主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

タグ:楽しいぞ!この映画 ( 80 ) タグの人気記事

f0009381_021649.jpg監督:本広克行
脚本:君塚良一
撮影:藤石修
音楽:松本晃彦

出演:
織田裕二 (青島俊作)
柳葉敏郎 (室井慎次)
深津絵里 (恩田すみれ)
水野美紀 (柏木雪乃)
ユースケ・サンタマリア (真下正義)
いかりや長介 (和久平八郎)
小西真奈美 (江戸りつ子)
真矢みき (沖田仁美)

     ×   ×   ×

普通にたのしい映画だった・・・。
ただ・・・ちょっと作り方が雑になってきてるかな・・・。

君塚良一脚本で一世を風靡した『踊る大捜査線』の劇場2作目。楽しさは前回同様元気いっぱいでした。基本構成も、「《現場》の勝利」がわかりやすく導かれており判りやすい映画でした。ただ・・・、部分部分ではそれなりに面白いんだけど、トータルパッケージでみたとき、もう少し意思統一がとれててもよかったのでは??って思うことがけっこうあったかな。おそらくシナリオの第一稿ではある程度本線がしっかりしていたのが、ああだこうだと部分部分をいじくっているうちに部分だけの楽しさになってしまい、どっか本線がぶれてしまったのでは??思ったな。

・・・でも、そうはいっても楽しい映画でした。

冒頭お台場に停泊してる豪華客船がテロリストにのっとられます。んが、どうもその犯人はひ弱。こんな連中ほんとにテロリストなんか??って思ってみてると、どうやらそれはSATと強襲訓練で豪華客船をのっとったテロリストグループおよび、その乗客は湾岸署の署員たち。ほとんどお祭り気分の署員たちをとりおさえるべくSATが突入するが、青島刑事のお茶らけた対応策のもとに次々に拿捕されていくSATのメンバーたち・・・、ついには隊長さんまであえなく拿捕され「パン」と一言・・、警視庁の威信をかけた公開SAT突入訓練はテロリストの勝利となり、死亡札を首からさげて下船することになったSAT隊長、そのあとに「すいません、勝っちゃいました」・・・と申し訳なさそうにおりてくる青島刑事他湾岸署のめんつ・・・。
そんなつかみで始まるこの映画・・・、冒頭からけっこう楽しそうでした。
本物のSATがみたら「こんなことあるか!」って怒り出しそうですがそこはそれ、映画だから・・(苦笑)。

で、本編スタート。
湾岸署管内で会社役員の連続殺人事件が起きる。
単発の事件なら所轄の範疇になるのだけど広域事件や連続殺人事件のように社会的影響力が強いと思われた事件は特別捜査本部がたち、その管内の警察署(今回の場合は湾岸署)におかれる。警視庁から管理官が派遣されその管理官の指揮のもと警視庁からの捜査員と所轄の捜査員とが合同で捜査が開始される。
以前の刑事どらまでは、たとえば七曲署の刑事たちが捜査し、犯人をあげるという小さなグループのなかでの刑事ドラマだったのだが、この『踊る大走査線』からは(もっともそれ以前に本庁と所轄が合同で捜査するというスタイルをきちんと再現したドラマや映画はあったと思うが)このスタイルがしっかり描かれるようになってきた。
ただ、この映画のように所轄の刑事たちがそこまでないがしろにされてるかどうかは・・・???
ま、物語的なデフォルメがあるのだろうが、このドラマに関してはかなり誇張しているのだろう。

で、いきなり出てきたホンテン(所轄にたいして警視庁のことを「ホンテン」と言うらしい)からの管理官。今回は女性管理官沖田女史。君塚脚本は強引にこのキャラに所轄のないがしろ行為を断行させていく。

「事件は現場でおきてるんじゃないの、会議室でおきてるの」

おい、言葉だけだったんだけど・・・・。
もうちょっと説得力あるなにか見せ方なかったんですか? あるいは、第一稿の時はあったのだけど、知らぬ間にけずられちゃったんですか???
キャッチな言葉はあれど、その言葉がまるでスッカラカンだったのがこの映画。だからといって面白くないわけではない。ま、これは宣伝のためにむりやりあとからつけられた言葉だったのかなって気がする。

この言葉に代表されるように、その場のムードで演出された言葉や芝居は楽しいのだけど、どこか本線とかみ合ってない部分がやたらとみられるのがこの映画・・・。
所轄の青島はお台場に出没する噛み付き魔をおってたり、すみれさんは家族ぐるみでスリやってる家族をおってたりするが、今回の事件に借り出されて、目の前にその犯人がいるにもかかわらず、本部からの命令でとりのがしてしまう。
のちに「目の前に犯人がいたのに取り逃がしたのか」と怒られる青島。
「我々が動くなと命じたのだ」と弁明する室井管理官。
しかし今回の嫌われ者沖田管理官に所轄の事件なんかどうでもいいのよと暴言をはかれる青島。

「事件に大きいも小さいもない」と言うすみれさん。

・・・え?そうなの? 言葉としてはかっこいいのである。ただ・・・その言葉、言葉だけかっこいいだけなのでは??? 所轄=庶民の代表というコンセプトはこの物語の根源だけど、事件には大きいものと小さいものがあると思うな。社会的影響力がある事件は優先されるべきだと思う。
こういうのがかなり目立つのです。
その場の雰囲気優先でシナリオが部分部分改変されてるな・・・って思うところが。あるいは宣伝の都合で無理やり差し込まれただけのキャッチーな言葉・・・とか。

