西澤 晋 の 映画日記

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2009年 01月 20日

ホリデイ(2006) ☆☆☆

f0009381_1943287.jpg監督:ナンシー・マイヤーズ
脚本:ナンシー・マイヤーズ
撮影:ディーン・カンディ
音楽:ハンス・ジマー

出演:キャメロン・ディアス
    ケイト・ウィンスレット
    ジュード・ロウ
    ジャック・ブラック

        *        *        *

映画の構成としては決していいとはいえないこのスタイル。だって普通に考えれば片方だけで映画はつくれるんだから。それを2つの映画を二本にまとめて作って、それをなんとかつなぎめをホーム・エクスチェンジでつなぎ合わせてるだけ。これが正しいつくりだとは決しておもわないし、力がある人ならひとつひとつの話で映画を一本撮りたいと思うのだろうが、なんでこうなっちゃったんでしょう・・・。ただ、けっこうたのしく面白い映画になってることは確かだ。
でも次ぎ撮るならやっぱりきちんと一本の映画でとってほしい。目新しいってことで、とりあえず一本目だけはみとめられるだろうけど、2本やったらアホだ。

ホーム・エクスチェンジの結果、予告編製作会社を経営するアマンダ(キャメロン・ディアス)はイギリスの片田舎へ、アイリスはLAでクリスマス休暇をすごすことになる。きてみてあまりのなのもなさにやっぱり返ろうするアマンダのところに現れたグラハム(ジュード・ロウ)。アイリスの兄である。飲み歩いた週末は彼女のところで泊まっていくことがあるのだが、その人もべろんべろんに酔ってきてみると見知らぬ美女のアマンダがそこにいた。そんなこんなで結局エッチをしてしまう二人。しかし彼はバツイチで二人の子供と判明・・、ここでのアバンチュールにとどめておくべきだな・・と結論づける。
一方ロスにきたアイリスは、アマンダのゴージャスな家にびっくり。近所には有名脚本家もいるみたいだし、彼女の仕事仲間のマイルズ(ジャック・ブラック)という作曲家も新人女優をつれて遊びにくる。まさに夢のような生活。そんななか、ちまえの気立てのよさで彼らとも仲良くなってしまうアイリス。マイルズとアイリスのレンタルショップでのやり取りは最高。マイルズの即興炎のランナーは最高。あれみれただけで今後の語り草になる。
・・・そしてアマンダはグラハムと別れてハイヤーの乗るが・・・。
そして、新人女優と別れたマイルズは・・・。
最後はみなさんまとめてハッピーなニューイヤーズデイをロンドンですごすのでした。。

いやいやなかなか楽しい映画になってました。

by ssm2438 | 2009-01-20 18:55
2009年 01月 20日

オペラハット(1936) ☆☆

f0009381_14492675.jpg監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
撮影:ジョセフ・ウォーカー
音楽:ハワード・ジャクソン

出演:ゲイリー・クーパー
    ジーン・アーサー

        *        *        *

キャプラのお気に入り女優としてジーン・アーサーが世に出た映画。キャプラ自身も『或る夜の出来事』に続いて二度目の監督賞を獲得した。この次期はほとんどキャプラ時代だったのだろう。キャプラが撮れアカデミー賞みたいな風潮があったのかもしれない。 ・・とはいえ、個人的にはキャプラの中ではそれほど面白いとも思わないのだが・・。

ヴァーモント州のマンドレイク・フォールスという小さい町で脂油工場を経営していロングフェロウ・ディーズ(ゲイリー・クーパー)は、絵葉書に優しい詩を書いてささやかな所得をえていた。彼は町のブラス・バンドに所属しチューバを担当、考え事をする時には必ずチューバを吹くのがくせだった。そんな彼にある日突然大富豪の遺産を相続してニューヨークヘやって来る。
特ダネを狙う敏腕女性記者ベイブ(ジーン・アーサー)は、何とかして記事をとろうと散歩に出かけたディーズの目前で舗道に行き倒れを装って近付きとなった。彼の奇妙な行動を逐一報道してディーズを物笑いの種とするが、あまりの人の良さに心をひかれはじめたベーブは新聞社を辞職してディーズにすべてを告白しようとする。しかしディーズは告白を聞く前に彼女の素性を知りいたく失望する。
人生がどうでもよくなったディーズは全財産を失業農夫2千名に分けあたえる計画に着手する。しかし彼の遺産をねらうセンプル夫妻はシーダーと結託して、ディーズを狂人だと言い立てて、「彼には管理能力がない」ち主張。失恋したディーズは自暴自棄でありそんなことはどうでもいいのだが、ベイブの想いを知ったディーズはシーダーが提出した狂人なりとする証拠を一々撃破し、裁判長はディーズの正気を言い渡した。

