1 2012年 08月 19日
![]() 脚本:大野靖子 撮影:木村大作 音楽:井上堯之 出演: 高倉健 (兆治こと藤野伝吉) 加藤登紀子 (藤野茂子) 大原麗子 (神谷さよ) 田中邦衛 (岩下義治) 伊丹十三 (河原) × × × 夢見る時代が終わっても、現実は残酷にも続もの・・・・。 健さんが出てくるからといって、この映画は任侠ものであはありません。サラリーマンを辞めた焼き鳥屋のオヤジの経営する居酒屋「兆治」を営む男と、その男に関係のある人たちと、その居酒屋にたむろしてくる人たちの人生模様を綴ったお話で、一点集中的なエンタメ系の映画ではありません。そのシーンシーンを情緒豊かに描いた映画ということになるのでしょう。 本作のヒロインはあの美しかりし大原麗子です。しかし、彼女の存在は物語の一部であって、全体を支えるものではないのが実態みたいですが、ま、映画として成立されるためには彼女の存在をメインにもってきて、物語り全体を構成しているようです。そんなわけで・・・・、個人的には大原麗子と高倉健の話で見たかった気がします。 この物語のツボは、大原麗子の「想い」、これが素晴らしい。求めるものが与えられないから、あとは壊れるしかないという薄幸は生き様。この切なさだけで物語りはかなり成り立ってます。ただ、なんでこんなになちゃったのか・・・、これって、ほっといていいの??? それが道義というものかもしれませんが、この話だと高倉健が一番根性ナシにみえてしまってます。お前がきちんと自分の感情を向かい合わなかったらこんなになってるんだろう!!!ってけっこう怒り心頭。それでも想い続けるしかない大原麗子が切なくて・・・・、ま、この切なさ描写を出すために総ての段取りというのならそれも理解出来るのですが、どうも物語的にはそこは一部にされてるのがなんか気に入らないといういか・・・、生き様的にはあんまり肯定できる主人公の生き方ではなかったですね。 なので、私の中ではこの映画はひたすら大原麗子の映画として解釈しました。 決して取り戻せないものにひたすら憧れて、いつまでもそれだけを求めて、手に入らないなら別の男で昇華して、キャバレーのホステスをし、酒に溺れて自分をいじめて、最後はダレもいない小さな一室でその男の写真を胸に血を吐いて死んじゃう・・・。 さらに、そんな女性がいたら、そら普通はほっとけないですよ。で、そんな彼女の美貌と哀れさにほれた男がまた手に入らないものを求めることになる・・・。 この路線だけでいけば超メロドラマになってたのに・・・、なんか、エピソードがもったいなさ過ぎたというか・・・。あんまり納得いくような映画ではありませんでしたね。 しかし、それでも大原麗子だけは圧倒的に美しいです。 昭和史上、もっと美しい女優さんは大原麗子さんだと私は思っています。 <あらすじ> 北海道は函館で居酒屋『兆治』をいとなむ「兆治」こと、藤野伝吉(高倉健)。彼はその昔とある造船所で働いていたが、オイルショックで経営が傾きかけた会社を立て直すためにリストラを行う立場に抜擢されるが、同僚を裏切れない彼はドックをやめ、もつ鍋屋の松川(東野英治郎)に弟子入り、居酒屋を持つことになった。 子供を送り出した後は、妻の茂子(加藤登紀子)とともに店に出て鍋に火をいれ、自転車にのって市場に買出しに出るのが毎日変わらぬ朝の風景だった。居酒屋『兆治』の常連客には、かつてともに甲子園を目指した親友岩下(田中邦衛)をはじめ、元の会社の同僚有田やその部下の越智、近所の一年先輩で酒癖の悪いタクシー会社経営者河原(伊丹十三)たちおり、毎晩のように足を運んで賑わっていた。 そんな兆治に想いをよせる女がいた。肩を壊して野球をあきらめた頃、地元青年会で知り合った年下の恋人さよ(大原麗子)である。しかし旧家の牧場主神谷久太郎(左とん平)との縁談が彼女に持ち上がったとき、自分の未来に自信をもてなかったか兆治はさよの幸せを願って黙って身を引いたのであった。 ・・・・・これ、今想うと、おそらく藤野ほうほうは彼女をそれほどまでに好きだったわけではないんでしょうね。すくなくとも、この映画の中では、そういった感性はまったく見当たらなかった。 ・・・・そうか、だからつまらないんだ。ここで描かれているのは、一方的に、盲目的に想うさよの想いだけであり、兆治のほうが常に冷静がゆえに、おもしろくもなんともないのである。