西澤 晋 の 映画日記

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タグ:撮影的に高品質な映画 ( 81 ) タグの人気記事


2010年 01月 29日

ナチュラル(1984) ☆☆☆☆

f0009381_4164474.jpg監督:バリー・レヴィンソン
脚本:ロジャー・タウン/フィル・ダッセンベリー
撮影:キャレブ・デシャネル
音楽:ランディ・ニューマン

出演:
ロバート・レッドフォード (ロイ・ハブス)
グレン・クローズ (アイリス)
キム・ベイシンガー (メモ・パリス)
ロバート・デュヴァル (スポーツ記者)
バーバラ・ハーシー (女殺人者ハリエット)

        *        *        *

「あげまん女」と「さげまん女」の話・・・かな(苦笑)?
どこまでがファンタジーで何処までがマジなのか実にわかりづらい作品。

はじめてこの映画を見たときは・・・・ん????ってとことが多かった。これはなに? どこの時間軸の話? アレはなぜ? 何で撃たれたの? ・・・??????????って。どこまでが偶然で、どこが意図的なものか実にはっきりしないのだ。そして野球賭博をしているオーナー連中の実態、この利益の構図もわからない。とにかくいろんなことが重なってこの映画をわかりづらくしている。いつかその謎を解こうとおもっていたが、一念発起してこの映画をふたたび見ることにした。・・・で長年の謎がとけた。というわけで、今回は謎解きレビュー。

◇謎の女ハリエット
そもそもロバート・レッドフォードバーバラ・ハーシーに撃たれるのか?
これはどうも<偶然>と考えるのが正しいだろう。宗教上かなにかの理由で著名な運動選手を標的にする連続殺人者、それがハリエット(バーバラ・ハーシー)。シカゴ・カブスのトライアウトを受ける為に、スカウトマンのサムと共にシカゴに向う途中、某有名スラッガーに難癖をつけられ3球勝負し見事に三振に取るのだが、その場に居合わせたハリエットが、「このスポーツ選手は髪から与えられた力を金儲けのために使おうとしている」と思ったのだかどうだか知らないが、シカゴに着いたハブスをホテルに呼び寄せ撃ってしまう。実はそのあと彼女も自殺する。たぶんこれは罪悪感のためだろう。
そしてここでさらに分りづらくするのがロバート・レッドフォードが、二十歳前のハブスも演じているので時間軸が分りづらい。本編のなかではどうみても高校出たての若者には見えない。・・が、ここまでは二十歳まえ話である。

◇八百長試合。オーナーとの会話の不可解さ
これは野球賭博をしているオーナーが、自分のチームが負けるほうにかけるようとするのだが、ハブスが打って勝ってしまう。そういうわけで「おまえ打つなよ。そしたらもっと給料あげるんだけどなあ」って誘ってるわけだ。
知る人ぞ知るシカゴホワイトソックスの八百長事件。テッド・ウィリアムスシューレス・ジョーがそれで野球界を追放になったあの事件。『エイトメン・アウト』『フィールド・オブ・ドリームス』でのこの事件には触れている。こういうことが当時の野球界ではおこなわれていたんだなということが今頃分った。そしてそれがわかってやと、この映画の意味や、オーナーサイドの行動の動機が分ってきた。この映画をみた当時もぼやっとはわかっていた感じはしても、明確にはわかっていなかっただろう。そのせいで、この映画自体がもうひとつ把握しづらい映画として長い間記憶に残っていた。

◇キム・ベイシンガーの働き
金でおちないハブスと付き合い、色仕掛けで調子をおとさせる女。・・と解釈すればよいのだろう。彼女と付き合いだして著しく調子を落とすのでどういうわけか理解できないのだが、ストーリーの流れとしてはそういうことなのだろう。このへんの描写があまりに漫画的なので、これまたストーリーを把握しづらくしている。だいたい女と付き合ったくらいで調子を落とすわけがない。これを説得力あるものにするなら、試合のまえまで散々“H”をしまくって寝かせないとか、浴びるほど酔わせるとか・・、具体的なスランプの理由がほしかった。
おまけにもと恋人のグレン・クローズに出会っただけでいきなり復活するからまたここに根拠がない。形式的なストーリーラインだけで話をみせていくからファンタジーなのか???って勘違いしてしまうが、どうやらファンタジーとしては作ってないらしい。

◇おなかが痛くなる理由
たぶんキム・ベイシンガーがパーティの席上で最後にもってきた何か(カキかなんか?)に胃を壊す薬物が入っていたのだろう。あれは偶然というより故意の出来事だと思う。


