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    <title> 西澤 晋 の 映画日記:Ｆ・トリュフォー（1932）</title>
    <category domain="http://ssm2438.exblog.jp/i35/">Ｆ・トリュフォー（1932）</category>
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    <description>主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆＝普通の出来だと思ってください。</description>
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    <dc:creator>ssm2438</dc:creator>
    <dc:rights>2011</dc:rights>
    <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 08:37:42 +0900</pubDate>
    <dc:date>2011-12-05T08:37:42+09:00</dc:date>
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      <title> 西澤 晋 の 映画日記</title>
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      <description>主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆＝普通の出来だと思ってください。</description>
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    <item>
      <title>映画に愛をこめて　アメリカの夜(1973)　☆☆☆☆☆</title>
      <link>http://ssm2438.exblog.jp/10286885/</link>
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      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200908/19/81/f0009381_23484542.jpg" alt="_f0009381_23484542.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="377" width="266" />原題：LA NUIT AMERICAINE／DAY FOR NIGHT<br />
<br />
監督：フランソワ・トリュフォー<br />
脚本：フランソワ・トリュフォー<br />
　　　　ジャン＝ルイ・リシャール<br />
　　　　シュザンヌ・シフマン<br />
撮影：ピエール＝ウィリアム・グレン<br />
音楽：ジョルジュ・ドルリュー<br />
<br />
出演：<br />
フランソワ・トリュフォー　（監督・フェラン）<br />
ナタリー・バイ　（ジョエル）<br />
ジャクリーン・ビセット　（主演女優・ジュリー）<br />
<br />
　　　　　×　　　　　×　　　　　×<br />
<br />
ナタリー・バイ燃えるううううううう！！<br />
<br />
＜アメリカの夜＞というのは、アメリカ映画などでよくつかわれる手法で、夜のシーンを撮影するとき、昼間撮影してそれに青黒のパラフィンのせて夜のようにみせる手法。まあ、明らかに地面の影がこかったりして昼間に撮影されたことは分かるのだけど・・。<br />
<br />
で、この映画、たまたまテレビをつけたらＢＳ２で『映画に愛をこめて　アメリカの夜』をやっていた。ちょうど舞踏会のロウソクのトリックをみせてるしーんで、覚えの悪い年配の女優さんがなかなか芝居が出来ないでカンニングペーパーをカメラからみえないところに張っていくくだりのシーン。<br />
そのシーンがどのあたりにあったのか定かではなかったが、まだジャクリーン・ビセットはでてないので始まったばっかりっぽい。そんなわけでついつい最後までみてしまった。<br />
<br />
いや～～～～、この映画好きなんだ。<br />
だいたいトリュフォーの映画で面白い映画はほとんどない（年配の評論家さんには怒られそうだが）といっていいのだけど、それでも時々あたりがるから捨てきれない。これがゴダールくらいに確実にいつもハズレ（年配の評論家さんには怒られそうだが）ならあっさり見捨てられるのに（苦笑）。<br />