これが、今の妻を裏切っても彼女を求めたい!!って想いがあれば物語はさらにドラマチックになっていたのだろうが、そうはなってない。ある意味冷静な物語の設定だとおもいえるが、物語にそんな冷静さは見たくない気もする・・・。 求めるものがなくなってしまったさよは、神谷と結婚したものの精神をいため、なんどか蒸発することがあった。そして牧場が火事になった翌日、また失踪した。 一番の盛り上がりは、さよは札幌のすすき野でキャバレーではたらきつつ、ときどき兆治のもとに電話をかけてくるというくだり。そしてついに、ある日、開店前の『兆治』に現れてしまう。結局義理人情でと理性でなにもしない兆治。そしていなくなるさよ・・・。 でも、何もしない罪悪感からなのか、串焼き二本持ったまま雨の中に飛び出しさよを探す兆治・・・。その気配を感じてるさよだが姿はあらわさないまま去ってしまう。 以下、夢が終わった人たちの物語はちまちま展開されるなか、すすきのでさよを観たという情報がはいり探しにいく兆治。しかし、彼女をみつけたときには、、嘗ての自分とさよが映った写真をにぎりしめて彼女は死んでいた・・という悲しいいエンディング。 そんあこんなの物語の後、兆治の妻の一言がつきささる。 「人の想いは止められないもの・・・」 そしてまた同じ日常が繰り返されるのであった・・・・。 最後に、木村大作が撮影監督をつとめているのだが、彼が映し出す函館の町は素晴らしい!! 降旗康男さんの映画は、木村大作が撮るというだけで燃えてしまう。。。さらにその被写体が大原麗子だとなおさらである。 こうなったら評判のわるい『ホタル』もみてしまいたくなる。 ▲
by ssm2438
| 2012-08-19 23:58
| 木村大作(1939)
2012年 08月 05日
![]() 監督:ロバート・ルケティック 脚本:ボブ・デローサ/T・M・グリフィン 撮影:ラッセル・カーペンター 音楽:ロルフ・ケント 出演: アシュトン・カッチャー (スペンサー・エイムス) キャサリン・ハイグル (ジェン・コーンフェルド) トム・セレック (ミスター・コーンフェルド) キャサリン・ウィニック (ヴィヴィアン) × × × CIAのエージェントだった男が、天真爛漫なお嬢さんと出会い結婚、そして3年後・・・という設定。普通の家庭に入ったはずが、過去のしがらみがふたたびまとわりついてきて、そうこうしているうちに、普通の家庭のなかに、殺し屋が入ってくる。そんなシチュエーションでも、日常的反応をするキャサリン・ハイグルが楽しいという・・・、コメディなのか、シリアスなのか、スパイアクションなのかよく判らないえいが。 ただ・・・、キャサリン・ハイグルが出てきて楽しい映画のはずなのにシリアスに死んでいく雑魚キャラもあり、あまり楽しめない映画でもある。 監督は、『男と女の不都合な真実』のロバート・ルケティック。軽いノリで突くのは得意なのだろうが、本作はなにかと喰い合わせがよくない。これだけ、人が死ぬと、その後処理を考えてしまうが、そこが全部オミットされてるので、どこまでシリアスなのか、どこまで真剣に心配していいのか、どこまで真剣にハラハラドキドキしていいのかよく判らないのである。 たとえばだ・・・、猫にむけてテニスボールを転がせると、猫はそのボールにじゃれて遊ぶかもしれない。でも、人間にむけてテニスボールを転がせると、人は、そのボールが転がってきたのか、その出所がどこなのだ、誰がそれを転がしたのか、とその出所に注目する。 人間の脳って、映画などを観る時は、目の前に展開している物語を愉しむのではなくって、それが意味するその裏側にあるもの、あるいはその後に展開されるだろう展開を想像しながらあれこれ愉しむ生き物なのだけど、この映画の見せ方だと、その部分が機能しないのである。 いろいろドンパチあり、何人かは死んじゃってるのだけど、「こんなことになっちゃって・・・・、どうやってこれを収拾するの」って思うのだけど、この映画はその答えをまったく見せてくれないのである。.広げえた風呂敷はどうまとめるのかという制約があるなかで物語を展開させるからおもしろいのだけど、それがないままどんな派手なドンパチやっても空騒ぎにしかおもえない。 