
監督:ロン・ハワード
原作:ダン・ブラウン
『ダ・ヴィンチ・コード』(角川書店)
脚本:アキヴァ・ゴールズマン
撮影:サルヴァトーレ・トチノ
音楽:ハンス・ジマー
出演:トム・ハンクス
オドレイ・トトゥ
× × ×
良くも悪くも
ロン・ハワードかな。
きわめて見やすい作りで、敷居が低く、想像力がなくとも安易にわかる語り口で物語をつくってる感じ。個人的にはサスペンスってそのシーンを見せずに、状況証拠だけでなにかしら恐ろしいことが起ったんだ‥‥って、そういう見せ方で行ってほしいんだけどま、それはいいんだ。
で、最近
『ソフィーの世界』を読みなおしててまた私の嫌いなソクラテスまで来た。そこにジーザスとソクラテスは似てるところがある‥‥との記述あり。彼らが書いた書物は実際のところ存在していなくて、彼らについて書かれた書物で我々は彼らのキャラクターとしているところ。ソクラテスも結局はプラトンの書物の中に出てくるだけで、ソクラテス自身が書いた教えの書があるわけではない。
つまり、プラントが理想化して書いた可能性がある。とうかまさにそうだと私は思ってる。「自分は‥‥思う」よりも「彼が‥‥云った」のほうがなんだか信じてしまうものなのだ。
過去の権力者たちは「私が支配者だ」というよりも「私は神の使徒だ」と云うほうが遥かに聞き手は受け入れる性質を知っていたのだろう。そしてさらには、そう語る人がこう云った!と書物に残す。
それがプラトンのソクラテス像であり、バイブルのなかのキリストの教えだったりする。
しかし、それが彼ら自身の言葉なのかどうなのか判断するすべはないのである。私は、それらは本人の言葉ではなく、その書物を書いた人の言葉/意見に属するものだと思っている。
ま、それもいいや。
私が思ったのは、このさい
オリバー・ストーンあたりが、聖書の制作行程を映画にでもしてくれないか‥‥ということだ。数ある副本のなかからキリストの教えはこうだったことにする!っていう取捨選択が行われ、現行のバイブルになったのだから、そこでの各派閥の勢力争い、権力闘争はさぞかし楽しいエンターテイメントになるのではないかと思ったりしたのだった。
‥‥あるいは『ダ・ヴィンチ・コード2』と称して、実はソクラテスはプラトン自身だったという独白本がエーゲ海の海の底から発見されたとかいう、お話などいかがなものだろう?
ということを考えながらこの映画をみたのでした。。。