そんなこんなで、本筋をきちんと演出できてないこの映画であり、どこまでファンタジーで何処までマジなのか分らない。なのでどこまで本気で感動していいのか分らない作品。しかしそこそこ感動するようには作られている。こんな映画をむりやり美しく、かつドラマチックにもりあげてくれたのがキャレブ・デシャネルの画面は。素晴らしすぎる! この人の絵のおかげでこの映画の質がはるかに向上したのは言うまでもない。

by ssm2438 | 2010-01-29 04:17 | C・デシャネル(1944)
2010年 01月 27日

恋におぼれて(1997) ☆☆☆☆

f0009381_6195788.jpg監督:グリフィン・ダン
脚本:ロバート・ゴードン
撮影:アンドリュー・ダン
音楽:レイチェル・ポートマン

出演:
メグ・ライアン (マギー)
マシュー・ブロデリック (サム)
ケリー・プレストン (リンダ)
チェッキー・カリョ (アントン)

        *        *        *

グリフィン・ダン一世一代の大傑作! 実はこの人、プロデューサーが本業のひとで監督は3本しかやっていたいが、そのうちにの1本がこれ。しかし当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったメグ・ライアンを主演にすえられたというのはけっこうラッキーな奴だ。それも、それまでメグ・ライアンのイメージとは違うキャラを演じさせ、これはこれで圧倒的にダークサイドにふれる魅力満載。
そしてメグ・ライアンとマシュー・ブロデリックのダーク・サイドのラブコメというスタンスながら、それを演出する小道具とシチュエーションが素晴らしい。そしてその見せ方がとてもお洒落。どの画面をとっても完成度がきわめて高い。この監督は映画の見せ方をすごっく知ってる人だ。

<あらすじ>
サム(マシュー・ブロデリック)とリンダ(ケリー・プレストン)は子供の頃からずっと幼馴染として付き合っていたが、研修でニューヨークに行くと新しい彼氏をつくったらしく、その男を同棲を始めた。いてもたってもいられないサムはニューヨークに追いかけてきた。彼女の住所を探し出し、取り壊し寸前の向かいのビルに忍び込み、覗き見をはじめる。それだけではあきたらず、巨大な後学望遠鏡をセットし、二人の部屋の風景を投影する。最初は薄汚れた壁に、ソファに座ってくつろぐリンダが映っているが、その壁を白くぬっていくと彼女の画面が鮮明に映っていく。実にロマンチックな演出である。この映画にはこのてのお洒落な見せ方がいっぱいある。

そうこうしてるとそこにライダースーツ姿のマギー(メグ・ラインアン)が侵入、強引に住み着いてしまう。彼女の元彼こそが、リンダが一緒に住んでいるフランス人シェフ、アントン(チェッキー・カリョ)だった。マギーは集音マイクを設置し、内部で交わされている音を盗聴する。かくして窓から見た映像が壁に大きく投影され、それに音声までついてくるという張り込みシアターが完成するのだった。

f0009381_6213689.jpgそのあとは姑息なトラップを掛け、大道芸人の猿使いの猿に口紅をぬらせて、通りがかったアントンにとびかからせ、シャツに口紅をつけるとか、子供たちにターベットの写真と水鉄砲を配り、アントンに浴びせるとか。しかしそれはマギーがむかしつかっていた香水で、どんどん二人の間をあぶなかしい状態に陥れていく。それでも今回のメグ・ライアンはめっちゃ色っぽい。アイシャドーはダークでモード系。ほとんどバットマンみたい。でもあいかわらずチャーミングで、きてるハウスドレスもむなもとがやたらとみえててやけに色っぽい。
リンダとアントンがしばし旅行に出かけると、サムとマギーは彼らの部屋に侵入一晩をそこですごす。吐いていたパンティをドレスのしたから脱いでソファのマットの下に挟みこんで既成事実をつくったり、カードで買った花や贈り物の控えをあっちこっちの本のなかに見つかるように挟み込んでおいたりと・・とかなり悪質。そんなふたりがじゃれあってるうちにいいムードになりベッドで“H”にいたってしまう。
「アイラブユー、リンダ」といいながらマギーを抱くサム。
「アイヘイチュー、アントン」といいながらサムにしがみつくマギー。
実にブラックユーモア・ラブコメディなんだけど、ここのシーンは切実に色っぽかった。

結局どたばたあって、一旦はリンダとアントンを別れさせることに成功するのだが、やはりリンダはアントンを愛しておりもとに、事の次第をリンダにはなすサム。そしてリンダはアントンの元に戻っていく。そしてサムとマギーもめでたくひっつくのであった。。。

ブラックユーモア大嫌い人間の私だが、この映画だけは好きだ。もうちょっと不要な灰汁を整理できれば傑作になっていたのに。・・・しかし、画作りは素晴らしい。
グリフィン・ダン、すごいぞ!! 

