西澤 晋 の 映画日記

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2011年 04月 15日

ラスト・カウントダウン/大統領の選択(1990) ☆☆

f0009381_2185520.jpg監督:ジャック・ショルダー
脚本:ブルース・ギルバート
撮影:アレクサンダー・グラジンスキー
音楽:トレヴァー・ジョーンズ

出演:
パワーズ・ブース (キャシディ)
レベッカ・デモーネイ (モレー)
マーティン・ランドー (大統領)
ジェームズ・アール・ジョーンズ (アレン)

       *        *        *

チープな画面をごまかすための照明効果が涙ぐましい。

1987年のアヴォリアッツでグランプリを受賞した『ヒドゥン』の監督、ジャック・ショルダーがその2年後に作ったテレビムービー。米ソ冷戦時代の最後の核戦争回避映画かもしれない。

それまでの核戦争回避映画というのは古くはシドニー・ルメット『未知への飛行』スタンリー・キューブリック『博士の異常な愛情』ジョン・バダム『ウォーゲーム』など数多くあるが、この映画は状況的につきぬけてます。それ以前の映画のほとんどが、なんとか回避するところで終わらせている、あるいは一番最後で核戦争に突入しどうしようもなくなっているが、そこは描かない・・という風な、現実に全面核戦争に突入するケースを描くことは避けてきたものがほとんどです。しかし、この映画は冒頭モーテルでいちゃついているレベッカ・デモーネイの私生活と裏腹に、NATOの加盟国であるトルコからいきなりソ連にむけてミサイルが発射され、ソ連領土ないで爆発。
当然ソ連もこれに対して核攻撃で報復します。しかしこの一次報復のターゲットになっているのはアメリカの軍事施設などで市民をまきこむようなものでありません。そしてさらにソ連からメッセージがアメリカの大統領あてに届けられます。内容は、今回のアメリカからの攻撃はどのような意図かは分らないが、我々は報復しないわけには行かない。しかしこの報復攻撃を受け入れてくれれば、それ以上はなにもしない・・というもの。ここで大統領は、さらなる報復は、それともこの攻撃を受け入れるか決定を迫られることになります。
この突き抜けた感はかなり新鮮。映画はどうしてもテレビ映画という枠組みなので予算もあまりなく、ご都合主義名部分もやあまあまな部分もあるのですが、このシチュエーションはやはり一度は見てみたかったものです。

原作はウィリアム・ブロークノー『十五時間の核戦争』。映画もかなり原作をフォローしているそうです。もちろん、テレビ映画なので予算もあまりなく、派手なスペクタクル映像を作るわけにも逝かず、ひたすら密室劇に終始するしかないので、活字となった原作の雰囲気をかなり再現するこが出来たのでしょう。物語は、政治的なごたごたのなかで物語が進行していくのと並列に、B52に乗ったパイロットとコパイロットの個人的な関係も描かれます。ちなみにこの副操縦士がベッカ姐さん。
ただ、お話的にはかなりナンセンスなもので、IMDVの書き込みなどをみるとぼろくそに否定されている場合も多々あります。また、現実に空軍に所属した軍隊経験者達にいわせると「なにからなにまでありえない!」とすこぶる評判が悪いようです(苦笑)。

物語はこのあと、トルコからのミサイル攻撃はテロリストしわざであることが判明、さらにさらなり攻撃を飲み込んだ大統領はソ連の攻撃で死んだものと判断され、軍事関係者が状況を指揮する体制に支配されていきます。しかしこれまた大統領が死んでないということが後に判明、指揮系統が2系統存在し、意思統一がなされてない状況でドラマは進展していきます。
最終的には爆撃命令をうけたベッカ姐さんがこれを拒否し、機長の恋人とのすったもんだのやり取りがあり、結果的には個人の判断で爆弾をソ連に投下しないことにしてしまうという話。

当時一部のファンの間に話題になり、『ヒドゥン』の監督のジャック・ショルダーが監督したことからほんの少し話題になったのですが、ドラマ展開はかなり幼稚です。ただ、チープながらもあきさせない語り口はなかなかスリリングであり、ついつい最後まで見てしまい「ありえねーーーーー」と一言。

あと、予算のない中なんとかチープに見せる部分をごまかそうとする涙ぐましいまでの照明効果。青やら赤やらの照明使いまくりで、アニメの色指定との色打ち合わせの時には参考になる色身がかなりあります。

by ssm2438 | 2011-04-15 21:09


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