最後はレインボーブリッジ封鎖してるんだけど・・・、え、どこで誰が封鎖したの???
あれ、強引に大号令どこかで誰かにかけてほしかったなあ。

いろいろ楽しい映画でしたが・・・なんか雑な感じが否めなかったなあ。
いい脚本って一事が万事で、すべてをこうちくしてるからその言葉がでてくるものなのです。なのに、その部分だけど上層部が「ここ都合により変えて」って言われると、本来は基本コンセプト全部を変えないと成立しないはずなのです。でも、それをしないまま、その部分だけを改変していった結果がこういう映画になちゃったんだろうな・・・。
楽しいけど・・・どこかご都合主義的な気がする映画でした・・・。
by ssm2438 | 2013-10-01 00:18
f0009381_2345163.jpg原題:WHAT HAPPENS IN VEGAS

監督:トム・ヴォーン
脚本:デイナ・フォックス
撮影:マシュー・レオネッティ
音楽:クリストフ・ベック

出演:
キャメロン・ディアス (ジョイ・マクナリー)
アシュトン・カッチャー (ジャック・フラー)

    ×     ×     ×

このキスシーンは歴史に残してもいいくらい感動したぞ!

キャメロン・ディアス主演のラブコメ。08年制作なのでこのときの彼女は36歳ってことか・・・。にしてはちょっとふけて見えるのは外国人だからか? 39歳くらいにみえてしまった(苦笑)。にしてもなかなか楽しめた。その昔『メリーに首ったけ』みたときは、もう二度とこいつのコメディはみないと思ったけど、いやいやどうして、最近は完全にラブコメの女王してます。『ホリデイ』は代好きです。
アシュトン・カッチャーは21世紀のトム・クルーズみたいな感じ。デミー・ムーアと恋人同士だったのは良く知られてることですが、どうも年上のおねーさんに人気のあるようです。

監督のトム・ヴォーンも脚本のデイナ・フォックスも、実はこれが初監督、初脚本作品。はじまってから20~30分くらいははちゃめちゃすぎて途中でやめそうになったけどなんとか持ち直しました。で、かなり強引な入りなので、あのくらいにはっちゃめちゃにしないといけなかったのかって気はする。あと、最後は最後がちょっとありきたりすぎてもう一ひねり欲しかったが、二人の仲がよくなりはじめることあたりから楽しめました。

<あらすじ>
彼氏の誕生日にサプライズパーティを企画し、みんなを彼の部屋に呼んでいたらその直前に振られてしまうと言う人生のドツボを経験したジョーイ(キャメロン・ディアス)は彼のために用意していたラスベガスのホテルに女友人と2人で泊まりにいくことになる。
一方父が経営する会社をクビになったジャック(アシュトン・カッチャー)もまた羽目をはずすために弁護士の友人とベガスに行った。しかしホテルに入につき予約した部屋にはいってみるとジョーイとその友達がいた。ダブルブッキングである。ホテルの受付に難癖付けてお詫びのスイートルームをせしめると4人は夜の街にくりだす。そこで妙に意気投合してしまったジョイとジャックはその夜ベガスで即席結婚してしまった。
朝起きて見て愕然とする2人。とりあえず別れることにした2人だったが、ジョーイが要らないといった25セント硬貨をジャックがスロットマシンにいれてまわすとなんとなんと300万ドル(約3億円)があたってしまった。結局そのお金を折半して別れようということになったのだが、あまりに無責任な2人の態度に業をにやした裁判官は6ヶ月間は夫婦として幸せになる努力をしてみろ、じゃなきゃその300万ドルは裁判費用として没収するという。
結局2人は一緒に住むことになる。しかし6ヶ月後に「自分は努力したけど、相手は不誠実だったから離婚の責任は相手にある、ゆえに300万ドルは私がいただく」の理論を想定して相手を陥れる陰謀ばかりを企てる。
部屋に色っぽいおねーちゃんを呼んでジャックに不貞をはたらかせようとするジョーイ。一方ジャックもジョーイの昔の恋人とよりをもどさせようとジョーイがいらないといった婚約指輪を彼に渡して復縁を誘導する・・・はずだった。
・・・・んが、そこからはお約束、どうもジャックはジョーイを好きになってきてるらしい自分に気づく。
一方ジョーイも会社の保養施設でパーティで旦那を社長に紹介するはめになる。一度は断ったジャックだがパーティに顔をだしたジャックは持ち前の社交性で社長や取引相手の夫婦と仲よくなってしまい、会社社長にも気に入られてしまい、今宵のパーティのベスト楽しい奴賞をもらってしまう。受賞のスピーチで結婚までのいきさつを指し当たりなく説明すると「実はまだダンスをしたことがない」といいそのフロアでファーストダンスをすることになる。ステージでは2人のために音楽がながれ回りからはグラスを鳴らす音(キスしろキスしろというアピール)が聴こえてくる。