by ssm2438 | 2010-01-27 06:22
2010年 01月 26日

愛は霧のかなたに (1988) ☆☆

f0009381_2243055.jpg監督:マイケル・アプテッド
脚本:アンナ・ハミルトン=フェラン
撮影:ジョン・シール
音楽:モーリス・ジャール

出演:
シガーニー・ウィーヴァー (ダイアン・フォッシー)
ブライアン・ブラウン (カメラマンのボブ)

        *        *        *

監督はときどきまともな映画を撮るマイケル・アプテッド。基本的にはきちんとした実力のある人なのですが、撮る映画が地味なものしかまわって行かない様子。なにを勘違いしたか『007/ワールド・イズ・ノットイナフ』が彼のところにまわっていったが、これは007シリーズのなかでもけっこうなお気に入りになってしまった。
この映画もけっこう玄人目線でみるとけっこうすごいのだけど、面白いかといえばどうかなあ・・? ちと疑問。

この映画のポイントは見るべきポイントはいくつかあるのだが、その一つはジョン・シールの画面。『刑事・ジョンブック』でみずみずしい田舎の風景を撮った彼だが、今回はさらにしめりっけのあるジャングルの中。まあ、この湿り気というのはジョン・シールの持ち味だと思うのだけど、ここまで湿りまくってる誰がとっても同じって感じもしないではない(苦笑)。
そしてリック・ベイカーのゴリラスーツ。実は allcinema の解説を読むまで知らなかったのだが、徐々にシガニーウィーバー扮するダイアン・フォッシーを身内であるとみとめていくボスゴリラはリック・ベッカーの作ったゴリラスーツというではないか!? 言われてみるとちょっとは違和感を感じていた自分の感覚が正しいことが分ったが、言われなければ気がつかないままだっただろう。

<あらすじ>
絶滅の危機に瀕しているというマウンテンゴリラの生態系を調べるためにアフリカに渡ったダイアン・フォシー(シガニー・ウィーヴァー)。ナイロビ空港で彼女を出迎えてくれたのは、リーキー博士(アイアン・クスバートソン) だった。数人の人夫とガイドを雇い、内乱の国コンゴの山奥へと向かった。
ダイアンは以前、ゴリラ研究家シャラーが住んでいた小屋を拠点にすることにした。一ヵ月半密林を歩き回りやっとゴリラの群れを発見する。しかし今後国内の立ち退きを命じられ、ルワンダに住む博士の友人ロズ・カー(ジュリー・ハリス)のもとに身を寄せる。ルワンダで山に登り、小屋を建て、カリソケ研究センターを開設するダイアン。ゴリラたちの群れの中に見起き、自らもゴリラになった気持ちになるダインア。警戒していたボスゴリラも彼女を仲間と認めるようになる。彼女自身も取材にきたカメラマンのボブ(ブライアン・ブラウン)と心やすらぐ時間をすごす。
しかしある日密猟者によって5頭のゴリラが殺され、子供のゴリラが連れ去られる。ダイアンは憤慨するが、彼らは政府の役人の許可をとっているという。さらに密猟者によってボスゴリラまで殺された。ボスゴリラの手が切断されていたのだ。怒りがおさまらないダイアンは密猟者のテントに火を放つ。彼女の苛立ちは若い研究者たちにも向けられる。反感を露骨に現わす彼女は、いつしか人々からゴリラを愛するあまり狂ったと思われるようになる。
そして85年12月、ダイアンは18年間過ごしたセンターの小屋の中で何者かによって惨殺される。

映画のなかではダイアン・フォッシーのゴリラへの固執がかなり狂信的に映る。なんでそこまでするんかなってのがちと疑問ではあったが・・。今ひとつ感情移入のチャンネルが違っていた映画だった。しかし、ゴリラの密猟をテーマにするなら、今だったらエドワード・ズウィックが撮っても面白かったかもって思ったりした。ちなみに、このダイアン・フォッシーや、リーキー博士は実在の人物である。

by ssm2438 | 2010-01-26 02:27
2009年 12月 15日

ブルースチール(1990) ☆☆☆

f0009381_17163271.jpg監督:キャスリン・ビグロー
脚本:キャスリン・ビグロー、エリック・レッド
撮影:アミール・モクリ
音楽:ブラッド・フィーデル

出演:ジェイミー・リー・カーティス、ロン・シルヴァー

        *        *        *

この映画、女性監督とは思えないがつんで執拗な情念のアクション映画。キャスリン・ビグローの名を世に知らしめた映画。そしてこの映画で描かれる銃が実に色っぽくバイオレント。物語の凶暴さと愛欲が銃を通してえがかれているような映画。だいたいこの映画の適役は、自分を追ってくる女性警官を犯したいと思ってるある種の異常者。警官にしてみれば探さなくてもいいのだから都合がいっていえばいいが、襲われる対象になっているのだから抜き差しならないサスペンスが展開。

