェイ)をたずねたスチュアート(クリス・サランドン)だが、そのときはあわただしく、後日、彼女のマンションを訪ねて来るようにいいわたされた。翌日、スチュアートはクリスのマンションを訪ねた。やがて部屋中に彼がテープに録音して持参した電子音楽が異様な音を響かせはじめると、タイミング悪くクリスの恋人から電話が入ってきてしまう。
彼女が聴きたいというから持参した自分の電子音楽、なのに二度も集中しない態度をとられてしまったスチュアートは別室に退き、さりげなくこみ上げてくる怒りを抑えるていた。けべの向こうではまだ彼氏となにやら話している。自分の存在を無視されているのがいたたまれないスチュアートは音楽のボリュームをあげた。顔をだし、無神経に「音を下げて」というクリス。
彼はクリスの髪をつかむと狂ったように引きづりまわし、真赤な口紅をクリスに塗りたくった。そしてベッドの上に裸のクリスをうつ伏せにして手足を縛りつけ、彼女を犯した。その時学校から戻ったキャシーは、ベッドの上でもつれあっている男と女を見てしまう。愕然としてその場から離れるキャシー。

クリスは女性検事カーラ(アン・バンクロフト)の事務所を訪ねた。事件は裁判に持ちこまれだが、カーラの予測どおりスチュアート側の弁護士は、不当ともいえる手段でクリスに罪を被せようとし、重要参考人としての幼ないキャシーを巧みに利用して、見事、スチュアートを無罪にしてしまった。

裁判にまけたクリスは、自分を納得させるためにコロラドの山奥に引きこもるつもりで、猟銃を車に積み込んで最後の仕事にでかけた。やがてキャッシーもスチュアートに犯されてしまう。怒りに燃えたクリスは、車に積んであったライフルを取り出すとスチュアートに発砲した。車は横転し、血だらけのスチュアートがはい出して来た。クリスはなおも激しく撃ち続けた。ふたたびクリスは法廷に立っていた。だが今度は無罪を宣告されるのだった。

美しかりしマーゴ・ヘミングウェイ(↓)
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by ssm2438 | 2010-08-20 18:59
2010年 08月 18日

大統領の陰謀(1976) ☆☆☆☆☆

f0009381_1554734.jpg監督:アラン・J・パクラ
原作:カール・バーンスタイン
    ボブ・ウッドワード
脚本:ウィリアム・ゴールドマン
撮影:ゴードン・ウィリス
音楽:デヴィッド・シャイア

出演:ダスティン・ホフマン
    ロバート・レッドフォード

        *        *        *

1970年のウォーターゲート事件とは、ニクソン政権の野党だった民主党本部があるウォーターゲート・ビル(ワシントンD.C.)に、不審者が盗聴器を仕掛けようと侵入したことから始まった。当初ニクソン大統領とホワイトハウスのスタッフは「侵入事件と政権とは無関係」との立場をとったが、ワシントン・ポストなどの取材から次第に政権の野党盗聴への関与が明らかになり、世論の反発によってアメリカ史上初めて現役大統領が任期中に辞任に追い込まれる事態となった。<ウィキペディアより)>

この映画はこの事件発覚後、ホワイトハウスは大統領の関与を否定したが、ワシントンポストの二人の記者カールバーンスタインとボブ・ウッドワードは大統領の指示でこれが行われたのではという懸念をもち、独自に捜査をしていく。大統領がこの盗聴を指示したとしたらそれは大スクープだが、そう報道しておいて事実が認定されなければただの大ほら吹きの新聞社ということになる。ゆえにどこの新聞社も新調に報道していたのだが、ワシントンポストの二人はディープ・スロートからの情報も得ていて、大統領=黒の方向で記事にしていく。

何を撮っても面白くないアラン・J・パクラのなかの面白いほうの話。大雑把なエンタを求める人には不向きだが、情況描写だけでで真実を追い詰めていくサスペンスがすごい。松本清張の本がそんな感じだが、それを映画でやるとこうなるのか・・って感じの映画。
そして映画の緊張感をたかめているのがやはりゴードン・ウィリスのカメラ。いつもながらに氷のフィルターつけてます。