by ssm2438 | 2009-01-20 14:16 | フランク・キャプラ(1897)
2009年 01月 18日

カーズ(2006) ☆

f0009381_3352328.jpg監督:ジョン・ラセター
脚本:ジョン・ラセター
    ドン・レイク
音楽:ランディ・ニューマン

     ×     ×     ×

ジョン・ラセター才能なさすぎ!
だめだこいつ。

ブラッド・バード『Mr.インクレディブル』の感動を再びって思ってみたのだが・・・今回のピクサー作品にはかなり幻滅。超シャローなストーリーなのであたまの悪い子供しかだませないような気がする。

車のデザインはとっても愛らしく、走ってる時の爽快感もきもちがいいんだけど、いかんせ最後の盛り上がりのはずのレースがださださ。3台だけのレースってのはあまりにつまんなさ過ぎ。おまけにあの最後はなんなんだ???まったくなにも共感できないレースのシナリオ。これだったら去年の鈴鹿とか今年のブラジルとかのほうが遥かに燃えたよ。って比べるのがおかしいか。しかし、実際のレース以上の面白さを出してくれないと全然つまらん。
レースって基本的に車が走ってるだけなのでよっぽど頭がいい監督さんが作らないと面白い者にはならないと思う。おこったぞ!!ってアクセル踏めば抜ける話をつくってもおもしくもないしね。だいたいコース上でぬ降雨としたらそれは1つのレースに総難解もあるわけじゃない。そのチャンスは2回か3回か。でそれをミスったらもうだめ・・みたなかなり切羽詰まった状態を描かないと。そのチャンスが来る時の為にぐっと我慢して我慢して走ってて、その時が来たら一気に解放。
レースって車自体のスピードは速いけどどの車も速いから変化は微妙なんだよね。どちtかというとカーリングに近い感覚じゃないのかなあ。ある一つの微妙なトリックが時間をかけてじわじわ表面化して来るあの感じ。レースは速いモノだってイメージしてるとたぶん永遠に面白いカーレースものは作れない。

by ssm2438 | 2009-01-18 11:58
2009年 01月 09日

ウォーリー/WALL・E(2008) ☆☆

f0009381_17393131.jpg監督:アンドリュー・スタントン
製作総指揮:ジョン・ラセター
脚本:アンドリュー・スタントン
    ジム・リアドン

期待がでかかっただけにかなり落胆。本来☆だけど、ロボットが可愛いのでもうひとつおまけ。しかし・・・物語作り手としてはいただけないなあ。

ピクサーの技術力だけみせられたかんじだけど、それだけ・・みたいな。ほんと、何年か前にみたソダーバーグの『トラフィック』みたい。この映画にあるのは「技術だけだ!ってだけかがコメントしてて、まさにそのとおりと思ったが、今回もそんな感じ。ピクサーもジョン・ラセター@『カーズ』アンドリュー・スタントン@『WALL・E』の二人が監督やったらだめですね。
もとものこの二人がピクサーの創始者なのだろうけど、映画人としての実力的にはぜんぜんひよっこで、あとづけてはいってきたブラッド・バードだけがまともに映画をつくれる感じ。

ブラッド・バードが作ると人間の哀愁がきちんとあるんだよね。
『ミスター・インクレディブル』にしても『レミーのおいしいレストラン』にしても、抑えられない自己顕示欲・・、しかし社会の一部であらねばならない・・みたいな人間的なバランスのゆれがとっても上手い。それが見ているわれわれにも共有できるのでドラマへの感情移入ができてしまう。

それにくらべてこ今回のアンドリュー・スタントンにしても、『カーズ』のジョン・ラセターにしても、「かわいい!」的な演出は出来ても、人間の本性がみえかくれする部分を暴けないというか・・、ドラマ作り手としては圧倒的にブラッド・バードに差をつけられてる。
たぶんこの差はうまらないだろうなあ。。

by ssm2438 | 2009-01-09 21:42
2009年 01月 06日

夜霧のマンハッタン(1986) ☆☆☆☆

f0009381_2356112.jpg監督:アイヴァン・ライトマン
脚本:ジム・キャッシュ
    ジャック・エップス・Jr
撮影:ラズロ・コヴァックス
音楽:エルマー・バーンスタイン

