西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:楽しいぞ!この映画 ( 80 ) タグの人気記事


2010年 05月 22日

花嫁のパパ(1991) ☆☆☆

f0009381_019620.jpg監督:チャールズ・シャイア
脚本:フランセス・グッドリッチ
    アルバート・ハケット
    ナンシー・マイヤーズ
    チャールズ・シャイア
撮影:ジョン・リンドレー
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:
スティーヴ・マーティン (花嫁のパパ)
ダイアン・キートン (花嫁のママ)
キンバリー・ウィリアムズ (花嫁になる娘)

        *        *        *

これは思わぬ広いものだった。

花嫁ネタは古今東西一杯あるが、一番スタンダードといえば小津安二郎『晩秋』だろう。『ドラえもん』でも『のび太の結婚前夜』というエピソードがある。アメリカではやはり『花嫁の父』だろう。この映画はその『花嫁の父』をリメイクした映画。
スティーブ・マーティンといえばあざとい演技のコメディアンというイメージがあったかが、この映画のスティーブ・マーティンは程よくコメディしててとっても好感がもたてた。こういうスティーブ・マーティンは好きだなあ。エリザベス・テイラーが主演した『花嫁の父』もみたが、個人的にはこちらのライト感覚で若干コメディテイストのはいっているほうが親しみももてた。オールドファンには「そんなことはない!」といわれるだろうが、私はオリジナルよりも断然こちらのほうが楽しめる。
『花嫁の父』のほうは、しっとりじっくり演出してるのだけど、もうひとつほんとに心にしみる部分が作りきれてないような気がした。なので全体を通してみたこときにやたらと薄味なドラマという感じ。見る人が無理やり自分で自分を盛り上げてみないと感動したつもりになれないような、そんな印象だった。

<あらすじ>
今、娘の結婚式が終った。ジョージ・バンクス(スティーヴ・マーティン)は靴の製造会社の社長をしていた。娘のアニー(キンバリー・ウィリアムス)はローマで建築学を勉強していたが、久しぶりに帰国すると結婚宣言をされてしまう。相手はコミュニケーション・コンサルタントのブライアン(ジョージ・ニューバーン)。そのさわやかさにママ(ダイアン・キートン)は大感激。しかしパパは赤の他人に娘を奪われるようで面白くない。そんなパパをよそに、結婚式の段どりは着実に決められていく。
そして結婚式の前夜、眠れないパパは庭でバスケットボールに興じている。外にでて相手してあげるアニー。そのときはくだらないとおもってたいたような時間も今となってはいとおしく思えてくるものだ。そしてちらほらと雪がふりはじめる。
結婚式当日は一面雪景色。式はとどこおりなく終わった。披露宴は華やかに開始された。しかし、花嫁とダンスを踊ろうとあせるパパは、なにかと小ざかしい用事でなかなかアニーと二人でいられる時間がとれない。外にとまった客人たちの車も交通の邪魔をして警察からも苦情もひきうけるしまつ。結局アニーとまともに顔をみて離すこともないまま、送り出すことになってしまった。

しかしこのへんの心情がなかなかいいんだなあ。
きっと無理して時間を作ればアニーとダンスのひとつくらい踊れたのだ。でも、なんか・・・そうしたくなかったのだろうなあって雰囲気がとてもいい。終わらせたくない気持ち。このへんがややコメディタッチで演出されたドラマのよさなんだろうな。コメディシーンはたのしい音楽を流すとしらけるが、悲しい音楽を流すと見事にマッチする。人は、自分の力が及ばず、どうしようもない時にはおちゃらけるものだ。でも心ではメローな音楽がながれている。『花嫁の父』ではこのくだりがまじめにやられたのでなんだか逆に、沁み込みづらくなってしまってたような気がした。

祭りはおわった。ひとり寂しさを噛みしめるパパ。そのとき空港からアニーの電話があった。パパはやっと娘と言葉を交わすことができた。パパの横にはママがいた。やがて2人はどちらからともなく優雅に踊り始めるのであった。

by ssm2438 | 2010-05-22 00:19
2010年 04月 10日

エレクトリック・ドリーム(1984) ☆☆☆☆☆

f0009381_3163144.jpg監督:スティーヴ・バロン
脚本:ラスティ・レモランデ
撮影:アレックス・トムソン
音楽:ジョルジオ・モロダー

出演:レニー・フォン・ドーレン
    ヴァージニア・マドセン

     *     *     *

数年前アカデミー脚色賞を取った映画『サイドウェイ』、知る人ぞ知るワイン好きのロードムービーの話である。そのヒロイン役で年取ったけど懐かしく美しいそのお姿を拝見できたのがヴァージニア・マドセン。嬉しゅうございました。ちょっとまえに『キャンディマン』なる映画にでてたきは、「わあ、なにこれ? これがあの美貌をほこったヴァージニア・マドセンなん??」ってびっくりすぐらいデブになっておられて、それでもヒロインに使ったプロデューサーもプロデューサーだなあって思ってしまった。まあさすがにお金がないのだろうからそういうことになったのだろうが。
しかし、そんなヴァージニア・マドセン、この映画で見事に復活してました。たしかに年は取ってるけどちょっと以前の体型にほぼもどり(まだ多少はデブかもしれないが)きれいなおばさんになって登場、2004年のニューヨーク批評家賞、ロサンゼルス批評賞の助演女優賞をほとんどとってしまった。
嬉しい。
彼女、ある意味シャーリズ・セロン的。純粋美人系なんですが、目が白め勝ちで悪女も出来るちょっと不思議なテイストをもつ人。そんな彼女がまさに純粋美人系を貫いた作品が『エレクトリック・ドリーム』。とにかく可憐。この「可憐」という言葉がいちばんあてはまる。

