西澤 晋 の 映画日記

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2008年 11月 04日

狼たちの午後(1975) ☆☆☆

狼たちの午後(1975) ☆☆☆_f0009381_9405080.jpg監督:シドニー・ルメット
脚本:フランク・ピアソン
撮影:ヴィクター・J・ケンパー

出演:アル・パチーノ、ジョン・カザール

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実際にあった銀行強盗事件を取材したライフ誌の記事をよみ、プロデューサーのマーティン・ブレグマンが映画化を決意、その記事を元にフランク・ピアソンが脚本を執筆を依頼した。ピアソンのシナリオは絶賛され、1975年のアカデミー脚本賞を取ことになる。アル・パチーノは、その犯人の風貌に似ていると言うことで起用された。

しかし、邦画のタイトルはかなり的外れ。原題は『Dog Day Afternoon』であるが、このドッグ・デイとは、日本語で「盛夏」を意味する言葉で、「うだるような暑さの午後」というような意味。多分映画のタイトルをつけたひとたちあ、この「野良犬たちの午後」では迫力がないので「狼たちの午後」にしたのだと思うが、実際この映画に登場する銀行強盗の二人はかなりしょぼい人間で、彼らを「狼」と称するのは狼に失礼だ。「うじ虫たちの午後」くらいがちょうどいいのでは・・。

監督はシドニー・ルメット。私の大好きな監督の一人なのだが、この映画はそれほど好きではない。二人の銀行強盗のダメ人間ブリがどうにも鼻につく。まさにアメリカン・ニューシネマの申し子みたいな連中。自分の未来に責任を持たない、行き当たりバッタの糞人間である。そんな二人を描いた映画だからみていて気持ちのいいものではないが、銀行強盗と人質の人たちの緊迫する状況でのやり取りが実にリアルなのだ。チキンやろうの犯人は、銀行強盗はするものの、人殺しなどはけっしてしたくない普通のメンタリティ。でも追い詰められるとどうなるか分らない緊張感を持っている。人質となった人たちは、はじめは恐怖するが、徐々に犯人たちのチキンさが分ってきて、彼らも自分たちを殺したいとは思ってないとわかると、けっこう穏やかな気持ちになっている。犯人たちを追い詰めないる限りは自分たちは安全であることが分り、犯人たちとも融和な雰囲気を保とうとする。ストックホルム症候群である。

ストックホルム症候群とは、犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情するなどし、人質が犯人に信頼や愛情を持つようになる。また「警察が突入すれば人質は全員殺害する」となれば、人質は警察が突入すると身の危険が生じるので突入を望まない。ゆえに人質を保護する側にある警察を敵対視する心理に陥る。このような恐怖で支配された状況においては、犯人に対して反抗や嫌悪で対応するより、協力・信頼・好意で対応するほうが生存確率が高くなるため起こる心理的反応が原因と説明される。(ウィキペディアより抜粋)。
この映画はストックホルム症候群をまともに描いた映画として評価されているのだろう。

<あらすじ>
うだるような暑さが続くニューヨーク市ブルックリン区。元銀行員のソニー(アル・パチーノ)は同性愛者であり、相方の性転換手術の資金を稼ぐため、相棒のサル(ジョン・カザール)と共に銀行を襲撃する。なんとか銀行を占拠することに成功したソニーとアル。しかし金庫の中は空っぽだった。逃亡しようとするソニーとアルだが、通報を受けた警察が現場に到着し銀行を包囲。やむなく二人は職員を人質にとって銀行に立てこもる。事件はすぐにマスコミの知るところとなり、野次馬も大挙駆けつける。真夏の猛暑の中、銀行強盗犯と警察の息詰まる交渉が始まった。
銀行内では犯人と人質たちとの間に奇妙な連帯感のようなものが芽ばえてきていた。FBIのシェルドン(ジェームズ・ブロデリック)は冷静な態度でソニーに近づき、犯罪者の心理を見すかしたようにソニーに投降を勧めてきた。ソニーも本当は投降してしまいたいのだが、問題は相棒のサルであった。サルも臆病者だが、ソニー以上に社会性に乏しく、刑務所に入ることを極端に恐れていた。精神的においつめられているサルの中では逃亡か、全滅かしかない。警察側は、ついにソニーとサルの要求通り国外逃亡用のジェット機を用意させる。二人のチキン野郎犯人と人質を乗せたマイクロバスが空港に到着し、拳銃を持ったサルが降りようとしたとき、狙撃兵の銃弾がサルのひたいを撃ち抜いた。

・・・やはりルメットの映画だった。ルメットの映画は、常に個人とその周りの環境との軋轢を描いている。
やってしまった銀行強盗、しかし失敗して包囲され、もう投降してしまいたいのそれが出来ないアル・パチーノ。人質も殺したくない、相棒のサルも殺したくない、自分も死にたくない・・、そしてその心情は変わっていく。相棒のサルを殺せば投降できる、でも自分ではやれない、警察がヤッてくれるという、受け入れるしかない・・、でも、もし二人で外国に逃亡できるなら、それにかけてみたい・・・。
チキンハート犯人の神経が擦り切れるような心理描写こそがルメットの真骨頂だろう。

by ssm2438 | 2008-11-04 09:41 | シドニー・ルメット(1924)


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