ただ、確かに地道にすごい映画なのだけど、結局「だったらディープスロート、おまへ小出しにせずに始めっからそういえよ」って感じ。そうすりゃあもっと早く事件は解決してたのに・・みたいな。地道な確認作業の積み重ねは実に素晴らしいサスペンスを生んでいるのだが、基本のストーリーラインはかなり単純。というかまったくドラマはないと言える。・・はは、さすが良くも悪くも<何を撮っても面白くないアラン・J・パクラ>、くそおっ、面白いぞ!

ちなみにこの年の賞レースは白熱。シルベスタ・スタローンジョン・G・アビルドセン『ロッキー』シドニー・ルメット『ネットワーク』アラン・J・パクラ『大統領の陰謀』マーティン・スコセッシ『タクシードライバ』など重厚なドラマが目白おじ。まさに重量級の激突。アカデミー賞作品賞は『ロッキー』が持っていきましたが、アカデミー脚本賞NY批評家賞の作品賞はこちらの『大統領の陰謀』でした。

by ssm2438 | 2010-08-18 15:21 | ゴードン・ウィリス(1931)
2010年 07月 18日

ヒマラヤ杉に降る雪(1999) ☆☆☆☆☆

f0009381_22205793.jpg監督:スコット・ヒックス
脚本:ロン・バス
    スコット・ヒックス
撮影:ロバート・リチャードソン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:イーサン・ホーク/リーヴ・カーニー
    工藤夕貴/鈴木杏
    リック・ユーン
    マックス・フォン・シドー

        *        *        *

この映画、イーサン・ホークのせつなさがとてもいい。好きで好きでたまらない女が別の男と結婚・・という実にありがちなシチュエーションの映画なのだが、そのせつなさがいたいほど伝わる。ピーター・ウェアー『いまを生きる』といい、この映画といい、こういうみずみずしいタッチの主人公には彼はあっていると思う。
そしてスコット・ヒックスの演出がまたしみじみとしていい。スコット・ヒックスのなかではこの作品が一番好きだ。この人の映画って、前作の『シャイン』、このあとの『幸せのレシピ』にしても、がんばって生きてきた人の心にシップ薬をやるようなひんやりと心地がいいやさしさがあるんだよね。大好きな監督さんの一人だ。今回の映画も、まさにしんしんとふりつもる雪がイーサン・ホークの魂の熱い叫びを封じ込めてるような感じ。恋愛感情としてホットな部分を完全に覆い隠してる演出だからこそ、この映画が素敵なのだろう。それをフィルムに記録しているのが『モンタナの風に抱かれて』などのロバート・リチャードソン。彼の画面は清涼として素敵だ。
工藤夕貴も実にあってた。これ、公開当時工藤夕貴が主演してるえいが・・というイメージ売ってしまったがためにいまいち受けなかったとおもうのだが、“『シャイン』のスコット・ヒックス”というアプローチならもっとうけたのではなかろうか。

<あらすじ>
第二次世界大戦が終わって10年がたとうかというワシントン州(アメリカ西海岸の一番北)。サン・ピエドロ島で第一級殺人の裁判が開かれる。容疑者は日系人のカズオ。漁師のカールを殺した罪に問われているのだった。
傍聴席に座る新聞記者のイシュマエル(イーサン・ホーク)。彼は少年時代にカズオの妻・ハツエ(工藤夕貴)と愛し合う仲だったが、太平洋戦争が二人を引き裂きハツエはカズオと結婚。イシュマエルも戦争で片腕を失っていた。日系人に対する差別が渦巻く法廷で、カズオは孤立していた。しかし独自の調査でイシュマエルはカズオが無罪だという証拠にたどりつく。ハツエをいまだに愛している自分、自分を裏切って他の男と結婚した彼女への封印している憎しみ。良心と過去の傷がイシュマエルをいたばさみにする。
男と恋愛至上主義な心のメカニズムと、女の情況支配主義的な心のメカニズムのきしみを描いた心の痛い映画。女にはこの痛みはわからないんだろうなあって思った。