出演:ロバート・レッドフォード
    デブラ・ウィンガー
    ダリル・ハンナ
    ブライアン・デネヒー
    テレンス・スタンプ

     ×     ×     ×

アイバン・ライトマンと言えば、『ゴースト・バスターズ』が有名ですけが、基本的に敷き居の低い作品をつくるひとで、ヘビー級の映画ファンには物足りない部分はおおいでしょうね。私もどっちかというとそういう系統ですけど、それでもなこの監督さんの軽さがうまい具合に作品とマッチして、とっても見易い楽しい会話劇にしあがっているのがこの『夜霧のマンハッタン』

お話をざっと紹介すると・・・、 その昔、在る画家デアドンがその娘チェルシーに絵をプレゼントした。しかしその誕生パーティの席が火事になり、デアドンは死に娘にプレゼントした絵が盗まれた。 やがてその娘は大人(ダリル・ハンナ)になり、絵を取りかえそうとしてテレンス・スタンプの経営する画廊に盗みに入るが警察に捕まってしまう。
彼女は「その絵は私が子供の頃父から誕生日のプレゼントとして送られた物で、絵の裏に<娘への誕生日のプレゼントとして・・>の添え書きがある。その絵は自分の手許にあるのが当然、盗みではない!」と主張。一方、盗まれた側の画商(テレンス・スタンプ)は、「そんな事実はない。そんな証拠もない。この絵は私の画廊が所有すてるもので、彼女はそれを奪った!」と主張。彼女の弁護人がデブラ・ウィンガー、検察側をロバート・レッドフォードが担当するようになる。「もし、その絵の裏に娘へのメモ書きあるならこの公判はとりさげよう」と検察側の弁護士と被告側の弁護士が一緒になってちょっとした下調べを始める。
テレンス・スタンプの画廊に行き、その絵をみせてもらうが、裏にはなんのメモ書きもない・・・。しかし、その後テレンス・スタンプも「彼女がその画家の娘さんだとはしらなかった・・・、この絵は今となっては私の所有する物だが、そういう事情であるなら今回の公判はなかったことにしよう」とさっさと訴えを取り下げてしまった。 釈然としないデブラ・ウィンガーとロバート・レッドフォード。そんな時チャイムを鳴らす音、ドアをあけるとそこにはダリル・ハンナがいて、「誰かに追われている、助けてくれ」と駆け込んでくる。一方デブラ・ウィンガーのもとには、別の署の刑事が現れ「デアドンの死は事故ではなく殺人だ。当時その事件を担当していたがその事実は揉み消された」と伝え、そのときに関系書類を置いて行った・・。 そしてある夜、ずぶ濡れのダリル・ハンナが再びロバート・レッドフォードの部屋をおとずれて・・・・。
翌朝、二人がベットで寝ていると、突然礼状をもった警察がなだれ込んで来て彼女を逮捕してしまう。聞けば昨夜テレンス・スタンプが殺されたと言う、容疑者はダリル・ハンナ・・・、その彼女と寝てしまったことがゴシップ記事になり結局ロバート・レッドフォードは検察を辞める事になってしまう。 そんな彼にデブラ・ウィンガーは一緒に彼女の弁護をしてくれと頼む。かくて、ふたりの弁護士は共闘してダリル・ハンナの弁護をするとともに、親ぼくを深めていくのであった・・・(苦笑)。

作品自体はとってもチープといいましょうか、極めて普通 の出来なのですが、 とにかくデブラ・ウィンガーとロバート・レッドフォードの会話が楽しい。 デブラ・ウィンガーといえば、最近ロザナ・アークエットの監督作品で『デブラ・ウィンガーを探して』って映画がありますが、その、今ではもう引退してしまった彼女がスクリーンで一番輝いていた作品はたぶんこれだとおもうくらい、とっても綺麗。あの目の大きさ、ヤッピースタイルのきまってること、かっこいい髪型、明るさと、力強さを、ユーモアのセンスが一緒になった活発的な綺麗さ。
デブラ・ウィンガーファンなら是非とも観ていただきたい作品ですね。 ついでももうひとつアイバン・ライトマンの作品のなかで秀作を紹介しちゃいます。

『デーブ』、これも素晴らしい。 これは、大統領のそっくりさん(ケビン・クライン)が、突然シークレットサービスに「国家のために・・・」とたのみ込まれて替え玉 の仕事を受けてしまう。
ひごろから芸達者ケビン・クラインは大統領の物まねとかもやってて、役目はユーモアのセンスたっぷりにその場をこなして帰路についたのだが、突然呼び戻されてしまう。 大統領が昏睡状態に落ち入った・・・、どうする?? そこでしばらくの間、そのままケビン・クラインを大統領の替え玉としてつかっていこうということになる。突然一般庶民が大統領の権力をもったら・・・・、そんなファンタジックな夢を時にシニカルに、時にハートフルに仕上げたのがこれ。『夜霧のマンハッタン』ともども、一度てにとってみてください。

