西澤 晋 の 映画日記

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2010年 05月 28日

イントゥ・ザ・ブルー (2005) ☆☆

f0009381_1105140.jpg監督:ジョン・ストックウェル
脚本:マット・ジョンソン
撮影:シェーン・ハールバット
水中撮影:ピーター・ズッカリーニ
音楽:ポール・ハスリンジャー

出演:
ポール・ウォーカー (ジャレッド)
ジェシカ・アルバ (サム)

        *        *        *

健康的なジェシカ・アルバの肢体を楽しむ映画。

内容的にはジャクリーヌ・ビセット『ディープ』とにたような映画。海洋トレジャーハンターものといいましょうか、難破船をみつけてもしかしたらお宝が・・っておもってたら近くにもうひとつ危険な飛行機がついらくしていて、そこにはヘロインがつみこまれていた。なのでその海域はヤクザな連中がいっぱいいる。そのなかで彼らはトレジャーハンティングにいそしむって話。

とにかくジェシカ・アルバのビキニ姿がまばゆい。それだけだといってもいい。しかし主に泳いでいるのは主人公の男性のほう。この人はやたらと肺活量があるのか水の中での長時間の撮影もへいきですもぐりしてしまう。物語はこの男のほうがリードして、観客はジェシカの体をみて楽しむという映画。
ただ、個人的な趣味で言わせてもらえるなら、ジェシカのビキニは上も下も青がよかったかな。

あと、やっぱりダイビングを映画にするのはけっこうむずかし。この映画にかんしていえば『ディープ』よりも海中でのイベントがわかりやすかったかなって思った。とにかく海中では台詞が仕えないので何がおこってるのか、それが危険なのか、大丈夫なのか、なかなか見ている人に伝わりづらいのだ。『ディープ』にしても『007/サンダーボルト作戦』にしても、やっぱり海中シーンでは台詞が仕えないので目の前のイベントだけで事の次第を理解してもらえ話ないといけないのだけど、それがなかなか緊張感をもって伝わらないというのが水中を舞台にした映画の難しいところだ。

<あらすじ>
バハマでサメのハンドラーとして働くガールフレンドのサム(ジェシカ・アルバ)、はダイビングのインストラクターのジャレッド・コール(ポール・ウォーカー)慎ましやかに幸せな日々をおくっていた。そんな二人をジャレッドの幼なじみでニューヨークで弁護士ブライス・ダン(スコット・カーン)が新しいGFのアマンダ(アシュレー・スコット)と一緒に訪れる。
ダイビングに出かけた4人は、カリブの海の底で沈没船のかけらを見つける。4人は、この沈没船が何百万ドルもの金塊を積んだと噂される“伝説の難破船・ゼフィア号であることを確信した。しかしゼフィア号のすぐそばに、大量の麻薬を積んだ密輸飛行機が墜落していたのだった。
ジャレッドとサムは麻薬には興味がなかったが、このことを警察に届け出れば麻薬捜査のためせっかく見つけた宝の船を引き揚げるチャンスを逃してしまう。さらにアマンダにそそのかされたブライスは、2人で夜中にこっそり麻薬の1つを盗み出してしまう。しかもそれを転売しようとした先が、なんと墜落した密輸業者の取引相手だったのだ。
黙ってダイビングだけしてればいいのに、そんなこんなで4人は危険な状況におちいっていく。

by ssm2438 | 2010-05-28 01:15
2010年 05月 08日

スタンド・バイ・ミー(1986) ☆☆☆☆

f0009381_1050244.jpg監督:ロブ・ライナー
原作:スティーヴン・キング
脚本:レイノルド・ギデオン/ブルース・A・エヴァンス
撮影:トーマス・デル・ルース
音楽:ジャック・ニッチェ

出演:
ウィル・ウィートン (ゴーディ)
リヴァー・フェニックス (クリス)
コリー・フェルドマン (テディ)
ジェリー・オコンネル (バーン)
キーファー・サザーランド (エース)
リチャード・ドレイファス (大人のコーディ)