その画面をとったのが、最近だと『コヨーテ・アグリー』が有名なアミール・モクリ。この人の画面はハイセンスでいいですね。でも、画面的にはこの『ブルースチール』のほうがいい。冷たく光るS&W38口径リボルバー、黒の移りこみ、グリースなつやっぽさ・・。

<あらすじ>
ニューヨーク・ポリス・アカデミーを卒業、夢だった警官になったメーガン・ターナー(ジェイミー・リー・カーティス)は、パトロール中にスーパーマーケットの押し入り強盗を目撃し、彼女は犯人を射殺する。その強盗反が打たれたときに銃を落とすが、その現場にたまたま居合わせ、床に伏せていたユージン・ハント(ロン・シルヴァー)が懐にいれてしまう。
その現場から犯人の銃が発見されず、はっきりとした証言も得られなかったことにより、メーガンは過剰防衛の疑いがかけられ停職処分をうけてしまう。

その事件以降、深夜無差別殺人がおきるようになる。殺人課のニック刑事の監視のもと、混乱の日々を過ごすメーガンは、ある雨の日ユージンと出会う。ユージンの正体を知らないメーガンはやがて彼と恋におちるが、ある夜ユージンから自分が犯人であることを告白されたメーガンは、彼を逮捕することを決意。しかし強力な弁護士がつき、確実な証拠もつかめないままメーガンが手をこまねいているうちに、ユージンは彼女の親友のトレーシーを射殺し、ニックも彼の銃弾に倒れた。そしてひとりユージンに立ち向かう決意をしたメーガンは、凄まじい逃走と追跡の果てに、命からがらユージンを射殺するのだった。

by ssm2438 | 2009-12-15 17:19
2009年 12月 05日

めぐり逢えたら(1993) ☆☆☆☆

f0009381_10352960.jpg監督:ノーラ・エフロン
脚本:ノーラ・エフロン、デヴィッド・S・ウォード
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:マーク・シェイマン

出演:トム・ハンクス、メグ・ライアン

        *        *        *

ビリー・ワイルダー亡きあとのルビッチ・イズム継承者といえばノーラ・エフロン。そのノーラ・エフロンが、のちに恋愛映画のゴールデンコンビになるメグ・ライアントム・ハンクスを召喚し自ら監督をこなしたのがこの映画。
個人的にはノーラ・エフロンはシナリオだけやって、監督は他のひとに任せたほうがいいと思うだけど、というか、どうしても自分のシナリオ作品を自分でやってしまうと、自分の本を大事にしすぎて本来の自然なドラマのながれを壊しかねない。この作品は成功しているのはデヴィッド・S・ウォードが書いたシナリオをノーラ・エフロンがいじくって完成させているからで、ほかの作品と見ると、どうしても大事に撮りすぎてもたついてる感がいなめない。最近の二コール・キッドマンで撮った『奥様は魔女』なんかはかなり悲惨だった。

しかし、この映画、あふれんばかりのノーラ・エフロンのこ洒落た台詞回しが堪能できる。始まって15分くらいから始まるトム・ハンクスとラジオのパーソナリティの会話はすばらしい。メグ・ライアンは夜の道路を運転しながら聞いているだけ。実はこの台詞もシナリオとは変えてある。もとのシナリオよりもはるかにこちらのほうが染み込むんだ、さすがノーラ・エフロン。

        *        *        *

Dr. マルシア(ラジオから流れる声)
「誰かを心から愛した事のある人は、
 また他の誰かをそれ以上に愛せるはずよ。
 死んでしまった奥さんと同じくらい愛せる誰かはいないの?」

サム(ラジオから流れる声)
「Dr. マルシア・・、それはちょっと考えづらいな・・」

Dr. マルシア(ラジオから流れる声)
「じゃあ、これからどうするの?」

サム(ラジオから流れる声)
「うむむ・・毎朝起きてベッドから出る。
 息を吸って、息を吐いて・・、それを一日中つづける。
 そのうち、別に意識しなくても、毎朝起きて、
 ベッドから出られるようになる。息を吸ったり、
 はいたりしてることも忘れるようになる。
 そんなことをしているとそのうち、
 彼女と一緒にいた時間がどれだけ素晴らしくて、
 美しかったかなんてことを考えることもななくなるだろう・・、そのうちに・・」

Dr. マルシア(ラジオから流れる声)
「サム・・・、奥さんは何がそんなに特別だったの?」

サム(ラジオから流れる声)
「うむむ・・・この番組はあと何時間やっているのかな? 
 ・・・・そうだね、それは無数にあるたわいもないことさ・・、
 それを全部観ていたら、僕らは一緒になるべきだったもの同士だって分るよ・・。
 でもボクはそれを知っていたのさ。最初に触れたときから。
 ・・・それはまるで、自分の家に帰ったみたいだった。
 ただし・・、それは昔知っていた自分のうちじゃないんだけどね・・。
 それはまさに・・、車から出る時、彼女の手をとったあの瞬間・・・・。
 そのとき分ったんだ」