・・・・そしてキスするふたり。

このキスが、ずっとおあずけされてた欲望を開放するかのようなキスで実に素敵なんだ。理性でお互いが好きなのを抑えあってるのだけど、なんかの弾みでそれが開放されて感情の赴くままに・・ってやっぱりいいやね。そしてこの映画の素敵なのがそのあと、保養所の同じ部屋で眠ることになるのだけど、キャメロン・ディアスも「なんで求めてくれれば全部あげるのに、なんでこないのよバカ」って感じがとてもいいんだ。
その後はお約束で、気持ちは通じあってるので、些細なトラブルで別れることになり、やっぱり「オレはお前が好きだった」とキャメロン・ディアスを追いかけてプロポーズするアシュトン・カッチャー。
めでたし、めでたし・・・。

最初ははちゃめちゃすぎてたけど、お互いがお互いを好きになりってるのを気にし始めてからはとってもいい気持ちでみられました・・・○
by ssm2438 | 2013-07-22 23:48
f0009381_2274198.jpg原題:THE 40 YEAR OLD VIRGIN

監督:ジャド・アパトー
脚本:ジャド・アパトー/スティーヴ・カレル
撮影:ジャック・N・グリーン
音楽:ライル・ワークマン

出演:
スティーヴ・カレル (アンディ)
キャサリン・キーナー (トリシュ)

       *        *        *

スティーブ・カレルの除毛シーンはゲラゲラ笑わせてもらった。

アニメ業界にうようよいそうな、童貞で、うちに帰ればフィギュアがいっぱいあって、テレビゲームが好きで、車の免許ももってなくて、彼女居ない暦=その人の年齢という男がついに童貞を失うまでの話。でも、じめじめしたオタクではないので見ていて不快感はない。おまけに、最後はそれまで買い込んでいたフィギュアを全部売って、きちんと実際にむきあうべき女と“H”をするに至る。きわめて健全な終わり方でよかった。

ヒロインはキャサリン・キーナー
前作の『ザ・インタープリター』の次に撮ったのがこの映画のようだ。世間ではキャサリンといえばキャスリーン・ターナー、あるいは、キャサリン・ゼタ・ジョーンズでしょうが、ま、オールドファンならキャサリン・ロスもあるでしょうが、私はけっこうこのキャサリン・キーナー好きなのです。絶世の美女というわけではないんですが、彼女の持つ雰囲気というのがどうも好きらしい。『マルコビッチの穴』の彼女は素敵だった。悔しいかな、作品はあんまりすきではないけど、あのときの彼女に一番ときめいた。この人は、年とってからどんどん魅力がでてきた。どこかダイアン・キートンに似てるところがよいのだけど、権威アル女性を演じるとけっこうかっこいいんだ。かとおもえば、コメディでもなかなか良い味をだしてる。やっぱりダイアン・キートンの空気を持っている人なのである。
ただ、最後、至福の童貞喪失するところで、ブラジャーつけたままの“H”はちょっとどうなんでしょうね? それ以前にどっかの誰かはオッパイだしてたし、出し惜しみするところではないと思ったぞ。ま、出さないというポリシーならそれでもいいんだけど、ブラは外してほしいなあ。多分、こういう作品はみんなで一生懸命おばかをやらないといけないのに、なんかそこで急におばかに徹しられない理性的な部分をみたようでちょっと残念だった。。。
・・・でも、キャサリン・キーナーは魅力的な女優さんである。

<あらすじ>
f0009381_2262559.jpgフィギュアと『エイジア』のプレーム入りのポスターと、テレビゲームに毒された環境で生きている40歳の独身男、アンディ(スティーヴ・カレル)。なかでも『600万ドルの男』のゴールドマン局長(中央→)のフィギュアには特別な想いがある。
そんな彼は、家電量販店で働いているが、仲間の3人に童貞であることを知られてしまう。それをきっかけに、アンディの童貞喪失作戦が展開されていく。ほとんど、その3人の玩具にされているアンディの童貞だが、向かいの店でネット競売の仕事をしているトリシュ(キャサリン・キーナー)がアンディの店にやって来たときから、アンディの心はときめきを覚える。
いろいろドタバタあったすへ、2人は良い感じになり、ついに彼女のうちへ招かれベットイン。どきまぎしながらもなんとかコンドームをはめようとするアンディだが上手くいかない。しかしそこに子供が入ってきてことは終了。それ以降、20回デートするまでは“H”をしないことしようというアグリーメントがなされる。内心ほっとするアンディ。
そしてついにその日がやってきたのだが・・・。
by ssm2438 | 2011-12-25 02:29
f0009381_1134444.jpg原題:THE FRONT PAGE

監督:ビリー・ワイルダー
原作:ベン・ヘクト/チャールズ・マッカーサー
脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド
撮影:ジョーダン・S・クローネンウェス
音楽:ビリー・メイ

出演:
ジャック・レモン (ヒルディ・ジョンソン)
ウォルター・マッソー (ウォルター・バーンズ)
スーザン・サランドン (ペギー・グラント)

       *        *        *

後発だからといって、面白くないわけではない!

