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2011年 06月 23日
監督:イングマール・ベルイマン脚本:ウルラ・イザクソン 撮影:スヴェン・ニクヴィスト 音楽:エリック・ノードグレーン 出演: マックス・フォン・シドー (カリンの父・テーレ) ビルギッタ・ペテルスン (殺される娘・カリン) グンネル・リンドブロム (養女・インゲリ) * * * いやあああ、ベルイマンの芝居付けに感動! 1961年のキネマ旬報1位がこの作品。お話はたいしたことないのだが、芝居付けがばらしい。 イングマル・ベルイマンが、黒澤明の『羅生門』からインスピレーションを得た映画とう言葉で言われるが、この二人はさりげなくお互いを映画を意識しあっていた感がある。このほかにも黒澤明の『赤ひげ』(1965)のすい臓がん患者の死ぬ前のぱくぱくは、ベルイマンの『沈黙』(1962)のイングリット・チューリンの病床でのもだえシーンを移植したような感じもした。この二人の作品には、「あの映画のあのシーンだが、オレならこのように撮る」という暗黙の駆け引きを感じるのである。しかし、この二人、決定的な違いがある。それは感情移入へのアプローチなのだ。 黒澤明の映画をみても感情移入はほとんど起きない。黒澤の映画というのは、「強さ」とか「弱さ」とかを象徴する芝居を演じさせているが、あくまで記号であって、「そう描かれれば強いことになる」「そう描かれれば弱いことになる」という一般的な理性による解釈なのだ。その記号がダイナミックなのが黒澤映画なのだが、所詮は記号なのでどっか感情移入できない。 ベルイマンの演出というのもダイナミックな芝居付けをする時があり、特にこの『処女の泉』は芝居付けのダイナミズムという点においてはベルイマンのなかでも一番だろう。しかし黒澤明と根本的に違うところは、人間性を描いているところだろう。ベルイマンの演出な感情移入の宝庫なのだ。 この映画の芝居をみると、理性は、“そうすべきではない”と主張するが、感情が“そうしたい!”と叫んでいる、あるいはその反対もあり、内面を表現していることに気付く。その感情のブレているのである。理性と感情の間で、本人がどちらを選ぶかという戦いがそれぞれの登場人物の内部で猛烈にせめぎあっているのだ。 カリン(ビルギッタ・ペテルソン)は、純粋培養されたような無垢で可憐な少女である。彼女が教会へロウソクを届けるために森を通り抜けようとして3人の三人の羊飼いに会った。見た目はいかにも気持ち悪そうな3人だが、おそらくカリン「人を容姿で判断してはいけません」と教えらているのだろう。そんな3人に森の中で食事を施するカリンはまるで天使である。ただ、彼女の心がほんとうにそれを奉仕する喜びとして行っていたとえばそんなことはないだろう。心は「逃げたい」叫んでいたにちがいない。結果として彼女は犯され、頭を殴打されて死んでしまう。その一部始終をみていた養女インゲリ(グンネル・リンドブロム)。石を握り木陰から飛び出そうするが体は動かない。彼女は、物語の冒頭のほうで、カリンの不幸をオーディーンの神に祈ったくだりがある。だからといって、現実におきていることを望んだわけではなく、おそらく、祈ったそのことが現実に起きてしまい、恐ろしくなって何も出来なかったと解釈するほうが自然だろう。そして後に「あの兄弟は悪くはない。カリンの不幸を神に祈った私が悪い」とカリンの父テーレ(マックス・フォン・シドー)に告白する。 何の因果か、カリンを犯して殺したその3人の羊飼いは、夜露を凌ぐ場所をもとめてカリンの家に泊めてもらうことになる。寝る場所と食事を与えられた3人は、カリンの母メレータ(ビルギッタ・ヴァルベルイ)にお礼として絹の衣をゆずることにする。しかしそれこそはカリンの着ていた服であり、それには血もついていた。さらにインゲリの告白から彼ら3人がカリンを殺したことを知った父テーレは、3人を惨殺する。 ここでもテーレの心は「こいつらでも殺すべきではない」と叫んでいるが、「娘を犯され殺された父が、こいつらを許すべきではない」という理性の主張を受け入れ、彼らを惨殺する。 ※世間では彼の惨殺行為を「怒りに任せて」と表現する人も多いが、それは違う。この殺しの場面では、娘をころされた父親の面子(つまり理性)の誘導によって3人を殺したと感じ取るほうが正しいだろう。 理性と感情の間での揺らぎというのは、誰しも経験したことがるものなので、これを芝居の中に挿入されていれば、いやおう無しに感情移入できてしまうのだ。しかし、黒澤映画のように<ブレない記号>になってしまうと、そこに人間性を感じることはなく、作り話のなかのアイテムとしてしか理解されなくなってしまう。 お話のまとめてとして、殺されたカリンの遺体のあった場所からあふれ出る泉。そしてその水を手ですくって顔を洗うグンネル・リンドブロムがとたんに美しく見え始める。本来グンネル・リンドブロムは美しい人の部類にはいるはずなのだが、本編中の彼女はめっぽう薄汚い。それもこのシーンのためにそうしてあったのだとあとから感心してしまった。やっぱりグンネル・リンドブロムは綺麗でないといかん。ベルイマン映画のヒロインのなかでは、彼女が一番すきである。
by ssm2438
| 2011-06-23 15:49
| I ・ベルイマン(1918)
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![]() 主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。 by ssm2438 リンク
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