西澤 晋 の 映画日記

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2011年 04月 18日

清作の妻(1965) ☆☆☆☆☆

清作の妻(1965) ☆☆☆☆☆_f0009381_11321126.jpg監督:増村保造
原作:吉田絃二郎
脚本:新藤兼人
撮影:秋野友宏
音楽:山内正

出演:
若尾文子 (お兼)
田村高廣 (清作)
小沢昭一 (兵助)

        *        *        *

理性と感情の戦いに感情を勝利させる増村保造、怒涛の村八分・エゴイズム崇拝・ラブロマンス映画。

この『清作の妻』をみていると、いつも思い出す言葉がある。それはもっとも分り易い実存主義の入門書、リチャード・バック『ILLUSIONS』のなかの言葉だ。

Your conscience is the measure of the honesty of your selfishness. Listen to it carefully.
(良心とは、あなたが自分のエゴにどれだけ忠実かを測る尺度にほかならない。注意して聞くべし)

※手元にその本がないので多少の言葉遣いは違うとは思うが・・。
  ちなみに、辞書でひくと、conscience とは「良心」「善悪の判断」ということになっている。


この映画の時代背景は明治時代の末期、日清戦争の勝利した日本は、朝鮮半島と満州の支配権を求めて持する南下するロシアとの戦争に備えていた。富国強兵の風潮に沸き立っているのは、田舎の村とて同じであった。
村一番の模範青年である上梶清作(田村高廣)が除隊し、故郷の村に帰ってくると、お祭り騒ぎで迎えられた。清作はつねに、世間での一般的に思われている「こうあるべき人」を演じ続けてきた青年だった。軍隊でも危険な任務に志願し、模範兵として尊ばれ、連隊長と県知事から賞状を受け、その報奨金で釣鐘を購入、朝になるとその鐘を叩き、惰眠をむさぼる村人たちをたたき起こしてしまう。そんな行為は本来うとんじがられるものだが、彼の性格の良さと道理を通す彼の誠実さのおかげで、村人たちは清作=青年の鏡として捉えるようになっており、誰もが清作を尊敬していた。

そんな清作の打ち鳴らす鐘にも、惰眠をつづける女がひとりいた。彼女の名はお兼(若尾文子)。お兼は、
病身の父を抱えた一家の生計を支えるために、六十を越えた呉服問屋の老人の妾となり、慰み者となっていたが、その老人が死に、遺言にもとづき千円の財産を与えられた。しかし父は病死、夫を失った母は、故郷の村に帰りたいといい、お兼もそれについてきたのだった。しかし、借金をかかえ逃げるようにしてその村を出ていき、妾となって手切れ金を手にして、そして帰ってきた母と娘を村の者たちは快く受け入れなかった。

「あんたのとこには鐘がきこえんようじゃのう」という清作に、
「あんまりずにのらんほうがいいよ。あたしら、あたしらで生きとるんじゃ。
 あんたの号令で生きとるんじゃない。模範青年面すんな!」ときっぱりと言い返すお兼。

そんな「(世間が言う)こうあるべき人」の清作と、「(自分が思う)こうあるべき人」のお兼が、お兼の母の死をきっかけに惹かれあっていく。


私がドラマ作りの勉強をしたなかに、川辺 一外 (著)、 『ドラマとは何か? ストーリー工学入門』 (映人社シナリオ創作研究叢書) という本がある。シナリオを書くときの基本思考を指南した本だが、自分の人生観にもおおきな影響をあたえてくれた本だった。これら小説家やシナリオライターを目指す人にはぜひとも読んでもらいたい本のひとつだ。
そのなかに、理性・知識=<自分の中の他人>として提示してある。我々は子供のころから「こうすべきである。そうしなければいけない」という社会的なルールを親や、学校の先生からすり込まれて育ってきた。しかしこれらはすべて、結局は他人の言葉であり、自分に属するものというのは、自分の感情以外にはない。著者は、ドラマ作りとは、主人公の感情を、成し遂げさせていくものだという基本姿勢を強く指し示している。そしてこれは、ドラマ作りだけではなく、それぞれの人生のシナリオにも言えることだろう。
この『清作の妻」 といいう物語がこれほどもまでに、雄弁なドラマを語るのは、この<自分の中の他人>に支配された清作と、<自分の中の自分>を決して譲らないお兼のメンタル金網デスマッチを展開しつつ、しかもそれが、恋愛というは<なれられない人間関係>という基本願望の支配下で展開され、さらに求め合う二人が、それを取り囲む<村>という社会的因習に対して、それぞれの存亡をかけた<個>と<全>の戦いもおよんでいる。それがこの映画の最大の魅力だろう。