ちなみにこの映画と同じ年の映画で有名なのはなんといっても『ターミネーター』アヴォリアッツ・ファンタスティック映画祭でグランプリを取ったことはみなさん知っておると思われるが、その年のファン選出第1位 <黄金のアンテナ賞>に輝いたのが実はこの『エレクトリック・ドリーム』。とにかく楽しい作品。監督はスティーブン・バロン。ミュージックビデオのディレクターだったらしく、音楽的な見せ方はとっても上手い。画面 づくりはすっごくステディに上手いのである。どれとっても決まった画面 になり、音楽とマッチするとのりのりの画面 になる。当時はCGをつかった画面 もとっても新鮮でたのしい。今見てもパソコン画面 をとりこんだ映画としては最高級の編集テクの産物ではないかと思われる。

f0009381_1244557.jpg<あらすじ>
ある建築会社で腹いているマイルズは怪しい耐震性のブロックを開発してる建築デザイナー。そんな彼がアパートにパソコンを買い込んできて、室内の電気器具を統一管理することにした。ひょんなことからキーボードにシャンペンをこぼしたりして、なんだかわけのわからないまま、コンピュータが意志をもつようになる。
そんなある日、マイルスが留守の間にマデリン(ヴァージニア・マドセン)が上の階に引っ越してくる。
ひっこしもひと段楽したある日の午後、換気口から聞こえてくるチェロの音。
その音をマイクが広い、同調して音をシンセサイザでだしたりするパソコン。
マデリンも、下の階の人が、自分の出す音に同調して音楽を奏でてる不思議に気付く。で、一曲流してみると、下の住人らしき人も同調してくる。ここの描写が素敵。上の階では華麗なヴァージニア・マドセンがチェロを弾き、それをサポートするように下の階パソコン君がメロディを刻んで行く。インディケーターのデジタルな表示がリズミカルに描写 され、満足げに弾くヴァージニア・マドセンがとても美しい。ここの描写 だけでもうこの映画は見る価値十分。

マイルズもマデリンと出会い好意を持ちはじめるが、マデリンはあの時一緒にハモったのはマイルスだと思い込んでいる。パソコンにマデリンを想った曲を創らせると、最初はあきれたようなとんちんかんなものしか出来上がってこなが、徐々に「想い」のコンセプトを伝えてやると素敵な歌詞とメロディになってくる。
それは意志をもったパソコンのマデレーンの想いを語ったメロディであり、それを理解できてしまうマイルズは「これは彼女にはあげられない」と呟いたとき「なぜ?」とマデリンの声。いつのまいやら部屋に入ってきていた彼女はそのメロディを聞き、さらにマイルズに親しみを感じて行く。と、同時に、自分が盗作して彼女を心を惹き付けているような罪悪感に襲われるマイルズ。
そしてパソコン君も、自分の創造したメロディに彼女が弾かれているにもかかわらず、良いとこ取りされてしまっていることにだんだんと悔しさをおぼえていく。

さて結末はどうなる‥‥。


テーマ的にはかなり緩い話です。つきつめれば、“女がほれるのは、努力や、才能じゃなくって、フィーリングなのよ。ダメ男でもやさしけりゃいいのよ‥‥”みたいな、もてない人間の魂救済映画であることは否定出来ないのだか、あまり真剣に哲学しながらみてはいけない作品。 とにかく画面づくりと音楽の掛け合わせがほんとにすばらしいので、のりにまかせて気持ちよく見よう。
f0009381_1334434.jpg
ぜひ一度、若き日の美しかりしヴァージニア・マドセンを見ていただきたい。

by ssm2438 | 2010-04-10 14:08
2010年 04月 02日

メジャーリーグ(1989) ☆☆☆

f0009381_011743.jpg監督:デヴィッド・S・ウォード
脚本:デヴィッド・S・ウォード
撮影:レイナルド・ヴィラロボス
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:
トム・ベレンジャー (ジェイク・テイラー)
チャーリー・シーン (リッキー・ボーン)
レネ・ルッソ (リン・ウェルズ)
ウェズリー・スナイプス (ウィリー・メイズ・ヘイズ)
マーガレット・ウィットン (球団オーナー・レイチェル)

        *        *        *

これぞボーンシリーズの第一作目!