映画自体は法廷サスペンスにあたるのかもしれない。でも、そんなことはどうでもよくって、描かれているのはイーサン・ホークのかなわぬ愛だ。ああ、切ない。

by ssm2438 | 2010-07-18 21:54
2010年 07月 16日

パリは霧にぬれて(1971) ☆☆☆

f0009381_20365196.jpg監督:ルネ・クレマン
脚本:ルネ・クレマン/ダニエル・ブーランジェ
撮影:アンドレア・ウィンディング
音楽:ジルベール・ベコー

出演:
フェイ・ダナウェイ (ジル)
フランク・ランジェラ (夫・フィリップ)
バーバラ・パーキンス (シンシア)

       *        *        *

なんとびっくり、キモいはずのフェイ・ダナウェイが美しい!

フェイ・ダナウェイといえば、細い眉とこけた頬のキツネ顔で、お世辞にも綺麗だとは言いがたく、どっちかというとひたすらキモい感じの女優さんなのだが、いやああああああ、この映画の彼女はびっくり、美しい。眉毛もふとい。頬のこけてない。ずっとこれでいっとけばよかったのに、なんでこの映画以外はあんなに悪女に変身してしまったのでしょう?

映画は・・・お話はいまいちなんだけど、演出だけは素晴らしい。以前にも書いたがルネ・クレマンのフレーンミングは恐ろしく的確で、一番見心地のいい絵を映し出してくれる。これが他の監督さんだったらどうでもいい空間がむだにあって、その分人物がちいさくなってたり、するものだが、クレマンのフレーミングはキャラクターが見やすいサイズでフレーミングし、ほんとに必要な時だけひいて撮る。それもまた的確。
さらに思わせぶりの演出であったり、みてる人をいらつかせる技法も心得ているのが、不快感だけのコーエン兄弟のそれよりも嫌味はないので、見続けることが出来る。ロケ先では自然光そのままに、露出アンダーもしっかり機能させてくれているが、明るいところもきちんといれてるので、真っ黒クロ介な印象にはなっていない。ともすれば、人工照明でかっこ見やすくしてしてしまう監督が多いなか、地道な絵作りがすばらしい。
撮影は『フレンズ』アンドレア・ウィンディング。音楽は『マイ・ラブ』ジルベール・ベコー。二人ともマイナーな職人さんだが、いい仕事をしている。

・・・しかし・・・、お話は面白くない。というか、ルネ・クレマンの映画の話は<不条理・サディスティック・サスペンス>なので、不条理性が物語の行方を判らなくさせているため、一般庶民だと最後まで見るのはつらいのではないだろうか。映画のお勉強だと思えば素晴らしい教材なのだけど、楽しめる映画とは言いがたいのも事実である。
しかも、今回の映画は<家族の不具合モノ>かと思えば、そこに『組織』なるものが登場、闇雲にきな臭い雰囲気にしてしまう。それがいいのか悪いのか・・。あんまりいいとは言えないと思う。冒頭の感じだと見ている人は、物語は家族の不具合が完治される、あるいは崩壊していく・・の流れだと思ってみるのが普通だと思うが、そこに『組織』が登場し、怪しい秘密結社の利益誘導のためにフェイ・ダナウェイの夫を協力させうようとするのだが、うんと言わないので子供を誘拐する・・というような流れになる。
それまでフェイ・ダナウェイのメンタル闘争ものだと思っていたのだが、それがサスペンスの要素が入ってきて、サスペンスではらはら、メンタル崩壊劇ではらはら、相乗効果をなしているというよりも、とらえどころがない展開になってしまっていた。

