西澤 晋 の 映画日記

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2012年 02月 09日

フレンチ・キス(1995) ☆☆

フレンチ・キス(1995) ☆☆_f0009381_12544966.jpg原題:FRENCH KISS

監督:ローレンス・カスダン
脚本:アダム・ブルックス
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:
メグ・ライアン (ケイト)
ケヴィン・クライン (リュック)
ティモシー・ハットン (ケイトの恋人・チャーリー)

     ×   ×   ×

何が悪い? どこが悪い??

監督は『白いドレスの女』『偶然の旅行者』ローレンス・カスダン。映画的に映画を撮る人で、個人的には好きな監督さんのひとりだ。何を撮らせてもそこそこそれらしい映画に仕上げてくれるのだが、それはあくまでこの人が今まで見てきた映画バンクが充実しているからで、そこからモチーフにするべき画面をイメージして作っているからだろう。そしてそのモチーフにするべき映画の質が高いのがこのローレンス・カスダンだと思う。
しかし弱点もある。この人の場合は、自分なりの哲学がない気がする。少なくともそれは映画の中には現れない。どの映画のジャンルをとっても、それなりに映画らしくまとめるのだがどこか芯がとおってないというか、映画としては見られるのだが、彼だからこだわる何かが見えてこないのだ。
もしそれがあったら、この映画ももうすこし面白いものになったのではないかと思えてならない。

この映画の場合は、シナリオの段階でまとまりに乏しい気がする。見ている人が、どこに行くのかが予測できない。とはいっても、おおまかには「きっとケビン・クラインメグ・ライアンがひっつくのだろうな」とは思えるのだけど、そのケビン・クラインの役どころが今ひとつ中途半端で見ている人が愛せないのである。
これが、自分なりのビジョンを押し通す監督だったら、強引にひとつの価値観にまとめていけるのだろうが、この映画におけるローレンス・カスダンは上がってきているシナリオの文字面をそのまま絵にしてしまっただけのような感じがする。
ケビン・クラインは、ひとつひとつの芝居がネガティブは方向にむいてても、最終的にはメグ・ライアンとひっつくはずなので、そこにいたる予感を感じさせてほしいのだ。しかしそれがないまま前半が進んでいく。どこをおってケビン・クラインがヒロインと観客に愛される要素が乏しいのである。
これがフランク・キャプラ『或る夜の出来事』だったら、最初はクローデット・コルベールに最初は嫌われているクラーク・ゲーブルだけど、彼は観客にあいされているのである。それがこの映画のケビン・クラインにはない。ケビン・クラインはどちらかというと、人に愛されやすい風貌にもかかわらず、それが出てない。
結局観てるがわにしてみれば「ええええ、メグ・ライアンが、こんな男とひっつくの~~、やだなああ~~」って思いながら観せられるはめになり、引っつく行程もなんだかぴんとこないままそうなってしまった。

<あらすじ>
結婚を目前にしていたケイト(メグ・ライアン)は、その恋人チャーリー(ティモシー・ハットン)から電話で突然別れを告げられる。彼はパリで新しい恋をしたから婚約は破棄してくれと言うのだ。彼女は真意を確かめるためにパリに飛ぶ。
機内で隣の席に座ったのはなにかと胡散臭そうなフランス人のリュック(ケヴィン・クライン)だった。
リュックは、カナダで盗んだダイヤのネックレスをブドウの苗木に隠して彼女のバッグに忍び込ませた。しかしそんなリュックを刑事のジャン=ポール(ジャン・レノ)がつけている。
パリに着いたケイトはある詐欺師に持ち物全部を盗まれてしまう。親身になってくれたのは、あの胡散臭いフランス人のリュックだった。やや、彼を見直したケイトだったが、リュックが大事にしていたのは、税関を抜けるためにケイトのバックに忍び込ませたネックレスとブドウの苗木だった。
リュックは、故郷のブドウ園を賭け事で取られて以来、荒れ果てたその土地を買い戻し、立派な農園にするつもりだった。そのために資金がダイヤのネックスレスであり、カナダから持ち帰って新種のブドウの苗木だった・・。
リュックの協力でバックをとりかえっしたケイトは、恋人がむかったというカンヌへ向かう。リュックは苗木を取り返すが、ネックレスはどうやらケイトが持ち去ったバッグの中らしいことにきづきケイトを追う。

その後、カンヌではケイトの彼氏の気持ち奪回作戦が展開されるわけだが、ことごとくどじを踏む。そんな彼女をみていられないリュックがフォローしてあげてる間に二人に恋が芽生えるが、どうやら彼氏とよりがもどったような感じ。一方盗んだネックスレスをお金に換えようとするリュックだが、その役はケイトが代行。ケイトは、そのネックレスを刑事のジャンに返し、結婚のためにためていた支度金をその代価としてリュックのところにもっていく。
「たったこれだけなのか」と嘆く言葉にちいさく傷めながら、リュックのもとを去っていくケイト。
その後、ジャンはリュックにことの真意を語る。
匿名でネックレスを返せば、彼を逮捕しないという約束をしたこと、
ネックレスの代金だといってお前に渡したお金は、彼女の結婚資金だったこと。

結局恋人との婚約はやはり破棄し、アメリカに戻ろうとするケイトをなんとか機内でつかまえるリュックであった。。。。


おそらく、この物語は、ケビン・クライン目線で展開させていたらもうちょっと観客にうけいれられたのではないだろうか。それをメグ・ライアン目線の話で展開したものだから、最初のころのケビン・クラインに好感がもてず、最後までそれが尾をひいているのだろう。ケビン・クライン目線で物語が始まっていれば、いやおう無しに観客は彼に感情移入して物語をみるので、そこはダイヤを盗んだ子悪党でも、セリフワークとケビン・クラインの人柄で観客の感情移入は獲得できたはずなのに・・・。
残念・・・・。

by ssm2438 | 2012-02-09 12:59


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