        *        *        *

少年時代を思い出させてくれる映画。

原作はスティーブン・キングの自伝的小説。モダンホラー作家として有名なのスティーブン・キングだが語り口は絶妙に上手い。なにもないようなイベントの中に何かがあるように書いてしまう。その存在感がスゴイ。それは人それぞれの心の中にある少年時代に体験した悔しさがいっぱい詰まっているからだろう。
もちろん他の想いもあるのは当然のことだが、なにより心から消えないのは悔しさだろう。そして、少年時代の友達を永遠に忘れられないのは、その悔しさを見せ合った仲だからなのだろう。子供時代にはかなりみっともないことを一杯しているし、そしてそれを共有していた友達がいる。彼らの前では、「みっともない自分」を既に知られているからなのだろう。もちろん、そのなかには笑い話にならないところもあるし、総てが知られているわけでもないけど・・。それでもプライドを誇示しなければならないことはない。意地をはりつづける必要もない。だからあの時代の友達というのはいつになっても、心のどこかに存在しているのだろう。

鹿がでてくるシーンがあるのだが、あれが実に良い。どんなに心をわって話せる相手にも、なんだか話したくないものがある。これを書いてて思い出した。小学校の時に好きだった4つ年上の女の人がいた。学校の掃除の時間は、学年から一人づつの6人一組になって掃除の班が構成されるのだが、そのとき彼女と一緒の掃除の班になれたときは至福の時間だった(笑)。休み時間で遊んでいるとき、ドッチボールで彼女と同じ側のチームになれるとこれまた幸せだった。彼女の卒業式の日も時間の合間に校庭でドッチボールをやっていた彼女をまだ覚えている。いつもは体操着だったのだが、その日は正装でスカートをはいていた。その時ちらりと彼女のパンツが見えた。あれは幸せな瞬間だった。きっとゴーディが誰ともシェアしたくなかった野生の鹿とであった瞬間は、あんな感じだったのだろう。でも鹿をみたゴーディよりも、彼女のパンツをみられた私のほうがなるかに幸せだったと思っている(笑)

監督は『恋人たちの予感』ロブ・ライナー。みずみずしい演出が素晴らしい。この人のハートウォーミング系の映画はどれも懐かしいまでに心和むものがおおい。撮影は『ブレックファスト・クラブ』トーマス・デル・ルース。彼の仕事のなかではこの『スタンド・バイ・ミー』が一番好きだ。
脚本のレイノルド・ギデオンブルース・A・エヴァンスは、実はいつも二人で一緒に仕事をしている。もしかしたらホモだちかも・・。ま、それはどうか分らないが、彼らの作品はけっこう好きだ。『スターマン/愛・宇宙はるかに』も彼らの仕事だ。

<あらすじ>
作家ゴーディ・ラチャンスは、小学校時代の友人で、今は弁護士となったクリス・チャンバースが殺された新聞記事をみつけ、彼を回顧するところから物語りは始まる。

オレゴン州キャッスルロックは人口1200あまりの小さな町。12歳にして文才のあったゴーディ(ウィル・ウィートン)は感受性豊かな少年だった。しかし彼の兄が事故で死んで依頼、両親はショックで、ゴーディを邪険には邪険に接していた。
そんなゴーディにはいつも一緒の仲間がいた。リーダー格のクリス(リヴァー・フェニックス)は、アル中の父、グレた兄という家庭環境にあり、周りも彼を厄介者だときめつけていた。大きなメガネをかけたテディ(コリー・フェルドマン)の父は精神を病んでいた。そんなところに、ちょっとスローなバーン(ジェリー・オコネル)が、エース(キーファー・サザーランド)をボスとする不良グループの会話を盗み聞きして、ある情報を持ってきた。ここ数日、行方不明になっている少年が、30キロ先の森の奥で列車にはねられ、その死体が野ざらしになっているというのだ。その少年の死体を発見するための、彼らは片道30キロの冒険旅行に出てる。

by ssm2438 | 2010-05-08 10:50
2010年 05月 01日

ビッグ・ウェンズデー(1978) ☆☆☆☆

f0009381_23581597.jpg監督:ジョン・ミリアス
脚本:ジョン・ミリアス/デニス・アーバーグ
撮影:ブルース・サーティース
音楽:ベイジル・ポールドゥリス

出演:
ジャン=マイケル・ヴィンセント (マット)
ウィリアム・カット (ジャック)
ゲイリー・ビューシイ (リロイ)
リー・パーセル (マットの妻になるペギー)
パティ・ダーバンヴィル (ジャックを捨てたサリー)

        *        *        *

ブルース・サーティースの画面必見! なんだこの哀愁は!!