メジャーリーグのクリーブランド・インディアンズは34年も優勝から遠ざかっていた。亡き夫の跡を継いだ新オーナーのレイチェル(マーガレット・ウィットン)は1年の観客動員数が80万人を下回れば本拠地の移転が認められることを利用してマイアミ移転を目論んでいた。そのために集められた選手はメジャーとは名ばかりの奇妙な選手たちばかり。そんなチームの剛速球ピッチャー、リッキー・ボーン(チャーリー・シーン)が加わって流れは変わり始めるというもの。

クリーブランド・インディアンズは実存する球団で、確かにしばらく優勝はなかったが、弱小球団ではなかった。実際のインディアンズは1995年から1999年まで5年連続で地区優勝を果たすなど、90年代の後半は黄金期だった。しかしそれ以降は2000年以降、緊縮財政のため上記の主力選手が流失してしまい、厳しい戦いを強いられている。個人的には去年まで一番を打っていたカーティス・グランダーソンが好きだったのだけど、今年はFAでなんとヤンキースに移ってしまった。しかし、グランダーソンがいればジーターが1番をうつこともないだろう。やっぱりジーーターは2番を打って、徹底して方向へのバッティングを披露してほしいものだ。

<あらすじ>
1年間の観客動員数80万人を下回れば、市条例により本拠地移転が可能になる。急死した夫の跡を継いでインディアンズの新オーナーとなったレイチェル・フェルプス(マーガレット・ウィットン)は、本拠地をマイアミに移すためなんとかインディアンズを弱くしたかった。
メンバーは、メキシカンリーグのキャッチャー、ジェイク・テーラー(トム・ベレンジャー)や刑務所から仮出所してきたピッチャーのリッキー・ボーン(チャーリー・シーン)たちを含め、怪しい選手ばかりだった。もとより実力のない彼らは連戦連敗。レイチェルの思う壺だった。
ある日ジェイクは、別れた妻リン(レネ・ルッソ)と偶然でくわしたジェイクは、彼女を取り戻すべくプレーに熱がはいってくる。ノーコンに悩むリッキーの、その原因が彼の近眼にあることがやがて判明し、メガネをかけて登板するや、見違えるようなピッチングを披露し、チームに勝利をもたらした。
そしてレイチェルの陰謀をしったチームの結束は一段と強まり、士気はますます高まった。チームは連戦連勝の快進撃、ついにインディアンズは首位のヤンキーズに並び、優勝の行方は本拠地クリーブランド・ムニシバル・スタジアムでの最終戦に持ち込まれた。ひざに故障をもつジェイクは、この試合でチームを優勝に導くべく最後のバッターボックスに立ち、バットでスタンドをしめす。そして・・・。

by ssm2438 | 2010-04-02 00:01
2010年 04月 01日

デンジャラス・ビューティー(2001) ☆☆

f0009381_2222630.jpg監督:ドナルド・ペトリ
脚本:マーク・ローレンス
    ケイティ・フォード
    カリン・ルーカス
撮影:ラズロ・コヴァックス
音楽:エド・シェアマー

出演:
サンドラ・ブロック (グレイシー・ハート)
マイケル・ケイン (ビクトール・メリング)
ベンジャミン・ブラット (エリック・マシューズ)
ウィリアム・シャトナー (スタン・フィールズ)
キャンディス・バーゲン (キャシー・モーニングサイド)

        *        *        *

ええええええええんど、ワールド・ピィーーーーース

なにも残らないが、みてて楽しい映画。FBI捜査官のグレイシー・ハート(サンドラ・ブロック)は男勝りで、皮肉屋で、女性らしいおしゃれにも全く関心がなく野暮ったい風貌の女性警官。本人はそう思ってないかもしれないが、孤独な独身生活を送っている。
事件は美人コンテスト宛てに連続爆弾魔から爆発予告からはじまる。警察は捜査員の1人ミス・アメリカ候補として送り込み、潜入捜査することになる。その役がグレイシーにまわってきた。何度も優勝者を生み出しているヴィクトール・メリング(マイケル・ケイン)率いる美容師チームか完全バックアップし、グレイシーは見事ミス・ニュージャージーに変身していく。
ちょっとひねりをきかした『マイ・フェア・レディ』だね。はなっから気品あるオードリー・ヘプバーンをこの役に持ってくるのはかなり無理があるような気がするけど、サンドラ・ブロックだと、意外とちょうどいい感じだったのかもしれない。

なにか得意なことは?ときかれて「逮捕術」と答え、実践するのがおかしい。ガラスのコップでキンコンカンはとっても良かった。

<あらすじ>
ミス・ニュージャージーとしてサンアントニオに到着したグレイシー(サンドラ・ブロック)は、各州のミスと徐々に仲良くなっていく。そして彼女達の情報から、意外な真犯人に気付く。今大会で司会のスタン・フィールズ(ウィリアム・シャトナー)と元ミスの大会委員長キャシー・モーニングサイド(キャンディス・バーゲン)が、大会の役職から降ろされることになるとか。グレイシーがキャシーを疑い始めた時、容疑者が逮捕されたと連絡が入り、FBIは引き上げることになる。グレイシーは、真犯人はキャシーだと訴えるが、誰も聞く耳をもたない。孤立無援になってしまったグレイシーだが、正義のため、そして仲良くなったミスたちを救うため、グレイシーは大会の最終日に挑む。
グレイシーの披露する芸は、水を入れたグラスで音楽を演奏することだったが、緊張してのどが渇いたミスたちにグラスの水を飲まれてしまう。そこで急遽マシューズを使って護身術を披露することにする。意外な芸と達者な話術で、会場は大うけ。そして計画通りにグレイシーはトップ5に選ばれ、そして計画には無かったが、グレイシーは準ミスに選ばれる。ミス・アメリカはロングアイランドからきたシェリルだった。
しかし、ミスが着けるティアラに爆弾が仕掛けられていることを知らされたグレイシーは、シェリルからティアラを奪いに行くが、周囲もシェリルもそれを理解しないために抵抗される。やっと奪ったティアラをグレイシーが空中に投げ出したとき、爆発が起こる。悪事を暴かれてキャシーは逮捕される。そしてグレイシーはミスたちから友人として受け入れられ、ミス・フレンドシップ賞を受ける。仕事、愛情、友情において成功を収めたグレイシーはシアワセ一杯で、鼻をブヒブヒならして笑うのだ。

by ssm2438 | 2010-04-01 22:02
2010年 04月 01日

電話で抱きしめて(2000) ☆☆

f0009381_11471394.jpg監督:ダイアン・キートン
脚色:デリア・エフロン/ノーラ・エフロン
撮影:ハワード・アサートン
音楽:デヴィッド・ハーシュフェルダー