・・・しかし、まあ、それが<不条理・サディスティック・サスペンス>のルネ・クレマン・ワールドだといってしまえばそうなのだろうが・・・、でも一般受けはしない作りの映画である。

<あらすじ>
フィリップ(フランク・ランジェラ)とジル(フェイ・ダナウェイ)はパリに住むアメリカ人夫婦で、二人の間には8才になるキャシーと4才のパトリックがいた。ジルは精神が安定しおらず、数学者の夫フィリップにとってはウザ意存在となっている。ジルの精神異常はますます激しく、最近はすっかり親しくなった階下のアメリカ人シンシア(バーバラ・パーキンス)に何かと良くしてくれる。
そんなとき、ある『組織』がフィリップに接触してくる。天才的な数学者だったフィリップの才能に目をつけた彼らは、アメリカ時代に彼に産業スパイの暗号解読の役目をやらせていたのである。断るフィリップ。しかし組織はフィリップが出張中に、二人の子供を誘拐してしまう。しかしジルにしてみれば、子供たちの失踪は、自分の精神不安定さが原因であり、その責任を感じてしまう。警察も、実はジルが子供をつれて自殺しようとしたが、自分だけ生き残ったのではないかとさえ勘ぐっている。ますます精神が崩壊してくるジル。しかし、そんなジルは
シンシアこそが、組織のメンバーであることに気付く。
罪悪感をもっていたシンシアはジルに協力、しかしそれが組織にばれてしまい殺される。しかし、シンシアがアジトへかけた電話番号覚えていたジル。そのアジトへ言ってみると屋根裏部屋に子供たちが隠れていた。

by ssm2438 | 2010-07-16 20:37 | ルネ・クレマン(1913)
2010年 07月 15日

雨の訪問者(1970) ☆☆☆

f0009381_033478.jpg監督:ルネ・クレマン
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
撮影:アンドレア・ヴァンダン
音楽:フランシス・レイ

出演:
チャールズ・ブロンソン (ドブス)
マルレーヌ・ジョベール (メリー)

       *        *        *

ヒロインがキム・ベイシンガーだったらよかったのに・・。

ストーリーは難解で、あまり関係のない話までからんでくるので、話ベースでみるとかなり厄介な映画だ。しかし、ルネ・クレマンの見せ方は素晴らしい。一般の映画よりも一サイズ寄った画面で撮ってくれるのがうれしい。寄ったサイズの中でアップをとり、フレーム外のものをフレーム内で表現してくれる。望遠の使い方が自然で、見やすく、もっとも正攻法の望遠映画だといえるだろう。そんな絵作りが圧倒的に魅力的な映画だ。

しかし、お話の展開は非常にいただけない。これでは何がどうなってるのか判らなくなる。とりあえずすっきりまとめてみると、こういう話だ。

ある雨の日にその街に降り立った一人の男にレイプされた女マルレーヌ・ジョベール。しかし彼女はその男を猟銃で撃ち殺してしまい。死体を海に捨てる。犯人を殺した時点で素直に警察に届けていれば、正当防衛が認められるケースだと思うのだが、これが犯された事実を隠すために死体を捨ててしまったことからある男チャールズ・ブロンソンに付きまとわれる。
彼はアメリカ陸軍の大佐で極秘任務についているらしく、その男がも持ち逃げした赤いバックに入った大金を追っていた。ブロンソンがその赤いバックを追えば追うほど、マルレーヌ・ジョベールが闇に葬りたい犯された事実と、犯人を撃ち殺して海に捨てた事実を認めざるを得ない状況になっていく。

このサディスティックな追い詰め方が映画的に魅力的だが、彼女にしてみればただただ不条理なだけだ。みていて気持ちのいい映画ではないが、演出的にはとても見ごたえがある映画だ。