こういうパーティは年に何回かあるのだけど、その中の1回か2回は顔を出すようにしてる。
歳をとると、自分を知っている人の間でついつい収まりがちになるのを、ちょっと強制的に知らない人の中に身を置いて、コミュニケーションとる機会をもってみるのも大切かなっておもったりする。居心地の良くない空間を、あえて居心地の良い空間に感じられるように人と頑張って触れていく‥‥みたいな、こういうのが出来なくなってしまうと、世界は閉じていくだけかなって思うのでした。

by ssm2438 | 2009-01-06 04:51 | アイバン・ライトマン(1946)
2009年 01月 05日

ビッグ(1988) ☆☆☆☆

f0009381_23242891.jpg監督:ペニー・マーシャル
脚本:ゲイリー・ロス
    アン・スピルバーグ
撮影:バリー・ソネンフェルド
音楽:ハワード・ショア

出演:トム・ハンクス
    エリザベス・パーキンス

     ×     ×     ×

個人的にこのころのトム・ハンクスってかまととっぽいというか、人畜無外だぞ光線をだしまくっててちょっと嫌だったんですけど、これはさすがにやられましたね。この映画の主人公をだれにやらせるか?っていったらやっぱりトム・ハンクス以外には考えられない。あのガキっぽさは天下逸品です。 トム・ハンクスの魅力っていうのは、なんでいうんでしょう、ドラマと観客との距離を圧倒的に身近にしてくれるその親近感。

ちょっとドラマのメカニズムについて話しましょう。
エンタテイメントなドラマっていうのは、早い話、<観ているものをドラマの主人公と共鳴させて、ドラマのなかで最後に主人公の勝利を描きつつ、観ている者にその感動を与える>ってものです。どんなに目の前で展開されてる絵がアクションばりばりの派手な画面でも、そこに感情移入がないと退屈なだけです。演出という仕事はこの<感情移入をどう観ている人におこさせるのか>という部分を担当するものだといっていいでしょう。
で、もうひとつ赤裸々なネタばらしをしちゃいますと、感情移入っていうのは、実は<弱さ>にしか起きないんです。 主人公が強いシーンをみても誰も感情移入しません。<強さ>ってのはそれを現実にできるひとには理想であり、出来ないで憧れる人にはファンタジーなのです。 本来誰もが隠している弱さ、これをこそっと出してやる。そうすると、みている者はそれに共感し、安心してしまえるんです。
しかし、その為には魅せるがわのほうが弱さを暴露しなければなりません。これができる人と出来ない人がいて、アニメ業界のライターさんかはほとんど出来ないですね。漫画家さんんが、アニメーターより絵がそんなに上手くないけど偉いのは、この弱さの暴露ができちゃうからなんですね。だから人を魅了するものが書ける。ドラマというのは、主人公の弱さをみせて観客に感情移入させ、最後の勝利させ、観客を同時に満足させるというものと言い切ってもいいでしょう。そのために、ライターは監督はいろんな手段をとるのですが、このトム・ハンクス、どんなに監督が下手でも、ライターが下手でも、観客に感情移入を引き起こしてしまいます。これはもう、彼の親近感以外のなにものでもないですね。

ちなみに、7月3日はトム・クルーズの誕生日ですけど、こっちはどっちかというと<強さ>=ファンタジー/理想の偶像ですよね。 ついでだから他の有名どころの蟹座の男優さんの紹介もしときましょうか。

7月6日生まれ  シルベスタ・スタローン
7月8日生まれ  ケビン・ベーコン
7月11日生まれ ユル・ブリンナー
7月14日生まれ ハリスン・フォード
7月21日生まれ ロビン・ウィリアムス

あ、誤解するかもしれないのでこの点は強調したいのですが、 この監督とライターは素晴らしいです。
この監督さんペニー・マーシャルは、メグ・ライアン主演の『恋人たちの予感』の監督ロブ・ライナーの元ワイフ。 ペニー・マーシャルの他の作品で有名なのは『プリティ・リーグ』『レナードの朝』、いいですね~~~~。 『プリティ・リーグ』なんかもう、不覚にもぼろぼろ泣かされてしまいました。 あと、この映画がすごいのは、おわったと、 あと15年後どうなってるんだろう・・??ってその後のストーリーを観てる者につくらせてしまうポテンシャル。
あの男の子が、大きくなったら彼女を探すんだろうか・・・? 彼女は、彼が再び自分のまえに現れてくれる事をひそかにまっているんだろうか・・・? でも、会った時には、お互いに誰かしたつきあってる相手がいるだろうし・・・・、 そんなことを思うとどんどん自分で新しいシナリオが沸き上がってくる楽しさ。 これを観客のなかに残したことが、この映画の一番の素晴らしさだとおもったりするのでした。。。

