西澤 晋 の 映画日記

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2012年 08月 01日

サロゲート(2009) ☆☆

f0009381_1361357.jpg監督:ジョナサン・モストウ
脚本:マイケル・フェリス/ジョン・ブランカトー
撮影:オリヴァー・ウッド
音楽:リチャード・マーヴィン

出演:
ブルース・ウィリス (トム・グリアー)
ラダ・ミッチェル (ジェニファー・ピータース)
ジェームズ・クロムウェル (キャンター博士)

     ×   ×   ×

引き篭り心をくすぶる映画・・といえるか。

昨今、自分の名前で意見が言えない人間がやたらと増えている。それもインターネットの恩恵というものだ。「あの政治家はけしからん!」とぼろくそにいっても、言ってる本人は顔もみせず、ハンドルネームでの発言。自分は決して批難させることのない位置から他人を批難する。臆病者の糞人間の典型である。そんな糞人間にくらべたらまだ矢面に立って「尖閣諸島はうちのもんだ!」といいはる中国人政治家のほうがまだ糞程度が低いのかもしれない。
そんななかで私は、実名で投稿し、意見をのべてるわけで、それが出来ない人間は臆病者だとののしってるわけだ。この映画のブルース・ウィリスも、そんなオジサンのひとりである。

この映画はそのレベルをもう少し現実世界に押し広げている。
ネットでアバターとハンドルネームを使い、別人格をたちあげ、自分が傷つかないところから無責任発言をする臆病者の願望をさらに実質世界に広げたこの世界は、本人は家に引き篭り、自分の代わりのコピーロボット・サロゲートという3次元アバターを現実世界で活動させるという世界。本人は家のソファのうえで、サロゲートと通信できるような装置をみにまとい座っているだけで、サロゲートが社会活動をしてくれるのを体感するというもの。自分の分身がいくら交通事故にあっても、自分が傷つくことはない。

「そんなんじゃ“H”もできないじゃないか!」などとおもう普通の人の意見など、彼らには通用しない。彼らは劣等感のかたまりで、“H”への憧れよりも、それを行った時の恐怖感、自分の劣等感のほううが先行する人間で、“H”などしたいとも思わないのだろう・・・。この世界の人間もどうやってそれを処理しているのか不思議である。

余談だが、現実逃避+引き篭り映画といえば、『惑星ソラリス』だろう。しかし、今回のこの映画は、それよりもっとありがちは形で映像化しているといっていいだろう。

<あらすじ>
時は近未来。「サロゲート」と呼ばれる身代わりロボットが人間の社会生活のすべてを代行する世界。このサロゲートを使った生活においては、外の世界でサロゲートになにが起こっても、オペレーターは無事であるはずだった。しかし、ある日、2体のサロゲートが何者かに破壊され、安全であるはずのオペレーターも、それぞれ大学の寮と自宅で死亡しているのが発見された。これはサロゲートの安全性にかかわる重大な問題であり、FBI捜査官のトム・グリアー(ブルース・ウィリス)とジェニファー・ピータース(ラダ・ミッチェル)が極秘でこの事件の捜査に着手した。
やがて真犯人が見えてくる。それはサロゲートを開発したキャンター博士(ジェームズ・クロムウェル)であった。彼は、サロゲートに依存した世界は生命としてなにか本質的なものを失っていると悟り、サロゲートシステムそのものを破壊することを考えていた・・・。
一方トムもサロゲートには嫌悪感をもっていた。トムの妻もサロゲートの常習者でありサロゲートを介してしか彼女と話すことは出来なくなっていた。そんな妻も、キャンター博士の全サロゲート破壊計画が実行されれば、それに連結しているオペレーターも死ぬ。トムはキャンター博士の計画を阻止しようとするのだが・・・。

by ssm2438 | 2012-08-01 13:06


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