そんなトリュフォーのなかでもまれにみる大好きな映画。<br />
<br />
この映画は『〇〇〇』という映画を撮影しているスタジオ内でおきる悲喜こもごものエピソードを映画の完成までの道のりとともに描いている散文的映画で、一貫性のあるストーリー主体の映画ではない。なので私の趣味としてはいまいちはずれているのだけど、見終わったあとに「ああ、みんな映画づくりがすきなんだなあ」とおもわせてくれるハートフルなエピソードのつまった映画。主人公のこの映画の監督さんはトリュフォー自身が演じており、ぐれる主演男優やら引きこもる主演女優やら、撮影途中に交通事故で死んでしまう男優さんんやら、つぎからつぎへおこる難題をなんとかごまかしながらクランクアップへもっていく監督を演じている。<br />
<br />
実際監督などという職業はそういうものなのだ。<br />
世間では絶対的権力ある立場のように思われてるかもしれないが（確かにそういう人もごくまれにいるかもしれないが）、実際はなんとか壊れそうになる製作過程をぎりぎりのところでたもちつつ、妥協に妥協をかさね妥協の産物として一本のフィルムにしていくのが監督の仕事といっても過言ではない。<br />
私も監督をやったことがあるものとして切実にその不憫さは理解できる。<br />
<br />
私の場合は、コンテを描いているときまではとても幸せなのだ。この作品はとんでもなくいいものになるって尾確信しながら、自分に良いながら描いているのだが、それがいったん作画にはいるとその夢はがらがらとくずれていく。なんでこいつらはこんな絵しかかけないんだ？？って思うことがほとんど。それで作画なら時間の許す限りで自分がなとか直せばいいけれど、背景だとそうもいかない。音楽の選曲が全然とんちんかんな音響監督もいる。それでも直してくれればいいが、怒って出て行くクソ音響監督もいた。<br />
時間がなければ全部直せないので、直せる優先順位をつけてやるはめになる。『ガンダムＳ／スターゲイザー』のときなんか、もう直しのキャパはいっぱいだというので監督なのに動画までやったよ。まあ、作品が良くなるために出来る総てのことをやるのが監督の仕事だと思ってるのでそれでもいいんだけど・・。<br />
<br />
そんなトラブルを乗り越えてなんとか映画を完成させようとするトリュフォー演じる〇〇監督だが、そんな彼を補佐する役の（役職は・・・なんなんでしょうね？監督補佐かタイムキーパーだと思う）ナタリー・バイがとても素敵。<br />
もちろんこの映画のテロップ上の主演はジャクリーン・ビセットなのだけど、圧倒的な存在感はナタリー・バイなのだ。もし彼女がいなかったらこの映画はぜったい完成しないんじゃないだろうかっておもわせるほど、きびきびてきぱき物事をこなす。このナタリーバイの演じた監督補佐の彼女は最高ですね。この映画のなかでぴかぴか輝いているのは彼女ですよ。<br />
<br />
おかげでナタリー・バイのファンになってしまった。おかげで他の映画でもしゃべらなければナタリー・バイは『アメリカの夜』のあの監督補佐の性格だと勝手にきめてほれ込んでいる私。<br />
のちに同じトリュフォーの『緑色の部屋』に主演ででているのだけど、これも良かった。<br />
<br />
ちなみにこの『アメリカの夜』では、最後の最後で主演の男優さんが交通事故にあい、あと５日をのこしてラストシーンがとれないことになってしまう。しかたがないのでそこはそれ映画のエンディングを変えて、その男は最後殺されるという展開に。でも代役つかわなければいけないので顔もみせず背から撃たれて死ぬという展開に変更。そんなこんなで段取りのいじくりでなんとか切り抜けて映画は完成させる映画はまさに妥協の産物なのだが、出来ないよりはいい。そして出来てしまえばみんな幸せ。<br />
映画もアニメも実に大勢の人がからんでいて、それぞれが何かしらの思いをもってその物語を具現化していく。みんながこの一本をささえているんだって感謝したくなるときがある。<br />
<br />
見終わったあとに妙にあったかくなれる映画なのでした。<br />
<br />
ちなみに音楽はジャック・ドルリュー、『イルカの日』よかったですね。ドルリューの音楽にあわせてカットがつながっていくシークエンスは実に心地よいです。<br />
<br />
<br />
<br />
＜この映画のなかで撮られている映画が『パメラ』という映画のあらすじ＞<br />
英国で婚約者みつけて主人公が、フランスに新妻ジャクリーン・ビセットをつれて帰ってくる。<br />
しかし、ジャクリーン・ビセットと主人公の父親が愛し合ってしまい、ビセットは交通事故で死に、主人公の父は主人公に撃ち殺されるという話。]]></description>
      <dc:subject>Ｆ・トリュフォー（1932）</dc:subject>