一般的にオリジナルと、その後のリメイクされたものとの間では、どうしてもオリジナルに軍配をあげるケースが多いが、そうでないケースもある。とくに、(これは私の主観なのだが)アメリカ国内で出来たオリジナルをリメイクする場合、リメイク作品のほうがし「良い!」と思うことはけっこうあるのだ。そのひとつがこのビリー・ワイルダー版の『フロント・ページ』なのだ。

そもそもこの作品は1928~29年に舞台でおこなわれた大ヒット戯曲『フロント・ページ』の映画化である。この舞台のあとの31年に映画化され日本では『犯罪都市』というこわもてのタイトルで上映された。その後ケーリーグラントを主役にした『ヒズ・ガール・フライデー』が40年に制作され、3回目となるのはこの『フロント・ぺージ』である。そしてこのあと4度目の映画化が1988年になされる。『ランボー』『料理長殿、ご用心』の監督テッド・コッチェフによって映画化されたのが『スイッチング・チャンネル』。こちらは、それまで新聞記者たちだった舞台をテレビ業界に置き換えられてつくられているのだが、個人的にはこれが一番気に入っている。

物語は基本構成はこのようなものである。
【ウォルター・バーンズ】とある新聞社の編集長。傲慢でやり手の編集長だが、どこか憎めないところがある。
【ヒルディ・ジョンソン】バーンズのもとで働いている敏腕記者。しかし、新聞記者の仕事に疲れており、パートナーとみつけて別の人生を歩もうとする。

実はこのヒルディには男バージョンと女バージョンがある。
オリジナルの戯曲や1作目、3作目のヒルディ・ジョンソンは男で、ペギー・グラントという女性と恋に落ち、新聞記者の仕事をやめようと試みる。しかしヒルディの筆力を失いたくないバーンズがなにかと因縁つけて、彼をこの業界から逃がさないようにするというスクリューボールコメディである。
これに対して2作目、4作目はヒルディが女性に変更されている。元夫婦だったという設定に置き換えられ、それでも腐れ縁で仕事していたのだが、ヒルディが休暇の時に新しい恋人をみつけてきてしまい、ヒルディは記者の仕事をやめて旅立とうとするが、バーンズがなにかと難癖付けてひきとめようとする話。

物語的には(男)と(男+女)の1作目、3作目のほうがしっくりくるのである。男は女より戦友のほうを大事にしてしまうものなのだ。しかし、やりとりとしては1作目、3作目の(男)と(女+男)のほうが面白い。まるで離婚を経験した明石屋さんま大竹しのぶをみているようでたのしいのである(笑)。この場合はあとから登場した新しい彼氏の立場がかなり悲しいものになるのがちとかわいそうである。しかし、一度は別れた間柄ながら、腐れ縁の気持ちよさが展開されるほうがみておいて心を刺激される部分が多い。
男と男のやり取りにした場合は、立場的には上下関係があっても、心は独立している。ところが男と女のやり取りにかわると、お互いに支配されていることに対しての悔しさと安心感が入り混じってるので、心がちくちく楽しいのである。

監督のビリー・ワイルダーはこ洒落た感じのハートフル・コメディが得意に監督さん。しかしその原点はエルンスト・ルビッチであることは誰もが知っていることである。「ルビッチならどうする?」がつねにワイルダーの口癖だったとか。ルビッチイズムにみせられた人はビリー・ワイルダーだけではない。二ール・サイモンノーラ・エフロン三谷幸喜などはルビッチイズムの継承者だといえよう。

<あらすじ>
シカゴの刑事裁判所の記者クラブは裁判所と隣接しており、その眼下の広場では翌朝行われる死刑台が作られていた。警官殺しの犯人として死刑を宣告されたアール・ウィリアムズのためのものだ。
シカゴ・エグザミナー紙のデスク、ウォルター・バーンズ(ウォルター・マッソー)は、同紙のトップ記者ヒルディ・ジョンソン(ジャック・レモン)をその取材に当たらせようとするが、ヒルディは今日限りで辞職して恋人のペギー(スーザン・サランドン)と結婚してシカゴを離れると言う。あのてこの手をつかってヒルディをひきとめようとするバーンズ。
やがて隣接する裁判所から銃声が聞こえ、騒がしさがましてくる。どうやら死刑犯ウィリアムズが脱走したらしい。いっせいに記者クラブからでていく各社の記者たち。一人残されたヒルディの前に、怪我をしたウィリアムズが意識朦朧として転がり込んできた。ヒルディは大急ぎでバーンズを呼び出す。シカゴ・エグザミナーが逃亡犯を捕獲したことが記事になると考えたバーンズはフロントページをあけさせ、ヒルディに記事を書かせる。
しかしそれも束の間、ヒルディとバーンズが脱走犯をかくまっていることがばれ、公務執行妨害でブタ箱にブチ込まれてしまう。ウィリアムズも牢へ逆戻りだ。しかし、牢のなかでウィリアムズの刑執行猶予令状が出ていることを偶然知った二人は、市長にくいさがって釈放された。ヒルディはパトカーの護衛つきで、ペギーが待つ駅に駆けつける。バーンズは自分の腕時計をヒルディに贈る。汽車が動きだすと、バーンズは駅の電話室からインディアナ州ゲイリー市警察署長宛に電報を打った。電文は「ヒルディ・ジョンソンが俺の時計を盗みやがった。逮捕してくれ」。
by ssm2438 | 2011-11-24 11:35 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_12514340.jpg原題:BEING THERE

監督:ハル・アシュビー
原作:イエジー・コジンスキー
脚本:イエジー・コジンスキー
撮影:キャレブ・デシャネル
音楽:ジョニー・マンデル

出演:ピーター・セラーズ
    シャーリー・マクレーン
    メルヴィン・ダグラス

        *        *        *

原作はイエジー・コジンスキー『BEING THERE』、昔英語の原書を本屋でみつけて読んでみたのだが、短編で英文も難しくなく終わりまで読めた。

いつの頃から彼がそこに住んでいるのかもわからない。その屋敷の主人は彼に自分の部屋を与え、庭師としてそこに住まわせていた。彼の唯一の楽しみはテレビをみることだけで、塀の外には出たこともない。そこにはたらくメイドも詳しい素性はしらない。ただそこにいたというだけの男チャンス(ピーター・セラーズ)。

