西澤 晋 の 映画日記

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2011年 04月 10日

レスラー(2008) ☆

f0009381_4233350.jpg監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本:ロバート・シーゲル
撮影:マリス・アルベルチ
音楽:クリント・マンセル

出演:
ミッキー・ローク (ランディ・ロビンソン)
マリサ・トメイ (キャシディ)

       *        *        *

見る前からヤな予感はしてたけど・・・・。
当たるんだよな、ダメなものって。
食わず嫌いほと正しい感性はないね。


世間はとりあえずもてはやされているこの映画、なにを勘違いしたのかヴェネチア映画祭ではグランプリの金獅子賞も取っている。さらにどの映画祭でもミッキー・ロークの復活振りが絶賛されたこの映画。でも、個人的にはなんかヤな感じがしてしばらく保留にしてたのだけど、このさい重い腰をあげてみてみた・・・。ダメだった。
生理的にダメ人間が嫌いな私は、いやでいやで。切ないけど、ダメダメ。ダメ人間の切なさ描いたらそれでいい映画なのか??って思ってしまう。個人的には全然うけつけなかった。さらにダメさにおいうちをかけたのがカメラのひどさ。モキュメンタリー(英: Mockumentary)チックに撮られているのだが、このコンセプトが見る気を萎えさせる。どうみても成功してるとは思えない。この手法の意味を監督が分っていないんだろうな。

<あらすじ>
50半ばを過ぎたランディ(ミッキー・ローク)は若いころ人気プロレスラーだったが、今はどさ回りレスラー。スーパーのアルバイトでなんとか家賃を稼いでいる。衰えた身体を保つにはステロイド剤に頼るしかなく、それからくる心臓への負担は否定しがたく、ある日の試合後、ランディは心臓発作を起こしてしまう。そして、次にリングに上がったら命の保証はないと、医師から引退を勧告をうけるランディ。
ランディにはなじみのストリッパー・キャシディ(マリサ・トメイ)という女性がいた。彼女の勧めで、長年会っていなかった唯一の身内である一人娘のステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)に会いに行く。しかしステファニーが快くうけいれてくれるわけもない。ステファニーへのプレゼントを買いに行くランディに付き合うと申し出るキャシディは、パブでビールを飲むと勢いでランディとキスを交わす。ランディはその日から、カタギとして生きようとするランディは、スーパーの総菜売場でフルタイムの仕事を始める。
しかしランディはキャシディに交際を断られ、行きずりの女と一夜を過ごした挙句、ステファニーとのディナーをすっぽかしてしまう。激怒したステファニーは絶縁を宣言する。さらに、スーパーの客に嘲笑を浴びせられたランディは職場放棄。
結局自分はプロレス以外に生きられないのだと悟り、どうせ死ぬのなら死ぬまでは生きていたいと決意、再びリングにあがるのだった。そのことを知ったキャシディは車を飛ばし、試合直前の彼を引き止めようとするが、すでに彼はリングに上がっていた。


ストーリーは、実はコテコテのメロドラマである。
そのコテコテ感がいやなのか、モキュメンタリー的な手法ととっているのだろうが、これがどうもうざいだけ。モキュメンタリーというのは、ウディ・アレンなどが時々使う手法で、フィクションのドラマをドキュメンタリー風にとって、そこに本物性を加味させようという手法。実際『カメレオンマン』では成功している。しかし『夫たち、妻たち』では成功してるとは思えない。

ドキュメンタリーというのは、カメラがそこに在ることを提示している画面である。つまり、カメラのまえで行われる芝居のこちら側にカメラがいて、そのたの撮影スタッフがいるということを感じさせる画面なのだ。実際おこっているニュースの現場にカメラが入り、それを撮ることは「これは実際におこっていることんなんだ!」という真実性が提示される。実際、リングでは派手はパフォーマンスをしているレスラーたちも、控え室では今日の試合のだんどりをわきあいあいと話している、そんなところだけをドキュメンタリーっぽくとるのは実に効果的になる。しかし、ドラマを作っている場合は「それが真実なのだ」とは理解されない。

本来カメラが侵入できないシチュエーション(たとえば、ボーンがどっかのエージェントと密談しているとか)をハンディカメラなどでとると、それがドキュメンタリーの真実さよりも、モキュメンタリーとしての嘘さを提示してしまう。みている人は「芝居しているひとをカメラが撮った画面でしょ」と感じしてしまうのだ。その時点でドラマとしての存在価値はなくなる。
この映画は、こてこてのメロドラマなので、それをカメラが存在している世界として映像化してもメロドラマ性と対立しその効果が相殺してしまうだけだ。
違う撮り方してくれたらいいメロドラマになっていたのに・・、もったいない。

マリサ・トメイ好きです。
もうかなりと歳だとおもうだけど、歳取ってからバンバン脱ぎだしましたね。とっても素晴らしい体なので、もっと若いときに披露してればよかったのに・・ともったいなく思ってしまう。

ミッキー・ローク。なんだか恐ろしいほどばっちくなってしまいましたね。まあ、昔からばっちい感じはしてたけど、もうビジュアル的にかなり醜い。

by ssm2438 | 2011-04-10 04:26


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