回答が無い問題なんて面白くもなんともない・・・、そんな感じの映画であった。 それでも、キャサリン・ハイグルは相変わらず素敵である。美人なのにおトボケ系もOKっていう、シャーリー・マックレーン的な存在感なのだ。シャーリー・マクレーンと同様にやや顔もでかい(苦笑)。願わくば、目と目の間がもう1ミリ狭かったら完璧なんだけどなあ。 ・・・しかし、ほんとこの人の下着姿というのはなにかと見とれてしまう。脱ぐところまでのサービスはしないのだけど、ジェシか・ビールはスカートは似合わなくって、パッツンパッツンのパンツルックがよく似合うように、このキャサリン・ハイグルは下着姿がいいんだ。あと冒頭のドレス姿もかなり色っぽかった。 ただ・・・、けっこう太り易い体質だと思うので、体がたるまないうちに綺麗なヌードの映画も撮っておくのがいいんじゃないかと思ったりするが・・・・。 ![]() この人、実はひそかにファンなのです。あんまり出番がおおくないのだけどなんかいいんですよ。初めてみたのは『ドクターハウス』に出てた時でした。うわ、ゴージャス系の美人だって思いましたよ。基本テレビドラマのほうが主戦場みたいですが、映画にも一杯出て欲しいですね。 アシュトン・カッチャーは次世代のトム・クルーズなんでしょうか。この映画の前に出たのがアイヴァン・ライトマンの『抱きたいカンケイ』だったのですが・・・、いまひとつコメディにはなじみづらい気がする。ぱっとみが真面目すぎるのかな・・・。 <あらすじ> お嬢さんのジェン(キャサリン・ハイグル)は家族でニースにきていた。旅行に出る前に彼氏に振られていたジェンは傷心モードだったのだが、スペンサー(アシュトン・カッチャー)と出会い恋に落ちる。そしてそのまま結婚。そして3年が過ぎた。 そんなスペンサーにはCIAのエージェントとして活動していた過去があったが、普通の生活に戻りたいと切望していた彼は、ジェンとの出会いを境にエージェントとしての仕事を辞めていたのである。しかし、そこに嘗てのボスから連絡が入る。 それを機に、スペンサーは顔見知りの連中から命を狙われる。何者かがスペンサーの素性を調べ、殺し屋を配置していたのである・・・。 以下、アクション映画に打って変わるのだけど、ここから先はかなりばたばた・・・。日常生活にスパイアクション映画がはいりこんでくるのだけど、そんな状況にあってもキャサリン・ハイグルが日常的反応を示すのが楽しいとはいえ・・・、個人的には、前半の血なまぐさくないノリで最後までいけなかったものかと思ってしまう。 ▲
by ssm2438
| 2012-08-05 01:15
2012年 08月 02日
![]() 脚本:デヴィッド・エアー/デヴィッド・マッケンナ 撮影:ガブリエル・ベリスタイン 音楽:エリオット・ゴールデンサール 出演: コリン・ファレル (ジム・ストリート) サミュエル・L・ジャクソン (ホンド巡査部長) ミシェル・ロドリゲス (クリス・サンチェス) × × × こういうのをがさつに作っても魅力でないだろう・・・。 特殊部隊モノってのは、緻密な計画を寸分くるいなく実行していくところが味なのであって、そこを『アルマゲドン』の連中のように大雑把にやっても魅力もへったくれもない。題材の活かし方を根本的に間違えてる。 『特攻野郎Aチーム』やるならSWATじゃない設定でどうぞ・・・。 コンセプトは、何人かの荒くれ者が集まって一つのチームを形成するという『七人の侍』形式。物語的には面白くなりそうなものが料理の仕方が下手すぎた。物語の設定も、『ニューヨーク1997』みたいな感じだし、喰い合わせが悪すぎる。才能ない人間がきちんと作れないので悪ふざけしました・・ってな具合の映画でした。 <あらすじ> ホンド巡査部長(サミュエル・L・ジャクソン)はS.W.A.T.精鋭部隊をつくることになる。選ばれたのは、前回のミスでしばらくほされていたストリート(コリン・ファレル)に加え、女性のサンチェス(ミシェル・ロドリゲス)、ディーク(LL・クール・J)、マイケル(ブライアン・ヴァン・ホルト)、マッケイブ(ジョッシュ・チャールズ)の5 人。彼らは麻薬王アレックス(オリヴィエ・マルティネス)の護送任務につく。しかしアレックスが、報道陣に宣言する。「俺を逃がした奴に、1億ドル払う」と。この逃亡宣言はトップニュースとして放送され、報酬を狙う者たちで、街は溢れかえる。混乱の中、6人は護送ミッションを決行する・・・。 ▲