Dr. マルシア(ラジオから流れる声)
「・・・・」

サム(ラジオから流れる声)
「それはまるで・・・」

アニー
「・・魔法みたいに」

サム(ラジオから流れる声)
「・・魔法みたいに・・・」

        *        *        *

さらにこの映画に付け加えるなら、撮影監督はなんと北欧の巨匠スヴェン・ニクヴィストだ! このひとベルイマンの映画ではよく撮影監督をやる人だが、この人をつれてきたプロデューサーは偉いなあ。とはいえ、アメリカでもけっこう仕事はしている人なので、特筆すべきことではないのかもしれないが、でもスヴェン・ニクヴィストが撮ってくれるというのはすごいことだ。

by ssm2438 | 2009-12-05 09:39 | ノーラ・エフロン(1941)
2009年 11月 14日

天国の日々(1978) ☆☆☆☆

f0009381_4532367.jpg監督:テレンス・マリック
脚本:テレンス・マリック
撮影:ネストール・アルメンドロス
    ハスケル・ウェクスラー
美術:ジャック・フィスク
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:リチャード・ギア
    ブルック・アダムス
    サム・シェパード

        *        *        *

世間では巨匠とよばれるテレンス・マリック。個人的にはさほど面白くもなんともないと思う。この映画も本来☆☆でも十分なのだが、それにあまりあるネストール・アルメンドロスの画面がすごい。もうこれは神業だ。なのでさらに☆☆おまけ。

ネストール・アルメンドロスといえば、『天国の日々』マジックアワーのリンクが定番。彼はきわめて玄人好みのシネマトグラファーで、フィルターとかは使いたくない人。そんな彼がこだわるのがマジックアワーと呼ばれる、空はまだ夕方だが、大地は夕暮れという貴重な時間帯。20~30分あるかないかの時間帯なのだが、この映画はその時間をまって撮影された。画面をみるとこのシーンを撮るのに雄に30分はかかるだろうし、そのその準備を考えると1日に一カット(台詞のアップならもっといくだろうけど)くらいしかとれなかったのかもって思ってしまう。

ただし、ネストール・アルメンドロスが撮った作品は全部いいのかといえばそういうわえけではなく、この映画が特別なのは、やはりテレンス・マリックの映像センスがすばらしいのだと思う。それを彼が撮ることでこのようは壮大な映画にふさわしい画面になったということなのだろう。その証拠に『シン・レッド・ライン』ジョン・トールが撮影監督をつとめたのだが、あの映画もやはり映像派すばらしかった。
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by ssm2438 | 2009-11-14 03:56 | N・アルメンドロス(1930)
2009年 11月 11日

誰かに見られてる(1987) ☆☆☆

f0009381_254841.jpg監督:リドリー・スコット
脚本:ハワード・フランクリン
撮影:スティーヴン・ポスター
音楽:マイケル・ケイメン

出演
トム・ベレンジャー (マイク)
ミミ・ロジャース (クレア)
ロレイン・ブラッコ (マイクの妻エリー)

        *        *        *

話は決して派手でもないし、面白いともおもわないのだけど、ミミ・ロジャースが住む高級マンションの内装のゴージャスさがとっても素敵、ガラス、コップ、鏡‥など、演出のことかかないアイテムが一杯のきらきら透明空間。この造形だけでこの映画は満足してしまう。マイナーな映画だが、ビジュアル監督:リドリー・スコットの真骨頂をみせつけた作品として忘れがたい一品だ。

華やかな生活のなかに生きているゴージャスな美人、そんな本来近づくこともなさそうな女が身近にいる世界が突然到来した男は・・・・やはり夢見ちゃいますね。そんなことしてると現実をつきつけられる。結局現実からはのがれられない悲しいサラリーマン男(本作では刑事だが)の人生の一ページですな。
ちなみにその夢のゴージャス美女を演じるのはトム・クルーズの最初の奥さんミミ・ロジャース。実際、決してととのった顔の美人ではないのだけど、なかなかいいムードをもった人なんだよね。