ドラマの展開上、彼女を散々追い詰め精神的にも肉体的にいたぶるチャールズ・ブロンソンだが、映画の最後では彼女に恋をしたのだろうか。クルミで窓ガラスを割ってしまう・・(苦笑)。
本編の中で「恋をした人がクルミを投げるとガラスは割れる」・・らしい。チャールズ・ブロンソンがクルミを投げても窓ガラスは割れないのだが、マルレーヌ・ジョベールが投げるといつも割れるのである。

by ssm2438 | 2010-07-15 00:34 | ルネ・クレマン(1913)
2010年 07月 13日

まあだだよ(1993) ☆☆

f0009381_0273438.jpg監督:黒澤明
脚本:黒澤明
撮影:斎藤孝雄/上田正治
音楽:池辺晋一郎

出演:
松村達雄 (内田百けん)
香川京子 (奥さん)
井川比佐志 (高山)
所ジョージ (甘木)

       *        *        *

おおおおおお、その鍋をやってるときの怒涛の望遠は燃える!!

香川京子さん、好きです。なかでも成瀬巳喜男『おかあさん』のなかでの香川京子さん、大好きです。黒澤作品でもきれいどころのヒロインでなんどか使われてましたが、最後も香川さんできましたか。

作品自体は・・・とりあえず、これを見たときはそれほど面白いと思わなかった。もしかしてあと30年くらい生きたらこの映画が良く見えるかもしれない・・・とおもわせてくれるところはさりげなくある映画。でも、やっぱりああの望遠だけの映画かもしれない。
・・・でも、黒澤作品のなかでは意外と嫌いではない映画である(苦笑)。いつもはうざいと感じる作為性も、この映画においてはそれほど感じない。たぶん感情移入できない映画というか、その必要がない映画だからなのだろうか。こういうふうに、教え子に慕われる教師というのが、あまり想像できないんだな。なのでどうも、別次元のお話なのだと私の脳は理解したらしい。

でも感情移入できないならもうちょっと短くてもいいのでは?
東芝日曜劇場みたいに50分で作ったらいいのができてたかもしれないのになあ・・。

by ssm2438 | 2010-07-13 00:37 | 黒澤 明(1910)
2010年 06月 28日

ウディ・アレンの 愛と死(1975) ☆☆☆

f0009381_2211189.jpg監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
撮影:ギスラン・クロケ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ

出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン

       *        *        *

ギスラン・クロケ燃えるウウウウウウウウウウっ!!!

個人的に、ウディ・アレンのコメディセンスが面白かといわれると「全然そうは思わない」と答えるのだが、この人の画面構成力とディープは人間分析と心理描写は崇拝に値する。すくなくとも私の大好きな映画10本の中にウディ・アレンが監督した『インテリア』が入っている。おかげで昨今の作品で全然燃えなくても、ウディ・アレンは好きな監督さんのなかに入っている。

70年代のウディ・アレンの画面はほとんどゴードン・ウィリスが担当していた。しかしこの映画はちょっとフェイントをかけてギスラン・クロケである。初めてのこの映画を見たときは、「あれ? 誰これ? めっちゃいい画面撮るじゃん!!!!」って感動。即 allcinema オンラインでチェック、そしたら「ギスラン・クロケ」という人らしいことがわかった。他にどんな作品やってるんだろうってチェックしたら・・・・おおおおおおおおおおおおお、『テス』ですよ。そら、良い画面とるわ!って納得してしまった。

つくづく思うのだが、ウディ・アレンの画面構成は、めちゃくちゃ演出意図的に整理されているのだ。アップとロング。ごちゃごちゃしてる画面とシンプルな画面、そのメリハリがとても職人技的で良い。なおかつ、演出意図がとてもはっきりしている。あるいははっきりしすぎるからぼやかしているところもある。その点についていえば私はこの映画よりも『マンハッタン』が好きだ。とにかく知能指数の高い画面構成をいつも展開してくれるのがウディ・アレンである。

お話は・・・個人的にはどうでもいい。ダイアン・キートンにそそのかかされて、当時飛ぶ取り落とす勢いだったナポレオンの暗殺を企てるが失敗、結局とらられてあっさり処刑される話。その男の回想として物語は展開していく。