はっきりいって前半部はかなりたるい。しかし、ウィリアム・カットが帰ってきてから最後に3人で伝説の大波に挑むところは燃える燃える。別にフサーフィンをするわけではないが、この映画は愛してしまう。

多分今となってはサーフィンシーンだけならこれ以上の映画はざらにあると思う。しかし、あの大波が昔の友人達をあの場所に集めたことがやっぱり素敵なのだと思う。未来はどんなにでも展開すると思っていて、バカ騒ぎができた若かりし頃。しかし現実という逃げられない袋小路が彼らを飲み込んでいく。決して思い通りになったとはいえない彼らの人生。そしてほとんど会う事もなくなっていた3人。それがあの波のおかげでまた再会する。歳をとると、会うだけでも言い訳が必要になってくる。でもそれをしなかったら永遠に合えないままで終わる可能性のほうが大きいかもしれない。だから人は同窓会をやりたがるのだろうな。この同窓会は素敵だった。

喜びも悲しみもひとそれぞれ、それは分かち合えないものがほとんどだろう。それは一人一人が自分の胸に溜め込んで墓場まで持っていかなければならないものがある。でも、そんなことを度外視して一緒にいたい仲間がいる。つねに心のどこかに「あいつ」がいる。利害を分かち合わないけど、いつも忘れられない、常に心のどこかにいるあの男たち。おおおおおおおおおおおおおおお、男の友情ってそういうものだろう。

<あらすじ>
まだベツナム戦争が始まっていない1960年代初め。カリフォルニアのボイント岬で最高のサーファーといわれるマット(ジャン=マイケル・ビンセント)、はいつもジャック(ウィリアム・カット)とリロイ(ゲイリー・ビジー) でサーフィンを楽しんでいた。夜になるといつもどこかの家でホームパーティでばか騒ぎ。べろんべろんになって夜を明かしたあとも、海へでると見違えるように波間をすべっていく。そんな彼らの姿を海辺の人々は憧れとしてとらえていた。
そんな彼らの夢は水曜日にやって来るという世界最大の波ビッグ・ウェンズデーに挑戦することだつた。しかしビッグ・ウェンズデーは来ることはなかった。
メキシコ旅行の時に知り合ったペギー(リー・バーセル)とサリー(パティ・ダーバンビル)は、それぞれマットとジャックと付き合い始める。やがてマギーには子供ができてマットはマギーは結婚する。
1960年代も半ば、彼らにもベトナム戦争がはじまり彼らのもとに懲兵令状がきた。マットやリロイがなんくせつけて懲兵を免れようとしている中で、優等生のジャックは懲兵検査を受けた。ジャックの歓送会は盛大に行なわれ、恋人のサリーも泣いた。翌朝早く、独り波にのるジャックは戦争へととびだっていく。

f0009381_23231664.jpg60年代の終りに、ジャックが生きて帰って来た。しかし、そんなジャックをサリーは待っていなかった。すでに結婚していた彼女を訪ねていったジャックは、彼女の旦那に追い返されてしまう。一方マットの栄光は既にわすれさられ、人々は新しいヒーローに喝采をあげていた。3人は会うこともなくなり、マットは普通の家庭人となっていた。そんなある日、海がうねり始める。ずっと彼らをみまもっていたサーフボードをつくっていたオヤジが「明日はあれが来る」とマットに伝える。そしてマットは彼からロングボードを与えられた。そして翌日その大波がきた。命知らずのサーファーたちがその波に挑みことごとく振り落とされていく。上空には沿岸警備隊のヘリが海に入らないよう拡声器でどなっている。
今は独りになってしまったマットは、それでもボードを抱えて浜におりていった。するとそこにはリロイとジャックがまっていた。3人がそろって海に向かう。

by ssm2438 | 2010-05-01 23:04
2010年 04月 16日

黄昏(1981) ☆☆☆☆

f0009381_10431.jpg監督:マーク・ライデル
脚本:アーネスト・トンプソン
撮影:ビリー・ウィリアムズ
音楽:デイヴ・グルーシン

出演:
ヘンリー・フォンダ (ノーマン)
キャサリン・ヘプバーン (イーセル)
ジェーン・フォンダ (娘・チェルシー)

        *        *        *

死を感じるようになった親とその子どもとのコミュニケーション。

これはドラマの中だけでなく、長年父ヘンリー・フォンダと仲たがいをしていた娘ジェーン・フォンダの心の再構築にもなった作品。といっても、世間でいわれているほど、それが出たかどうかは疑問だが。しかし、「それも父親の人生だったんだな」と彼女にしてみれば思えたのかもしれない。