そんな屋敷の主人がある朝亡くなった。やがて管財人に屋敷を出て行くように言われたチャンスは生まれてはじめて塀の外に出る。見るもの、出合ううものが総てが珍しい彼が、彼には悪意とか不安とかという普通の人が持つ概念は存在しない。喧嘩をうられてても、からかわれててもその意味がわからない。つねに穏やかな紳士なのだ。そんなチャンスが俗世間の有様に気をとられていると、出発しようとした1台の高級車に足をはさまれてしまう。中に乗っていた婦人イブ・ランド(シャーリー・マクレーン)は手当てをしたいので家に寄って欲しいと言われた。名を問われ、庭師チャンスと名のるが、彼女はそれをチャンシー・ガードナーと聞き違えた。その後彼はチャンシー・ガードナーという人物であると勘違いされていく。

その車は経済界の大立物ベンジャミン・ランド(メルビン・ダグラス)の大邸宅にはいっていく。イブは彼の妻だった。ランドは高齢で健康状態もすぐれなかったが、チャンスの子供のような無垢さと、何事にも動じず、虚栄心のまったくないその穏やかな態度に気持ちが安らぐのを感じた。数日後、ランドを見舞いにやって来た大統領と会う時にもチャンスを同伴した。彼らは停滞するアメリカ経済をどう再生させるかという話をしていたが、ランドはチャンスにも意見を求めた。経済のことなどまったくわからないチャンス。そんな彼は、四季を通じて移り変わりながらも少しづつ成長を遂げる庭に接していた体験を穏やかに話す。
翌日大統領はTV放送のスピーチでチャンスの言葉を引用し、それをきっかけに彼の名は一躍全米に知れ渡るようになる。大統領も意見を仰ぐチャンシー・ガードナー。それから政治経済の知識人としてチャンスのTV出演などの奇妙な生活がはじまる。しかし活字もよめないチャンス。どこの新聞を読みますか?とのマスコミの問いに「私はテレビが好きです」と答えるチャンス。「著名人のなかで新聞を読まないと公言したのは彼がはじめてです!」と祭り上げられる。
あまりの影響力にCIAもチャンスの素性調査に乗り出すが彼の正体はまったくつかめない。
やがてランドが大往生を遂げる。後ろ盾を失った現大統領では選挙が戦えないと次期候補を模索する政界。
そこにチャンシー・ガードナーの名前が挙がってくる。
政治的に利用されるようになることを知ってか知らずか、チャンスは姿を消していくのだった。

庭師チャンスは多分<天使>か何かなのだろう。決して悪意を持つことのない精霊・・? しかし、本人もそのことを知らないようだ。

「育てる」ということは、庭の木々を育てるのも、人材を育成するのも、国の経済を育てるのも同じこと。この映画はコメディではなく、宇宙の真理をといた映画。

そしてこの穏やかなドラマを高品位で映像化したのがキャレブ・デシャネル『ワイルドブラック』『ライトスタッフ』『ナチュラル』『グース』など、数は多くないがきわめて気品のある画面を提供してくれるシネマトグラファー。彼の画面はほんとにすばらしい。大好きな撮影監督のひとりだ。
by ssm2438 | 2011-10-06 11:35 | C・デシャネル(1944)
f0009381_15495998.jpg原題:STARSHIP TROOPERS 3: MARAUDER

監督:エド・ニューマイヤー
脚本:エド・ニューマイヤー
撮影:ロレンツォ・セナトーレ
音楽:クラウス・バデルト他

出演:
キャスパー・ヴァン・ディーン (ジョニー・リコ大佐)
ジョリーン・ブラロック (ローラ・ベック)
マーネット・パターソン (キリスト教支持者)
セシール・ブレシア (リンク・マリオン)

       *        *        *

見方を変えればかなり傑作!

個人的には1作目も2作目もほとんど面白いとは思わなかったのだけど、この3作目はなかなか楽しめる。いつものバグズのCGどたばたが見たい人にはあまりお勧めできないが、風刺のきいたブラックユーモアのライトアクション映画だとするとすこぶる面白い。このライト感覚はアイヴァン・ライトマンのそれに似ている。

このシリーズ、最初からかなり風刺のきいた演出をちまちましてたのだけど、今回はライターさんがそのまんま監督もやっているのでドンパチではなく、本人のやりたかったことが出来たのかもしれない。とにかく、極論の共和党精神と極論の民主党精神を露骨にからませて、もうゲテモノ・エロ・グロ・アクションなんかどうでもよくなっているところが実に素敵(笑)。
このライターさん、エド・ニューマイヤー『ロボコップ』の原作者でもある。あの映画はこの人がプロットを書いてそれをオリオン・ピクチャーズが買い取り、ポールヴァーホーヴェンに監督をやらせて作ったもので、もとはこの人のものだ。その後、この『スターシップ・トゥルーパーズ』シリーズに参加し1作目、2作目とシナリオを書いている。ま、この人の本質は<パロディ屋>なのだとは思う。その点においてはいまひとつ擁護できないのだが、風刺激のテイストは実に良いのだ。

