
監督:ジャック・リヴェット
脚本:ジャック・リヴェット
パスカル・ボニツェール
クリスティ・ローレン
撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー
音楽:イゴール・ストラヴィンスキー
出演:ミシェル・ピッコリ
エマニュエル・ベアール
ジェーン・バーキン
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この映画は、
オレノ・ド・バルザックの短編
『知られざる傑作』をベースにして作られている。
まず、モデルを前にして絵を描くということは、描き手にとってはプレッシャーのかかる作業である。自分が描いているものはモデルの人もあとで見るだろうし、そこで認められるかどうかという恐怖があり、それをねじ伏せても自己満足できるだけの魂の張りがなければなかなか描けないものだ。きわめてデリケートなのだ。
そして、出来る限り魂を内側を象徴するポーズを求めたい。指を伸ばす方向、腕をひねる方向、体のひねりも、屈伸も、すべてが筋肉の線として浮き上がる。しかしほしい絵はつねに一杯一杯の稼動限界の絵であったりする。その状態ではじめて筋肉は一杯に伸び、あるいは縮んでいることになる。しかし、稼動限界の位置でポーズを固定することはモデルにとってもかなりエネルギーを必要とする作業だ。射撃やビリヤード、弓道などの筋肉は動きを固定するために使われるが、同じような疲労感を感じる作業となる。
二人で絵を作っていくというのは、精神的にも体力的にもかなり大変な作業であり、どちらかが折れたらそれで終了する。あんたがやめない限り私はつづけるわよ!っていうカッコたる意思が必要になる。と同時にそれは成し遂げなければあんたはクズよ!という軽蔑を意味する無言の脅迫にもなる。納得するものが出来上がるまでには、お互いの意地の張り合いが延々と続く。そしてその間は納得するものが出来ないことを許さない精神状態に達している。
描く側にしてみれば、アバウトなイメージのなかから求める線を見つけ続けなければならない。もしかしたらそこにはないかもしれない。あるのならそのまま続ければいいが、ないのならポーズを変えなければいけない。それはモデルの今までのがんばりを無駄にすることになる。そのポーズをつづけてもプレッシャー、やめるのもプレシャー。生き地獄である。
これはその生き地獄を戦い抜いた画家とモデルの話である。この映画は渋谷の文化村で見たのだが、見終わったときの疲労感と満足感はとても気持ちがいいものだった。