      <dc:creator>ssm2438</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 05 Nov 2011 03:07:00 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-11-05T03:07:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>暗くなるまでこの恋を(1969)　☆</title>
      <link>http://ssm2438.exblog.jp/13006276/</link>
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      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201003/04/81/f0009381_13295172.jpg" alt="_f0009381_13295172.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="320" width="227" />監督：フランソワ・トリュフォー<br />
脚本：フランソワ・トリュフォー<br />
撮影：デニス・クレルヴァル<br />
音楽：アントワーヌ・デュアメル<br />
<br />
出演：<br />
ジャン＝ポール・ベルモンド　（ルイ）<br />
カトリーヌ・ドヌーヴ　（ユリー／マリオン）<br />
<br />
　　　　　　　　＊　　　　　　　　＊　　　　　　　　＊<br />
<br />
惚れたからってそんなことなるかあああああ？<br />
<br />
こういうサスペンスなんだから、こういうふうに理解してくれっていう感じの映画。しかし感情がついていかない。どこからどうみてもジャン＝ポール・ベルモンドがただのアホにみえてしまう。結局映画って、はらはら・どきどき・わくわくはいいけど、イライラになるとダメだ。こんなクソ女にいつまでも相手にしてるんじゃないと思いつつ見てるので、とっとと結果がほしいのだけど、そのままクソ女を愛していて、結局カトリーヌ・ドヌーブのほうがいい女になってしまうという・・ありえない展開。おい！<br />
<br />
原作は『裏窓』のウィリアム・アッシュ。監督はヒッチコックファンのフランソワ・トリュフォー。ヒッチコックモードで撮ろうとすると、普通ははずすよね。だいたいヒッチコックの映画って説明ばっかいでおもしろくないんだから。そのスタイルをわざわざコピーする必要もないと思うが・・。<br />
<br />
ああ、こんなＤＶＤを買ってしまった私は、この映画のベルモンドの同じくらい愚かだ。一応カトリーヌ・ドヌーブのオッパイが見えるカットもありますが、“Ｈ”シーンではなく、道端に止めた車の中で（オープンカー）で着替えてるところ。エロくもなんともないので、あんまり嬉しくない。ちなみにカトリーヌ・ドヌーブは下着姿でやたらとうろうろしてくれるしが、ベットの上でジャン＝ポール・ベルモンドとフェードアウトし、すぐ翌日になっている（苦笑）。<br />
<br />
＜あらすじ＞<br />
仏領リユニヨン島で煙草工場を営むルイ(J・P・ベルモンド)は、写真お見合いの末、結婚することになる。花嫁のユリーという女性が船でユニヨン島にやってくるが、会ってみるとまったく似てもにつかない美人（カトリーヌ・ドヌーブ）だった。<br />
早速結婚式をあげたルイだが、ルイの友人であり会社の支配人ジャルディンは、ユリーが自由にお金を使える状況に不安を感じていた。そしてそれが現実になった。ユリーが預金の大部分を引き出して、姿を消してしまったのだ。ユリーの姉がやって来て、結婚式の写真を見るなり、妹ではないことを証言した。ルイ私立探偵を雇い、ユリーの宿をつきとめた。彼女の本名はマリオン・ベルガノという。ユリーにはリシャールという男がいて、船上で彼が本物のユリーを殺し、マリオンがユリーに成りすましたのだった。しかしリシャールも金だけ奪ってマリオンを捨てた。<br />
あまりにもマリオンを愛していたルイは、小さな家を借り、ささやかな幸福を求めるようになっていた。そこへ、事件を調査していた自分がやとった私立探偵が現れた。今の生活を壊したくないルイは、その私立探偵を殺してしまう。二人はリヨンに逃げることとなった。金が少なくなるにしたがって二人のいがみあう日がつづいた。警察の手は二人を追い詰める。二人はスイスの山小屋に身を隠した。ルイは毒をのまされていることに気付いたが、かまわなかった。ルイの真情を知ったマリオンは、自分の入れた毒入りコーヒーのカップを、ルイの手からはらい落した。「生きのびよう」と決心した二人は、吹雪の中を国境へ向って雪のなかを進んでいく。<br />
<br />
一応マリオンは改心したのかもしれないが、どうにも信じられる女ではないな・・。]]></description>
      <dc:subject>Ｆ・トリュフォー（1932）</dc:subject>