本編のなかでは共和党的精神と民主党的精神を露骨にパロディ化し、アメリカ政治の自虐ネタをかなり織り込んでいる。共和党といえば「力の肯定」と「個人の責任」そして「神とモラル、民主党といえば「譲歩と融和」、そして「社会の責任(=個人の無責任)」と「合理性」を説くものだが、今回敵に寝返ってる総司令官オマー・アノーキは、まさに共和党からみる民主党的な代表であり、譲歩と融和をもとめる腰抜けとして描いている。一方で共和党の自虐ネタもいれている。
なにかにつけて神に祈ってしまうマーネット・パターソン。総司令官が宗教を信じている姿に共鳴するが、それがバグの神をあがめるようになっていることがわかると手のひらを返したように、そんなの在り得ない!と一気に否定的になる。f0009381_15473330.jpgすると、「あなたの宗教は、あなたの神以外は全部敵なのね」とバルカン人のジョリーン・ブラロック(右→)に指摘されてしまう。しかしそのジョリーン・ブラロックも最初は「宗教なんて」と思っていたが最後はマーネット・パターソンに洗脳されたのか、神に祈るようになり、結婚式はキリスト教的にやると言う始末(おい!)。とにかくいろいろなことに風刺が効いてて、特に共和党精神の自虐ネタは楽しい。
しかし民主党思想に対しては露骨にダメ人間として描いている気がする。腑抜けの総司令官にしてもそうだし、人類が敵と戦争してる時に反戦を訴える反戦活動家は『7月4日に生まれて』の原作者ロン・コビックをモデルにしてる(笑)。
きっとこの作品を撮っている時のエド・ニューマイヤーは楽しかっただろうな・・・。しかしどせうなら今後はラブコメ路線でいってほし。次回策をみてみたい人の一人となってしまった。

なお、女優さんたちはけっこういいとこぞろいである。
『スタートレック エンタープライズ』でぱっつんぱっつんスーツでボディラインを披露していたジョリーン・ブラロックは、アンジェリーナ・ジョリー風味でなかなかよろしい。
最後、ジョニー・リコ大佐とともに、アーマードスーツに身を固め突撃していくおねーさん方(上からセシール・ブレシアニコールサランドラタニヤ・ヴァン・グラーン)はみなさんヌードはみせてくれる。
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話は・・・・、ま、このさいどうでもいいや(苦笑)。。
by ssm2438 | 2011-09-08 15:56
f0009381_17582057.jpg監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー
    I・A・L・ダイアモンド
撮影:ウィリアム・C・メラー
音楽:フランツ・ワックスマン

出演:オードリー・ヘプバーン
    ゲイリー・クーパー

        *        *        *

オードリー・ヘプバーンといえば『ローマの休日』って言う人もおおいかもしれないが、私個人的にはこの『昼下りの情事』ほうが好き。なぜかって云えば、シンプルのこっちのラストシーンにつづくシークエンスはオードリーがけなげで泣けたから。実はオードリー・へプバーンの映画で泣ける映画はほとんどないんだけど、最後の汽車をけなげにおいかけるオードリー・ヘプバーン、どうするんだクープ!おいおいおいおい、まだまだおっかけてきてるぞ、クープ!って、あの健気なオードリーに泣けるんだ。この映画だけはちょっとやられたかなって感じでした。

これは別のところにも書いたのだけど、そのドラマのなかで女優さんがいかに輝くかは、その女優さんが恋している相手次第だと思うんだよね。そういう観点から好くとグレゴリー・だいこん・ペックじゃないんだなあ。どうも彼は私の中では政治くさい顔してて、ほんとの笑顔をださないというか・・、ロボットっぽいというか、弱みをみせないというか、エイハブ船長ならいいんだけど、ああいう新聞記者はちょっとだめだなあ。そのてんこの映画のフラナガン・クープのほうがなんか人間くさくていいんだよね。

f0009381_1858143.jpg<あらすじ>
パリの私立探偵クロード・シャヴァッス(モーリス・シュヴァリエ)の娘アリアーヌ(オードリー・ヘップバーン)は父の扱う事件記録を読むのを楽しみにしていた。そのなかでもっとも興味をしめしていたのがアメリカの億万長者フラナガン(ゲイリー・クーパー)に関する資料。ある依頼人から彼の妻とフラナガンの情事の証拠写真とるように要請されていた。その依頼人が写真を見ると「フラナガンを殺す」といきまく。それを聞いてしまうアリアーヌ。翌日この事件が気になってフラナガンの泊まっているホテルへ行くアリアーヌ、彼女の機転で夫人は逃れ、危ういところを助かったフラナガンは、彼女と明日の午後を約束する。
翌日、あんな浮気男とデートなどすまいと思ったものの、アリアーヌは結局ホテルを訪れる。この映画のなかではちょっと背伸びをしようとするオードリーが実にかわいいのだ。食事と美しいムードミュージック、しかしやがてフラナガンがパリを出発する時刻が来て、2人はいかにも世慣れた遊び人同士の如くあっさり別れるのだった。
f0009381_18581077.jpg数ヵ月後、再びパリを訪れたフラナガンはアリアーヌに会うことになる。皮肉にも今度はフラナガンがアリアーヌに参ってしまう。偶然出会った婦人の走行調査を依頼した男にあい、「ある女のことを調べたいのだが、誰かいないか?」と相談すると、私立探偵のクロード・シャヴァッスをすすめた。アリアーヌの父である。
シャヴァッスが調査してるとそれが自分の娘であることが判明。シャヴァッスはフラナガンに「あの婦人は箱入り娘で当人の言ったことは全部作り話、あの娘を愛しいと思ったら、パリを離れることだ」と報告する。
世慣れた風を装い、アリアーヌはリオン駅ホームまで見送るが、お互いに別れがたい。やがて発車の時、フラナガンの乗った列車をおって走るアリアーヌ。精一杯つよがっているオードリーが健気で健気で・・。
さあ、どうするんだクープ!!
by ssm2438 | 2011-08-18 17:36 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_21545089.jpg監督:パトリック・ブラウデ
脚本:パトリック・ブラウデ
撮影:ティエリー・アルボガスト
音楽:ジャック・ダヴィドヴィッチ