出演:
メグ・ライアン (次女・イヴァ)
ダイアン・キートン (長女・ジョージア)
リサ・クドロー (三女・マディ)
ウォルター・マッソー (ロウ・モーゼル)

        *        *        *

ウォルター・マッソー老けたなあ・・・

ノーラ・エフロンらしい会話劇だが、もうひとつ盛り上がりに掛けたかな。
やっぱり女性というのは世話をするのが好きな生き物だと思う。先ごろではドラマの中でやたらときびきび働く女性像もみかけるが、やっぱり歳をとってきたとき、女性というのはなにかにつけ、世話をしたがるようになる。世話をするものがなくなると、かなりさびしくなるのだろう。
もちろん、世話をしまくっている時は、けっこうまわりに被害者ぶってるものである。そうしとかないと、自分の価値を認めてもらえないからだ。この映画の主人公イヴは、まさにそんな感じの女性。

監督はダイアン・キートン。過去何回か監督をやっている。『ツインピークス』(TV)のなかでも監督をやった話がある。監督として特に個性があるわけではないが、彼女が付き合ってきた男がウディ・アレンとかウォーレン・ベイティとかなので、監督のやりかたというのは十分分っている人だと思う。

<あらすじ>
イヴ(メグ・ライアン)は3人姉妹の次女。テレビ・プロデューサーの夫ジョーと一人息子ジェシーの世話をやきつつ、イベントやパーティの企画をしながらロスで暮らしている。姉のジョージア(ダイアン・キートン)は女性誌の編集長を務めるバリバリのキャリアウーマン。妹のマディ(リサ・クードロー)はテレビの昼メロの女優。遠く離れて住む3人を結びつけているのは電話でのおしゃべりだけ。
イヴの父(ウォルター・マッソー)はボケが進行しつつある。昔は映画の脚本家としてならした父だが、母と離婚して以来アルコールに溺れ、世間からだんだんと嫌われるオヤジと化していた。しかしイヴの電話番号だけは忘れないらしく、こまったときはイヴを呼び出してなにかと世話をやかせる。
姉のジョージアは雑誌の5周年記念号で大忙しだし、マディは犬をおしつけて恋人と休暇旅行中で見舞いにさえ来ない。ショックとイライラで病室を出たイヴは、駐車場でイラン人の医師オマーのベンツに車をぶつけてしまう。父は病院を抜け出したあげく脳卒中を起こして倒れ、ボケがいっそう進んでいるらしい。
へとへとになって家に戻ってみると、マディから預かった犬は受話器をかじっている。受話器はよだれでべとべと。かかってきた電話はまたもやイベント関連のトラブルだ。電話なんてまるで拷問の道具! とうとうキレてしまったイヴは、家中の電話線を抜いてしまう。

イブの所属する婦人団体がイベントをひらき、そのゲストに姉のジョージアを呼んで公演をしてもらうことになっていたが、ジョージアはそのスピーチのなかで、病気の父をかえりみず仕事をしてきたことを悔やむコメントを出して周囲を涙にさそう。あまりに現実とかけ離れたパフォーマンスについにイブが切れてがなりあいになっていたとき病院から電話。父が意識不明に陥ったらしい。
病院にかけつけると動かない父がベットでねている。

「悲しいのは、父を愛しているせいよ」という妹。
「あなたの寛大さにはいつも嫉妬してたわ」という姉。
いつも父に選ばれたのはイヴでだった。

by ssm2438 | 2010-04-01 04:22 | ノーラ・エフロン(1941)
2010年 02月 26日

2番目のキス(2005) ☆☆☆

f0009381_1052578.jpg監督:ボビー・ファレリー/ピーター・ファレリー
脚本:ローウェル・ガンツ/ババルー・マンデル
撮影:マシュー・F・レオネッティ/グレッグ・ル・ダック
音楽:クレイグ・アームストロング

出演:
ジミー・ファロン (ベン)
ドリュー・バリモア (リンジー)

        *        *        *

バーニー・ウィリアムスがセンター守ってる!?