      <dc:creator>ssm2438</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 04 Jul 2011 13:35:00 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-07-04T13:35:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>緑色の部屋(1978)　☆☆☆☆</title>
      <link>http://ssm2438.exblog.jp/11497161/</link>
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      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200908/24/81/f0009381_24089.jpg" alt="_f0009381_24089.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="361" width="227" />監督：フランソワ・トリュフォー<br />
脚本：フランソワ・トリュフォー<br />
　　　　ジャン・グリュオー<br />
撮影：ネストール・アルメンドロス<br />
音楽：モーリス・ジョーベール<br />
<br />
出演：フランソワ・トリュフォー<br />
　　　　ナタリー・バイ<br />
<br />
　　　　　＊　　　　　＊　　　　　＊<br />
<br />
いやああ、これは良い。<br />
見る前にロバート・ワイズの『ふたり』をみて、そこでちらっと出てるナタリー・バイをみると、むくむくと彼女を見たい欲望がわいてきた。ナタリー・バイは『映画に愛をこめて　アメリカの夜』でとっても潔い監督補佐をやっていたのだけど、そのキャラクターの性格がとっても好きで、おかげでナタリー・バイのファンになってしまった。ただ、ナタリー・バイが出てる映画なんてほとんどＶＨＳしかないのでどうしようかとおもってたのだが、いいやこのさい買ってしまえとやはりトリュフォーの『緑色の部屋』とロベール・アンリコの『夏に抱かれて』を取り寄せた。まだまだ役にたってしまうＶＨＳデッキですな。<br />
<br />
で、みた『緑色の部屋』。トリュフォーの映画なのでそんなに期待はしてなかったのだけど、これは素晴らしい。それまでは『アメリカの夜』が一番いいかなっておもってたのだけど、これは良い！　こっちのほうがストーリがあるので『緑色の部屋』感情移入しやすい。<br />
この物語の主人公は過去を保存することに現在を消費することに一生懸命な男、ダヴィンヌ。新しいことにはほとんど興味をもたず、自分の思い出を大事にしている。たぶん女には分かりづらい価値観かもしれないが、男の私にはよく理解できる。別れた男をすぐ忘れることが出来る女の脳と、それが出来ない男の脳はメカニズムが根本時にちがうのだからし方がない。<br />
<br />
私も子供の頃は昔からの思い出がつまっているものを大事にするタイプだった。大事につかっていたシャーペンがなくなるだけで何ヶ月もショックだったり、買っていた猫が死のうものならそのショックはなかなか消えない。<br />
ただ・・・、「これではいかん」とあるとき思いたち、そのときからアルバムを増やすのをやめた。私の写真は多分中学生のころから以降はほとんどない。自分で描いた原画やコンテもほとんどのこさない。すぐ捨ててしまう。とにかく過去は保存するべき存在ぜはなく、未来へと進化させていくための素材。今という時間を過去の保存のために使うことは悪くはないが、それよりも今の時間を未来のためにつかうことがもっと大切だと考えることにした。そしてそれを自分自身に強制させるために、過去を集めることをやめた。<br />
この物語の主人公は、かつての自分の価値観をもった男であり、その気持ちは痛いほど理解できる。<br />
<br />
<br />
映画はこの物語の主人公がダヴェンヌ(フランソワ・トリュフォー)が体験したであろう第一次世界大戦のモノクロ写真から始まる。彼にとってその戦争で死んでいった戦友たちは決して忘れてはいけない存在。そんな彼は妻を若くして亡くしたが、誰とも再婚することなく、家政婦をやとい聾唖の甥と暮らしていた。<br />
そんなある日、友人ジェラールの夫人の葬儀に出かけ、安易な気休めの言葉をかける神父を追いだす。<br />
<br />
「今、彼に必要なことは妻を生き返らせることだけだ。それが出来ないならあなたに用はない！」<br />
<br />
棺をまえにふたりだけになるとダヴィンヌは<br />
「もし君が彼女のために総てをささげるなら、彼女は永遠に君と一緒だ」<br />
<br />