by ssm2438
| 2012-08-02 21:00
2012年 08月 01日
![]() 脚本:マイケル・フェリス/ジョン・ブランカトー 撮影:オリヴァー・ウッド 音楽:リチャード・マーヴィン 出演: ブルース・ウィリス (トム・グリアー) ラダ・ミッチェル (ジェニファー・ピータース) ジェームズ・クロムウェル (キャンター博士) × × × 引き篭り心をくすぶる映画・・といえるか。 昨今、自分の名前で意見が言えない人間がやたらと増えている。それもインターネットの恩恵というものだ。「あの政治家はけしからん!」とぼろくそにいっても、言ってる本人は顔もみせず、ハンドルネームでの発言。自分は決して批難させることのない位置から他人を批難する。臆病者の糞人間の典型である。そんな糞人間にくらべたらまだ矢面に立って「尖閣諸島はうちのもんだ!」といいはる中国人政治家のほうがまだ糞程度が低いのかもしれない。 そんななかで私は、実名で投稿し、意見をのべてるわけで、それが出来ない人間は臆病者だとののしってるわけだ。この映画のブルース・ウィリスも、そんなオジサンのひとりである。 この映画はそのレベルをもう少し現実世界に押し広げている。 ネットでアバターとハンドルネームを使い、別人格をたちあげ、自分が傷つかないところから無責任発言をする臆病者の願望をさらに実質世界に広げたこの世界は、本人は家に引き篭り、自分の代わりのコピーロボット・サロゲートという3次元アバターを現実世界で活動させるという世界。本人は家のソファのうえで、サロゲートと通信できるような装置をみにまとい座っているだけで、サロゲートが社会活動をしてくれるのを体感するというもの。自分の分身がいくら交通事故にあっても、自分が傷つくことはない。 「そんなんじゃ“H”もできないじゃないか!」などとおもう普通の人の意見など、彼らには通用しない。彼らは劣等感のかたまりで、“H”への憧れよりも、それを行った時の恐怖感、自分の劣等感のほううが先行する人間で、“H”などしたいとも思わないのだろう・・・。この世界の人間もどうやってそれを処理しているのか不思議である。 余談だが、現実逃避+引き篭り映画といえば、『惑星ソラリス』だろう。しかし、今回のこの映画は、それよりもっとありがちは形で映像化しているといっていいだろう。 <あらすじ> 時は近未来。「サロゲート」と呼ばれる身代わりロボットが人間の社会生活のすべてを代行する世界。このサロゲートを使った生活においては、外の世界でサロゲートになにが起こっても、オペレーターは無事であるはずだった。しかし、ある日、2体のサロゲートが何者かに破壊され、安全であるはずのオペレーターも、それぞれ大学の寮と自宅で死亡しているのが発見された。これはサロゲートの安全性にかかわる重大な問題であり、FBI捜査官のトム・グリアー(ブルース・ウィリス)とジェニファー・ピータース(ラダ・ミッチェル)が極秘でこの事件の捜査に着手した。 やがて真犯人が見えてくる。それはサロゲートを開発したキャンター博士(ジェームズ・クロムウェル)であった。彼は、サロゲートに依存した世界は生命としてなにか本質的なものを失っていると悟り、サロゲートシステムそのものを破壊することを考えていた・・・。 一方トムもサロゲートには嫌悪感をもっていた。トムの妻もサロゲートの常習者でありサロゲートを介してしか彼女と話すことは出来なくなっていた。そんな妻も、キャンター博士の全サロゲート破壊計画が実行されれば、それに連結しているオペレーターも死ぬ。トムはキャンター博士の計画を阻止しようとするのだが・・・。 ▲
by ssm2438
| 2012-08-01 13:06
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![]() 主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。 by ssm2438 リンク
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