昔見た試合を別の角度から見せられるとなんだか感動するなあ。松井秀喜がヤンキースに入って二年目の年だ。この年テキサスからA・ロッドが移籍してきて、グレイ・シェフィールドA・ロッド、松井で3人そろってホームラン30本・100打点以上を記録した年。ジェイソン・ジオンビーがあんまり機能しなくて、ほとんど松井にその立場を取って代わられてた。対するレッドソックには、カート・シリングペドロ・マルチネスがいて、1番にジョニー・デーモンデビット・オルティスマニー・ラミレスが3番4番を打ってた。懐かしい。
そんな2004年のシーズンと平行してドラマはすすんでいく。

これはなかなかの拾い物だった。『メリーに首ったけ』とか『ジム・キャリーはMr.ダマー』とか、ファレリー兄弟の映画というのは個人的にはまったく好きではないのだけど、これは以外にも良かった。いつものバカ騒ぎだけじゃなくて、きちんとラブコメとしても成立してる。とても理性の聞いた映画なのだ。主人公のジミー・ファロンは無類のレッドソックス・ファンだが、ドリュー・バリモアと付き合うようなると、必要彼女と一緒にいることを優先させる。ドリュー・バリモアも球場に行けば周りの雰囲気をこわさないように、試合を楽しむ努力をしている。決して「やめろ」とは言わない。立場が違う二人がなんとかお互いのことを思いあって、少しづつ自分を抑えて二人でいることを優先しようとする。その辺りがこの映画のリアルであり、愛すべきところかな・・。

ちなみにタイトルは意味不明。前作の『25年目のキス』にかこつけて無理やり「キス」って言葉を入れ込んできてるようだが、原題は「フィーヴァー・ピッチ」、・・・熱い投球? 『グリーンモンスターを愛する人々』とか・・、なんかフェンウェイパークがらみのタイトルにしてほしかったなあ。

<あらすじ>
2003年の10月、ボストン。自分と同様の野心を持つ男としかつきあったことのないリンジー(ドリュー・バリモア)は、数学の得意な高校生たちの職場見学を受けるが、そのときの引率教師ベン(ジミー・ファロン)にデートを申し込まれ付き合い始める。ユーモアのセンスにあふれたベンは学校でも人気者の教師だったが、そのウィットな性格はリンジーの心も癒すことになる。しかし彼女の女友達は、なんであんなにいい人なのにいまだに独身なんだ?と疑問を持ち、なにかしら怪しい趣味があるのではないかと疑いはじめる。
年が明けた2004年。親にもベンを紹介したいと思うようになったリンジーは、故郷のボルチモアに3月に一緒に行こうとベンをさそう。しかしベンは、ボストン・レッドソックスのキャンプを観にフロリダに行くので、ボルチモアへは行けないと言う。シーズンが始まるとさらにベンの本性が浮き彫りになっていく。しかしそれ以外はとっても人のいい彼なのでリンジーもなんとか彼に歩み寄ろうと努力する。リンジーのそんな歩み寄りを見ているとベンも社会性をしめすようにな。ふたりが少しづつ自分をさえつつ二人でいることを構築していこうとする。
その日はレッドソックとヤンキースの試合の日でも、リンジーの友達の誕生パーティに付き合う。帰り道にニュースを耳にすると、ヤンキースの松井 秀喜が2本のホームランを放ち、8回までに0-7でレッドソックスボロ負け。それほど気にする様子もみせず、しかし二人とも少しづつ自分を抑えながら幸せそうな雰囲気につつまれて、リンジーの部屋に着くとこれまでにないような気持ちのいいセックスをする。二人がその余韻に浸っているとベンの友達から電話がかかってくる。
なんとレッドソックスが9回に8点をいれて大逆転したというのだ(実際そういう試合があった)。ニュースをつけると、街ではレッドソックス・ファンが大騒ぎしている。こんな世紀の試合を見逃すなんて・・・とベンは自己嫌悪、やりきれない怒りを爆発させる。
「ボクは23年間レッドソックスを愛してた、君に23年も愛した何かがあるのか?」
レッドソックスを愛するように、いつかは自分のほうを愛してくれると期待していたリンジーには耐えられない出来事だった。

東地区の優勝はヤンキース。レッドソックスもワイルドカードでプレーオフ進出が決まった。それぞれの相手を倒したレッドソックスとヤンキースは再びア・リーグチャンピオンをかけて激突する。リーグチャンピオンシップは7試合、しかし最初の3試合で負けたレッドソックスには後がない。4試合目の試合会場、周りのレッドソックスファンに裏切り者と呼ばれなが、ベンの叔父から受け継いだシーズンシートの権利を売る契約書にサインしようとしている。手が震えてサインできないベン。電話でそれを知ったリンジーは、昇進パーティの会場からフェンウェイパークに向かう・・。既にチケットは完売、なんとかダフ屋からチケットを買って入場するが、それが外野席。ベンがいるシーズンチケットはベンチのすぐそば内野席。外野席に入ったリンジーは試合中のグランドに飛び降りフィールドを駆け抜ける。係員が止めに入る。「売ってはダメ」と伝えるためにフィールドを駆け抜けるリンジーであった。

3-4とレッドソックスが1点ビハインドの9回裏、代走で出てきたデイブ・ロバーツ(沖縄出身で、母が日本人のハーフ)が決死の二盗を決める。これで落ち着きを失ったヤンキースの守護神、マリアーノ・リベラビル・ミューラーに同点タイムリーを浴びる。試合は延長戦に突入し、デビッド・オルティスが劇的なサヨナラホームランを放ち、レッドソックスがやっと1勝目を手にする。そのあとも3連勝しなんとリーグ優勝。
ワールドシリーズはナ・リーグを圧倒的な力で勝ちあがってきたセントルイス・カージナルズ(ベンチに田口壮もいた。余談だが『巨人の星』にでてくるアームストロング・オズマはこの球団に属していた)。リンジーがフィールドを横断した試合からレッドソックスの勢いは止まらない。カージナルスも4タテでついにバンビーノの呪いから解き放たれたのだった。

by ssm2438 | 2010-02-26 10:54
2010年 02月 19日

男と女の不都合な真実(2009) ☆☆☆

f0009381_6522375.jpg監督:ロバート・ルケティック
脚本:ニコール・イーストマン
    カレン・マックラー・ラッツ
    キルステン・スミス
撮影:ラッセル・カーペンター
音楽:アーロン・ジグマン