by ssm2438 | 2009-01-05 07:44 | ペニー・マーシャル(1943)
2008年 12月 21日

花嫁はエイリアン(1988) ☆☆

f0009381_9205721.jpg監督:リチャード・ベンジャミン
脚本:ジェリコ・ワイングロッド
    ハーシェル・ワイングロッド
    ティモシー・ハリス
    ジョナサン・レイノルズ
撮影:リチャード・H・クライン
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:キム・ベイシンガー
    ダン・エイクロイド

        *        *        *

キム・ベイシンガーかキュートで可愛い。このころ(劇中34歳)のころが一番チャーミングだった。キム・といえはどうしてもヤクザの情婦ばっかりというイメージがあったが、この映画ではコメディやってて、きわめて楽しいんだ。明るく可愛いキム・ベイシンガーってのも以外とよいものなのです。あの背中のぱっくりとあいたドレスよかったです。
地球のことをあまりしならいキム・ベイシンガーの寄行が楽しい映画。美人がこんなことやったらどうなの??っていうことをエイリアンってことを言い訳にいっぱいやらかしてくれるってのがこの映画の企画コンセプトかな。

科学者スティーヴ・ミルズ(ダン・エイクロイド)の実験の失敗で、遠く離れたある惑星危機に陥る。そこの星が地球の探索のために送ってきたのがセレスタ(キム・ベイシンガー)。地球慣れしていない彼女は変な行動の連発。そんな彼女にぞっこんのスティーヴは彼女に求婚。四苦八苦の末に稲妻を利用した実験に成功を収める。こうして惑星を救ったスティーヴは、晴れて惑星の長老たちからセレスタとの結婚を許されるのだった。

by ssm2438 | 2008-12-21 09:02
2008年 12月 10日

タイム・アフター・タイム(1979) ☆☆☆

f0009381_8535663.jpg監督:ニコラス・メイヤー
脚本:ニコラス・メイヤー
    スティーヴ・ヘイズ
撮影:ポール・ローマン
音楽:ミクロス・ローザ

出演:マルコム・マクダウェル
    デヴィッド・ワーナー
    メアリー・スティーンバージェン

        *        *        *

1980年のアヴォリアッツでグランプリと黄金のアンテナ賞をとった作品。当時アヴォリアッツでグランプリとるってことは庶民の間では激しく楽しくうけいれられた作品ということを意味していた。他の映画祭では映画評論家が由緒ある映画を選ぶっという感じがあったが、このアヴォリアッツではもっと若い感覚できちんと楽しめるファンタジック映画を選んでいた。受賞作品には『ターミネーター』『マッドマックス2』などがあり、その時代のB級映画(こういっては失礼だろうが)の頂点を選ぶのが特徴だった。この映画祭が終了してしまったのは悲しいことだ。

そしてこの映画、びっくりすることにマルコム・マクダウェルが<善いもの>役で出ている。そして最後まで<善いもの>でとおしている。信じられん。彼やアンソニー・パーキンスケビン・ベーコンは、出てきたらそれだけで怪しいって思ってしまうのに・・(苦笑)。そしてこの映画をきっかけに彼と結婚したメアリー・スティーンバージェン。めずらしく私の好きな女優さんである。あのぽわあわあわあ~~~~んとした感じがとていい。

主人公はSF小説『タイム・マシン』を発表する以前のH・G・ウェルズ(マルコム・マクダウェル)。彼は、未来の社会は社会主義のユートピアが実現すると信じていた。一方その時代のロンデンでは切り裂きジャックが夜の街を恐怖に陥れていた。そしてまた一人、霧の夜に犠牲者が出た。ものものしい雰囲気の中警察が付近の家々を調査してまわっている。H・G・ウェルズは彼の友人らと座談会を開いていたが、外科医のジョン・スチーブンソン(デイヴィッド・ワーナー)は遅れてやってきた。全員がそろったところで、ウェルズはみんなを地下室へ案内し彼が発明したタイムマシンを見せる。そうしていると玄関を叩く音。警察が巡回にきた。室内をひととおり見て回るが不振な人物は見当たらない。彼らは引き上げていくが・・、ふと気付くと外科医のスチーブンソンとタイムマシンがなくなっている。犯罪史上最も有名な猟奇連続殺人犯“切り裂きジャック”が時をこえ逃亡したのだ。幸いタイムマシンはもと来た場所にもどってくる仕掛けになっていた。責任を感じたウェルズはジャックを追って“未来”へ行くが、そこは“現代”のサンフランシスコだった。
19世紀からきたウェルズにしてみれば見るものすべてが新鮮。社会主義だと思っていた未来の世界はばりばりの資本主義。銀行へ行きもってきた現金は大した額にはならなかったが、人当たりのいい銀行員エミイ(メアリー・スティーバーゲン)に出会うことになる。貴金属はそこそこの値段で売れた。そしてスチーブンソンを探し出す。「ロンドンでの俺は重犯罪者だったが、ここではチンピラだ。みろ、毎日毎日殺人のニュースばっかりだ」とテレビや新聞をみせるスチーブンソン。