<あらすじ>
ニューヨーク。美術関係のパーティーである殺人を目撃してしまい、犯人から狙われるクレア(ミミ・ロジャース)の護衛につくことになった刑事マイク(トム・ベレンジャー)。彼は、元女性警察官の妻エリー(ロレイン・ブラッコ)と一人息子のトミーと幸せな日々をブルックリンで送っていた。
彼女のマンションへいくと、上流社会の生活を目のあたりにして驚くマイク。そこには今の生活ではありえないゴージャスさがあった。クレアの生活につき合ううちに彼女に惹かれていくマイク。
そとえ出たいというクレアを制するが、行くことをきかないクレアについていくマイク。しかしトイレにたったクレアに犯人がちかより、「自分のことを犯人だと認めたら命はない」とおどす。やがて犯人は捕まるり、クレアは勇気をふるってべンザが真犯人だと指摘するが証拠不十分で彼は釈放されてしまった。
恐怖と不安につつまれるクレア。責任を感じたマイクはクレアの部屋にかけつける。不安のなかで2人はベッドを共にしてしまう。
しかし、妻のエリーは2人の関係にきづいてしまう。ブルックリンの家を去るエミー。そんな中、犯人が殺し屋をさし向けた。マイクは殺し屋を返り討ちにしたもの、犯人はエリーとトミーを人質として捕えてしまう。そして、クレアとの人質交換を要求して来た。警察隊と共に家に急ぐマイク。闇の中の銃撃戦。エリーがこぼれ落ちた拳銃でベンザを撃ち殺す。固く抱き合う親子3人。その様子を見ていたクレアは、静かにその場を去るのだった。

by ssm2438 | 2009-11-11 02:56 | リドリー・スコット(1937)
2009年 11月 08日

テス(1979) ☆☆☆☆☆

f0009381_954890.jpg監督:ロマン・ポランスキー
原作:トーマス・ハーディ
脚本:ジェラール・ブラッシュ
    ロマン・ポランスキー
    ジョン・ブラウンジョン
撮影:ギスラン・クロケ
    ジェフリー・アンスワース
音楽:フィリップ・サルド

出演:ナスターシャ・キンスキー
    ピーター・ファース
    リー・ローソン

        *        *        *

この映画、原作は文豪トーマス・ハーディ『ダーバヴィル家のテス』。フランスのセザール賞は作品賞等、いっぱい取ってます。さすがに文芸大作なのでみてて多少の退屈さはあるのだけど、画面は圧倒的にすばらしい。ロマン・ポランスキーはこの映画ではめずらしく背景をいれこんだ絵作りをしている。ほとんど標準~弱望遠なんじゃないかな。ドラマの背景となる環境をすごくドラマッチックに撮りこんでいて、そのなかで芝居をさせているかんじ。私がこの映画をはじめてみたのは、20年くらい前で、深夜のテレビをつけたらたまたまやってて、そのときなんちゅう高尚な画面の映画だなあってついつい最後までみてしまった。で、あとで調べたら『テス』って映画だった。
撮影のギスラン・クロケジェフリー・アンスワースはどこをどう担当したのか分らないが、二人とも画面の質てきには恐ろしく高尚な人たち。撮影賞の獲得だけなら アカデミー賞撮影賞ゴールデングローブ撮影賞英国アカデミー撮影賞セザール撮影賞ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞ロサンゼルス映画批評家協会撮影賞・・と名だたる映画祭の撮影賞はそうなめ。

ギスラン・クロケをはじめてみたのはこの映画だったかもしれないが、そのごウディ・アレンの『愛と死』をみてるときに「このひと誰だろう、いい画面とるなあ」って感動してあとで名前をしらべてみたら『テス』の撮影監督さんだった。ああ、なるほど、それなら良いわけだ・・って納得したよ。
ジェフリー・アンスワース『2001年宇宙の旅』が一番有名かな。『オリエント急行殺人事件』『キャバレー』『スーパーマン』『遠すぎた橋』『未来惑星ザルドス』など。

<あらすじ>
19世紀の末、イギリスのドーセット地方にある村マーロット。なまけ者の行商人ジョン・ダービフィールド(ジョン・コリン)は、村の牧師からダービフィールド家はノルマンディから渡来した貴族ダーバヴィルの子孫であることを告げた。ジョンからダーバヴィルの子孫であると聞かされた妻(ローズマリー・マーティン)は、早速娘のテス(ナスターシャ・キンスキー)をダーバヴィルの邸に送りこみ、金銭的な援助を受けようと考えた。
家族の為にダーバヴィル家を訪れたテスは、息子アレック(リー・ローソン)に犯せれ彼の情婦になった。両親のもとに戻ったテスは、やがてアレックの子供を産むが、わずか数週間でその子は死んだ。
新しい生活をはじめようと、ある酪農場で働くことにしたテスは牧師の息子エンジェル(ピーター・ファース)に心を惹かれた。彼もテスに恋心を抱き、ある日、彼は正式に結婚を申し込んだ。式を終えハネムーンを過ごすためにやってきた別荘にやってくる。乳白色の湯に手を入れて二人で洗っていると
「どれが自分のてだか分らないな」とエンジェル、