出演:
キャサリン・ハイグル (アビー)
ジェラルド・バトラー (マイク)

        *        *        *

キャサリン・ハイグルは、『グレイズ・アナトミー/恋の解剖学』を見たとき「なんちゅう可愛い子が出てきたもんだ」って思ったが、とってもいい感じで進化してますな。風貌的には私の好きなシャーリーズ・セロンアシュレイ・ジャッドを足して2で割った様なかんじ。どこからどうみても典型的な美人です。あんまり美人過ぎるのでけっこう使いづらいかもしれないんじゃないかと思うくらいだが、これがどうして、どんな下世話ねたでも嬉々としてしゃきしゃきこなす。

しばし“H”のご無沙汰がつづいてるからということで、ジェラルド・バトラーから送られてきた感度回復パンティ(パンティにバイブがついている)を試しにさくっとはいてしまうキャサリン。そんな時にお迎えきがて結局そのまま、上司たちがあつまるレストランにいく。バイブのリモコン落とすとどこかの子供が拾ってなにやらがちゃがちゃとスイッチを押すとバイブの振動音とともにもだえだしたり・・、まあ、なんといいましょうか、まるでカトリーヌ・スパーク嬢(古過ぎる?)の映画ででてきそうなシチュエーション(苦笑)、あるいはかつての栄光日活ロマンポルノか・・。そんなシーンも明るくロマンチックコメディになしてしまうキャサリン・ハイグルに魅力は全開。

物語は『マイフェアレディ』のアンチ・フェニシストバージョンのような展開。自立してても彼氏がいないキャサリン・ハイグル。そんなキャサリンのお向かいさんに越してきた素敵な男、しかも医者。彼に持てるために、男の本音トーク(かなりステレオタイプな意見だったが)のジェラルド・バトラーの指南により、<男にもてる女>へと変貌していくキャサリン・ハイグル。
結局のところ、素敵なお医者さんはやめにして、ジェラルド・バトラーと引っ付くスタンダードなロマコメストーリーー。楽しく見させてもらった。

この映画のベストショットは、あのエレベーターの中のジェラルド・バトラーの根性なさ振りだろう。
男という生き物は、ほんとに好きな人の前ではチキンなものです。それは求めて拒絶される怖さからくるもので、そうなるのは仕方がないもの。つまり男は、ほんとに好きでない相手とは穏やかに自然に付き合えるものです。そして女が付き合いやすいと思うのは、こういう男だったりするのです。で、その女のことをホントい好きな男は「私に憧れているだけ」と整理をつける。
女が付き合うことになる男は、その女のことを深刻に好きではないので、結局他の女になびくのは当たり前。じゃあ、真剣に好きだった男のほうがいいのかというとそうでもない。彼はやはり女に対して理想を投影しているだけであり、ほんとに“H”をしようものなら理想像が崩れ去り、これはこれで幻滅するものだったりする。

・・・どっちにしても女の都合のいい男はいないようだ。男に都合のいい女もいるわけないし・・。
男と女の不都合な真実でしたとさ・・・。

by ssm2438 | 2010-02-19 06:52
2010年 02月 19日

プラダを着た悪魔(2006) ☆☆☆

f0009381_541624.jpg監督:デヴィッド・フランケル
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
撮影:フロリアン・バルハウス
音楽:セオドア・シャピロ

出演:
アン・ハサウェイ (アンドレア・サックス)
メリル・ストリープ (ミランダ・プリーストリー)
エミリー・ブラント(エミリー)
スタンリー・トゥッチ (ナイジェル)

        *        *        *

スタンリー・トゥッチの説教とアン・ハサウェイのファッション・ショー

キャリアウーマンのサクセス物といえば、一昔前なら『ワーキング・ガール』なのかもしれいなが、今の時代はこれ、『プラダを着た悪魔』。もっとも、この映画の最後ではやっぱりやめて当初からの志望だったジャーナリズムに進むのだけど、これはこれでよいかな。
「ファッションなんて所詮は外観をかざるも。大切なのは内面だ」と私を含めたオヤジどもは思うだろうが、そこには絶えず変化する需要がある以上、競争力も激しい世界があり、それを提供する側にはその需要競争のなかで至上に受け入れられるものを提供していかなければならない。ファッション界とは人と同じなのも嫌、でも人と違いすぎるのも嫌・・という虚栄心と協調性のはざまで揺れ動く世界。そんな世界で絶えず一級品を提示していくひとたちの世界にはいりこんだ、普通の女の子の物語。

面接の日、普通におしゃれして行ったつもりが「ださい」と言われ、その世界に反感をもつアンディ(アン・ハサウェイ)。プロの目から見た凡人のお洒落は、本人が思ってる範囲の一番よさげなものを提示したとしても、大したものではないことは良くあることだ。そして見下されたものが、プロにたちに対しては反感をもつことも良くあることだ。彼女もそんな感じでそこの仕事に着いたのだが、徐々にプロの仕事振りをみせれられていく。