その後いろいろあるのだが、最後はなんだかなあ・・・犯人に屈服して終わるってのが実に後味がよくない。結果的には彼を時の彼方に葬るのだが、そのまえの展開はちょっといただけないかな。そうはいってもトー辰で見れば実に楽しいタイムスリップものだった。

by ssm2438 | 2008-12-10 08:49
2008年 11月 10日

幸せのルールはママが教えてくれた(2007) ☆☆☆

f0009381_1154372.jpg監督:ゲイリー・マーシャル
脚本:マーク・アンドラス
撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ
音楽:ジョン・デブニー

出演:
ジェーン・フォンダ (祖母・ジョージア)
リンジー・ローハン (娘・レイチェル)
フェリシティ・ハフマン (母・リリー)

        *        *        *

『プリティ・ウーマン』『恋のためらい/フランキーとジョニー』などのゲイリー・マーシャルが監督したこの作品、意外と掘り出し物でした。女性のメンタルを描いハートフルな映画がおおいゲイリー・マーシャルだが、今回は3世代にわかる娘・母・祖母の話。もっとも本人・娘・孫の話ともいえるが・・(このほうが正解かもしれない)。面白かった。ゲイリー・マーシャルなので超名作はないだろうが、困らない程度にいつも楽しませてくれるのでそこは安心してみられる。
実はリンジー・ローハン映画では初めてみたのだが、なかなか可愛い。こりゃ人気出るわって思ったよ。公私共になにかとおさわがせな彼女ですが、愛される魅力はある人なのでこのキャラクターをキープしつづけてほしいものです。劇中ではモルモン教徒がおおいアイダホの田舎町にやってきた都会の問題児リンジー・ローハンが、現地の風土のなかで、強引に自分の価値観を提示していく。コンサバティブで奥ゆかしさを大事にする風土の中で、リンジー・ローハンの常に直球勝負の開けっぴろげな性格は、最初反感をかうが、徐々にそこに住む人たちと融合していく。

原題は『ジョージア・ルール』、ゆえに「幸せのルールはママが教えてくれた」というのは若干ニュアンスの違いをもたらすかもしれない。確かに母リリーのたちがから言えば、このタイトルでいいのだけど、で、その解釈も十分できるのだけど、やっぱり視点はリンジー・ローハンにあるので、「幸せのルールはグランマーが教えてくれた」のほうが正解かも。ただ、これだとながったらしいのでそのまま『ジョージア・ルール』でよかったのにっておもうのだけど・・・。

f0009381_11542131.jpg<あらすじ>
なにかと問題を抱えるレイチェル(リンジー・ローハン)は、アイダホの祖母・ジョージア(ジェーン・フォンダ)の家にあずけられる。麻薬やヒラリー・ダフとの恋人争奪戦など、現実のイベントをそのままもってきたようなレイチェルだが、実は12歳になると父親にセックスを求めたれたことが発覚してくる。そのじじつをしってアイダホにかけつけてくる母のリリー(フェリシティ・ハフマン)。散々嘘をつきまくっていたレイチェルだが、今度ばかりは真実味があり、リリーも壮絶なショックをうけ酒びたりになってしまう。自分の旦那の浮気相手が実の娘だなんて・・、そんな事実は信じたくないリリーのもとに旦那が弁明にやってきて「レイチェルが嘘をついているんだ」と説き伏せる。
リリーはレイチェルに、誰を信じればいいのか分らないが、自分が信じたいのは、「夫は娘とはセックスしていない」ということなので、そう認識することにする・・と切実な想いを告白。リリーの胸のうちをさっしたレイチェルも、「そう私が嘘をついたの」と母を安心させてあげる。このへんのくだりは実にレイチェルが素敵に見えてしまった。
最終的には旦那の嘘を見抜いたリリーが旦那を捨てて、親子3代でアイダホで暮らすことになる。ただ、捨て台詞として旦那が言った「最初に誘ったのはレイチェルのほうだ」といった言葉もあながち全否定できない臭いも若干残してはいた(苦笑)。さすがリンジー・ローハン