「全部あなたのものよ」とテス。

テスって不運な人生を歩いてきてるけど、自尊心を失わない人。そして潔い人。覚悟を決めたらどこまでも・・の人。魂がとても美しいんだ。

テスはアレックとの過去の一件をエンジェルに告白すると、かれは絶望しテスに別れを告げブラジルの農場に発っていった。絶望にくれるテスは、また農仕事に戻った。そんなある日、アレックがテスを求めてやって来た。彼の申し出を拒むテス。しかしジョンも死に、家賃がはらえず家を追い出され、路頭に迷う家族。テスはアレックのモノになることを受け入れた。
時がたちブラジルから戻ったエンジェルは、テスの居所を探していた。そこでエンジェルが会ったテスは着飾った情婦になりさがっていた。肩を落として立ち去るエンジェル。出発まぎわの列車に乗り込んだエンジェルのまえに姿を現すテス。そのころアレックスの別荘では彼の死体が発見されていた・・・。

とにかくこの映画は美しい。
テスを演じているナスターシャ・キンスキーが美しい。画面が美しい。そしてなによりテスの魂が美しい。

by ssm2438 | 2009-11-08 03:51
2009年 11月 06日

再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ(1988) ☆☆

f0009381_1323731.jpg監督:ジェームズ・ブリッジス
脚本:ジェイ・マキナニー
撮影:ゴードン・ウィリス
音楽:ドナルド・フェイゲン

出演
マイケル・J・フォックス (ジェミー・コンウェイ)
キーファー・サザーランド (タッド)
フィービー・ケイツ (妻アマンダ)

        *        *        *

あまりにもフィービー・ケイツがちょい役すぎませんか?

どこかコメディ系だったマイケル・J・フォックスがシリアス路線でいった映画という反面があるが、お話自体はけっこういい。監督は私の大好きな『ペーパーチェイス』『チャイナ・シンドローム』ジェームス・ブリッジズ。ただ、今回は脚本が原作者がやってるので、彼の良さはでなかったかな。個人的にはジェームス・ブリッジズに脚本を書いてほしかった。
このころのキーファー・サザーランドは悪役面でろくでなしやってます。こんでなくっちゃ。いつのまにこいつがいいもんやるようになったのでしょうねえ?

さりげなく、撮影はゴードン・ウィリス。おお!

<あらすじ>
ニューヨークの出版社に勤めるジェイミー・コンウェイ(マイケル・J・フォックス)は、1年前の母(ダイアン・ウィースト)を亡くし、そして今、妻アマンダ(フィービー・ケイツ)の突然の家出を経験する。うさ晴らしのために連夜ディスコで遊び続け、ドラッグに酔い、気がつけば夜明けといった生活、仕事も上司からはほとんど見放され、やっつけ仕事の連続。
しかし、彼もわずかながらの夢はもっていた。彼は小説家になる夢も捨ててはおらず、文芸部のベテラン、ハーディ(ジェイソン・ロバーズ)との時間は彼の文筆活動への意欲を奮い立たせるものだった。ある日彼は、悪友タッド(キーファー・サザーランド)の従妹というヴィッキー(トレイシー・ポラン)を紹介され、他の女性にはない彼女の落ちついた寛容さに、久しぶりに心安らぐものを覚えるのだった。しかし、そんな思いもつかの間、ジェミーは提出した記事が間違いだらけだったことにより、クビを言い渡される。追いうちをかけるかのように、モデルとしてファッションショーのために、この街へ戻ってきたアマンダに会いに行った彼は、彼女に冷たくあしらわれふたたびドツボにおちこんだ。

これは、抜け道のないドツボな生活のなかで、それを軌道修正するドラマ。この映画のほとどの時間の主人公は最低な奴です。しかし人には絶対「ここでかわらなきゃいけないんだ!」ってポイントがある。それは何気ないところにころがっている。それを描いた映画。きっかけがどうというよりも、もうそれ以前に其の人の中では行くべき道は発見されていて、あとは、どこでそれまでの自分と決別するか、そのきっかけさえあれば自分も納得できる。その瞬間をさりげなく、自然に描いた映画がこの映画。

忘れようと努めていた母への思いを確かめることにより、初めて自分自身を冷静に見つめるようになるジェイミー。そして将来への決意を電話でヴィッキーに打ち開けるジェイミーに、マンハッタンの朝焼けの陽光が、穏やかに降り注がれるのだった。

by ssm2438 | 2009-11-06 01:28 | ゴードン・ウィリス(1931)
2009年 10月 02日

真珠の耳飾りの少女(2003) ☆☆☆☆

f0009381_12582615.jpg監督:ピーター・ウェーバー
脚本:オリヴィア・ヘトリード
撮影:エドゥアルド・セラ
音楽:アレクサンドル・デプラ

出演
スカーレット・ヨハンソン (グリート)
コリン・ファース (ヨハネス・フェルメール)

        *        *        *

フェルメールの家にとまりこんで奉公をしているグリート(スカーレット・ヨハンソン)が、フェルメールのアトリエの窓を拭こうとして一応その奥様にお伺いをたてるシーンがある。

「窓をお拭きしてもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ。どうして・・?(そんなこと尋ねるの?)」
「でも、光が変わります・・」