そしてこの映画の最大のポイントがやってくる。ファッション界のカリスマ・コーディネイター、ミランダ(メリル・ストリープ)に「失望したわ」と言われたアンディが半べそかきナイジェル(スタンリー・トゥッチ)のところへ行き「私は一生懸命努力しているのに認められない」と嘆く。しかしナイジェルは、「いや、君は努力していない」と言ってのける。それまでのアンディのしていたことは、ミランダの言葉を自分の解釈の一番都合のいい部分で解釈し、それを実践していただけで、上司の意図を汲み取り、上司の望むものを提示していたわけではない。ミランダを理解する気すらなかったのだ。
そのときからアンディが変わる。ミランダの言葉をただ実行するのではなく、その言葉の向こうにあるミランダの欲求を汲み取りそれを実行する、「ホントの秘書」としての仕事をし始める。服もナイジェルに見立ててもらい、プロとしてのとりあえず最初のうちは<見てくれ>だけでも取り入れていく。そこには働く人たちのプロとしてのソウルを受け入れる。
そのあとのアン・ハサウェイのファンション・ショーは実に心地のいいものだった。一連の動きのなかで、手間をささっと何かがよぎると別の衣装になっている。テンポよく次から次へと服装が変わっていく。個人的にはこういう演出はあまり好きではないが、それでも見ていて快適な気分になれる演出だった。

最後のエンディングにはいろいろ意見があるようだが、まあ、あれはあれで悪くはないかなと思う。あそこで一旦流れをきって、アンディは当初の志望どおりジャーナリズムの道へ向かわせないと、ミランダからの「一番認めていたのはアンディだった」という趣旨のメッセージを入れられそうにない。あのままの仕事してたら一生いわなさそうだしね・・(苦笑)。
しかし確かに、古き男は捨てて、同僚の秘書も乗り越えて、自分の新たな可能性を見出していくのもよかったかもって思ったりもするが・・。でも、これをするにはもう少し時間がいるのかもしれないなあ。いや・・出来るか・・。伝家の宝刀「そして3年後・・」って技もある。

・・・そして3年後、
アンディはミランダの引退した後コーディネーターのチーフになっていく。そのパーティの席上で、元彼氏に「当時は君が離れていったことは悲しかったが、今の成功が総てを物語っている。君はここに来るべきひとだったんだ」とかなんとか言わせて、華やかなパーティの途中で乗り越えられた第一秘書さんにプスっと背中から刺されるとか・・(苦笑)。『振り返れば奴がいる』パターンだね。
反対に第一秘書さんが「悔しいけど、あなたの才能は私たちを踏み台にして登りつめるに値するものだったわ」といって大団円にするか・・・。

ただ・・・こうしてしまうと、どうしても他人の価値観で成し遂げた勝利みたいでちょっと嫌かもね。はじめが「ジャーナリスト志望」で、腰掛的にはいったファッション業界って設定だったのだから、どんなにそこで認められても、自分の価値観が大事・・というは基本原則だし・・、<一番大切なもののために、二番目を捨てさせる>というのはシナリオ構成の基本テクだし、このエンディングで良かったのだろうな・・多分。

by ssm2438 | 2010-02-19 05:41
2010年 01月 20日

バンディッツ(2001) ☆☆

f0009381_20111065.jpg監督:バリー・レヴィンソン
脚本:ハーレイ・ペイトン
撮影:ダンテ・スピノッティ
音楽:クリストファー・ヤング

出演:
ブルース・ウィリス (ジョー・ブレーク)
ビリー・ボブ・ソーントン (テリー・コリンズ)
ケイト・ブランシェット (ケイト・ウィーラー)
トロイ・ギャリティ (ハーヴィー・ポラード)

        *        *        *

原題の「バンディッツ」っていうのは「強盗」「追剥ぎ」のこと。どこかアメリカン・ニューシネマのにおいがする、銀行強盗をエンジョイしながららやる映画。ただ、子の映画はアメリカン・ニューシネマというよりも、普通の掛け合いコメディの映画だろう。ふたりの強盗団のなかにケイト・ブランシェットが介入、最初はブルース・ウィリスと仲良くなり、そのあとビリー・ボブ・ソートンとも仲良くなってしまうから話がこじれてくる。
監督は『レインマン』『グッドモーニング、ベトナム』などのバリー・レビンソン。手堅い監督さんだが、スーパーヒットにもなりにくい感じの人。5ミリくらいツボをはずすんだよな・・(苦笑)。もうちょっと何かが良かったらめちゃめちゃ感動するかもしれないのに、いつもそこまで行き着かない不満感をつねに感じさせる不思議な監督さん。
ケイト・ブランシェットの、ボニータイラー『HERO』をBGMに料理をするシーンはなかなかいかす! 
ビリー・ボブ・ソートンが誰かしらの車を奪って帰ろうとして彼女の車の前に飛び出したら、そのままヒット。たいしたことはなさそうで、そのまま車にのせて病院に運ぼうとするケイトを銃でおどすビリー・ボブ・ソートンだが、まったく相手にされない。「絶望ってのは、毎日朝起きて車にのったら、このままどっかの電柱につっこんでしまおうかって思っているような精神状態のことよ」と過激運転。このへんのくだりは実に楽しい。