世間では「反戦映画としてこの映画をとらえる向きもあるが、個人的にはそんな意味はほとんど感じない。それはあくまで、物語がおかれている状況下の環境描写であって、この映画の本質ではない。

なお、脚本は新藤兼人だが、この人が書くと普段は記号的な傍若無人さになるのだが、この映画に関してはもっと人間的な感情に流動性がある物語になっている。これは多分原作の良さなのだろう。監督の増村保造の潔い演出術と、新藤兼人の脚本と、吉田絃二郎の原作とがそれぞれの個性を出しすぎず、あるいはいい感じで打ち消しあって、実に絶妙のバランスで統合されたのがこの『清作の妻』という映画なのだ。

<あらすじ>
一家の生計を支えるため、六十を越えた老人に囲われていたお兼(若尾文子)は、その老人の死後、手切れ金をうけとり故郷の村へと戻ってきたが村八分にされている。一方、村一番の模範青年清作(田村高廣)も除隊し村へ戻ってきた。お兼の母が病に倒れると、清作は医者のもとに走り、医者を連れてくる。しかし既にお兼の母は死んでいた。清作の尽力で無事葬式を終えることが出来たが、用意した酒は誰も飲むことなくお兼を家をさっていた。清作も帰ろうとするが、「感謝の気持ちをくんでほし」というお兼の言葉にひとり残って酒を飲む。そして二人は惹かれあっていき体をあわせるようになる。
二人の結婚は村人の敵視の中で行われ、清作は家を捨ててお兼の家に入った。お兼もそれまでの彼女とはうってかわり、野良仕事に精を出すようになり甘く充ち足りた日々がつづいた。しかし日露戦争が勃発、清作は再び召集され村を出て行く。残されたお兼は孤独と冷やかな周囲の目の中で生きていかねばならなかった。
そして半年がたった。名誉の負傷をした清作は送還され、傷がいえる間村に戻ることが許された。英雄となった清作を村の人々は歓迎した。村の人たちが帰ると、清作とお兼はお互いをむさぼりあった。しかし、再び出兵する日が近づくにつれてお兼の孤独への恐怖は再びふくれあがっていく。出発の時間が迫り、お兼と清作が二人になった時、お兼は五寸釘で清作の両眼を刺した。
「お兼はどこじゃあ、殺してやる~~」と血まみれでのたうちまわる清作。半狂乱のお兼は村の人から袋叩きにされ、警察に連行されていった。清作は視力を奪われただけではなく、戦争にいきたくないから夫婦で共謀してやったとののしられ、模範青年の栄光は失墜、非国民呼ばわりされるようになる。
そして2年の月日がたち、お兼が刑期を終えて村へ戻って来る。「お前が望むなら、あの女は村へは入れんぞ」という役場の人たちに対し、清作は意を決したように「お兼はわしの女房じゃ、生かすも殺すもわしの勝手じゃ」と冷たく云うのだった。そしてそんな清作のもとにもどって来るお兼。

「目をつぶされようが、殺されようが、気の済むようにしてほしい。私は一生分も二生分もあなたに可愛がられた。もう思い残すことはない」というお兼。
一度はお兼のクビに手をかけ締めようとするが、出来ない清作。
「村ももの達は、お前はアバズレ、わしは卑怯者といい、一生許すことはないじゃろう。しかし誰も知らんよその土地に行ったらわしらの負けじゃ、わしらは一緒ここに居るんじゃ! ここで生きるんじゃ。お前とならそれに耐えられる」とお兼を抱きしめる清作だった。

by ssm2438 | 2011-04-18 11:32 | 増村保造(1924)


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