ダヴィンヌの家には彼の死んだ妻の写真や遺品をしきつめた緑色の壁紙を張られた部屋があり、そこは自分以外誰も入れないように鍵がかけられ、いつも一人、彼女の写真を眺めていることで亡き妻の思い出にひたっていた。彼も結婚してまもなく妻をなくしていたのだ。<br />
<br />
ある日、亡き妻の実家のヴァランス家の家具や調度品などが競売に出されていることを知ったジュリアンは、妻の思い出の形見を求めてそこに出かけていった。そこで彼は、指輪を探しているのを快く手助けしてくれたセシリア・(ナタリー・バイ)という女性に会った。<br />
やがて数ヶ月がたち、あれほど妻の死になきつずれていた友人ジェラールが新しい妻をつれてダヴィンヌの会社をおとずれる。裏切られた気持ちになるダヴィンヌ。<br />
<br />
ダヴィンヌは妻の実家の競売の会場にいくとセシリアが出迎えてくれる。<br />
「死者を忘れないことが、生きている人の務めだ」とその友人を非難するダヴィンヌ。<br />
「上手くいえないけど、忘れることも時には大切だわ」とやんわりと否定するセシリア。。<br />
セシリアにしてみれば、ダヴィンヌは幼い頃の憧れの人だったのだ。<br />
<br />
ダヴィンヌはもうすでに廃刊されたと勘違いされているような雑誌「クローブ」の編集室ではたらいている。そんな彼は物静でありあまり人付き合いもしない。その出版社の社長もその雑誌社を引き払いたいと思っているらしく、ダヴィンヌにパリに出て他の出版社に勤めてはどうかという話もするが、<br />
「この雑誌を売るのなら私も一緒につけて売ってくれ。私はここに残る」と主張する。死者に殉教する彼にとっては死んだものに忠誠をつくすことが総てなのだ。<br />
そんな彼は死亡記事を書くのが得意であり、ある時ポール・マシーニという政治家の死亡記事をたのまれる。かれは昔同じ記者仲間だったのだが政治家に鞍替えした経歴をもつ。ダヴィンヌにとって許せない男だった。<br />
<br />
徐々にひかれていくダヴィンウとセシリア。ダビンヌは墓地の中に廃虚となった古い礼拝堂を見つけ、そこに彼の“緑色の部屋"を死者たちの祭壇として築くために、修復する椎利を買い取った。その礼拝堂には妻だけのものでなく、彼の心に残る死者たちのすべてを集め、ひとりひとりのためにロウソクをともした。<br />
そしてセシリアに<br />
「この礼拝堂の共同管理者になってほしい、そしてこれを完成させてほしい」と。<br />
「完成？」<br />
「私が死んだら、私のロウソクをここにともしてほしい」<br />
わずかにむっとしたような表情で立ち去るセシリア・・、立ち止まって<br />
「私があなたのロウソクを立てるとして、私が死んだ時は、誰が私のロウソクをともしてくれるの？」<br />
<br />
やがてダヴィンヌはセシリアがポール・マシーニの愛人だった知ることになる。<br />
「彼が君に死者だったのか・・」絶望するダヴィンヌ、<br />
「彼をここの死者たちと一緒にさせることは出来ない」<br />
「もうお会いすることはありません」と去っていくセシリア。<br />
<br />
緑色の部屋に閉じこもってしまうダヴィンヌは衰弱していく。編集社にも顔をださない、電話にもでない。医者も生きる気のないものは救えないとみはなす。しかたなく手紙を書くセシリア。<br />
<br />
「あなたは死んだ人たちしか愛さない。イメージの中の死者はやさしいもの。<br />
　あなたに愛されるためには、死んだ女にならないといけないのね・・」<br />
<br />
セシリアは手紙で愛を告白する。<br />
その手紙をよんだダヴィンヌは雪のなか倒れそうになりながら礼拝堂にやってくると中ではセシリアがまっていた。ポール・マシーニもこの礼拝堂に受け入れるというダヴィンヌ、「彼のことは忘れて」とお互い譲り合うふたり。あと一本だけロウソクをたててくれ、そうしたらおの礼拝堂は完成する・・と告げて倒れるダヴィンヌ。<br />
セシリアは涙を流しながら祭壇のロウソクの最後の一本に火をともした。そして名前を発した。<br />
「ジュリアン・ダヴェンヌ・・・」<br />
<br />
<br />
トリュフォーの映画って、どこか記号的に処理するところがあり、この映画でももっと心が納得するまでの「間」をとってほしいと思うところはけっこうあるのだが、考えてみると本人がダヴィンヌを演じている以上なかなかそこまでは気がまわらなかったのかもしれない。。。<br />
ま、それはそれとして、実にひとりの男の業が通された素晴らしい映画だ。これくらい我がままな趣旨の映画はそうないだろう。きっとこれをみた女たちは「男はなんて身勝手な生き物なの！」って憤慨するだろう。それくらいバランスをとらない映画だ。<br />
<br />