ヘンリー・フォンダは生涯で5度結婚している。最初の妻のマーガレット・サラヴァンとは1931年に結婚するも1933年に離婚。1936年にニューヨーク社交界の大物シーモア家の娘で弁護士のフランシス・シーモア・ブロカウと結婚し、ジェーンとピーターの二人の子供をもうける。しかし精神病を患ったフランシスは1950年に自殺。フォンダは子供達を動揺させないために母親は心臓発作で死んだと教えたという。その後も結婚と離婚を繰り返すようになるヘンリーにだったが、母親の死の真相を知った二人の子供たちと父親の関係は次第に悪化。そんな父に反発をしてフランスに渡ったジェーン・フォンダロジェ・ヴァディムとの結婚、しかしそれを父に知らせないままだったとか。弟のピーター・フォンダも父を憎悪しながらも同じ俳優になるわけだが、ハリウッドに反発し、ドラッグやバイクにのめり込み、『イージーライダー』みたいな映画をとってしまったわけだ。
そんなヘンリー・フォンダのバックボーンを知ってしまっているがゆえに、この映画のなかで展開される父と娘の心の再構築のドラマは、なぜかこころにしみてしまう。

原題は『オン・ザ・ゴールデン・ポンド』、原作のアーネスト・トンプソン自身が脚本も書いている。監督のマーク・ライデルは後にトム・ハンクスサリー・フィールドのスタンダップ・コメディアン映画『パンチライン』を撮っている。これも私の好きな映画だ。

そしてこの映画は湖畔の描写がとても美しい。撮影監督のビリー・ウィリアムズは、1981年のアカデミー撮影賞にノミネートはされたが、残念ながら『レッズ』にもっていかれてしまった。しかし翌年の『ガンジー』でみおとアカデミー撮影賞ゲット! しかし、これはなんか・・、本来『黄昏』であげておくべきところを、別の作品にあげてしまったアカデミーのメンバーが、その功績をたたえて、『ガンジー』であげたようなきがした。
ときどきそんなことあるよね。『ガンジー』のおかげでアカデミー賞をもっていかれてしまった『評決』ポール・ニューマンが次の作品『ハスラー2』でアカデミー賞とったり・・。あれも、本とは『評決』で主演男優賞をあげるべきだったとおもうのだけど・・。

<あらすじ>
もうすぐ80歳をむかえるノーマン・セイヤー(ヘンリー・フォンダ)は、妻とイーセル(キャサリン・へッブバーン)と共に「ゴールデン・ポンド」と呼ばれる湖のほとりの別荘にやってくる。夏の間がその別荘で過ごすのが彼らの習慣だった。ノーマンは心臓が悪く、物忘れもひどくなっており、なおかついこじであり、死への恐怖は増すばかりだった。そんななにかと手のかかるノーマンをイーセルはおだやかな愛情をもって支えていた。
そんな二人のもとを、ひとり娘チェルシー(ジェーン・フォンダ)が、孫のビリーと新しいボーイフレンドのビルを伴ってやってきた。離婚経験があるチェルシーは、母のイーセルとは素直に接することができるが、父ノーマンとは相変わらずかみ合わない。新しい恋人のビルにまで皮肉を言うノーマンを許せないチェルシー。チェルシーがビリーをあずけ、ビルと共にヨーロッパへと旅立った。
独り残されたビリーだが、最初は付き合いづらいと思っていたノーマンと心を通わせていく。一方、ブリュッセルでビルとの結婚式を済ませて帰ってきたチェルシーは、息子のビリーと父ノーマンがすっかり仲良くなっているのにびっくり。ノーマンに関しては毒説をはくチェルシーだが、イーセルは「彼は私が愛した人よ。なのにあなたは彼の愛情深い人柄をまだわからないの」と語る。
「普通の父と娘のような関係になりたい。パパと仲良くなりたい」と願うチェルシーは勇気を奮い立たせ、父を接することに挑んでいくのだった。

こじれた関係を修復していくには、その一歩を踏み出す勇気が必要だ!

by ssm2438 | 2010-04-16 01:00
2010年 04月 01日

くもとちゅうりっぷ(1942) ☆☆☆☆☆

f0009381_8551779.jpg演出:正岡憲三
脚色:正岡憲三
原作:横山美智子
動画:桑田良太郎/熊川正雄
撮影:政岡憲三
作曲:弘田龍太郎

        *        *        *

80年代のどこかで戦中のアニメがでてきたというのでニュースになり、それが一般ロードショーされた。それが『桃太郎 海の神兵』とこの『くもとちゅうりっぷ』だ。ほんとは『桃太郎 海の神兵』をみたさに劇場に足を運んだのだが感動されられたのはこっちのほうだった。