映画の中ではサイドストーリーだが、リンジー・ローハンとその男友達とのやりとりがおかしい。ボートでつりにでたリンジー・ローハンだがつまらない。彼はモルモン教徒で子供の頃からのいいなずけの彼女がいて、婚前交渉が禁じられている彼はまだバージンだとか。そのことを知ると、からかいがてら、および親切心から「みせてあげる」とパンティを脱いで足をひらき、「触ってもいいわよ」と促す。びびってる彼は「もう帰ったほうがいい」とおどおど、そんな彼のまえにしゃがみこんでジッパーをさげて「今度は私がしてあげる」と股間に顔をうずめていリンジー・ローハン。
翌日、ジョージア宅に彼がおしかけ「フィアンセにはうすはつけない、事実を話して許してもらう」とリンジー・ローハンをつれだす。あまりのバカ正直さにあきれるリンジー・ローハン、「じゃあキスをしたということにしない」と話をまとめる。
彼女にあってことのしだいを説明しようする彼氏だが、リンジー・ローハンが「私たちキスしたの。でも恋愛関係でもないし、もうしないわ」と速攻状況説明。「キスはしたけど口にじゃないところに」とさらに補足説明。またくそまじめな彼が嘘がつけず「フェラしてもらった」と暴露・・結局ひっぱたかれて終わり・・。
その後、なにかと彼女の女友達4人(彼女らもモルモン教徒)が彼やリンジー・ローハンを尾行したり、カフェで休んでいるリンジー・ローハンをみかけると「あばずれおんな」と叫んだり、トイレットペーパーなげつけられたりと・・姑息な嫌がらせ。でも、その嫌がらせもけっこう子供じみてて楽しい。ついにきれたリンジー・ローハンが「私たちはなんの関係もないんだから、あんたたちもいちいち尾行する必要ないの!トイレットペーパー投げつけるのも禁止。もし分ってもらえないなら、あんたたちの彼氏、全部寝取るからね!」とすごむ。
なかなかリンジー・ローハン節の炸裂した痛快な映画でした。

by ssm2438 | 2008-11-10 12:06
2008年 11月 07日

エージェント・コーディ(2003) ☆☆☆

f0009381_17113395.jpg監督:ハラルド・ズワルト
製作総指揮:マドンナ
脚本:アシュリー・エドワード・ミラー
    ザック・ステンツ
    スコット・アレクサンダー
    ラリー・カラゼウスキー
撮影:デニス・クロッサン
音楽:ジョン・パウエル
    ジェームズ・マッキー・スミス
    ジョン・アシュトン・トーマス

出演:フランキー・ムニッズ
    ヒラリー・ダフ
    アンジー・ハーモン

     *     *     *

いやあ、実に楽しい映画だ。たまたまケーブルでやってるのをみて、ついつい最後までみてしまい先ほど、コンビにでDVDが出てるのをみつけて買ってしまった(苦笑)。たまには哲学しないでさらりとみられるお手軽な映画もいいもんだ。そして、そんな映画で作り手のこだわりがちらっと見えたりなんかしたらその魅力にとらわれてまう。

この映画、出てる人はそれほどメジャーな役者さんではないんだ。主人公のフランキー・ムニッズも最近売れてきたそうだけど、日本ではほとんど知る人はいない。私も全然しりもしらなかった。この映画のスタッフロールで知ってる人といったらマドンナくらい。
そう、あのマドンナである。なんとこの映画、製作はマドンナなのだ。
でも、いろいろあったのではないかと想像してしまう。上記にリストには「他」ですませてしまったが、担当した脚本家は5人、音楽の3人 名前があがっていた。よほどばたついたのは、誰かが誰かをおこらせて、何度もスタッフが降りたのか、そのへんの事情はわからないが、そのわりには実に楽しくまとまっているのである。
そしてこの映画、さりげなく続編がつくられた。
ま、実際最初のこの作品はさりげなく面白いのである。ただ‥‥、続編はひどかった。