<あらすじ>
タフガイのジョー(ブルース・ウィリス)と心気症に悩まされるテリー(ビリー・ボブ・ソーントン)は、オレゴン州立刑務所を脱獄すると、ジョーの従兄弟ハーヴィー(トロイ・ガリティ)を仲間に加え銀行強盗を続けていく。彼らの手法は、前日にその銀行の責任者宅に押入り、そこで一晩お泊りし、翌日銀行が開業する前に責任者とその家族をつれて銀行にいき、まだ誰もいないうちにお金を盗んでしまうというもの。
そんなある日、彼らの前に愛されていない主婦生活に飽き飽きしていたケイト(ケイト・ブランシェット)が現われ仲間入り。その夜ケイトはジョーと仲良くなってしまうが、ある銀行を襲った後のトラブルで、ケイトはテリーと、ジョーはハーヴィーと別れて逃げることになり、その逃避行の間にケイトはテリーとも仲良くなってしまう。数日後4人は合流するのだが、そのことで2人の友情は揺らぎはじめ。どりらも選べないというケイト、結局どちらもお預けの日がつづけ、二人は取っ組み合いのけんかになる。そんな二人をみてケイトは、もうやっていけないと出て行く。
「これが最後だ」と決めたジョーとテリーは白昼強盗に入るが、ケイトのたれこみもあり銀行は警察に包囲される。緊張の中観念したテリーはジョーに銃を向け人質を解放、自らも投降するという。頭にきたジョーがテリーに威嚇発砲。二人は銀行で互いを撃ち合い息絶える。しかし・・・。

by ssm2438 | 2010-01-20 20:11
2010年 01月 12日

ハンコック(2008) ☆☆

f0009381_8382584.jpg監督:ピーター・バーグ
脚本:ヴィー・ヴィンセント・ノー、ヴィンス・ギリガン
撮影:トビアス・シュリッスラー
音楽:ジョン・パウエル

出演:
ウィル・スミス (ジョン・ハンコック)
シャーリーズ・セロン (メアリー・エンブリー)
ジェイソン・ベイトマン (レイ・エンブリー)

        *        *        *

この手のスーパーヒーローを扱う時は、そのまま演出すれば何でも出来てしまう。ゆえに物語づくりのポイントは、何が弱点になるのか・・、どんな時に限りその能力が仕えなくなるのか・・、その設定と使い方にかかってくる。『ハンコック』では、それを二人の距離にしてしまった。能力を持ったもの同士が近づけば、その能力はどんどん減退していってしまう。そこは目新かったかな。
ドラマの展開はグレたヒーローの更生話の前半はそこそこ面白い。『グッド・ウィル・ハンティング』のスーパーヒーロー版、それをおきらくモードでやった感じ。作り方次第ではもうちょっと出来たんじゃないかと思うのだけど・・、そこがこの監督さんの限界なのだろう。あと最近はやりの手ぶれ効果も鼻につく。小手先のカッコつけ演出はやめてもらいたいものだ。映画事態はCG使った無駄な大騒ぎが多すぎて、おまけにシャーリーズ・セロン使ってるのでかなりの無駄使い。もっと上手い使い方があっただろうにって思ってしまう。もったいない・・。

<あらすじ>
孤独なスーパーヒーロー、ジョン・ハンコック(ウィル・スミス)は、80年前のとある事件で80年前以前の記憶が一切ない。孤独で、避けに溺れ、悪党をやっつけても、鬱憤晴らしであり、やりすぎるがために街に甚大な被害をもたらし、市民からの評価はマイナスな事が多い。ある日ある事件でレイ・エンブリー(ジェイソン・ベイトマン)の命を救うが、いつも通り周囲の人間からブーイングを受ける。そんな中、レイだけは「ありがとう」とハンコックに礼を述べ、愛されるヒーローになるためのイメージ戦略をハンコックに持ちかけた。
そんなハンコックを複雑な気持ちでみる女がいた。レイ・エンブリーの妻メアリー・エンブリー(シャーリーズ・セロン)である。実は彼女こそ、この世に現存するもう一人のスーパー超人であった。二人の過去には痛々しい出会いが何度もあった。二人が愛し合って近づけば近づくほど、二人は無力な人になってしまう。ゆえに彼女は80年まえのあの事件でハンコックが記憶を失ったのをいいことに、彼から離れる決意をして身をかくしていたのだ。そんな二人が再び惹かれ合っていく・・。
しかし、スーパーで強盗犯を叩きのめした時に、ハンコックは体内に銃弾を受ける痛みを覚える。それまでは銃弾を受けても跳ね返していたのに・・。不死身だったはずのハンコックだが、普通の人間と同じように銃弾に倒れ、病院へと運ばれる。手術が行われなんとか命をとりとめたハンコックのもとをメアリーが訪れ、二人が愛し合っていた数千年の歴史と、二人の能力の衰退のメカニズムを話す。そんな時、かつてハンコックが刑務所に送った銀行強盗団が脱獄してハンコックの復讐にやってきた。ハンコックをかばって撃たれるメアリー。凡人かしたメアリーの命のともし火は消えかけていた。強盗団をなんとか倒したハンコックは、傷ついた身体に鞭打ってメアリーのもとを去っていくのだった。ハンコックが遠のいていくごとにメアリーの超人性が復活、止まっていた心臓がふたたび脈を打ち始める・・。

by ssm2438 | 2010-01-12 08:38