戦中につくられた映画だが、こちらは戦意高揚映画ではなく、普通の短編アニメーション映画。16分くらいである。内容は、童謡にあわせて絵をうごかしているだけ。
てんとう虫のお嬢ちゃんがクモに狙われ逃げていると、チューリップさんが花びらの中に入れて助けてくれる。しかしそのチューリップさんをクモさんはぐるぐるまきにしばってしまい、でられなくする。そうしていると風が強くなり、雨が降り始める。森の木々はなびき、折れるものもある。クモの巣も雨と風に半壊してしまい、クモさんもとばされてしまう。雨がやみ、太陽があらわれるとクモの巣についた水玉が美しくかがやいている。

前半ははっきりいってたるいのだけど、雨がふってきてからは怒涛の迫力。水面におちる雨の描写とか、風になびく枝、そしてそれが折れるところのリアルさ。今これだけのリアリティを描き出せる本物のアニメーターが何人いるのだろうか? 自然物を動かすのが好きな私としては、この後半はとりはだもので感動してしまいました。

by ssm2438 | 2010-04-01 08:55
2010年 01月 24日

フレンズ ポール&ミシェル(1970) ☆☆☆

f0009381_3595172.jpg監督:ルイス・ギルバート
脚本:ヴァーノン・ハリス/ジャック・ラッセル
撮影:アンドレア・ウィンディング
音楽:エルトン・ジョン

出演:
ショーン・バリー (ポール)
アニセー・アルビナ (ミシェル)

        *        *        *

『小さな恋のメロディ』より先につくられたティーンエイジの青春同棲ラブロマンス映画。私のこころのふるさとです。この映画、はじめてみたのは水曜ロードショーで、アニセー・アルビナ一目見たときから我が青春のディーバになりました。当時小説など買うことのない私でしたが、この小説は買いましたし、近代映画社さんが販売していた映画写真(B4サイズくらいの白黒の写真で20枚はいったいた)。なので当時の表記であえて「アルヴィナ」ではなく当時の「アルビナ」の表記にしてます。

映画自体はさほどたいしたことはないと思います(あまり冷静な判断が出来ない)。でもそんなことは関係なくて、私の青春の大事な大事な映画。好きな女の子と下世話な大人社会をはなれて、ふたりだけで生活ができるというすばらしさ。おまけにセックスもして子供までできちゃう。ほんとに夢の世界の映画でした。もしアンナ経験ができたら、それがどう終わろうとも人生の宝物ですよ。