この作品が良すぎて、勢い込んで近くのレンタル屋で借りてみたらもうひどい。ここまでのりが悪い映画があるのか??とうたがいたくなるくらい、ギャグのセンスが悪いのとカッティングのセンスがないのと、まあ、これだけ、下手なスタッフが作ったら同じキャストで全然つまらなくなるんだっていういい見本になってしまった。
もし、興味のある人がいちど見てみて欲しい。ほんと続編は面白くない。。何が面白くないのかわからないけど、面白くない。一見シナリオも、セットも、芝居もまともそうなのだけど、どうにも面白くない。これは期待のさせ方があまりにも下手なのだと思う。

物語が面白いか否かって問題は、実は期待のさせ方なのだ。これこそが演出の技なのだ。
『エヴァンゲリオン』のシンジ君が「動け、動け、動け、動け、ここで動かなきゃ意味ないんだよ、動け、動け、動け、動け!」ってやってると、見てる人も“そ~~ら、そ~~~ら、そ~~~~ら、くるぞ~~、くるぞ~~~くるぞ~~~~”って期待してしまうのである。すごく見てる側がこれからおこる事に期待させられているのである。
ところが、これが下手な演出にかかると、期待させないまま、ただただイベントだけが進行する。なんだかばたばた画面のなかではしてて、面白いはずなのだけど、何やってるのか全然判らない。いや、判る。判るけど、なんだか面白くない‥‥、そんな演出に出会った事もなんどかあるだろう。先頃では『トランスフォーマーズ』が実にそうだった。
この映画も画面のなかではやたらとこったCGが動き回るのだけど、見てる人がどう期待していいのかわらない。どうなったらこのシーンが終わるのかわからないまま、ただ、だらだらと運動量のおおい画面がつづくのである。
これが『ゾンビ』なら頭を銃で撃つか、クビを斬るかすれば行動は止まるのである。それがあるから、人々は追いつめられた主人公たちにも希望を持ちつづけることができる。きっとこのシーンもなんとかしてきりにけられるんだろうなあって。それが、もし、どんなことをしても動きが止まらないゾンビがいたらどうだろう。延々にそのシーンがつづくのである。『トランスフォーマーズ』はじつにそうんな感じ。まこれは監督マイケル・ベイの演出としての力のなさが原因なのだけど。
『 エージェント・コーディ ミッション in LONDON 』がいかにつまらないかというのは、実はこのあたりが原因なのだとおもわれる。あるいは、実際なにが起きるのか期待はさせられているのだが、それがあまりにチープという部分もある。

その『トランスフォーマーズ』の製作はスティーブン・スピルバーグだが、彼は期待させるのはすっごい上手い人だよね。『激突』『ジョーズ』『未知との遭遇』‥‥彼の監督作品スタイルは、これでもか、これでもか、これでもかと期待と、それが起こらなかった時に安らぎ、恐怖の連打がとほうもなくすごい。。。 。

お話は‥‥、どうでもいいか(笑)。
ある悪の組織がある引きこもり博士をだまくらかせて、ナノロボットを作っている。見た目は腐食性の液体金属だが、それがナノサイズのロボットの集合体であり、なんで食べてしまうわけだ。これは大変だとエージョントをその組織に送り込むがことごとくやられてしまう。
その博士が唯一外界と接点をもっているのがハイスクールに通っている娘。彼女に近づく事が、博士へのアプローチの近道であると考えたCIAが同じハイスクールのエージェント、コーディ・バンクスを送り込む。

ここで演出されるのがウルトラマン=ごんぎつね=水戸黄門・メンタリティ
“おれは地球のために世を忍んでたたかってるのに、誰も築いてくれない、誰かきづいてくれないかな‥‥、いや、そんなことはあってはならない、でも誰に認められたいな”というあれである。このいじらしさがたまらない。
そして、コピーロボット・メンタリティも登場する。パーマンが活躍に出かける時、コピーロボットが主人公になりかわり本人の不在をごまかすのであるが、いつも宿題をさせられてぐれていたりする。それ相当の見返りを求めるのである。
この映画のなかではコーディの弟がその役目をしている。「おおおお、鼻こそ黒くないがコピーロボットじゃ,コピーロボットじゃ!!」と見ていてうれしくなってしまう(笑)。
そして基本はジェームス・ボンド。
おまけに年上の教師への愛(認めさせてやりたいぞメンタリティ)、もう男の子のあこがれてんこもりなのである。で、それがけっこうきちんとハイスクールベースで出来てたりするから面白い。。


予断だが、本家イギリスでは『アレックス・ライダー』という高校生で007映画をやった作品がある。この手の映画は本来ありえない設定なのである程度コメディ要素を入れるべきだと思うのだが、このイギリス版お子様ボンド映画はけっこうマジで取り組んでいるのでちょっと笑えない部分がある。

by ssm2438 | 2008-11-07 09:55