そしてこの映画のカメラマンは『天国の日々』のネストール・アルメンドロス。玄人好みのカメラマンで姑息なフィルターとかライティングなど使わない自然光での撮影を好むプロフェッショナル。そんなネストール・アルメンドロスがとらが撮るロウソクの光にうつしだされるナタリー・バイはほんとうに美しい。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200908/24/81/f0009381_2361788.jpg" alt="_f0009381_2361788.jpg" class="IMAGE_MID" height="285" width="387" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/200908/24/81/f0009381_2402944.jpg" alt="_f0009381_2402944.jpg" class="IMAGE_MID" height="347" width="334" /></center>]]></description>
      <dc:subject>Ｆ・トリュフォー（1932）</dc:subject>
      <dc:creator>ssm2438</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 19 Jul 2009 22:05:00 +0900</pubDate>
      <dc:date>2009-07-19T22:05:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>突然炎のごとく(1961)　☆</title>
      <link>http://ssm2438.exblog.jp/12624239/</link>
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      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201001/07/81/f0009381_1935838.jpg" alt="_f0009381_1935838.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="327" width="227" />監督：フランソワ・トリュフォー<br />
脚本：フランソワ・トリュフォー、ジャン・グリュオー<br />
撮影：ラウール・クタール<br />
音楽：ジョルジュ・ドルリュー<br />
<br />
出演：ジャンヌ・モロー、オスカー・ウェルナー、アンリ・セール<br />
<br />
　　　　　　　　＊　　　　　　　　＊　　　　　　　　＊<br />
<br />
１９６３年のキネマ旬報ベストテンの洋画部門の２位にランクされてたのがこの映画。二十歳のころの私はかたっぱしから有名どころの映画をみまくっていて、この映画もみたのだが、当時まったく面白いと思わなかった。いまでもまったく思わない。おかげでこの映画以降、トリュフォー＝つまらんが定着してしまった。なんでこんな映画がそんなにもてはやされたのは不思議でしょうがない。その後『映画に愛をこめて・アメリカの夜』で“トリュフォーも意外といいかも”って思えるまでしばしトリュフォー嫌いになっていた。<br />
おまけにタイトルもひどい。この映画のどこか突然炎のごとく・・なんだ？？？　昔の映画は、ネームバリューだけで、たいして面白くもなんともない映画をヨイショしている映画がおおすぎる。確固たる再評価が必要だ！<br />
<br />
＜あらすじ＞<br />
オーストリアの青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)とフランス青年のジム(アンリ・セール)は文学青年だった。そんな2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女と知り合い、胸をときめかせた。ジュールは彼女との結婚を熱望して求婚し、2人はパリの同じアパートに住んだ。ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰った。時は流れた。<br />
ジュールとカトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2 人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まるが、カトリーヌにはほかにも男がいた。カトリーヌには人を愛する能力は無く、その時々で、恋愛ごとに酔うだけだった。ジムはそんな彼女に絶望しパリへ帰た。数ヶ月後、カトリーヌは自分の運転する車にジムを乗せて疾走させ、壊れた橋から転落して行った。ジュールは2つの棺を火葬場に運ばせた。これでカトリーヌは永遠にジュールのものとなった。<br />
<br />