<あらすじ>
父を失った14歳のミシェル(アニセー・アルビナ)は、従姉妹のアニーをたよってパリへ来る。しかしアニーは狭いアパートで男と同棲していてた。彼はミシェルの存在をうっとおしいと思いながらも、着替えをする彼女を覗きみたりする。
15歳になるポール(ショーン・バリー)の父は実業家である。裕福な家庭だが、父の後妻にくる女性と、連れ子が気に入らず、うちの中では居心地が悪い。そんな二人が初めて出会ったのは動物園だった。お互い家に居たくないもの同士のなにかがさりげなく通じ合っ。た。
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次のデートの日、父の車を無断借用してきたポールは、ミシェルを乗せて郊外にドライブに出かけるが、車を池に落っことしてしまう。お金もあまりない、帰りの手段もない、服も濡れている・・、仕方なく二人は田園のワラを崩してベットにし一晩を明かす。
ミシェルはアニーのところには戻りたくないといい、アルル地方カマルグに父のアトリエ小屋に行くという。彼女は父と夏の間そのアトリエ小屋ですごしたことがあったのだ。家に帰りたくないのはポールも一緒にで一緒に行くことにする。さりげなくその言葉を期待していたミシェルは嬉しく思った。
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ポールとミシェルは、アルルの大自然にかこまれて、二人だけの生活をはじめる。薪を割ってといわれても斧など使ったことのないポール、ミシェルが手本を示すとびっくり。それでもなんとか薪を割った。そしてその薪で沸かす湯。自分で沸かした湯をバスタブにいれて初めて入る風呂。「先にどうぞ」と言われてパンツをぬごうとするが、ミシェルの目線がきになるポール。なにかしら頼み物をしてミシェルが場をはずしている隙にささをパンツをぬいでバスタブにはいる。そんなポールの背中をながしてあげるミシェル。
今度はミシェルの番。幸せそうに服を脱ぐミシェルをみているポール。ああ、なんとし合わせな瞬間だろう。残念ながら同じように頼みごとをされてその場を追い出されるのだがそれでもちゃっかりみているポール。おおおおお、またまたなんという幸せだろう。そしてこんどはミシェルのせなかを流してやるポール。スポンジでやさしくミシェルの背中を洗っているが、その手は徐々に横に移動し、そして胸のあたりまで侵入してしまう。おおおおおおおおおおおおお、なんという幸せだろう。
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まるで夢見心地の最初の数日が過ぎたが、生活するにはお金が必要だ。ポールは食糧を得るために、働きに出るようになるが、怪しい15歳の男をやとってくれることはなかなかない。ひもじい生活がつづく。つりをしても要領の悪いポールにはつれない。帰り道で漁師が落としていった魚を3匹みるけてそれを持ち帰る。食卓につくとポールのさらには2匹の魚、ミシェルには1匹。それだけの食事。自分の2匹目の魚を半分にしてミシェルのさらにうつすポール。おおおおおおおおおおおおおおおおおお、なんという幸せだろう。どんな不幸もすべて幸せにみえてしまう。
その晩、ミシェルはポールに言う、「ねえ、こっちにきて私を食べて」。
「・・?」のポール。
「だっておなか空いてるんでしょ、だったら私を食べて」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、なんという幸せだろう。その晩はじめてセックスをするポールとミシェル。でもポール緊張しすぎで不発。
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しかしあんまり不幸が続きすぎるとさすがに根性なしのポールは「こんなところに来るんじゃなかった」と逃げ帰ろうとする。とめないミシェル。でも、やっぱり仲良くなる二人。そんなこんなでなんとか仕事もみつけ、妊娠、二人だけで出産。
ポールとミシェルは幸せだった。しかし、ポールの父は息子の捜索願いを出しており、警察がようやくポールの仕事場を見つけ、その朝、彼らは仕事場で待ち構えている。その朝いつものように手を振り仕事にでるポール。白い小屋の前ではシルビー(赤ちゃんの名前)をだいたミシェルが幸せそうに手を振っている。
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by ssm2438 | 2010-01-24 03:16
2010年 01月 24日

小さな恋のメロディ(1971) ☆☆☆

f0009381_1381338.jpg監督:ワリス・フセイン
脚本:アラン・パーカー
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ザ・ビー・ジーズ

出演:
マーク・レスター (ダニエル)
トレイシー・ハイド (メロディ)
ジャック・ワイルド (トム)

        *        *        *

音楽はとってもいいです。
日本だけバカアタリした映画。当時の人にはとても懐かしく、大事に宝箱にしまっておきたい映画なのだろう。そういう私も確かに懐かしいが、公開当時はまだ小学生で、私がみたのは中学生になったときのリバイバル。そのころから映画雑誌を買うようになり、レーシー・ハイドマークレスタージャック・ワイルドはえらくもてはやされていたようですが、もう彼らももう公開から5年くらいはたっていて大学生くらいのなっていたと思う。

物語的には、大人が作った社会に純粋さで対決したような映画ではあるのだけど、いまみるとちょっとあまあま。対比するための大人たちもいまいち情けないし、たしかにああいう大人たちを見てると子供の心をもったまま新世界をめざしたい気になるのはわかるが・・、この物語が終わった後の3日後を想像するとかなり悲惨、1週間後には元に戻っているような気がする。
なんの用意もなしに、トロッコにのって大人の作った社会からの逃避行・・・というのは『卒業』と似ているかもしてないが、『卒業』の最後のふたりは笑っていない。そのあとくる厳しい未来をちゃんと知っている。

そうはいってもこの映画には独特のみずみずしさがある。二人で逃避行するまでの段階で、なんどかかさねるデート。それがなんとも不自然でとっても良いんだよね。
一応ダニエルはメロディのことが確かに好きなんだけどと思うけど、メロディのほうはそこまで感情がわいてきてないと思う。にもかかわらず、てさぐりでデートみたいなことをしている二人。恋愛というパッケージは知っているけれど、感情はそこまでついてこない。しかしその器をなんとか感情でうめようとしている、この不自然なような自然さがこの映画の最大の魅力だろう。
そして二人が仲良くなると同時に、しぜんと男の子同士の仲間内から、あるいは女の子同士の仲間内からさりげなく距離ができてしまう。「友情よりも女かよ」という感じのジャック・ワイルドが淋しげで切ない。子供のもつ残酷さもとりあえず描けている。しかし、正直な話、この映画のマーク・レスターはかなりのあまちゃんで、もうすこし回りの人に気を使えよって思ってしまう。