最後は、死は終わりでなく、生活費節約の早道・・・だそうな。

カッコつけただけで、あまり真実味がないのでどうでもいい言葉だ。

by ssm2438 | 2010-06-28 22:01 | ウディ・アレン(1935)
2010年 06月 12日

アイランド(2005) ☆☆

f0009381_8485098.jpg監督:マイケル・ベイ
製作:マイケル・ベイ他
脚本:カスピアン・トレッドウェル=オーウェン
    アレックス・カーツマン
    ロベルト・オーチー
撮影:マウロ・フィオーレ
音楽:スティーヴ・ジャブロンスキー

出演:
ユアン・マクレガー (リンカーン・6・エコー)
スカーレット・ヨハンソン (ジョーダン・2・デルタ)

       *        *        *

さすがマイケル・ベイ、きちんと作ればまともなSFになりそうだったこの映画をCM的アクションシーンでごまかしてしまった・・。

ジェリー・ブラッカイマーのイエスマン監督という印象がつよかったマイケル・ベイ。その彼が今回はブラッカイマーの支配下から抜け出し、自ら制作をつとめてつくったのがこの映画。なので正真正銘マイケル・ベイの実力が見られる映画。いやいやほんと、CM的なコンセプトの画面づくりは上手いし、今回の映画に関してはありそうな近未来のビジュアルをかなりきちんと描きこんできてて、美術スタッフの仕事は素晴らしいと感じる。

・・・が、所詮マイケル・ベイ。
CMだけつくってればこの人は才能あるひとだと思われたに違いないのだけど、どうしても映画(=話を語るための写真)の作り手としては実につまらない。
この人の最大の欠点は「観客に予測させる」という見せ方が出来ないことだ。マイケル・ベイの作る画面は、すべて説明の画面であり、それを姑息はCM的オシャレ演出で撮ってるだけ。だから見てる側としたら、ただただマイケル・ベイが提供してくれる画面を延々みせられるだけ・・という時間になる。

スカーレット・ヨハンソン、個人的にはデビュー当時のダークブラウン・ヘアのほうがシックでいいなあ。金髪にしてしまうとシャローな感じにみえてしまう。

<あらすじ>
21世紀の前半。クローン技術の発展により、ついに人間のクローンが製造できる環境にあった。一部の富裕層の人々は、自分の健康の保険としてクローンを制作、不具合のあった臓器をそこから移植することができるようになっていた。モラル的にはこのクローンの制作は法律で禁止されていたが、病に犯された富裕層の人々は、たとえ犯罪と判っていても生きる手段としての一つの選択だった。

彼らはそのクローン牧場のなかで生かされていた。リンカーン(ユアン・マクレガー)とジョーダン(スカーレット・ヨハンソン)もそのなかの二人だ。人類は地球規模の環境破壊によって、すでに死に絶えてしまっているらしい。彼らは、外界からこの施設に救出され、もう3年になる。安全で快適だけれども、退屈な日々。彼らの夢は、地上最後の楽園“アイランド"へ行くことだった。その島は放射能汚染を逃れた地上唯一の楽園といわれていた。
そんなある日、リンカーンは換気口から入ってきた一匹のハエを発見して、ある疑問を抱く。外の空気は汚染されているはずではなかった・・? そして施設内を探索するうちに、恐るべき真実を目撃する。彼らは、保険契約を結んだクライアントに臓器を提供するためだけに生産された“クローン" であり、「アイランド行き」とは、すなわち臓器摘出の死刑宣告だったのだ。そして次の当選者に決まったのは、なんとジョーダンだった!リンカーンとジョーダンは、生きるための脱出を試みる。

物語の基本コンセプトはアーサー・C・クラーク『都市と星』あたりだろう。近未来の世界感や小物のデザインは実にセンスがよく、存在感を感じさせるものだった。せっかくのネタだったので、姑息なアクションでお茶を濁さず、きちんとしてドラマとして作ってほしかった。

by ssm2438 | 2010-06-12 08:49