・・・ただ、こういう女は実際いるのである。というか、女は根本的な部分でそういうものなのだ。そしてフランスというのは、この女性考証に関してはもっとも進んだ映画国家かもしれない。実におなじような女性の描き方をした映画が多い。]]></description>
      <dc:subject>Ｆ・トリュフォー（1932）</dc:subject>
      <dc:creator>ssm2438</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 07 Nov 2008 19:43:00 +0900</pubDate>
      <dc:date>2008-11-07T19:43:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>日曜日が待ち遠しい！(1982)　☆☆☆</title>
      <link>http://ssm2438.exblog.jp/12624056/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://ssm2438.exblog.jp/12624056/</guid>
      <description><![CDATA[<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/201001/07/81/f0009381_1971294.jpg" alt="_f0009381_1971294.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="379" width="227" />監督：フランソワ・トリュフォー<br />
脚本：フランソワ・トリュフォー<br />
　　　　シュザンヌ・シフマン<br />
　　　　ジャン・オーレル<br />
撮影：ネストール・アルメンドロス<br />
　　　　フロラン・バザン<br />
　　　　テッサ・ラシーヌ<br />
音楽：ジョルジュ・ドルリュー<br />
<br />
出演：ファニー・アルダン、ジャン＝ルイ・トランティニャン<br />
<br />
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フランソワ・トリュフォーも実はヒッチコック信者のひとり。この映画が制作されたのは１９８０年代の頭なのだけど、何故か白黒作品。作品もヒッチコックがとりそうなロマンチック・サスペンスであり、ヒッチコックっぽさを出したかったのでしょうね。残念ながらこの作品がトリュフォーの遺作になってしまいました。しかし、これはトリュフォーのなかでは意外と面白い作品に仕上がっている。サスペンスなので一応殺しも出てくるが、それよりも明るく幸せな感じの演出がとてもほほえましい。というか、この映画のなかのファニー・アルダンがとてもかわいらしい。人差し指だけのタイピングも素敵。トランティニャンがみてるだろうと予測し、脚線美をみせるカットもじつに素敵。<br />
当時のファニー・アルダンとは、プライベートでも一緒になり、娘さんもいる。ちょうどこの頃、お付き合いをしはじめたらしい。きっと幸せな時期だったのだろう。映画からもそんな幸せ感がつたわってくる。<br />
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＜あらすじ＞<br />
南仏のニース近郊。ヴェルセル不動産のオフィスで秘書として働いているバルバラ・ベッケル(ファニー・アルダン)は、社長夫人のマリー・クリスティーヌ(カロリーヌ・シホール)の気分を害してしまいクビにされてしまう。しかしその社長のジュリアン・ヴェルセル(ジャン・ルイ・トランティニャン)の狩猟仲間で、ジュリアンの妻と不倫の関係になったジャック・マスリエという男が撃ち殺され、その容疑が自分にかけられるとしると、容疑を晴らすためにバルバラに協力を頼みに来た。親友の弁護士クレマン(フィリップ・ローデンバック)のおかげで拘留はまぬがれたものの、家に帰ってみると妻のマリーも殺された。犯人は意外にも弁護士のクレマンだった。マリー・クリスティーヌを死ぬほど愛していた彼は、自分の罪を告白すると、警察の目の前で自らピストルの引き金を引くのだった。]]></description>
      <dc:subject>Ｆ・トリュフォー（1932）</dc:subject>
      <dc:creator>ssm2438</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 07 Nov 2008 19:07:00 +0900</pubDate>
      <dc:date>2008-11-07T19:07:00+09:00</dc:date>
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