<あらすじ>
f0009381_1451643.jpg厳格な教育方針をとるパブリック・スクールに通う11歳の少年ダニエル・ラティマー(マーク・レスター)。彼は比較的裕福んば家のおぼっちゃん。そんな彼の親友トム・オーンショー(J・ワイルド)は、ガキ大将。そんな二人はある日、学校で女子生徒がバレエの練習をしているのをのぞき見してそのなかの一人、メロディ(トレーシー・ハイド)に心をときめかせる。メロディも友達からダニエルの恋心を知らされ、次第にダニエルの存在を意識するようになる。
二人の距離が近づくと同時にダニエルとトムの距離はすこしずつ希薄になってくる。それはきっとメロディと彼女のお友達との距離もそうだろう。そんな二人は他の生徒からもさりげなく孤立していく。学校を休んだ二人で海をみにいったりもする。翌日、学校で校長にお説教されるが、そこで二人は結婚すると宣言する。教室に戻ったダニエルをトムを筆頭としてクラスメートが、からかった。怒ったダニエルはトムととっくみあいの喧嘩になってしまう。
自分のとった態度に自己嫌悪のトムはダニエルにあやまる。そしてある日のこと、生徒たちは昼休みがおわっても教室には戻ってこなかった。校長が調べてみると、二人の結婚式だと言うのだ。先生や親たちはその式場となった線路下の廃墟へいってみると、トムが牧師の役で厳粛な式が行なわれていた。「先生たちがきたぞ!」という声に生徒たちは逃げ出す。トムはダニエルとメロディを手漕ぎのトロッコにのせて送り出す。二人ののったトロッコは黄金色した草原のなかを疾走していく。

by ssm2438 | 2010-01-24 01:38
2010年 01月 20日

WALKABOUT/美しき冒険旅行(1971) ☆☆☆

f0009381_2322189.jpg監督:ニコラス・ローグ
脚本:エドワード・ボンド
撮影:ニコラス・ローグ
音楽:ジョン・バリー

出演:
ジェニー・アガター (姉)
リュシアン・ジョン (弟)
デヴィッド・ガルピリル (アボリジニの少年)

        *        *        *

はじめの公開時のタイトルは『美しき冒険旅行』。私はリバイバルでみたので『WALKABOUT 美しき冒険旅行』のタイトルでした。
「ウォークァバウト」(原題)というのは、オーストラリアの原住民アボリジニにふるくから伝わる風習の一つで、男子が十六歳になると、文明のほとんどない原野で一年間独力で暮らしていかなければならない。その修行の放浪生活を「WALKABOUT」と呼ぶ。

この映画はジェニー・アガターだろう。『2300年未来への旅』で魅了されてしまった私は、彼女のほかの映画をみたくてしょうがなかったのだがなかなかおめにはかかれない。そんなとき子の映画は新宿高島屋のなかのミニシアターでリバイバルされるときいて見に行った。劇場でみる初ジェニー・アガター(当時16歳)はみずみずしてく素晴らしいのひとこと。私にとっては「彼女が出てるなら見る!」という数少ない女優さんのひとり。

監督のニコラス・ローグはもともと撮影監督だった人で、『華氏451』『アラビアのロレンス』などを撮っている。本作では広角レンズを使った画面をポイントポイントでけっこう使っている。しかしこの人の広角レンズは嫌味がなく美しいので、けっこう好きだ。反対に実相寺昭雄『曼陀羅』の広角レンズの画面などはみてて不愉快きわまりない。そういう意味では広角レンズの使い方の手本となるべき作品かもしれない。