があああああああああああああああんである。
こんなことまで気を使ってくれる使用人の女の子がいたら抱きしめてしまうよ。この台詞でやられたね。

この映画はフェルメールの『青いターバンの少女』にまつわるエピソードを繊細なドラマとして再現したものだ。撮影監督のエドゥアルド・セラが描き出した映像は当時の色使いそのままというような繊細にして神秘的、素晴らしいの一言に尽きる。人工照明をかなり抑えた撮り方をしたのだろう。息が白い凍えるようなオランダの冬がすばらしい。実際のところ、この映画の原作となった同名小説『真珠の耳飾の少女』はフィクションであるが、この原作をもとにして作られたこの映画はあたかも本当であるかのような緻密なドラマとして仕上がっている。監督のピーター・ウェーバーはこの映画がデビュー作になるらしいが、実に素晴らしい仕事をやってのけた。

f0009381_12594647.jpgしかし、フェルメールといえば窓際光の画家というイメージがあるのだが、この『青いターバンの少女』いは窓が配置されていない。さらによくよく見ると素朴さのなかに青いターバンというインパクトのある色がつかわれており、さらりその少女は真珠の大きな耳飾とつけていて唇が赤い・・なんとも違和感を感じる絵だ。たしかに原作者のトレイシー・シュヴァリエがこの絵にインスピレーションを感じたのもうなづける。しかし、この絵の裏側にこれだけの物語を想像できたというのも素晴らしいことだ。
そしてこの映画がドラマチックになったのは、フェルメールの奥さんの悔しさだろう。彼女のプライドを犠牲したおかげでこの映画出来上がった。一番大切なものの為に2番目を犠牲にするのがドラマ作りの常套手段。しかし、実はその奥さんがそれほどあいされていたのかというとそんなこともなく、たぶん、この絵を描いてしまった以上、グリートを家にはおいておけないだろうな・・ということが最大の犠牲だったと理解するほうが正しいのだろう。

もうひとつ、この絵の裏にはウルトラ・マリンブルーの伝説がある。(以下、ウィキペディアより抜粋)
フェルメールの絵に見られる鮮やかな青は、フェルメール・ブルーとも呼ばれる。この青は、天然ウルトラ・マリンブルー」という絵具で、ラピスラズリという非常に貴重な鉱石を原材料としている。ラピスラズリは、17世紀には金よりも貴重であったといわれ、“天空の破片”とも呼ばれた。ラピスラズリを非常に細かく砕き、乳鉢ですりつぶして粉末状にしたものを溶液に溶かし、上澄みを捨てて純化し、それを植物油脂でとくことによってウルトラ・マリンブルーは生成される。ウルトラ・マリンブルーは通常の青い絵具の百倍の値段がついたとされ、通常の画家は聖母マリアのマントなどの限られた部分にしか使わない貴重な絵具であった。しかしフェルメールはこのウルトラマリンブルーをふんだんに使った。彼はなんと、ウルトラ・マリンブルーをドレスの下地に使うという、当時の常識としては考えられない使用法を用いた。フェルメールが亡くなったときに多額の借金があったといわれるが、あるいはこのような高価な画材でさえも躊躇なく使ったそのこだわりが借金の原因の一つだったのかもしれない。

f0009381_1372677.jpg<あらすじ>
1665年、オランダ。少女グリート(スカーレット・ヨハンソン)は、画家のヨハネス・フェルメール (コリン・ファース)の家の住み込みの使用人となる。子だくさんのフェルメール家で、そこのお嬢様の嫌がらせにも耐えながら、朝から晩まで重労働に追われるグリートだが、彼女の映像感覚の鋭さを垣間見たフェルメールは、彼女に絵の具の調合の仕事を任すようになる。主人と使用人としての距離を保ちつつもかの時に特別な何かを感じるようになるフェルメール。しかしフェルメールの妻カタリーナは彼らの関係に嫉妬しはじめる。
フェルメールはグリートをモデルにした絵を描き始めるが、アクセントとしておおきな真珠の耳飾をしてほしいと頼む。その耳飾は妻カタリーナのものだった。拒否するグリート。家計が苦しく婿にはどうしても絵をかいてもらわなければならないフェルメールの義母は、娘の留守中にその真珠の耳飾をグリートに手渡す。フェルメールがグリートの耳にピアスのアナをあける。実に色っぽい。
出来上がったを見タカタリーナは彼女の耳に自分の耳飾があることに嫉妬し「グリートを追い出して」と叫びだす。彼女の悔しさは誰にも理解できるところであり、もはやそれに反対するもはいなかった。


PS:フェルメールの絵は窓際の一点透視の絵であるが、ここにはきちんと<奥行きの圧縮>がなされている。「正しい一点透視はこうなのだ!」というお手本でもある。

by ssm2438 | 2009-10-02 13:10