出演:
アドリアン・ディラン (ジュリアン)
ヴォロディア・セール (トマ)
ジャンニ・ジャルディネッリ (クリスチャン)
ジェニファー・ローレ (ペネロープ)

       *        *        *

タイトルが一人歩きしすぎてるきらいはあるかな。

・・・でも、魅力的なタイトルではあるけど。
この映画、アメリカでは離婚率が50%を越えたと話題になっていたころの話。もしかしたらもっとあとかも。クラスのなかは両親が離婚した派閥と、まだ結婚している派閥に分かれて、さりげない派閥抗争が展開されるのだが、数でまけてる離婚派が、勢力を増やそうと健全な夫婦(それなりに火種はある)を離婚においやろうというあこぎないたずらをはじめる話。
しかし主人公の恋愛相手になる女の子は一つ下の学年で、この離婚派と結婚派の争いにはほとんど関係がないわけで、ちょっとタイトルに違和感を覚える。それでも、一応彼女のほうが結婚してる両親の子供なのでそれを理由に一旦は別れたりするのだけど、策を弄して再びつきあうようになるという話。

ただ・・、離婚派とまだ結婚派の争いが終結しないまま、主人公のジュリアンは落第し(させられ)、彼女のいる同じ学年になり、彼女だけは幸せ・・というなんとも本筋がおいてけぼりにされたような映画。そこをなんとか!・・してくれたらもっと面白いものになっていたのに。

<あらすじ>
フランスのある小学校。新学期が始まり、ジュリアン(アドリアン・ディラン)のクラスにトマ(ヴォロディア・セール)という転校生がやってきた。トマの両親は、離婚・再婚を繰り返す、離婚の常連だった。
ジュリアンが帰宅してみると、なんだがパパとママの離婚話が湧き起こっている。翌日、ジュリアンは友人たちにパパは出張したと嘘をつくが、ライバル的立場のクリスチャン(ジャンニ・ジャルディネッリ)に親の離婚の事実がばれ、さらにパパとその愛人のキス・シーンまで撮らてしまう。クリスチャンはジュリアンに学級委員の選挙に出るなと脅迫、委員の座を得るが、クラスはジュリアン&トマらの離婚組対クリスチャンらのまだ結婚組に分かれて勢力争いが始まった。数で劣勢だった離婚組は、結婚組の両親たちを次々に離婚に追いやる作戦に出て、仲間をふやしていった。
そんな中で、ジュリアンは、ヴィクトル先生の娘で一年下のペネロープ(ジェニファー・ローレ)とキスを経験、二人は付き合うようになる。しかし離婚した親の子供も離婚するとの言葉を信じてペネロープと別れてしまう。
作文テストの途中、生徒の一人がいなくなったと彼のママが教室に来た。彼の両親もジュリアンたちのせいで不仲になっていたのだ。ジュリアンとトマは責任を感じ、試験中に教室を脱け出し無事連れ戻す。しかし二人の答案は真っ白。しかしペネロープが家で操作をしてトマは合格。ジュリアンは落籍。かくしてジュリアンとペネロープと同学年になってしまう。これもペネロープの作戦で、二人は今度は本当の恋人となったとさ・・。
by ssm2438 | 2011-06-26 21:56
f0009381_2195111.jpg監督:矢口史靖
脚本:矢口史靖
撮影:喜久村徳章
音楽:ミッキー吉野

出演:
田辺誠一 (副操縦士・鈴木和博)
時任三郎 (機長・原田典嘉)
綾瀬はるか (CA・斎藤悦子)
吹石一恵 (CA・田中真里)
田畑智子 (地上スタッフ・木村菜採)
寺島しのぶ (チーフCA・山崎麗子)
肘井美佳 (デスパッチャー・中島詩織)
岸部一徳 (高橋昌治)

       *        *        *

こういう専門的知識をいっぱい盛り込んだお話は好きなんだ。。。

『ウォターボーイズ』『スウィングガールズ』矢口史靖の監督作品。この人の作品ってそんなに好きなわけではないのだけど、この映画は空港が舞台というのでついつい見てしまった作品。なかなか楽しい時間をすごさせてもらいました。空港で勤務している人間たちのドラマってそれだけでついつい見てしまいます。『狂っちゃいないぜ』とか『エアポート24時・グランドコントロール』など、管制室だけの芝居なのですがその言葉のうやりとりのなかで表現される緊張感が好きなのです。
映画的には低予算で作れるし、もどってくる空港は常に自分のろこの空港で離発着はロケハンだして本物の飛行機のそれをとってくれば良くって、あとは室内劇を、精密なセットを組んでやればいいだけという、かなりの安上がり映画。『エアポート24時・グランドコントロール』なんて真剣に安上がりでした。でも、あの緊張感がたまらない。
この映画は、空港で働く人たちの奮闘を描きつつ、ハワイにむけて飛びだったボーイング747-400が、カモメの体当たりにより、スピードを測るフィンを失い、それが原因でトラブル発生、フタタに羽田に引き返して無事着陸するまでを描いた映画。ジャンル的にはシチュエーションコメディの『エアポート75』という感じでしょうか。