<あらすじ>
父の車でオーストラリアの砂漠の奥地までつれてこられた14歳の少女(J・アガター)と六歳の息子(L・ジョン)。しかしそこで父は唐突に自殺してしまう。車も炎上し、途方に暮れた少女は弟を連れて砂漠をさまよった。そんな二人を助けたのが、アボリジニの少年(D・ガルピリル)。彼はアボリジニ男子が16歳になると、一人荒野で1年間サバイバル放浪をしなければいけない「ウォークァバウト」の最中だった。
警戒心のある姉をさしおいて、無邪気な弟は次第に彼と打ち解けるようになり、姉も警戒心を解いていった。彼らは一緒に狩りをし、泳ぎ、原始的な生活を楽しんだ。三人は砂漠を越え、小さな空家にたどりついた。三人はその家に住むようになり、男は食物を探すために表にでて、女の子は家を守った。ある日少女が、上着を洗濯していると、突然少年が現われ、彼は踊りだした。それは性欲をしめす踊りだった。少年は愛が受け入れられるまで飲まず食わずで踊り続ける。もし受け入れられなければ・・・。姉は許さなかった。その少年は死んだ。姉弟は無事人がいる町にたどりつき救助された。数年後、成長した少女は平凡な主婦として生活していた。しかし彼女の脳裏には、あのアボリジニの少年とすごし美しい日々が心のなかに焼きついていた。
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by ssm2438 | 2010-01-20 23:25
2010年 01月 16日

愛と哀しみの果て(1985) ☆☆

f0009381_0215619.jpg監督:シドニー・ポラック
脚本:カート・リュードック
撮影:デヴィッド・ワトキン
音楽:ジョン・バリー

出演:
メリル・ストリープ (カレン)
ロバート・レッドフォード (デニス)

        *        *        *

1985年のアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞など、7部門でオスカーをもっていった映画なのですが・・どうも私はぴんとこない。撮影賞と助演男優賞は上げてもいいと思うのだけど・・って思ったら、おおおお、同年のNY批評家協会賞ではまさにその撮影賞助演男優賞だけ上げてます。さっすがNY批評家協会賞。適切な判断ができている。
ただ、この年は不作の年で、アカデミー作品賞にノミネートされてる映画をみてもそのことが伺える。『愛と哀しみの果て』、『蜘蛛女のキス』、『女と男の名誉』、『刑事ジョン・ブック/目撃者』、『カラーパープル』。確かにこの中から選べというのは難しいはなし。NY批評家協会賞は『女と男の名誉』にあげていた。個人的な好みなら『刑事ジョン・ブック/目撃者』だが、これはあくまで私の趣味であって、アカデミー作品賞あたいするかといわれるとちょっとどうかなあ・・。該当なしでもよかったのに・・(苦笑)。

『愛と哀しみの果て』に関していえば、『追憶』の焼きまわしという感がある。シドニー・ポラックってこういう映画すきなんですかね。しぶとく生きる女性と、そんな女性に安らぎをあたえる男の構図。個人的にはメリル・ストリープが生理的に好きじゃないので、それだけで見る機がしなかった作品で、みてもただ長いだけで全然面白いとも思えなかった。アフリカを取った画面だけは美しいという印象。

by ssm2438 | 2010-01-16 12:17
2009年 11月 14日

天国の日々(1978) ☆☆☆☆

f0009381_4532367.jpg監督:テレンス・マリック
脚本:テレンス・マリック
撮影:ネストール・アルメンドロス
    ハスケル・ウェクスラー
美術:ジャック・フィスク
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:リチャード・ギア
    ブルック・アダムス
    サム・シェパード

        *        *        *

世間では巨匠とよばれるテレンス・マリック。個人的にはさほど面白くもなんともないと思う。この映画も本来☆☆でも十分なのだが、それにあまりあるネストール・アルメンドロスの画面がすごい。もうこれは神業だ。なのでさらに☆☆おまけ。

ネストール・アルメンドロスといえば、『天国の日々』マジックアワーのリンクが定番。彼はきわめて玄人好みのシネマトグラファーで、フィルターとかは使いたくない人。そんな彼がこだわるのがマジックアワーと呼ばれる、空はまだ夕方だが、大地は夕暮れという貴重な時間帯。20~30分あるかないかの時間帯なのだが、この映画はその時間をまって撮影された。画面をみるとこのシーンを撮るのに雄に30分はかかるだろうし、そのその準備を考えると1日に一カット(台詞のアップならもっといくだろうけど)くらいしかとれなかったのかもって思ってしまう。

ただし、ネストール・アルメンドロスが撮った作品は全部いいのかといえばそういうわえけではなく、この映画が特別なのは、やはりテレンス・マリックの映像センスがすばらしいのだと思う。それを彼が撮ることでこのようは壮大な映画にふさわしい画面になったということなのだろう。その証拠に『シン・レッド・ライン』ジョン・トールが撮影監督をつとめたのだが、あの映画もやはり映像派すばらしかった。
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by ssm2438 | 2009-11-14 03:56 | N・アルメンドロス(1930)