矢口史靖の監督作品なので恋愛ネタはほとんどないのはいつものことですが、それがなくてもシチュエーションコメディだけでもっていってしまう。なおかつ、部分部分で、ほろりとさせられる演出がとってもいい。あのスパナをなくした若い整備士のためにみんなが必死でスパナを探してりときの必死さ。たかが一本のスパナだけど、もしかしたらそれがエンジンの中に残っててエンジンが故障したのではないかという心配ではらはらどきどき。みんながもくもくと探してる。その整備士君もどきどき。もしかしたらもしかしたらもしかしたら・・・。で、見学にきた小学生がもってったことが判明して、「ありましたー」でみなさんほお~~~~っとする。あの安堵感は素晴らしい。
実はそこにはきちんとスパイスが効かせてあって、その整備士君に辛らつな態度をとっていた先輩整備士君が、ちょっと憎まれ口たたいてその場を去っていくのだけど、その時「ああ、この人もよかった~~」って心の中でも思ってるんだなって雰囲気をにじましてくれてるところ。
あのかもし出し方は素晴らしいね。

あと、めっちゃ不機嫌はお客がひとりいて、なにかと難癖つけるて吹石一恵はもう泣きべそ間近、「機長を呼べ」というそのお客さんにチーフCAの寺島しのぶが納得させるくだりもいい。
シチュエーションコメディなんだけど、かなり感動させるポイントをもってる作品である。

最後のランディングも、横風厳しい中斜め向いて着陸するジャンボのその斜め向いてる感がまた露骨でいい。ええええ、ここまで横向いてるの~~~~って、それで横風の環境演出しているのだが、あれだけ斜め向けられるとなかなか感動してしまう。

あと、グランド・コントロールの岸部一徳をひそかに想っているらしいデスパッチャーの肘井美佳がとってもいい感じ。ちなみに「デスパッチャー」というのは、旅客機のフライトプランを制作する人だそうな。こういう専門職のおネーちゃんはなんだかんだいいても魅力てきですな。。
by ssm2438 | 2011-05-31 21:09

トレマーズ(1989) ☆☆☆

f0009381_14361759.jpg監督:ロン・アンダーウッド
脚本:S・S・ウィルソン/ブレント・マドック
撮影:アレクサンダー・グラジンスキー
音楽:アーネスト・トルースト

出演:
ケヴィン・ベーコン (ヴァル・マッキー)
フレッド・ウォード (アール・バセット)
フィン・カーター (ロンダ・ルベック)

        *        *        *

地上のジョーズはB級なれど、これがなかなか面白い。

当時はモンスターパニック物がもてはやされた時代がそろそろ去ろうかという中、B級テイストで、スマッシュヒットな映画として連tなるデもてはやされた映画のひとつ。多分劇場ではそれほどうけなかったのではないだろうか。いかにもB級なのでみなさんそれほど本気にはとらなかったのだけど、ビデオでお手軽に借りられるようになると、だんだんと人気がでていった作品。
当時私もビデオで見たのが、あんまり興味もなかったので下調べもしてなかった。そんなわけで、てっきり放射能汚染かなんかで巨大化したモグラかなって思ってたら全然架空の生物だった。

全編とおしてB級ののりはぷんぷんするのだが、人間とモンスターとのやり取りが、どこか子供じみていて、それが、子供のころの遊びを思い出させてくれた。当時は普通の鬼ごっこだとつまらなかったので、地面のおりたら負け!というルールのもとに学校の校庭で鬼ごっこ。結局校庭のまわりにブロックベイやらジャングルジムやらのアイテムを使いつつ逃げるのだが、これがなかなか面白い。あの感覚を思い押させてもらった。

制作には『ターミネーター』のプロデューサー、ゲイル・アン・ハード(もとジェームス・キャメロンの奥さん)。さすがにこういったB級テイストを方しにしていくのは上手い(笑)。

<あらすじ>
ネバダ州の小さな町で町の人々が次々と不審な死を遂げるという事件が起きる。やがてヴァル(ケヴィン・ベーコン)たちは、その原因が巨大な地底生物の仕業であることを知るが、その頃町は、電話が不通となり、道路も寸断されるなど、すっかり陸の孤島と化してしまった。その地底生物に襲われたヴァルとアール(フレッド・ウォード)は、それを退治するが、地震学を研究している大学院生のロンダ・ル・ベック(フィン・カーター)からまだ3匹いると教えられる。町外れには武器マニアの夫婦がいて大量に武器を保有してたりして、とりあえず戦うすべは用意していある。常に家の屋根にのぼるとか、固い岩盤の上にあがるとかして、地面から離れていなければならない非自由さが実にたのしい。移動手段は鋼鉄の塊ブルドーザー。

ちなみにこのモンスター、グラボイドという名がついているらしい。
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by ssm2438 | 2011-05-18 14:45